僕は愛を知らなかった。
両親は僕を愛していなかった。
生後1ヶ月未満の時、僕は教会の前に捨てられた。
神の使い達は僕を愛していなかった。
拾われた教会では一応体裁を気にして育てられたが、何回も栄養失調で死にかけた。
人々は僕を愛していなかった。
僕が4歳になった時、教会は何者かに放火された。
継父は僕を愛していなかった。
ストレス解消に殴るためだけに、途方にくれていた僕は拾われた。
人々は僕を愛していなかった。
継父から逃れるために妖魔達と契約すると、人々は僕を「化け物」と迫害しだした。
人々は僕を愛していなかった。
「化け物」を退治しようとする人を生きるために殺すと、僕は町から追放された。
自然は僕を愛していなかった。
海に沿って歩き続けている間、何回も死にそうになった。
妖魔達は僕を愛していなかった。
僕を道具として扱い暴れ回る妖魔達のせいで、誰も僕に近付かなくなった。
神様は僕を愛していなかった。
何を思ったのか、僕を今まで生きてこさせた。
誰も僕を愛していなかった。
だから、僕は愛を知らなかった。
なのにね?
今さらいくら「愛してる」と言われたって、わからないんだ・・どうすればいいのか。
「フィジー」
人は普通、誰かに呼ばれたら振り向くものだ。僕だってまだ人だから、普通はそうする。
ただ、その僕を呼ぶ声がアイツのモノだった場合、振り向くかどうか一瞬考える。
でも振り向かなかった場合アイツは、また僕の名前を、この街中でも構わずもう一回、大きな声で復唱するはず・・いや、する。
それはやめて欲しいので仕方なく振り向いたら、目の前に何か光るものがあった。
反射的に目を瞑った僕の耳に、カシャッと言う機械音が聞こえた。
本能からすぐさま音源に手を伸ばすと、アステルは素早く僕が取れない高さまでカメラを上げた。
「・・今すぐ、消せ。そうしたら特別に、殴るだけで許してあげるから」
「お前の上アングルの怒った顔って、かわいいな」
カシャッ。
「もう1枚撮るなッ!!」
足払いをかけたが、ムカツクぐらい軽々と避けられた。
「つむじゲット」
カシャッ。
「何してぇあッ!」
ついでになぜか首筋を指でツツツーとやられて、裏返った声を出して腰が抜けそうになった。
「んー、今日もかわいい」
「かわいぃって言うなッ!!」
髪を触ろうとしたアステルの手をバシッと叩く。
この変態の名前はアステル。僕を愛してるとほざき、僕が一番言われたくない「かわいい」と言う言葉を連呼し、会いたくないのになぜか街に出ると異様に遭遇率が高い変態だ。
「・・相変らず、今日も変態だね」
「ありがとう」
「いや、全然褒めてないからね?」
「お前に言われた事は何でも光栄なんだよ」
「──この、ド変態ッ」
…まぁこいつを罵るのはこの辺にして、僕にはもっと先にやらなければいけないことがある。
「・・ねぇ」
「ん、なん──」
僕の呼びかけに応えてすぐさま返事をするアステルに、素早く姿勢を低くして突っ込む。
ぶつかる寸前で斜め右に進路を変え、そのまま手を伸ばしてアステルが左手に持っているカメラに手を伸ば──
「甘い甘い。それにこれは連盟のヤツ等に配るから、消されるわけにはいかねェんだよ」
アステルはサッと身体を翻して、同時に僕の右手を取って引き寄せて、軽く口付けした。
「ッッありぇないっ!!」
カシャッ。
「ぅん、怒った顔も充分かわいいんだが・・やっぱり写真だからな。笑え」
そう言いながらカメラを構えなおすアステルに応じるわけもなく、僕はこれ以上アルバムが増える前にその場を立ち去ることにした・・そんな僕の背中に、声が掛かる。
「愛してるよ、フィジー」
あ の ね?
だから・・去り際に僕の名前を、そんな事を、道の真ん中で──叫ぶなッ!!
「・・ぁーなんか、すごい疲れた・・」
なんだろう。夕飯の買出しをしに来ただけのはずなのに。今から家に直行してベッドにすぐさまボフッてしたいぐらい疲れた。
「ぁ~、何買うんだっけ・・・」
そう呟いてポケットに入れたメモを取り出すと
「なぁに・・魚(何でも良し)の辛煮と野菜スープにハクマイぃ?きゃは☆あんたはどこぞの主婦か!ってーのぉ~」
後ろからいきなり覗いて音読された。
「あァン?夕食ッつったら肉だろォッ!肉肉ニクゥ!!つーか、まァ?肉ベースなら、ノノの料理でも食えるってもんダシ?」
「あは☆ちょっとぉ、それ、どゆ意味ぃ?」
「お?おォ!!っつとー何でもネェぜ、ノノの手料理は最高だもんナ!」
「・・ノノリアさん、アギュー・・・・」
…この疲れている時にまた、時々テンションについていけなくなるような人達に出くわしてしまった・・・。今日は吉運かもしれない。やっぱりさっさと家に帰って寝ておけばよかった。
過度シスコンな兄のアギューと、インテリエンスレスト(知的マニア)の異名を持つ妹の魔術師、ノノリア。この兄妹とは腐れ縁と言うヤツで、街中で会ったら一緒にお茶するぐらいの仲ではある。
「2人も買出し?」
「ィンゃ、今日は2人でガイショクの日なんだヨ」
「ぁ~♪そうだぁ、フーコウロって店なんだけどさぁ、なんならフィジーも一緒にどぉ~?」
ノノリアの提案に、アギューの眉がピクッと動いたのをフィジーは見逃さなかった。
何たってわざわざ「2人で」外食、と言っているほどだ。よほどこの「2人で」外食の日をアギューは楽しみにしているんだろう。アギューをノノリアのことで怒らせるとマジで、かなりヤバイ。ここは断っておくべきだ。
「ん、残念だけどもう魚買っちゃったし。また今度でも誘ってくれる?」
「りょ~ぉ解☆じゃ今度、南部料理とか食べよぉね~っ♪」
「んジャ、まったなァ」
軽く約束をして、2人に手を振って別れる。と言うかいつ会っても本当にテンション高いよなぁ・・。
そこでふと空を見上げて、暗くなる前には帰らないとなぁ・・と思っていると、後ろから声をかけられた。
「そこの嬢さん、クロタケなんかどうだい?お安くしとくよぉ」
嬢さん・・その単語は引っかかったが、まぁいつものことだし心の広い僕はスルーしてあげる。2回目は怒るけど。
でもクロタケか。最近食べてないし値段によっては買ってもいいかもしれない・・
そう思って覗いた露店の値段表示は56マイル。極普通の相場だ。
で、こういう時こそコンプレックスなこの容姿に役立ってもらわないといけない。
「あのぉ・・・」
「ん?何だい?」
「お願いが、あるんですけど・・・」
そこでポケットから10マイル硬貨を4枚取り出し、上目遣いにおじさんを見上げる。
「お母さんにお使い、頼まれたんですけど・・・これだけしかもらってないんです・・」
「ぇ、ぃや・・そう言われても、おじさんもね・・」
「──~お願いしますっ!!」
そう言っておじさんの手を掴み、涙目で懇願する。
「クロタケ・・一房、売って下さい・・!」
「えっ・・ぅ・・・・・」
うん、上出来かな。おじさんも動揺して検討してくれてるようだし。あとはもう少し眉をひそめて申し訳なさそうな顔を作って。
「──えぇいっ仕方ない!!こんなかわいい嬢さんに頼まれたんじゃ負けだっ。クロタケ一房40マイルで売るよ」
「本当ですかっ!?」
ぱぁっと笑顔を作って、40マイルと交換にクロタケをもらい礼を言って露店を後にする。
16マイルも得してしまった。あのおじさんも太っ腹だなぁ・・まぁ、もう二度とあのお店には行けないけど・・
本当にこのラフィアはいい街だ。僕が育ったあの町となんか、比べ物にならないほどに。
んー、っていうかスープの代わりにクロタケの胡麻和えでいっかな。とゆーことはあと魚の調味料を買ったらいいだけか・・
そんな事を考えて行きつけのお店に行くため「商店通り」を北に一本入った「裏通」を歩いていた時、
ドクン・・ッ
と、右目が脈打った。
僕の右目・・そこは包帯で覆い隠している。幼少に妖魔達と契約した時、差し出したこの右目は黒ずんだ血の色をしていて・・「右目が開いている時、この身体を妖魔達の好きなように使って良い」と言う契約内容のため、針できつく縫いつけてある。もちろんそんな様を見ると人は怖がるので、普段は包帯を巻いて隠している。
そんな右目が反応した。なんだろう、妖魔達が騒いでいる・・・・?
なぜか。そんなこと僕には分からないけど、嫌な予感はする。
引き返したほうがいいのか?それとも、原因は後ろから来ているのか・・?
そんなことさえ分からない。でも、そうして立ち尽くしている間にも右目の疼きはどんどん大きくなって・・・
原因が、僕の前に姿を現した。
そいつは僕の前方から人ごみを掻き分けて、低い姿勢で疾走して来ていたようだ。一定の速度で歩いている人々を右に左にと華麗に避けていたが、いきなり正面に、左目を一杯に見開いてこの人ごみの中で一人だけ立ち止まっている僕に出くわして、思わず避けそびれて立ち止まった・・そんな感じだった。
そんなわけで、30は過ぎていると思われるその男は何だお前は、という感じで2,3秒僕を見ていたが・・
何を思ったのか、そいつも目を見開いて、なぜか驚いたような顔になった。
「貴様は・・」
しかもいきなり貴様呼ばわりで。っていうか、左手を僕の顔に近づけて来たりして、何をしようとしてるわけ?そして、なんで妖魔達がこんなに暴れてるんだ・・?
僕らしくない。ボーっとしていた・・男の手が包帯の上から右頬に触れて、やっと我に帰ってバッと身を捩った。
「なに、何の用」
キッと、目をすぼめて冷たく男を睨んだ。するとそれに答えようとしたのかどうか、男もまた口を開こうとしたようだが・・
「おぃ、止まれッ!」
わりと近くでそんな声がすると、チッと舌打ちをして、もう一度僕を振り返った後、すぐに踵を返してどこかへ走り去っていった。
それから5秒も立たない内に、また正面の人ごみを掻き分けて男が出てきた。
「おい、そこのお前っ!エバラッシアの知り合いか!?」
そいつは早口で僕にそう聞いてきたが、
「エバ、ラッシア・・?」
と聞き覚えのない名前に素直に首を傾げると
「知らないならいい、すまない」
と早々に話を切り上げてまた走り去っていった。
──・・・何だったんだ?
一人、取り残された僕は胸の内で静かに呟いた。
最終更新:2009年02月04日 02:51