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PROMISED LAND(2) - (2009/04/04 (土) 01:33:14) の1つ前との変更点
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*&color(red){PROMISED LAND(2)}
―――風が、吹いた。
2人が転移した先は―――かつて2度、両者がぶつかり合った場所。
すなわち、『ユートピア・ワールド』。1度目のゼストが生み出し、半端に壊れて残った世界。
この世界の目的は……イングラムとの決着。そのためだけに生み出された世界。
究極のコロッセオ。
イングラムとユーゼスが戦った記憶の場所。
かつて、『アールガン』と『ゼスト』が戦った場所。
かつて、『アストラナガン』と『ジュデッカ』が戦った場所。
そして、『ディス・アストラナガン』と『ゼスト・ラーゼフォン』がこれから戦う場所。
「懐かしいな……何もかもが懐かしい。そうは思わんか?――クォヴレー」
「ここが……ユートピア・ワールドか」
ただひたすら、殺風景に白い荒野が続いているかと思えば、幾何学的な模様の白い浮遊階層が並んでいる。
何本もの六角形と四角形に彩られた石柱が、森のように立ち並んでもいる。
全てが白一色だが、白と言える範疇で複雑なグラデーションがなされている。
透明度も、ガラスに近いようなものから、淀んだものまで、不規則にそびえる姿はただ、圧巻だ。
「長かった……本当に長かったよ。今もこの瞬間が、夢に感じられるほど」
「だが、それも、もう終わりだ。今回もお前の負けですべて終わる」
「相変わらず変わらないな。……イングラム」
ゼストとディス・アストラナガンが、石柱の森に、音もなく着地した。
お互い、何本もの石柱の隙間から相手の姿を確認する。
「お前は、何も変わらない。お前は私を誰より知っているからこそ、私を否定する」
ユーゼスが……ゼストが小さくため息をついた。
「お互い、1つだったものを分けたせいかもしれんな。
本来オリジナルであった私の手を離れ、一人の人間として確立されようともそれは変わらない」
「ユーゼス、お前は―――」
クォヴレーは知っている。
かつてのゼストは、あくまでゼストにユーゼスが乗り込むことで動いていた。
しかし、今回は何かが違う。あまりにも、ゼストとユーゼスがシンクロしすぎている。
「――完全に『ゼスト』になったのか?」
「ああ、そうだよ。もう私は文字通り人間ではない」
あっさりとユーゼスはクォヴレーの問いを肯定する。
もはや、ユーゼスとゼストを区別するものは何もない。
「霊帝のような存在になり果てて……お前はどこにいくつもりだ?」
「無論、神……いや神を超えた神へ」
「もう……戻れる場所はない。お前は、本当に永遠に繰り返すつもりか?……こんな戦いを」
「元より帰る場所などない。帰りを待つ者も、並んで立つ者もない。
…………進むことが戦いと言うならば私は永劫戦い続けよう」
訣別の言葉。もとより交わるはずのない道に、これ以上の言葉は無意味。
ただ、未来は勝者のために。
両者ともに、同時に翼を展開。一瞬で爆発的推進力を手にし、音の壁を容易に突き破る。
先手を打ったのは、クォヴレー。
轟く銃声とともに、電撃と実弾を同時に発射する超電磁レール・ショットガンの閃光。
ユーゼス……いやゼストは、素早く90度の角度で上昇し、散弾の雨を回避する。
さらに、追撃でディス・アストラナガンの周囲で援護に徹する大量のガンスレイヴが、赤い光を吐き出し続ける。
火力に全てを集中させたその掃射は、もはや爆撃だった。
石柱が砕けて粉として空を舞い、白い平面がえぐり取られる。
ゼストは翼を使うことを放棄していた。石柱側面を足場代わりに利用し、柱の森を駆け抜ける。
「―――いくぞ」
ラアム・ショットガンの残弾を、数秘変化で、『ない』状態から『ある』状態に変える刹那。
ゼストの腕の横から黒い光が伸び、弦を張る。
どれだけ障害物があろうと関係ないと、ディス・アストラナガンだけを標準し矢を番えた。
進路上の柱をすべて粉砕し、闇色の閃光が数瞬前までディス・アストラナガンがいた場所を打ち抜く。
「……もらうぞ」
直上へ翼を使い飛び上ったディス・アストラナガンはすでに空高い位置に。再びショットガンを発砲する。
ゼストは、第二射を放とうとしていたが、中断してダークフォトンを盾として生成しなおす。
矢から盾に再生成するのに、タイムラグはほぼゼロだ。
「無駄だ。それではこのフォトンを貫くとはできん」
ゼストは常識を逸脱するほどのフォトンを体内に保持している。
それこそ『無限』と言ってもそれほど間違いではないほどに。
だがそんなことはクォヴレーも最初の空間で知っている。
むしろ、今見る点は一つ。
「何故、盾を作った?」
そう、ここだ。ユーゼスは、あのまま撃てばよかったのだ。
どうせ、ゼストならばあの程度ならば大したダメージにもならないはず。
それを何故、わざわざ防いだのか?
しこりの如く残る違和感。
しかしそれを氷解させてくれる暇をユーゼスは与えない。
「続けるぞ」
距離を取るべく、森を駆け巡る。
ゼストの腕の周囲に、等間隔で12発の矢が発生した。
まっすぐに、ディス・アストラナガンを射抜くべく腕をゼストが伸ばすと、立て続けに光が射出される。
「く―――っ!」
ディフィレクトフィールドが、そのうちの4本を受け止め、6本を逸らした。
しかし、残った2本が、左肩を貫通し、黒い血のような緩衝材が派手にまき散らされる。
足を止める余裕はない。崩れたバランスを整えることもせず、スラスターが火を噴き続けた。
さらに次々繰り出される光の矢。
番えて撃つ大型の矢に比べて威力は低い分、速度や連射性は段違いだ。
足を止めれば、一瞬で全身を打ち抜かれる。
決して間を空けず、撃った場所から順次補充し、際限無く降り注ぐ矢の嵐。
まだ、左手が動くことを確認し、右手で左手首を押えてどうにか固定する。
そのまま、ショットガンが再び火花とともに散弾を撃ち出した。
腕が、肩の位置から反動であり得ない方向を向くが、どうにか左手からこぼれた銃を右手でつかむ。
ゼストは、矢を撃つのをやめて、突き出していた腕を横に薙いだ。
風を巻いて起こる、竜巻のような回転するオーラフォトンが散弾の雨を弾き飛ばす。
さらに、竜巻のフォトンを纏ったまま、ディス・アストラナガンへ突っ込んでくる――!
「ディーン・レヴ、力を解放しろ!」
ディス・アストラナガンの左胸が暗い赤に発光すると、光が血のように体を伝って左腕の切断面へ。
一気に、左腕ごとZ・Oサイズを出現させる。両手で保持すると、思いきり振り上げた。
液体金属をすべて使い、斬艦刀に匹敵する大きさまで膨れ上がった肉厚の刃。
最早、処刑台のギロチンのようなZ・Oサイズを、先んじてゼストに叩きつける。
「無駄だ―――」
回転にそって、Z・Oサイズが横にそれる。だが、これはわかっていた結果だ。
鉄壁の防壁をまとい、突撃する相手の『外周部』に攻撃を仕掛けても、弾かれるのは当然。
それでも、相手は今のZ・Oサイズを防ぐため、防御に力を傾斜させた。
クォヴレーの発想――回転が激しくなるほど、ある一点は脆くなる。
Z・Oサイズは、振り下ろすと同時に放棄した。
すでに、ディス・アストラナガンの手には別の兵器が握られている。
「それは……回転軸だ!」
激しく吹き荒れる大型の台風ほど、台風の目は大きくなり、無風へ近づく。
ラアム・ショットガンの引き金を、三回連続で引く。
本来ショットガンでは不可能な連打を可能とする銃神の相棒だからこそできることだ。
「まだだ」
ゼストは、回転するフォトンを、逆らわずに開放する。
制御を失ったフォトンは、行き場を失い外周方向へ無差別に拡散し――結果的に盾となる。
爆発する黒の本流に、あおり受けてディス・アストラナガンが、50m以上吹き飛ばされた。
どうにか、態勢を整え、石柱に激突することを避け、爆発の中心を確認する。
光が薄れ、姿を現したゼストは―――
「………やる。だが、それでこそだ」
「やはり……そういうことか」
ゼストの、右腕から青い血が流れ、指先に滴っている。
肘のあたりを左手で抑えていることから、そこが出血部だろう。
無言でにらみ合う両者だったが、ほんの一呼吸ほどの時間をおいてクォヴレーが切り出した。
「ゼストは……いや、ゼスト、お前は不完全なんだな」
その言葉に、皮肉げに口の端をゼストがつり上げる。
「その通りだ。代替物としてラーゼフォンの肉体を借りているが……
それでも、あくまで力が流出しないように抑えるのが限界だった」
クォヴレーは理解する。
何故、あれほどゼストが防御に固執していたか。
答えは、簡単だ。
ゼスト自身が、極度に脆いから。
ゼストのフォトンストリームは圧倒的だ。攻守において、まさに最強の矛であり最硬の盾。
だが、そんな……異世界から負の心をくみ上げるディスレヴすら凌ぐ力を、やすやすと制御できるはずがない。
力の制御と、自由に動ける過度の拘束のない肉体。
ゼストの体は、極限のバランスの上に成り立っているのだ。
故に、ラアム・ショットガンでも損傷する。さらに、再生能力も存在しない。
無敵であるが故に、逆にモビルスーツのビームライフルですら倒せる可能性がある。
最強の矛と最硬の盾を手にした結果、ゼストが今背負っている矛盾だ。
「あの時、お前が仕掛けなかったのも……」
「そうだ。私でも、お前たち全員と戦うとなれば、危険だったからだ」
最初にゲートの中に転移したとき、ゼストが戦わなかった理由が、これだ。
5人をまとめて相手にして攻守にフォトンを割けばどうなるか、など言うまでもないだろう。
「……もっとも、気まぐれもあるがな。いまさら命を捨てる理由もあの3人にはないだろう」
ゼストが、二度三度と手を握る。動きに支障はなさそうだ。
どうやら、表面をかすった程度で、出血の割に、ダメージはないらしい。
「私を止めるのはお前の役目だろう?……なら、もうお前と私だけでいいはずだ」
「……ああ」
両者が頷き合う。
「お互い手札も明かしたところで第二幕と行くとしよう」
ゼストの血が、一瞬で光子に変わり蒸発する。
可視できる、威圧感すら与える光の濁流が刃の形に収束する。
肘から指先まで伸び、さらに拡張し、両腕に光の剣が装着された。
ディス・アストラナガンは、落ちていたZ・Oサイズを拾い、通常の形態にまで戻す。
片手で腕を垂らして構えを取ることで、準備は完了。
天にゼスト。地にディス・アストラナガン。
「……行くぞ。最期まで」
深い碧のスラスターの輝きが、突風を起こし、生物のように羽ばたく。
ゼストを断つため、全速で空を疾走する黒い銃神が、鎌を振りかざす。
霊帝を倒したときと同じ、100%の力を発揮した心臓の生み出す推進力は、今までとは比肩できない。
「……無限螺旋はここで終わる」
ゼストは、迫るディス・アストラナガンを睨み付けている。
けして逃げない。正面から撃破するという確固たる意志が、クォヴレーには見える気がした。
ビームサーベルやZ・Oサイズに比べて、ラーゼフォンが生成する剣は短い。
しかるに、ラーゼフォンを受け継ぐゼストの剣もまた長いといえるサイズではない。
ゼストが、両剣を交差させ、上段から振り下ろされるZ・Oサイズを受け止める。
手を震わせ、一気に切断しようとするが、ゼストはびくともしない。
やはり耐久力を除く基本的なスペックでは、ディス・アストラナガンですらゼストには劣っている。
「切り裂け、Z・Oサイズ!」
だが、純粋な機動性は劣っていない。
瞬発的な速度で光速の99%で進む宇宙怪獣を超えるディス・アストラナガンならば、遅れはとらない。
ディス・アストラナガンが鉄也との戦いで見せた、光を駆け抜ける奇跡は、偶然ではない。
上から、右脇腹へ叩き込む――ゼストはフォトンを纏った右の翼で受け止める。
翼の上を滑る勢いを利用し、回転しながら今度は足を狙う――ゼストは下段に構えた右の剣で受ける。
左手に滑り出されていたショットガンを、超ショートレンジで発砲――ゼストは、銃身の下へ身をかがめる。
屈めたゼストに、鋭い膝蹴りを見舞う――ゼストは、左の剣でディス・アストラナガンの足を落とす。
落ちた足を、逆の足で引っ掛け、ゼストへ蹴り飛ばす――ゼストは、左の翼で飛んできた足を切り裂く。
十六分の三秒経過、足の再生を完了し右肩を展開する――ゼストは、腕に光を貯め、交差する。
「数秘予測、ゲマトリア修正……メス・アッシャー!」
「受けろ……!シャイニング・ブレード!」
エメト(真理)からメス(死)へ強化された虚無への闇と、
光の巨人が放つ巨大かつ絶対の光波刃が虚空で激突する。
「く……あああああっ!」
「うおお、おおおお!?」
必滅の一撃がぶつかり合ったことで空間がたわみ、破壊の牙が周囲にまき散らされる。
周囲数kmの石柱や浮遊階層が崩れゆく中、両者は自分の結界を生み出し、瓦礫の嵐を遮断する。
クォヴレーとゼストが考えたことは奇しくも同じ。
「「おおおおおっ!」」
ディフィレクトフィールドとフォトンシールドを纏ったまま両者は嵐の中武器を振りかざす。
ぶつかり合うたびに、防壁が僅かに中和されあい高い音を奏でていた。
ガラスがぶつかり合うのに近い音を立て、Z・Oサイズと、光の剣がぶつかり合う。
怒涛のごとき、お互いの猛攻。相手だけを見つめ、全力で攻め続ける。
下がることは、今は不要。ただ、前に出て証明するのみ―――己の存在を!
もはや、けん制程度にしか遠距離攻撃は使用していない。
チャージの隙などなく、事実上矢継ぎ早に繰り出せる攻撃だけが両者の手札。
ゼストは、防御にフォトンを回す以上、分散したフォトンを射出したくない。
ディス・アストラナガンは、ゼストの光波を破るため、相手の不意を打つしかない。
両者の都合がかみ合った結果が、空間全てを使った苛烈な近接戦闘だった。
銃神と超神が飛翔する。
一瞬でこの擬似空間の天蓋まで登り上がり、一箇所に留まることを知らず縦横無尽に駆け巡る。
両手の光の剣を駆使し、変わらず鉄壁の防御を守るゼスト。
ディス・アストラナガンは、片手にZ・Oサイズを、もう一方にラアム・ショットガンを保持する。
セストは両手を剣としか使えず、同時に光波を利用した攻撃を繰り出せない。
けれど、ディス・アストラナガンの刈り取るような鋭い斬撃は、ゼストに届かない。
抑制された状態のゼストと、全力全開で戦うディス・アストラナガン。
それで、やっと互角かどうか。
振り下ろされるよりも早く、ゼストが距離を詰め、Z・Oサイズを押し返す。
世にも珍しい鎌と短剣による鍔迫り合い。だが、その交錯もまた一瞬。
一瞬後には、お互いが次の一手を繰り出しているからだ。
「……そこだ、食らい付け」
自律思考を可能とするガンスレイヴの死角からの射撃が、ゼストを襲う。
三基の移動砲台が放つ真っ赤なレーザーカノン。
だが、ゼストは振り向くこともせず、翼を操作して、小悪魔たちをなぎ払う。
原形を崩すどころか光に呑まれて塵も残さず消えるガンスレイヴに、小さくクォヴレーは唇をかむ。
ひたすら拮抗状態が続く。
どちらかが流れを寄せようとすれば、確実に敵対するものがそれを阻む。
五分と五分が続くのではなく、微妙に揺れる戦いの流れが、いつも元に還ってしまうのだ。
ショットガンを発砲。回避しようとわずかにゼストが下がったことにより、最適の距離が作られる。
すなわち、鎌の切っ先が、遠心力を乗せて相手の体にぶつかる距離に。
腰を一気にひねり、横薙ぎにZ・Oサイズが振るわれる。
閃光を切り裂くほどの速さで放たれた斬撃は、ゼストの左肩に吸い込まれていく。
だが、いかな超人も防ぎ切れない一撃を、神を超えた神であるゼストは確実に裁いていた。
続けさまに繰り出される剣戟を、ゼストは一つ一つを見て、防いでいく。
ゼストの翼が、延び、Z・Oサイズをからめ捕る。
武器を手放すという思考にたどり着くまでの僅かなタイムラグ。
それが、命取り。
「く……ぅ―――」
ゼストの右の剣が、ディス・アストラナガンを捕らえた。
メキメキと音を立てて、装甲を削り、砕きコクピットに迫るゼストの短剣。
到底、手を使って抜くことはできないと判断したクォヴレーは迷うことなく機体を暴発させる。
……すなわち、胸部を展開せずエネルギーを解放し、爆発を起こすことで強引に剣を吹き飛ばすのだ。
「なん、だと――?」
流石にこれはゼストにとっても予想外だったのか、目を見開いている。
その間に胸部を再生させながら後ろに跳躍。胸を押さえながらZ・Oサイズを構えなおす。
そして、両者が同時に膝をつく。
「ぐ……おぉ」
ゼストが痛みに呻き、腕を押えて右膝をつく。
先ほどの爆発で、攻勢に回していたフォトンを貫通し、腕がひび割れるように亀裂が入っている。
隙間から止め処なくこぼれる青い血が、地面を真っ青に染め上げた。
「……まず、い。再生が――」
ディス・アストラナガンが、胸に空いた穴を抑え、左膝をつく。
だが、超神の腕を使用不可なほどに破壊した代償も、また大きい。
ディーン・レヴがほぼ全壊し、汲み上げるエネルギー量が大幅に低下。
再生までに必要な時間……そのエネルギーを片肺で生み出すにはまだかかる。
「これで、互角ではなくなった……ということだ」
ゼストが荒い呼吸の中、声を絞り出した。
「そう、だな……」
ゼストは右手をぶらりと下げたまま、左手の剣と、伸ばした翼をすべてディス・アストラナガンに向ける。
クォヴレーは、ディス・アストラナガンの翼は無事であることを確認する。
瞬間、空間が爆発した。
いや、違う。あまりにも加速した翼の鉄鎚が、地面を叩いた衝撃だった。
クォヴレーは、ギリギリのタイミングながらも側面へ機体を走らせ回避する。
胸を押さえていた血濡れた手で、ショットガンを掴んでカウンターに発砲。
「右……いや左か」
ゼストは、翼のフォトンを解除し、手に再度フォトンを移動。剣ではなく盾を構える。
「飛べ!Z……Oサイズ!」
翼で生まれた死角であり、同時にゼストが防御に力を腕に移動させた瞬間。
その陰から、落としたZ・Oサイズが独りでに、猛回転でゼストへ飛ぶ。
さらに、翼の陰からゼストに殺到する黒い弾丸。
「まさか、クォヴレー、貴様――」
「落ちろ!ゼスト――!!」
翼が届く直前、ゼストにとってディス・アストラナガンの背面が死角になる時に射出したガンスレイヴ。
彼らは忠実にクォヴレーの思念をくみ取り、そこに『あえて』落としていた鎌を体に引っ掛け投げ飛ばした。
再度、全身にフォトンを行き渡らせるゼスト。
第一に到達したZ・Oサイズを、手刀で粉砕する。
第二に到達したガンスレイヴを、竜巻に似たフォトンの衝撃波で粉砕する。
第三に到達したショットガンの第二射、第三射をさらに前面に張った障壁で阻む。
「三手……お前は防御するしかなかった」
クォヴレーは、ディス・アストラナガンを移動させない。
肩が上下に開き、内蔵された砲身が露出する――ただし、右肩のみ。
左の心臓がつぶされた以上、左の銃砲を使用できない。
だが、それで十分だ。
「ディスレヴ開放、システムエンゲージ……シュート!」
モニターに舞い踊るヘブライ語が、次々に書き換えられ、出力される。
数価変化/ゲマトリア修正/ディスの火起動=ダークマター生成
ダークマターの構成物質アキシオン……超重力の申し子。
制御を放棄し、生成される巨大重力圏が、生成された障壁ごとゼストを飲み込む。
一瞬、その場に座り込んでいたディス・アストラナガンの体が浮き上がる。
基本概念として1Gで固定されていた重力が、強引に作られたグレート・アトラクターで、歪んだのだ。
「この程度で、この程度では私は終わらん……!」
重力∞倍の、元ある空間を容易に引き裂き、ねじ切るブラックホールの中。
障壁を全開にしてゼストは抵抗する。
いや、逆にフォトンを周囲に放散し、ブラックホールを対消滅させようとしていた。
今、クォヴレーにできることは、見守ることのみ。
「この……程度で私が落ちるもの……か―――」
パンと、風船がはじけるのによく似た音が鳴る。
―――消失するブラックホール。
光も飲み込む闇の領域を、黒い闇のフォトンが上回ったのだ。
「どうやら……私の、勝ちのようだな、並行世界の番人」
憔悴しきり、肩で息をするゼスト。
だが、その顔は勝利に対する確信に満ち溢れていた。
クォヴレーの回答は、一つ。
クォヴレーは絶対の自信を持って、ゼストに断言する。
「さらに一手。合わせて四手……お前は防御するしかなかった」
顔を歪めるゼストの前で、ディス・アストラナガンが悠然と立ち上がる。
その胸に相変わらず空洞があいている。
しかし、胸の奥で燃える赤い光が強く存在を主張していた。
完全にとは言い難くとも、心臓が再生した雄姿がそこにある。
最強の、黒い死神の復活。
「だから、間に合った。お前の負けだ、ゼスト。いや……ユーゼス!」
ゼストの表情が、凍りつく。
そう、ひとたび傷つき、均衡が崩れれば有利になるのはディス・アストラナガンなのだ。
ダメージが癒えることなく蓄積するゼストと再生するディス・アストラナガン。
神と悪魔の、大きな差異。
クォヴレーが見つけた、唯一の突破口。
「まだ繰り返すか?勝てないと知って……同じことを」
露骨に不快をあらわにするゼストは、はっきりとそのことを口にする。
「半端に高い位置からの言動はやめてもらおうか……実に不快だ」
ゼストは、なおも構えをとる。
クォヴレーも、そうするであろうことは知っている。
こんなことであきらめるような相手でないのは、はるか昔から理解している。
「……お前とイングラムの差だな。
血を吐き、苦しんだ末にたどり着いた者と、偶然手にした者……当然と言えば当然か」
「何を……言っている?」
「お前はまるでわかってないということだ。イングラムの役目と記憶を引き継いだ?
笑わせる。お前に私とイングラムの何が分かる?傲慢な物言いはやめてもらおうか」
ユーゼスの目が、これまでになく、感情の色を移す。
仮面の下に隠れていた感情が、クォヴレーにまっすぐにぶつけられた。
理想を語る男としての心ではない。真に、ユーゼスという一人の男としての感情。
「黙ってもらおう、紛い物!お前はイングラムでは断じてない!
お前は……私が決着をつけることを望んだ相手ではなかった。イングラムは認めても、私はお前を認めん!」
クォヴレーの背中に、強烈な悪寒が走る。
因果律を外れたとはいえ、生命体の持つ本能は残っている。
ゼストから放たれるプレッシャーは形がないにも関わらず、体を押しつぶされる気がした。
「これが最期だ!こんなもののために、私は歩んでいたのでない!」
ゼスト―――否、ユーゼスの咆哮が、『ユートピア・ワールド』を揺るがす。
空に舞い上がったゼストの背後で、フォトンが収束する。
何もない天を切り裂き、黒い翼が伸びていく。地平線見渡す限り空を上下に分断する黒いライン。
黒い雷光が、空を埋め尽くす。激しい閃光と共に世界に響きわたるユーゼスの神託。
「ユーゼス、お前は……、……もう分かった」
クォヴレーは悟った。ユーゼスの複雑な心の一端を。
故にクォヴレーは知った。自分では、ユーゼスを倒すことはできても救うことはできないと。
いや、自分のせいでユーゼスは救われることはなくなったかもしれない。
けれど、今の自分は並行世界の番人……TIMEDIVERなのだ。
戦う。
今できるのは、たったそれだけ。
ターゲットに永久〈とわ〉の安らぎを。刃向かう愚者に静寂を。
裁きの日訪れても戦う――定めのままに。
「ディス・レヴよ……その力を解放しろ!」
黒い雷光を押しのけるように、ディス・アストラナガンの上空に赤い魔方陣が展開される。
同時に、最終封印を解き、胸部装甲を引きはがす。
――――ヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォオオオヲヲ………
ディス・レヴとディーン・レヴが呼び寄せた怨霊たちが、歓喜と呪詛を混ぜ合わせた声を上げる。
巨大な、白く淡い光を放つ球体がディス・アストラナガンを包んでいく。
ネガの反転の如く、その内部では黒は白に、白は黒に逆転している。
球体が爆ぜると同時、それは空の魔方陣へと吸い込まれた。
ユーゼスが、胸の前――カラータイマーの前に手をかざし、力を集中させた。
エネルギー源から直接くみ上げるフォトンストリームは、嵐となって吹き荒れる。
血のように赤い魔方陣から、一条の光がゼストへ降り注ぐ。
光の中に10個の『星』を秘めた、絶対絶滅の……銃神のもつ究極の力。
「ファイナル・ゼスト!ビィィィィィム!!」
「アイン・ソフ・オウル……デッド・エンド!シュートォォオオっ!!」
ゼスの胸から放たれた銀河を滅する無辺無尽光と、恒星の群れが、世界を白と黒に染め上げ激突する。
ゼストのいる側はどこまでも黒く、ディス・アストラナガンのいる側はどこまでも白く。
お互いの生み出した世界を浸食しあいながら。
太陽の14乗という高密度で生み出された中性子星は、それだけで地球の何億倍という質量を持つ。
だが、ゼストから離れる黒光の濁流もまた、それに匹敵するものだった。
世界の枠を軋ませる両者の一撃。
音が死に、大気が死に、念が渦を巻き、鬩ぎ合う。
「馬鹿な……ゼストが……ダイダルゲートがディスレヴに劣ると言うのか!?」
「まずい……制御……しきれない……!?」
徐々に、ゼストの領域が削られ擦り減っていく。
リミッターを解除し、同質の力を吸い上げて注ぎ込むゼストとディス・アストラナガンの共鳴。
それが結果としてディス・アストラナガンの心臓の拍動を高め、さらなる力を引き出していた。
白い闇の中、ディス・アストラナガンの煌々と燃える瞳がゼストを射抜く。
――――ヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォオオオヲヲ………ヲヲヲオヲヲオオヲヲオヲオヲヲオヲヲ!!
ディス・アストラナガンが、フェイスガードを顎の力で引きちぎり、口を露出させた。
霊帝を超えた相手と出会い、二連心臓の力を限界すら超えて汲み上げ、破壊に変化させていく。
腐爛し輝く眼。
魂すら凍てつかせる咆哮。
広げた漆黒の翼。
天に掲げられる血塗られた腕。
それはまさに………邪神と呼ぶに相応しい。
「静まれ……ディス・アストラナガン!このままではあちらにも危害が及ぶ……止まってくれ!」
このまま臨界突破の状態を維持すれば、確かにゼストは倒せるかもしれない。
だが、次元境界的にすぐ側にいるフォルカたちにも、多大な影響が出てしまう。
どこか遠くの次元に吹き飛ばされる程度では済まない。
最悪、因果地平の彼方に吹き飛び、死ぬこともできず何もない世界の住人となる可能性もある。
強制的に止められるが……そんなことをすればディスレヴの出力はゼロになる。
その瞬間、すべてが終わる。どうにかしてなだめるしかない。
「何故……何故なんだ。何故、俺の言うことをきかない!」
「……まだ、わからないのか」
ゼストが、光の中必死に耐えながらクォヴレーに語りかける。
「お前は並行世界の番人だ。お前の役目は私を倒すこと」
ゼストは苦しいはずなのに、遠い彼方を見るように鬩ぎ合う境界面を見つめている。
「純粋に、ディス・アストラナガンはそれを実行しているだけだ。……全てを犠牲にしてな」
少しずつ、少しずつゼストの世界が消えていく。
「お前も、私も永遠に迷宮を彷徨う囚人に過ぎん。……何を悩んでいる。
仲間など……泡沫の夢に過ぎない。一瞬で過ぎ去り、決して隣に並ぶことはない」
もう、最初の互角の時に比べれば、半分までゼストの世界は減っていた。
「お前はそんな存在のために番人たる役目を放棄するのか?」
「――――――!」
完全に押し込まれた形となったゼスト。
クォヴレーは考える――自分が今ここに立っている理由を。
クォヴレーは思い返す――霊帝との戦いを。ここに来てからの行動を。
クォヴレーは忘れない――仲間たちの思いを、背中を、顔を。
あの世界の仲間たち……
よく馬鹿なことをやって、なじめない自分を助けてくれたアラド。
そんなアラドのパートナーで、記憶のない自分を支えてくれたゼオラ。
どこか抜けたところはあったが、最後まで筋を通したバラン・ドバン。
だれよりも思いやりに長けた念動力の巫女であるアルマナ。
仲間を失っても戦い続けた戦友SRXチームの面々。リュウセイ、マイ、ライ、アヤ。
イングラムの影としてSRXチームを支えたヴィレッタ
この世界の仲間たち……
短い間だが、助けてくれたセレーナやガルド。
相変わらずの熱血漢でロボマニアだったリュウセイ。
だれよりも冷静で、周りのまとめ役として話しかけてくれたジョシュア。
暑苦しくもあったが、何苦しい時に折れない闘志で自分を励ましてくれたトウマ。
そして、最後まで、自分のことを心配していたのに、最後まで自分は迷惑かけまいとしていた……イキマ。
イングラムから受け継いだものではない、自分の掴んだ……今の自分を創った仲間たち。
「ユーゼス、俺はお前とよく似ていたんだ。記憶を失ってここに来て……今わかった。
手にしたものをこぼしたくないばかりに、それ以外すべて疑って……否定して。
理解した上でも、冷静になっても、それでも回りが見えなくて。
少し他人ができないことができるからと、全てを背負えるような錯覚をする」
クォヴレーは、ミオに投げ飛ばされた時を思い出す。
……ああ、あの時は痛くて息が止まるかと思ったな。
―――さっきから黙って聞いてりゃー、俺のせいだー俺が悪かったーって。
挙句の果てには俺さえしっかりしていればこんなことは起きなかった?
それはそうかもしれない。でもね、ここであたし達が出逢ったことは無駄なことなんかじゃない―――
「ユーゼス、それがお前の目指した到達点か?」
「……その通りだ」
「誰もいない孤独な場所が、か?」
「孤独ではない、孤高だ」
「ユーゼス、独りは寂しいだろう?」
「……何?」
最期に……小さくクォヴレーは笑った。
強制的に止められる最終限界点は目の前だ。
「後は頼む……俺の仲間たち。
ユーゼス、お前と俺の違いは一つだけ。他者を――――」
クォヴレーの結論、それは―――――
&color(red){【クォヴレー・ゴードン 死亡】}
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*&color(red){PROMISED LAND(2)}
―――風が、吹いた。
2人が転移した先は―――かつて2度、両者がぶつかり合った場所。
すなわち、『ユートピア・ワールド』。1度目のゼストが生み出し、半端に壊れて残った世界。
この世界の目的は……イングラムとの決着。そのためだけに生み出された世界。
究極のコロッセオ。
イングラムとユーゼスが戦った記憶の場所。
かつて、『アールガン』と『ゼスト』が戦った場所。
かつて、『アストラナガン』と『ジュデッカ』が戦った場所。
そして、『ディス・アストラナガン』と『ゼスト・ラーゼフォン』がこれから戦う場所。
「懐かしいな……何もかもが懐かしい。そうは思わんか? ――クォヴレー」
「ここが……ユートピア・ワールドか」
ただひたすら、殺風景に白い荒野が続いているかと思えば、幾何学的な模様の白い浮遊階層が並んでいる。
何本もの六角形と四角形に彩られた石柱が、森のように立ち並んでもいる。
全てが白一色だが、白と言える範疇で複雑なグラデーションがなされている。
透明度も、ガラスに近いようなものから、淀んだものまで、不規則にそびえる姿はただ、圧巻だ。
「長かった……本当に長かったよ。今もこの瞬間が、夢に感じられるほど」
「だが、それも、もう終わりだ。今回もお前の負けですべて終わる」
「相変わらず変わらないな。……イングラム」
ゼストとディス・アストラナガンが、石柱の森に、音もなく着地した。
お互い、何本もの石柱の隙間から相手の姿を確認する。
「お前は、何も変わらない。お前は私を誰より知っているからこそ、私を否定する」
ユーゼスが……ゼストが小さくため息をついた。
「お互い、1つだったものを分けたせいかもしれんな。
本来オリジナルであった私の手を離れ、一人の人間として確立されようともそれは変わらない」
「ユーゼス、お前は―――」
クォヴレーは知っている。
かつてのゼストは、あくまでゼストにユーゼスが乗り込むことで動いていた。
しかし、今回は何かが違う。あまりにも、ゼストとユーゼスがシンクロしすぎている。
「――完全に『ゼスト』になったのか?」
「ああ、そうだよ。もう私は文字通り人間ではない」
あっさりとユーゼスはクォヴレーの問いを肯定する。
もはや、ユーゼスとゼストを区別するものは何もない。
「霊帝のような存在になり果てて……お前はどこにいくつもりだ?」
「無論、神……いや神を超えた神へ」
「もう……戻れる場所はない。お前は、本当に永遠に繰り返すつもりか?……こんな戦いを」
「元より帰る場所などない。帰りを待つ者も、並んで立つ者もない。
…………進むことが戦いと言うならば私は永劫戦い続けよう」
訣別の言葉。もとより交わるはずのない道に、これ以上の言葉は無意味。
ただ、未来は勝者のために。
両者ともに、同時に翼を展開。一瞬で爆発的推進力を手にし、音の壁を容易に突き破る。
先手を打ったのは、クォヴレー。
轟く銃声とともに、電撃と実弾を同時に発射する超電磁レール・ショットガンの閃光。
ユーゼス……いやゼストは、素早く90度の角度で上昇し、散弾の雨を回避する。
さらに、追撃でディス・アストラナガンの周囲で援護に徹する大量のガンスレイヴが、赤い光を吐き出し続ける。
火力に全てを集中させたその掃射は、もはや爆撃だった。
石柱が砕けて粉として空を舞い、白い平面がえぐり取られる。
ゼストは翼を使うことを放棄していた。石柱側面を足場代わりに利用し、柱の森を駆け抜ける。
「―――いくぞ」
ラアム・ショットガンの残弾を、数秘変化で、『ない』状態から『ある』状態に変える刹那。
ゼストの腕の横から黒い光が伸び、弦を張る。
どれだけ障害物があろうと関係ないと、ディス・アストラナガンだけを標準し矢を番えた。
進路上の柱をすべて粉砕し、闇色の閃光が数瞬前までディス・アストラナガンがいた場所を打ち抜く。
「……もらうぞ」
直上へ翼を使い飛び上ったディス・アストラナガンはすでに空高い位置に。再びショットガンを発砲する。
ゼストは、第二射を放とうとしていたが、中断してダークフォトンを盾として生成しなおす。
矢から盾に再生成するのに、タイムラグはほぼゼロだ。
「無駄だ。それではこのフォトンを貫くとはできん」
ゼストは常識を逸脱するほどのフォトンを体内に保持している。
それこそ『無限』と言ってもそれほど間違いではないほどに。
だがそんなことはクォヴレーも最初の空間で知っている。
むしろ、今見る点は一つ。
「何故、盾を作った?」
そう、ここだ。ユーゼスは、あのまま撃てばよかったのだ。
どうせ、ゼストならばあの程度ならば大したダメージにもならないはず。
それを何故、わざわざ防いだのか?
しこりの如く残る違和感。
しかしそれを氷解させてくれる暇をユーゼスは与えない。
「続けるぞ」
距離を取るべく、森を駆け巡る。
ゼストの腕の周囲に、等間隔で12発の矢が発生した。
まっすぐに、ディス・アストラナガンを射抜くべく腕をゼストが伸ばすと、立て続けに光が射出される。
「く―――っ!」
ディフィレクトフィールドが、そのうちの4本を受け止め、6本を逸らした。
しかし、残った2本が、左肩を貫通し、黒い血のような緩衝材が派手にまき散らされる。
足を止める余裕はない。崩れたバランスを整えることもせず、スラスターが火を噴き続けた。
さらに次々繰り出される光の矢。
番えて撃つ大型の矢に比べて威力は低い分、速度や連射性は段違いだ。
足を止めれば、一瞬で全身を打ち抜かれる。
決して間を空けず、撃った場所から順次補充し、際限無く降り注ぐ矢の嵐。
まだ、左手が動くことを確認し、右手で左手首を押えてどうにか固定する。
そのまま、ショットガンが再び火花とともに散弾を撃ち出した。
腕が、肩の位置から反動であり得ない方向を向くが、どうにか左手からこぼれた銃を右手でつかむ。
ゼストは、矢を撃つのをやめて、突き出していた腕を横に薙いだ。
風を巻いて起こる、竜巻のような回転するオーラフォトンが散弾の雨を弾き飛ばす。
さらに、竜巻のフォトンを纏ったまま、ディス・アストラナガンへ突っ込んでくる――!
「ディーン・レヴ、力を解放しろ!」
ディス・アストラナガンの左胸が暗い赤に発光すると、光が血のように体を伝って左腕の切断面へ。
一気に、左腕ごとZ・Oサイズを出現させる。両手で保持すると、思いきり振り上げた。
液体金属をすべて使い、斬艦刀に匹敵する大きさまで膨れ上がった肉厚の刃。
最早、処刑台のギロチンのようなZ・Oサイズを、先んじてゼストに叩きつける。
「無駄だ―――」
回転にそって、Z・Oサイズが横にそれる。だが、これはわかっていた結果だ。
鉄壁の防壁をまとい、突撃する相手の『外周部』に攻撃を仕掛けても、弾かれるのは当然。
それでも、相手は今のZ・Oサイズを防ぐため、防御に力を傾斜させた。
クォヴレーの発想――回転が激しくなるほど、ある一点は脆くなる。
Z・Oサイズは、振り下ろすと同時に放棄した。
すでに、ディス・アストラナガンの手には別の兵器が握られている。
「それは……回転軸だ!」
激しく吹き荒れる大型の台風ほど、台風の目は大きくなり、無風へ近づく。
ラアム・ショットガンの引き金を、三回連続で引く。
本来ショットガンでは不可能な連打を可能とする銃神の相棒だからこそできることだ。
「まだだ」
ゼストは、回転するフォトンを、逆らわずに開放する。
制御を失ったフォトンは、行き場を失い外周方向へ無差別に拡散し――結果的に盾となる。
爆発する黒の本流に、あおり受けてディス・アストラナガンが、50m以上吹き飛ばされた。
どうにか、態勢を整え、石柱に激突することを避け、爆発の中心を確認する。
光が薄れ、姿を現したゼストは―――
「………やる。だが、それでこそだ」
「やはり……そういうことか」
ゼストの、右腕から青い血が流れ、指先に滴っている。
肘のあたりを左手で抑えていることから、そこが出血部だろう。
無言でにらみ合う両者だったが、ほんの一呼吸ほどの時間をおいてクォヴレーが切り出した。
「ゼストは……いや、ゼスト、お前は不完全なんだな」
その言葉に、皮肉げに口の端をゼストがつり上げる。
「その通りだ。代替物としてラーゼフォンの肉体を借りているが……
それでも、あくまで力が流出しないように抑えるのが限界だった」
クォヴレーは理解する。
何故、あれほどゼストが防御に固執していたか。
答えは、簡単だ。
ゼスト自身が、極度に脆いから。
ゼストのフォトンストリームは圧倒的だ。攻守において、まさに最強の矛であり最硬の盾。
だが、そんな……異世界から負の心をくみ上げるディスレヴすら凌ぐ力を、やすやすと制御できるはずがない。
力の制御と、自由に動ける過度の拘束のない肉体。
ゼストの体は、極限のバランスの上に成り立っているのだ。
故に、ラアム・ショットガンでも損傷する。さらに、再生能力も存在しない。
無敵であるが故に、逆にモビルスーツのビームライフルですら倒せる可能性がある。
最強の矛と最硬の盾を手にした結果、ゼストが今背負っている矛盾だ。
「あの時、お前が仕掛けなかったのも……」
「そうだ。私でも、お前たち全員と戦うとなれば、危険だったからだ」
最初にゲートの中に転移したとき、ゼストが戦わなかった理由が、これだ。
5人をまとめて相手にして攻守にフォトンを割けばどうなるか、など言うまでもないだろう。
「……もっとも、気まぐれもあるがな。いまさら命を捨てる理由もあの3人にはないだろう」
ゼストが、二度三度と手を握る。動きに支障はなさそうだ。
どうやら、表面をかすった程度で、出血の割に、ダメージはないらしい。
「私を止めるのはお前の役目だろう?……なら、もうお前と私だけでいいはずだ」
「……ああ」
両者が頷き合う。
「お互い手札も明かしたところで第二幕と行くとしよう」
ゼストの血が、一瞬で光子に変わり蒸発する。
可視できる、威圧感すら与える光の濁流が刃の形に収束する。
肘から指先まで伸び、さらに拡張し、両腕に光の剣が装着された。
ディス・アストラナガンは、落ちていたZ・Oサイズを拾い、通常の形態にまで戻す。
片手で腕を垂らして構えを取ることで、準備は完了。
天にゼスト。地にディス・アストラナガン。
「……行くぞ。最期まで」
深い碧のスラスターの輝きが、突風を起こし、生物のように羽ばたく。
ゼストを断つため、全速で空を疾走する黒い銃神が、鎌を振りかざす。
霊帝を倒したときと同じ、100%の力を発揮した心臓の生み出す推進力は、今までとは比肩できない。
「……無限螺旋はここで終わる」
ゼストは、迫るディス・アストラナガンを睨み付けている。
けして逃げない。正面から撃破するという確固たる意志が、クォヴレーには見える気がした。
ビームサーベルやZ・Oサイズに比べて、ラーゼフォンが生成する剣は短い。
しかるに、ラーゼフォンを受け継ぐゼストの剣もまた長いといえるサイズではない。
ゼストが、両剣を交差させ、上段から振り下ろされるZ・Oサイズを受け止める。
手を震わせ、一気に切断しようとするが、ゼストはびくともしない。
やはり耐久力を除く基本的なスペックでは、ディス・アストラナガンですらゼストには劣っている。
「切り裂け、Z・Oサイズ!」
だが、純粋な機動性は劣っていない。
瞬発的な速度で光速の99%で進む宇宙怪獣を超えるディス・アストラナガンならば、遅れはとらない。
ディス・アストラナガンが鉄也との戦いで見せた、光を駆け抜ける奇跡は、偶然ではない。
上から、右脇腹へ叩き込む――ゼストはフォトンを纏った右の翼で受け止める。
翼の上を滑る勢いを利用し、回転しながら今度は足を狙う――ゼストは下段に構えた右の剣で受ける。
左手に滑り出されていたショットガンを、超ショートレンジで発砲――ゼストは、銃身の下へ身をかがめる。
屈めたゼストに、鋭い膝蹴りを見舞う――ゼストは、左の剣でディス・アストラナガンの足を落とす。
落ちた足を、逆の足で引っ掛け、ゼストへ蹴り飛ばす――ゼストは、左の翼で飛んできた足を切り裂く。
十六分の三秒経過、足の再生を完了し右肩を展開する――ゼストは、腕に光を貯め、交差する。
「数秘予測、ゲマトリア修正……メス・アッシャー!」
「受けろ……!シャイニング・ブレード!」
エメト(真理)からメス(死)へ強化された虚無への闇と、
光の巨人が放つ巨大かつ絶対の光波刃が虚空で激突する。
「く……あああああっ!」
「うおお、おおおお!?」
必滅の一撃がぶつかり合ったことで空間がたわみ、破壊の牙が周囲にまき散らされる。
周囲数kmの石柱や浮遊階層が崩れゆく中、両者は自分の結界を生み出し、瓦礫の嵐を遮断する。
クォヴレーとゼストが考えたことは奇しくも同じ。
「「おおおおおっ!」」
ディフィレクトフィールドとフォトンシールドを纏ったまま両者は嵐の中武器を振りかざす。
ぶつかり合うたびに、防壁が僅かに中和されあい高い音を奏でていた。
ガラスがぶつかり合うのに近い音を立て、Z・Oサイズと、光の剣がぶつかり合う。
怒涛のごとき、お互いの猛攻。相手だけを見つめ、全力で攻め続ける。
下がることは、今は不要。ただ、前に出て証明するのみ―――己の存在を!
もはや、けん制程度にしか遠距離攻撃は使用していない。
チャージの隙などなく、事実上矢継ぎ早に繰り出せる攻撃だけが両者の手札。
ゼストは、防御にフォトンを回す以上、分散したフォトンを射出したくない。
ディス・アストラナガンは、ゼストの光波を破るため、相手の不意を打つしかない。
両者の都合がかみ合った結果が、空間全てを使った苛烈な近接戦闘だった。
銃神と超神が飛翔する。
一瞬でこの擬似空間の天蓋まで登り上がり、一箇所に留まることを知らず縦横無尽に駆け巡る。
両手の光の剣を駆使し、変わらず鉄壁の防御を守るゼスト。
ディス・アストラナガンは、片手にZ・Oサイズを、もう一方にラアム・ショットガンを保持する。
セストは両手を剣としか使えず、同時に光波を利用した攻撃を繰り出せない。
けれど、ディス・アストラナガンの刈り取るような鋭い斬撃は、ゼストに届かない。
抑制された状態のゼストと、全力全開で戦うディス・アストラナガン。
それで、やっと互角かどうか。
振り下ろされるよりも早く、ゼストが距離を詰め、Z・Oサイズを押し返す。
世にも珍しい鎌と短剣による鍔迫り合い。だが、その交錯もまた一瞬。
一瞬後には、お互いが次の一手を繰り出しているからだ。
「……そこだ、食らい付け」
自律思考を可能とするガンスレイヴの死角からの射撃が、ゼストを襲う。
三基の移動砲台が放つ真っ赤なレーザーカノン。
だが、ゼストは振り向くこともせず、翼を操作して、小悪魔たちをなぎ払う。
原形を崩すどころか光に呑まれて塵も残さず消えるガンスレイヴに、小さくクォヴレーは唇をかむ。
ひたすら拮抗状態が続く。
どちらかが流れを寄せようとすれば、確実に敵対するものがそれを阻む。
五分と五分が続くのではなく、微妙に揺れる戦いの流れが、いつも元に還ってしまうのだ。
ショットガンを発砲。回避しようとわずかにゼストが下がったことにより、最適の距離が作られる。
すなわち、鎌の切っ先が、遠心力を乗せて相手の体にぶつかる距離に。
腰を一気にひねり、横薙ぎにZ・Oサイズが振るわれる。
閃光を切り裂くほどの速さで放たれた斬撃は、ゼストの左肩に吸い込まれていく。
だが、いかな超人も防ぎ切れない一撃を、神を超えた神であるゼストは確実に裁いていた。
続けさまに繰り出される剣戟を、ゼストは一つ一つを見て、防いでいく。
ゼストの翼が、延び、Z・Oサイズをからめ捕る。
武器を手放すという思考にたどり着くまでの僅かなタイムラグ。
それが、命取り。
「く……ぅ―――」
ゼストの右の剣が、ディス・アストラナガンを捕らえた。
メキメキと音を立てて、装甲を削り、砕きコクピットに迫るゼストの短剣。
到底、手を使って抜くことはできないと判断したクォヴレーは迷うことなく機体を暴発させる。
すなわち、胸部を展開せずエネルギーを解放し、爆発を起こすことで強引に剣を吹き飛ばすのだ。
「なん、だと――?」
流石にこれはゼストにとっても予想外だったのか、目を見開いている。
その間に胸部を再生させながら後ろに跳躍。胸を押さえながらZ・Oサイズを構えなおす。
そして、両者が同時に膝をつく。
「ぐ……おぉ」
ゼストが痛みに呻き、腕を押えて右膝をつく。
先ほどの爆発で、攻勢に回していたフォトンを貫通し、腕がひび割れるように亀裂が入っている。
隙間から止め処なくこぼれる青い血が、地面を真っ青に染め上げた。
「……まず、い。再生が――」
ディス・アストラナガンが、胸に空いた穴を抑え、左膝をつく。
だが、超神の腕を使用不可なほどに破壊した代償も、また大きい。
ディーン・レヴがほぼ全壊し、汲み上げるエネルギー量が大幅に低下。
再生までに必要な時間……そのエネルギーを片肺で生み出すにはまだかかる。
「これで、互角ではなくなった……ということだ」
ゼストが荒い呼吸の中、声を絞り出した。
「そう、だな……」
ゼストは右手をぶらりと下げたまま、左手の剣と、伸ばした翼をすべてディス・アストラナガンに向ける。
クォヴレーは、ディス・アストラナガンの翼は無事であることを確認する。
瞬間、空間が爆発した。
いや、違う。あまりにも加速した翼の鉄鎚が、地面を叩いた衝撃だった。
クォヴレーは、ギリギリのタイミングながらも側面へ機体を走らせ回避する。
胸を押さえていた血濡れた手で、ショットガンを掴んでカウンターに発砲。
「右……いや左か」
ゼストは、翼のフォトンを解除し、手に再度フォトンを移動。剣ではなく盾を構える。
「飛べ!Z……Oサイズ!」
翼で生まれた死角であり、同時にゼストが防御に力を腕に移動させた瞬間。
その陰から、落としたZ・Oサイズが独りでに、猛回転でゼストへ飛ぶ。
さらに、翼の陰からゼストに殺到する黒い弾丸。
「まさか、クォヴレー、貴様――」
「落ちろ! ゼスト――!!」
翼が届く直前、ゼストにとってディス・アストラナガンの背面が死角になる時に射出したガンスレイヴ。
彼らは忠実にクォヴレーの思念をくみ取り、そこに『あえて』落としていた鎌を体に引っ掛け投げ飛ばした。
再度、全身にフォトンを行き渡らせるゼスト。
第一に到達したZ・Oサイズを、手刀で粉砕する。
第二に到達したガンスレイヴを、竜巻に似たフォトンの衝撃波で粉砕する。
第三に到達したショットガンの第二射、第三射をさらに前面に張った障壁で阻む。
「三手……お前は防御するしかなかった」
クォヴレーは、ディス・アストラナガンを移動させない。
肩が上下に開き、内蔵された砲身が露出する――ただし、右肩のみ。
左の心臓がつぶされた以上、左の銃砲を使用できない。
だが、それで十分だ。
「ディスレヴ開放、システムエンゲージ……シュート!」
モニターに舞い踊るヘブライ語が、次々に書き換えられ、出力される。
数価変化/ゲマトリア修正/ディスの火起動=ダークマター生成
ダークマターの構成物質アキシオン……超重力の申し子。
制御を放棄し、生成される巨大重力圏が、生成された障壁ごとゼストを飲み込む。
一瞬、その場に座り込んでいたディス・アストラナガンの体が浮き上がる。
基本概念として1Gで固定されていた重力が、強引に作られたグレート・アトラクターで、歪んだのだ。
「この程度で、この程度では私は終わらん……!」
重力∞倍の、元ある空間を容易に引き裂き、ねじ切るブラックホールの中。
障壁を全開にしてゼストは抵抗する。
いや、逆にフォトンを周囲に放散し、ブラックホールを対消滅させようとしていた。
今、クォヴレーにできることは、見守ることのみ。
「この……程度で私が落ちるもの……か―――」
パンと、風船がはじけるのによく似た音が鳴る。
―――消失するブラックホール。
光も飲み込む闇の領域を、黒い闇のフォトンが上回ったのだ。
「どうやら……私の、勝ちのようだな、並行世界の番人」
憔悴しきり、肩で息をするゼスト。
だが、その顔は勝利に対する確信に満ち溢れていた。
クォヴレーの回答は、一つ。
クォヴレーは絶対の自信を持って、ゼストに断言する。
「さらに一手。合わせて四手……お前は防御するしかなかった」
顔を歪めるゼストの前で、ディス・アストラナガンが悠然と立ち上がる。
その胸に相変わらず空洞があいている。
しかし、胸の奥で燃える赤い光が強く存在を主張していた。
完全にとは言い難くとも、心臓が再生した雄姿がそこにある。
最強の、黒い死神の復活。
「だから、間に合った。お前の負けだ、ゼスト。いや……ユーゼス!」
ゼストの表情が、凍りつく。
そう、ひとたび傷つき、均衡が崩れれば有利になるのはディス・アストラナガンなのだ。
ダメージが癒えることなく蓄積するゼストと再生するディス・アストラナガン。
神と悪魔の、大きな差異。
クォヴレーが見つけた、唯一の突破口。
「まだ繰り返すか?勝てないと知って……同じことを」
露骨に不快をあらわにするゼストは、はっきりとそのことを口にする。
「半端に高い位置からの言動はやめてもらおうか……実に不快だ」
ゼストは、なおも構えをとる。
クォヴレーも、そうするであろうことは知っている。
こんなことであきらめるような相手でないのは、はるか昔から理解している。
「……お前とイングラムの差だな。
血を吐き、苦しんだ末にたどり着いた者と、偶然手にした者……当然と言えば当然か」
「何を……言っている?」
「お前はまるでわかってないということだ。イングラムの役目と記憶を引き継いだ?
笑わせる。お前に私とイングラムの何が分かる? 傲慢な物言いはやめてもらおうか」
ユーゼスの目が、これまでになく、感情の色を移す。
仮面の下に隠れていた感情が、クォヴレーにまっすぐにぶつけられた。
理想を語る男としての心ではない。真に、ユーゼスという一人の男としての感情。
「黙ってもらおう、紛い物!お前はイングラムでは断じてない!
お前は……私が決着をつけることを望んだ相手ではなかった。イングラムは認めても、私はお前を認めん!」
クォヴレーの背中に、強烈な悪寒が走る。
因果律を外れたとはいえ、生命体の持つ本能は残っている。
ゼストから放たれるプレッシャーは形がないにも関わらず、体を押しつぶされる気がした。
「これが最期だ! こんなもののために、私は歩んでいたのでない!」
ゼスト―――否、ユーゼスの咆哮が、『ユートピア・ワールド』を揺るがす。
空に舞い上がったゼストの背後で、フォトンが収束する。
何もない天を切り裂き、黒い翼が伸びていく。地平線見渡す限り空を上下に分断する黒いライン。
黒い雷光が、空を埋め尽くす。激しい閃光と共に世界に響きわたるユーゼスの神託。
「ユーゼス、お前は……、……もう分かった」
クォヴレーは悟った。ユーゼスの複雑な心の一端を。
故にクォヴレーは知った。自分では、ユーゼスを倒すことはできても救うことはできないと。
いや、自分のせいでユーゼスは救われることはなくなったかもしれない。
けれど、今の自分は並行世界の番人……TIMEDIVERなのだ。
戦う。
今できるのは、たったそれだけ。
ターゲットに永久〈とわ〉の安らぎを。刃向かう愚者に静寂を。
裁きの日訪れても戦う――運命(さだめ)のままに。
「ディス・レヴよ……その力を解放しろ!」
黒い雷光を押しのけるように、ディス・アストラナガンの上空に赤い魔方陣が展開される。
同時に、最終封印を解き、胸部装甲を引きはがす。
――――ヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォオオオヲヲ………
ディス・レヴとディーン・レヴが呼び寄せた怨霊たちが、歓喜と呪詛を混ぜ合わせた声を上げる。
巨大な、白く淡い光を放つ球体がディス・アストラナガンを包んでいく。
ネガの反転の如く、その内部では黒は白に、白は黒に逆転している。
球体が爆ぜると同時、それは空の魔方陣へと吸い込まれた。
ユーゼスが、胸の前――カラータイマーの前に手をかざし、力を集中させた。
エネルギー源から直接くみ上げるフォトンストリームは、嵐となって吹き荒れる。
血のように赤い魔方陣から、一条の光がゼストへ降り注ぐ。
光の中に10個の『星』を秘めた、絶対絶滅の……銃神のもつ究極の力。
「ファイナル・ゼスト! ビィィィィィム!!」
「アイン・ソフ・オウル……デッド・エンド! シュートォォオオっ!!」
ゼスの胸から放たれた銀河を滅する無辺無尽光と、恒星の群れが、世界を白と黒に染め上げ激突する。
ゼストのいる側はどこまでも黒く、ディス・アストラナガンのいる側はどこまでも白く。
お互いの生み出した世界を浸食しあいながら。
太陽の14乗という高密度で生み出された中性子星は、それだけで地球の何億倍という質量を持つ。
だが、ゼストから離れる黒光の濁流もまた、それに匹敵するものだった。
世界の枠を軋ませる両者の一撃。
音が死に、大気が死に、念が渦を巻き、鬩ぎ合う。
「馬鹿な……ゼストが……ダイダルゲートがディスレヴに劣ると言うのか!?」
「まずい……制御……しきれない……!?」
徐々に、ゼストの領域が削られ擦り減っていく。
リミッターを解除し、同質の力を吸い上げて注ぎ込むゼストとディス・アストラナガンの共鳴。
それが結果としてディス・アストラナガンの心臓の拍動を高め、さらなる力を引き出していた。
白い闇の中、ディス・アストラナガンの煌々と燃える瞳がゼストを射抜く。
――――ヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォオオオヲヲ………ヲヲヲオヲヲオオヲヲオヲオヲヲオヲヲ!!
ディス・アストラナガンが、フェイスガードを顎の力で引きちぎり、口を露出させた。
霊帝を超えた相手と出会い、二連心臓の力を限界すら超えて汲み上げ、破壊に変化させていく。
腐爛し輝く眼。
魂すら凍てつかせる咆哮。
広げた漆黒の翼。
天に掲げられる血塗られた腕。
それはまさに………邪神と呼ぶに相応しい。
「静まれ……ディス・アストラナガン! このままではあちらにも危害が……止まってくれ!」
このまま臨界突破の状態を維持すれば、確かにゼストは倒せるかもしれない。
だが、次元境界的にすぐ側にいるフォルカたちにも、多大な影響が出てしまう。
どこか遠くの次元に吹き飛ばされる程度では済まない。
最悪、因果地平の彼方に吹き飛び、死ぬこともできず何もない世界の住人となる可能性もある。
強制的に止められるが……そんなことをすればディスレヴの出力はゼロになる。
その瞬間、すべてが終わる。どうにかしてなだめるしかない。
「何故……何故なんだ。何故、俺の言うことをきかない!」
「……まだ、わからないのか」
ゼストが、光の中必死に耐えながらクォヴレーに語りかける。
「お前は並行世界の番人だ。お前の役目は私を倒すこと」
ゼストは苦しいはずなのに、遠い彼方を見るように鬩ぎ合う境界面を見つめている。
「純粋に、ディス・アストラナガンはそれを実行しているだけだ。……全てを犠牲にしてな」
少しずつ、少しずつゼストの世界が消えていく。
「お前も、私も永遠に迷宮を彷徨う囚人に過ぎん。……何を悩んでいる。
仲間など……泡沫の夢に過ぎない。一瞬で過ぎ去り、決して隣に並ぶことはない」
もう、最初の互角の時に比べれば、半分までゼストの世界は減っていた。
「お前はそんな存在のために番人たる役目を放棄するのか?」
「――――――!」
完全に押し込まれた形となったゼスト。
クォヴレーは考える――自分が今ここに立っている理由を。
クォヴレーは思い返す――霊帝との戦いを。ここに来てからの行動を。
クォヴレーは忘れない――仲間たちの思いを、背中を、顔を。
あの世界の仲間たち……
よく馬鹿なことをやって、なじめない自分を助けてくれたアラド。
そんなアラドのパートナーで、記憶のない自分を支えてくれたゼオラ。
どこか抜けたところはあったが、最後まで筋を通したバラン・ドバン。
だれよりも思いやりに長けた念動力の巫女であるアルマナ。
仲間を失っても戦い続けた戦友SRXチームの面々。リュウセイ、マイ、ライ、アヤ。
イングラムの影としてSRXチームを支えたヴィレッタ。
この世界の仲間たち……
短い間だが、助けてくれたセレーナやガルド。
相変わらずの熱血漢でロボマニアだったリュウセイ。
だれよりも冷静で、周りのまとめ役として話しかけてくれたジョシュア。
暑苦しくもあったが、何苦しい時に折れない闘志で自分を励ましてくれたトウマ。
そして、最後まで、自分のことを心配していたのに、最後まで自分は迷惑かけまいとしていた……イキマ。
イングラムから受け継いだものではない、自分の掴んだ……今の自分を創った仲間たち。
「ユーゼス、俺はお前とよく似ていたんだ。記憶を失ってここに来て……今わかった。
手にしたものをこぼしたくないばかりに、それ以外すべて疑って……否定して。
理解した上でも、冷静になっても、それでも回りが見えなくて。
少し他人ができないことができるからと、全てを背負えるような錯覚をする」
クォヴレーは、ミオに投げ飛ばされた時を思い出す。
……ああ、あの時は痛くて息が止まるかと思ったな。
―――さっきから黙って聞いてりゃー、俺のせいだー俺が悪かったーって。
挙句の果てには俺さえしっかりしていればこんなことは起きなかった?
それはそうかもしれない。でもね、ここであたし達が出逢ったことは無駄なことなんかじゃない―――
「ユーゼス、それがお前の目指した到達点か?」
「……その通りだ」
「誰もいない孤独な場所が、か?」
「孤独ではない、孤高だ」
「ユーゼス、独りは寂しいだろう?」
「……何?」
最期に……小さくクォヴレーは笑った。
強制的に止められる最終限界点は目の前だ。
「後は頼む……俺の仲間たち。
ユーゼス、お前と俺の違いは一つだけ。他者を――――」
クォヴレーの結論、それは―――――
&color(red){【クォヴレー・ゴードン 死亡】}
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