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どこまでもぼんやりとした光だけが存在する空間を進む。 
ゲートをくぐり、最後の戦いへと赴く三機に道標はない。 
だが、眼には見えずともはっきりと感じ取れていた。 
フォルカはマイに託された念動力によって。 
シロッコもニュータイプの感知能力によって。 
ミオは操者としての才能と、悪魔のガンダムに取り込まれた際に、その身、その心、その魂に刻まれたユーゼスの力の源――悪意の渦の爪痕で。 
三人がそれぞれの感覚で、次元の向こうから恐るべきプレッシャーが膨れ上がってくることを理解していた。 

「ミオ、フォルカ。分かるか、このプレッシャーが」 
「ああ、この恐るべき気配……さらに強まっている」 
「うん、いかにもやばそうって感じ」 

だからと言って引き下がるという選択肢はない。 
そんなものはゾフィーの問いかけとともに狭間の世界に置いてきた。 

「だが妙だ……クォヴレーの乗機が放つ、あの気配も感じられるが……」 
「うん……何か……よくわからないけど、なんか違う」 

と、続けるフォルカとミオ。 
そこまで分かるものか、とシロッコは思わず感嘆する。 
そして仮にもニュータイプと呼ばれた自分には識別できないことを思って、皮肉気に口元を歪めた。 

「やれやれ、大したものだ。私にはユーゼスのプレッシャーが巨大すぎてそこまでの判別がつかんよ」 
「これほどの気ならば、他の気配が掻き消されて分からないのも無理はないさ。 
 あの機体はユーゼスの纏う気と似たものを持っているから尚更だ。 
 だが……クォヴレーに何か異変があった可能性が高いな。急がなければ……」 
「そうだね、じゃあ、そうと決まればレッツゴー三匹……って、とわっ!?」 

ここは何もない世界だ。 
空もない。星もない。大地もない。 
光だけがフォルカたちを包んでいる。 
その世界が轟音とともに揺れた。 
揺れるものなど何もない世界で。 
いや――この世界自体が揺れ動いたのだ。 

「なななななにこれ、ちょっと!やばくないかな、ねえ!?」 
「…………!見ろ、あれを!!」 

シロッコが指し示したのは前方。 
そこに間をおかず、猛烈な衝撃波が突風のように襲いかかった。 
だが三人はかろうじてそれを堪えきることに成功した。 

「くっ…………!みんな、大丈夫か!?」 
「ああ、だが……見ろ、あれを!!」 
「なっ…………!なんじゃありゃああああああああああああああああ!?」 

凄まじい風の渦だった。 
だが、それは余波に過ぎないと、その光景をみれば誰もが思い知るだろう。 
荒れ狂う光の渦。 
爆発する闇の渦。 
二つの渦が溶け合い、混ざり合い、反発し合い、圧倒的な混沌の爆発を生み出し、全てを呑み込む勢いで迫ってきていた。 
あまりに強大過ぎて、自分の矮小さに反撃することなど思いつきもしない。 
まるで巨大な台風を前にして、必死で地面にしがみつくことしか頭にない蟻のよう。 
だがそれは――――彼らがただの蟻でなければの話だ。 

「フォルカ!」 
「……任せろ!」 
「ミオと私は君の後ろにつく!……行けるのか!?」 
「ああ、ユーゼスはこの先にいる。ならば一気に突き破るのみ!」 

フォルカが両腕を広げる。 
左手は地を指し、右手は天。 
そしてそれは円を描く。 
天地陰陽。 
やがてその二つが交差し、弓を引き絞るように拳を放つ構え。 
覇気は満ち、心は細く静かに研ぎ澄ます。 
全ては爆裂の一瞬のために。 
そして光と闇の渦がその顎を大きく開き、フォルカを呑み込もうと襲い掛かる。 

「――――ッ!」 

息を呑むミオとシロッコ。 
だが彼らに迫る衝撃を、フォルカが濁流をさえぎる大岩となって押しとどめる。 
ヤルダバオトは目も眩むような青白い輝きを身に纏っている。 

「は――――あ――ああ――ああああああああああああああ!!!!」 

魂の底から覇気を搾り出す。 
やがてそれは白銀から黄金の輝きへと変化していく。 
フォルカが持つ修羅王としての力とゾフィーの力を合わせた無尽蔵の覇気、それを増幅させるマイが託した念動の力。 
哀しみと怒りを込めて、恐れと迷いを呑み込み覚悟を決めて、フォルカの力は心技体を一つと成し、極限を超える。 


――この拳で守ると決めた。 

――どんなにこぼれ落として、どんなに血を流そうとも。 

――それでも守ると、戦い続けると決めたのだ。 


「奴の下へ……全てを切り裂き、駆け抜けろ!!覇龍!!」 


裂帛の気合とともに撃ちだされた右拳に龍が宿った。 
それは使い手の覇気が形を成したもの。 
修羅に伝わる八目の幻獣、覇龍。 
フォルカの黄金の覇気で形作られたそれは、凄まじい咆哮とともに破壊の津波を切り裂いた。 
いくぞ、というフォルカの指示に従ってミオとシロッコがその後に続く。 
龍によって貫かれ、そして真っ二つに切り開かれた空間に道が生まれた。 
光と闇の濁流によってたちまち押し潰されそうになる前に、その一本道をくぐり抜けるように、三機は全速力で駆け抜ける。 
黄金の龍は破壊の濁流をどこまでも切り裂いて、次元の狭間を疾駆する。 
光も闇も切り裂いて、全ての因果に決着をつけるために。 
その後を辿る三人の瞳はたどり着くべき最後のステージを、前だけをただじっと見据えていた。 


   ◇   ◇   ◇ 
その穴の向こうに見える光景は宇宙空間のそれ。 
まるで映写機で映したみたいに平面的な絵画か何かのような二次元的な映像だ。 
だがその平面的な穴の向こうには、現実に無限の空間が広がっているような奥行きが感じられる。 
よく見ればその景色は全て、同じ惑星とその周りを漂う衛星の姿を捉えていた。 
だがその様子は一つ一つ微妙に、あるいは全く違う。 
その星に向かって巨大なロボットらしきものが降下していく。 
星の表面に無数の十字架の形をした光が立ち昇り、さらに星と同等の大きさの少女がその背から生えた翼を広げている。 
その星は青いはずなのに、まるで別の星に入れ替わったかのようにその色を変化させていく。 
その周囲にあるべき小さな星は確かに存在するのに、その中心に鎮座すべき大きな星だけが忽然と消失している。 
青い星に嵐が襲い掛かるが、その星を守るように巨大な光の盾が出現し、宇宙に巻き起こった烈風を遮っている。 

「地球か…………そうだな。すべてはこの星から始まった」 

これは数多の並行世界における地球の姿だった。 
数え切れない「if」の差異によって、同じ星が全く違う運命を辿り、全く違う姿を見せていた。 
それらを感慨深げに眺め、そしてその者以外ではこの世界に唯一存在する他者に向き直る漆黒の巨人。 
すでに身体の殆どが黒く染まり、その肉体がかつて天使とも呼ばれたモノを素体としているなど誰も思わないだろう。 
それはまさに悪魔、魔王という呼び名こそふさわしい姿だった。 
その者の名はゼスト。またはユーゼス・ゴッツォ。 
二つの超新星の激突は、偽りの理想郷たる、この世界そのものをズタズタに破壊した。 
不安定な空間の歪み、そして穴だらけの空間。 
穴の向こうに見えるのは、この次元に近い並行世界へと繋がるほころびだ。 
そのような破壊をやってのけたユーゼスともう一人、木原マサキ。 
だが今のその男が駆る機体は、そんな力を持っているようには全く見えなかった。 
ちぎれた両腕にひび割れた装甲。 
重厚な輝きに包まれていたはずの蒼黒のボディはくすんで、まるで壊れたおもちゃのよう。 

「タイムリミットというわけか……魔法は解けた。夢の時間は終わりだな」 
「……ッ!」 
「運がなかったな。私がアストラナガンと一体化する前であれば、あの一撃で終わらせることもできたろうに……。 
 貴様は切り札を切るのが遅すぎたのだよ、木原マサキ」 

ユーゼスの声だけが響く。 
マサキは反論できない。 
先ほどの一撃でシュウの魂は消えた。もはやネオグランゾンの力を留めておくことはかなわなくなった。 
それはつまり勝利の可能性が潰えたことを意味していた。 
ゼストは無傷ではなかった。 
全身から青い血を流し、ダメージを隠すことはできない。だが――。 


おおおおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお………… 


ディスの火が呼び込む怨念が傷を塞いでいく。 
そしてそれにしたがってゼストのボディもさらに黒く……黒く……。 
全身に無限の怨念を纏った魔王がそこにいた。 
ただそこに存在するだけ。 
たったそれだけで死の匂いが溢れ出す。 
マサキの中のカンが告げている。 
木原マサキは平穏な人生を歩んできた一般人と呼ばれる人種ではない。 
幾度も修羅場をくぐり、一度は実際に殺されたことすらある。 
この経験のおかげで、このバトルロワイアルでもここまで生き残ってこれたと言えるだろう。 
そのマサキの本能的なカンが告げていた。 


――――俺はここで…………死ぬ。 


   ◇   ◇   ◇ 


光と闇の嵐の中をどこまでも突き進んでいく。 
衝撃と轟音が全ての感覚を消し飛ばし、どうなっているのか分からなくなってくる。 
そのなかで唯一確かなものにすがりつく。 
全てを切り裂いて駆ける黄金の龍。 
この光だけは見失わないように。 
やがて果て無き嵐のトンネルを抜け、光をくぐり、そして壊れかけた白い世界へと―――ー。 

「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 

フォルカの咆哮。 
そして何かを突き破るような衝撃を感じ、そこでミオとシロッコは目を見開いて周囲を見渡した。 

「ここは……!」 
「あれってユーゼス!?それに……グランゾン!!」 

ミオとシロッコは初め、それがユーゼスとは思えなかった。 
白銀のボディは漆黒に染まり、見る影もない。 
あの邪悪なプレッシャーが感じられなければ、とてもそうとは頷けない。 

「何をしにきた……」 

ゾクリとするような声だった。 
すでにその気配すら黒い意思に満ちており、並の人間ならその姿を見ただけで恐慌状態になっても不思議ではない。 
ミオとシロッコがそのオーラに気圧され、息を呑む。 
そんな二人を庇うようにユーゼスの前へヤルダバオトを進めるフォルカ。 

「クォヴレーはどうした」 

炎髪灼眼、白の装甲を纏った機神。 
その指先にまで覇気は満ち、黒い悪魔王を前にしても怯むことはない。 


「死んだよ」 


ユーゼスのその声にはもはや何も込められていなかった。 
ただ事実だけを告げていた。それ以外の何でもなかった。 

「久保君……!」 
「やはり……ならば……その黒い身体は!!」 

シロッコには一目見たときから半ば確信はあった。 
あれがユーゼスだとしたら、何故ディス・アストラナガンと同種のプレッシャーを放っているのかと。 

「その通りだパプテマス・シロッコ。奴は貴様たちに後を託して死んだ。 
 そして私はその機体を取り込み、更なる力を手に入れた。 
 ……結果として私はそのおかげで木原マサキとの戦いに勝利した」 

半壊したグランゾンに視線が集まった。 

「……チッ!!」 

マサキの舌打ち。 
グランゾンの周りの空間が歪む。 

「……待て!」 

シロッコがビームライフルを抜いて即座に撃ちはなった。 
だがそれはグランゾンには当たらない。 
一瞬早くマサキががワームホールを形成して転移した後の、何もない空間を通過しただけだった。 
  
「逃がしたか……!」 
「奴にもはや用はない。それよりもお前たちだ」 

その様子をもはや一顧だにせず、ユーゼスがフォルカたちに向かって問う。 

「お前たちは何故ここへきた。元の世界へ戻ることはできずとも、別の次元の平和な世界でその命を永らえることはできたはずだ」 
「それをお前が問うのか、ユーゼス……」 

フォルカの声は静かで、しかし重い。 
そして爆発寸前の溶岩のような剣呑さがあった。 

「何のためと聞くのなら、こう答えよう!お前がこの企てのために犠牲にした全ての命に報いるためだ! 
 マイ、ゾフィー、クォヴレー、ラミア、フェルナンド!そして数え切れぬ犠牲者たち! 
 俺の命は彼らの命に生かされたようなものだ……そして今、ここに立っている!」 

黄金の覇気がヤルダバオトを包む。 
爆発寸前にまで猛る。 
それを見て、ユーゼスの表情がわずかに動いた。 


「だから俺は彼らに救われたこの命を賭けて!この拳で!!貴様に捕らえられた魂を解放するッ!!!!」 


圧縮された覇気はただそこに存在するだけで空間を揺るがす。 
風が巻き起こる。ひとたび動けば嵐が吹く。 

「……なるほど。膨大な生命エネルギーを念動力で制御、増幅しているのか。 
 大したものだ……これならば今の私と戦う資格があるやもしれん」 

だがユーゼスが動じることはない。 
絶望とは底の底だ。そこに辿りついたと悟ってしまえば、もうそれ以上に失うものなどありはしないのだ。 

「フォルカよ、クォヴレー・ゴードンはお前たちを庇って死んだようなものだ。私は宿敵を失った。 
 長年にわたって決着をつけるべき時を待ち続けた宿敵を……宿敵『たち』を、お前たちのおかげでな」  
「なに……!」 
「私との戦いで世界そのものを崩壊させる一撃を撃ち合い、そしておそらくは次元を砕くその余波にお前たちが巻き込まれることを恐れたのだ。 
 奴は自ら攻撃を中止し……そしてそのまま滅びたというわけだ」 

  
ミオはそれを聞いて唇を強く噛んだ。 

――あの、馬鹿。 

あれだけ言ったのに結局、一人で背負い込んで。 
自分のせいで誰かを失って、それで自分を責め続けて。 
それで誰かが死ぬのがいやで、自分を犠牲にして。 
そのくせ自分が死ぬことを誰かがいやだって思うことなんて考えもしないで。 
だがミオにはその考えが痛いほどわかる。 
自分のこの命はマシュマーやブンタ、そして数え切れない誰かに生かされた命だから。 
本当ならば自分もあのゼストに取り込まれた魂の一部になっていたのだから。 
だからこの命で誰かが助けられるのなら、今度は自分の番だと。 
その時がきたら、きっと自分もそう考えてしまうのだろう、と。 

「……だから貴様らには義務がある。この私と戦う義務が。こうなればもとより逃げることなど許さん。 
 私の宿敵から後を託されたのならば、この世界で私を倒すのはお前の役目だ、フォルカ・アルバーク!!」 
「こちらも……もとより逃げるつもりなどない!!」 

その言葉が終わると同時に、ユーゼスも黒いフォトンと紅い血のような怨念が混ざり合ったオーラをその身に纏う。 
二つの力の間で空間がすでに歪んでいる。 
今までクォヴレー、マサキ、ユーゼスらの力で不安定極まった世界は、その余波だけで今すぐ崩壊してもおかしくはない。 

「ミオ、シロッコ、下がっていてくれ。奴は俺が倒す」 
「……ミオ、下がるぞ。フォルカの邪魔になる」 
「うん……」 
「何か力になりたい気持ちはわかるが、今のところ我々の出る幕はない。それに木原マサキもまだ生存している。 
 あれは最後まで何をしでかすか分からんからな。奴に注意を払うのは我々の役目だ」 

シロッコに促され、ミオはようやく頷いた。 
そしてフォルカを除いた機体がユーゼスから離れた。 
ヤルダバオト。 
炎髪灼眼。 
白亜のごとき装甲。 
黄金の覇気。 

超神ゼスト。 
負の無限力により染め上げられた漆黒のボディ。 
悪魔、いや堕天使と呼ぶがふさわしい闇の羽根。 
唸りを上げるは悪霊どもの怨嗟の声。 

対峙する。 

睨み合う。 

僅かに動く。 

『気』が揺らぐ。 




――――――――激突する!!!! 


   ◇   ◇   ◇ 


「覇―――――――!!」 


一条の光が空間を切り裂いた。 
ミオたちの目にはそうとしか映らなかった。 
次の瞬間にはゼストとヤルダバオトが激突していた。 
遅れて響く爆発音と巻き起こる衝撃の爆風。 
風は空を切り裂く機神の突撃。 
耳をつんざく凄まじい音は炸裂した初撃のもの。 
その全てが全力を込めたフォルカの一撃に追いついていなかった。 
唯一、黄金の覇気を込めた拳の輝きだけがミオたちの目にそれを教えていた。 
だがその最速の拳を、ゼストは黒いオーラを纏わせた片手で受け止めている。 
一瞬の均衡だった。 
互いが至近距離でにらみ合う。 
ユーゼスのその目はフォルカに語る。 
こんなものか、と。 
そして投げ捨てるようにぞんざいに払いのけた。 

「……ならば!!」 

フォルカはいくつものフェイントを混ぜて連撃を放つ。 
数え切れぬ拳の弾幕が黄金の流星群となってゼストめがけて撃ち放たれた。 
だがそれも。 

「無駄ッ!!」 

巨大なオーラを右拳に纏わせて、迎え撃つようにゼストが動いた。 
ただ一撃。 
それだけだった。 
放出されたオーラが嵐となって、それをもって流星群の全てを叩き落した。 

「!!」 
「こちらからいくぞ」 

ヤルダバオトが弾かれて距離が開いた。 
その隙にユーゼスはさらに強いオーラを拳に纏わせる。 
紅黒く渦巻く邪悪なエネルギー。 

「……くうッ!!」 
「なんという……!!」 

ミオとシロッコが顔を歪ませる。 
強力な怨念がプレッシャーとなって、彼らの精神すらも侵食しているのだ。 
そしてそれを直接向かい合ったフォルカ自身も誰より強く受けとめている。 

助けて。痛い。 
怖いよ。死にたくない。 
畜生。死ね。 
死ね死ね痛いよ助けてやめて怖い痛い畜生やめて止めて死にたくない死にたくない苦しいよなんでこんな目に 
誰か助けて誰も助けてくれないやめて怖いよ痛いよどうしてこんなことに畜生畜生ちくしょう地獄だ苦しいよ 
みんな死ねどいつもこいつも死ねこんな目に苦しい死にたくない死ね痛い怖い死んでしまえ――――お前も死ね!!!! 
  

「黒渦 <<ボルテックシューター>> ――――」 


膨れ上がった怨念の渦が螺旋を描いてフォルカの視界を埋め尽くした。 
まるで竜巻だ。 
強力な力でねじ切られるような風圧にもてあそばれ、ヤルダバオトの四肢が軋みをあげた。 
五体が引き裂かれてちぎれるまで、この渦の破壊行為は止まらないだろう。 
だがフォルカはそんなことを気に止めてはいない。 
怨念の渦から感じる悪意の洪水。 
怨嗟の声が怒涛のように押し寄せて、何よりも心が痛かった。 
泣いている。 
恨んでいる。 
妬んでいる。 
憎んでいる。 
哀しんでいる。 
絶望している。 
ミオの言うとおりだ。 
これをこのままにしてはいけないのだ。 
だから負けるわけにはいかないのだ。 
だから堪えろ。ありったけの覇気を機神に注ぎ込め。 
その力をこの腕に、この足に、この魂に。 

「ぐ――――」 

覇気は満ち。 
心は細く、刃のように研ぎ澄まし。 
魂は静かに、怒りと哀しみをこめて。 
今こそ悪を断ち切る拳となれ。 

「あ、あ――――」 

目の前に光があった。 
意識を埋めつくしていた怨念の声が消え去り、ただ静かだった。 
自分のすべきことを何の気負いもなく、フォルカは理解していた。 
踏み出す。身体が動く。 
振りかぶる。恐れはない。 
後は撃ち抜く。全てを込めて。 


「これが我が意志!我が覇気!轟覇――――機神拳ッッ!!!!」 


フォルカの感覚に音はなく、己の放つ光が闇を切り裂いていく様だけがその目に映っていた。 
黒く紅い渦が引きちぎれて視界が晴れる。 
眼前に黒い超神。 
やや遠くにミオとシロッコの機体。 
ゆらめき続け、崩壊の轟きを聞かせる不安定な世界。 

「そうだ……そうでなくては面白くない」 

自らの技を真正面から打ち破られてもユーゼスは動じない。 
先ほどのフォルカの一撃は、渦を突き破りゼストまで届いたはずだ。 
溢れ出すほどの莫大な量の覇気を極限まで研ぎ澄まし、圧縮して撃ち出した。 
それは黒渦を容易く切り裂き、引きちぎり、そしてその向こう側まで貫き通す貫通力を持っていた。 
だがそれもゼスト本体を守るオーラに阻まれ、傷一つ付かない。 
どうにかしてあれを打ち破らなければならないのだ。 

「だがそれも私が纏う黒い念の鎧を貫き通すには及ばない……さあ、どうする」 
「貫き通すまで……撃ち続けるのみだ!!」 

再びヤルダバオトが光となって空間を切り裂いた。 
天空を穿ち貫かんとするように、黄金の閃光が天を昇っていく。 
刹那、まるでそこに突然太陽が出現したかのように光があふれた。 
フォルカの覇気が爆発した。 

「双覇龍!!」 

その左右の拳から放たれた二匹の光龍が空を駆け抜ける。 
そして砕けかけた大地をもやすやすと切り裂いて大きく弧を描き、ゼストの左右にそれぞれが回り込む。 

「挟み打つ気か。くだらん!」 

ゼストの黒い翼が巨大化して、本体の数倍もの大きさになって羽ばたいた。 
その翼を怨念のオーラで覆っており、羽ばたきの余波だけでその真下に位置する白い大地が砕け、吹き上がった。 
巨大な翼が双覇龍を迎え撃つ。 
左右一対のそれが片翼で龍を一匹ずつ、上から叩き伏せるように押さえ込んだ。 
拮抗は僅か一瞬で、二匹の龍がその咆哮すらかき消され、その存在を示す光は闇の翼によって押し潰されて消えた。 

「真覇光拳!!」 

横からの攻撃、そしてならば次は正面から。 
ヤルダバオトの拳から放たれた紅い光弾がゼストに真正面から炸裂した。 
しかも一発ではない。十発、二十発、三十発。 
マシンガンのように両腕をふるい、そこから撃ちだされた覇気の閃光がユーゼスを襲った。 
金属の板を銃弾で撃ち抜いたような音が連続で鳴り響く。 
ユーゼスは全身に薄くオーラを纏ってガードしている。 
この音はオーラがフォルカの攻撃をはじく音だ。 
所詮はユーゼスにとって、この程度は豆鉄砲に過ぎない。 
そしてフォルカにとっても、この攻撃はジャブに過ぎない。 
本命はこれだ。 
ガードさせて動きを封じ、その隙に飛び込んだ。 
接近戦。 

「性懲りもなく――!!」 
「ならばもう一度試してもらおう!!空円脚!!」 

回し蹴り。 
地を裂き、海を裂き、空を裂くほどの蹴りだ。 
だが蹴りには距離が近すぎる。 
遅い。そして威力が乗り切れていない。 
そしてフォルカも攻撃を放てば隙が生まれる。 
その隙をユーゼスは狙う。これを後の先という。 
がら空きの顔面にカウンターで黒い念を込めた拳を叩き込んだ。 
だがそれをフォルカは狙っていた。 

「おおりゃあッ!!」 
「ぐ――――!?」 

蹴りはフェイント。 
ヤルダバオトの体勢が変化してショートアッパーに切り替わり、顔面めがけて放たれたカウンターの拳の下をかちあげた。 
腕を打ち上げられて、ユーゼスの攻撃はヤルダバオトの頭の上をわずかに掠めただけで外れた。 
そして代わりに、がら空きになった胴がフォルカの眼前に晒されることとなった。 
これを狙ってフォルカはわざと隙を作り、ユーゼスを誘った。 

「ここだッ!!」 
「ぬうっ!!?」 

拳に強烈な覇気を纏う。 
己が拳に灼熱を感じるほどに燃え上がったエネルギーを握り締めて、肘から先を鉄杭と化して、突き刺すがごとく撃ち放つ。 


――超神の胴体を貫く覇気の閃光。 


「ぐ……………!!!!」 


まごうことなきユーゼスのうめき声だった。 
そしてその顔には苦悶の表情が浮かぶ。 
肩口から脇腹にかけて切り裂いたような傷がばっくりと開いて、そこから青い血がとめどなく流れ出ていた。 
それを見てミオたちも思わず喝采を上げた。 

「やった!」 
「うむ。だが気を抜くなフォルカ!奴は再生を――どうした?」 

フォルカの様子がおかしい。 
シロッコは次の瞬間、その原因に気づいた。 
ユーゼスが放った右拳。 
それをかわしてフォルカが撃った左拳。 
漆黒のボディにめりこんだその腕を、もう片方の空いた左腕でゼストがしっかりと掴んでいた。 

「――逃げろフォルカ!!」 
「遅い!!」 

ユーゼスは動かない。 
何も動いてはいない。 
フォルカの腕を握ったまま、ただその力に莫大な念を込めて押し潰そうと圧をかけただけ。 

「ぐぅッ……あああああああああああああああ!!!!」 

みきりみきりと音を立ててヤルダバオトの左腕装甲にひびが入った。 
このままでは折れる。それどころか、ちぎり潰される。 
残った右腕にありったけの力を込めて、フォルカは握撃に更なるパワーを込めるゼストの左腕を叩いた。 
その衝撃で、一瞬だけ緩んだ拘束を外す。 
とにかく離れるんだ、と考えた矢先。 
ゼストの蹴りがヤルダバオトの腹部にめりこみ、そしてそのままの勢いで吹き飛ばされた。 
この戦いの前にユーゼスはすでに二戦をこなしている。どちらの敵も強大な力を持っていた。 
そしてそれらのパワーがぶつかり合い、ユートピアワールドはすでに世界としての均衡を保てなくなっている。 
白い世界に浮かぶ建造物はことごとく砕かれ、その原型を留めない。 
そして吹き飛ばされたフォルカがその残骸に猛烈な勢いで激突し、そして壊れかけの世界の破片は完全に砕け散った。 

「フォルカ!!」 
「くっ……大丈夫だ、このくらい!!」 

悲鳴のようなミオの呼びかけに、痛みを無視してフォルカは答える。 
多少のダメージはあるが、戦えないほどではない。 
それに仲間に無駄な心配はかけたくないし、そして何よりも、ここで負けるわけにはいかない。 
そんな想いが彼を立ち上がらせる。 
顔を上げ、打ち倒すべき敵を睨む。 

「ユーゼス……?」 

そして気づいた。 
よく考えればフォルカが撃った拳で、あんな剣で切り裂いたような傷はつかない。 
そしてさらには、フォルカがつけた覚えのない無数の傷が、ゼストの全身に刻まれていた。 
悪霊どもがゼストの傷を塞ごうと蠢いている。だがその傷の再生はひどく緩慢だ。 
少なくとも過去に戦ったときは、まさに一瞬で修復を済ませていたはずだ。 

「まさか……あの再生能力が失われているのか?」 

いちはやく結論に達したのはシロッコだった。 
ユーゼスがジュデッカに乗ってフォルカと戦ったことは情報交換によって把握している。 
再生能力を上回るスピードで、直接攻撃で叩かない限り、ユーゼスは倒せないというのが彼らの認識だった。 
フォルカはもちろん、そのためのブライソードであり、そのためのミオの機体だった。 
だが考えてみれば、先刻の戦いでもゼストとなったユーゼスは複数を相手にひどく守備的な戦いをしていた。 
無限に再生できるというにはあまりに不自然なほどに。 
木原マサキと同じく、シロッコもそのことが裏づけとなって同じ仮説に至ったのだ。 
そしてそうだというのならば、あの傷はクォヴレーか、もしくは木原マサキが付けた傷ではないか。 
そして、おそらくは先程のフォルカの一撃による衝撃で、その傷が開いたのではないか、と。 


「――そのとおりだよ。今の私にクロスゲートを使った無限の再生能力はない」 


あっさりと。 
自身の命にかかわる重大事であるはずの情報を、ユーゼスは何でもないように話してみせた。 

「何……?」 
「くくく……おかしいかね、フォルカよ。そんなことを何故わざわざ教えるのかと。 
 罠ではないかと疑っているのか? それも無理はなかろうな。だが違う、ふふくくく……」 

何がおかしいのか。 
その彫像のような貌を歪めてユーゼスは笑った。 
ひどく不吉な笑いだった。 
それは本能的に誰もがよくないモノだと察知する、ある種の狂気に満ちた笑顔だった。 

「これは誇るべきことだ!祝うべきことなのだ!なぜならば!この身体はクロスゲートの力では治せない! 
 絶対的に在るものとなるよう因果律を操り、世界を歪めようとしても、この肉体はその影響を受けない! 
 つまり!クロスゲートを!アカシックレコードを!私を永遠の輪廻の牢獄に落としこんだ憎き無限力を! 
 アカシックレコードの因果律の束縛を――――この超神の肉体は受けつけないということなのだから!! 
 これを祝福せずしてどうするというのか!私はついに呪縛を超えた!運命に復讐すべき時がきたのだ!!」 

まるで熱に浮かされたようだ。 
それでいて全てを圧倒するほどの狂気に満ちている。 
嗤っている。周囲を漂う悪霊どもの呻きが、それを祝福しているかのように一際大きくなった。 
絶望し続け、そしてその底から見上げ続けた暗き宿願についに手が届くという、その邪な猛りに任せたままユーゼスは嗤い続ける。 

「くくくくくく、ふっははははははははははは、はは、はははははははははははは、ははっはっはははは 
 あははははははは、くははははくははかかかかくははははは、ははは、あっはははははっはっはっはは 
 あっはっはっはっはっはっはっは、ははははは、は、はははははははははははははは――――!!!!」 

「――――何が可笑しいッ!!!!」 

フォルカの怒号がユーゼスの嗤い声を遮った。 

「そんなにも可笑しいかッ!数え切れない犠牲者の屍の上に立ち、己の果て無き野望のために更なる屍を積み上げ続ける! 
 そんな屍の山を踏みしだき、血まみれの手でお前はたった一人だ!それが…………そんなにも可笑しいのかッ!!!!」 

フォルカの叫びと同時に、ユーゼスが硬直したようにその笑いを止めた。 
その瞬間、フォルカもミオたちも見てしまった。向こう側へ行ってしまった者の異形の表情を。 
もう二度と戻れない。彼岸へ渡ってしまえば引き返すことなど叶わない。 
ユーゼスはそういう、ヒトの貌であってヒトでない怪物のような貌をしていた。 
見るだけで心臓をわしづかみにされたと感じるほどに。 
心が震えた。アレはもはや自分たちとは違うモノだという恐怖に。 

「ならば泣けとでも? 今までの行いを悔い改め、私が悪かった、反省していると言えば全ては許されるとでも? 
 世界の運命を改竄し、無関係の人間に殺し合いを強制し、ある者の人格を改造し、ある者はヒトですらないモノに作り変えた。 
 ある者を殺し合いに乗るようにそそのかし、ある者は自分が利用されていると理解し、それでも私に忠誠を誓ったが、それすら踏みにじった。 
 全ては私の目的のためだ。私一人の、たったそれだけの個人的な目的のためだ。許すのか? 許されていいのか、私は?」 
「ユーゼス…………!!」 
「許されるはずがないだろう? そして私にも謝るつもりなど全くない。 
 全ては承知の上だ。私には共に歩む人間など不要だということだ。そう思い、それを実行してきた。 
 全ての事象は、ありとあらゆる人間は、私の野望のためのサンプルに過ぎんということだ。 
 そいつらがどんなに泣き叫び、悲惨な目にあったと訴えようと、それは私の実験の結果に過ぎない」 
「もうやめろ……!!」 
「罪を償う? そんなものは罪に耐え切れぬ者の弱さの産物だ。罪を知って尚、前を向く強さこそが肝心なのだ。 
 私の悲願のためにお前たちを召喚し、その命を喰らい、そしてヒトを超え、運命に復讐することだけを目指した! 
 私はそのことを躊躇わない。後悔などしない。そんなものは――――私の願いには必要ない!!」 

ユーゼスが怒涛のように吐き出す、その言葉。 
あまりに饒舌なそれは誰に向けた言葉なのか。 
フォルカに向けたものではあるが、まるで己の罪科を誰かに告白しているようにも思えた。 
おそらくはその両方だ。これはユーゼスの心の底に沈んでいた澱なのだ。 
こんなにも饒舌なのは、本当は誰かに吐き出したかったからだ。 

躊躇わない――躊躇うなどと言える筈もない。 

後悔などしない――後悔などできない。 

フォルカは、似ている――と思った。 
目指したものはまるで違えど、自分も同じだ。争覇の果てに真道が在ると信じて戦い続けた。 
結果として、あまりに多くの屍を積み上げすぎた。 
だがそこで諦めたなら、一度は正しいと信じたその道を、多くの犠牲が生まれたからといって諦めたのなら、そのために死んだ者たちは何だったのか。 
  

「――だが、お前のその願いが叶うのを黙って見逃すわけにはいかんッ!!」 


だがユーゼスもそうならば、フォルカも同様だ。 
互いの願いのために多くの屍を積み上げ続けた。 
それをやめれば、途端に己が転がり落ちて骸と化す。 
そうして生きながらえ、犠牲を積み上げ続けて、そしてその頂で向かい合った。 
互いの願いは相容れず、どちらかが相手の積んだ犠牲の一部になるしかない。 
そうでなければ上へは登れない。己が生き残れない。積み上げ続けた屍が意味を成さない。 


「そうだ……もはや問答無用!私たちは、戦うことでしか語り合えない!!」 


ここからは正真正銘、命の奪い合いだ。 
語る言葉はない。ただ自分が滅ぼされないために相手を滅ぼすだけの、獣に等しい戦いでしかない。 
いや――それがかえって自分にはふさわしい、とフォルカは自嘲気味に考える。 
そう、結局は戦うことしか自分にはできない。 
一瞬だけミオとシロッコを見た。彼らが羨ましかった。 
敵であるはずのラミアとすら言葉を交わし、心を動かした。自分にはそれができなかった。 
修羅は戦いしか知らぬ、とは誰の言葉だったか。全くその通りだった。 


そうだ。結局、フォルカ・アルバークという男は所詮――――たったひとりの修羅なのだ。 



 [[ファイナルバトルロワイアル(3)]]

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