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悪魔転生(前編) - (2008/05/08 (木) 00:05:36) の編集履歴(バックアップ)


悪魔転生 ◆VvWRRU0SzU
「この反応…地下からか!?」

先程から爆発が続くアースクレイドル内部。
そこへ下る通路を進むブライガーのレーダーに、一つの光点が灯る。
このスピードなら接触は間近だ。散漫になっていた意識を集中する。
接近する機体に誰が乗っているかはわからない。
だが、今のクォヴレーにとって仲間と言える存在はイキマだけだ。
つまり誰が乗っているのであれ、彼にとっては敵であることに変わりはない。
素早く機体のコンディションをチェックする。
右手首及びコズモワインダー損失。
火器を失ったのは痛いが、広範囲にビームを放射できるブライソードがある。
頭部より発射されるソニックビーム、腰部より投擲されるブライブーメラン。
胸部より発射するドラムバズーカ、鎖分銅のついたブライスピア。
そしてブライカノン。発射する際に腕部で保持する必要がある以上、右手首を失った今、正確な照準はできない。
誰かがともに乗っていれば話は違ったのだが…。
脳裏に浮かぶ友の顔を振り払い、気を引き締める。
戦闘は可能。左腕にブライソードを構え、熱源を待ち受ける。
やがて、現れたのは・・・


「あの機体は…クォヴレー・ゴードンか」
ユーゼスとの戦闘から撤退したマサキが出会ったのは、かつて銀河を駆け抜けた正義の旋風。
しかし、乗っているのは本来のパイロットではない。
「ディス・レヴ…死者の魂を取り込んで力にする装置だったか」
あの女が伝えてきた情報の中には負の無限力に連なるディス・レヴの情報もあった。
全てを理解できた訳ではないが、ユーゼスは特に警戒していたのだろう。
そのディス・レヴを宿す機体、ディス・アストラナガンの情報は詳細に記録されていた。
並行世界を渡る虚空の使者。そしてそのパイロット。
マサキはユーゼスとイングラム、そしてクォヴレーの間にある因縁を知らない。
だがわざわざ記憶を奪った以上、虚空の使者とやらはユーゼスにとって何かしらの意味があるのだろう。
しかしクォヴレーが肝心のディス・アストラナガンに乗っていない今、その情報に価値はない。
マサキが出方を決め損ねている内に声が響く。
「貴様…木原マサキか!」
迸るような憎悪とともに名を呼ばれ、マサキは口を歪めた。
「クォヴレー・ゴードンか。こんなところで何をしている?あのイキマとかいうクズを探さなくていいのか?」
「それは貴様を殺してからだ…ッ!」
喋る間も惜しいのか、そのまま斬りかかってきた。
振り下ろされる剣をグランワームソードで弾き返す。
(チッ、この通路ではワームホールを使った機動はできんか…!)
そう判断し、牽制としてワームスマッシャーを放ち、ブライガーが後退する。
その隙にグランゾンは地上へと脱出すべく、全速力で上昇していった。
「待て、逃げるな!木原マサキッ!」
追いすがる声を嘲笑う。逃げる?この俺様が、貴様ごときクズを相手に?
「笑わせる…!ついて来いクォヴレー・ゴードン!仲間のもとへ送ってやる!」
たとえユーゼスが何を考えていようと関係ない。
むしろ奴の予想を潰せるかもしれないのだ、ここでクォヴレーを殺すことで。
マサキは愉悦を隠そうともせず、地上へと飛び出した。
「木原マサキッ!」
グランゾンを追って地上へ出たブライガー。焦りを抑えつけ敵影を探す。
「どこだ…、っく!?」
唐突に揺れる機体。着弾したようだ。
レーダーに目を走らせるも、周囲に反応はない。
その間にも敵弾は途切れず、クォヴレーは必死に回避行動を取る。
「自立兵器か…?いや、熱源はない。だとするなら…」
その時、体を氷柱が貫くような悪寒が走る。
その悪寒に突き動かされ、意識すらせず機体を振り向かせ、ブライソードを構える。
はたしてそこには、まるで転移してきたかのように現れたグランゾンが剣を振りかぶっていた。
「何ッ!?」
ぎりぎりで受け止めたものの、際どいタイミングだった。
一瞬でも反応が遅れていれば機体は両断されていただろう。
「ほう…中々やるじゃないか。さすがは虚空の使者といったところか?」
「虚空の使者・・・だと?どういうことだ」
「知る必要はないさ。どうせ貴様はここで死ぬのだからな!」
グランゾンが突進してくる。迎撃のドラムバズーカを放つ、だが。
「ッ!消えただと?」
当たるはずだったビームは何もない空間を貫く。
たった今までグランゾンはそこにいたのに。
「待て、転移してきたように…?まさかッ!」
慌てて機体を後退させると、やはり何もない場所から飛来した光弾が目前を駆け抜けた。
これで確信した。つまり奴は…!
「自機や砲弾を自在に転移させられるということか…ッ!」
それは圧倒的とも言えるアドバンテージだ。
敵に一方的に攻撃の主導権を握られるこの状況、ブライガーに対抗できる機能は…
「どうしたッ!何もできずに震えているだけか!?」
止まない砲撃を歯噛みし、耐える。
移動しながらの単発の砲撃では、ブライガーは落とせはしない。
勝負を決するために更なる一手を放ってくるだろう。
それを待つ。
「ここまでだ!死ねッ!」
業を煮やしたか、グランゾンが距離をとりチャージを開始する。
チャンスだが、まだだ。ここで焦ってもやつに辿り着くまでに攻撃が来る。
時間をかけている分、今までの攻撃とは比べ物にならないものが。
つまり、それさえ凌げば…!
「消し飛べ!ワームスマッシャー!」
グランゾンの胸部から連続して光弾が放たれる。
それは敵機の目前に開いたワームホールを通過し、こちらの至近距離で実体化、檻のように展開され、ピンボールのように荒れ狂う。
だが、
「この攻撃を…待っていたぞッ!」
クォヴレーは怯まず機体を旋回させる。
ブライソードビーム、広範囲に展開されるビームのカーテン。
巻き込まれたワームスマッシャーは誘爆し、後に残ったのは動きの止まったグランゾン。
「なんだとッ!?」
マサキは知らず、クォヴレー自身も記憶にはないことだが。
かつてクォヴレーが乗っていた機体には自立兵装が搭載されていた。
転移する砲弾ではないが、用途はほぼ同じなのだ。
どうすれば最大効率の攻撃ができるのかは体が覚えていた。
つまり、敵機を包囲しての十字砲火。
切られるカードがわかっているなら対応は容易い。
「もらったぞ、木原マサキッ!」
あれだけの攻撃だ、消費するエネルギーも少なくないだろう。
この隙に仕留める…!


「く…ッ!クズの分際で!」
あの攻撃を凌がれたのは痛い。
敵機を剣で切り払いつつ、マサキは思考を巡らせる。
今の攻撃でエネルギーはさらに減少した。
自動で回復するとしても、戦闘中にどれだけの効果が見込めるか。
ブラックホールクラスターは撃ててあと一撃、それもエネルギーを使い尽すリスクがある。
真の力を引き出せば容易くこのクズを殺せるのだろうが、それは論外だ。
スピードならこのグランゾンが圧倒している。
撤退を手段の一つと考えたとき、レーダーに新たな反応が現れた。
(この反応…ユーゼスか?いや、やつの目的を考えればこの戦闘に介入する理由はない。だとすれば…)
生き残っている参加者で、他者の戦闘に介入する可能性を持つ者。
ラミア・ラヴレス、もっともあり得るとすればユーゼスの犬たるこいつだ。
だが先の戦闘でユーゼスは彼女を出してこなかった、つまりこいつは今独自に行動している。
そして先ほどの戦いで一機では勝てないと悟ったはずだ。
ならば確実に自分を仕留めるために、参加者を扇動し集団で動くだろう。
(一人でノコノコとやってくるほど愚かでもないだろうしな)
パプティマス・シロッコ、奴はない。
奴からはどことなく自分と似た空気を感じる。
すなわち自らの手を汚さず他者を操り、弄び、利用することを躊躇わない者。
そんな奴が一人で行動?あり得ない。
なら残っている者は一人。
そう、目の前の男を仲間と呼び、ともに行動していた…。
「…クク、クハハッ。アーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
マサキの哄笑が響く。
あのクズならば来るだろう。
この殺し合いの中で、「仲間」などという何の価値もないものに拘っているのだから!
まさに神は俺に味方している!
ワームスマッシャーを放つ。
敵機が後退、その一瞬の間隙を衝き、フルドライブ。
一気に空域を離脱する。
「何ッ・・・?何所へ行く、木原マサキッ!」
追いすがってくるクォヴレー。
そうだ、ついて来てもらわねば困る。
お楽しみはここからなのだから。
やがてグランゾンのモニターに一機のロボットが映る。なんと形容したものか、まさに悪魔のような機体だった。
(あの機体は…ディス・アストラナガンか。フン、偶然とはいえ皮肉なものだな?)
自らを追ってくる哀れな男に向けて嘲笑を送る。
今からお前は仲間と愛機、両方を失うのだ、と。


「あれは…戦闘しているのか?」
D-6エリアに辿り着いたイキマ。
彼が感知したものは戦闘とおぼしき反応。
「誰が戦っている…?ユーゼスか?」
もはや生き残っている参加者は少ない。
その可能性は十分考えられた、だが。
(違う…あれはユーゼスではない)
頭に唐突に響く声。
「ッ!?なんだ貴様は!?」
人間ではない彼も、さすがに驚いて声を上げる。
(俺は敵ではない…イングラム・プリスケン。ミオから聞いただろう)
こちらの問いにも答える。幻聴ではないようだ。
「イングラム?死亡した参加者のイングラム・プリスケンか?」
その名には聞き覚えがある。仲間の一人、リュウセイの教官にして戦友。反逆の牙を最初に掲げた男。
(そうだ…。今の俺の魂はこの機体とともにある。信じてくれ、敵ではない)
男の思念にはどこか焦っているような響きがあった。
あの戦闘が気になっているようだ。どのみち彼を疑うつもりはない。
仲間が信じたのだ、敵であろうはずがない。
「ユーゼスではない?なら誰だ?」
問い質したいことはいくらでもあるが、今は状況を確認する方が先決だ。
そう思い、必要なことのみを聞く。
(…あれは木原マサキだ。シュウ・シラカワの魂を感じる。グランゾンに憑依したのだろう)
彼もまた簡潔に答える。
信じてくれたことに対する感謝も後回しだ。今は…
「木原マサキだと!?生きていたのか…!なら誰と戦っている!?」
問うが、その答えは聞かずとも半ばわかっていた。
このエリアにいるはずの、唯一の仲間…!
(そうだ、クォヴレーだ…。俺と同じ、だが違う魂を持つ男…)
また気になることを言われたが、それも後だ。
クォヴレーとブライガーの戦闘力はたしかに高いが、相手はあの木原マサキ。
何をしてくるかわからない男。
戦闘に介入すべきか。
だが今のアストラナガンの状態は最悪、戦闘などできるはずはない。
が、仲間が戦っているのにただ見ているだけなどと…!
(イキマ!奴が来る!)
迷っているうちに警告が発される。
モニターを見やると、猛スピードでこちらに飛来するグランゾン。
発見されたようだ。
戦闘ができないなどと言える状況ではない…!
翼を広げ意識を集中する。
移動するだけなら支障はない。
せめてクォヴレーの足を引っ張ることは避けなければならない。
グランゾンの後方にブライガーを感知。
まずは呼びかけなければ。
「クォヴレー!俺だ!イキマだ!」


逃げ去るグランゾンを追ってこれば、戦場にはもう一機の機体がいた。
悪魔のようなシルエット。
記憶の底にこびり付く、心をざわつかせる機体。
「デビルガンダム…!」
木原マサキ、そしてデビルガンダム。
双方とも仲間を傷つけ、殺し合いを加速させる許せない敵。
距離が離れた今しかない。ブライカノンを…!
「クォヴレー!俺だ!イキマだ!」
響く声に手が止まる。イキマ、だと?
「応答しろ、クォヴレー!」
この声はまぎれもなくイキマだ。だが何故その機体に乗っている!?
「イキマ…なのか?」
見ればグランゾンも停止している。
成り行きを静観するということか?警戒は怠らずイキマに応える。
「俺だ!無事か、クォヴレー!?」
「…俺は大丈夫だ。だがその機体はなんだ?なぜお前がデビルガンダムに乗っている?」
「デビルガンダム?違う、この機体の名はディス・アストラナガンだ!そしてお前がこの機体の本当のパイロットだ!」
疑心も露わな声に戸惑いを感じたのか、強く訂正される。
俺が、あの機体のパイロット?
そしてディス・アストラナガンという名前。
鋭い痛みが頭を駆け抜け、それを押し殺し叫ぶ。
「何を言っている、イキマ!その機体は剣鉄也を助けたんだぞ!」
「剣鉄也!?ええい、奴は死んだ!関係ない!とにかくお前がこの機体の持ち主なんだ!」
剣鉄也が死んだ?いや、それよりも。
イキマの言葉、つい数時間前にもそれと同じ言葉を聞いた。
シロッコ、少女とともにいた男。
シロッコの攻撃により、奴と組んだ殺人者と断定した者たち。
少女を逃がすため囮となり抵抗らしい抵抗もせず、ただ自分を説得しようとしていた男。
あの男の言葉は信じられなかった。
だがイキマは。
彼が嘘をついている?
有り得ない。特に、戦闘中という予断を許さない状況では。
あれはデビルガンダムではない。
あの機体の名、ディス・アストラナガン。
その名を聞く度に、痛みとともに胸中でなにかがざわめく。
俺がそのパイロット、ということは。
「あの男が言っていたことは…正しかったと言うのか?」
つまり、自分は…殺人者ではない、いやむしろゲームに反逆する者を、仲間となれたかもしれない男を殺した?
その考えに至ったとき、心に罅が入ったような気がした。
「…俺、は」
体から力が抜ける。
この場には木原マサキがいることすら忘れ、絶望が全身を満たしていく。
「どうした、クォヴレー!?何があった!?」
イキマが叫んでいる声もどこか遠い。
記憶のないクォヴレーにとって、記憶そのものである仲間という存在。
その仲間を奪う殺人者、排除して然るべき外道。
今や己も――――その一人。
俺は殺人者。
木原マサキや剣鉄也と同じ、いやそれ以下の。
答えることもできず黙っていたそのとき、グランゾンが動いた。
対話に集中していたイキマは反応できず、剣を突き付けられる。
「お別れは済んだか?ならお遊びの時間だな」
「…木原、マサキッ!」
「動くなよ?お前の大切な「仲間」とやらを串刺しにされたくなければ」
加速しようとした機体を押し留める。
あの男はやると言ったらやるだろう。
震える心に蓋をして、今は敵機の一挙手一挙動を見逃すまいと集中する。
「クォヴレー、俺に…があッ!?」
「喋っていいとは言っていないぞ、クズが」
声を上げたイキマ、だがその瞬間ディス・アストラナガンの残った右脚が吹き飛ばされる。
「イキマッ!」
「そら、次はどこを吹き飛ばして欲しい?俺はどこでも構わんぞ?」
愉悦を噛み殺しもしないマサキの声。
イキマは今の衝撃でケガでもしたのか、うめき声すら聞こえない。
「…クッ」
ブライソードを手放す。
落下していくブライソードを一瞥し、マサキは嗤う。
「そうだ、それでいい。ワームスマッシャー!」
光弾がブライガーの左腕に集中し、吹き飛ばした。
これでブライソードはもう使えない。
ブライカノンも戦闘中には使えないだろう。
「ククッ…。クズどもが傷を舐め合うからこうなる。貴様一人ならなんとかなったかも知れんがなぁ?」
マサキの声にも応えられない。
武装を失い、腕部もないブライガーではグランゾンを止められない。
「さて…。そろそろ飽きてきたな。終わりにしようじゃないか」
こちらにもう脅威はないと判断したのか、グランゾンがディス・アストラナガンを片腕で掴み吊り上げる。
もう片方の腕には剣が握られ、引き絞られている。まるで限界まで引かれた弓矢のように。
「ま、待て…ッ!イキマッ!」
「貴様もすぐに送ってやるさ。こいつの後でな!」
声が届かず、剣が突き立てられ…

「そうはさせんよ、木原マサキ」

…なかった。
虚空から現れた剣がグランワームソードを受け止めていた。
重力震とともに新たな機体が現れる。
「貴様…ユーゼス!」
木原マサキの声。
ユーゼス?この殺し合いの主催者か?なぜ奴がイキマを助けた?
混乱するクォヴレー、彼を置き去りに状況は変わる。
「貴様と人形の争いになど興味はないが、この機体を破壊されては困るのでな」
人形…自分のことか。奴は俺のことを知っている。
だがそれも今となってはどうでもいい。
今はイキマが生きていてくれさえすれば…
「その機体をだと?ハッ、どうせ尻尾を巻いて逃げだす算段というところだろう」
「何とでも言うがいい。貴様の機体、大分消耗しているようだな?」
ディス・アストラナガンを放りだしユーゼスの機体に向き直るグランゾン。
傍目から見ても万全とは言い難い。
いくらグランゾンとはいえ、連戦に次ぐ連戦、激戦で堪えない訳がないのだ。
「ちょうど良い。ここで貴様を殺し後顧の憂いを断っておくとしよう」
ユーゼスの機体が剣を構え、グランゾンもそれに倣う。
どうやら自分は眼中にないようだ。
だったら…
「まとめて、消え去れ…ッ!」
二機が激突する瞬間を狙い、ブライカノンを撃つ。
どうせ自分はもう奴らと同じ穴のムジナだ。
不意打ちだろうとなんだろうと構いはしない。
せめてイキマだけでも生き残らせるために…!
砲門は二門、目標も二機。これで全てが終わる、そう思った刹那。
「「邪魔だ…!」」
グランゾンはワームホール、ヴァルシオンはCPSを展開し、ブライカノンのエネルギーをどこかに転移させる。
当たっていない、そう気づいた時には二機から同時に放たれた光弾が機体に直撃し、制御できなくなっていた。
(俺は…死ぬのか…)
薄れゆく意識の中、悪魔が翼を広げこちらに向かってくる。
そんな光景が見えた気がした。


「クォヴレー!しっかりしろ、クォヴレー!」
グランゾンの攻撃により気絶していたイキマ。
意識を取り戻したとき、戦況はさらに変化していた。
見慣れぬ機体が自分への攻撃を止め、木原マサキと交戦に入ったのだ。
状況を掴めず逡巡していると、クォヴレーが二機に無謀な攻撃を仕掛けた。
不意を打ったといえば聞こえはいいが、二機を同時に刺激する、勝負を焦った一撃。
案の定その攻撃は防がれ、あまつさえ反撃を食らいブライガーは落ちていった。
どうやら二機は自分とクォヴレーに注意を払う余裕はないらしい。
落ちていくブライガーに体当たりをし、無理やり戦域を離脱する。手足があれば確保して地上に降りることもできるがこの状況ではどうしようもない。
とにかくあの二機から離れなければ。
そうする間も呼び掛けは止めない。
だがクォヴレーの反応はない。
気絶しているだけなら良いが、と焦りつつ機体を操縦していると。
(イキマ…あそこだ。地下への通路がある)
イングラムからの思念が届く。
「地下だと?大丈夫なのか?」
地下通路、つまり人口のもの。
ユーゼスの手の内と考えるべきだろう。
そんなところに突入するのはむしろ危険ではないのか?
(そこに行かなければならない…俺とクォヴレー、そしてこの機体が揃っている今しかないんだ)
答える声には明確な意図があるようだ。なら行ってみるか。
どの道あの二機の性能からすれば逃げ切れないだろう。
ここはイングラムに賭ける。
「わかった…多少手荒だが、我慢しろよクォヴレー!」
ブライガーを落とさぬよう、ディス・アストラナガンはさらに加速して縦穴に突っ込んでいった。


(俺は…死んだのか…)
クォヴレーが目を覚ますと、そこは暗闇の世界だった。
木原マサキとユーゼスに無謀な攻撃を仕掛け反撃を食らい、死んだ…はずだった。
(俺には…似合いの世界だな)
周りを見渡しても何もない、純粋な虚無。
殺人者たる自分に相応しい…そう思い、目を閉じ全てを忘れようとしたとき、不意に光が灯る。
(…?)
弱く、消えてしまいそうな光。なんとなく、手に取る。
すると、
(…トウマ)
そこに現れたのは掛け替えのない、…なかった仲間。
彼だけではない、いつの間にか辺りは小さな光で満たされていた。
衝動に抗えず、光に触れる。
光は次々に弾け、人の形を取る。
(…リュウセイ、ジョシュア、セレーナ、エルマ、リョウト、ガルド、ヒイロ…)
このゲームに放り込まれ出会った者たち。そして、
(アラド…そしてゼオラ)
会ったことなどない、だが知っているという確信がある。
紫の髪の少年と、銀髪の少女。
彼らは何も言わず、ただこちらを見つめている。
沈黙に耐えきれず、語りかけようとしたときもう一つ、光が生まれた。
ここで会った者はもういないはず…そう思い、触れる。
現れたのは…
(俺が…殺した男)
彼は本当は正しいことを言っていた。
なのに自分は聞かず、理解しようとせず、憎しみのままに殺した。
彼もまた、黙したまま自分を見据えている。
(そうか…俺に罰を与えに来たのか)
そう考えると不思議と気が楽になった。
自分に生きている資格などない、いくらでも責めてくれ…そう思った瞬間。
(お前はそれでいいのか)
声が聞こえた。
驚いて死者たちを見るが、彼らではない。
そう、この声は知っている。
記憶ではなく、魂が知っているというべきか?
(記憶を奪われ、友を奪われ…今また命すらも差し出すのか?)
聞こえてくる声には怒りと、それ以上の悲しみが感じられた。
(お前は…誰だ?)
(俺は…お前だ)
閃光が走る。
目を開いた時には死者たちは消え、代わりに一人の男が立っていた。
(…イングラム・プリスケン)
(そうだ、クォヴレー・ゴードン。俺の写し身よ)


地下通路を下り、あらかた崩壊したドームに辿り着いたイキマ。
開けた場所でブライガーを下ろし、クォヴレーをコクピットから引きずり出す。
彼は意識を失っており、まるで死んだかのような顔色をしていた。
介抱しようとしたところ、
(…待て、そのままアストラナガンに乗せろ)
イングラムがこう言いだしたのだ。
「このまま?起こさなくていいのか?」
(好都合だ。今のそいつはアストラナガンに乗ることを拒むだろう。なら意識がないままでいい、俺が接触する)
彼とクォヴレーには因縁がある。
そう判断したイキマは言われたとおりクォヴレーをディス・アストラナガンのコクピットに乗せる。
(よし…後は俺に任せろ。お前は警戒を頼む…)
遠ざかる声にイキマは言いようのない不安を感じ、言う。
「待て、イングラム。何をするつもりかは知らんが、クォヴレーに危険はないのだろうな?」
(危険…か。どうだろうな…。奴が使命を拒むのであれば…)
それきり、声は聞こえなくなる。
同時にコクピットも閉ざされ、手は出せなくなった。
「…クォヴレー」
今となっては彼にとっても最後の仲間。
種族こそ違えど、その絆に偽りはない。
心配する気持ちを抑え、気を取り直す。
イングラムが事を終えるまで、自分がすべきこと。
クォヴレーが乗っていた機体、こいつを使えるようにすることだろう。
「…使える武装は頭部のビームと腰のブーメラン、胸部のドラムバズーカか。左腕は損失、右腕も手首から先はない。ブライスピアとやらは使えんな」
ブライガーの調子は悪い。
戦闘は不可能ではないが、不可能ではないというだけだ。
それこそ無人機にすら苦戦するだろう。
「ブライカノン…こいつも厳しいな。使うとすれば固定砲台、そんなところか」
これではマサキかユーゼス、どちらが来たとしてもひとたまりもないだろう。
背にのしかかる諦念を振り払い、チェックを続ける。
「ん?これは…セレーナの持っていたエンジンか」
トロニウムエンジンといったか。
超高エネルギーを生み出すレアメタル。
だが今の状況ではその性能も無用の長物だった。
「使うなら爆弾として…か。まああまり使いたくはないが」
一通り調べたところでディス・アストラナガンを見やる。
クォヴレーが人を殺したということはあのミオという少女から聞いた。
殺された男は自分達と同じくこのゲームに抗っていたと。
それを知ったクォヴレーは心に深い傷を負ったろう。
記憶のない彼は仲間を何よりも大事に思い、殺人者を憎んでいた。
なのにその殺人者と同じことをしたのだ、アイデンティティの崩壊は無理からぬことだろう。
(だがな、クォヴレー…。それでも俺達は生きねばならん。散っていった者たちの想いを未来に繋げるためにも)
奴は必ず立ち上がる。
そう、トウマ・カノウやリュウセイ・ダテのような不屈の闘志とともに。
そう信じ、イキマは目を閉じた。
今は少しでも休息を取っておくべきだ。
どのみちクォヴレーが目覚めないことにはここを動けないのだから。


(写し身だと?)
イングラムの放った言葉。
己が存在の否定ともとれるそれは不思議と腑に落ちるものだった。
ユーゼスの言った人形という言葉、同じにして違う魂。
つまりそれは…
(俺はお前のコピー、なのか)
(そうだ。ユーゼス亡き後のバルマー帝国が俺を基に作った人造人間。それがお前だ)
人造人間。
なるほど、記憶がなかったのはそのためか。
俺は最初からトウマやジョシュアのような人間ではなかったのか。
不意に笑い出したい衝動に駆られる。
あるはずのない記憶を求め、仲間に縋っていた自分。
滑稽だ。まさしく道化ではないか。
(そうか、始めから俺には何もなかったのか…)
(………)
イングラムは答えない。
こちらの心情を窺っているようでもある。
(それで、そんな愚かな俺に何の用だ?まさかこの体を乗っ取りにきたか?)
諦めがついたのか、普段の自分からは考えられないほどの陽気な声。
(…お前の答え次第では、そうなる)
答えるイングラムの声は重い。
(なら、好きにしろ…持って行け。どうせ俺はもう何もできない。何をする資格もない)
投げやりに答える。
これで楽になれる、そんな気すらする。
(本当に…そう思っているのか?)
だが、返ってきた答えは了承ではなかった。
(本当に、だと?何故偽る必要がある。記憶もない、仲間もいない俺に何をしろと言うんだ)
(記憶、仲間…。たしかにお前は作り出された命だ。だが、お前がここで得たもの、記憶を失う前に得たものは決して幻などではない)
(記憶を失う前…?どういうことだ。俺はこのゲームのために作られたのではないのか?)
(違う。お前は戦っていた。ここではない世界で、かつての俺の仲間たちとともに)
告げられた言葉はまたも大きなものだった。
人形たる自分が、仲間とともに戦っていた?
(それは…どういうことだ!?俺の記憶を知っているのか!?)
(そう、俺は知っている…なぜなら俺もまたお前とともにあったからだ)
(俺と、ともに…だと?)
ただのコピーではないというのか?
いや、そもそも何故この男は俺に語りかけている?
体を奪うつもりなら俺はおそらく抗えないだろう。なのに何故…?
(俺も最初はお前の体を奪うつもりだった)
迷っているうちに話を続けられる。
口を挟んではいけない、そう思った。
(この場所は負の意志が満ちている。だから俺もお前の魂に触れることができた。そしてお前の中に入り込み、お前を消去し、成りかわろうとした、だが)
光が瞬き、思わず目を閉じる。
次の瞬間、そこには先ほど消えたトウマたちが立っていた。
まるで自分をイングラムから守るように。
(お、お前たち…?)
(そう、彼らが俺を阻んだ。お前が消滅することを、彼らは許さなかった)
自分を助けた?人形を、作られた命を?
(いったい、何故…)
(わからないか?死してまで彼らがお前を守る理由が)
死してまで守る理由。
彼らを動かす理由。
自分もかつて持っていた理由。
(俺が…仲間だからか?)
(そうだ。作られた命など関係なく、お前という存在そのものを求めているからだ)
(俺、は…)
(これでもまだ、俺に体を明け渡す気か?)
言われ、言葉に詰まる。
自分は人を殺したのだ、同じ目的を持った同朋を。
許されていいはずがない、そう言おうとした。
(ッ!)
だが言葉は遮られた。
他でもない、己が殺したヴィンデル・マウザーその人によって。
彼はこちらを向いている。
その瞳に射竦められ、クォヴレーは顔を反らす。
逃げてはいけない、そう思いながらもその瞳に見つめられることが怖かったのだ。
彼がこちらへ一歩踏み出す。
クォヴレーは下がることもできなかった。
どのようなことをされても受け入れねばならない、そう覚悟したとき。
クォヴレーの肩を、力強い手が叩いた。
驚きとともにヴィンデルを見やる。
彼は微笑んでいた。
自分を殺したことなど恨んではいない、そんな顔で。
(…!何故だ?何故笑っている!?俺はお前を殺したんだぞ!?)
その笑顔に逆に恐怖を感じ叫ぶ。
だがヴィンデルは何も言わず、肩に置いた手をどけるそぶりもなかった。
(わかるだろう?彼の言いたいことが)
イングラムが告げる。
(俺を…許すというのか?)
(許すのではない。だが恨んでいるのでもない。託すと言っているんだ)
(託す、だと)
(そうだ。ユーゼスの企みを打ち砕き、囚われた魂を解放しろ。それが虚空の使者としての…いいや、このゲームに参加し、生き残ってきたお前の義務だ)
(俺の、義務…?)
(俺はお前の記憶を戻してやれる。だが、俺に取り込まれるならお前はその記憶を知らず、ここでその命を終えることになる。お前が選ぶんだ。俺に全てを引き渡し消えるか、それとも罪を背負い自らの命を全うするか)
(俺が選ぶ…消えるか、生きるか…?)
(もう時間はない。ユーゼスが近付いている。選べ、クォヴレー・ゴードン。イングラム・プリスケンのコピーとしてではなく、ただのクォヴレー・ゴードンとして!)
(俺は…俺は…ッ!)