修羅と少女


 夜が明ける。
 数多くの激戦が繰り広げられる中で生き延びる事が出来たのは、殺し合いを勝ち抜いた者ばかりではない。
 戦わない事を選択した者もまた、その数多くが生き残っていた。

 廃墟の中、赤毛の青年は佇んでいた。
 フォルカ・アルバーグ。血塗られた修羅の宿命に異を唱え、修羅の世界を変えるべく戦い続けた男。
 全ての者が飽く無き闘争に浸り続ける修羅界で生まれ育った彼にとって、殺し合いに身を置く事は日常茶飯事であると言えた。
 ……しかし、だからこそ、フォルカは表情に苦渋の色を浮かばせていた。修羅を捨てた、この青年は。

「ユーゼス・ゴッツォ……奴は第二の修羅界を作り出そうとしているとでも言うのか……?」
 修羅。それは戦う事に絶対の価値観を置く、修羅界と呼ばれる異世界に存在する者達である。
 かつてはフォルカも修羅の名に相応しく、戦う事に何の疑問も持たなかった。
 戦い、倒し、そして敗者の命を絶つ。それが修羅にとっての日常であり、そしてフォルカの過去でもあった。
 だが、修羅王の座を巡って行われる聖戦の中で、フォルカは修羅である事に疑問を持つ事になった。
 フェルナンド・アルバーグ。兄弟同然に過ごしてきた男の命を、フォルカは絶つ事が出来なかったのだ。
 それはフォルカが修羅の生き方から外れ、そしてフェルナンドがフォルカを憎む原因にもなった。
 敗者である自分の命が奪われなかった事に、フェルナンドは激しい屈辱を覚えたのである。
 修羅にとって、敗北の上で与えられる死は誇りである。より強き者に倒された事を誇りとし、修羅達は戦いの果て命を落とすのだ。
 だが、その誇りをフォルカは与えなかった。
 それは無様に生き恥を晒し続けろと告げた事となり、だからこそフェルナンドはフォルカを憎み続けたのだ。
 それが、修羅。戦いを絶対とする、人ならざる血塗られた理に生きる者。

 ……だが、かつて自分が過ちに気付いたように、修羅の中にも戦いを好まない者は居た。
 自分が理想とする“戦いの無い修羅界”に賛同し、力を貸してくれる者も居たのだ。
 フェルナンドとも、最後には分かり合う事が出来た。
 だから、そう。この戦いも、きっと止める事が出来るはずだ。
 かつてこの手で修羅王を打ち倒し、戦い続ける修羅界の宿命を変えてみせたように。

 ヒュッ――!

 フォルカの拳が空を切り裂く。それは修羅の名に相応しく、強烈な威力を込めた拳であった。
 機神拳。この拳一つを頼りとして、フォルカは闘争相次ぐ修羅界で生き抜いてきた。
「……あの機体、エスカフローネだったか。あれならば、俺の機神拳を扱う事も出来るだろう」
 強く拳を握り締め、フォルカは廃墟で意を決する。
 この無意味な戦いを、必ず終わらせる事を。
 その為に、あの男を――ユーゼス・ゴッツォを打ち破ってみせると。

 ――夢を、見ていた。
 それは自分にとって馴染みの深い、しかし忌むべき暗い感覚。
 自由を奪われ操られる、忌むべき不快な夢であった。
(いや……だ…………)
 夢の中、少女はもがく。
 全身を泥に絡め取られるような感覚の中、必死で空に手を伸ばす。
 だが、何も掴めない。掴める物などありはしない。
 彼女の手を握り、泥の中から引き上げてくれる人は――リュウセイ・ダテは、この場に居ない。
(リュウっ……!)
 その虚しく伸ばした手まで飲み込まんと、泥は彼女を覆い尽くそうとする。

 だが――泥の中、ふと彼女は“何か”を感じる。
 それは、意思。世界の全てを敵に回しても己が意思を貫き通そうとする、白き鬼神の雄姿であった。
 倒れても、傷付いても、鬼神は立ち上がり再び拳を握り締める。
 強いと思った。力ではなく、その何度も立ち上がる意思そのものが。
 そして戦い続ける鬼神の姿は、ある男のそれを思い起こさせた。
 そう、あれは……あの姿は……。
(……フォル、カ?)
 その白い鬼神の姿が、赤毛の青年と重ね合わされ――

「あ…………」
 マイ・コバヤシ――いや、今はレビ・トーラーと言うべきか――は目を覚ました。
 崩れかけの天井と、埃っぽさが漂う空気。
 ……覚えている。眠りに付く前まで、自分はこの光景を目にしていた。
「レビ」
 自分の名前を呼ぶ声に、レビは振り向き口を開いた。
「フォルカ……」
「もう、身体は大丈夫なのか?」
「ああ……問題、無い……」
「そうか。なら、いいんだが……」
 フォルカの声を聞きながら、レビは周囲が明るくなっている事を感じ取る。
 確か自分が眠りに付く前は、まだ暗かったはずなのに……。
「……そうだ、放送は!?」
 自分が眠っている間に次の放送が流れてしまったのでは――
 そして放送で伝えられる支社の中に、自分の知った名前があったのでは――
 そんな不安が彼女の中で膨れ上がり、レビは思わず大きな声を出していた。
「第二回目の放送は、まだ行われていない。もう一時間もすれば流れるはずだが……」
「そう、か……」
「……不安なのか?」
「…………」
 フォルカの問いにレビは頷く。決まっている、不安でないわけがない。
 もしかしたら――考えたくもない事だが――
 死亡者として放送される名前の中に、彼の名前が――
「……大丈夫だ」
「え……?」
 不安に震えるレビの肩を、フォルカは強く掴んで言った。
「きっと、大丈夫だ。レビ、君の大切な人は生きている」
「フォルカ……」
「だから、探そう。次の放送が終わり次第、君の大切な人を」
 レビの瞳を真っ直ぐに見詰め、フォルカは力強くそう言った。
「う……ん…………」
 ……ああ、そうだ。自分が信じないでどうするんだ。
 きっと無事だ、生きている。
「探そう……リュウを……!」
 そう。リュウセイ・ダテは、こんな所で死ぬような人じゃない。



【フォルカ・アルバーグ 搭乗機体:エスカフローネ(天空のエスカフローネ)
 パイロット状況:頬、右肩、左足等の傷の応急処置完了(戦闘に支障なし)
 機体状況:剣に相当のダメージ
 現在位置:E-1廃墟内
 第一行動方針:放送後、行動開始
 第二行動方針:レビ(マイ)と共にリュウ(リュウセイ)を探す
 最終行動方針:殺し合いを止める
 備考:マイの名前をレビ・トーラーだと思っている】

【マイ・コバヤシ 搭乗機体:R-1(超機大戦SRX) 
 現在位置:E-1廃墟内
 パイロット状況:良好
 機体状況:G-リボルバー紛失
 第一行動方針:リュウセイを探す
 最終行動方針:ゲームを脱出する
 備考:精神的には現在安定しているが、記憶の混乱は回復せず】

【二日目 5:10】





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