故郷にて その2

アウルスというよりも、マリエス達のお話。
話をかなり駆け足で進めているかもしれない。



弔いの晩餐という風習がヴァレリウス一門には存在する。一門が帝國に出来た、つまり帝國が出来た頃からある風習で、似たような習慣は他の一門にもある。
死者の思い出を語るその晩餐は故人を偲ぶ者ものであると共に、生きている者が己の心に区切りをつける為のものでもある。場合によっては野外で火を囲んで行うそれは、かつて戦が終わった後に戦士達がお互いに語り合った事に始まるという、古い慣わしから生まれた。
その晩、新モリアにある領主の館、ヴァレリウス一門の屋敷で行われた弔いの晩餐の主題は、先の戦で散ったマリエス達の部下だった。
「お前達の事を、そしてお前達の戦友の事を教えてほしい。」
この晩餐を主催するソリディア、マリエス達の主であるアウルスの母親は、穏やかに告げた。
「息子に仕えてくれるという、お前達の意思には感謝している。」
「はい。」
マリエスは慎重に答えた。
ソリディアは一門宗主の妻で、副氏族長だ。機神を持つ一門を一つの王国とするなら、王妃にして副王ということだ。彼女達が仕えると決めたアウルスはその息子。
つまりソリディアがアウルスに4人の出仕は罷りならぬと命じた場合、アウルスはその意思に従わねばならない。
「だが私はお前達の事を知らない。今までお前達がどのような道を、誰と共に歩んできたのかを。」
先ほどの制服から着替えたソリディアは今、ドレスを着ている。濃い紫色に金の筋で彩られたそれは、貴族の女主人にふさわしい風格を醸し出している。
「それに。」
ソリディアは目を細めて続けた。
「一度は私の息子を骨抜きにしようとしたのだろう?ならば息子に仕える前にお前達の事は知っておきたい。」
「はい。」
マリエスは短く答える。アウルスは宴が始まってから無言のままだ。
ソリディアの疑いは母親としてだけではなく、一門の重鎮としては当然のものだ。
マリエス達に出来る事は、その疑いに答えて話すだけ。だから彼女は語り始めた。
「私達は、親衛隊は。王国の剣であり、盾でした。」

彼女達の国王は、代替わりを迎えたばかりだった。
前王は女王だった。そして古人の扱いについて、それなりに緩やかな判断基準をしていた。
あるいは自分が楽をするためかもしれないが、マリエスに近衛軍の中の親衛隊を、常人のものも含めて指揮させた。マリエスの上に近衛軍長官がいたとはいえ、南方諸国ではあまりない話だ。
ただ国王が派遣した古人が中核となって近衛部隊の指揮を取るというやり方は、実戦で有効性が証明された。逆に言うと、近衛部隊でなければまず出来ない話だった。そして古人達は常人からとはいえ近衛騎士からの信望を、己の実力(と体)で勝ち得ることが求められた。
女王は戦場に現れる時は黄金色の鎧を纏って現れ、兵士達の間を歩いて親しく話しかけた。戦機ここにありと見れば、機装甲や馬を駆って親衛隊を率い、敵の軍勢を蹂躙した。
マリエス達はそんな女王が振るう、もっとも身近な武器だった。女王はマリエス達を女が男を愛するように、戦士が己の武器を愛するかのように愛した。
マリエス達はその女王に、忠誠を、愛を、己の全てを捧げていた。男として、女として、戦士として、そして一人の将として。
そしてそのマリエス達は近衛騎士たちに取って、絶対の信頼を置ける戦友で、己の命を預けるに足る指揮官で、そして勝利の女神だった。古人の近衛騎士にとっては、それ以上の存在であった。
このような絆に支えられてか、女王の軍勢は大きな負け戦もなく、むしろ勝ち戦が多かった。おかげで国の田畑や都市が荒れることもなく、商人も多く訪れ、国は富み栄えていた。
そんな女王の下で栄えていた王国は、彼女の病による急死によって前途に暗雲が立ち込めた。
女王に子供がいなかったため、王国はその弟が継承した。姉に代わって即位した新王は即位してすぐに国政の改革を行おうとした。彼から見ると、女王であった姉は貴族達にあまりに甘かった。
彼はマリエス達を前女王にように寵愛はしなかった。優秀な姉を思い出させるものとして、疎んじていたのかもしれないし、マリエスのよき上司だった近衛軍長官が有力貴族だったのも影響していたのかもしれない。さまざまな噂が飛び交った。
王が夜に呼ぶ者は別の古人の近衛騎士になった。親衛隊の内部にさらに小さな親衛隊が出来、それが王の傍に侍るようになった。
マリエスは親衛隊の指揮こそそのまま任されていたが、それも遠からず置き換わるのではないかと噂されていた。そもそも古人が常人を指揮することを許していた前女王が異例であり、親衛隊も本来の姿に戻るべきだという者もいた。
それでもマリエスが失脚しなかったのは、彼女の上司の近衛軍長官が守っていたからだ。王国に長年仕えてきた、根っこまで忠実な軍人である彼は、彼女を超える能力を持つ人物はいない以上、彼女が親衛隊の指揮を執るべきだとみなしていた。
国王はその意見に異論はないようだった。また彼の寵愛を受ける古人にいたっては、そもそも己がマリエスに取って代わるつもりがなかった。彼女に言わせれば自分はただの騎士だが、マリエスはそうではなかった。
とはいえやはり、本人達がどのような意向であろうとも周囲の噂はそれと無関係に拡散し、かつては鋼の団結を誇った親衛隊に、微妙な空気が漂っていた。長官がいなければ、マリエスはその職を辞していただろう。
そのような王国の空気の中で、新王はアル・レクサ及びエル・コルキスからの使者が持ってきた、帝國に対する出兵の薦めに同意した。それは即位して間もない自らの実力を示し、威信を高める絶好の手段となるはずだった。
一方で、近衛軍長官と彼の上司である国軍元帥は慎重な意見だった。彼らは前女王の時代において活躍した、当時の南方諸国でも勝ち戦の多い有能な将軍であり、その部下の兵士達は精強だった。
だが彼らは同時に自分達の限界も知っていた。それまで遠くてもせいぜい隣国の隣国とのみ戦争していた王国軍にとって、帝國の南方辺境は相当に遠い場所だった。
遠ければそれだけ兵の負担は増え、移動するだけで機装甲は消耗して行き、遠く離れた故郷に兵士は里心を募らせ、なにより周囲の民は敵地の民である。国王も彼らの懸念には耳を傾けざるを得なかった。
アル・レクサ及びエル・コルキスはこの懸念に対して、兵糧の援助と、その輸送に用いる船を借りる契約の代金の肩代わりを申し出た。彼らとその背後のゼニアの立場で言うと、金で軍勢が動くのであれば動かすべきだった。
最終的にはこの3カ国から外交上の圧力を受けた国王が下した断に、長官と元帥も従わざるを得なかった。前女王の時代であれば、うまくいなせたのかもしれないが。
諸々の検討結果の末に作戦は決定された。軍勢は近衛軍を主体として精強な兵を選ぶ。近衛軍長官が全軍の取り纏めとして従軍し、国軍元帥は本国に残る。この作戦に参加する他の諸国軍と合同しつつ、帝國軍に一撃を浴びせて帰還する作戦となった。軍勢は可能な限り船から補給を受けつつ前進。帝國軍と会戦に及び、勝利した後に本国へ戻る。負けた場合は、国王と首脳陣は戦場から全力で逃げて国に戻る。
帝國南方辺境の地勢も可能な限り調べた上で作り上げられた、よく練られた作戦で、軍勢に能力以上のものを求めていなかった。国王は外交上の判断からもう少し派手な作戦を望んだが、最終的には同意した。
通常の敵、たとえば相手が南方諸国のような敵であれば、問題は発生しつつも最終的には作戦目標を達成出来ただろう。問題は彼らの敵が帝國で、その軍勢を率いていたのがフェルヌス・ユリウス・マキシムスという、帝國の軍司令官の中でも屈指の男だったことだ。

「会戦の結果はご存知の通りです。」
マリエスは寂しげに笑った。
帝國軍は中央部に砲兵を集中して王国軍の戦列を砲撃で粉砕。青の三の戦列が王国軍の前線を真っ二つに切り裂き、そこから黒の二を擁する独立重機装甲大隊が中央突破して本陣前まで至った。
マリエス率いる親衛隊が戦闘に参加したのはこの段階だ。彼女達はよくこれに立ち向かい、突破を食い止めて一時は押し返すかと見えた。
「アウルス様が来られたのはちょうどそのタイミングです。」
フェルヌスから命令を受けた、空中から急降下した彼は、魔術を用いてマリエスの部隊のど真ん中に着地場所になる穴を作った。そこはマリエスが率いていた親衛隊の本部隊と、他の三人が各々隊長を勤めていた前衛部隊のちょうど境目だった。
そしてアウルスは乱戦の中でそれぞれ部隊を率いていたウィンディス・リリアメス・エメリスの機体を次々に破壊。本部隊を率いて止めようとしたマリエスをも打ち倒し、親衛隊の指揮機能を崩壊させてしまった。
中枢が突如いなくなった親衛隊は帝國軍の津波に飲まれ、マリエスの部下達はほぼ全員がその命を散らしていった。
中央で帝國軍を止める部隊がいなくなったばかりか、この頃には両翼でも部隊が圧力に耐え切れず後退して半包囲の状態だった。そのタイミングで王国軍は全軍が真っ二つに引き裂かれるような状態で本陣が蹂躙されてしまう。
もっとも蹂躙される前に前に国王が戦場から逃亡した結果、左右両軍でも士気が崩壊して敗走へ移り、追撃で多くの死者を出した。
「向こうを離れる前、君達の機装甲を、回収されたというので見に行った。」
アウルスは宴が始まってから初めて口を開いた。
「私は君達を、というよりあの場で攻撃した全てを討ち取るつもりだった。だが君達はいずれもすんでのどころで私の一撃をずらすか、わずかに受け止めていた。その結果として、君達は命を繋いだ。」
アウルスはじっと4人を見詰めた。
「君達があの戦場で生き延びたのは、君達の実力の結果だ。」
それは彼なりの敬意の表明。
「そして君達の部下は、最後まであきらめなかった。」
アウルスは語った。
前衛中央後方にいたエメリスはアウルスの最初の標的だった。彼女は上空からの砲撃を回避し、更に己の部隊に指示を出してアウルスを迎撃し、友である三人が駆けつけるまでに敵が機神である事を叫び、その直後に機体を両断された。
エメリスを失った前衛中央は、本部隊と左右両翼、つまりマリエス・ウィンディス・リリアメスがアウルスを討ち取ると信じ、エメリスの最後の命令を実行した。全ての機体が帝國軍めがけて突撃し、本陣を蹂躙されるまでの時間を少しでも稼ごうとし、そしてそれに成功して倒れていった。
前衛左翼では、ウィンディスがアウルスを倒すために離脱する際、驚くべき速さで指揮権が継承された。ウィンディスと古人の騎士のみアウルスへ向かい、残りの騎士は帝國軍と戦い続け、一時は帝國軍の前線をつきぬけ、そしてその結果として受けた砲撃と魔法攻撃の前に散っていった。
前衛右翼は同じく本部隊を信じ、こちらもリリアメスから指揮を引き継いだ隊長の命令で前衛中央を支援に回った。彼らは本部隊、前衛中央、最後は本陣が蹂躙されても円陣を組んで戦い続け、古の英雄達のような最期を遂げた。
そしてウィンディスとリリアメスはほぼ同時に、エメリスが倒された直後にアウルスと交戦に及んだ。手練の戦技を振るい、強力な魔道を行使し、それでもかなわず、わずかに遅れて駆けつけたマリエスの目の前で撃破された。
マリエスとアウルスの交戦は4人の中では最後だった。そして最長だった。だが彼女をもってしても、帝國によって育てられた古人と古代魔導帝國の遺産である機神「デインデ・ヴァレリウス」を止める事は出来なかった。
彼女を失った本部隊は怯むどころか、槍を構えて刺し違え覚悟でアウルスを倒そうとした。彼らは機神と機装甲の圧倒的な機体差を前にしながら勇戦し、誰も逃げることなく、最後の一人まで戦って果てた。
近衛軍長官と近衛軍の他の部隊は帝國軍に立ちふさがり、国王が逃亡する貴重な時間を稼ぐために、最後は包囲しようとする帝國軍から味方を逃がそうと最後まで踏みとどまり、誰一人戻らなかった。
戦場から逃れられたのは、国王と共に本陣から脱出した親衛隊の後衛部隊のみだった。
「内戦が始まってもうだいぶ経つ。様々な戦場を見てきたが。」
アウルスは遠い目をしながら呟いた。
「あれほどの敵には、北方でもそうは見なかった。」
「私に武人の心はわからないと思っていた。だが君達は本当に恐るべき、素晴らしい、名誉ある、換えがたい敵だった。」
「一体どれほどの人が、あの状況で最後まで戦えるだろう?一体どれほどの人が、機神とわかっている相手に臆さずに挑めるだろう?」
「『尊敬に値する敵と戦えるのは最高の誉れ』という言葉の意味が、良くわかった。だからそれほどの君たちが私に仕えてくれると申し出てくれた事を、心から誇りに思う。」
アウルスは杯を掲げた。
「君達に。そして君達の戦友に。そして出来れば君達の口から、どのような人々だったのかを教えてほしい。」
マリエスは目を伏せ、小さく礼をした。
「アウルス様。私達をそれほどまでに評していただいて、ありがとうございます。」
「そこまで仰っていただけるのでしたら、お話させて頂きたいと思います。私達の、戦友一人一人について。」
マリエスは、そしてウィンディスもリリアメスもエメリスも、己の部下達について静かに語り始めた。アウルスは静かに、彼女らの戦友一人一人の物語を聞いていた。
そしてソリディアと大人達は、そんな息子と4人をじっと見詰めていた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年07月10日 01:26