丘 (3)
『機卒列、敵騎兵に備え!』
駆けながら、連隊長が命じる。弱点は前衛梯隊後衛だ。今もそこを目指している。換え馬と軽荷駄、それに輜重車の脇を駆け抜ける。そこにいる従士従卒らも、自衛銃や鑓を携えている。
前衛梯隊は足を止め、全周すべてからの襲撃に備えていた。左右は林縁が近く、敵騎兵の突撃の間合いが無い。その間合いがあり、また騎兵が集まっているのは後方だ。
後衛に配されているのは、そこにいるのは騎兵の一個中隊と、騎兵砲小隊、それに自衛鑓を持った機卒のみだ。数は左右や前衛よりも多いけれど、それ以上に敵騎兵の方が多い。敵と後衛との間合い、百碼もあれば、敵は突撃横隊に開いて、襲歩まで足を速めて、突撃できる。そして敵騎兵、連合王国の騎兵らは、突撃を得意としている。
『敵騎兵に備え!鑓先下げ!』
連隊長の命令に、機卒列から復唱が来る。機卒列は、中央は疎に、左右は密に列を組む変則戦列だった。中央列が機と機の間を広く取っているのは、その間のところから砲口を突きだすように騎兵砲が配置されているからだ。その背後には、下馬した騎兵が銃兵列を成している。機卒を柵代わりに、火力で阻むつもりだ。
一方、敵はすでに突撃横隊を成していた。聞かされていた連合王国騎兵には、突撃を任とする重騎兵がいるのだという。今はその姿は見えない。トイトブルグに来ていないのか、それとも今は参画していないのかは、ルキアニスにはわからない。前を駆ける連隊長機は、機卒戦列の右側面から全周陣の外へ出た。常に連隊長に突き従う警衛機の二機だけでなく、先に着けと命じられたルキアニスとマルクスもだ。シルディール連隊長機は、足元にざっと砂塵を巻きたてて脚を止める。
『魔道兵、前に。魔術攻撃を行う』
敵騎兵は、突撃する気があるのか、無いのか、良く判らない。横隊を組み、槍は構えているが、馬の足並みは並足というところで、ゆっくりと間合いを詰める。
「・・・・・・」
こちらが撃つのを待っている。ルキアニスにもそれは判る。銃も、砲も、撃ってしまえば、どうしても再装填に手がかかる。その間に無理押しに雪崩れ込んでしまえばいい。引き寄せ過ぎれば、敵が駆けたときに撃つ機を見失ってしまう。半分でも三分でも機卒列を擦り抜ければ、あとは騎兵の間合いだ。
『魔術攻撃後、突撃する』
他に手が無いのも判っていた。白の三は数発、ルキアニスの感覚だと二から三度の魔力攻撃しか行えない。一度に使う魔力を抑え込めば、何倍か撃てるのだけれど、魔力を抑え込むほど力は弱まる。定量の魔力は、威力と消耗とを共に立てて決められたものだ。
『三号機、ようい!』
すなわちルキアニスのことだ。火の魔術は、マルクスの土の魔道相や、シルディール連隊長の風の魔道相とも違う、いずれよりも兵法魔術に向いている。物見鑓を脇に突き立て、ルキアニスは魔力を呼んだ。生身で行う時と同じように天に手を掲げ、地を踏み、それらの狭間にある己を見出し、その中より力を導き出す。天に掲げた手と、地に向けた掌とを、胸の前に向き合わせて、その力を顕現させる。そのままのただの魔術的な炎を、より兵法にそったかたちへと変える。
かんしゃくもち、そう呼ばれる弾ける炎のかたまりに変える。
「投射用意良し!」
『放て』
命じるその声と共に、ルキアニスは炎を投げ放つ。尾を引いて飛び去り、また騎兵らから見て飛び来て、その横隊の前列に吸い込まれるまで、騎兵らは、特段の動きをしなかった。ルキアニスの放った火球が、列の真ん中で弾けて大きく飛び散るまで。地に打ち当った火球が大きく膨れ上がり、弾けて飛び散り、剣のようにあたりを薙ぎ払う。追いかけて白煙が立ち込め、横隊の真中を包み込む。白煙からはみ出した左右の馬たちが、跳ね、棹立ちになって大きく乱れる。
『前衛梯隊は現位置を保持。二号、三号機は連隊長へ続け!』
命令と共に、シルディール連隊長機が駆けはじめる。飾り房をなびかせ、警衛の二機すら引き連れて。置いてゆかれるわけには行かない。地に突き立てていた物見鑓を引き抜き、慌てて追いかける。マルクスの機も駆けていた。帝國軍では、指揮官先頭の突撃もままあることだけれど、これじゃあほとんど斬り込みだ。
そのまま、白煙の中に飛び込む。連隊長機は腕を振るった。横なぎの風が白煙を吹き払う。それもまた魔術なのはわかっていた。シルディール連隊長は風の魔道相の使い手だ。風そのものではなく、雷術のほうが知られていたけれど。白煙を吹き払うのは、敵の肉薄攻撃をあらかじめ寄せ付けぬためだ。けれど風に押される騎兵たちはそれどころではなく、泡を吹き、頭を振り、あるいは棹立ちになって宙を蹴り掻いて逃れようとする。ルキアニスの炎の術で打ち倒したのは十か十五かでしかない。それを踏みつけてしまえば、弾ける血糊と臓物に滑る。
『二番機、ようい!』
『了解。二番機ようい!』
シルディール連隊長の命令に、マルクスがすぐに応じる。土の魔術の兵法術はそれほど多くない、間合いも長くない。けれどその術は強い。白煙の中で、マルクスの機がくるりとめぐり地を蹴る。魔導相によって、魔力を集める時の仕草が少しずつ違う。そして放ち方も。マルクス自身も、あまり派手に動くのは好きではないらしい。
『準備良し』
『打て』
マルクスはどうということ無さげに膝を上げ、それから踵から打ち込むように地を蹴る。
ずしん、と重い響きと共に、土ぼこりが大きく舞い上がる。その向こうに透かして、ばたばたと騎馬たちが薙ぎ倒されるのが見えた。跳ねた礫弾のかけらが、ルキアニスの機にもあたって跳ねる。この土の兵法魔術は、機装甲を打ち倒すためにも使われる。馬たちに耐えられるはずもない。魔道兵が二人もいれば、これくらいのことはたやすくできる。ただし、いつでも、どこでもと言うわけじゃない。だから魔術戦の指揮はむつかしい。
シルディール連隊長機は、飾り房を振るようにして、不意に振り返る。その魔導の双眸がルキアニスを見たような気がして、少し戸惑ったのだけれど、違っていた。シルディール連隊長は前衛梯隊の方を見ていた。
『連隊長了解。斥候を前衛に収容し、前衛を維持せよ』
漏れ聞こえてくる声でわかった。前衛梯隊の、その中のさらに前衛担任小隊からの報告だ。何が起きたのだろうとは思う。けれど、今のルキアニスの任務は、連隊長に着いて行動することで、その着く、と言う事の中には、命令が無ければ現状維持、敵が目の前にいるならいつでも敵を退けるようにすることだ。敵騎兵が逃げ散りつつあるにしても、目は離せない。敵は逃げ散りつつあった。逃げ散ろうとする騎兵を、13連隊の数で追いかけるのは難しい。数をそろえなければ、こちらが応じきれない数を持って押しつぶしにかかってくる。
そう、だから、今の戦いは罠だった。その罠の口が閉じたあとだけれど、ルキアニスにもやっとわかった。並の騎兵連隊や、あるいは軽機装甲で増強されただけの騎兵連隊なら、今の敵騎兵の攻撃に耐えられなかった。けれど13連隊は違う。
攻め手の彼ら騎兵を、それに乗じて逆に叩き、こうして追い散らし、追い返す力を持っている。今、13連隊が追い打ちする力を持っていれば、敵騎兵は根こそぎ瓦解する。
そう思ったときだった。
「・・・・・・」
何かを見たような気がして、ルキアニスは顔を上げた。
光が走っている。
ルキアニスの左手、前衛梯隊の進行方向から見ると右手の、道脇の草はらの向こう。林縁の木々の少し奥、何か淡く光るものが駆ける。
飛ぶように駆けている。木々を避け、梢を飛び越え、けれどその速さは、ルキアニスが先に投じた火球ほども速い。
『左手!不明の魔力物!』
ルキアニスは声を上げた。今まで見たことのない、その何かに向けて構える。
それは、速さそのままに、林縁から飛び出し、さらに大きく地を蹴った。
逃れ退こうとする、敵の騎兵の頭上を大きく飛び越え、そのまま宙を滑るようにこちらへ飛び込んでくる。
その時になって、初めてわかった。それが淡い魔力の光に包まれた、ある騎馬であることに。乗っているのは、馬じゃない。美しい白い毛並だけれど、同時に異形の何者かだ。その背にあるものは、軍用外套を身に着け、小脇に騎銃を抱えているのがわかる。敵だ。
「!」
ルキアニスも地を蹴る。物見鑓を振るって叩きつける。けれど、異形の騎馬は、その刃の軌跡を躱した。
まるで宙を跳ねるようにして。そのままルキアニスに目もくれず、その肩の上を飛びぬける。騎乗の男は、小脇の騎銃を突きだすように伸ばす。
その先には、シルディール連隊長機がある。
「!」
だがそれが放たれるよりも早く、連隊長機の背後から、二の手が打たれた。ルキアニスよりはるかに鋭く、刃の軌跡が宙を断つ。
警衛機の斬撃だった。斬った、と思った。それほど素早かった。ルキアニスは断ち切られたはずの異形の騎影を探した。
それは一つの形を保ったまま、中でもんどりうち、さらに自ら身を捻って立て直し、迫る地を跳ねて、さらに大きく一飛び退いた。
離れたところで、さらに一つ二つと小さく跳ねて、行き足を落とし、やがて異形の騎影は足を止めた。騎乗の男は、じっとこちらを見つめていた。
男は、こちらに目を向けたまま、弓手に携えていた騎銃を宙へと向ける。
「!」
それを宙へと放った。銃声と白煙が噴き出す。
しかし、それが合図のようだった。ただ逃げ散るだけだった、背後の騎兵らが、動きを止めた。まるで、もう逃げてはならないと、自ら悟ったように。
異形の騎兵は、天へ差し上げたままの騎銃を振った。その合図の意味はルキアニスにも判った。騎兵の合図は、それほど大きく変わらないらしい。それは行くべき方向を示すものだった。森へ退けと命じていた。
男はじっとこちらを見たままだった。男の背後で、騎兵たちが森へと退いてゆく。馬を失ったもの、あるいはもう動けない者、あるいは乗り手を失った馬が、異形の騎兵とルキアニスたちとの間に残る。
『三号機、魔道投射ようい』
シルディール連隊長が命じる。
それは、焼けという命令だった。ルキアニスが炎の波を放っても、男は退かなかった。
焼かれ死に逝く者らを、それを行ったものを、目に焼き付けて忘れまいとするかのように。
というわけで、やりたかったけど果たせなかったことを、何年か越しに
最終更新:2013年10月05日 13:38