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+16: ひゅうが :2018/02/21(水) 09:01:37
+※ 本作には残酷な表現が存在します。また、本作はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません
 
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+――西暦1945(昭和20)年8月17日 北海道 増毛沖
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+「左舷に雷跡2つ!方位42距離300!」
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+「取り舵一杯!」
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+艦橋での反応は迅速だった。
+病み上がりであるとはいえ、この艦を操るものは海軍軍人である。
+祖国の激変とともにいささか怪しくはなっているが、いまだに階級章はそのままであるし、こうして海に出ることもできている。
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+「何が…」
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+「攻撃ですよ!」
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+艦長であるところの山田三郎大佐は苛立ちながら「お目付け役」にどなった。
+もちろん英語である。
+だいたいお坊ちゃんであるところのこの民生局からやってきた若手官僚はとっさの引き揚げ命令に際してもなにかと口を挟み邪魔をしてばかりだったから口調も荒くなる。
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+「誰が攻撃するというんだ!」
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+「決まっているでしょう。ロスケ(russki)の潜水艦ですよ!」
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+ああ、いやだいやだという風に首を振る御年25歳のGHQ係官殿!あなたはまだ現実認識を自分の脳が作り変えることができるとお考えなのですな。
+そういった嫌味を口にしそうになるも喉元でこらえた山田は、大きく傾斜しながら左へ曲がり始めるこの艦がとった行動を思い返していた。
+これがいわゆる走馬灯なのかと思いながら。
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+そもそも、太平洋戦争(実は閣議決定されていた大東亜戦争よりもGF司令部はじめ海軍はこちらで呼ぶきらいがあった)終結後の北方情勢は極めて複雑な経過をたどっている。
+6月1日の降伏文書調印の後速やかに日本「本土」に進駐した米英中をはじめとする連合軍は当然ながら北海道やそのさらに北の南樺太、そして千島列島にも進駐していた。
+当然ながら日本軍は武装解除し復員することになるはずだった。
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+が、ここで「連合国」の一員でありながらも対日宣戦布告がついに間に合わなかったソヴィエトがクレームをつけた。
+原因は1943年のテヘラン会談に伴ういわゆる「テヘラン宣言」だった。
+ソ連対日参戦の暁には「日本軍国主義によって獲得されたすべての領土の放棄がなされる」という宣言に対し、ソ連は日露戦争以前、すなわち明治新政府成立以後の侵略によって獲得されたという北方諸島嶼における民族自決の権利確保を主張し自国による進駐と進駐軍との交代を提案してきたのである。
+これは完全に無視された。
+大戦終結に際して暴露された「限りなく黒に近い白」といわれる「真珠湾の裏切り」(これは山田は眉唾だと思っている)やレッドセルといわれる共産主義シンパの策動にアメリカ政界が大混乱に陥っている中でスターリンが慌てて分け前確保に走ったとしか思えない話だったからだ。
+その時点で米軍は南樺太に1個連隊を揚陸させており、樺太守備についていた第88師団は国境警備隊とともにすでに武装の封印処置を開始していた。
+だが、対独戦を勝ち抜いた軍勢がシベリア鉄道を通って極東へ、それもカムチャッカ半島に揚陸艇とともに現れているという情報が世界を駆け廻り、北緯50度線の国境地帯をソ連軍が越えようとしてからは事情がかわった。
+このとき、千島列島占守島には対岸のペトロパブロフスク・カムチャッキーからの軍使が到来し武装解除と進駐を一方的に通告してきていた。
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+東京のGHQは困惑した。
+ワシントン・ポトマック河畔にて宣言された戦後処理方針において、条件付き降伏をした日本はまずその「本土」すなわち「内地」を分割しないと約していたからだ。
+そして日本は、1943年に南樺太を内地に編入し内務省の管轄下としている。さらには日本人がいうところには樺太は幕末以来ロシアの継続的な侵攻によって奪われた領土だとさえいっていた。
+
+しばし悩んだGHQ参謀2部は決断した。
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+「北方・満州方面においては暫定的に『連合国軍の監督のもと』日本軍を『境界』警備の任につける。あくまで暫定的な処置であり、以後の『境界』の曖昧さについては『我ら連合国』が決定する」
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+こう述べ、連合国軍同士の緩衝地帯に軽火器で武装した日本人を残し、自らは占守島や北海道、そして朝鮮半島の北緯38度線沿いに兵力を展開した。
+欲に目がくらんだロシア人が「我ら連合国」といって自分達の主張が通ったと考えるなどとはまったく考えなかった。
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+そういったわけで、国境を突破したソ連軍に対して陸軍第88師団や中華民国軍から有形無形のいやがらせを受け続けていた関東軍が発砲したときにソ連軍は大義名分を得たと考えたし、GHQは完全に驚愕したのだった。
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+17: ひゅうが :2018/02/21(水) 09:03:20
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+あとに残されたのは大混乱だった。
+引き揚げを前提に遼東半島へと集結しつつあった満州はまだよい。
+南樺太においては、「本土」であり「内地」ゆえに一般市民がいつもの通りの生活をしていたのだから。
+独断で反撃を開始した日本軍を監督役の米軍が追認し弾薬庫の鍵を開けたのも当然だっただろう。
+(なお、朝鮮半島北側や満州へ進駐し、勝者ゆえの暴虐を課した中華民国軍も生存本能には忠実でありこれと同様の動きをとっている)
+たまたま樺太に残留していた海軍第5艦隊所属艦の反撃で沿海州からの樺太西岸の恵須取上陸を企てた舟艇舞台が叩き出されたことから戦況は互角で推移。
+攻勢を急ぎ過ぎたのか、それとも満州方面を優先したのかはわからないが、南樺太に投入されたソ連軍は2個歩兵師団にとどまっていた。
+しかも、東部敷香に残存していた臨時独立戦車第53連隊(97式中戦車改二にて編成)による伏撃を受けた第214戦車旅団は大打撃を受けて後退。
+この時点で樺太庁は50万近くの邦人の北海道への緊急疎開を決定し、全方位に救援を要請するに至っている。
+
+GHQ参謀2部および日本軍艦艇を抑留管理していた在日米海軍部はこれを追認。
+保管状態であった船舶が大慌てで宗谷海峡へ向かいつつあったわけだが――
+ここで横やりが入った。
+民生局およびアメリカ国務省だった。
+いわく、偶発的な戦闘状態を速やかに収拾するためにも軍艦の派遣、それも日本艦の派遣はのぞましくない。
+米艦艇の派遣まで住民の移動などの過剰反応は行うべきではない――
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+すったもんだの末に妥協案としてこの「艦」が派遣され、優先的に15歳未満の少年や乳幼児を移動させることが決まるまで6時間が空費された。
+さらには現在位置を連合国軍およびソ連軍にも通知しながらの航海が義務付けられている。
+そうした手続きをこの若い男は日本人乗組員を文字通り「虐待しつつ」ねちねちとこなさせていたのだった。
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+ああ、これは走馬灯というやつか。と山田大佐は納得した。
+これは、たすかるまい。
+あまりに至近すぎる。
+復員船指定されて以来、本艦の聴音器は整備されていない。
+もとが徴用艦であるからして、民生用としては極めて珍しい英国製聴音器を使うとしても部品が存在しなかったのだ。
+噂の三式探信儀や三式聴音器があれば別だったのだが…
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+「もはやこれは戦争です。そんな中で満天下に位置をしらせながらいけば良い獲物になるのは当然でしょう。」
+
+通信士にSOS発信を素早く命じた山田は、せめてこれだけはいってやろうと乱暴に言い捨てた。
+そのくせ、口調は江田島で習った通りの流ちょうな英国英語(キングスイングリッシュ)であるのはしまらないな、とも思ったが。
+
+「そんなわけがあるか!パールハーバーやレイテで無抵抗の相手を焼くのが趣味のジャップとロシア人は違うんだ!!」
+
+ああ、なるほど。このお目付け役はそういう…
+と山田は納得した。
+それでなければ手当たり次第に日本人乗組員をMPを使って銃床で殴りつけたり、延々と蹴り続けたりする子供じみた虐待行為になど手を染めないだろう。
+個人的な怨恨を喜んで晴らすような性質の人間ではないはずなのだから。
+逆説的にではあるが、艦内神社へガーランドを撃ちこみ落ちてきた御神体を踏みにじる様子を艦橋に見せつけ首にかけたロザリオにキスをするという彼の行為はその敬虔さを顔つきとともに証明しているのだから。
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+その時だった。
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+突き上げるような衝撃が2つ。
+床が波打ち、山田をはじめ艦橋に立っている者たちはそろって宙に浮き、ついであらゆる方向に叩きつけられる。
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+「左舷後部、機関室付近に2発命中!」
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+開きっぱなしの伝声管からの悲鳴と笛というにはあまりに大きな不協和音が聞こえてきた。
+平衡感覚が狂い、頭痛が襲う。
+三半規管が轟音で狂わされたらしい。
+そして考えるまでもなく、罐がやられた。悲鳴と怒声は、生きながら機関員が焼かれている断末魔である。
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+畜生め。やはり幸運の源を自ら潰した艦はこうなるか。
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+「総員、退艦!」
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+はいずっていき、伝声管に向けて怒鳴る。
+この艦は基準排水量3800トンあまり。そこへ2発の魚雷を受けたのだ。もはやもつまい。
+前方に閃光が見えた。
+なんてことだ。あの潜水艦、浮上砲撃してやがる。
+楽しんでいやがるな。
+ああ、連中は知らないだろうが、本艦の来歴からすればよい意趣返しでもあるわけか。
+契約の不備でソ連に引き渡されそこなった砕氷船なんて…
+
+「お前のせいで…」
+
+地獄の底から這い寄るような声が隣から聞こえる。
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+「ジャップ!血まみれの殺人者が!」
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+ああ。哀れな。
+何が起こっているのかわからないらしい。
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+「早くいけ!」
+
+いまだ艦橋に残っていた操舵手に向けて怒鳴る。
+さて…どうやって生き残ったものだろう。
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+18: ひゅうが :2018/02/21(水) 09:04:04
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+――この日、樺太への救援へと向かった特務艦は2発の雷撃と15発の砲弾、そして無数の機銃弾を受けて日本海に沈没した。
+船体を白く塗り、側面に巨大な赤十字マークを描いていたにも関わらず行われた攻撃に、対日理事会をはじめGHQや米国務省は驚愕した。
+何かの間違いかというものは、現地に急行した海防艦「占守」に救助された米国務省職員からの報告と聞いて黙らされた。
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+短いながら幾度かの通信の応酬の後、舞鶴湾から一群の戦闘用艦艇が錨を上げ、北方へ向かう。
+彼女の名を「信濃」。随伴にアーレイ・バーク大佐率いる米駆逐艦を伴う戦後日本初の「艦隊」は、賠償船指定されていたはずの優良船舶を伴って樺太へと急行したのである。
+戦史は、同時期に遭難した稚泊連絡船2隻とともにこの事件を「三船殉難」と称している。
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+――西暦1955(昭和30)年2月20日 石川島播磨重工 東京第一工場(造船所)
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+「お久しぶりです。『艦長』」
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+老年にさしかかって久しい山田三郎元大佐は、相手の声を思い出すのに1秒ほどかかった。
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+「ああ。『航海長』。君も来ていたのか」
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+にっこり笑った『航海長』は、「はい」と何度も頷いてみせる。
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+「どうやら、あそこにいた全員が呼ばれているようなのです。ほら」
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+意地の悪そうな表情で、ちらりと3つほど隣の空席を彼は見やった。
+そこに記されていた名前と役職を見て、ああ、と山田は得心する。
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+「いやはや。彼も呼ぶとはね。
+まぁ、『いろいろと』協力してもらったから縁はあるともいえるのだが」
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+「噂では、ソ連大使館にも招待状を送ったそうですよ。
+いちおうはご同業になるわけですからね」
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+「それはすごい。意趣返しといってもこれ以上はないだろう。」
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+驚くというよりは、呆れた。
+どうも上の連中のあからさまなやり口は好きにはなれないが、これくらいしなければ外国人は意図に気付かないのかもしれない、そんなことがちらと頭をよぎる。
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+あの事件により、山田は「帝国海軍で最後に艦を失った男」として新聞にその名を記された。
+当時はあの樺太侵攻がソ連軍の警察行動だ、また日本側の先制攻撃によって戦端がひらかれたと公言する人々が多かった時代だ。
+そんな中にあって山田は多くを失った。
+彼は従容としてそれを受け入れた。
+海軍で最後の戦死者を出した、それも「山田が愚かにも無電で位置を知らせながら航行した」のだから当然だ。
+おかげで、彼は階級をそのままに軍を追われる。
+死亡した乗組員の家族が連れてきた新聞記者の前で土下座をさせられる様子が全国に配信されたことで、同期はもちろん近所からは歩きざまに唾をはきかけられ、妻は黙って出て行った。
+親戚からは罵倒の言葉とともに「族譜から抹消する」という手続きの紙のみがやってきた。
+試作品だという抗生物質によって病から恢復したときは泣いて喜んでくれた相手からされた仕打ちは身を苛んだが、それも脅迫じみたGHQからの口止めを考えれば耐えることができた。
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+風向きが変わったのは、事件から1年後のことだった。
+海上警備隊に幹部を連れた『航海長』をはじめ乗組員たちがあばら家(自宅は親戚一同の手にわたっていた)を訪ねてきて、ことの次第を二三聞くと、その足で帝都の第一生命館へと彼はいざなわれた。
+そこで待っていたのは、グルー民政長官と、パットン元帥。
+山田は、あのゴミを見るような目で自分へ命令を伝えた米国の官僚たちとは正反対の態度でことの次第に遺憾の意を表され、『誤報』を詫びられた。
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+19: ひゅうが :2018/02/21(水) 09:04:50
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+完全に政治的な儀式であったのだろう。
+何か要望を問われた山田は、「あの艦がいたことを忘れないでほしい」とだけ述べた。
+翌日の全国紙の一面すべてにあの事件の詳細が掲載されたことで今の日本を支配するものが何かを知り空恐ろしくなるおまけもあったが…
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+ともあれ、名誉回復を果たした山田は、嘱託として海上警備隊と名を変えた古巣へと呼び戻されて現在に至ることになる。
+かの艦の艤装委員長をつとめていた頃からのその道の専門家であることが理由であったが、それは事態を見過ごすこととなった海軍からの謝罪でもあった。
+以来、陸軍特殊船であった「高津丸」の改装にはじまり、現在に至るまで山田は造船畑と現場とを取り持つ中間管理職として過ごしている。
+
+今回の任務にあたって、「高津」や青函連絡船の転用ではなく新造艦の建造を提案したのも山田だった。
+あのとき自宅を訪ねてきた幹部はさらに怪しげな権力をもっているらしく、上司から漏らされたところによると新造艦の建造にあたって大きな役割を果たしたということだった。
+
+「これは、決まりでしょうか?」
+
+「まだわからないよ。」
+
+期待するような『航海長』の言葉を山田は遮る。
+だが、心の奥底では完全に同意していた。
+見世物として海外へ飛び、会いたくもない国務省の「あの」スキャンダルを隠したがっている自分を射殺さんばかりの目をした役人と握手をし、そしてアメリカ海軍の最新鋭艦を同僚でありあの「大和」を作った設計者と視察までしたのだ。
+あの「訂正記事」以来掌を返した世間に再び傷つけられ、猫なで声で手記出版をすすめてきた親戚への吐き気をこらえてまで山田が欲したもの、それは――
+
+
+
+「本艦を、『宗谷』と命名する!」
+
+国防大臣がマイクロフォンに向かって宣言し、臨席した人々から拍手が沸き起こる。
+東京 豊洲のこの石川島播磨重工東京第一造船所は船台式である。
+山田は、用意された斧を振り下ろして支綱を切断した。
+シャンパンが舳へぶつかって割れ、久寿玉が華やかな飾りと鳩を放つとともに、朝黴の浮いた船台が海面へ滑り降りていく。
+その上に載っているのは、早期艤装と呼ばれる船台上で先に細々とした船体構造物や機械類を備え付ける作業が済まされた基準1万トンあまりの幅広の船体。
+
+1957年に迫った国際地球観測年を前に一時は就役が危ぶまれながらも、ようやく完成の時を迎えたこの砕氷艦は、10月の就役後直ちに南極へと向かうことになっている。
+残念ながら山田の姿はそこにはない。
+だが…
+
+
+「失ったものは…」
+
+「艦長?」
+
+山田は、自分が滂沱の涙を流していることに気が付いた。
+
+「おかえり。宗谷。」
+
+すべてを引き換えにして、再会した艦(フネ)へ向ける言葉は、それだけで十分だった。
+
+
+
+
+――砕氷艦「宗谷」は、この後20回の南極観測業務に従事。
+後継艦となる「白瀬」の就役とともに引退。
+記念艦として保存されている。
+
+20: ひゅうが :2018/02/21(水) 09:07:17
+【あとがき】――というわけで、「戦後夢幻会ネタSS番外編 『失っったもの、そして』」をお送りしました。
+かの船のファンの皆様、ごめんなさい。でも書き始めたらとまらなかったんだ…
+
+21: ひゅうが :2018/02/21(水) 09:09:06
+>>19
+修正。
+×山田雄二大佐 → ○山田三郎大佐
+で。
+
+22: ひゅうが :2018/02/21(水) 09:23:34
+「失ったもの、そして」ですね。「っ」がひとつ多いです。誤字失礼しました。
+
+25: ひゅうが :2018/02/21(水) 11:04:50
+はい。
+こちらでは偉大なる戦果として赤旗勲章を受賞プロパガンダ映画も作られています
+本来は、国際法無視して先制攻撃した艦長がデタントに従い失脚破滅するとことか、平和的収拾に失敗する原因を作ってしまった国務官僚の苦悩とか乗り込んできた若手官僚が公民権運動進展と共に自らの過去の神社差別行為をひたかくしにしようとするところとか考えてましたが、あまりにジメジメしてるのでさくりとカットしています
+
+42: ひゅうが :2018/02/21(水) 17:38:18
+なお、御神体の鏡は修理されて二代目に再設置されております
+国務省の格好いいところとか次は書くべきでしょうかねw
+ただ戦後すぐの頃は史実と同じく道化にならざるを得ないのです
+この頃の史実でもわりとひどいですからね
+輪をかけてひどいのがキッシンジャーですが