「衣玖さん地霊殿でいじめ 後編」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
衣玖さん地霊殿でいじめ 後編」を以下のとおり復元します。
[[衣玖さん地霊殿でいじめ 前編]]から続き


毎日がお祭り騒ぎな地霊殿ですが、お祭りというのはケの日が後に控えているからこそ楽しいのです。
すなわち、楽しい後のお片付け。衣玖さんにだって帰るところがあるのです。

「えー? 帰っちゃうの?」
「ええ、いつまでも私が地霊殿の主をやっているわけには行かないでしょう」
「そうだそうだ、後は私が引き継ぐからさっさと帰れー」

地上に戻る事を告げる衣玖さんに残念そうな声を上げる空ちゃん。
こんな子でもお仕事ちゃんとしてるってのにお前らときたら

「また機会があったら遊びに来ます。地霊殿までなら」
「こっちからも遊びに行ってもいいかな? 火焔地獄は暇なのよ」
「かまいませんよ、ぜひどうぞ」

儚い人間なんかと違って寿命は長いのです。
またいつでも会えますとも。

「それに、地霊殿の主ならさっき帰ってきました。ずいぶん元気そうでしたよ、さとりさん」
「まじで?」

勇儀さん吃驚。

「「地霊殿乗っ取り完了と思ったのに」……ですか。すいませんね、生きていまして」
「さとり様! 生きてらしたんですか?」
「ええ、おかげさまでね、空。想起「生と死の境界」、地上の妖怪も便利な技を持っているわね」
「紫さんの技ですね。別名「死んだフリ」」
「さとり様さとり様、お燐はどうしたんですか?」
「お燐? お燐は地上よ。猫車で死体旅行を満喫していたら九尾の狐に拉致られて行ったわ」
「ああ、だからなんか大きいと思った」
「お姉ちゃんただいまー」

さとりさんの後ろから現れたのは守矢さんちの巫女さんと古明地のとこのこいしちゃんです。
どこかの引きこもりデストロイヤーフランちゃんと違って外交的。そして不感症。

「こいし、貴方どこかに行っていたの? それにその人は誰? そんなペットいたかしら」
「いやいや、私はペットじゃありませんよ。少しばかりお使いで来たのです」
「……「むしろペットは家の神様」」

さとりさんの欠点は思った事をホイホイ喋ってしまうところなのです。
沈黙は美徳。男のおしゃべりはみっともないってよく言うじゃないですか。

「お姉ちゃん。この人はおくうに力をくれた山の神様のところの巫女さんよ。
 お客様としてもてなしたいのだけどいいかしら」
「山の巫女? 人間ね。ちゃんと世話するのよ」
「だからペットではないと」

こんなだから嫌われるのです。
でもペット呼ばわりされる早苗さんもいい感じです。首輪とか紐とかつけちゃったりして。



「早苗、ごはんの時間よ」
「はい、ありがとうございますこいし様」
「こいし様じゃないでしょう。こういうときはなんて言うのだったかしら」
「ああすいません。ありがとうございますご主人様」
「早苗はお利口ね。いいわ、お食べなさい」

食事のときは特別な関係。
普段こいし早苗と呼び捨てにしていてもこのときばかりは決められた、主従の関係に収まるのだ。
理由は簡単。食事の際はさとりがいるから。
この不躾な主は地霊殿に自分と妹以外にはペットの存在しか認めないのである。

「こいし、主人より先にペットに餌を与えてはダメよ」
「あ、お姉ちゃん。別にいいじゃない、それくらい」
「ダメよ。自分は主より先に食べていいだなんて勘違いしては困るわ。躾はしっかりしないとね」

餌に口をつけようとしていた動きが止まる。
敏感に、身の上に迫る気配を感じて早苗はそっと顔を上げる。
そこにあるのは敬愛するご主人様と、その姉。

「服を脱がせなさい」
「お姉ちゃん?」
「服をしたまま躾をすると破れてしまうわ。もったいないから脱がせなさい」
「そんな……、昨日汚れるからといって下を脱がせたばっかりじゃない。
 残った上まで脱がせるって言うの? 風邪を引いてしまうわ」
「……そうね、そういえば昨日下は脱がせたわね。それに、上の服だってそんなに上等なものでもないか。
 いいわ、そのままで。好きなようになさい」

さとりの了承を得て、少しばかりほっとしたような表情を見せるこいし。
ここでは主従の間柄だがさとりのいないときは大事なお客さんなのだ。
そんなこいしを見て、早苗も少しばかり微笑みを取り戻す。
自分は大事にされているのだと再認識できる。

しかし、さとりにとって服の有無なぞ誤差の範囲である。

「粗相をしたお仕置きよ。これを嵌めなさい」

早苗の首から皮製の首輪を取り外し、代わりの首輪を早苗の首にあてがう。
インコの足輪から、ナイルワニの首輪に変わったかのような錯覚すら覚えさせる重厚な首輪だ。
さらにそこから太く長い鎖がつながっており、その先はさとりに握られている。
当然、早苗のようなひ弱な現代っ子に装備できるような代物ではない。
自然と早苗の首は、その首輪に引きずられ地に伏すこととなる。

「あぅっ!」

ドスンと鈍い音をたて、早苗は再び四つんばいの格好になる。
先ほどと違うのは首の位置。首輪に縛られ、腕をまっすぐ突く事さえ出来ない。

「あらあら可愛いわね。いいわ、そのまま少し待っていなさい。こいし」
「……うん」

動けない早苗を放置して、さとりとこいしは二人してテーブルで食事を始める。
静かな部屋には時折食器の音が響くのみ。
早苗は何とか首を捻じ曲げてご主人様に視線を向けるが、こいしの表情は窺い知れない。

「ふう、ごちそうさま。じゃあ、そろそろ貴方にもごはんをあげましょうか」

食事を終え、さとりがゆっくりと席を立つ。
早苗の前に立ち、薄ら笑いを浮かべると足元に置いてある器をつま先で早苗の鼻先へと押しやる。

「食べなさい」

器に盛られたペットフード。
押し付けられたそれを、早苗は信じられないもののように見つめ、涙を浮かべる。

「「くやしいっ、こんな奴に。でも今は耐えなきゃ、ビクンビクン」……ね
 ペットの分際で立派な精神をお持ちなこと」
「くっ!」

考えてしまった思考がさとりへと洩れ、早苗は首から引っ張り上げられてしまう。
小柄な少女の容姿をしていようともさとりは妖怪。この程度の首輪を持ち上げるのは容易い。

「生意気な目ね。ペットはもっとご主人様に媚びるものよ」

言い終わるや否や、早苗の頬に鋭い痛みが走る。
打たれたのだ。鎖を持っていない、空いた方の手で。

「ほら、やって御覧なさい」

さとりの暗い声が聞こえてくる。
早苗はその声を聞いて、恐る恐るさとりに振り向く。

「誰が怯えた目をしろと言ったの?」

返す手ではたかれる。
冷たい声が早苗の頭に響いてくる。

「違う」

また打たれる。
早苗がさとりに顔を向けるまで待って、さらに一発。

ぱん、ぱんと断続的な音が地霊殿に鳴り響く。
その中心には口元を吊り上げ、目を喜悦に歪める一人の妖怪と、彼女に弄ばれる一人の人間。
そして、その傍には黙々と食事を続けるもう一人の妖怪少女。

不可解な情景。だが、それも終わりを告げる。
頬を真っ赤に腫らし、涙でぐちゃぐちゃになった顔を向ける早苗にさとりが愛想を尽かしたのだ。

「もういいわ」

そう言って、鎖を持った手を離すさとり。
支えを失った首輪は、そのまま重力に従って落下する。

「あぐっ!」

ダンッと派手な音を立てて突っ伏す早苗。
その衝撃でペットフードがあたりに飛び散る。

「食べていいわ。次までに媚びることを覚えておきなさい」

興味が失せたとばかりに無感情な言葉を投げるさとり。
早苗の事を見ようともせずそのまま席に戻り深々と溜息を吐く。

「……食べないのかしら?」

しばらく、そのまま呆然としていた早苗に声がかかる。
この一言で早苗は我に返り、自分の状況を思い出す。
冷たい目をしたさとり、先ほどから自分を振り向こうともしないこいし。
……目の前に散らばる、ペットフード。
食べないといけない。食べなければ。
決意を固め、早苗は恐る恐る床に散らばる欠片に舌を伸ばし、咥える。

「おいしい?」
「……はい、おいしいです……」

この瞬間、早苗は何か大切なものを失ったと感じた。
今まで、このような屈辱を受けた事はない。
口で直にペットフードを食べるのは前からやっていたことだが、
このように、床に這いつくばって零れた餌を食べるのは初めての事である。
悔しくて、悲しくて、早苗の目から涙が流れる。
それでも一つ、二つと続けて口に入れていく。
先ほどまでの衝撃はもう感じない。
壁を越える、というのはそういうものである。

「ひぁっ!」

そんな早苗に、今度は上から冷たい液体が浴びせられる。
とっさに閉じた両目を幽かに開き、早苗はその液体の正体を確認する。

「忘れていたわ。よくやったペットにはご褒美に牛乳をあげないといけないのだったわね」

頭上から聞こえるさとりの声。
頭の先から足の先まで、全身くまなく牛乳を浴びせられる早苗。
だばだばと注ぐ音が次第に衰え、早苗の脇に空になった1L牛乳パックが見せしめのように置かれる。

「邪魔をしたわね、続けていいわ」

先ほどと同様、さとりはまったく抑揚のない声を発し、そのまま部屋を出ていく。
後に残されたのは早苗とこいしの二人のみ。
静寂に包まれる部屋に、それでもしばらくして音が戻り始める。
ぴちゃ、ぺちゃと、早苗が再び牛乳まみれの餌に舌を伸ばす音。

「……ごめんね、私がごはん食べるの遅いばっかりに」

そこへこいしの無感情な音が重なる。
だが、それは早苗の惨めな感情を増すばかりであり……

「もう一つ忘れていたわ」

ばたんと音を立ててさとりが再び部屋へと戻ってくる。
その姿にこいしがはっと顔を上げる。
早苗も、首こそ上げられないが顔と視線のみをさとりへと向ける。

「……おくう?」
「ええ、おくうよ」

さとりに連れられて来たのはさとりのペットの霊烏路空である。
早苗と同じく首輪をしているが、こちらは基礎が妖怪な為、難なく行動している。

「おくうの食事がまだだったわ。おくう、貴方の食事だけど今日は用意していなかったわ」
「……そうですか」

さとりの無遠慮な一言に怒りの声を上げるでもなくただしゅんとした様子を見せる空。

「だからね、早苗に分けてもらいなさい」
「え……?」
「ペット同士仲良く分け合いなさい。ほら、まだいくらか残っているわ。
 足りないようなら早苗にちょっと出してもらいなさい」
「……はい」

反抗するそぶりさえも見せず、こくりとさとりの言う事に従う空。
そのまま早苗の方にとてとてと歩み寄っていき……

「ちょっと待って!」
「なあに早苗?」
「そ、それはいくらなんでも」
「あなた、ペットの分際でご主人様に口答えするの? ちょっと躾が足りなかったのかしら」

必死の抗議を試みる早苗に対し、さとりは先ほどまでと同じ表情を覗かせる。愉快と、喜悦。

「あ、ぁ……」
「お姉ちゃん」

そこへ、こいしが割って入る。
意志薄弱な瞳で姉を見つめ、あくまで無感情に語りかける。

「食事中のペットにちょっかいを出すのは最低の嫌がらせって聞いたわ。
 躾なんて後でも出来るでしょう、食事くらい落ち着いて取らせて上げましょう」
「こいし……」
「さ、行きましょう。向こうでおとなしく待っていればいいじゃない」

こいしはぐいぐいと姉の背中を押し、部屋の外へ追いやる。
扉に手を掛け、最後に中にいる早苗と空に手を振って、閉める。

閉まった扉を見つめ、早苗はさとりが去った事に安堵をもらす。
助かった。これで終わった。
首が上がらず、全身牛乳まみれな状況が変わるわけではないが、
それでもさとりの存在に比べればたいした問題ではない。

「ひゃぅっ!」

だが、早苗は独りになったわけではない。
不意に頬を襲った感覚に可愛げのある悲鳴を上げてしまう。

「……空さん?」

どきどきしながら横を振り向く、そこには空がいる。
トロンとした瞳で早苗を見つめ、口元からはだらしなく涎が垂れている。

「早苗様……、空ね、おなか空いてるの。ちょうだい」
「空…さん?」

空の言葉に再び怯えの感情が滲み出してくる。
あわててあたりに視線を走らせて見ると、
先ほどまで周りにあった餌が一粒も見当たらない。

「あ……、全部食べ……、空さん?」
「早苗様……」

早苗の頬に両手を伸ばし、挟み込んで固定する空。
力なく空いた口から垂れる舌の先から、一滴の雫が糸を引いて早苗の口へと下りる。

「っ!」
「早苗様……、ちょうだい。あと、もうほんの少しでいいから……」
「あっ、やめ……!」

早苗は逃れようと首に力を入れるが、首輪と、空の両手に阻まれて動かす事が出来ない。
あわてて手で空を阻もうとするが体制が悪くうまくいかない。姿勢も変えられない。
そうしている間にも、空の倒錯し、欲に溺れた瞳に映る早苗の姿は大きくなっていく。
空と早苗、二人の鼻先が重なり、空の舌が早苗の硬く閉じられた唇のスキマへと触れる。
それでも互いの距離がそこで止まるという事はなく、そのまま空の舌は



「そこまでだぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぱちぇりっ!」

悲鳴にも似た叫び声と共にさとりさんの体が当社比三倍の三次元回転を披露しながら宙を舞います。
彼女にその運動エネルギーを与えたのは勇儀さんです。グーです。パーじゃありません。

「こここここここの破廉恥妖怪! さささっきから黙ってき聞いていれば調子に乗りやがって!」
「勇儀さん、勇儀さん、おさえて、おさえて」
「ここは恥隷殿じゃない、地霊殿だ! 勝手に大人の独演会を始めるんじゃない!」
「落ち着いて、落ち着いてください! あああ毀れてます、お酒毀れてますよ」

真っ赤な顔をしてさとりさんをがなりつける勇儀さん。
全身わなわなと震え、衣玖さんの言うように杯からパシャパシャとお酒が毀れてしまっています。
アル中です。痙攣起こし始めたら素直に救急車を呼ぶべきです。

「いいか、この私の前に立っていいのは清らかな乙女だけだ! 箒に乗ったハーフエルフなんてお断りだ!」
「勇儀さん勇儀さん! 落ち着いてくださいってば、どうどう!」

いきり立つ勇儀さんを衣玖さんは何とか押し宥めようとしますが効果がありません。
勇儀さんの首に巻きついた羽衣がたずなに見えるとかそんな事ありませんとも。

「……グ…ゴブッ」
「すごい、立った! さとり様が立った!」

血反吐を撒き散らしながらよろよろと立ち上がるさとりさん。
そのあまりの姿は空ちゃんや早苗さん、こいしちゃんに至るまで
がたがたと勇儀さんと衣玖さんの後ろで怯えさせてしまうほどです。

「ま……まさか一撃で五回分も持って行かれるとは思わなかったわ…」

幻想郷の少女たちは一回や二回被弾してもなんともありません。
ましてや今のさとりさんは生と死の境界プラスギャグ補正というチート状態。
すなわち残機八。五回なんてまだまだ。

「立つが良いさとり。ご覧の通り、今から貴様が挑むは無限の拳。恐れずして来い!」
「い……いや、その前に状況の整理をぶっ!!」
「すごい…、来いって言ったのに自分から行きましたよ」
「行くぞhentai王! 想起の在庫は十分かぁぁ!!!」
「ちょ……、ちょとまっがっ!」
「言い直したわ」
「言い直しましたね」

挑む気なんか1%も起こらない惨劇。
こんな血の雨地獄に好んで入って行こうだなんて奇特な考えの持ち主はそうはいません。
すなわち、衣玖さん空ちゃん早苗さんこいしちゃんはしばしブラッディレインの鑑賞会を楽しむのです。



「本当にごめんなさい、お姉ちゃんが粗相をいたしまして」
「いやいや、こいしちゃんは悪くないさ。悪いのはその変態妖怪なんだから」
「勇儀さん、そんなのでもこいしさんのお姉さまです。その言い方は無いのではありませんか?」
「たしかに、それはすまなかった」

モザイクがかかってもなお21禁な背景の下、こいしちゃんは古明地家の誇りをかけて平謝りです。
衣玖さんはいつも通り、勇儀さんは、なんていうかすごく鬼です。
空ちゃんと早苗さんは御幣や制御棒で21禁を突付いて遊んでいます。
地獄鴉や常識から解き放たれた風祝にとっては良い玩具。

「神職を出汁にネチョい妄想を展開するとはなんたる外道。普通私が攻めでしょう、常識的に考えて」

穏やかな顔で、だが手元は殺気に満ちている早苗さん。
一方の空ちゃんは無言でネギの如く制御棒を振り回しています。
制御棒は肉たたきにもなる。豆知識。

「ところで早苗さん、貴方は何故この地霊殿に?」
「ちょっとここの主人に挨拶をと思いまして」
「はあ、挨拶ですか」
「はい、これから長い付き合いになるかもしれないとのことで菓子折り持ってですね」

そう言って袖から菓子折りを取り出す早苗さん。地味に奇跡。

「そういうわけなのでこいしさん、これからどうぞよろしくお願いします」
「え、わたし? ……ええ、こちらこそよろしくお願いします」

結局招待してくれたこいしちゃんと挨拶を交わす早苗さん。
地下にもぐってきた意味はあんまりなかったようです。

「さて、では今度こそ本当にお暇することにしますね」
「すいません、たいしたもてなしも出来ずに」
「いえいえ、こちらこそ勝手に代行なんかしてすみませんでした」

お互いぺこりと頭を下げるこいしちゃんと衣玖さん。
こんな礼儀正しいあいさつは幻想郷で幻想入り寸前です。
こうして衣玖さん他は各自ようやく自分の居場所に戻っていったのです。





「計画通り」
「さすが紫様、汚い」

おぬしも悪よのうな紫といえいえお代官様には敵いませぬな藍様。
帰り道に寄った衣玖さんと早苗さんが帰った後の会話です。

「比名那衣天子が衣玖が帰ってこないと泣きついてきた時はどうしようかと思いましたがさすが紫様」
「うふふふふ、わざわざ子守をしてあげたんだもの。このくらいのリターンはあって当然」
「子守したのは主に私ですけどね」

地下深くで発生した惨劇の顛末。
事の次第を土産話として聞いて、紫は満足しきり。

「心を読む妖怪。自分が何でぼっちで引きこもりなのか忘れてしまったのかしらね」

心を読むがゆえに恐れられ、疎まれた妖怪。それだけ聞くと悲劇のヒロインぽいのだけれど。
と、広げた扇の向こう側でくっくっと笑う紫。

「引きこもった時点で所詮負け犬。あれならまだ心を閉ざして放浪している妹の方がましと言うもの」
「それでも、ずっと隠れているなら良かったんでしょうけどね」
「対策もせずに出てくるから悪い。自分の能力を本当に把握していたのかしらね」
「「考えている事が全て聞こえてきてしまう」、紫様の前でそんな事を言ってはね」
「何のフィルタも通さずに直接意識に流れ込む情報は恐ろしいわよ、ねえ藍」
「まったくですね、特に紫様の場合」

式神を自在に操る紫にとって、意味を持たせた情報を想像させるなど造作もありません。
後は媒体さえ居れば良かったのです。

「うまいこと地下の猫車を攫えて本当に良かった。
 猫の式なんて実績もあるかららくちんだったし」
「後は放して戻すだけ。式の通り考えて、それがそのままさとりに入る」
「そして、無意識のままに入ってきたプログラムの通り、朗読を開始する」
「まさか成功するとは」
「なあに、藍。貴方私を疑っていたの?」
「いえいえ、ただ本当に対策をしていなかったとは思わなかったので」

今時ファイヤーウォールを持ってないパソコンなんてありません。
その点で藍様の言っている事は至極当然。

「対策しているなら引きこもらないわ。それにホイホイ読んだ事を言う時点で既に怪しいのよ」

それぞれ実によく似合う微笑を浮かべる紫と藍様。どう見ても私怨です、本当に(ry





「ねえ、こいし。あなた心を閉ざしてよかったと思う?」
「どうしたのお姉ちゃん。いきなりそんなこと聞いて」

地霊殿。
今度は本当に管だらけになって布団に横たわっているさとりさんが呟きます。

「私はね、貴方の事を可哀想だと思っていたの。
 自分の心を閉じるなんて逃げだ、心が弱いんだって」
「お姉ちゃん」
「でも、今になって思うの。こいしは弱くなんてなかった。
 ……本当に弱かったのは私なんだって」
「そんな事ないよ、お姉ちゃんは優しいじゃない。私にペットだってくれたし」
「でも……、今思えばそれだって……。
 自分はこいしより上なんだ、可哀想な妹を気遣ってやってるんだって言う虚栄心でしか……!」

震え、音程の定まらない掠れた涙声でさとりさんは自分を貶めるのです。

「さとり様、お加減いかがですか」

そこへ入ってきたのは燐ちゃん。
あの後こっそりさとりさんを猫車に乗せようとしていたところをこいしちゃんに見つかり大目玉。
憑いた式まで見つかり、風呂桶へ放り込まれて全身水洗いの後雑巾絞りでお毛毛総立ち。

「っ!」

そんな燐ちゃんを見てか細い悲鳴を上げるさとりさん。

「さとり様?」
「……やだ」
「どうされました? さとり様」
「やだっ! こないでっ!」

怯えの色も明らかにさとりさんは燐ちゃんを拒絶します。
いまいち状況のわかっていないこいしちゃんはさとりさんの不自然な行動の意味を掴めません。

「お姉ちゃん、お燐がお見舞いに来てくれたのよ。そんな事言わなくても」
「くるなぁっ!!」

金切り声を上げ枕を燐ちゃんに投げつけるさとりさん。
そのままいろんな管引きちぎってでも逃げようとするさとりさんをこいしちゃんが必死に押しとどめます。

「嫌だ! こないで、……いやぁ、ききたくない。一人にしてお願い……」
「お姉ちゃん……」

効果がないことがわかりきっているのにそれでも両手で耳を塞ぐさとりさんを見て、
こいしちゃんもようやくさとりさんが何に怯えているのか当たりがつきます。

「お姉ちゃん、お燐に憑いていた式はもう剥がしたわ。
 もう意識を読む事で動かされる事はないから安心して」
「うそ……、うそよ。こいしもそんな事言って私を騙そうとしているんでしょう」

取り付く島もなく床に突っ伏して泣く姉を見て、こいしちゃんは燐ちゃんに目配せするのです。

「……わかりました。しばらく博麗神社にでも行っています」
「うん、ごめんね」

すごすごと引き下がる燐ちゃん。
猫車を引いてはいけません。

「いや、もういや……。私もこいしのように心を閉じたい……」
「お姉ちゃん!?」
「ねえ、私も心を閉じたら外に出れるかしら、人の心に怯えずに生きていけるのかしら……」
「ばかっ!」

無理矢理さとりさんを引き起こして自分の方を向かせ、こいしちゃんはさとりさんの頬を張るのです。

「お姉ちゃんの馬鹿! どうしてそうなるのよ」
「だって、だってもう嫌なのよ。誰かに嫌われるのも、独りぼっちになるのも……」
「だからってなんでお姉ちゃんまで心を閉じようとするのよ、そんな寂しい事言わないでよ」
「そんな事言って、こいしは寂しいなんて実際は感じないんでしょう? ……羨ましい」
「お姉ちゃんってば!」

ひときわ大きな声。
その、妹の意外な大声にさとりさんはゆっくりと顔を上げるのです。
途端に、頬を濡らす何か。

「こい……し?」
「お姉ちゃんまでそんなのでそうするのよ! もっとしっかりしてよ!」
「あなた……、泣いているの……?」

こいしちゃんの目から、頬を伝って流れる一筋の雫。
それがさとりさんの頬に落ちてきていたのです。
その雫に微かに残るこいしちゃんの体温は、
めぐりめぐってさとりさん自身の涙として再び表に現れるのです。

「心を閉じるのは弱いからだってお姉ちゃん言っていたじゃない!
 お姉ちゃんは弱いの!? 違うでしょう! 私のお姉ちゃんは強いんだから!!」
「……こいし、こいしいぃぃぃぃ……」
「お姉ちゃんっ……」

ぼろぼろに泣き崩れながらお互いに抱きしめあう古明地姉妹。
この、暗く寂しい場所だった地霊殿もこれから少しづつ変わっていくのかもしれません。





「ふむ、ちょっと薄かったですかね」
「ふmふm、……んー、確かにちょっと薄味ね」

三度変わって天界非想天。
高台に敷かれたレジャーシートの上で衣玖さん達はお食事中なのです。

「いやいや、こういう薄いおむすびもなかなかにお酒の味を引き立ててくれるものさ」
「まったくだね、少なくとも酒以外のものがあるというのは大きい事だよ」
「それで衣玖、このヒト誰?」

一緒になって衣玖さんと天子ちゃんの横で宴会をしているのは勇儀さんと萃香さんです。
久しぶりに会ったということもあり、二人はお酒が進んでいます。

「地底で出会った鬼さんです」
「ふーん」

今更一人でも二人でも変わりません。

「おかーさん、あーん」
「ああ、はいはい。あーん」

もむもむ

「……で、そっちは」

震える指でおむすびを租借する空ちゃんを指す天子ちゃん。

「可愛いでしょう」
「うにゅ」

天子ちゃんの問いに空ちゃんを抱きしめながら返事をする衣玖さん。
そのだらしない笑顔にゆがんだ表情は馬鹿親そのもの。

「あまりに可愛らしいものだからお持ち帰りしてきました」
「うにゅぅ~」

すりすりと顔を衣玖さんに埋めて全力で甘える空ちゃんに天子ちゃんの怒りは有頂天に達するのです。

「いいいいいい衣玖、やっぱり動物は自然に返してきた方が良いんじゃないかしら」
「あーん」
「はい、あーん」
「人の話を聞きなさいよ!」

ぜえぜえと荒い息を吐く天子ちゃん。高山病でしょうか。

「いえいえ、この子に関しては餌付けを守矢の神様から任されていまして」
「そういうことだよ、わたしはおかーさんに餌付けをされているのさ。邪魔をしないでもらえる?」

空ちゃんの勝ち誇ったような顔を見て、想像を絶する悲しみが天子ちゃんを襲います。
表情が七変化し、最後に何か決意を秘めたような目つきになります。

「な、なによ」

そんな天子ちゃんに少しばかりびびる空ちゃん。天子ちゃんガン無視。

「衣玖」
「はい?」
「あ、あーん」

……………。

目を瞑って衣玖さんにあーんをする天子ちゃん。
無為な時間が流れ、天子ちゃんのあごが疲れてきた頃に
ようやくおむすびがその小さな口に放り込まれるのです。

「うむうむ。どうだ!」

カッと目を見開いて勝利ポーズな天子ちゃん。かっこいい。

「うんうん、とっても可愛らしかったわよぉ」

ところが目の前にいるのはスキマ妖怪。
ニヨニヨと胡散臭い笑いをうかべお弁当用のバスケットまで携帯しています。
もはや胡散臭い通り越して不気味なレベルですが多分そんなことはありません。

「愛に飢えているのね、天子ちゃん。いいわ、私がたっぷりと与えてあげましょう」
「全力でお断りしたいのですがどちらで受け付けておられますでしょうか」
「残念ながらここまできたらキャンセルはできないんだ。付き合うから我慢しなさい」

諦め一色な声とともに藍様に捕縛される天子ちゃん。

「さ、いっぱいあるわ。遠慮せずにお食べなさい」
「まあ、とりあえず座りなさい。疲れるよ」
「おお、この稲荷寿司美味しい」
「そうだろうそうだろう。お前も式神やってみる?」
「藍、猫と鴉同時に飼う気?」

ほぼ簀巻き状態にされた天子ちゃんに自由はありません。
凹凸が少ないから縄抜けとか簡単なんだろうなぁ、いやなんでもない。

「衣玖!? 衣玖どこに行ったの!? いくぅーーー!!」

非想天に響き渡る悲壮な叫び。帰ってくるのは風の音。
そんな天子ちゃんの泣き声をBGMに衣玖さんは一人離れて一休みをするのです。



よく慣れ親しんだ天界の空気。
そよそよとそよぐ心安らぐ空気を胸一杯に吸い込んで、
衣玖さんは地霊殿のさとり姉妹の事を思い起こすのです。

見た記憶もないはずなのに、とても仲良く暮らしている姉妹を想起する衣玖さん。
その情景に頬を緩め、衣玖さんは温かい心で騒がしい宴会の中へと戻っていくのでした……。












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- 相変わらず、この人のSSは好きだ  -- 名無しさん  (2009-06-12 14:00:52)
- にしても衣玖さんってあんまいじめられてないような  -- 名無しさん  (2009-06-13 18:42:31)
- 衣玖さん虐めてないじゃないかwww &br()しかし面白かったからおK  -- 名無しさん  (2009-06-14 18:29:39)
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