【消去】 「美鈴、また居眠りってどういうこと?」 「ひっ!す、すいません咲夜さん……今後気をつけますから!」 「黙りなさい」 「…っ!」 十六夜咲夜のナイフが紅美鈴に飛ぶ。 それはメイド長が昼寝をしていた門番を仕置きするという、紅魔館ではいたって日常化した光景であった。 「あなたいっつもそればっかりじゃない。反省する気はあるのかしら?」 「ごめんなさい……その、疲れてて……あっ!も、もちろん咲夜さんと比べたら全然ですが!」 美鈴が慌てて訂正するがもう遅い。 咲夜のナイフが美鈴の下腹部めがけて飛んできた。 「ぐっ!!」 「当たり前でしょ、わかったら以後気をつけなさい。ま、期待してないけどね」 「は、はい……」 「本当に、なんであなたをお嬢様はクビにしないんでしょうね」 「……」 その言葉を捨て台詞に咲夜は門を去っていった。 その後に門番隊の面々が美鈴の元へ集ってゆく。 「大丈夫ですか隊長!」 「え、ええ……大丈夫……」 「全然大丈夫じゃないです!毎日毎日、あんなに隊長をいじめて……隊長がみんなの影でどれくらい頑張ってるか知らないから!」 「いいのよ……咲夜さんはただ、真面目なだけだから……」 「だからって……」 門番隊は美鈴を気遣うが、美鈴は気丈に振る舞う。 中には今にも泣き出しそうなものもいた。 しかし美鈴は何事もなかったかのように立ち上がり、 「ほらほらみんな。早く配置に戻って。仕事はまだ終わってないわよ」 そういって集まってきた部下たちを配置に戻す。 いつもと変わらない笑顔で。 今夜は満月か。 久々に雲ひとつない夜だ。 お嬢様も喜ぶだろう。 そしたら咲夜さんに紅茶を入れてもらいながら優雅なひと時を過ごすんだろう。 ……咲夜さんのことは嫌いじゃない、嫌いじゃないけどな。 彼女は私のことを見てくれていないんだろうな。 どうとも思ってないんだろうな。 いくら私が頑張ったって、いくら辛くったって、彼女には伝わるわけないもんね。 どんなに精一杯働いたって、どんなに命がけの戦いを終えたって、帰ってくるのは割りに合わない冷たい仕打ちばかり。 表情にださないから伝わらないのは当然だ。 でも、辛いものは辛い。 苦しいものは苦しい。 泣きたいときは沢山ある。 そして、憎いものは、憎い。 ああ、また汚い感情が私を支配しようとする。 どうすればいいんだろうな、いつまでたっても消えないよ。 こんな感情、抱いちゃいけないのに。 消したいのに消えない、色々試したけど、またすぐ甦る。 もう嫌だ。 何もかもが嫌だ。 誰か、助けて。 ……そうだ。 ならば、 いっそ、 消してしまえばいいんだ。 私、自身を。 美鈴は咲夜が忘れていったナイフを取り出し、 自分の首に当てて、 そして 「今度、美鈴に長い休日を与えようと思うの、最近彼女働きづめだし、あなた、ろくな休みも彼女に与えてないじゃない?」 レミリア・スカーレットは満月を眺めながら紅茶を飲み、咲夜に伝える。 「いりませんよ、真昼間に自分の仕事を放棄して居眠りしてるんです。あまり働いているようには思えません」 「……はぁ」 レミリアはため息をつき、ティーカップを置き、咲夜に言った。 「咲夜、あなた美鈴に厳しすぎるんじゃない?」 「え?」 思わぬ言葉に咲夜は困惑する。 「そうですか?当然の対応だと思いますが」 「あなたねえ……美鈴が嫌いなの?」 「い、いえ。そういうわけではありません。ただ、仕事は仕事、しっかりするべきだと……」 確かに美鈴のことは嫌いではない。 彼女はまだ紅魔館に慣れていない頃に話しかけてくれた数少ない妖怪なわけで。 むしろ好意は抱いているのだが、ただ、公私混同は良くないと思っているわけで……。 「それにしては美鈴のことが分かってないじゃない」 「それは一体どういうことですか?」 「門番隊はね、夜中こそが本当の仕事なの。夜中になれば身をわきまえないような低級妖怪が群がってくる。それを紅魔館の敷地に踏み入らせないのが彼女らの仕事。 美鈴はね、その最前線で常に頑張ってるの。つまり、眠る余裕が昼しかないの、夜に寝てたらいつ襲われるか分からないしね。 特に最近は、あなたが休暇を与えないから随分参ってる様子だったわ」 「……それじゃあ、いままで私がしてきたことは……」 「単なるいじめね、いつか自分で気づくとは思ってたけど、結局言われないと分からなかったわね」 「……私、明日美鈴に謝ってきます」 「……そうしなさい、明日からあなたにも休暇を与えるから、温泉にでも行って来るといいわ」 「……はい」 私は今までなんて愚かだったのだろう。 明日、地面に頭を擦り付けても彼女に謝ろう。 そして、二人で温泉に行って、ゆっくり話して、これからはちゃんと彼女のことを理解してあげよう。 そう決意した、そのときだった。 「た、大変です!隊長が……隊長が!!」 ただならぬ様子で門番隊の副隊長をしている妖精が部屋に駆けつけてきた。 「どうしたの!」 レミリアが素早く反応する。 「首の血管を自ら切って…それで、それで、真っ赤になって倒れて……うわああああああああああん!!」 「落ち着きなさい!咲夜、あなたの力で早く彼女を永遠亭に!」 「は、はい!」 そして咲夜が部屋から出ようとした瞬間、さっきまで泣きじゃくっていた副隊長が、まるで深い井戸を思わせるような瞳で咲夜を見つめて、呟いた。 「お前のせいだ……お前の……!」 咲夜は一瞬立ち止まりそうになったが、状況を考え、無視して美鈴の元へ向かった。 翌日、永琳と優曇華による必死の治療によって一命をとりとめた美鈴を、咲夜、レミリア、そして門番隊を代表して副隊長が見舞いに行った。 さすが妖怪といったところか、その回復はなかなか早いらしい。 他の門番隊も行きたがっていたが、多人数での押しかけは他の患者の迷惑になるということなので、代表して副隊長が行くことになった。 病室には既に永琳と患者服をまとって首に包帯を巻いた美鈴がベッドに入って上半身を起こしていた。 「皆来たわね。実は問題が……」 永琳が言葉を発する前に咲夜は美鈴のそばに駆け寄る。 「ちょっと!?」 「よかった……よかった……生きてて…ごめんなさい……本当にごめんなさい……」 咲夜は美鈴の手を握って泣きながら謝罪した。 その咲夜を見て、美鈴は不思議そうに言った。 「おねえちゃん、誰?」 「……ご覧の通りよ」 永琳は話す場所を診察室に変えた。 咲夜は放心状態のままレミリアに連れてこられぐったりとした様子で椅子に座っている。 門番隊副隊長は奥のほうで壁に寄りかかりながら泣いている。 唯一まともに会話できる状態のレミリアが永琳に聞いた。 「つまり、美鈴は心が子供の頃に戻ってしまったというわけ?」 「そんなところね。正確に言えば、幼児退行と心因性、つまりストレスによる健忘症を併発した状態ね。思考、行動が幼児そのものになって、さらに周りのことを一切覚えていない厄介な状態よ。 一応言語や技能は忘れてはいないけど、その他は子供の頃に逆戻りしてしまった状態ね」 「どうしてこんなことに……」 「妖怪は精神を主としているから、精神的なダメージがモロにくるのよ。今まで積み重なっていた過度なストレスが、今回の自殺未遂につながり、更に精神の異常を誘発したんでしょう。 あなた一体彼女にどんな仕事させてたの?」 「わ、私は別に……」 その会話を聞いて、咲夜はハッとなる。 私は気をつかって笑う彼女の表面しか見ていなくて。 内心彼女がどれだけ苦しんでいるかも知らずに、彼女に激しい懲罰を与えて……。 今までのことから考えて、責任が自分にあるのは明らかだ。 つまり、私が美鈴をこんなにまでした……? 鋭い視線を感じて後ろを振り向くと、副隊長が、前日と同じ、いや、さらにそれに憎しみの炎を灯した視線でこちらを眺めている。 咲夜にはその視線が、何よりも苦しかった。 レミリアは永琳と今後について会話を続けている。 「それで、私たちはどうすればいいの?」 「できれば永遠亭でゆっくり治療したいところだけど、もしそっちで彼女を連れて帰って生活させて、元いた環境に触れさせて記憶を戻すという手もあるわ。 ただ、後者のほうは手早く済むかもしれないけど、その分、思い出したくない記憶も思い出して、また自傷行為を行うという危険性もある。選ぶのはあなたたち次第よ」 「そうね……咲夜、あなたはどう思う?」 「私……ですか……?」 咲夜は主に意見を聞かれ困惑する。 「そう、今回の件はあなたに責任がある。だからこそ、どうするかはあなたが選びなさい」 「私は……」 彼女をここに預けて安全に治療するべきか。 それとも、危険を承知で美鈴と向き合い、治療していくか。 そして咲夜の出した答えは―― 某日、紅魔館。 天気は生憎の曇りであったが、彼女たちにはそのようなことは関係なかった。 「はい、花で作った首飾りよ、どう?気に入った美鈴?」 「うん、ありがとう!さくやおねえちゃん!」 咲夜は美鈴を紅魔館に連れて帰る選択をした。 なぜその選択にしたかは咲夜もはっきりとは分からなかった。 贖罪のつもりなのか。 それとも逃避のためなのか。 はたまた、やり直そうとでもしているのか。 とにかく、美鈴を紅魔館に連れてきたことは事実ではあった。 記憶をなくした美鈴は相手に気を使うこともなく、常に素の状態で周りと接した。 美鈴は全てを忘れ心だけが子供となったことにより、今までの苦しみから解放されていた。 美鈴の目的はある意味達成されたのだ。 そんな美鈴を見たび、咲夜は心が締め付けられるような気持ちになった。 このままのほうがいいのではないか。 そのほうが、お互い幸せなのではないだろうか。 何度そう思ったことだろうか。 でも、こうした原因は自分自身にあるから、そんな無責任なことも言えず、どうしていいのか分からなかった。 「それじゃあ美鈴、私はこれから仕事がありますので」 「うん、がんばってね!」 美鈴はそういうと元気に紅魔館のほうに駆けていく。 それを見送った後、咲夜は門の前へと移動した。 「うっ!!」 「ほらほら何皆の見えるところで寝てるんですかメイド長?これじゃあ隊長を説教できませんねえ?」 咲夜は門番隊に頭から水をかけられて目を覚ます。 どうやらうっかり時間を停止するのを忘れていたらしい。 咲夜は美鈴が帰ってきてから、責任を感じたのか自ら志願して門番の仕事も兼任するようになった。 それは思っていた以上にハードな仕事であり、さらに門番隊によるいじめも日常的に行われていた。 咲夜は門番隊にとっては隊長を『殺した』張本人である。 許せるはずがなかった。 あるときは全ての仕事を自分ひとりに押し付けられた。 あるときは見えないところから石を投げつけられた。 あるときは泥水をかけられた。 しかし咲夜は耐える。 それは美鈴に自分がしてきたことに比べれば、まだまだ軽いものだから。 そしてその仕打ちが、咲夜に罪悪感と美鈴を元に戻さなければいけないという使命を思い出させる。 「それじゃあ、ちゃあんと仕事してくださいよ?いまだに隊長も元に戻らないし、もうしばらくは頑張ってもらうことになりそうですから、ね?」 「……ええ、分かったわ」 「……フン」 そうすると門番隊は自ら配置に戻っていく。 門の前に立ち、独りになった咲夜は思う。 私は果たして美鈴に戻ってもらいたいのだろうか。 それとも、あのままがいいのだろうか。 美鈴と一緒に過ごしているとこのままがいいと思う。 いじめられてるときは戻さなくてはいけないと思う。 結局私は、自分勝手なことしか考えられない。 分からない、どうすればいいのか。 何が最善なのか。 どうすれば美鈴は救われるのか。 どうすれば私は救われるのか。 苦しい。 辛い。 もう嫌だ。 誰か、助けて。 ……そうか。 私がいるからいけないんだ。 私自身が不幸の元凶なんだ。 ならば いっそ 消してしまえばいいんだ。 不幸の、元凶を。 咲夜はナイフを取り出し、 それを自らの手首に押し当てて、 そして - 咲夜さんの自殺未遂のショックでめーりんが記憶戻して無限ループですね、わかります -- 名無しさん (2009-08-25 22:10:00) - いや、わかってたならレミリアも言っておくべき &br()だったと思う -- 名無しさん (2009-08-26 00:33:03) - イイヨイイヨー -- 名無しさん (2009-08-26 02:06:45) - 咲夜さんは人間だし永遠亭まで介抱する人いないからこれでエンドだよ -- 名無しさん (2009-08-26 23:49:51) - こういう誰も幸せにならない話は大好きだ -- 名無しさん (2009-08-29 22:23:23) - 残された美鈴がどうなるかだな -- 名無しさん (2010-03-24 13:02:53) - というか手首切っても失血死位でしか死なないよね &br()放置してたら血も固まるし、手先が壊死する位で終わるんじゃね? -- 名無しさん (2010-04-01 02:39:10) - リストカットは本当に死にたい奴はしないらしい &br()つまりそういうことだ -- 名無しさん (2010-04-01 21:41:41) - 咲夜は人間だからこの後はたぶん… -- 名無しさん (2010-08-22 15:14:30) - めーりんが記憶取り戻してキレるんじゃないかな -- 名無しさん (2010-08-29 18:19:39) - 咲夜さん死ぬのか? -- 名無しさん (2011-03-28 12:33:40) - これ、一番悪いのはレミリアじゃないのか?美鈴の働き過ぎに気付いていたのに放置しておいて、手遅れになったら責任の全てを咲夜に押し付けて。 -- 名無しさん (2011-04-21 12:02:16) - やはり紅魔館メンバー誰をいじめても &br()結局はレミリアいじめになってしまうww -- 名無しさん (2011-04-21 13:56:32) - 美鈴は好かれるなぁ -- 名無しさん (2012-12-22 13:58:21) - >リストカットは本当に死にたい奴はしないらしい &br() &br() &br()リストカットで自殺する人多いんですけどねえ -- 名無しさん (2013-04-25 22:30:13) - これさくやが悪いんやん -- 名無しさん (2013-04-25 22:30:31) - 咲夜の自業自得 ざまあですね -- 名無しさん (2013-12-21 00:14:54) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)