「 …間もなくだわ 」 夜明け前の暗い空に、一人の妖怪が憂いの顔で空を眺めていた。 「 間もなく幻想郷のパワーバランスが著しく崩れだす… 霊夢には、少し辛い未来が待っているでしょうけど 」 その目に浮かぶのは一つの決意。 「 幻想郷の為にも、霊夢の為にも… 博麗の巫女として、あの子の地位が揺るぐ事はあってはならない。 既に兆候が表れている筈… 急がなくてはいけないわね 」 妖怪・八雲 紫は傘を翻すとスキマの中へと消えていき、その直後に朝日は昇りだした。 神社に飛び交う弾幕の嵐。 その神社の巫女と至って普通の魔法使いが、弾幕ごっこの真っ最中だった。 「 っ くぅ…! 」 「 どうした霊夢、そんな顔をして! 腹でも下したかぁ? 私はまだスペルの半分も使っちゃいないぜ!! 」 チリチリと弾の擦れる音が響き渡る。 それは狙ったグレイズ… などではなく、紙一重のギリギリで霊夢がどうにか避けている為のもの。 「 この…っ 調子に乗ってんじゃあないわよ!! 」 「 何だそりゃ 」 力任せの弾幕を、結界を使い正面から押しのける。 しかしその場凌ぎのボムなどが魔理沙に届く筈もなく 「 しまっ… 」 いない。 まばゆい光を抜けた先に、魔理沙はいなかった。 「 マスタースパークを真正面から受けとめてくれるなんて嬉しいぜぇ、霊夢!! そらっ 」 「 うぶっはぁっ!! 」 ぼふん 背後から現れた魔理沙に目を向けた瞬間 霊夢は魔理沙の尻に顔をめり込ませた。 「 決着だぜ霊夢 」 「 …はいはい、負けたわ。負けましたー 」 「 これでまたお前の飯が食えるな、憂い限りだ 」 「 『し』が抜けてるわよ馬鹿 」 「 それは まった 」 「 だから『し』が抜けてるわよ馬鹿 」 あんたが飯を作ると大概キノコになるから別にいい。 と返しながらも 霊夢は内心、若干の動揺を感じ始めていた。 魔理沙が強い。 ここ最近、自分の勝利を数えてみると明らかに勝率が減ってきている。 先ほどの敗北も含め、これで5連敗。 たとえ体調の優れない時であれ、これまで魔理沙にここまで勝ち星を奪われた事はなかった筈だが… 「 …あんた、最近何か特別な事してる? 」 霊夢はつい、普段は絶対に聞かない様な事を呟くように言った。 「 あー? いや、何にもしてないぜ。 強いて言うなら、私はいつだって特別だな 」 「 そ 」 聞いた自分が馬鹿だった。 こいつは自分が努力だの特訓だのしていたって、それを言う様な奴じゃないのだから。 すると 「 ……霊夢。 お前こそ、最近私に気でも使ってるんじゃないのか 」 「 は? 」 予想だにしない事を聞き返された。 怪訝な表情で魔理沙の顔を見る。 その顔は、真剣そのものであった。 「 お前最近、動きが明らかに鈍ってるぜ。 …もしかしたら、私に気を使って手を抜いてるんじゃないだろうな。 だとしたらやめてくれ。 …そんな事されたって、何の意味もないし私が惨めになるだけだろ 」 唐突に自分のまったく考えもしない事について「やめてくれ」と言われても。 霊夢は珍しく焦った。 「 い、いや何言ってんの。 してないわよ。 私はあんたが最近強くなってて、驚いてる所なのに 」 「 ……はは。 そうか、ならいいんだぜ。 飯食ったら、もう一度弾幕(スペカ)らないか 」 真剣だった。 安心させてほしいと言っていた。 誤魔化す事なく いつもの霊夢の強さで、いつも私の目標で、いつも私の前にいるお前の本気と戦いたい。 彼女はそう訴えていた。 「 解ったわ 」 霊夢の周りの空気が変わった。 思わず魔理沙が身構える程の迫力。 「 私は今まで決して手を抜いてた訳じゃない。 …あんたが強くなってるのはよく解った。本気の全力の全開であんたを叩き潰してやるわ 」 「 ……それでこそ、私の求めていた霊夢だぜ 」 「 気持ち悪いわよそのセリフ 」 「 誤解はお前の心がそう取るから生まれるんだぜ 」 和やかな食事を終えてしばらくした二人は 再び神社で向かい合った。 「 全力で来い、霊夢!! 」 「 3秒で終わっても文句言うんじゃねーわよ!!! 」 霊夢は負けた。 先ほどよりもあっさりと。 全力などと実に馬鹿馬鹿しい事で いままで力を温存していたのはむしろ魔理沙のほうであった。 「 なるほど… な。お前の気持ちはよくわかったぜ霊夢 」 「 う、嘘よ。ちょ、ちょっとタンマ今の無し、幻想郷じゃ今のノーカンだから… 」 手を握りしめて震える魔理沙に、霊夢は必死に 待った を宣言した。 「 つまり… 私なんかに全力出すなんて馬鹿馬鹿しくてやってられないから適当に遊んでるだけって事なんだな…! そうだよな、私を、努力を馬鹿にして、お前は昔からそういう奴だったもんな! 」 「 いや、違うからね!? 何か勝手に私が悪者にされてるけど、私全力だったからね!? 」 あたふたと潔白を主張する霊夢に対し、魔理沙は怒鳴り散らして背を向けた。 「 もういい、言い訳なんて聞きたかないぜ!! 」 「 いや、私ほんとに 」 「 待ってろよ霊夢。二度と私を馬鹿に出来ないようなスペルを考えてくるからな!! 」 目にも止まらぬスピードで飛び去った魔理沙を 霊夢は膝を付きながら見送るしかなかった。 「 何よ…何だってのよ… 」 努力なんて報われないと思っていた。 頑張るあいつを、友達だと思いながらも馬鹿にしていた。 事実、魔理沙は弱かった。それなのに… 「 博麗の巫女たるものが、何たる有様かしら霊夢 」 「 !? 」 妖怪、八雲 紫の声がした。 「 嫌な奴に見られてたわね 」 「 あら、恥ずかしがる事ないわ。 今の結果は私の予想通りだもの 」 胡散臭く笑うニヤついた顔は、生理的な嫌悪を誘う。 「 あんたは良いわね。そうやって何でも後から『解ってましたー』って言えばいいキャラなんだもの 」 「 ちょっと止めてくんない。その言い方やめてくんない? 」 ぶんぶんと扇を振るって否定する紫に、霊夢はうざったそうに あっちいけ と手の平を振った。 「 今日は調子悪いのよ。 あんたの相手してる気分じゃないの 」 「 いやいや霊夢、『今日も』 でしょ 」 霊夢の手が止まった。 「 ……… 」 「 最近、負け続きなんでしょ? 私は訳を知ってるわ 」 「 根拠はあるの? 」 「 勿論。 今の貴女は、あの白黒は勿論、氷精にだって絶対に勝てないわ 」 「 チルノに? ……冗談キツいわ 」 「 本当に、そう思う? 」 なぜか、否定はできなかった。 霊夢のカンが告げている。 「 ……いったいどういう事なの? 私の力が衰えてるの…? 」 「 遠からず、近からず、間違ってもいなければ正解でもないわ 」 「 うざったいのよその言い方!! 頭良いんなら単刀直入に相手にモノ教える事も上手であるべきじゃないの!? 馬鹿なの!? 」 「 勿論、できるわ。 貴女をからかっているからこんな言い回しなのです 」 口元を扇を隠し、ニヨニヨとした目でこちらを伺う。 人が弱ってると知って調子に乗りやがって。 「 そんな事言って、ほんとはあんたも原因掴めてないんでしょ 」 「 む、ちゃんと、ちゃんと把握してるわよ 」 ふくれっ面を見せる紫。似合わないその顔が余計に霊夢の神経を逆撫でし、声を荒げる。 「 言いなさいよ、言ってみなさいよ、言えないんでしょ! 言えないわよね、分かったフリしてるだけだもんねアンタ!! 」 「 言えるわよ、言ってやるわよ、貴女をからかってただけだもん! 」 スキマから出て地に足を付け、ようやくその全身が露わになる。 「 話も進まないし、原因を教えてあげるわ 」 「 前ふり長いのよ殴るわよ 」 紫は、霊夢に扇を突き付け、問うた。 「 貴女が強いのは…何故? 」 「 は? 」 質問の意味がよく解らない。今は強くない。 紫は続けた。 「 運に恵まれ、才能に溢れ、何の努力も無しにあらゆる事が出来て、人に好かれ、世界に好かれる特別な存在。 ……貴女はなぜ、そうなの? 」 「 だからそういう謎かけみたいなのはもう… 」 面倒くさそうに返そうとした霊夢を、紫は制した。 「 答えなさい 」 何故。 「 ……私って、そんなにすごいの? 」 率直に返した素直な言葉。霊夢の本心だった。 その瞬間、紫は満面の笑みで霊夢を見た。 (にこにこ) 「 な、何よ、気持ち悪い 」 唐突に紫は、霊夢の鳩尾を扇の柄で突いた。 「 ごふっ!? が、 かはっ、げほっけほ…! な、何を…! 」 「 あらごめんなさい、年甲斐もなく少しイラっときちゃいまして 」 「 何、けほ 何だってのよ!! 」 霊夢を軽蔑した顔で見た紫は語った。 「 貴女は幻想。貴女は憧れ。貴女は外の世界の理想の存在。 何の努力もせずに最高の才能に溢れ、誰からも好かれる…そんな存在でありたい。 そんな人々の理想、幻想… それが貴女に与えられた力なのよ、霊夢 」 「 …… 」 「 幻想郷は外の世界に大きく依存し、影響を受ける世界… ここまで言えば、貴女は薄々感じ始めたんじゃないかしら? 」 「 つまり、『才能』が 現実に…? 」 紫は頷き、若干の憂いを見せた。 「 外の世界では、『才能』の存在が一般的になりつつあるのよ。 生まれつき成功する者は決まっていて、成功する人間は全て才能に恵まれたからで 自分たちが努力しても決してたどり着けない存在なのだ と 」 霊夢は、魔理沙の顔を思い浮かべた。 何故かは解らない。 「 才能は確かに存在するわ。 ふふ、ですがその開花は努力によって齎される。 何の努力もなしに高い所へたどり着く事など出来ないというのに 外の人間は愚かにも、『才能』の幻想を現実のものと思い始めたみたい。 自身が努力という苦行から逃れる為に、『才能』という幻想を隠れ蓑にする事で ね 」 愚かな外の世界の人間たち。 霊夢は、自分の顔を思い浮かべた。 何故かは 解らない。 「 うふふ、霊夢。 努力をする事なくダラダラと過ごしてきた貴女は、幻想の加護を失った今 ただのグータラでやる気のない、巫女服を着てるゴミクズなのです 」 「 いらっ 」 紫のあんまりな言い草に、思わず手を振り上げる霊夢。 「 …あら、何その顔は? ゆかりん、ほんとの事を言っただけなのにぃ 」 「 要するに、努力をしてなかった私は今やザコ同然って事よね 」 その通り、と優雅にほほ笑む紫。 「 今や『努力の存在』が外の世界で幻想になりつつある。 …ふふ、今まで散々才能に頼り切った者共は 今の貴女と同じように戸惑っている事でしょうねぇ 」 「 つまり、努力してないあんたも弱体化してるって事じゃないのよ!! 」 霊夢は札を腕に握りしめると、思い切り紫の腹に拳を突き付けた。 「 はい? 」 「 なっ 止めた!? 」 紫はあっさりと霊夢の拳を受け止めると、その拳を恐ろしい力で握り絞めた。 紫の表情は、みるみる恐ろしい形相へと変わっていく。 「 霊夢ゥ… アナタ私が普段、幻想郷の為にどれだけの努力をして、どれだけ色々な所を這いずり回ってるかを解っていないようねェ… 」 「 いっ あだだだだだだ!!いぃぃ痛い痛い痛い!! ギブ、ギブギブギブ!!! 」 人の苦労も知らずに、とため息を吐き 霊夢をポイと地面に投げ倒すと、厳しく霊夢を叱りつけた。 「 あんま調子扱いてっと”真剣(マジ)”で”排除(ツブ)”しちゃうわよ 」(ビキィッ 「 それ解る奴、今あんまりいないでしょ… 」 「 あら 」 投げやりな口調で霊夢は泣き言を漏らす。 「 じゃあ、私にどうしろってのよ… 巫女を交代しろっていうなら私は別に構わないわよ 」 「 いいえ霊夢。貴女は巫女を続けなくてはならない 」 「 でも… 」 紫は、優しげに笑みを浮かべると霊夢にそっと手を伸ばした。 「 魔理沙…あの子は強くなった。努力してきたから。 今までの努力が実ったから。 …これからも彼女は努力して、また貴女に会いに来る 」 「 …… 」 「 霊夢、貴女もこれから努力しなくてはならないわね 」 「 ……え 」 紫の手を取りかけていた霊夢は手を止めた。 「 え、特訓とか、頑張ってやるの?私が? 」 「 そうよ霊夢。 …も、勿論、貴女のコンビとして私も、その、手伝ってあげない事もないわよ 」 頬を染め、もじもじと体を動かす紫。 気持ち悪い。 「 え、無理よ 」 「 …… 」 「 無理無理無理無理、そんなの無理よ紫! だいたい私、努力とか無駄って思ってるキャラなのに そんな事したら設定変わっちゃうじゃない!! 頃合いだし巫女交代っで事でもう… 」 「 霊夢ゥ… 」(ビキィッ 「 いだだだだだ!! 痛い痛い痛い!! 」 霊夢の隙間を縫うように紫の体が絡み付く。 間接技を極められた霊夢の絶叫が、夜の神社に響き渡った。 「 さぁ霊夢、うさぎ跳びよ!! 」 「 これ、弾幕とか霊力と関係あるの…? 滅茶苦茶腰に悪そうなんだけど… 」 「 大丈夫よ。 努力の表現は出ているから、きっと効果がある筈 」 膝を曲げ、手を後ろに回し、飛んで前に進む。 ほんの少し進んだだけで、霊夢の体力は大きく消耗する。 「 ぜはー… ぜはー… いっ つ…腰痛いコレ… 」 「 さぁ、霊夢行くわよ。私も付き合うわ 」 「 妖怪のあんたと私じゃ体力に差違うんだから、ちょっとはハンデ頂戴よぉ… 行くって、この体制で…? 」 「 そう遠くまでいかないから安心なさい。博麗神社の階段を、これで登ればおしまいだから 」 「 無理無理無理無理!! 」 「 霊夢ゥ…!! 」 「 いだだだだだだだだ!! 」 楽園の素敵な巫女、博麗 霊夢。 霧雨 魔理沙と並び、彼女の強さは幻想郷で健在だった。 誰にも真似できない程の努力と、厳しすぎるまでの生活。 だが、それでも幻想郷でかつて振っていた力に追いつくには程遠い。 それほどまでに怠惰だった霊夢。そのツケが今、回ってきているのだから。 修行は、まだまだ終わりそうにない。