人間と動物の境界は、文化の有無だという。 動物は、狩る、喰らう、殖える―――生きる為に必要な事だけを備えている。 動けぬ仲間を助ける事はしない。 飢えれば共食いもするし、我が子でさえ喰らう。 これに比して人間には、積み上げた文化から生まれた慈愛の心、互助の念といった概念が有る。 だが現実はどうだ。 これが、私が愛し、護ろうとしてきた人間の所業なのか。 慧音は小屋の中を見回す。 自分を中心に、身を寄せ合うようにして震える大勢の幼子達。 立て付けの悪いこの小屋では、既に間近に迫っている冬の寒さを凌ぐには、余りにも頼り無い。 歴史書、教養書、詩集……慧音は手元の書物を炉に投げ入れる。 これらは食べ物と交換できずに残った物。 食料だけでなく燃料も貴重だから、こうして燃やして出来る限り切り詰める。 飢饉に際し、口減らしの為に我が子を捨てる。 人間といえども、暮らしが逼迫すれば文化さえ失い、動物へと還っていくのだろうか。 燃えていく教養書を見ながら、何とも言えない虚しさに胸が染まる。 ただ、生活・採集の為の実用書だけは残した。 無事に冬を越したら、この子供達に生きる術を教えなければならない。 家財道具と衣服は、防寒用の物を除いて全て食べ物に変えた。 それでも大勢の子供達の口をまかなうには絶望的なまでに、足りない。 霊獣ハクタクの角を二本、魔法使いに差し出した。 霊毛とも言える髪を、人形使いに渡した。 私の申し出に彼女達は驚き、躊躇ったが 私が受け取るのを躊躇ってしまう程の、沢山の食料を分けてくれた。 それでも、まだ、足りない。 これ以上、私が差し出せるものといえば――― 慧音は立ち上がる。 不安げに下から見つめてくる幾つもの小さな瞳。 服の袖を掴んで来る幾つもの小さな手。 また捨てられるのではないかと、不安なのだ。 「大丈夫だ。必ず戻って来るから、みんな良い子にしてまっているんだよ」 * 買い手は、すぐに、大量に見つかった。 里の守護者として知られている慧音。 そういった畏敬の念や、半人半獣である事を、時々ふと忘れてしまう程に、この娘は凛々しい美しさを備えていた。 慧音の姿を見る為に、彼女が開いている寺子屋に顔を出す若者も少なくない。 だが純朴なこの娘は、そのような邪な若い衆の視線に気づく事も無く 教養を身に着ける事は良い事だと、嬉々として講義をしていたのだった。 その慧音が、男に体をひさいているという。 「あの慧音様が……。」 ただでさえ飢饉で鬱屈としていた里の男達である。 「あの慧音様を……。」 なにか、神聖なものを汚す様な背徳感に、誰もが顔を紅潮させて生唾を飲み込む。 下腹部にたぎる熱い泥の様な欲望を、誰も抑えられようはずが無かった。 * 「ほんとうに…動物と、大差が、無い、ものだな…」 自分の全てを、手放してしまった。 もう、自分には、本当に何も残っていない。 食料が詰まった大きな麻の袋を担ぎ、慧音は灰色の雪空を飛ぶ。 途切れそうになる意識が、痛みで身体に引き戻される。 やがて、力無い足取りで、子供達の待つ庵に辿り着いた。 「済まなかったな、みんな。 待たせてしまった…」 こんな事は経験が無かったから、思っていたよりもかなりの時間がかかってしまった。 戸口を開けた慧音の姿を見て、子供達の沈んでいた表情が、灯りをともしたように明るくなった。 おかえりなさい、そう口々に叫びながら、子供達が慧音の身体に飛びついてくる。 受け止めきれずに尻餅をつく慧音を、幾つもの幼い笑顔が取り囲んでいた。 ああ、そうか。 私は全てを失ってなどいなかった。 こんなにも沢山の、命と笑顔に、囲まれているじゃないか――― ---- - 献身ネタは一番胸にくるな… &br()涙が -- 名無しさん (2008-12-15 01:01:49) - けーね… -- 名無しさん (2009-03-12 05:59:41) - 誰だ!?けーねをこんなにしたのは!!? -- 名無しさん (2009-10-08 15:36:22) - ↑すまん。俺だ。 -- 名無しさん (2010-03-04 00:11:07) - しょうがねえ &br()取って置きの取って置きをこっそり家に置いておくか -- 名無しさん (2010-03-04 00:52:02) - ↑↑よしいいか絶対そこから離れるな今お前の息の根を止めてやる -- 名無しさん (2010-03-04 15:05:35) - けーねが優しすぎる… -- 名無しさん (2010-03-06 08:11:14) - この後子供たちが妖怪に食い荒らされてバッドエンドな -- 名無しさん (2010-03-06 18:07:30) - ↑多分それに直面したけーねは発狂するな。 -- 外道 (2010-03-06 19:07:45) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)