「君と従者 その1:24スレ132」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
君と従者 その1:24スレ132」を以下のとおり復元します。
「うん・・・」
「あら?咲夜、気が付いたの?」
ベッドの上で目覚めた咲夜に、パチュリーが声をかけた。

「痛っ・・・!」
咲夜の頭に激痛が走った。触ってみると包帯が巻かれているらしい。
「あまり動いちゃ駄目よ。命には別状はないって医者は言ったけど。」
「私、お嬢様を連れてきますね。」
そう言って小悪魔が飛び出して行った。

「あの・・・ここは・・・?」
「医務室よ。貴女、丸一日気を失ってたのよ。」
「医務室・・・?私は一体・・・?」
「まだ頭がハッキリしてないみたいね。それ、レミィにやられたのよ。」






---前日の深夜---
「クソッ、小鬼が・・・満月の夜には覚悟しておけよ・・・」
館の者達が寝静まった頃、レミリアがこっそり帰宅していた。
出掛ける時もこっそり抜け出したのだから、一人きりの外出だった。
「大体、霊夢も・・・折角この私が遊びに来てやったと言うのに・・・」
不機嫌そうに独り言を繰り返すレミリア。
誰にも気付かれないまま着替えを済ませ、眠りに就こうとしたのだが・・・

「お帰りなさいませ。こんな夜中にどこへいらしてたのですか?」
寝室の前で咲夜に見つかった。
恐らくはレミリアが帰るまで張っていたのだろう。
「別に?ちょっと散歩していただけよ。」
レミリアは無愛想にそう答えると、寝室のドアを開ける。

「・・・!お嬢様!その格好は一体!?」
暗くて分かり辛かったのだが、レミリアの様子がおかしいことに気付く。
服がボロボロに破けていて血まみれだ。
「何でもない。下がりなさい、咲夜。」






事の真相はこうだ。
レミリアは博麗神社に夜這いをかけに行った。
しかし、母屋の前で萃香に見つかったのだ。
そこでちょっとした口論になり、二人は決闘を始めた。

ほぼ互角の勝負だったが、勝ったのは萃香。
巨大化してレミリアを思いっきり踏み潰したのが決まり手だ。
吸血鬼か蓬莱人でもなければ間違いなく即死していただろう。

「はは、今回は私の勝ちだな。」
萃香が息も絶え絶えのレミリアの前で勝ち名乗りを上げる。
「くっ、図に乗るなよ・・・小鬼。」
肉弾戦で負けることはレミリアにとってはかつてない屈辱だ。
吸血鬼のプライドが悲鳴を上げている。

「あんた達、今何時だと思ってるのよ?」
突然上空から静かな、しかし怒りに満ちた恐ろしい声が聞こえた。
レミリアがここに来た理由、博麗霊夢がそこにいた。
「人が気持ちよく眠っている時にドカンドカンと・・・何考えてるのかしらね?」
楽園の素敵な巫女の顔に般若の形相が浮かび上がる。
鬼とも妖とも違う殺気が二人を襲う。

「いや、ゴメン霊夢。まさか起きるとは思わな・・・ブギャッ!」
慌てて取り繕う萃香の額に針がクリーンヒットした。
「安眠妨害は立派な異変よね・・・退治するわよ?」
ビリッ!
霊夢がお徳用煎り豆の袋を開けた。

「いや・・・その・・・私はただ、こいつが夜中に忍び込んでくるから・・・」
「問答無用!」
「うぎゃぁぁぁl!!!」
霊夢が萃香に思いっきり豆を投げつけた。

続いてレミリアを睨み付ける霊夢。
「ま、待って霊夢。私は遊びに来ただけ!
 小鬼が喧嘩吹っかけてきたからやっただけよ。」
「そもそも夜中に来るな!!」
「うがぁぁぁぁ!!!」
まだ傷も癒えないレミリアにも、容赦ない鉄槌が下された。

「ほら!子供は!!早く!!!寝ろ!!!!」
「や、やめて!霊夢!」
「ちょっと!酷いじゃない、霊夢!」
二人に豆を投げつける霊夢に手加減はない。

「早く!家に帰って!!咲夜の子守唄でも!!!聞いてなさい!!!!」
今夜の霊夢の怒りは本物だ。
結局、レミリアは逃げるようにして神社を後にしたのだ。






「お嬢様、一体誰にやられたのですか?」
「誰でもいいでしょ!?いいから、あなたは早く寝ろ!!」
小鬼に負けた上に、愛しの霊夢にこっぴどくフラれたのだ。
傷は治りつつあったが、プライドはボロボロだ。
こんなことは家臣に言える筈がなかった。

「いえ、よくありませんよ!何があったのです?」
しかし、夜中に主君が失踪したかと思えば、手傷を負って帰って来たのだ。
従者たる咲夜にとっては到底見逃せることではない。
寝室に入ろうとするレミリアを咲夜が引きとめ、ついに揉みあいになった。

「うるさいなぁ。本当に何でもないって!傷だってすぐに治るよ!」
「そうは行きません。またこのようなことがあっては困ります!」
「だから!全て咲夜には関係のないことよ!
 それより早く寝なさい!明日の仕事に響くでしょ!?」
「駄目です。お嬢様が話してくれるまで眠りません!」

「いい加減に・・・しろ!!!」
ドガッ
「きゃぁ!!!」

レミリアが思いっきり咲夜を突き飛ばした。
玩具のように吹っ飛んだ咲夜は廊下の壁に激突し、そのまま倒れこむ。

「咲夜、あなたはおせっかいが過ぎるのよ。
 こうでもしないと分からないのかしら?」
咲夜を叱責するレミリア。しかし、咲夜からは何の反応もなかった。

「ねぇ・・・?聞いてるの?」
近寄って話しかけるが、ピクリとも動かない。
そうしていると、新鮮な血の匂いがレミリアの鼻腔をくすぐった。
咲夜の頭が見る見る赤く染まっていく。
「ちょっと・・・咲夜・・・?」






「つまり突き飛ばされて頭を打ったんですか・・・?」
「そうよ、軽い脳震盪だって。本当に覚えてないの?」
「すいません、何も思い出せません。」
「全くレミィにも呆れるわよね。手加減なしなんだから。」
パチュリーが呟く。

「あの・・・状況がよく分からないのですが・・・」
パチュリーはそれなりに分かりやすく説明したつもりだが、
それでも咲夜は混乱しているらしい。
「まだ頭が働いてないのね。一度精密検査を受け・・・」
「そもそも、あなたは誰ですか?」

「へ・・・?」

「ここはどこの医務室ですか?それにさっきの『レミィ』というのも誰です?
 そんな人、知りませんよ?」
「・・・」

「あと・・・もしかして『咲夜』って私の名前ですか・・・?」

「咲夜・・・あなた・・・もしかして・・・」



コンコン・・・「入るわよ?」ガチャリ
「あ、レミィ。」
レミリアが小悪魔と美鈴を連れて部屋に入ってきた。
そして咲夜の前に立ってこう言った。

「全く、だらしないわねぇ。
 ちょっと小突いただけなのにこんなになるなんて。
 だから人間って使えないのよ。」
(・・・)
悪態をつくレミリアを咲夜はじっと見つめている。

「まぁ・・・でも今回のことは私にも悪いところは・・・」
レミリアが遠まわしな謝罪しようとしたその時・・・
ガタン!!
突然ベッドから咲夜が飛び出した。
そして机の上に置いてあったハサミを手に持ち、身構える。

「この傷、あなたがやったのね?」
責めるような口調でレミリアを威嚇する咲夜。
「何よ、怒ってるの?」
そう言ってレミリアは咲夜に詰め寄ろうとするが・・・

「来ないで!来たら・・・刺すわよ!!」
咲夜が声を張り上げる。その顔は本気で警戒している顔だ。
紅い瞳がレミリアを睨みつけている。
従者の予想外の行動にレミリアは一瞬唖然としたが、すぐに怒りが湧き上がってきた。

「へぇ・・・面白いじゃない。何をするって・・・?」
「本当に刺すわよ!」
しかしレミリアは警告を無視してにじり寄る。
どうやら、咲夜が単純に怒っているだけだと思っているらしい。

「別にいいわよ?あなたに刺せるものなら刺してごらん・・・グゥッ!」
宣言通り、ハサミはレミリアに投げつけられた。
それは右膝に深々と刺さり血があふれ出す。

「ふぅぅん・・・本当に刺すんだ・・・まさか、あなたがねぇ?」
正に火に油、主君の怒りは一気に最高潮まで跳ね上がり、
部屋中にピリピリとした殺気が漂い出した。

「でもこんなものが私に効くとでも思っているのかしら?」
そう言って膝に刺さったハサミを抜き出し、握りつぶす。
すると膝の傷は見る見るうちに塞がっていくではないか。
「な?傷が・・・塞がった!?」
見慣れたはずの吸血鬼の再生能力に素直に驚く咲夜。

「当然よ。私を誰だと思っているのかしら?
 どうやらよっぽど重症、元々悪かった頭が更に悪くなったらしいわ。」
「こ、来ないで!!」
咲夜が部屋の隅へと逃げる。

「やめなさい、レミィ!今の咲夜は・・・」
「パチェは黙って!こいつに自分の立場って奴をもう一度思い知らせてやる!!」
怒りに我を忘れたレミリアにはパチュリーの言葉は届かない。
もう咲夜に謝罪しようとした気持ちすらどこへやら、だ。

「出来の悪いメイドは、主がちゃんと躾けないとね・・・」
そう言うとレミリアは目にも止まらぬスピードで襲い掛かってきた。
そして壁際に追い詰めた咲夜の首根っこを掴み、片腕一本で持ち上げる。

「ぐぅ・・・あ・・・」
「ねぇ、咲夜?どんなお仕置きがいいかしら?
 今日は特別コースでやってあげるよ。」

「お嬢様、落ち着いてください!」
「邪魔よ!!」
「きゃぁ!」
止めに入った美鈴を、もう片方の腕で吹き飛ばす。

「あぁっ、はっ・・・離してっ・・・」
首を締め上げられた咲夜の顔が見る見る内に鬱血していく。
「そうね・・・もう一回強打すれば、もうちょっとマシな頭になるかしら?」
レミリアが腕を大きく振りかぶる。
そして咲夜の顔に張り手が放たれようとしたその時・・・

ザパーン!
二人の頭上から滝のような水が降ってきた。
「あ・・・あ、力が・・・」
どうしたことか、レミリアは急に力を失い倒れこんだ。

「だから待ちなさいって言ったじゃないの、レミィ。」
間一髪、パチュリーの詠唱が間に合ったのだ。

「がはっ、ごほっ、ごほっ!!」
「あの、大丈夫ですか?咲夜さん。」
解放され咽び込む咲夜に、美鈴が心配そうに声をかけた。

「だ、大丈夫よ。あなたは?」
「大丈夫です。私は傷一つありません。」
「そう・・・さっきはありがとう。」
「いえ、大したことでは・・・」
「ところで・・・あなたは誰?」
「へ・・・?」






「・・・ごめんなさい。全く覚えてないです。」
「そうですか・・・」

調べてみたところ、やはり咲夜は記憶を失っていた。
常日頃、顔を突き合わせている紅魔館の住人の、誰一人として覚えてない。
自分が何者なのかも覚えてない。
かつて巫女や魔法使いが攻めて来たことも、遅い春のことも、明けない夜のことも、
花の異変も、宴の異変も、気象の異変も、月へ行ったことも、
...そして初めて紅魔館に来た時のことさえも。

先程レミリアに対して取った行動だって、
パチュリーの話から『レミィ』という人物が自分に害なす者だと判断した結果だ。
彼女が吸血鬼で自分の主だったことなど、今教えられて初めて知ったのだ。

「それにしても、ちょっと想像がつきません。
 私がここのメイドで、あいつに仕えていたなんて。」
咲夜を刺激しないよう、レミリアには退室してもらっている。
「全部本当よ。私たちは嘘は言ってない。」

「ところで時間は止められる?」
「ちょっと待って下さい・・・止まりました。」
その手にはパチュリーと美鈴の帽子が握られていた。
「こっちは問題ないみたいね。記憶が無くなっただけか・・・。」
二人は咲夜から帽子を受け取り被り直す。

「それにしても・・・何ですか?二度目の記憶喪失って・・・
 普通は一回限りで済むものなんじゃないですか?
 それも一回目の記憶が戻らないうちにまた無くすなんてありえませんよ。」
それを聞いた美鈴は思わず噴出しそうになったが、
本気で項垂れる咲夜を見て黙り込んでしまった。

「取り合えずしばらくここで療養ね。どうせ他にやれることもないでしょ?」
「はい、何とか早い内に思い出すようにします。」
「焦らないでゆっくり思い出しなさいよ。」



「・・・信じられない。どうせただの演技よ。」
「本当よ。よく分からないけど、記憶が飛びやすい体質みたいね。」
パチュリーは咲夜の様子を確かめた後、それをレミリアに報告した。

「いい?よく考えて見なさい。
 あなた相手にハサミを投げる必要は無かった。どうせ通用しないんだから。
 それをご丁寧に膝に向けて投げつけた。つまり動きを止めようとしたの。
 これはあなたが吸血鬼だと知らなかったからよ。
 それにさっき窓際じゃなくて壁際に逃げていた。
 吸血鬼相手なら誰だって日なたに逃げる。」

「だから、それも含めた上の演技だって。
 私への仕返しに記憶を無くした振りをしてるのよ。」
 
「それは無いわね。本当にそうなら、あそこまでやる必要は無い。
 演技であなたを怒らせたら元も子もないことくらい咲夜なら分かる。
 更に言うと、私まで騙す必要はない。
 むしろ、私に協力を仰った方が遥かに賢明よ。
 第一、丸一日の気絶から目覚めてすぐにそんなアイデアが浮かぶかしら?」
それを聞いて納得したのか、レミリアは黙り込んだ。

「それにしても・・・いくらなんでもあの態度は無いじゃない。」
「しょうがないじゃない。自分を突き飛ばしたあなたを敵だと思ったのよ。
 元はと言えば、あなたが蒔いた種よ。」



「あの・・・ちょっといいですか?」
二人の会話を聞いていた美鈴が手を上げた。
「咲夜さんの記憶を戻すなんて簡単じゃないんですか?
 お嬢様の運命操作とか、パチュリー様の魔法とかで・・・」

「いい質問ね。美鈴、ちょっといい?」
「え?はい。」
「これ、グチャグチャに捻じ曲げてみて。」
レミリアがそう言って渡したのは鉄製のステッキだった。

「で、でも・・・?」
「いいから、早くやりなさい。」
「は、はい。」
美鈴がステッキに力を込める。
いとも簡単にそれは捻じ曲がった。

「もっとよ、もっとやりなさい。」
「あ、はい。」
グニッ、グニッ
流石、怪力の美鈴だ。もはやステッキは原型を留めていない。

「これでいいですか?」
「そうね。それじゃ次は、そのステッキを元に戻してみて。」
「ええー!?」
元に戻せと言われても、力任せに滅茶苦茶に捻じ曲げたステッキだ。
到底、元通りになるとは思えない。

「う・・・この・・・くそっ・・・」
引っ張ったり、叩いてみたりで悪戦苦闘の美鈴。
「まだまだ、さっきはもっと真っ直ぐだったわよ。」
主の無理難題に何とか応えようとする美鈴だが・・・
ボキィッ「あっ!」
無理な力を咥えたせいで、ステッキは折れてしまった。

「ほら、曲げるのは簡単だけど元に戻すのは難しいでしょ?
 運命も一緒よ。
 一度変わったものを無理やり元に戻そうとしても、どこかで無理が生じるの。」
それだけ言ってレミリアはステッキを受け取った。

「言っておくけど、私にも無理よ。」
「パチュリー様の魔法でも出来ないのですか?」
「だって、記憶を取り戻す魔法に必要な魔道書はネズミに取られたもの。
 前の咲夜が記憶戻したいって言ってこなかったから、そのままだったけど。」

「だったら魔理沙に・・・」
「『無くした』って。絶望的よね。」
「・・・」
「つまり私たちが今出来る最善の策は時間をかけてゆっくりと見守ることね。」

「ま、心配しなくてもいいんじゃない?
 最悪、記憶が戻らなかったとしても初めて会った時からやり直しになるだけよ。」
レミリアがいかにも楽観的に言う。

「そういうものなんですか?」
「考えて見なさいよ。あいつの居場所はここしかないのよ?。
 確かにしばらくは不便かもしれないけどね。
 分かったら持ち場に戻りなさい。」
「は、はい。失礼します。」

「あ、そうだ。美鈴。」
「何ですか?」
退室しようとした美鈴をレミリアが呼び止めた。
「このステッキの弁償代、夕飯から差し引いておくから。」
「ええー!?」



「・・・『最悪でも、またやり直せばいい』ね・・・」
美鈴が去った後、パチュリーがそう呟いた。
「何よ?何かおかしいことあるの?」
「そもそも肝心の最初が随分違うよね。
 第一印象って結構大事よ?」

「パチェ・・・心配する気持ちは分かるけど、結論は一緒よ。
 『あいつの居場所はここだけ』。」

「・・・そんなに自信があるなら、心配いらないわね。
 疲れたから私はもう寝るわ。」
そう言ってパチュリーは部屋を出た。






咲夜が記憶を無くしてから1週間経ったが、未だに症状に改善の兆しは無い。
美鈴や小悪魔達が愛用のナイフや毎日使っていたキッチンなどを見せて回ったが、
その全てが初めて見るように思えた。
咲夜の中では、どうしても美鈴達の言う『咲夜』と今の自分が全く一致しなかった。



「良かった。紅茶の味は変わってないみたいね。」
「そうですか?」
「そうよ。前と同じで凄くおいしい。」
「はい、ありがとうございます。お嬢様。」
感情のこもってない感謝が返ってきた。

紅茶を淹れる咲夜と、紅茶を飲むレミリア。
一見以前と同じ光景に見えるが、変わったことが1つある。
それは咲夜の忠誠心だ。

初めて会った時に襲われた。
その時に美鈴にまで手を出している。
そもそも、事の発端はレミリア。
第一印象は最悪だった。
それからはレミリアに暴行されることも無かったが、
彼女への不信感はそう簡単に拭えるものではなかった。
もはや咲夜にとって、レミリアは恐ろしい暴君でしかない。

出来れば従いたくはない。
従いたくはないが、従わなければまた怒りを買ってしまう。
だから今はレミリアには嫌々従っている。
なるべく会わないようにしている。
一緒にいる時は彼女の機嫌を損ねない事だけを考える。
可能な限り窓際に立ち、いつでも日なたへ脱出できるようにしている。
しかし、そんな態度こそ主君の機嫌を損ねるのであった。

「ねぇ、まだ何も思い出せないの?」
レミリアは苛立ちがこもった口調で聞いた。
「はい・・・申し訳ございません、お嬢様。」
「全く・・・困るわよね。いつまでこんな調子なのかしら?」
咲夜は『自分だって早く思い出したいのに・・・』という言葉を飲み込んだ。

「ところで、咲夜。このあといいかしら?」
「はい?」
「これからちょっと出かけようと思うんだけど、お供してくれるかしら?」
「私が、ですか?」
動揺を隠し切れない咲夜。

「あら、嫌なのかしら?」
その口調は苛立ちの色が更に濃くなっている。
「いえ、朝にお嬢様に申し付けられた仕事がまだ残ってますので・・・」
咲夜は慌てて言い訳をする。

「いいのよ、まだ色々と大変だろうから午後の仕事はもういいわ。」
「分かりました。お供します。」
そう言われたら観念するしかない。

「まあ、私のお供もメイド長の大事な仕事よ。
 前はあなた、私が来るなって言っても勝手に付いて来たのよ。
 どうせ覚えてないだろうけど。」

「本当ですか・・・?」
思わずそう返事してしまった。

「咲夜、私を疑うの?」
ほんの微かだが、レミリアの苛立ちが更に強くなったような感がある。
「い、いえ!私はただ・・・」
咲夜は少し焦ったが、今の返事だけなら何も問題はなかっただろう。

「・・・ねぇ、咲夜?今なんで一歩下がったの?」
「え・・・?」
自分でも気が付かなかった。
しかし確かに一歩だけ後退していた。
つまり今、咲夜の体は日なたの中にいる。
これはレミリアにとっては自分を拒絶したことと一緒だ。

「あの、すいません。お嬢さ・・・」
「もういい。朝言った仕事、私が帰るまでにやっておけ。」
「・・・はい。」

結局レミリアは一人で外出した。
とは言っても、行く当てなんてない。
そもそも、咲夜と二人きりで話をしようとしていただけなのだ。






「咲夜さん、もう仕事始めてるのですか?」
「ええ、痛みはすっかり引いたわ。」
小悪魔は給湯室で、紅茶を片付けに来た咲夜と鉢合わせた。

「いえ、体の方じゃなくて・・・やっぱり気持ちが落ち着かないんじゃないですか?」
「お嬢様がね、『仕事しながら思い出せ』って。
 それにしても、朝に今日の仕事のメモ見せられた時はビックリしたわ。
 私ってよっぽど扱き使われてたのね。」
「ははは、普通はそう思いますよね。」
咲夜の顔も少しほころんだ。

「ところで小悪魔、どうしても聞きたいんだけど・・・」
「何ですか?」

「私って・・・本当に自分から望んで働いていたの?
 実は無理やり働かされていたとか・・・」
「いえ、望んで働いてましたよ。特にお嬢様には絶対の忠誠を誓ってました。」

「でもお嬢様に結構酷いことされてたりしてなかった?」
「あ、いえ!そんなことは・・・その・・・それほど頻繁には・・・」
「他の妖精メイド達の様子見たら分かるわよ?」
「う・・・」
小悪魔はしばらく黙り込んでしまった。

「あ・・・あの!
 お嬢様は確かに勝手で我侭で乱暴でカリスマ足りないところもありますが・・・」
「いや、そこまでは言ってないけど・・・」
「う・・・」
小悪魔は再び黙り込んだ。

「でも私もそう思うかな・・・」
「咲夜さん・・・?」
「ねぇ・・・私ってどうしてそんなに忠誠を誓っていたの?
 今の私が気付いてない魅力があるの?それとも前の私が盲目だっただけ?」
「・・・」

「あの・・・」
小悪魔が搾り出すような声で答える。
「お嬢様ってああ見えて結構いいところあるんですよ・・・
 色々腹立つところもありますが、どうかお嬢様を見捨てないで下さい。
 お願いします。」
最後に深々と頭を下げた。

「・・・分かった。頑張ってみる。」
それを聞いた小悪魔の表情が明るくなった。

「ところで・・・あなたの名前は教えてくれないんだったよね?」
「はい。契約の関係で私の名前はパチュリー様にしか教えちゃいけないんですよ。」
「でも『小悪魔』って呼びにくいわよね?」
「そうですか?」
「出来ればあなたをあだ名で呼びたいんだけど・・・いいかしら?」
「あだ名って、例えばどのような・・・?」

「そうね、『こあくま』だから・・・『くまちゃん』とか。」
「・・・やっぱり咲夜さんはお嬢様のメイドですね。」
「え!何で?」
小悪魔はこみ上げて来る笑いを抑えるのに必死だった。






事件の日から1ヶ月ほど経った。
咲夜も紅魔館での生活に慣れては来たが、肝心の記憶は一向に戻らない。
同様に、レミリアと咲夜の関係も未だに修復されてなかった。
二人とも何とか和解しようとはしているのだが、
些細なことでも歯車が噛み合わない擦れ違いが続いている。

短気なレミリアが悪いのか、咲夜が心を閉ざしているのか。
大事なところで咲夜に素直になれないレミリアと、
レミリアの言動にいささか過剰に反応してしまう咲夜。
信頼関係を失った二人の雪解けは遥か遠くに感じられた。



「おい、そこの白黒。」
「あ、レミリア。お邪魔してるぜ。」
「随分久々ね。てっきり二度と来ないものだと思ったけど、喜び損だったわ。」

霧雨魔理沙の侵入は実におよそ2ヶ月ぶりだ。
とある事情により、すっかりご無沙汰していた。
もっとも、それは本来の姿を失った紅魔館にとっては喜ばしいことであったのだが。

「で、泥棒の現役復帰ってわけね。」
「いや、今日はそのつもりじゃないぜ。」
「どうかしらね?」
魔理沙の手には分厚い本が抱えられている。
どうせ犯行直後なのだろうとレミリアは思った。

「泥棒しない泥棒さんがうちに何の用よ?」
「そうだな・・・例えばメイドのお茶をご馳走になったり。」
「あら、残念ね。悪いけど咲夜は今、買出し中よ。」

「ん?しばらく来ないうちにシフトが変わったのか?」
「どういう意味よ?」
「そろそろティータイムだろ?だから態々この時間帯に来てやったんだぜ?」
「・・・別に。急用って奴よ。」

もう魔理沙が知っている紅魔館のティータイムは失われて久しい。
何しろ館主とメイド長の会話が殆ど無くなっているのだ。

「そうか、残念だな。」
「分かったら、とっとと帰れ。ついでに門番にキツい一撃を忘れないように。」
「まあ用が済んだら帰るぜ・・・あ、そうだ。」
魔理沙が何か思い出したように、ポンと手を叩く。

「霊夢がお前のこと心配してたぜ。」
「霊夢が?」
「そう、1ヶ月前のあの日から神社に来てないそうじゃないか。
 もし良かったら様子を見に行ってくれって。」

こんなことがあったので、例の夜のことなどすっかり忘れていた。
もちろん、神社に遊びに行くような余裕も無かったし。

「まあ、このところ忙しかっただけよ。別に私に問題はないわ。
 あと、ついでに伝えといて。気になるなら自分で来い。寂しいなら素直に言えって。」
「了解。伝えておくぜ。」

レミリアはそうは言ったが、霊夢が気にしてくれたことは内心では嬉しかった。
思い切って霊夢に今の悩みを相談してみるのもいいかも知れない、とも思った。

しかし、今の魔理沙の言葉に一つおかしな所があることに気が付く。
「・・・ちょっと待って、今何て言った?」
「???了解って。」
「その前よ。」
「もし良かったら様子を・・・」
「もっと前!」
「一ヶ月前のあの日から・・・」
「はい!それよ!!」

「『あの日』って何の日のこと?まさか霊夢から何か聞いたとか・・・?」
「い~や、霊夢は特に何も言わなかったぜ。」
「そう、だったらいいのよ。」
レミリアは胸を撫で下ろした。
どうやら霊夢は気を使ってくれているらしい。
こんな奴にあの出来事を知られたら、たまったものではない。

「だから萃香に聞いたぜ。」
「は?」
「あいつ正直者だからな。全部喋ってくれた。」
「・・・」

「いや~。お前も災難だったな。萃香には踏まれるし。
 挙句の果てには霊夢に追い出されたんだって?そりゃ一生ものの赤っ恥だな!」
「・・・・・・」
レミリアの脳裏に一度は忘れかけた忌々しい記憶が蘇る。
しかも、よりによってこんなゴミクズに知られるなんて悪夢という他が無かった。

「それにしても天狗に見つからなくて良かったよな。
 もしあんなことが記事にでもなったら悲惨だったよな。
 『夜の王、夜這い失敗で鬼と巫女に凹られる!』
 『敗北と失恋のWパンチ!泣いて帰った吸血鬼!』
 そんな記事が出回ったら、もう幻想郷を歩けな・・・」

「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・急用を思い出した。帰るぜ。」
「待ちなさい。」

喋りすぎた、と思った時にはもう遅い。
魔理沙をかつて無いほどの恐怖が襲う。

「ねぇ、魔理沙。久々に会ってこんなこと言うのも何だけど・・・」
「て、手短に頼む。」
「私、ずっと前からあんたのこと殺したかったのよね。」
「とっくに知ってるぜ・・・」






「ねぇ、美鈴・・・美鈴ったら。」
「ムニャ・・・うん・・・ハッ!
 す、すいません!少しだけウトウトしてました!」
「わぁっ!急に大声出さないでよ。」
美鈴が目覚めると同時に叫び出すので、咲夜はビックリしてしまった。

「すいません。でもこれは決してサボってる訳ではなくてですね・・・」
「いや・・・サボってたのは別にいいけど・・・」
咲夜の返事は実に予想外だった。

「ええ?本当にいいんですか?」
「だって本当に害のある奴なんて滅多に来ないんでしょ?
 仮に来たとしても、お嬢様が一番強いんですもの。」
「はい、確かにそうですけど・・・」

美鈴は以前とは真逆の咲夜の言葉に困惑する。
この時だけではない。あれから咲夜から叱られることも無くなった。
嬉しいことではあるが、どこかで寂しさも感じる。

「ええと、やっぱり居眠りがバレるとお仕置き?」
「あ・・・まあ、前はそんなこともありました。」
「そう・・・あなたも大変なのね。」
執行人はお前だなんて、口が裂けても言えそうに無い。

「ところで、これから買出しですか?」
「ううん。たった今、買出しから帰ってきたところよ。」
咲夜が買い物袋を見せ付けた。

「え?でも咲夜さんが出かけるところを見てないですよ?」
「だってあなた、寝てたじゃない。
 起こしちゃ悪いと思って放って置いたんだけど、帰ってきたらまだ寝てるもの。
 病気か何かかと、結構本気で心配したのよ?」
「そうですか・・・」
美鈴が時計台を見ると、確かに短針が4つほど動いていた。

「あれ?買出しって・・・人里ですか?」
「そうよ。そろそろ茶葉も切れてきたし。」
「咲夜さんが人里に行くのってあれから初めてじゃないですか?」
「そうね。今の私にとっては初めて自分以外の人間を見たわ。それも沢山。」
「楽しかったですか?」
「ええ、とても。多くの人とお話できたし。」
「良かったですね。」

屈託のない笑顔を見せた咲夜。
しかしこの時、咲夜の心の中に芽生えてつつあった心変わりの芽に、
純粋な美鈴は気付ける筈がなかった。

「咲夜さん、もう少ししたら幻想郷中を回って見ましょうよ。
 結構、意外なところで思い出すことがあるかも・・・」
「なんと言うか・・・もうそれはいいの。」
「え!?いいって・・・?」
美鈴が驚いた表情を見せる。

「前の私だって結局記憶は戻らなかったんでしょ?
 だから、今回も戻らないんじゃないかって気がするのよ。」
「でも、前みたいに過去の手掛かりが全く無いという訳じゃ・・・」

「そりゃ戻らないよりは戻った方がいいけどね。
 だけど前の私も記憶が無くてもそれなりに幸せだったんでしょ?
 別に無理に焦って取り戻そうとしなくてもいいかなって・・・」
もう咲夜は自分の過去に見切りが付いてしまっていた。



「・・・でも私は・・・やっぱり・・・」

ドゴォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!
美鈴の言葉を遮るように、轟音が鳴り響いた。

「何の音!?」
「咲夜さん、あれ見てください!」
美鈴が館の方を指差す。
そこには、空中を飛び回るレミリアと白黒の服を纏った少女がいた。
二人は弾幕を張り合っている。
日傘を差しながらでもレミリアの弾幕は凄まじいものだった。
白黒の少女はそれを避けるだけで精一杯のようだ。

「あれは・・・人間!?」
咲夜が白黒の少女を見て驚く。

ドスッ!!
と、レミリアが白黒の少女へ体当たりを食らわせた。
ズドン!!!
吹き飛ばされた彼女の体は館の外壁を突き破って廊下の一角へ落ちたらしい。
壁にはポッカリと穴が開いている。
レミリアはその後を追ってその穴から館の中に入る。

「ちょっと、様子見てくる!!」
「あ!咲夜さん!?」
咲夜はその人間の少女のことが心配になって二人の後を追った。






「分かった。降参だ・・・」
墜落した魔理沙は既に戦闘不能に陥っていた。
右腕の骨は折れてしまったかも知れない。

「降参?何それ?殺したいって言ったでしょ?」
レミリアが詰め寄ってくる。
先程の攻撃には明らかに殺意が込められていた。
そもそも、体当たりはスペルカードルール違反だ。

「ま、待って!許し・・・うぎゃぁ!!」
魔理沙の腹部にレミリアの蹴りが入った。
レミリアは軽く蹴ったつもりだったが、肋骨にヒビが入ったらしい。

「今、何て言ったの?よく聞こえなかったけど。」
「だから、許し・・・ぐぼ!!」
レミリアが魔理沙の首元を踏みつける。

「ぐはっ!がっぁ!ぐふっ!」
魔理沙は渾身の力を振り絞り足をどけようとするが、ビクともしない。
「え?何?聞こえないよ?」
加虐の喜びにレミリアの口元が綻んだ。

「あ、そうか。これじゃ話せないのね。」
魔理沙の首から足がどけられる。
「はぁっ、はぁっ・・・」
「で、何か言いたいことでもあるわけ?」
「私が悪かったよ・・・悪かったから、どうか許して・・・」

既にいつもの勝気な魔理沙ではない。
目からは止め処なく涙が流れた。
だが、その弱弱しい姿が逆に吸血鬼を興奮させていった。

「そうね・・・どうしようかなぁ?」
「何でもするから・・・もう悪いことはしないから・・・命だけは助けて下さい。」
「うーん・・・じゃあ、こんなのはどうかしら。」

魔理沙の目の前に、レミリアの靴が差し出された。
「見てよ。あちこち暴れまわったから、泥だらけじゃないの。」
「・・・」
「舐めろ。」

あまりに屈辱的な命令だったが、今はそれに従うしかない。
恐る恐る靴に舌を伸ばす。
「うう・・・あ・・・あ・・・」
助かることだけを考えて、舌を靴の表面に這わせる。
泥の嫌な味を必死で我慢した。

「そうよ、もっと隅々まで丁寧にね。」
レミリアの背筋にゾクゾクとした感覚が走る。
吸血鬼の原始的な本能が喜びを訴えているのだ。

「もういいわ。上手くできたみたいだし・・・」
レミリアが足を下げた。
(た、助かった・・・)

「死ね!!!」
「うげっ!!!」
舐められていた足でそのまま魔理沙の顔面を蹴り上げた。
そうして魔理沙は3mほど吹っ飛んだ。

「馬鹿みたい。私が助けるわけがないじゃない?」
そう言い放つレミリアの手にはグングニルが握られている。
「嫌・・・助けて・・・許してよ・・・」
もう魔理沙の命乞いには耳を貸さない。
「殺さないで・・・どうか殺さないで下さい・・・」
ゆっくりとグングニルを構え、哀れな獲物に狙いを付ける。
「死にたく・・・ない・・・」

「死ね。」

次の瞬間、グングニルが放たれた。
ズドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!
まばゆい閃光が走り、轟音が鳴り響いた。



砂煙が消えた後、そこには魔理沙の姿は無かった。
彼女がいたところの後の壁まで木っ端微塵になっている。
恐らく魔理沙は消滅して死んでしまっただろう。
「ちょっと本気を出しすぎたか・・・」
もうこの建物は崩壊寸前だ。

「あ・・・う・・・」
「!?」
魔理沙の呻き声が聞こえた。
驚いて振り向いたレミリアが見たものは・・・

「咲夜!?」
なんと咲夜が魔理沙を抱えている。
グングニルの着弾の寸前に、時間を止めて彼女を救出したのだ。



現場に駆けつけた咲夜が見たものは、人間の少女をいたぶって遊ぶ吸血鬼だった。
本来はレミリアが主人、魔理沙は不届きな侵入者な筈だが、
思わず彼女を助け出してしまった。

「ちょっと、なんでそんなことするのよ・・・?」
「来ないで!!!」
咲夜が魔理沙を庇いながらナイフを構える。その瞳は紅く染まった。

(なんでそんな目で見るのよ・・・咲夜?)
1ヶ月前のあの日の事が、レミリアの脳裏に蘇った。

一方、魔理沙は微かに咲夜の腕が震えているのを感じていた。
(こいつ・・・怯えてるのか・・・?)

実際、このとき咲夜は死を覚悟していた。
この少女を見捨てる事が賢明だとは思ったが、
彼女の必死の命乞いを聞き逃すことが出来なかった。

だが、軽はずみな行動のせいで暴君の怒りの矛先は自分に向いてしまった。
今度は自分が奴の餌食になるだろう。
手にしたナイフは精一杯の悪足掻きだ。

しかし、現実はそうでは無い。
まるで肌を刺すようだったレミリアの殺気がすっかりと消えている。
それが穴の開いた風船のように萎えていくのを、魔理沙は感じていた。

「何やってるの!?早く逃げなさい!!!」
「え・・・ああ。」
色々分からないが、折角拾った命だ。無駄にはしたくない。
咲夜の言うように、今のうちに逃げることにした。

傷だらけの体を起こし、最後の力を振り絞って箒に跨る。
右腕が折れているので持っていた本は腋に挟んだ。
「咲夜、ありがとう!助かったぜ!!」
そう言って彼女は飛んでいった。

「あんた、あいつが誰だか分かってるの?」
「・・・」
レミリアはそう問いかけたが、咲夜は無言のままナイフを構えていた。
「いい?あなたは覚えていないだろうけど、あいつは殺されても・・・」

ポタッ
咲夜の体から血が滴り落ちた。
メイド服の腹のあたりが真っ赤に染まっている。
魔理沙を助け出したとき、グングニルがどこかに当たったのだろう。

「ちょっと!怪我して・・・」
「来ないでって言ってるでしょ!?」

咲夜が大声で威嚇する。
その瞳はレミリアを敵としてしか見ていない。
ナイフを突き出した手がガタガタと震えていた。
もはや今の咲夜には何を言っても無駄なことを、レミリアは悟った。

「・・・咲夜、壁の修理、やっておきなさい。」
それだけ言って立ち去った。

(何よ・・・悪いのは全部、あいつじゃない・・・)



遅れて駆けつけた美鈴が見たものは、血まみれで壁の修理をする咲夜だった。
またも医務室送りになった咲夜。
幸い見た目のわりには傷は浅かったが、それでも1週間の療養が必要となった。

その間レミリアが見舞いに来ることは、無かった。
行ったところで、咲夜が自分を受け入れてくれるとは思えなかったからだ。
かつては誰よりも身近だった咲夜が、今はとても遠くに感じる。
二人の絆は決定的に途切れてしまっていた。

(続く)



続き [[君と従者 その2:24スレ132]]



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