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衣玖さん守矢神社でいじめ - (2009/06/04 (木) 13:45:07) の編集履歴(バックアップ)


「やっぱり神社が欲しいわ」

ある日、非想非非想天の悪餓鬼、天子ちゃんが我が儘を言い始めました。
我が儘を言われているのはご存じ天界の深海魚、永江衣玖さんです。

「懲りてないんですね」
「懲りてない」
「それでは仕方がありませんね」

衣玖さんは学習能力に優れています。
目の前の天上天下唯我独尊の体現の扱いなどお茶の子さいさいです。

「博麗神社はやめましょうね。後が怖いので」
「じゃあ何処がいいかな」
「山のほうにもう一つ神社がありますよ」
「なるほどなるほど」

善は急げとばかりに立ち上がる天子ちゃん。
さりげなく衣玖さんの手を握っているところが正直です。

「なんですか?」
「共犯」
「は?」
「またの名を運命共同体と」

衣玖さんの手を握る天子ちゃんはとても良い笑顔です。
他人を巻き込むことで責任をあいま…分担する。世間に出てすぐに学ぶこと。

「総領娘様は博麗神社で藍さんに何を教えてもらっていたのですか」
「世知辛い世の事よ。欺瞞と背信に満ちているってね」

純粋な笑顔で素敵な事を言い放つ天子ちゃん。
衣玖さんの目から涙がちょちょぎれそうです。涙の数だけ強くなれるよ。

「わかりました。守矢の神社に緊急地震速報をお知らせしてきたら良いのですね」

羽衣で涙を拭きながら天子ちゃんの意を酌む衣玖さん。
ところが天子ちゃんは首を振ります。

「違うわ、衣玖」
「?」
「破壊の後には何も残らないわ。乗っ取りこそ至高なのよ」

無闇な破壊活動を否定する天子ちゃんはまるで聖人君子のようです。

「こんなに成長して…」

衣玖さんは感無量です。あの天子ちゃんがこの短期間でここまで成長したのです。
今ならきっとゆゆ様だって食べられるに違いありません。

「総領娘様、正直見直しました。早速守矢の神社を乗っ取りに参りましょう」

天子ちゃんの手を持ったまま立ち上がる衣玖さん。もはや悩みはありません。
二人連れ立って断崖絶壁まで歩いていきます。

「総領娘様、さあこの脱出ポットにお乗りください」
「ふえ?」

素っ頓狂な声を出して天子ちゃんが衣玖さんを振り返ります。
途端に突き飛ばされる天子ちゃん。何か無機質な入れ物に押し込められてしまいます。

「何をするのよ!」
「このまま一人だけでもお逃げください。さあ!」
「何いってんのかさっぱり分からないわよ!」

さっぱり解らないなりに衣玖さんを心配する天子ちゃんはとても優しい子です。

「残念ながらこのポットは一人乗りなのです。私も後から行きますから」
「ほんとに? 大丈夫だよね?」

不安そうな天子ちゃんににっこり笑いかける衣玖さん。
そのままぷしーと音を立ててポットのドアは閉じてしまいます。

「さて」

衣玖さんは立ち上がると天子ちゃん入りのポットをごろごろと崖まで転がしていきます。
そしてそのままほいっと最後の一突きをして崖から落とします。
額の汗をぬぐい、ほっと一息つく衣玖さん。

「この高さだ、生きてはいまい」

ふんと崖下に目をやり、にやりと笑います。
でも、何か違います。
衣玖さんはあれ? とばかりに頬に指を当てて首を傾げてしまいます。
やがて、考えがまとまったのかぽんと手を叩く衣玖さん。

「ほ、ほんとにこんなトコから飛び降りるの? 正気じゃないわ、どうなっても知らないんだからっ!」

言うだけ言ってぴょーいと飛び降りる衣玖さん。

…やっぱりなんか違うような気がします。





守矢の風祝、東風谷早苗さんはその日幻想郷の天体観測にいそしんでいました。

「ふむふむ、幻想郷でもやっぱりアルコルは見えるんですね。…はあ」

派手に溜息を吐く早苗さん。目が良い人が妬ましいです。
気を取り直して再び星空に向き直る早苗さん。その視界に謎の物体が映ります。

「アレは…?」

ふよふよふわふわと落下してくる女の人です。まるで天女のようです。
その人と早苗さんの目が合います。早苗さんに気付いたようです。


 ~BGM:星間飛行~


「なんなんですかあなたは! いきなり急降下してきて」
「キラッ☆」
「!!?」

こうして衣玖さんは守矢の神社にやってきたのです。



「ふんふん、つまりあなたは超時空深海魚さんなのね」
「その通りです」

神社の中で、衣玖さんはこの地に祀られる二柱を前に自己紹介をしていました。

「で、そのあなたが何でこの神社に落ちてきたのかしら」
「話せば長くなるのですが…」
「話して」

衣玖さんは説明しました。
地上に落ちていった仲間を求めてブラストラインを越えようとしたら変な妖怪に襲撃されたこと、
激戦の末、何とか撃破したもののその後早苗さんと弾幕戦をして羽衣に損害を負ったこと。

「それは大変だったね、ついでに後学のためにその妖怪をどうやって撃破したのか聞かせてくれない?」
「<光学迷彩>です」

話し合いの末、衣玖さんは守矢の神社にお世話になることになりました。

「ごめんねえ、うちの早苗はやりたい盛りの17歳だから」

ケロケロと笑う神様はとても楽しそうです。

「申し訳ありません。まさかここの巫女さんだとは思わなかったもので」
「いいよいいよ。あんな至近距離で星弾喰らう早苗も悪いんだって」
「ほんとに申し訳ないです」

いくらスペルカードルールでもノーダメというわけにはいかないのです。
事故死した妖怪さんだってきっといるに違いないのです。



こうして早苗さんは寝込み、衣玖さんは守矢の神社に居座る事になったのです。

「まあ、お客さんだしのんびりしていきなよ」

営業の神様はそう言って衣玖さんを暖かく迎え入れてくれました。
実務の神様もそれは一緒です。

「両生類は魚類に対して優越感を感じて良いと思わないかい?」

日本の神様はとても愉快です。衣玖さんもとても愉快です。
ところが、何日もしないうちに衣玖さんはあることに気付き始めます。

汚い。
部屋の中にカップめんの残骸が転がり、開けっ放しのポテチの袋が散見されるようになります。
これは一体どうしたことなのか。答えは簡単です。早苗さんが寝込んでいるからです。

「だってめんどくさいもの」
「あっはっは、神奈子は自堕落だなぁ」

ここに来て、衣玖さんは自分のやったことの重大性に気付いたのです。
すなわち、大黒柱の撤去。守矢神社はまさに崩壊寸前のデパートの様です。

このままではいけない。
衣玖さんはそう考えました。
衣玖さんもめんどくさがり屋さんですが、レベルが違います。

「すいません、私に巫女をやらせてもらえないでしょうか」

ですから、この台詞は必然の帰結となります。
神様二柱は驚きます。当然です、妖怪の巫女なんて見たことがないのですから。

「わ…、腋は出すの?」

震える声で神奈子様が尋ねます。諏訪子様は目をキラキラさせて衣玖さんを見つめています。
対する衣玖さんは真剣です。乗っ取るにしてもごみにまみれた神社なんて真っ平ごめんですから。

「この惨状は、早苗さんを負傷させた私に責任があります。
 よって、最低でも早苗さんが復帰するまでは私に代行をさせていただきたいのです」

ごめんなさい、参りましたと言わんばかりの衣玖さんの姿に神様二柱は一瞬で信仰を奪われました。
今の今までここまで誠心誠意巫女をしようとする者がいたでしょうか。いないと困ります。

「うっ…、ぐすっ…。ゎ、解ったわ。守矢神社の巫女、ぜひともよろしく…」
「ああ、神様仏様早苗様。こんな良い巫女を遣わしてくださいまして本当にありがとうございます…」

涙を流して喜ぶ神様二柱。こんなだから人間の信仰が集まらないのです。



かくして守矢神社の巫女、永江衣玖がここに誕生することになったのです。

「ごめんね、こんなことさせちゃって」

申し訳なさそうな諏訪子様。自分でやれば良いのに。
まあ、何はともあれ衣玖さんは巫女として一生懸命働きました。
その働きぶりはもはや記すまでもありません。
神社の清掃、お賽銭の管理、祭祀の遂行、氏子廻り。
何でもござれです。めんどくさがり屋さんは手間を省くため効率の良いやり方を熟知していたりするのです。

「もうあなたが神様で良いよ」

衣玖さんの巫女っぷりを見た神奈子様は泣きながらそんなことを言ったといいます。
そこまでの巫女さんの出現は当然ながら妖怪の山のホットニュースになります。

「取材させてくださいな」
「どうぞどうぞ」

『文々。新聞 壱百九拾参号

  守矢の巫女の真実に迫る

 もはや周知の事実であることだが、我らが守矢神社に新たな巫女が現れている。
 その名も超時空深海魚、永江衣玖(25)。
 彼女は一月ほど前突如として守矢神社に現れ、前巫女である東風谷早苗(17)を激闘の末瞬殺。
 そのまま後釜として巫女になったということが広く知られている。
 そこで、今回文々。新聞では彼女の知られざる真実にスポットを当てることにした。
 すなわち、文々。新聞の有名特集、追跡二十四時の敢行である。
 この取材は困難を極め、対象者の協力がありながら空腹、睡魔という強敵が記者の前に立ちふさがった。
 「過酷な取材でした。清く正しいだけでは決して成し遂げることは出来なかったでしょう」
 記者はこの取材の事を我々にこう語った。だが、その分得られた成果は素晴らしいものだったのだ。

 以下次号!』

「おーとーしーたー」
「ワザとじゃなかったんですか!?」

『文々。新聞 壱百九拾四号

  守矢の巫女の真実に迫る 二

 先週から話題沸騰の本企画。皆さんの期待に応えて今回は早速本論に入ろうと思う。
 守矢の巫女の朝は早い。彼女は日の昇る二時間前に既に起き出しているのだ。
 起きて彼女がまず行うこと。それは湯浴みだ。
 「湯浴みは毎日早朝に行います。このタイミングは絶対です。変えるわけにはいかないんです」
 そう力説する彼女の勧めもあって記者も湯浴みに一緒することになった。
 …しっとの炎がめらめらと。
 彼女の湯浴みは割と長時間に及んだ。
 まずいきなり湯船に入る。なんとそこで体を洗い始めるのだ。しかも石鹸無しである。
 「やはり身一つで勝負しないといけないですよね」
 記者に語りかけるその目は職人のそれを感じさせた。記者もああなりたいものである。
 まずはセオリー通りに上、すなわち髪の毛から。
 湯をかけながら丁寧に、だが丹念に髪を洗っていく。
 繊細なその髪の上を滑る白魚のような細い指は同姓ながらとても艶かしい物であった。










               <裁かれました>










 こうして長かった彼女の湯浴みが終わる。結局記者は湯船に浸かることが出来なかった。
 部屋に戻るともはや神様が起き出す時間となっていた。もちろん記者も恭しく挨拶を交わす。
 「おはようございます、朝ごはんですよ」
 記者が洩矢神と朝の挨拶を交わしている間に巫女は朝食の準備を済ませていたようだった。
 当然記者も同席する。同席するだけだが。
 目の前でいただきますの挨拶が交わされ、箸の軽やかな音が耳に届いてくる。
 ああ此畜生。ケチらずに食事代払っとくんだった。

 以下次号!』

「終わり!?」
「残念! 紙面が足りない!」
「うそぉ!?」

美味しい情報は小出しにするのが世の常というものです。
椛にはそれが解らんのですよ。



広く取材者に情報を公開する衣玖さんの姿勢と
その素晴らしい仕事っぷりは瞬く間に妖怪の山に広がっていきました。
こうなると次に起こることは何か。そう、妬みによる中傷です。

あんの妖怪、守矢の神様に取り入って何を企んで居やがるのでしょうか
きっと禄でもないことに違いないわ、きっと遺産狙いなのよ
遺産って何? 今まで集めた信仰とか?
あんた信仰馬鹿にするんじゃないわよ
ただの妖怪でも信仰を集めれば神にだってなれちゃうじゃないの!

こうして、押せば湧き出るしっとパワーに煽られた妖怪さんたちの陰湿ないぢめが始まってしまうのです。

「賽銭箱に使用済みガムを放り込んできてやったわ!」
「私は紅葉をぎゅうぎゅうに詰め込んで来たわ!」
「更にその上に芋のヘタ並べてきた! ザマーミロ!」
「境内で般若心経絶叫してきた!」
「私なんかお○かな天国だもんねー!」

次第にエスカレートしていくいぢめに衣玖さんは次第に傷ついていってしまいます。

「衣玖、大丈夫だよ。いぢめる奴はもれなくミシャグジ様をプレゼントしてあげているから」
「ダメです諏訪子様。そのようなことをしては妖怪さんたちの信仰が薄れていってしまいます」
「こんなことで無くなる信仰ならいらないよ。
 そんなことより私たちの為に傷ついていく衣玖の姿を見るほうがよっぽどつらいよ」
「…! 諏訪子様っ!」

えぐえぐ泣きながら諏訪子様に抱きつく衣玖さん。
頭をなでつつも視線が腋にいく諏訪子様。
盗撮する天狗。
とても和やかな光景ですが、こんな日がいつまでも続くなんてことはありません。
先送りにした問題は、忘れられるかもしくは清算されるべきなのです。



それは、ばら撒かれたミシャグジ様の回収を定修無しで行い続けて厄神様が労災を引き起こした日の事でした。

「漬けたてのほやほやだよ!」

お酒のつまみに胡瓜を配りながらにとりが嬉しそうに駆け回ります。
今日は神社で宴会が行われています。
守矢の神社を信仰している妖怪さんたちが一同に会して談笑しています。

「厄神様ぶっ倒れたんだって?」
「ああ、秋の神様の厄が想像以上に劇物だったらしいぜ」

お酒の助けもあって、普段言えない様な事もどんどん言えます。

「それもこれもこの神社の巫女さんのせいね。
 綺麗な花には毒があるもの、深海魚だって光る奴には要注意なのよ」

そんな感じでわいわい騒ぐ妖怪さんたち。ところがいつもと違って誰か足りません。
神奈子様と早苗さんです。
正確には、足りないのは早苗さんだけです。
神奈子様は居る事は居るのですがなんだか元気がありません。

「どうしました、神奈子様」
「ああ、衣玖かい。ちょっとね」
「神社の巫女としては祀っている神様の様子を気にするのは当然の事です。
 何か心配事がおありになるのでしたらどうぞ何なりと申し付けくださいませ」
「ああ、ありがとう。ごめんね、衣玖に不満があるわけじゃないんだ。
 ただ、早苗はどうしているかなって。それだけだよ」

守矢の祭神の心配そうなその声に、衣玖さんとその周りにいた妖怪さんたちがはっと息を呑みます。

「もう一ヶ月以上経つわけだろう、全然姿を見ないじゃないか。どうしちゃったのかなって」

一ヶ月以上放置されていた事も問題ですが、一ヶ月で復帰できない早苗さんも問題っちゃ問題です。
衣玖さんのラストスペルにどれだけの威力があったというのでしょうか。

「行方不明なんです」

静かに語る衣玖さんもとても悲しそうです。
正座した膝の上に置かれたこぶしに知らず知らずの内に力がこもります。

「最初は確かに寝込んでいました。しかし、回復してからというもの姿が見えなくなってしまったんです」

ワッと泣き出して両手で顔を覆う衣玖さん。まるで家出した娘を心配する母親のようです。

「なんてこと…!」

神奈子様も口に手をやり絶句してしまいます。目がウルウルしてきてます。

「大丈夫だよ」

そこに諏訪子様の声が入ってきます。帽子の上のギョロっとした目が神奈子様を見つめています。

「我等が巫女、薄幸の美少女東風谷早苗はここにいる」

ずびしと勢い良く諏訪子様が一点を指差します。
その先、神社の境内にその場にいた者の視線が流れるように集中します。
夏の夜の、星の光に照らされた静かな境内に何者かが立っています。早苗さんです。

「…!」

その姿に神奈子様が腰を浮かせます。
誰も何もしゃべりません。不思議な静寂がその場を支配しています。
神奈子様が涙にまみれた顔に無理やり笑顔を浮かべます。
それを見て、早苗さんも柔らかな笑顔を返します。
しかし、気恥ずかしいのでしょうか。そこから後が続きません。
両者とも「ただいま」と「お帰り」で良いのです。それだけの事なのにとても勇気がいるのです。
そんな二人を諏訪子様は嬉しそうに見守っています。
やがて、耐えられなくなったのか、それとも妥協点を見つけたのか、早苗さんが動きます。
部屋にいる全員を見渡して、衣玖さんを見て、諏訪子様を見て、再び神奈子様に向き直ります。

「…キラッ☆」

星空に一瞬真昼のような閃光が煌めき、その場の空気は再び動き始めるのです。
翌日の文々。新聞の一面はこの瞬間に決定したのでした。



「悔しかったんです」

明くる日、早苗さんは神奈子様諏訪子様を前にポツリポツリと話し始めました。
家出した理由です。

「悔しかったって、何が」
「弾幕戦で負けた事かい?」
「違うんです」

俯いたまま、しかし落ち込んでいる様子を見せずに早苗さんが否定します。

「弾幕戦での悔いが無いと言えば嘘になります。
 まさかあのタイミングでラストスペルが来るなんて思わなかったんです」
「いえいえ、私もまさかあんな事になるとは思わなかったです」
「じゃあなんだっていうんだい」
「ですから、悔しかったんです」

まったく訳が解らないとばかりに肩をすくめる神奈子様と諏訪子様。
弾幕戦でなければなんだというのでしょう。

「その、巫女としての実力差です」
「巫女?」
「はい、私が起き上がれるようになった頃には既にこの衣玖さんが私の代わりに巫女をやっていたでしょう?」
「そうだね」
「そうだっけ?」
「一目見れば解りました。ああ、スキルレベルが全然違うなって」
「それは早苗が幻想郷での暮らしに慣れていないからさ、気にする事じゃないよ」
「それでも悔しかったんです。…だから家出しました」
「せめて何か一言言ってくれれば」
「何を言えって言うんですか。惨めな思いを抱いたから出て行くなんてそんな恥ずかしい事よく言えません」

申し訳なさそうな衣玖さん、心配そうな神奈子様。
ところが諏訪子様はそうでもありません。

「これだから神奈子は自堕落なんだ。なんて言うのか、愛が足りない」

ふふんと偉そうにのけぞります。瀟洒なライン。

「なんだって?」
「自分とこの巫女が寝込んでいるってのに気にかけなかったのかい? そんなだからみさ○って言われるんだ」
「言ってくれるじゃないかこのリニア狂。胸はJR計画まんまの癖して」
「ケロロロロ」
「フシャー」

「つまり、何があったのですか?」
「諏訪子様の案内で幻想郷の賢人様のところにお邪魔していたんです」
「ああ、八雲さんですね」

こくりとうなずく早苗さん。
勝手知ったる何とやらで衣玖さんにも笑顔が戻ってきます。

「胡散臭い妖怪さんたちでしょう」
「はい、いろいろと教えていただきました」
「そうでしょうとも、ああ見えて寂しい方々ですから。どんな事を教わったのですか?」
「世知辛い世について。欺瞞と背信に満ちている、とか」
「そうなのですか。幻想郷も楽園ではありませんね」
「ええ、書いてあるからといって盗めると思うな。0%と書いてある以上それは0%なんだ、とか」
「世知辛いですね」

和やかな空気が早苗さんと衣玖さんの間に流れます。きっともう大丈夫です。

「勝手にいなくなってしまったことは、遅くなりましたがこの場でお詫びします。
 衣玖さんに巫女の役割を押しつけてしまいまして申し訳ありませんでした」

丁寧に衣玖さんにお辞儀をする早苗さん。
衣玖さんもそんなことはありませんと言って早苗さんに礼を返します。
神様は威嚇からキャットファイトへ移行したようです。誰も止めません。

「巫女というのもなかなか面白いものです。腋がスースーするのも段々慣れてきましたし」
「最近巫女を誤解している者が増えてきていますが、いやもういいや誤解解かなくても」

自分の巫女服を着た衣玖さんを見つめる早苗さんは何か達観しているように見えます。
どこか衣玖さんの服装におかしいところでもあるのでしょうか。ありません。



「こうして守矢の神社に東風谷早苗が復帰を果たす事になりました。現場の射命丸です」
「およ、天狗の記者さん。今日はどうされました?」

それから数日間、特に何事もない日常が過ぎ去っていきました。
衣玖さんは、早苗さんが復帰してからも神社で巫女を続けています。

「およよでもあややでもありません。衣玖さん、そろそろあなたの目的を教えていただけませんか」
「はて、目的?」

顎に人差し指を置き、衣玖さんが文の質問にうーんと唸ります。

「素っ呆けないでください。あなたの目的は守矢の神社を乗っ取る事だったはずです。違いましたか?」
「ああっ、そういえば」

思い出したとばかりに手をポンと叩く衣玖さん。

「ご指摘ありがとうございます。ところで何処でそれを」
「某スキマ妖怪さんです。下に下りてきているのならまたご飯を作りに来て頂戴との伝言もついでに」
「あの方ですか」

衣玖さんは仕方ありませんねとばかりの納得の表情を浮かべます。
文は手にメモ帳を構えたままわくわくして衣玖さんを見つめています。

「で、どうやるんですか?」
「何をですか?」
「乗っ取りですよ乗っ取り。もちろん取材させていただけますよね?
 超時空深海魚永江衣玖、神社乗っ取りの真相独占スクープ」
「おおう?」
「M&Aですか? 差し押さえですか? やっぱり鳥居は壊しちゃうんですか?」
「えらく不謹慎ですね。敵対的買収もリバースサイドも自○隊スパイも致しません」

心外だとばかりに衣玖さんは手をぶんぶん振ります。
文はそれを見て頬を膨れさせます。

「えー? やらないんですか? じゃあどうするんです? このまま尻尾巻いて帰るんですか?」
「やらないのではなくやれないのです。あなたはあの二柱の神様を侮っているのですか?」

ぷんぷん怒りながら衣玖さんは神社の方を指さします。
当然文の視線もそちらに向きます。

「いいかい早苗、衣玖にあこがれるのはいい。だが方向が間違っている」
「違いますでしょうか」
「ああ、違うね。なんて言うか、早苗の『キラッ☆』は羞恥心が微塵も感じられない」
「…羞恥心?」
「そう、羞恥心。やはりどこかに恥じらいの心を表現しながらでないと強力なスペルにはなり得ないんだ」
「羞恥心…」
「というわけでお手本を見せてあげよう。いくよ。  『キラッ☆』」
「こ、こうですか?  『キラッ☆』」

「で、でかるちゃー」
「デカルチャーでしょう?」

ノリノリの諏訪子様に早苗さん。
幻想郷でサブリメイションが謳われる日も近そうです。

「早苗、一体何をやっているんだい」
「神奈子様」

はい獲物一丁。こちらコスモスフィアLv5でございます。

「神奈子もお手本を見せてあげなよ、ほらほら」
「お手本…、念のために聞くけど、何の」
「まさか、見てなかったのかい?」
「見てない見てない。何にも見てないよ」
「仕方ないですね。行きますよ~」
「待った、待って、待ってください。いい、やらなくていいから」
「そう、わかってるんだ。じゃ早速やってみようか」
「知らないから、やれないから」
「我儘だなあ、ほら、じゃあ神奈子も一緒に練習だね」
「いらない、いりません。…早苗、離して、離してってば」


キラッ☆


「やっくでかるちゃー」
「ヤックデカルチャーでしょう?」

うんうんと神妙に頷く衣玖さん。そうでしょうとも。

「なるほど、これは乗っ取れないですね」
「わかっていただけましたか。こんな様子では分社を作るのがせいぜいです」

「ところで」
「はい」
「文さんはこんなところでぼけっとしていていいのですか?」
「ん? もう少し具体的にお願いします」
「ですから」

「おや、鴉天狗じゃないか。そんなところで突っ立ってないでこちらにおいでよ」
「…わかりました。ぼけっとしていないで帰る事にします。…すいません、離してください。離して」


キラッ☆





「というわけなので、そろそろお暇したいと思うのです」
「そうですか」

更にその数日後、衣玖さんは守矢神社の面々を前にお別れを告げる事にしました。
既に早苗さんの巫女服ではなくいつもの通りの緋色の羽衣をまとっています。

「その羽衣直っていたのね、いつの間にか」
「はい、妖怪の山の山頂付近には良質のグラビ石がゴロゴロしていましたから」
「原料は石だったのか」
「このクソ暑い中真っ黒な服を着たMな人にも会いました。
 あんなに石拾っていって何を調合するつもりなのでしょうか」
「きっと三年後には実家に強制送還されるさ。商売まともにしていないし」

別れの挨拶というのは寂しい物です。なんだか悲しい気持ちになってきます。

「衣玖さん、ありがとうございました。巫女の代行どころかいろいろとお世話していただいて」
「そんな事はありません。私も楽しかったですよ、調理実習」
「まだまだ衣玖さんの腕には届きませんけど。いつか追いついて見せます」
「その意気です。毎日の生活の細やかな心がけが料理の味に反映されるのです。精進してください」
「もちろんです。また味見にいらしてください」

力強く宣言する早苗さんの姿に衣玖さんは誇らしいものを感じています。
隣で見守る二柱の神様も早苗さんの姿に感動しきりです。

「それでは名残惜しいですがこの辺で。寄る所もありますので」
「そうかい。それならあんまり引き止めても悪いね。また来てくれるんだろう?」
「はい、ぜひまた寄らせていただきます」
「また料理教えてくださいね」
「喜んで」

笑顔で連れ立って神社の外まで出てきます。先頭に衣玖さん、その後ろに神様と巫女さん。

「お見送りまでしていただきましてありがとうございます」
「いやいや、こっちが好きでやっているんだ。気にする事はないよ」

鳥居をくぐり、神社を振り返る衣玖さん。
見送ってくれる一人と二柱に対し笑顔で手を振ります。

「では、失礼いたします」
「お気をつけて」
「怪我しないようにね」
「さようならー」

軽やかに地を蹴り、ふわりと宙に浮く衣玖さん。
そのままふよふよふわふわと風に乗り、やがて神社から見えなくなってしまいます。

「行っちゃいましたね」
「そうだね」

早苗さんは衣玖さんが見えなくなっても空を見つめ続けています。
天高くまで広がる入道雲とやかましいセミの泣き声が本格的な夏の到来を告げているようです。

「早苗、そろそろお昼だよ。ご飯作ってー」

いつまでも夏の空を見つめ続けている早苗さんに諏訪子様が声をかけます。
その声に振り向いた早苗さんがくるりと振り返ります。満面の笑顔です。

「はい、ただいま。今日は早苗特製の出し汁でいただくツルツルの素麺ですよ」

とてとてと神社に向かって駆け出す早苗さんに神様もとても満足そうです。



さて、一方衣玖さんは天界に帰る前に寄り道をしていました。
もちろん天子ちゃんの回収です。

「キャッチアンドリリースは釣り人のマナーだと聞きました。エコですね、エコ」

霧の湖周辺をふよふよと漂う衣玖さんはとても上機嫌です。雲の中がすき。
やがて、目的の場所に着いたのか衣玖さんは湖の上で静止します。

「ここですね」

大きな時計を眺めながらつぶやく衣玖さん。そのまま湖にダイブします。
深海魚の基本スキルを使用して深く深く潜る衣玖さん。様になってます。
やがて、湖の底に到達する衣玖さん。そこにはいつぞやの脱出ポットが沈んでいます。

「魚の子」

ぼそりとつぶやくと衣玖さんはポットのシャックルに羽衣を巻き付けます。
クイクイと張りを確かめる衣玖さん。耐荷重の確認よし。

「上へ参りまーす」

ういーん。



そして天界、非想天。

ぷしーと音を立てて脱出ポッドが開かれます。
中から現れたのはもちろん天子ちゃん。
ぐでーっと中に横たわり、見る影もありません。死んでないけど。

「総領娘様」
「―――…」

返事がありませんが生きています。
ゆさゆさと天子ちゃんを揺さぶる衣玖さん。笑えばいいと思う。

「う…、あ…」
「そろそろ起きてください」

衣玖さんの呼びかけにようやく反応を示す天子ちゃん。
目が開いて、どこを見ているか判らない瞳に次第に光が戻ってきます。

「衣玖…?」
「はい」

名前を呼んでくれた天子ちゃんに満面の笑みを返す衣玖さん。
その笑顔に天子ちゃんは怯えの表情を見せます。体も硬直してしまいます。

「ひっ…!」
「どうしました? 総領娘様」

おびえる天子ちゃんを見つめる衣玖さんに変化はありません。相も変わらず笑顔を浮かべています。
ところが天子ちゃんはぶるぶると震えるばかりです。頭を抱え込んで目をぎゅっと瞑ってしまいます。

「ごめんなさい」

悲愴な面持ちで天子ちゃんが謝罪の言葉を吐き出します。
衣玖さんはその言葉を聞いて、しばらく反応を示しません。
縮こまっている天子ちゃんを頭の先から足の先まで眺め回して、ようやく満足したかのように返事を返します。

「ごめんなさいという言葉が出て来るということは自分が悪いことをしたという自覚があるということですね」

こくりとうなずく天子ちゃん。

「全く総領娘様にもあきれたものです。
 あれだけ方々にお仕置きされてまだ懲りてないなんて言うんですから」

ぐずぐず泣く天子ちゃんに衣玖さんはやれやれと困った表情を浮かべます。

「それで、どうです? 今回のお仕置きは少しは堪えてくださいましたか?」
「うん…、ひくっ」

手の甲で涙をぬぐいながら天子ちゃんはしゃっくりのように首を縦に振ります。
衣玖さんはよかったですと言って天子ちゃんを抱きかかえ、なでなでしてあげます。

「ふえぇぇ、衣玖、暗かった、暗くて狭くて静かだったよおー…」
「そうでしょうとも」

抱きしめた腕の中でわんわん泣く天子ちゃんを衣玖さんは我が子のように優しく見つめています。
頭をなでなでしてあげながら衣玖さんは天子ちゃんの乗っていたポットに目をやります。
きっといろいろとやったのでしょう。ポットの入り口に赤黒いものが付着しています。
方々に無理を言って作ってもらった「絶対に中からは開けられないポット」は期待以上の働きを見せてくれたようです。
仄暗い水の底で、暗闇と静寂に包まれた密閉空間は天子ちゃんに一体何を教えてくれたのでしょうか。

「総領娘様、最後にもう一度だけ聞かせてください。地上に神社、まだほしいですか?」
「…ぇぐっ、ひっ…、い、いらない。欲しくない。衣玖がいてくれたらそれでいい」
「そうですか」

その答えに満足して、衣玖さんはにっこりと微笑みます。

「ところで総領娘様。山の神社に無理を言って分社を作っていただきました。
 今度また遊びに行こうと思うのですが一緒にいかがですか」


衣玖さんが発する優しい声。
それに被さるもう一つの声も負けないくらい優しく天界に響き渡るのでした…。










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