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story01 - (2006/11/12 (日) 01:20:26) のソース

<h2>学生の本分</h2>
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戦士長がイギリスに発って数日たってからのことだった。</p>
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「精密検査もひとまず異常なし、ということだ。さて、カズキ」</p>
<p>と、斗貴子さんは切り出した。</p>
<p>「なに?斗貴子さん」</p>
<p>オレは斗貴子さんの改まった態度に首をかしげる。</p>
<p>「学生の本分は、何だ?」</p>
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オレは背筋を伸ばして「ベンキョー、です」と答える。</p>
<p>そうだ、と斗貴子さんが肯いた。</p>
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「だが、カズキ。今まで私も戦士長も、キミを一人前の戦士にすることを最優先に、特訓を重ねてきた」</p>
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「うん、おかげで今でもなんとか生きていられて、こうやって斗貴子さんと一緒に通学できてる」</p>
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本当に色々あったけど。オレは薄墨色の不安がよぎるのを何とかやり過ごす。</p>
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「そう、今後のためにも訓練は続けなければならない。が、私達が敢えて後回しにしていたものがある」</p>
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半歩先を歩いていた斗貴子さんは、立ち止まってオレに向き直った。オレも足を止める。</p>
<p>「それは‥‥教養だ」</p>
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厳粛な面持ちで、斗貴子さんは言った。オレはごくり、と喉を鳴らす。「きょうよう」という言葉を聞くと、なんだかとても高いハードルを前にしたような気分になった。</p>
<p>「‥‥教養って、錬金の戦士としての?」</p>
<p>「そうだ」</p>
<p>「‥‥錬金術の教養?」</p>
<p>「そうだ」</p>
<p>うわぁ、本当に難しそうだ!
蝶野のホムンクルス培養機や、L.X.E
のアジトにあった実験器具の記憶がまざまざと甦る。</p>
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「戦士長はゆっくり休めと言い置いていったが、だらだら無為に過ごせと言ったわけじゃない」</p>
<p>こくこく、とオレは頭を縦に振った。</p>
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「だから、カズキ。キミには錬金術に関する一般的な知識を勉強してもらうことにした」</p>
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だから、教養なのか。核鉄やホムンクルスといった、世間から隠蔽されたという情報の前に、隠されていない方の知識を得ておけ、と斗貴子さんは言っているのだ。そりゃ、戦ってるだけじゃダメだもんな。どこまでがOKでどこからがNGなのか、判断する基準が必要だ。</p>
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斗貴子さんは鞄からおもむろに、一冊の本を取り出した。オレは難しそうな横文字の本が出てくるだろうと、思わず身構える。</p>
<p><strong>『錬金術のひみつ』</strong>。</p>
<p>「こ、これは‥‥○研の“ひみつシリーズ”!?」</p>
<p>懐かしい!懐かしすぎる!!
このタイトルの郷愁を誘う甘い響きに思わずくらくらと眩暈がする。</p>
<p>
「あまり難しいとキミは爆睡するだろうから、これくらいから始めた方がいいかと思った」</p>
<p>―――
はい。あまりに正しい洞察になにも反論できなかったので、ひとまず『錬金術のひみつ』を適当に開いてみる。</p>
<p>「ふうん、今時こんな『ひみつ』まであるのかぁ」</p>
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そう感心しつつ、ぺらぺらとページをめくると、案内役の少年少女が博士から話を聞いているシーンが目に入った。いや、ちょっと待て。この博士誰かに似て‥‥?</p>
<p>オレは慌てて斗貴子さんの制服の袖を引っ張った。</p>
<p>
「斗貴子さんっ‥‥この博士、どう見てもバタフライだし、監修も蝶野爆爵って!!」</p>
<p>よくよく見ると少年少女じゃなくて早坂姉弟だし!
月顔のヤツが狂言回しだし!!</p>
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しかし、斗貴子さんは眉を上げることすらせず、更に鞄から冊子を取り出した。</p>
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「<strong>気にするな</strong>。それを読み終わったら、次はこれを受験してもらう」</p>
<p><strong>『1週間でマスターする錬金検定5級』</strong>。</p>
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更なる衝撃がオレを襲う。錬金検定、5級‥‥世の中って広い。本当に広い。</p>
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「心配するな、5級は簡単だ。一般教養に近い試験だから。今度、私のノートも貸そう」</p>
<p>「ありがとう、斗貴子さん。<span style=
"font-size:80%;">‥‥できるなら、数学と化学と古文のノートも貸して‥‥</span>」</p>
<p>オレは心の中で密かに涙した。</p>
<div align="center">
<hr width="20%" size="2"></div>
<p>
結局、夜を徹した暗記作業と斗貴子さんの集中トレーニングのおかげで、オレは錬金検定5級にはとりあえず合格した
―――
あの再殺決定の時に合格は取り消されてしまったらしいけど。</p>
<p>
もちろん一夜漬けの限界で、あのときの知識もすっかり忘れてしまった。</p>
<p>「オレに届け物?」</p>
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ある秋の土曜、岡倉とゲームに興じていたオレは、渋い顔をした斗貴子さんに水飲み場に呼び出され、小包を受け取った。</p>
<p>「届け人はパピヨンだ」</p>
<p>「蝶野から‥‥?」</p>
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小包の梱包を破くオレを傍目に、キミの妹に見つけられていたら大騒ぎになっていたところだ、と斗貴子さんは軽いため息をつく。</p>
<p>「なんだろ? 随分古い本みたいだけど」</p>
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小包には1冊の大きな本とメッセージカードが封入されていた。</p>
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カードには“これを読んで勉強しておけ”と一言だけ。</p>
<p><strong>『カラー図かん よいこの学習百科 21
れんきんじゅつ』</strong>。</p>
<p>「ありがとう、蝶野。<span style=
"font-size:80%;">‥‥‥‥オレ一体いくつなんだよ‥‥</span>」</p>
<p>オレはさわやかな秋晴れの空を仰いだのだった。</p>
<h3>Note</h3>
<h4>2004/09/23 初稿</h4>
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例の6週間が過ぎて、2学期が始まった頃が今作の時期設定です。とりあえず、一段落ついているといいな、と。</p>
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ひみつシリーズは知っている人がいても、『よいこの学習百科』(全20巻、暁図書)はきっと知らない人は多いはず。両方とも子供の頃、買ってもらって愛読してました。親の方針で学習漫画と図鑑しか家になかったという事情もありましたが。『よいこの学習百科』では「鳥」「動物」「理科の実験」(?)「世界の国々」「地球と宇宙」あたりが私の定番でしたね。</p>
<h4>2006/10/23 移行</h4>
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新サイトに移行しました。それに伴い、タグを少々修正。</p>