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第5話「魔槍Ⅱ」  ――三日目 AM9:12――  そのとき、何の前触れも無く、視界を赤く鋭い光が横切った。  まるで流星のように斜め上から地上へと突き刺さる。  瞬間、凄まじい爆風と共に地面が爆ぜた。  音の域を越え、膨張する大気の壁と化した爆音が周囲を薙ぎ払う。  巻き上がる瓦礫の柱。  衝撃が大地を揺るがせ、亀裂とクレーターの重なった歪な形に打ち砕く。  道路の舗装材は砂細工のごとく粉砕されて、元が何であったのかすら分からない。 「――っあ……」  最初に起き上がったのはスバルだった。  身体を伝い、ざぁ、と砂が落ちる。  右足を踏み出す。  たったそれだけで、スバルの口から苦痛の声が漏れた。  全身が悲鳴を上げている。  どこが痛いのか具体的に言い表せないほどに。  頭がくらくらする。  口中がじゃりじゃりと不快な感触で一杯だ。  バリアジャケットを纏っているとはいえ、『爆心地』の間近にいながらこの程度で済んだのは僥倖だろう。  そう、爆心地。  何者かの放った攻撃が着弾と同時に爆発したとしか考えられない。  辺りは吹き飛ばされた砂埃で靄が掛かっていて、視界がとても悪い。  それでもスバルは視線を走らせていた。  すぐ傍にティアナがいたはずなのだ。  自分と同じように吹き飛ばされて、もしかしたら怪我をしているかもしれない。  靄の向こう、スバルはそびえ立つソレを見た。  奇怪なオブジェだった。  どこかで見たことがあるような、不思議な既視感。 「――――」  紛れもなく、それはハイウェイの残骸であった。  支えとなる巨大な柱の一つが砕け去り、ぶつ切れの車道がそこかしこに散乱している。  破壊は今も収まらず、少しずつ崩落を続けていた。  巨人の拳に叩き潰されたかのような惨状だ。  スバルは、全身に走る痛みも忘れて、引き寄せられるように歩き出した。  あそこに何かがある。  粉塵の霧に覆われた瓦礫だらけの道を進む。  数十秒か、数分か、数時間か。  ぼろぼろの身体では時間感覚も不確かだ。  やがて、マッハキャリバーの車輪が、瓦礫のない地面を踏みしめた。  舗装材が完全に吹き飛んで、土そのものが露出していた。  微風が吹き、粉塵が流れていく。  広がっていたのは、平たく均された土砂以外には何もない、大きなクレーター。  その中央に、真紅の槍が突き刺さっていた。 173 :Lyrical Night:2008/07/07(月) 00:01:15 ID:CY2sUcR1  ぞくりと、背筋が震える。  流れたばかりの鮮血のように禍々しい紅。  これだ。  これが『原因』だ――  スバルは自分が呼吸すら忘れていることに気付いた。  脚がすくむ。  槍の放つ圧倒的な威圧に気圧されて、これ以上先に進めなかった。  だが――  ――ジャリ  靴底が砂を踏む音がした。  クレーターの向こう側から、一歩ずつゆっくりと、誰かが近付いてくる。  スバルの視線は音のする方向に釘付けになっていた。  逃げ出そうという発想が麻痺している。  すぐにでも逃げ出すべきなのに、身体が言うことを聞かない。  粉塵の霧が割れる。  現れたのは、一人の男だった。  狂気を孕んだ紅い瞳に、肩まで届くざんばら髪。  屈強な肉体は薄い鎧に包まれて、左手にも槍のようなものを握っている。  その貌には、欠片ほどの正気もない。  喩えるならば狂える獣。 「――■■■■■――」  言語としての意味を成さない唸り。  狂戦士は大地に突き刺さった紅い槍を握り、一気に引き抜いた。  片目がぎょろりと動き、スバルの姿を捉える。  その直後、スバルは胸の中央を貫かれた。  ――そう錯覚した。  ただ見据えられただけで、死を実感させられる。  呼吸が上手くいかない。胸が痛い。  あそこに在るのはヒトの姿をした狂気だ。  死が――狂戦士がスバルに向き直る。  あの爆発は、アイツが起こした。  つまり、ティアナを。 「……ぁぁぁあああああっ!」  瞬間、スバルは弾かれるように飛び出した。  可能な限りの速度まで加速したマッハキャリバーが、膨大な量の砂煙を巻き上げる。  スバルは狂戦士から目を逸らさず、右腕を振り被った。  カートリッジを一発リロード。  ナックルスピナーが高速で回転を始め、これから放たれる一撃の威力を高めていく。 「リボルバー……シュートッ!」  螺旋状の衝撃波を帯びた魔力の一撃が繰り出される。  辺りの粉塵を吹き飛ばし、無防備に立つ狂戦士へと迫る。  紛れもない必中の軌跡。  だが、外れた。  狂戦士の姿が突如として揺らぎ、リボルバーシュートの射線から掻き消える。  躊躇は一瞬。  スバルは思考するよりも早く、真横へと飛び退いた。 174 :Lyrical Night:2008/07/07(月) 00:02:03 ID:CY2sUcR1  攻撃のために伸ばした右腕。  それが作るほんの僅かな死角から、紅い槍の凶刃が突き出される。  着地し、態勢を整えるスバル。  その瞳が、長槍を構え音もなく突進する狂戦士の姿を映す。  穂先がスバルを貫くまでに、もはや秒の猶予もない。 ≪Protection.≫  辛うじて展開されるプロテクション。  堅牢なるその守りは魔槍の切っ先を押し止め――貫かれた。 「――え」  押し止めたのはほんの一瞬。  最初から防壁など無かったと言わんばかりに、切っ先は速度を緩めない。  狂戦士が地を蹴った音が今更になって響く。  すなわち、音速を越える突撃。  だが一瞬は止まったのだ。  その一瞬のうちに、スバルは素早く身を捻り、辛うじて狂戦士の牙から逃れる。  死をもたらす凶刃が数センチ先の大気を切り裂く。  回避できたと安堵する暇もなく、槍が消えた。  凄まじい衝撃がスバルの胴体を襲う。  狂戦士は槍の一撃が回避されるや否や、棍棒の如く殴りつける行動に出たのだ。  上向きに振り抜かれた槍がスバルを軽々と持ち上げ、その身を宙に浮かせる。 「――ぁぐ……!」  バリアジャケットのお陰で致命的なダメージには至らない。  しかし掻き混ぜられた三半規管は正しい感覚を失い、スバルの思考をフリーズさせる。  虚ろな視界が捉えたのは、左手の短い武装を構える狂戦士の姿だった。  放たれるは筋力に任せた野蛮な投擲。  それですらも音を置き去りにし、大気を引き裂いて飛翔する。  プロテクションをも容易く貫く威力に耐える術を、スバルは持たない。  抵抗の余地はなかった。  スバルは本能的に目蓋を強く瞑り、貫かれる痛みに堪えようとしていた。  響き渡る金属音。  思わず眼を開くスバル。  飛来していた槍が黒い刀身の剣と衝突し、宙を舞っていた。 「スバル!」  重力に引かれて、何か柔らかいものの上に落下する。 「痛たた……」 「ティ……ア……?」  スバルの下敷きになりながらも、ティアナが上体を起こす。  落ちてきたスバルを助けようとしたが、支えきれずに潰されてしまったらしい。 「どうして、ティアが……」 「どうしてはこっちの台詞! どうして一人で戦ったりするの!」  ティアナは砂塗れの顔をスバルに近づけた。  怒っているというよりは、心配していたという感じの表情。  スバルは言葉を選ぶように口をもごつかせた。 「……ごめん」 175 :Lyrical Night:2008/07/07(月) 00:02:31 ID:JkLA4fSX  最初に出てきたのは謝罪だった。 「ティアがあいつにやられちゃったんだと思って、つい我慢が……」 「……馬鹿」  顔を背けるティアナ。  怒らせてしまったと思ったのか、スバルはしゅんと身を縮めた。  先程の衝突だけで理解できた。  相手は自分とは次元が違う。  逆立ちしたって勝てる手段がない。  そんな敵に一人で向かっていったのだから、怒られるのも当たり前だと思えた。 「――そうだ、アイツは!」  慌ててクレーターの方を見る。  紅槍一本を構え、狂戦士は立ち止まっていた。  そして、スバル達と狂戦士の間に立つ、一人の男。 「エミヤ……さん?」     トレース オン 「――――投影、開始」  エミヤシロウの両手に魔力が迸る。  瞬時に輪郭が構成され、二振りの剣が具現化する。  左には、赤い六角形の幾何学的文様で彩られた、漆黒の片刃剣。  右には、黒剣と同じ形状でありながら一点の曇りもない、白亜の片刃剣。  これこそが宝具・干将莫邪。  対となって存在することを前提に鍛造された、夫婦剣の姿だった。  狂戦士が大地と並行に跳躍する。  もはや突進の域ではなく、肉体そのものが砲弾と化している。  更にそこから上体の膂力を乗せて槍が加速。  視覚の限界はとうに越えた。  禍き残光が一直線にエミヤシロウを穿たんとする。  それを黒剣を以って凌ぐ。  穂先を打ち軌道を逸らす程度の防御。  残像が消えるより早く、槍は狂戦士の元へ引き寄せられ、再び繰り出される。 「――――はぁっ!」  赤い鋭光の奔流を、白色と黒色の旋風が辛うじて押し止める。  嵐のような――比喩ではなく、局所的な暴風が吹き荒れる。  しかし、それも数合。  双剣を重ね、心臓を狙った一撃を正面から受ける。  咄嗟の行為といえ無謀な防御であった。  黒い刀身に亀裂が走り、砕ける。  槍は更に貫通し、白い刀身をも打ち砕いた。 「がっ……!」  直撃は防いだ。  しかし次はない。  間髪入れず致命的な刺突が放たれる。 176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 00:03:01 ID:pDZWDBVn 支援! 177 :Lyrical Night:2008/07/07(月) 00:03:04 ID:CY2sUcR1     トレース オン 「――――投影、開始……!」  槍を目掛け振り下ろされる無手。  瞬間に形を成した双剣が、再び槍の軌跡を押し曲げた。  激しい衝突の轟音が都市区画に響く。  そして、静寂。  両者の動きが止まっていた。  双眸は互いを睨み合い、武器と武器は尚も擦れあっている。  神速の剣戟から、一時の膠着状態へ。  スバルとティアナは、呆然と戦いを見守っていることしか出来ていなかった。  エミヤシロウはあの狂戦士と互角に打ち合っているのではない。  死力を尽くし、どうにか食い下がっているに過ぎないのだ。  そのことは互いの姿を見ればすぐに分かる。  肩を上下させて荒い呼吸を繰り返すエミヤシロウ。  疲労の色を微塵も見せず、最初と変わらず唸りを上げる狂戦士。  もう一度打ち合いを始めれば、数秒耐えられるか否か――  ティアナはクロスミラージュを握り締めた。  援護するしかない。  けれど、果たして通用するのか。  不安が震えとなって身体を駆け巡る。  そのとき、狂戦士が嗤った。  口の端を歪め、獰猛な牙が露出する。  アレは戦いを愉しんでいるのだ。  理性を不要とし、戦に狂う。  紛れもない"狂戦士"の姿だった。  殺刃の気迫がエミヤシロウの、ティアナ=ランスターの、スバル=ナカジマの身体を貫く。  眼に見えそうな殺気が背筋を粟立たせ、本能に近い感情を呼び起こす。  即ち、死への恐怖。  今までの戦いなど戯れに過ぎなかったのだと言外に告げている。  それだけで脚は竦み、敵対の意志を砕かれる。  しかしただ一人、エミヤシロウだけは前進を続けた。 「……ぁあ!」  槍を弾き、白剣を持つ右腕を引く。  守るだけでは勝てない。その思いが急襲に転じさせたのか。  エミヤシロウの放った突きが、紅い槍の穂先と衝突する。  歪む刀身。 「■■■――」  槍が回転し、右手の剣を弾き飛ばすと同時に、左の剣で放たれた斬撃をも弾く。  その勢いを残したまま、石突がエミヤシロウの鳩尾を打ち据えた。  足が地から離れ、数メートル後方へと吹き飛ばされる。  瓦礫の上、四肢を投げ打って、エミヤシロウは倒れ伏した。 「がはっ……」  胃液とも血液ともつかない飛沫が散る。  常軌を逸した剛力で無防備な急所を打たれては、立ち上がる力もないだろう。  気力は萎えずとも、肉体が動きはしない。 178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 00:03:32 ID:ypg85Dsq 支援 179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 00:04:01 ID:Jk4w3KWC 支援 180 :Lyrical Night:2008/07/07(月) 00:04:11 ID:CY2sUcR1  狂戦士がゆっくりと振り返る。  周囲を睥睨し、次なる獲物を探しているのだ。  しかしすぐ近くにいるはずのティアナ達になかなか気が付かない。  ――気付くはずがない。  戦闘中の隙を縫って発動させたオプティックハイドによって、二人は光学的に不可視となっているのだ。  これは一種の賭けだった。  エミヤシロウが戦っている間にスバルを抱えて離脱するか、姿を隠匿して耐え忍ぶか。  選ぶことが出来た選択肢はこの2つだけ。  前者は逃げ切れなければ終わり。  後者は狂戦士に幻術を看破する能力があれば終わり。  少しでも確率の高い方を、と考え、ティアナはオプティックハイドの使用を選択していた。  けれどこれで終わったわけではない。  狂戦士がその場から立ち去ればそれでいい。  そうでなければ、持久戦だ。  ティアナは未だ立てないでいるスバルを抱き寄せて、片手でクロスミラージュを構えた。  スバルは傷ついている。  エミヤ三尉も倒されてしまった。  いざとなったら戦えるのは自分しかいない。  恐い。  震えが止まらない。  眼から勝手に涙が零れてくる。 「でも……!」  狂戦士が、ティアナ達に背を向けて動きを止めた。  槍を振り被り、乱暴に叩き下ろす。  瓦礫が砕け、噴水のように土砂が吹き飛ぶ。 「■■■■■――――!」  次いで横薙ぎに振り抜き、ハイウェイの支柱だったものを抉る。  無差別に暴れているのだ。  理性以外のどこかで、残った敵が隠れおおせようとしていると判断したのか。  このままでは一帯が更地になるまで暴れ続けるだろう。  それが、ティアナの心に焦りを生じさせた。  立て続けに2度のカートリッジを消費し、ヴァリアブルシュートのチャージを開始する。  近付いてきたら不意打ちで叩き込むための準備だった。  しかしそれが裏目に出た。  狂戦士がこちらに振り向く。  偶然ではない。  紛れもなく、ティアナ達の存在を把握していた。  魔力収束の気配を察知したのか、それともカートリッジの音を聞き取ったのか。  どちらであろうと関係ない。  このとき明らかに、ティアナは冷静な判断を失っていた。 「あ……当たれぇ!」  魔力外殻の精製も不完全なまま、ヴァリアブルシュートが放たれる。  頭部に当たるコースで放たれたそれを、狂戦士は首を軽く傾けるだけで回避した。  最悪の展開だ。  弾道で完全に位置がばれてしまった。  こうなっては、オプティックハイドの隠匿も意味がない。  一歩ずつ、狂戦士はティアナとの距離を詰めてくる。 181 :Lyrical Night:2008/07/07(月) 00:04:37 ID:CY2sUcR1 「あ……ああ……」  クロスミラージュを握る手が震える。  恐怖に身体が竦んでいた。  逃げ出せば、背中から槍が突き刺さる。  戦えば、一分と持たず殺される。  どう足掻いても、ここから先には死だけが待っていた。  と、不意に身体が軽くなる。 「ティア、早く逃げて」  スバルが立ち上がり、ティアナを庇うように両腕を広げている。  停止していたティアナの思考回路が再び回り始める。 「バカ、何言って……!」 「だって、ほら……ティアが一番元気だから。  ティアがヴィータ副隊長やシグナム副隊長を呼んできてくれれば、きっと勝てるよ」  嘘だ。  適当な理由を並べただけなのが見え見えだ。  砂埃の向こうで、エミヤシロウまでも身を起こす。  黒い片刃剣を左手に持ち、右手に失った白い剣を出現させる。  ぼろぼろの肉体とは裏腹に、眼光はその鋭さを無くしていなかった。 「ほら、ティア」  優しい声で言いながら、スバルは拳を握り締める。  回りだしたナックルスピナーの唸りが、彼女の戦意を周囲に知らしめる。  前後をエミヤシロウとスバルに挟まれながらも、狂戦士は動揺する様子一つ見せない。  そもそもそのような感情があるのかも分からないが。  狂戦士が紅い槍を構える。  それを合図に、二人は同時に狂戦士へと駆け出した。      トレース オン 「――――同調、開始!」 「リボルバー……キャノン!」  剛拳が狂戦士の胴へ繰り出され、双剣が右腕と頚椎を狙う。  だが、攻め手が一人から二人へ増えたところで、狂える獣は止まらない。  いつ振り上げたのかも分からない速度で、リボルバーナックルに切っ先が叩き付けられる。  その勢いのまま遠心力を乗せて反転し、エミヤシロウの胴を薙ぐ。  咄嗟に双剣を防御へ回すも、一振りを砕かれ、吹き飛ばされるままに地面を転がる。  狂戦士はそこから地を蹴って、更に反転。  粗暴な蹴りをスバルに見舞った。  わずか数秒。  たったそれだけで、抵抗は潰された。 182 :Lyrical Night:2008/07/07(月) 00:05:09 ID:CY2sUcR1  残されたのは、ティアナ一人。  剥き出しの地面に膝を突き、力なく俯いている。  狂戦士が最後の敵に向き直った。 「……し、だって……」  風が吹き、粉塵が巻き上がる。 「……わたし、だって……」  狂戦士が再度槍を構え、獲物に狙いを定める。 「私だって! やれるんだ!」  絶叫に近い叫びがこだまする。  狂戦士が駆けた。  到達時間など観測できない。  紅い槍が華奢な左胸を貫通し、心臓に孔を穿つ。  その瞬間、ティアナの姿が消滅した。 「――――――!?」  狂戦士の貌に、初めて狂気以外の色が混ざる。  ティアナは目にも止まらぬ速さで狂戦士の懐に入り込んでいた。  否、そんなことは出来ない。  オプティックハイドとフェイク・シルエットを併用し、この接近を実現したのだ。  二人を迎撃するために背を向けた一瞬に、自身をオプティックハイドにより不可視化。  その場にフェイク・シルエットの幻影を残し、肉薄する。  狂戦士は完全に意表を突かれていた。  対応されるより早く、渾身の攻撃を叩き込む――!  展開するはダガーブレード。  魔力刃を得て即席の双剣と化したクロスミラージュの銃口を、狂戦士の身体に突き立てる。 ≪Variable Barret.≫  同時にクロスミラージュによる自動詠唱。  何発もの魔力弾が密着距離から叩き込まれていく。  物理ダメージに設定された全身全霊の連続攻撃。  いかにこの狂戦士が屈強とはいえ、決してただでは済まないはずだ。  なのに―― 「嘘……でしょ」  なのに――狂戦士は完全に無傷だった。  銃口を押し当てられた部分にすら傷一つ付いていない。  ヴァリアブルバレットの連射はおろか、ダガーブレードすらも効いていなかったというのだ。  耐えられたのではなく、無効化されたとしか言いようががなかった。  だが原因を理解する猶予などない。  狂戦士がティアナの腕を掴み、乱暴に投げ飛ばした。 「きゃあ!」  原型を留めていたハイウェイの支柱に背中から叩き付けられる。  ふっと視線が焦点を失い、ティアナは力なく崩れ落ちた。  仮に連射による追撃を捨て、ダガーモードで攻撃していたのならダメージがあったかもしれない。  しかしそのようなことなど知る由もなく、結末はこの通り。  荒れ果てた区画に動く者はおらず、狂戦士だけが立っている。  狂戦士はもはや振るう理由もないとばかりに、無造作に槍を持ち直した。  獲物を捕らえた肉食獣のように歯を剥き出しにする。 183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 00:05:53 ID:0AnWarg4 支援 184 :Lyrical Night:2008/07/07(月) 00:06:14 ID:CY2sUcR1  不意に空が暗くなった。 「轟天爆砕!」  太陽を隠した巨大な槌が、振り子のように狂戦士に叩き込まれる。  一身に炸裂する超絶の運動エネルギー。  狂戦士は凄まじい速度でビルのエントランスを突き破り、更に隣のビルディングの壁面に衝突した。  衝突の余波で一階部分の半分が崩れ、三十度以上の角度をつけてビルが傾く。  直撃を確認し、グラーフアイゼンがハンマーフォルムに戻される。  赤の戦衣を纏った鉄槌の騎士が、荒れ果てた戦場に降り立った。 「酷ぇ……。おい、スバル!」  ヴィータは一番近くにいたスバルを抱き起こした。  苦痛にスバルの顔が歪む。  どうやら意識はあるようだ。 「ヴィータ……副隊長……?」  目を開き、右手を伸ばす。  どんな力を受け止めたのか、リボルバーナックルは破壊寸前だった。  ナックルスピナーは三分の二が砕け欠落し、装甲全体にも亀裂が走っている。  それでも肉体へのダメージが大きくないのは不幸中の幸いだろう。  他の二人の容態も確かめなければ。  ヴィータはスバルを横たわらせ、ティアナの方へ向かって走り出した。  その耳に、誰かが走るような音が届く。 「……はぁ?」  辺りには誰もいない。  ぶっ飛ばした敵が近付いてくる様子もない。  けれど確かに音はしていた。  走る音が、硬いものを蹴り跳躍する音に変わる。 「まさか!」  ヴィータは狂戦士を吹き飛ばした先を見た。  ビルの上空に人の姿がある。  赤い槍を携えた狂戦士の姿が。  ヴィータは何が起きたのかをすぐに理解した。  奴はギガントシュラークを受けてなお動き、ビルの壁面を駆け上がり、そこから跳んだのだ。  狂戦士が空中で槍を構える。  刺突ではなく、刺翔の一撃を放つべく。 「まずい……!」  対抗の手を探るヴィータ。  だが、遅い。  紅の魔槍は閃光となり大地に突き刺さる。  爆震と共に巨大な亀裂が走り、砕けた岩盤が崩落し、暗闇が顎を開けた。  ――地下通路。  ヴィータは舌打ちした。  狂戦士が狙ったわけではないだろう。  しかしここで繰り広げられていた激戦が、地形に多大な損傷を与えていたことは想像に難くない。  都市区画の直下を走っていた地下空間の天井が破壊され、奈落のようなクレバスと化していく。  粉塵が、土砂が、瓦礫が、人が。  高架の支柱が、ハイウェイの残骸が、そして廃墟のビルが。  およそ地下空間の真上に存在していた全てのものが、突如として開いた大孔に飲み込まれていく。  規模に反して、崩壊には数十秒も掛からなかった。  やがて天変地異にも等しい破壊が終わったとき、そこにスターズ分隊の姿はなかった。  ――三日目 AM9:20――  どこかで大地の砕ける音がした。  しかし、男には何が起こったのか理解できない。  理解するだけの力が残されていないのだ。  男は廃棄されたビルの壁にもたれかかって、虚ろな眼差しを空に向けていた。  肉体も精神も、生きるための力を失ってしまったかのよう。  ただ右腕の赤い刻印だけが煌々と輝いていた。 「あーあ。チンク姉、こいつ死にかけてるよ。せっかく私達が援護してあげたのに」  誰かの声がする。 「問題ない。まだ間に合う」  別の誰かの声もする。  男には何を言っているのか理解できないが。 「お前には二つの選択肢がある。  このままバーサーカーに魔力と生命力を根こそぎ吸い上げられて野垂れ死ぬか。  それとも――」  ついに聞き取ることすらできなくなった。  少女の唇が動いているだけで、何も聞こえない。  男はただ無心に、純粋な願いを呟いた。  それを聞いた少女達が頷き合い、道を明けるように左右に分かれる。  男の前に、三人目の少女が現れた。 「さぁ、ルーお嬢様」  比較的背の高い少女に促され、三人目が手袋のようなものを外す。  線の細い右手の甲に、三画の聖痕が浮き上がっていた。 [[目次>Lyrical Night氏]]  [[次>Lyrical Night6話]]

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