「なのは&セイバーVSギルガメッシュ前編」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

なのは&セイバーVSギルガメッシュ前編 - (2010/03/16 (火) 18:38:07) の1つ前との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

―――― ソレは倒壊した瓦礫の山の上に悠然と立っていた ―――― 「…………アー、チャー…!」 剣の英霊が呆然とした表情で一言、呟いた。 それは最悪の状況での最悪の敵との遭遇。 「何故……貴方がここに…」 と口に出した瞬間―――とある可能性が騎士の脳裏を駆け巡る。 (まさか……!!) 彼女は横で自分に肩を貸している魔術師。 今の今まで命を削って戦っていた相手――高町なのはの顔を見る。    やはり彼女は敵のマスターで……    そのサーヴァントがよりにもよって……奴!? (いや………違う…) 隣にいる年若き魔術師の困惑した表情を見やり、その可能性を彼女はすぐに否定した。 本末転倒過ぎる。 第一、出てくる順序がまるで逆だ。 先に強力なマスターが率先して闘い、弱った相手を確実に仕留めるための布陣も存在するが――― よりにもよって、このサーヴァントを所有していながらそんな綱渡りのような策を弄する道理が無い。 戦力的にも、この英霊の性格的にも、である。 己が肩を支えてくれるその手を一瞬でも疑った自分を恥じるセイバー。 ならば本当に偶然か? それとも……騎士は様々な思考を巡らすが 今更、そのような思慮など微塵の意味も無い事も理解していた。 この消耗した体で絶対に会ってはいけないモノに出会ってしまった………… それはもはや変えようも無い事実なのだから。 「―――セイバー」 天上から響くような声が音となって二人の耳を貫く。 真紅の双眸が眼前の騎士を舐めつけ、男の口がゆっくりと開く。 「久方ぶりに我が自ら会いに来てやったというのに――どうした事だ?」 「っ…………」 「取るに足らん雑種と戯れ、あろう事か手傷を負うとは。    その手の聖剣が泣いているぞ? 騎士王よ」 全身をヤスリでこすられるような感覚―― その不快感にセイバーの体が総毛立つ。 ギリっと歯を食いしばる騎士。 「よもや忘れてはいまいが………お前はその髪の毛一本に至るまでが、余さず我のモノだ。    我が手に抱かれる前にその価値をこれ以上、貶めてくれるな。」 相変わらずの物言い。 何ら変わらぬ傲岸不遜―――疑いようもない、奴こそ本物の……! 「戯言を………妄言は相変わらずだな英雄王。  何故、貴方がここにいる?」 「言ったであろうが。お前に会いに来たのだと」 (………今度は何なの?) 一人、話に付いていけない高町なのは。 突如現れた黄金の鎧を纏った男。 どうやら少女の知り合いらしいが……お世辞にも友好的とは言い難い雰囲気だ。 「あ、あの……」 まるで今にも殺し合いを始めそうな様相の両者。 そんな居たたまれない空気を寸断するように口を挟む魔導士。 その行為―――― 初対面の人間とコミュニケーションを取るために必要な、得てして普通の他愛も無い行動…… 「―――紛れ込んでいるようだな。 羽虫の類が」 それがこの場においていかに危険な事であるか。 「その」引き金になってしまう事を失念してしまったのは、彼女をして有り得ないほどの不覚。 なのはが「え?」という顔をするのとセイバーの総身に鳥肌が立つのが同時――― アーチャーと呼ばれた男が、その手を上方に掲げる。 まるでスポ-ツの大会などで見られる選手宣誓をするかのようなポーズ。 あまりにも自然で――そこには何の意思も感じられない。 「アーチャーッッ!!!!」 絶叫する騎士。 構わず男が手をこちらに振りかざす。 その瞬間――― 「きゃあぁッッ!??」 「ぐうッッ!」 肩を貸し合い、やっとの思いで立っている二人の間にダイナマイトが破裂したかのような爆風が巻き起こる。 衝撃が二人を分かつように別の方向に吹き飛ばす。 「な、何をっ!??」 支えを失い、地面に倒れ付すセイバーを横目に前方の男を見るなのは。 真紅に燃える瞳――表情のまるで読めない双眸が魔導士高町なのはに向く。 瞬間、彼女の背中をゾクリと、特大の寒気が駆け上がった。 「メイガスッ!!」 倒れたセイバーの絶叫。蒼白になる騎士の顔。 このタイミングでは届かないと、間に合わないと分かっていながらも、あげずにはいられなかった声。 「それではダメだ!!」 セイバーの悲痛な叫びは、敵の攻撃を迎え撃とうと張った 魔導士の張った盾に対してのものだった。 それは長き戦歴において体に染み付いた彼女の防御行動にして鉄壁のシールド。 その尽きせぬ不抜と…………何かが――空間にて激突した! 「ぁッ!!??」 ガオォォォォォォォォン!、という鼓膜に突き刺さるような不協和音が鳴り響く。 それはなのはの盾と飛来したモノが削り合い、滅し合うデッドシンフォニー。 そして今、高町なのはの全身を直下型の地震のような衝撃が襲う。 (く、は…………ッ!!!!!!?????) な、…………………… 何てこと……… その瞬間、教導官の思考に電流が走った―――――― 冗談としか思えない………でも事実――― その瞬間、理解ってしまった。 凄まじい衝撃に視界が、思考が、掻き乱される中 その身体が、百戦錬磨の経験が、センスが答えを出してしまった。 (あ……………あぁ、…) 即ち――――――― 「終わった」、と。 ―――――― その何かは間違いなく眼前の男の攻撃に他ならなかった。 彼女が視認出来ただけでも、投げられた武器は剣――― 否、剣は1本と、槍?  矛のような長物が2本。 計三本の凶器が高町なのはの展開したシールドに突き立っていたのだ。 その威力は―――先に戦った騎士の一撃と比べても何の遜色もない程の衝撃。 なのはの両足が地面に亀裂を作る。 それ程の攻撃―― そんなモノを今の消耗した体でまともに受けてしまった。 騎士の少女との先の壮絶な激戦。 体力。魔力。精神力。全てを限界まで出し尽くした肉体に力など残っているはずがない。 言うまでも無く、それは余りにも致命的なミス――― なのはの総身を冷たい汗が支配する。 初動に何の力強さも脅威も感じさせないような男の投擲 その勢いが、シールドに阻まれてなお止まらない。 まるで暴れ狂うドリルのように今も魔力障壁を抉り、砕き破ろうとしている。 「う、あッッ……かはッ…!!」 パチパチとブラックアウトする意識の中、なのはの喉から苦しげな嗚咽が吐き出される。 セイバーとの激戦がなければもう少し何とかなったのかも知れないが、既に後の祭り。 盾を展開する腕がブルブルと震え、肢体から力が抜けていく。 下半身が崩れ落ち、ヒザをつきながら、まさに最後の抵抗とばかりに搾り出すシールドへの魔力供給。 「………ううッッ!!」 その盾が蜃気楼のように儚く消えかかる。 頭を下げ、全身を震わせ、右手に全ての力をこめて 左手のレイジングハートがカートリッジを叩きこむ。 その遮二無二なりふりかまわない防御行動―――意識を失うほどの突発魔力放出。 それはある意味幸運だったのか…… 眼前に展開されるあまりにも無慈悲な光景を見なくても済んだのだから。 「無礼者。誰が抵抗を許したか」 男がまるで埃でも払うかのような仕草を取った。 すると男の手からまるで冗談のように、新たな剣が飛び込んでくる。 ――――その数、10本!! 黄金に輝く男の紡ぎ出した言葉こそ彼女にとっては絶望の調べ。 まるでダーツや輪投げ。他愛の無い遊戯に勤しむかのような気軽さで――― 男は、高町なのはに 「抵抗するな。死ね」 と言った。 「場にそぐわぬ痴れ者よ。  我の気分を害する前に――疾く消え去るが良い!」 (…………ああ、ッ…くっ!!) ザクリ、ザクリ、ザクリ、ザクリ――― その悪夢のような光景を正面に見据える事すら叶わず 下を向いて歯を極限まで食い縛り、なけ無しの力を振り絞る。 投擲された凶器が、既に力尽きる寸前のなのはのシールドに新たに突き刺さる。 その様相は横から見るとまるでハリネズミのようで――― 即席の剣山は数秒ほどの鑑賞の暇を周囲に与えた後………… その土台である桃色のシールドを粉々に砕き散らす! パリーーーーーンッ!!!、―――― 鉄壁と称された高町なのはの防壁が容易く、あまりにも容易く撃ち抜かれた。 その音が辺りに、そして彼女自身の耳に鳴り響いた。 諦めない、決して折れない、そんな不屈の心を発揮する暇すらなく 剣が盾を抜き 純白のバリアジャケットを犯し――― 彼女の体に突き刺さる様はまるでスローモーションのよう。 困難な戦い。九死に一生の状況。 あらゆる戦場を乗り切り生還してきたエースオブエース高町なのはの――― 「…………はッ………そ、ん…」 ―――――――――あまりにも呆気ない最期がそこにあった。 ―――――― その時――――疾風が吹き荒ぶ 高町なのは―――その今わの際となる筈の光景において 横合いから強壮な一陣の突風が吹き荒れ、彼女の栗色の髪を揺らす。 無二の親友に負けないくらいに綺麗な金の髪。 白銀の肢体が視界を覆う。 その記憶を最後に――――― なのはの意識は完全に闇に堕ちていった。 ――――――― 突如、乱入した黄金の殲滅者。 その凶刃にかかり倒れ付す白き魔導士。 大地に力無く横たわる無残な遺体には、英雄王の放った宝具 その剣や矛が突き刺さり―――――― 「――――何の真似だ。セイバー?」 ――――――――――――刺さっていない……? 黄金の王が心底、不思議そうに首をかしげけいた。 彼女の体を貫くはずだった計13本の武器は、なのはが倒れている遥か左側――― 横あいから空間ごと凪ぎ倒すように払われたセイバーの剣戟によって 魔導士の全身を串刺しにする直前に弾き飛ばされ、各々機能を失い、散乱していたのだ。 「それはこちらのセリフだ……!」 剣の英霊、サーヴァントセイバーが気絶した高町なのはを背中にかばい 立ち塞がるように男の前に立つ。 「その者は……このメイガスは私との戦いで負傷しているのだ!  傷ついた者を横合いから撃ち倒すなど己が非道で英霊の名を汚すか!?  恥を知れアーチャー!!」 「打ち倒す? 異な事を―――――  眼前の目障りな埃をただ払っただけであろうが?」 人を人とも思わぬ物言い。 その迫虐なる所業は相変わらずだ。 決して自分とは相容れぬこの暴君に対し、あらためて怒りを露にするセイバー。 「英雄王。この者は我らが争いとは何の関わりも無い。  そのような者に妄りに手を出し殺めるような外道―――  偉大なる最古の王の名を貶める事になると知れ!!」 「ク、クククク……」 姿を現し、今まで表情一つ変える事のなかった英雄王がくぐもった笑いを漏らす。 「何を笑う!!?」 「なに。先程までその関わり無き有象無象を相手に  全力で戯れていた者の言葉とは到底思えなかったのでな。  いささか興が乗ったというだけの事よ。」 「そ、それは………」 言い淀むセイバー。 自らの戦歴においての有り得ない失態を男に突かれる。 「………我が身の不明だ…」 初めの喝声がウソのように頭を垂れ、自身の無様を悔い入るセイバー。 「ク、クハハハハハハハ……」 ギルガメッシュの愉悦は止まらない。 堪え切れないといった様相で喉から嘲いを搾り出す。 「騎士王ともあろう者が―――前後不覚にて剣を振るい  あまつさえ宝具まで使用し、挙句が間違いであったと?   これは傑作だ。 クク……セイバー。返す返すも我を笑い死なせるつもりか?」 「………っっ」 下を向き、その侮蔑に耐える。 何を言われても仕方が無い……自分とてこの件に関しては説明がつかない。 何故こうなったか未だに理由が分からない。 まるで誰かに踊らされたとしか思えない醜態だったのだから。 「良い。聡明である筈のお前の失態―――  その羞恥に悶える様もなかなかに乙なものよ。  我は気にせぬ、セイバーよ。 たまには違った趣向で愛でてやるも一興であろう?」 真紅の双眸が、ザラついた口調がセイバーを嬲る。 ギリ、ギリ、と奥歯が鳴る音がビル通りに木霊している。 一言も言い返せず、論ずる術も持たない騎士。 「…………場所を変えるぞ英雄王。」 そして彼女の取った行動は―――黙殺。 屈辱に塗れるその身に耐え兼ね、一方的に話を切るという 「王」同士の邂逅においてはこれ以上ない――敗北宣言に等しい行為。 「よかろう。ここは埃で汚れる」 愉悦の余韻を収め、大人しくセイバーの要求を呑むアーチャー。 この男に何を言われようと仕方がない。それは自己の不明に科したせめてもの咎。 ギルガメッシュにではなく―――後ろで痛々しい姿を晒し、気絶している魔術師に対しての…… あれほどに酷い目に合わせてしまった彼女を前にして、自分が何を言い返せるというのか? 己が象徴たるエクスカリバーを敵以外の者に向け、自らの戦に巻き込み 結果、アーチャーの凶刃に晒させてしまい瀕死の重症を負わせたのだ。 (済まなかった……メイガス。この償いは必ず―――――)  自分の後ろ。 ダメージで未だ意識を取り戻さない魔導士を背中に見やり、心の底から頭を下げる騎士。 この闘いを乗り切れたら、今一度ちゃんと話をしようと決心を新たにしつつ――― 白銀の騎士王は黄金の英雄王と共に夜の闇に………消えていった。 ―――――― こうして―――― 任務中の高町なのはを襲った激しくも不思議な突然の事態。 その暴風のようだった夜が終わる。 日時は夜明けというにはまだ早い、だが空が白み始めている事から察するに あと2~3時間で日が昇ってくるであろう事を予想させる。 気絶していた彼女が意識を取り戻した時、その体はまるで天災に巻き込まれたかのようにボロボロだった。 鉛のように重い身体。 心身ともに極度の疲労。 限界を超えた反動による痛み。 BJやデバイスに組み込まれた簡易治癒魔法のおかげで行動を起こせる程度には回復していたその肉体ではあるが―― 「…………つっ、!」 利き腕―――豪壮無双のセイバーの剣を往なし続け、撃ち続け つい先ほどは謎の敵の投擲を防ごうと酷使に酷使を重ねた左腕の肩から二の腕の関節の痛みが激しい。 既に持病となっている左腕関節の磨耗の激痛に顔をしかめながら、なのははゆっくりとその場に両の足を立たせた。 ともあれ、動けるのならばすぐに行動に移さなくてはならない。 ゆっくりしている時間は無い。 やる事は山積みだし、ここに留まっている理由も無い。 「………………」 次の目的地を求め探索。災地から避難。 脅威からの撤退。 とにかく一刻も早く行動に移さねばならない局面。 にも関わらず、なのははそこに黙って佇みながら………ある一方を見据えて動かない。 彼女の視線の示す、遥か先には――――― 豪放なる剣戟の音と、殲滅戦じみた爆音が交錯し飛び交う そんな地獄が展開されているのだった。 ―――――― NANOHA,s view ――― 他愛ない夢を見ていた気がする―――― 昔、映画を見て凄く恐いと思った事。 娯楽だと割り切れない、いつまでも心に残った不快感。 暢気なものだ……気絶させられて眠りこけて 気持ちよく夢から覚めた私がようやく意識を取り戻した頃には そこにはもう誰もいなかった。 騎士の少女も、あの謎の敵も。 …………… 「いつ以来、かな……」 …………… そう、いつ以来だろう。 こんな簡単にノックダウンされちゃったのは……… 気がついた時に一番初めに思った事がそれ。 完全に瞬殺だった。 終わった、と思った。 抗いようの無い死。 その決定的な事実を体が覚えている。 突如現れた黄金の鎧を纏った男の人。 その人の一撃で何も出来ずにノックアウトされたんだ。 あの時、本当なら間違いなく私―――高町なのはの人生は終わっていた。 「あの娘に……セイバーさんに助けられたんだ…」 吹き飛ばされる前に辛うじて見た白銀の輝き。 串刺しになる手前、自分の前に飛び込んできてくれたあの背中を覚えている。 まさに九死に一生。 何も出来ずにやられて、助けられて 悔しくて、少し情けなくて、とても………怖い。 「…………」 その原因である――あの紅い瞳の男の人を思い出す。 あの人の目には――――私が映ってなかった…… こちらにその瞳が全く向いていなかったから感情も読めなかった。 というより本当に、さしたる感情を抱いていないように見えた。 だから探りを入れようと不意に近づいた私に――― チラっと目を向けたと思ったら、ザク、ザクって、本当に間抜けな話だよ…… 埃か何かを払うかのような気軽さで私の命を摘み取ろうとしたあの人は きっと、その行動にすら何の意味も見出してないんじゃないかと思う。 誰もいなくなった瓦礫の山――― その只中で、私は相棒の杖を抱きしめて 未だクリアにならない思考をまとめる作業に四苦八苦。 色々、立ち直って復帰するのにもう少し時間がかかりそう…… ―――――― SABER vs Gilgamesh ――― 騎士王アーサーと英雄王ギルガメッシュ――― 星の記憶に刻まれる幾多の闘争の歴史において 間違いなく最高位に刻まれるであろう、その対峙。 それは冬木の聖杯戦争――――その第4次、5次のラストカードでもあった。 縁深き二人の王の邂逅。 互いに引けぬ理由があった。負けられぬ意地があった。 まるで運命に導かれたかのように彼らは時空、次元を超えたかの地にて再び邂逅を果たす。 「ぐ、ぁっっ!!」 だが……今、為す術も無く吹き飛ばされたのは剣の英霊。 これで一体、何度目になるのか。 戦闘が始まって数刻も立っていないというのにセイバーは既に満身創痍だった。 幾度かになる神速の突進は、敵の魔矢によって悉く阻まれ男にまるで届かない。 「っっっっ!!」 降り注ぐ暴力の雨を避け続ける。 その一本に太股を抉られ、バランスを崩すセイバー。 左前方から2本、左から3本、殺戮の凶器が襲い来る。 直撃は回避するも着弾の度に巻き起こる爆風で、まるでビーンボールのように弾け飛ぶ銀の甲冑。 「ぐ、ううッ!!」 剣を杖代わりに身を支えるセイバーの足元。 そこに間断無く、つるべ落としのように撃ち込まれる宝具。 少女の小さな身体が空に舞い上がり、そのままビルの外壁に叩きつけられた。 「ハァ、ハァ……は、」 ズルリと崩れ落ちる白銀の騎士。 その目……薄緑の瞳だけが異様な光沢を放ち、敵である黄金の王を射抜く。 未だ衰えぬ戦意。 獰猛なまでの殺気を放ち、ぐったりと倒れ付しそうになる足に喝を入れて立ち上がる騎士王。 だが傍から見なくても分かる―――まるで相手になっていない…… それは当たり前の話だ。 最強のサーヴァント・英雄王ギルガメッシュ。 ベストコンディション――十全の状態ですらまともに戦えば瞬殺されかねない相手である。 そんな相手を前にしているにも関わらず、今のセイバーは既に一戦やらかした後だ。 戦闘不能のダメージではないにせよ聖剣の使用も手伝って身体能力・出力共に6、7分以下に落ちている状態。 「く………おおおおぉぉおおっっ!!!」 手負いの獅子が圧倒的戦力を前に吼え猛る。 だが……そんなハンデを抱えた状態で――――― この男と勝負になるわけがなかったのだ……… ―――――― <Master...Is it all right?> 「ん………」 彼女の相棒である杖。 そのデバイスが心配そうになのはを気遣う。 「大丈夫だけど……あと3分ちょうだい」 頬をパンパンと叩いて気合を入れ直す彼女。 その仕草はどこか男性的で、華奢な女性にそぐわない仕草ながらも 彼女がやると何故か様になってしまうから不思議である。 しかして一夜のうちにこれだけの事が起き、何よりも先ほど紛う事なく死に掛けたのだ。 流石のなのはとて混乱はしている。 だが、いつまでも敵に怯え、竦んで動けなくなる彼女では決してない。 KOのショックはまだ完全に抜け切らないが―――― (固まってなんかいられない…………  幸い深手は負ってない。 問題は…) そう、今は深刻な問題がある。 この状況に対し、行動の指針を立てなくてはいけないという事。 つまり、これからどうするかだ。 あの少女との戦い―――追っ手による包囲、襲撃を警戒し過ぎて 勇み足で一戦やらかしてしまった、あの壮絶バトル。 事情を語り合った時の少女の動揺。 互いに決定的なボタンの掛け違いをしていた事は明らかだった。 ならば続いて出てきた男とのやり取りも含めて 自分はたまたま行われていた何らかの争いにただ巻き込まれただけの被害者とでもいうのだろうか? ならばそんな争いは放っておいて、一刻も早くこの場を立ち去り、今後に備えるべきか? だが時空管理局局員はその作戦領域において 危険な武力衝突があった場合、これを鎮圧する義務がある。 それを見てみぬフリをして、あまつさえ放置するなど職務放棄に他ならない。 しかし難しい事にそれはあくまで二次的要因。 本来の任務から逸れ、なおかつ支障をきたすとあっては話は別だ。 問題は、この目の前で起こった争いがエース級魔導士である彼女をして その能力の容量を大きく超えている恐れがあるという事だ。 期せずして立ち会った騎士は過去最強クラスの相手――― そして、後に出てきた者はその騎士すら遥かに凌駕する圧倒的な怪物の様相を感じさせる。 現にその男の一撫でで――彼女は潰されかけたのだ。 正義感に酔い、余分な事に首を突っ込んだ挙句、任務を達成できずに無駄に命を散らす。 一部隊の隊長としてそんな事は許されない。 「…………………」 考える。考える。 何が最善であるのかを 自分が本当にしたい事は既に決まっているにも関わらず――考える。 そもそも、本当に無関係なのか? スカリエッティを追ってきてここに辿り着いたのではなく 彼によってここに転移させられた可能性は大きい。 この目の前で起こっている戦いも実はスカリエッティが起こしたもので 何らかの目的で自分をその渦中に放り込んだ――― 飛躍した意見ではあるが、逆に無関係と断ずる材料とて何一つ無い。 なのに、このまま行ってしまって良いのか? これを単なる災難として処理してしまうのか重要なファーストコンタクトと取るかによって 今後の運命が決まってしまうかもしれないという局面。 迂闊な判断は下せない。 と、思考に思考を重ねてもとにかく情報が……判断材料が少なすぎる。 どれだけ理屈を並べても平行線。  答えなど出る筈も無かった。 ……………… ――― 実は平行線ではない ――― 先も言ったが彼女の心自体は初めから決まっていたのだ。 高町なのはとしても一刻も早くその行動に移りたいという思いが。 だが管理局の一魔導士としてそれを認められるかどうか。 公私混同、私見に悖る行為は許されないという枷が彼女の一歩を重くする。 子供の頃の自分であったなら―――1も2も無くすっ飛んでいっただろうに…… つまり、まだ何も知らない、ろくに話も聞けなかった――― ついには一言も言葉を交わす事のなかった――――騎士の少女。 意識を失う前にかろうじて見えた銀の後姿に……なのはは想いを馳せているのだった。 ―――――― NANOHA,s view ――― 決断を下すには何というか……心情的なものが邪魔をしてる さっきから気になって頭の中から出て行かない騎士の少女――――セイバーさんの事。 私を身を挺して助けてくれた女の子……彼女がいなかったら私は今頃、こうしてはいなかった。 フェイトちゃんの時やヴォルケンリッターの皆の時と同じような闘いから始まった出会い。 凄く気になってしょうがない。 感情的にも、そして現在の状況的にも。 結局、つまるところ私はこのまま離れたくなかったんだ…… 私の視線のずっと先で多分、彼女とあの男の人が戦っている。 その余波がこちらにまで届いてきている。 二人が闘いになった場合、恐らくあの少女は勝てない。 対峙した時の「格」の差……横から見てすら、理解できた。 しかも私との戦闘で少なからずダメージを受けている。 なら、今この場を離れるという事は彼女を見捨てるという事と変わらないわけで…… 「それは……有り得ない」 命の恩人であり、事の何かを知っているかも知れない当事者であり 理屈抜きにどこか気になるあの娘を見捨ててどこかへ行く? 彼女がやられるのを見て見ぬ振りをする?  その選択は………ちょっと取れない。 「じゃあ迷う事なんて無い……幸い任務に抵触する要素も無いんだし」 このまま追いかけていったとしても任務中だから私見にかられた行動はできない。 それどころか管理局の魔導士として二人と接する以上 立ち回り次第ではあの二人を同時に相手にする事になるかも知れない。 そうなったら……きついなんてものじゃない。 本当に何も出来ずに潰される。 それでも答えは初めに出ていて、いくら理論で否定しようとしても結局、私はそれを捨てきれない。 何が正しくて何が間違っているのか分からない時 そんな時は自分が正しいと思う事を貫き通そう…… そうすればきっと後悔はしないはず。 「よし……決めた」 レイジングハートを握り締め――――彼らから遅れる事、数十分。 二人の消えた先。 恐らく激しく戦っているであろうその地点を見据えて――― 私はその一歩を踏み出した。 ―――――― SABER vs Gilgamesh ――― 「…………こ、ふ…っ」 少女の口から吐き出されたモノがアスファルトを紅く染めていく――― 「はぁ………はぁ、はぁ……」 息も絶え絶えながら彼女の戦意は微塵も衰えていなかった。 だが………体が動かない。 足がついていかない。 もはや誰が見てもセイバーは限界だった。 「――――セイバー。 どうした事だ? その様は」 そんな少女をまるで猫が鼠をいたぶるように痛めつけていく黄金のサーヴァント。 何の抑揚も感じさせない口調で、そんな疑問を口にする。 英雄王は本当に心底、不思議といった表情で首を傾げていた。 「アーチャー………何故、本気でやらない…?」 ギリっと歯を食い縛りながら―――搾り出すように言葉を返す騎士王。 弄ばれている事は重々承知。 その顔は屈辱と苦渋に染まって余りあるものだった。 「その慢心が元で幾度、その身を地につけたか……  忘れたか―――英雄王ッ!!!」 「たわけ。慢心せずして何が王か?   雑兵と同じ目線でものを語り、剣を振るうお前こそ  王道を解せぬ凡夫の所業であろうが?」 「ならば凡夫の剣とやらをその身に受けるか英雄王……  貴様をここで打破出来るとなれば、それはかえって僥倖やも知れぬ…  今宵の聖杯戦争における最強の敵をここに葬り去れるのだからな!」 壮絶な笑みをたたえるセイバー。 空気を震わす程の裂帛の気勢を放ち、眼前の敵を討ち滅ぼそうと歩を進める。 「聖杯戦争?―――」 その戦意を受けながら男はまるで動じない。 涼風の如く受け流しながら―――― 「何を言っているのだ? お前は」 「………??」 「セイバー。言ったはずだぞ―――お前は我のモノだ」   彼は哀れむようにセイバーを嗜めた。 生まれたばかりの赤ん坊にはその世界の事など分からない。 無知蒙昧ゆえに何も理解出来ず、判断を下す材料すら持ち得ない。 「その輝きを曇らせ、我をあまり失望させるな、と。」 そんな無力な赤ん坊を優しく叱って諭すかのように―― 英雄王は目の前にいる少女に言葉を紡ぐ。 「何…? 何の事だ……?」 「ふん、まあ良い。 愚昧なる器に収まっていようが  その価値が容易く失われるほど安くはあるまい?   お前という女はな。」 「っ!  戯言をッッッッッ!!!!」 突っぱねるセイバー。 この男の言動が不可解なのは今に始まった事ではない。 いちいち耳を傾けてやる道理なども無いのだ。 「だああああああああッ!!!」 全てを振り払うかのように身体を引き摺る。 跳ぶ。 何度でも何度でも。 「アーチャーッッッ…………!!」 だが跳んだ先に幾つもの剣や槍が怒涛のように突き立つ。 その度に押し戻される騎士。 何とか肉迫しようと地を蹴るセイバーの姿はギルガメッシュの目には滑稽なものにしか映らない。 そしてやはり本来のキレがない騎士の突進。  トップスピード、反射速度共に遥かに落ちている。 荒い息を整える間もなく踏み込もうとする騎士の両足に 真珠の煌きを放ちながら飛来する短剣―――宝剣マインゴージュが突き刺さる。 苦悶に顔を歪めるセイバー。 大火力を誇る宝具の投擲の合間を縫うように放たれた小剣に対し、咄嗟に反応が出来ない。 「う、くっ……」 カクンと下半身の力が抜ける。  その動きを止めた所に放たれる狙い済ましたような大火力の凶器――― (おのれ……!) 足を負傷し、彼女はその場で一瞬、棒立ちになってしまう。 射手を相手にした場合、その圧倒的な銃弾掃射を前に動きを止めてしまう事は即ち死を意味する。 そして今まさに騎士を串刺しにせんと手を挙げる男。 ―――――そのちょうど中間地点に 「むう?」 「………!?」 ―――――――発光一閃!!! 突如として光の柱が立ち上った。 ―――――― 突如として視界を遮る光の束にセイバーが目を見張る。 何かの壁が落ちてきたと錯覚するほどに巨大なそれは―――魔力で編まれた極大の魔砲。 天から降り注いだそんな桃色の魔力の柱に、彼女は覚えがあった。 「……どんな理由があるのか分からないけど」 セイバーとギルガメッシュの立っている大地の その中央に巨大なクレーターを作った大砲撃。 それを叩き込んだ張本人。 「傷ついている人を相手に対しての一方的な暴力……  とても見逃せる範疇を超えています。」 白き魔導士、高町なのはが空中にてセイバーを そして今、自分に真紅の瞳を向けたあの男――英雄王ギルガメッシュを見据えて叫ぶ。 「時空管理局航空隊所属、高町なのはです!!   今すぐ武器を収め、戦いをやめなさい!!」 管理局魔導士としての責務。 エースとしての誇り。 己が高町なのはであるがために――やるからには何一つ疎かにはしない。 全てを背負って、今度は自らの意思で死地へと降り立つ彼女。 唖然という表情で上空の魔導士を見やるセイバー。 そしてギルガメッシュの視線が彼女と交錯する。 ことにその真紅の双眸に射抜かれた瞬間 彼女の脳裏に先ほどの悪夢のような光景がフラッシュバックするが―――だが先程とは違う! その重圧を振り払い、男をキッと睨み返すなのは。 一度戦場に出ればこのエースに竦むという言葉は無い。 どんな初動、仕草も見逃さないという意思と 先程のような無様は絶対に晒さないという決意と 場合によっては戦闘も辞さないという確固たる覚悟。 その全てを瞳に込めて―――なのはは眼前の男に全てをぶつけていた。 「――――」 しかして…………横目にてなのはのそれを受け止めていたギルガメッシュ。 射抜くような彼女の戦意に対し、彼の取った行動は―――――――無視。 「――――」 まるで何も見えてなかった――魔導士の警告など聞こえていなかったかのように 男はなのはから視線を外し、セイバーに向き直る。 その手を上げ、再び眼前の騎士に対して向ける。 その腕が―――今、魔力の縄によって拘束された! 「もう一度言います。  武器を収め………速やかに無為な武力行使をやめなさい!」 腕だけではない。 その縄は黄金の鎧をまとった男の胸部、腰、足。 全身に絡みつき、男の自由を奪っていた。 バインド―――― 犯罪者を捕らえる時に使用されるミッド式魔法の捕獲術。 それがまるで警戒をしてなかったギルガメッシュの身体を見事、束縛する。 仁王立ちを崩さないながらも、手足の自由を奪われた(ように見える)男が 自分の体に巻き付いたそれを不思議そうに見て―――口を開いた。 「――――セイバー。 あの羽虫は………何を言っている?」 「メイガス!? どうして!!?」 セイバーの隣に軽やかに降り立った魔導士に向かい、批難の声を挙げる騎士。 だが取り合わないなのは。 そんな少女の体を見て、ただ顔をしかめて唸る。 (酷い……本当に) ――― 嬲りつくされた ――― 一言で言うならば、まさにそんなところ……… 何の抵抗も出来ないその身を一方的に打ち、斬りつけ、引きずり回した――― そんな様相がありありと見て取れる。 あと数刻、自分の到着が遅れていたらどうなっていた事か。 対するあの男はまるで無傷。 その身体に擦り傷一つとして負ってはいない。 息も切らしてないその表情を見て、今の今まで彼が戦闘をしていたなどと誰が信じられるだろうか? そんな一方的な蹂躙に怒りを覚えると共に――― この強い騎士をこうまで一方的にあしらった事実に、彼女はあらためて戦慄を覚える。 「大丈夫………じゃないよね。どう見ても」 「バカな! 私の事などどうでも良い!!   早くこの場から離れて下さい!! 出来るだけ遠くに!!!」 「どうでも良くは無いよ。」  有無を言わさぬ魔導士の物言い。 その迫力に一瞬押されるセイバーである。 「いきなり斬り付けられたり撃たれたり、そんな目に合わされた挙句  実は貴方には関係なかったからどっか行ってと言われても……  わけが分からない。 せめて納得の行く説明を聞かせてくれないと。」 「それは……だが今はそんな状況ではないのだ!」 「聞いて欲しい事があるの。とにかく………  二人とも武器を収めて。 そちらの貴方も」 「っ! 駄目だナノハ! この男は話し合いの通じるような相手では――」 騎士の静止の声を無視し、なのははセイバーの前――― 未だ桃色の捕縛縄に捕らわれている英雄王ギルガメッシュと正面から向き合う。 (馬鹿なっ! 殺される!!) 蒼白を通り越した表情のセイバーだ。 確かに非はこちらにあるし、納得できないというのも分かる。 だが、何故むざむざと死地に舞い戻ってきたのか? 傷ついたその身でアーチャーの間に立てばどうなるか―――彼女ほどの手合いに分からぬ筈がない。 はたして対峙する英雄王を前にその口を開こうとする魔導士。 その眼前――無造作に、さして動いたとも思えぬ黄金の身体。 絡め取ったはずの金の鎧に巻き付いていたバインドが―――ブチブチと、音を立てて千切れていく。 「…………!」 注意深く近づこうとしたなのはだったが、その異変を察知し歩みを止める。 六間半ほどの間合いを保ち―――改めてレイジングハートの砲身を男に向ける彼女である。 (バインドをあんな簡単に………捕縛魔法用のアンチマジック…?) 緊張の面持ちを見せるなのはを前にして是非も無いといった表情で佇む英雄王。 男を守護する鎧もまた、古今東西のありとあらゆる魔術礼装をその身に編み挙げた、彼の宝物庫を彩る宝具の一つである。 生半可な魔法などは苦も無く弾き返してしまう。 この結果は必定。 この世の果てに至るまで探しつくそうと……… ―― 王を縛る縄など 存在するはずがない ―― (くそ………動けっ!!) このままではあの魔術師は殺される。 傷付いた身体に再び鞭を打ち、英雄王に飛びかかろうとするセイバー。 無関係な者を自分達の戦いに巻き込み、傷つけるのはもうごめんだ。 そんな想いを碧色の双眸にたたえて身構える彼女と――― 口元を引き締めて、最強のサーヴァントを相手に堂々と退治する高町なのは。 「良いだろう――――赦す」  そんな様相を前に―――― 英雄王が………なのはに対して始めて、その口を開いていたのである。 ―――――― (なっ!?) 再び魔導士の盾になろうと飛び出しかけたセイバーが絶句し、固まる。 呆気に取られる少女の顔。 この男は自身が認めた相手以外の者の一切の権利、主張を認めない。 それは何度と無く対峙したセイバーが一番良く分かっている。 その暴君が―――話し合いに応じた? 「赦すと言っている。申すが良い」 「……………」 固まる騎士王を尻目に、紆余曲折あったにせよ どうにかして対話にこぎつけられた事に安堵するなのは。 コクン、と首を縦に振り―――― 高町なのはは自らの目的。自分の素性。 不測の事態でこの空間に飛ばされてきた事。 規定の許す範囲で己が事情を二人に語り始めるのだった。 ―――――― 場を―――沈黙が支配した。 どうにか戦いを中断してくれた少女と男を前に 現在の事情をゆっくりと慎重に語って聞かせる高町なのは。 異なる世界からやってきた犯罪者がこの地に逃げ込んだ。 自分はそれを追ってきた法務機関の人間であり 追跡中、セイバーとかち合い戦闘になった。 逃げてきた男の狙い、目的の一切が不明。 この聖杯戦争というものに何らかの関与があるかどうかも分からない、等等。 一通り話し終えた魔導士が黙って二人の出方を待つ。 ほとんど見切り発車の状態であるが、それでも踏み込んだ以上はやるしかない。 途方も無い化け物二人を前にして強い決意を胸に秘めて立つ高町なのは。 ややあって――――目の前の男から目を離さず 最大限の警戒を怠らないままに騎士の少女、セイバーが口を開く。 「大体の事情は飲み込めましたが―――私に協力できる事態であるとは到底……  元よりこの身はマスターの剣に過ぎず、眼前の敵を打ち倒す以外の術を与えられていないのです。」 申し訳なさそうに言葉を紡ぐ騎士である。 今の話でこの魔術師に対する大方の疑問は氷解した。 だが……… 「聖杯戦争の管理者………協会から派遣されてきた者が新都の教会にいる筈です。  またはこの地の管理者である遠坂―――凛に助力を仰ぐか……  異邦の犯罪者がこの地に紛れ込み、聖杯戦争に介入してくるというのなら  どちらも協力は惜しまないはずです。」 自分の知る限りの情報を魔導士に提供する。 その間も視線は眼前の男から逸らさない。 あくまで臨戦態勢を解かず、自らの宿敵を見据えながら、一言――― 「私にはこのくらいしか言えない…  彼らの所にまで、この身が案内出来ればよかったのだが……済まない。」 その先は言葉にするまでも無い―――― 目線だけで「察して下さい…」という意思を伝え、騎士は短く謝罪の言葉を述べた。 意図は至極単純。 なのはにもそれが分からぬ筈が無い。 ――― 今はそれどころではない ――― つまりはそういう事だ。 戦闘を中断したといってもそれは一時の事。 何せ宿敵と対峙しているのだ。 このような状況で暢気に談話をしていられるわけが無い。 程なく騎士の横顔が、再び戦闘者のそれへと変わっていく。 今にも獲物に飛び掛らんとする猛獣の如き双眸――― それは「話は終わりだ。下がっていろ」という、なのはに対しての意思表示でもある。 「……………」 (――――ガチン) 「――!?」 その少女の気迫、立ち昇る殺気は見る者を竦ませるほどだが しかし、それで引き下がるわけにはいかないのだ。 ここに―――金属と金属が軽くぶつかる音が響いた。 セイバーの右手にささやかな負荷がかかる。 「………メイガス?」 男に対し聖剣を右下段に構え、今にも飛び出そうとしていた騎士。 その剣に対し、なのはが横からレイジングハートを絡めたのだ。 まるで剣を上から抑え付けるような行動は――確認するまでもなく、刃を引かせる行動に他ならない。 「さっきも言ったけれど私は時空管理局という組織に所属しています。  管理局魔導士には自らの管轄内において  武力衝突を鎮圧するという責務と権限も与えられてるの。」 ……………… またも沈黙―――なのはとセイバーの目が合う。 「聖杯戦争というものが何なのか私は知らない……  だけど目の前で戦闘行為が行われている以上―――  見て見ぬフリをして通り過ぎるわけにはいかない。」 そう、表向きの理由はそれ。 紛う事なき管理局局員としての責務を全うするための介入だ。 しかし真の目的は―――まずは兎にも角にも目の前の負傷した騎士を助ける事が先決。 両者の戦い……それは彼女の予想した通りの有様。 やはりまるで勝負になっていない。 このまま戦闘を続けさせれば少女は間違いなく死ぬ。 それだけは阻止したい……その一心で、彼女はダメージや葛藤を飲み込んで二人の前に立ったのだ。 「―――なら、どうするというのです?」 そんななのはの言葉を前にセイバーが目を僅かに細める。 絡んだ剣と杖が、ギチ、ギチ、と耳障りな音を立てる。 「この戦いは無頼同士による突発的な私闘ではない。   冬木の地にて魔術師の管理の下、制約に乗っ取って行われているものだ。   外部の法的機関とて、みだりに介入出来るものではない。」 ギチ、ギチ――― なのはの左手にも負荷――静止を跳ね除けようとするセイバーの剣。 それを押し留めようと魔導士のデバイスを持つ手にも更なる力が込められる。 「闘いって……試合みたいなもの?   殺しあってるようにしか見えないよ?」 「その通りです。 我らは元より、マスターである魔術師達――  彼らもまた各々命を失うのも覚悟の上での事。」 ――― 殺し合いも辞さない ――― なのはが微かに目を剥いた。 それは管理局内外に限った事ではなく、法治社会で暮らす者達全てに科せられているはずの 最も根源に位置する犯してはいけない一線。 そのタブーを犯す事を目の前の少女はあっさりと認めたのだ。 「…………そんな事を聞かされて、はいそうですかと引き下がれると思うの?」 「はい。 間もなくここは戦場になる。  出来るだけ遠くに避難して欲しい」 まるで取り付く島がない―――― そうじゃない……自分の言いたい事はそうじゃないのに… 「…………話を聞いてくれてた?   私はそういうのを止める立場にいる人間なの。」 「それは無理だ。 私も、そして他の者も―――  譲れない願いがあってこの戦いに参加している。  部外者からの静止で大人しく剣を引く者など誰一人としていないでしょう。」 「人の命より重いものは無いよ。 自分の命も含めてね。  それを大事にできない人に願いを適える事なんて出来ないと思うの。」 「…………ある。 少なくとも我が身よりも重く尊いものなどいくらでも―――  そこに至るには、我が身を賭けねば到底辿り着けるものではない。」 至近距離にて互いの瞳が両者の顔を映し出す。 騎士の少女を睨みつける高町なのは。 杖に力を込める手がブルブルと震えている。 対してセイバーは――――そんな魔導士の瞳に………なつかしい光を見た気がした。    セイバーが傷つくのはイヤなんだ     女の子がそんな、戦ってボロボロになるなんて俺は認めない  救いようもなく的外れで、優しくて 我が身を省みず無鉄砲な、とあるマスターの姿を幻視して――― ――― ああ………この者は…私を心配してくれているのか… ――― そんなマスターと長い時間、接してきたからこそ 目の前の女魔術師が、彼と全く同じ理由でここまで必死になっているという事が理解る。 (……………) 自分を行かせまいと杖に体重を乗せて剣を抑えてくる。 力を込めるその顔―――額に玉の様な汗が滲んでいるのが分かる。 「……………」 ふう、と一呼吸―――騎士がその場で溜息をつく。 と、剣を握っていた少女の右腕から肩にかけてのラインがブルッと蠕動した! ぎいいぃぃぃぃぃん――――!!! 「あっ!!?」 途端、なのはが絡ませていたレイジングハートが跳ね上げられてしまう。 肩から先が消えたかのようにしか映らなかったその動作。 実際には手首と肘のスナップを鞭の様にしならせてなのはのデバイスを斬り上げたのだ。 「………!」 「ナノハ―――貴方に手傷を負わせた償いは後日、必ずします。  故にここは引いて欲しい。 これ以上、貴方を巻き込みたくはないのだ…」 怒るでも猛るでもなく言う騎士の少女。 もはや対話だけではどうにもならない。 言葉で揺れるほどに―――この騎士の決心は軽くない。 (でも…………ここで引いたら、多分、次は無い…) 唇を噛む高町なのは。 言うまでもない。 ここでのこのこと引けば―――恐らく彼女とは二度と会う事は無いだろう。 いっそ力づくで止める事も辞さない構え。 どんなに恨まれても憎まれても救えるならそれでよい。 有無を言わさず叩き伏せて縛って連れて行く―――― 突っかかっていって簡単に勝てる相手ではない事は百も承知だが……… 結果の見えた勝負に満身創痍の彼女を送り出すよりはマシである。 「お願い……管理局だって話を聞く用意がある…  そうまでして叶えたい望みがあるなら私も出来る限りの事はする……  だから……」 必死に説得を続けるなのはに対し、その目を閉じて首を横に振り、拒絶の意を表すセイバー。 「ふむ―――」 「「え?」」  不意に聞こえた声に、そんな言い争う二人が虚を突かれる。 振り向いた先。 先程までずっと彫像のように動かなかった男―――  「なるほど―――そういう趣向か」 英雄王が腕を組んでどこを見るとも無く呟いた。 「良いだろう。 そのルールに乗ってやるとしよう」 「なんだとっっ!!?」 思わず声を上げてしまうセイバーだ。 男の言葉を聞いた瞬間の、彼女の顔こそ見物。 苦虫を噛み潰した表情などと生易しいものではなかった。 完全にあんぐり、と口を開いたまま―――固まる美麗の騎士の相貌。 (な、…………これは、夢か…?) 目の前で起こった有り得ない交渉成立。 何か悪いものでも食したのか、と言わんばかりの表情で二の句が繋げないセイバー。 「じゃあ……」 「………」 だが―――その言葉に微笑を返して歩み寄ろうとするなのはに対し、 「もはや貴様に用は無い――雑種」 次の瞬間…………………空気が凍りつく!!!!!!! ―――――― フリーズしていたセイバーと男に歩み寄ろうとしたなのは。 男の言葉を受け、両者の顔色が瞬時に変わる。 「消えよ」 黄金の鎧の手甲が横に払われる! 瞬間――襲い来る凶器の銃弾射撃! 魔導士を餌食にせんと横一線に並んだそれらが高町なのはを消し飛ばそうと翻り 瞬時に飛来した10本近い武器が空間ごと彼女を薙ぎ払っていた。 「メイガスッ!!!!」 セイバーが叫び、再び英雄王の前に立ち塞がる。 ギリっと奥歯を食い縛り眼前の男を睨む。 その薄緑の目は再び臨戦態勢のそれ。 その後方にて―――― 「……………!」 あらかじめ編み上げておいたフラッシュムーブを始動させ 魔矢を交わしていた高町なのはが男を睨む。 厳しい表情を浮かべる魔導士と ある意味、お約束過ぎる展開に「やっぱりな……」という顔を覗かせる騎士。 「言わぬ事ではない………引いて下さいナノハ。   もはや話し合いなどと悠長な事を言っている場合では―――」 「ねえ………私、何か怒らせるような事言ったかな…?」  しかし、なのはは収まらない。 些かの怒気を表し、冷たい声のままに言葉を紡ぐ。 その冷気のような殺気――― 後ろ手に彼女を庇っていたセイバーの肌までもがチリッと反応するほどの鋭さだ。 (……ナノハ) 心中で舌打ちするセイバーである。 今の攻撃で、彼女の怒りにも火がついてしまったのか。 「まともに話し合いも出来ないの……?」 対話が成立したと思った瞬間の騙し討ちに加え 今日二回も、その命を奪われかけたのだ。 当然の事だが、ここまでされて怒らない者などいない。 だが―――蛙の面に…… 否、それはあまりに不敬な例えか。 暖簾に腕押しとでも言い換えておこう。 「控えろ雑種。 王の御前である」 なのはの刺すような殺気などまるでお構い無しに悠然とした態度のまま、英雄王は言葉を賜る。 「さっきから雑種雑種って……  気になってたんだけど、それって私の事だよね?」 「理を解せぬ愚かな者に我が言葉を賜ろう。  お前は今、死に至る罪を三つも犯したのだぞ?」 「………わけが分からない。 それ、逆ギレって言うんだよ?」 こちらが怒る場面でまるで悪びれない目前の男。 それどころか何の脈絡も無くこちらを批難までしだす始末だ。 流石のなのはもその心中、困惑と憮然とした感情で綯交ぜになっても無理も無い。 冷たい殺気のままに相手を睨みつける魔導士に対し、王の言葉が続けて放たれる。 「一つ―――愚にも付かぬ戯言に我の時間を割いた罪」 まるで謳うように読み上げていく本日の高町なのはの罪と罰。 「一つ―――話を聞いてやる、出来る限りの事をする、などとのたまったな?  だが民に便宜を量るのも褒美を賜るのも王であるこの我の特権―――救いも断罪も同様である。  それを献上するというのならともかく、同等の立場からの物言い……それが万死に値せぬはずがない。」 有無を言わさず一方的に降り注ぐ男の独演。 取りあえずは黙って聞いていたなのはだったが…… その理由を聞くにつれ―――怒りに頬を染めていた顔が次第に唖然としたものに変わっていく。 「そして最後に一つ―――時空管理局と言ったか?  王の庭を土足で踏み躙り、管理などと抜かす輩である事は明白。  そのような不埒な狼藉者には死以外の判決は有り得まい?」 「ここは貴方の領地なの……?  さっきも言ったけど、この空間に来たのは不可抗力で…」 「うつけ」 言い返そうとする魔導士の言葉をピシャリと押さえ 王が神言めいた判決の最後の言葉を紡ぐ。 「この地に限らず、この世界全てが王の領土―――つまりは我のものである。  それをそのような間抜けた面で闊歩し我が眼前を横切るなど……もはやそれだけで許し難い所業よ」 「…………」 言葉を返そうとする不屈のエース。 王のトンデモ理論をどてっ腹に叩き込まれ、心中では二の句が繋げない状態ではあるが それでも辛抱強く対話を続ける教導官だった。 「ふざけているの………? 真面目に話そうよ…」 「巫山戯けているのは貴様だ雑種。 我が自ら決を下したのだぞ?   頭を垂れて賜るのが礼儀であろうが。 ……ふむ。 喜べ―――  その不敬もまた十分、死罪に値する。 罪がまた一つ増えたわ。」 ………………… 完全に沈黙してしまう航空隊のエースであった。 セイバーが後ろにいる彼女の顔を肩越しに覗く。 そこに哀れみの感情が入るのは仕方の無い事だろう。 かつて自分も通った道だ……この男には何を言っても通じない。 徹底的に王的理論(?)で打ちのめされた白き魔導士の顔が容易に想像出来たのだから――― 「………手応えはどうですか?」 「………お話にならない。」 「理解が早くて助かります。」  予想通りの反応にふうっと溜息をつく騎士であった。 「気は済みましたかナノハ? 無駄だという事が分かったのなら――」 「………ちょっと遅かったね。   どうやら逃がしてくれる気、無いみたい。」 「!?」 これで彼女も諦めてくれるだろうと撤退の意を伝えるセイバー。 しかし、その総身を振るわせるような男の真紅の双眸が―――今、しかと魔導士を捕らえていた。 「当然だ。 王の眼前を汚した罪………一度は許したが二度目は無い。」 撤退など許さないと、ここで死ねと、 その身が決めた結果を受け入れよ、と 男の死の宣告じみた眼が口ほどにものを言っていた。 「待て英雄王っ! 話はついた! ナノハはもう……」 「ようやく個体として認識されたね……これでやっと同じ土俵か。」 「何を言っている!? 早く逃げて!!」 「………よかった」 「なっ!??」 火急の事態なのだ。  なのに、この魔導士の顔には焦燥も焦りも見受けられない。 咄嗟にその言葉の意味を量りかねるセイバーである。 「2、3ほどパターンを考えてたんだけど……  最悪、二人を相手にしなきゃいけない線もあったから、むしろ上々かな。」 なのはの声が窮地に対し、有り得ないほどに座っていく。 そうなのだ。 局員の立場で接する以上、介入行動は中立の立場で行わなくてはならない。 私見でどちらに肩入れするのも越権行為となる―――― 「でも、こうなったら話の通じる方を助けるしかないよね。」 だがこれなら―――― 対話の成立する少女とまるで交渉の余地の無い暴漢。 これなら―――局員として少女に味方する大義名分が立つ! 「メイガス!! いい加減に――!」 騎士は感じていた。 後ろに立つ彼女の気勢がみるみる増大していくのを。 数刻前、自分と互角に打ち合った強い魔導士。 その研ぎ澄まされた戦意が膨れ上がっていくのを。 (何という事……くっ…) すっかり「やる気」になってしまった魔導士を後ろ目に あくまで彼女を逃がそうと苦心していたセイバーが歯噛みする。 「セイバーさん協力して。 あの人を逮捕するから。  そして事が済んだら、後であらためて話の続きをさせて……  貴方の方が彼よりも何倍も話になりそうだしね。」 「バカな事を……あの男はそんな簡単な相手では――」 「!!! 来るよッ!! 前ッ!!!」 叫ぶ魔導士! 舌打ちしつつ身構える騎士王! それを前にして英雄王がゆっくりと片腕を上げる――― その動作を、迎撃体勢を取りつつ穴が開くほどに凝視するなのは! 先ほどは見切れなかった敵の武装。使用される武器。  それはどこに隠しているのか? どういう種類の術技なのか?  敵の投擲技を余さず看破しようと鋭い視線を送る。 はたして男の片手の先――異変が起こったのはその空間だった。 (これは……!?) 暗器の線を疑っていた彼女だったが、その目で見た光景。 何も無い空間がまるで水面のように……揺れた。 それは池に小石を投げ入れたかのように円状の波紋のようなものを作り出し――― その波紋の先から――――顔を覗かせたのだ! ――― イキモノのように ――― 人間など容易く引き裂くであろう凶刃。 その刃が、、、8本………男の右手に出来た波紋の数だけ空間に現れる! (転移!? 召還!? 一体……!) 驚愕するなのはと既に突撃体勢を整えたセイバーを前にして 英雄王が殲滅宝具の斉射体勢に入る。 「頃合だ―――踊れ」 なのはが飛ぶ! セイバーが駆ける! ギルガメッシュがその腕をまるでオーケストラの指揮者のような優雅さを以って 振り下ろした―――それが開始の合図! 号令の元、空間に装填された8本の凶刃が一斉にスタートを切った! 英雄王VS騎士王&エースオブエース ――その宝具の雨の斉射音が…………この戦いの開戦の狼煙となったのである! ―――――― 戦闘開始と同時に 爆ぜるようにその場を飛び退るなのはとセイバー この相手の攻撃に対し棒立ちで受けるなど愚の骨頂である そのまま正面に立ち、ギルガメッシュの懐を脅かそうとするセイバーと 空に身を躍らせ一定の距離を取るなのは 期せずして両者、自分のベストポジションにその身を置く (どうする……ただでさえ万全でない身――  誰かを庇いながら戦える相手ではない……) しかしセイバーは未だ、魔道士と共闘をするつもりなどない 一抹の懸念を背中に残しつつ騎士は思案に耽る (ナノハに奴の意識を向けさせては駄目だ……) 高町なのはの技量――それ自体はセイバーも認めているのだ 自分と決死の討ち合いを果たした、この見事な魔術師を 心情的に好もしいと思っている節もある だが、、、いや  だからこそ、この目の前の男と相対するなどという 愚かと断ずるにも余りある所業を行わせるわけにはいかない 事実、彼女は先程、奴の魔弾によってその命を失いかけたのだ (ならばあの宝具の矢――全て私が引き受ければ良いだけの事!!) セイバーが跳ぶ 真正面からギルガメッシュに突っかける 少しでもその攻撃を散らすために 暴君の目をこちらにむけさせるために あの壮絶な力を目の当たりにすれば 彼女とて、諦めて立ち去ってくれるかも知れない それまで――奴の全ての攻撃を受け切ってみせる……何としても 鉄の意をその身に秘め セイバーは跳ぶのだ 「だあああああああああああッッッ!!!」 裂帛の気合と共に 敢えて危険な正面から ギルガメッシュに向かって突っ込むセイバー 「セイバーさん! 右から行ってッ!」 「っ!??」 その頭上から叩きつけるような声が響いた 「上方狙ってる! 手薄な右のルートが最適ッ!!」 戦場に透き通るような、よく通る声が響き渡る 反射的にその空からの声に反応するセイバー 中央突破から鋭角の軌道を描いて疾走するセイバー その今までいた足元に、次々と刺さる英雄王の投剣 空にて男の動向の全てをチェックしていたなのは その彼が、「左手」を上げてセイバーを撃とうとした 人体構造上、攻撃動作とは身体の内側に向けて行われるのが常道 ならば、その範囲の外――左手の外方向こそ、今の男の死角 チッと舌打ちする魔弾の射手 その視線を、サイドに展開したセイバーに向けた瞬間―― 「シューーーーーーートッッッッ!!!」 全く逆側からの襲撃を受ける王 空に陣取る魔道士が セイバーを右に回り込ませ、男の意識がそちらへ向いた瞬間 アクセルシュータを死角に放り込んだのだ 「小賢しい!」 空間の波紋の中に手を突っ込むギルガメッシュ クレイモア―― 西洋の巨大な剣をその虚空から引き抜き無造作に一閃 その凄まじい風圧で、スフィアの悉くが灰燼と化す だが、そんな緩慢な男の動作とは裏腹に 戦況は目まぐるしく動いていた 「レイジングハート! 行くよ!! 回避プログラムを随時送って!!」 <Yes master> その思考と術式をフル回転させて空を飛ぶなのは 目の前の相手の投擲技 空間を歪ませ、その中から武器を次々と取り出し放り投げてくる その原理は――ついには分からなかった だが、もはやそんな事は思慮の外 威力は相手の方が上だとしても、同じ射撃、砲撃の使い手であるのは間違いない その射撃の出所、射出体制、一度に何発撃てるか、リロード時間は? 原理など分からなくとも、それらが分かれば戦闘において十分に戦える 自分の経験から、射手―― つまり自分がされたら嫌な事 やられたら死角になる角度 その知識を総動員して 彼女は戦術を立てているのだ 相手がシューターを迎撃してる間 なのはも同時に左へとその身を移し スフィア掃射と共に滑空し男に迫る それを迎撃―――は出来ない タイミングドンピシャ なのはが小さく 「ナイスっ!」 という声を漏らす 右方向にサイドステップしたセイバーが 同時に、その王の間合いに踏み込んできたからだ そのあまりの踏み込みの速さが、騎士の周囲に大気のトンネルを作り出す それは即ち、彼女の速力が音を遥かに超えている証 「「はああああぁぁぁぁああああああああっっっ!!!!」」 エースと騎士王の激しくも美しい旋律のような声が重なる 白と銀の閃光―― 空と地上から襲来する光のラインがクロスする <<<ギガァァァァァァァァァァァァン>>> 天をつんざくような轟音が大気を奮わせた なのはとセイバーの駆け抜けた軌跡によって その大地に、十字架のような亀裂を刻む 大剣片手に立ちはだかる英雄王に対し 示し合わせたかのようなクロスマニューバを敢行した二人 中央に陣取るギルガメッシュに セイバーがその音速の剣を叩き付け それと全く同時に空から滑空したなのはがシューターの爆撃を降らせたのだ 絶妙の連携 それが王の手から大剣を弾き飛ばし 豪壮なる金の鎧の肩口に傷を負わせていた (入った………) セイバーの受身や後の体勢をも考えない渾身の胴抜き すれ違い様に英雄王の大剣の内側、確かにその身体に一撃を入れていた その手応え、その結果に、驚きに染まる少女の顔 幾度となく突進しその度に弾き返された ついには飛び込めず終いだったその懐に―― こうも容易く!? 「繋げてッ!!」 「り、了解だ!!!」 斬り抜けによりギルガメッシュの背後に抜けたセイバー 再びその宿敵に迫ろうと腰を落とす そこに―――槍と矛がセットで10本 既に装填を終えた王がセイバーに向き直り 凶器の矢を放たんとする、その左手が振り下ろされるところだった 「スターダストォォォ………フォーーーール!!!」 その背後――英雄王から9時の方角に上昇したなのはが 物質射出系・大魔法の高速詠唱を完了 大小様々な、魔力でコーティングされた岩石の弾幕 それを周囲に張り巡らせたところだった ギルガメッシュ、その右手の十本をセイバーに射出 続けて上空の不埒な身の程知らずを討ち果たす断罪の刃を6本 左手を掲げたその空間に装填し、即時発射する それに対し、なのはが既に張ってあったシューター そしてスターダストフォールの岩礁 魔力と物理攻撃をミックスさせた 高町なのはのマーブルシューティングと 王の財宝が、その中空にて激突した 岩くれが、魔力が衝突し弾け飛ぶ炸裂音が辺りに木霊する 不世出の砲撃魔道士と最強の英霊 互いにアーチャーの素質を持つ二人の 壮絶な魔弾の撃ち合い 「くっっっっ!!?」 激突の余波は一瞬 なのはが反応を総動員させて フラッシュムーブで自身を上昇させる なのはのフルバーストの魔弾は一方的に撃ち負け――― 男の放った絢爛の矢に貫通されていた 「予想していた事態」ゆえ、瞬時に回避行動を取った彼女であったが 裂けきれなかった刃が、その法衣のスカート部分の端を切り裂いた 「つぅ………」 初めにKOされた時に味わった相手の射撃の威力から 牽制技に過ぎないアクセルシューターでは相殺出来ない事は予想済み しかし、スターダストフォールを混ぜて尚、減退を許さず 掠っただけでバリアジャケットを紙のように切り裂き 脛部や大腿部に傷を負わせられた その魔矢の威力―――想定以上 (やっぱりシューターじゃ話にならないか……  それにシールドで受けても連射で潰される  受けるも打ち落とすも無理―――ミドルレンジじゃ勝負にならない…) ここまででなのはが分析した敵の射撃能力 最大射出は一度に10本前後 発射の初動は腕を振り上げてかざす リロードは0.5~1秒 射撃の手数だけなら、50近いスフィアを飛ばせる自分が有利 でも―――威力はお話にならない あの貫通力…… 足を止めての撃ち合いを仕掛けようものなら瞬殺されてしまうだろう 防御障壁も同様 その射撃頻度や速度から 永遠に回避し続ける事も実質不可能 ならば―――攻めるしかない なのはがその上昇の勢いを利用して、今度は急降下 スフィアを撃ちながら まるで爆撃機のように英雄王に向かって突撃を敢行したのだ 「っっっ!!」 なのはが自身の唇を血が滲むほどに噛み締める 一発の被弾=撃墜という極限のフライト 手に構えるはエクシード状態のレイジングハート 的を散らす見事なバレルロールの軌跡と共に 全身を覆う冷たい汗を一切無視し、彼女は目下の敵に迫る 男が、なのはに視線を移す その手に持つのは100斤を超えるであろう円月刀 長物と言うにはあまりにも長大なそれを、今まさに急降下してくる魔道士に向ける その怪しげな光沢を放つ刃にも 何らかの魔術的要因があるのだろう 目障りな邪魔者を跡形もなく消し飛ばさんとする悪意が篭ったその一撃 男が手をかざす――その瞬間 魔道士の白い法衣が突如翻り―― 急降下から一転―― その身をぐるんと回転させ、天に向かって垂直に上昇したのだ―― この一撃で女を仕留めんと宝具を構えた王 肩透かしを食ったその眼が細くなる 「小五月蝿く飛び回るだけが芸とは―――ハエめが」 忌々しげに呟く王 (そうだよ……) 防御も回避も無理なら攻めるしかない 撃ち合いで一方的に負けてしまうのなら いちかばちかで突っ込むしか道は残されていない (私は囮でいい……) もしも彼女が――― 一人だったなら、である (私が下手な近接を仕掛けずとも……) 英雄王が空で牽制を続けるなのはに意識を裂いたのが数秒 そう―――数秒 (地上には……既に貴方を打つ剣があるっ!) 彼女――― 最強の剣を前にしての数秒 途方も無いほどの隙―― 「ぬうっ!?」 ギルガメッシュがこの戦い 初めて己が危機を感じ取り、その本命へと向き直る 投擲せんと構えた円月刀を引き抜き、その手に構え―― その懐――― 既に男の領域内に踏み込み 限界まで小さな身体を捻り込み 今まさに相手の胴体を一刀両断せんとする 銀の甲冑をその目に収めたのだった 「英雄王ッ!! 沈めえええぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!!」 男がなのはの陽動に意識を裂いた瞬間 10本の魔矢を全てかわしたセイバーは間髪射れずに ギルガメッシュの懐に入り込む 極限まで捻りを加えて放たれた一撃 その踏み込みで、両足が地面を抉りつま先が岩盤にめり込む 円月刀の長柄を中段に構えたギルガメッシュ その武器ごと――――― その黄金の肢体を、、 あの万夫不当の英雄王を、、 遥か後方に吹き飛ばしていたのだ! 「――――!」 その衝撃に英雄王の足が完全に浮く ふんばりを失った体が後方に弾き飛ばされ 8m後ろの壁際まで後ずさりする 「ク、…相変わらず凄まじい剛剣よな――」 その余裕の笑みは崩さないながらも 手の円月刀を弾かれ、丸腰になった体勢を立て直し セイバーに向き直ろうとする英雄王 そこへ――― 「ディバイイィィィン――バスタァァァーーー!!!!」 連携の締めとも言える一撃が放り込まれた 上空に身を躍らせた高町なのはが既にその砲撃をセットし 吹き飛ばされた相手に、狙い済ましたかのように追い討ち 丸腰の男へフルパワーの砲撃を撃ち下ろしたのだ 「ビンゴッ!!」 <perfect!!> その桃色の閃光が男を直撃し飲み込む さらに着弾した付近の大地ごと吹き飛ばし 濛々と土煙を上げさせる 粉塵の中―― 相手の動向を警戒するなのはとセイバー 「――――」 こういう時、相手が黄金の鎧を着こんでくれているのは有難い 立ち込める土くれの中にあっても 一目でその姿を認める事が出来る 「やっぱりそう簡単にはいかないか…」 「……………」 果たして粉塵の収まるそこに現れた、光り輝く黄金の肢体は健在 その前方に、、男の身体全体を守るように展開された盾があった まるで透き通る湖面を思わせる、御鏡状に出来たその盾 それがなのはの砲撃を防いでいたのだ 「――――――」 英雄王、いまだダメージ無し それを視認し 再び攻撃の態勢を取らなくてはならない両者 だが、、 すぐさま追撃を行わなくてはならないはずの二人が 一瞬、動けなかった 呆けてしまった 息を呑んでしまったのだ その―――あまりの手応えに―― 互いに空の、そして地上の、相方を見やる 二人の顔にあるのは驚きの表情―― 「………凄い」 思わず感嘆の声を上げてしまう高町なのは (この突破力にタテヨコ自由自在の動き、全く落ちないスピード、  こちらの言葉を瞬時に反映してくれる反射速度  分かってた事だけど……やっぱりセイバーさんって……  震えが来るほどに、、凄い) 信じられなかった 否、セイバーの力がズバ抜けているのは重々承知の上だった彼女である そんな所に今更驚きの声を上げるまでもないのだ 問題は、その連携の――あまりの嵌りっぷり いくら双方の個の能力がズバ抜けているとはいえ チームプレイとなると話は違ってくる 否、個のスペックが強ければ強いほどその自己主張は激しくなり それらを上手く連携させるには幾度と無く訓練を重ね 互いの呼吸 動きを合わせていかなければならない ぶっつけ本番で誰もがチームとして機能するのなら訓練の意味などないのだ 教導を施す立場のなのはだからこそ その事実は誰よりもよく分かっている だからこそ、この事態―― 嬉しい誤算に興奮を禁じえない その即席のチームの、あまりの阿吽の呼吸に なのはが最も長くコンビを組み、その呼吸を細部レベルで合わせられる フェイト・テスタロッサ・ハラオウン 時にはぶつかったりもしたが、とある事件を経て深い信頼で繋がった ベルカの騎士・ヴィータ この凱下にいる騎士・セイバーとの連携は 信じられない事に、その上記のレベルに迫るものがあった ものの数分、技を重ねただけで感じた―― ビリっと体内に電流が走るほどのシンクロ率 最も、完全な初対面だったのなら いくら何でもここまでの成果は望めなかっただろう 互いのセンス、魂のあり方 両者の似ている部分もさる事ながら 先の闘いで、両者が全力で戦い、交わった事が大きな要因として生きていたのだ 互いの性能、武器、出来る事を、命を賭けるほどのレベルで見せ合った それはある意味、100の模擬戦 教導に勝る経験である 「ナノハ! 引き続き援護を頼む!」 「うん! 了解っ!」 最良のパートナーを得た両者の気分が高揚していくのが分かる 攻めに勢いが乗った時はその気勢のままに撃ち貫く この最強の敵を前に、休ませずに波状攻撃を仕掛けるなのはとセイバー 薙ぐように手を払ったギルガメッシュの前方から 次々と射出される凶刃 そのフィールドは―― もはや際限なく加速し、激しさを増す凄まじき雷撃戦と化していた ―――――― あらゆる奇跡的な要因が重なり 誕生した次元を超えたこのコンビ もしセイバーが十全の状態であったなら、なのはと……否 他の者と共闘して英雄王と戦う事など頑として拒んでいたはずである どれだけの力の差があろうと――王として騎士として この男とだけは正々堂々真正面から勝負する事を彼女は望んだだろう だが、消耗したなのはに傷ついたセイバー 彼女たちが個々として立った場合 この男の前では数分と持たずに捻じ伏せられるのは必定 故に協力し合う事が必要だった 自分をではなく、互いを生かすために―― 互いの命を救うために―― ここでチームプレイについての所見を考える その個の力、ベストが「1」とすれば――― 今の彼女達の余力は「0.5」前後であろう 故に万全の力で敵と戦うには 最低でも二人の力を合わせて「1」にする必要があった だが言うまでもなく相手はあの英雄王 英霊最強の二つ名を持つ彼は 言い換えるのなら神話を含めた人類史において最強 そう呼んでも差し支えない身である とても「万全」程度で退けられる相手ではない 故に求められる力は「1」では足りない その数倍の効能が必要だった 優れたチームメイトでかつ深い信頼で結ばれた者同士がチームを組むと その力は1+1を5にも10にもするというのは古来から言われている事 互いの負担を極限まで減らし その武器を最大限に発揮する ―――――うってつけ その言葉以外に 今の状況を表す言葉はない 傷つき、全力に程遠かった両者が 目に前にある絶望的な脅威に立ち向かうには 互いの手を取る以外になかったのである 「シューーーーートッ!!」 縦横無尽に飛び回り 空から爆撃を仕掛けるなのは 彼女のベストポジションはセンター 前衛と後衛を繋ぐ司令塔にして 砲撃を打ち込み、場合によっては自ら前衛に切り込むポジション もっとも今は後衛がいないのでバックとして機能しているが… とにかくそこは、フォワードが攻防共に優れていればいる程に 戦術の幅を広く使えるポジション ならば今宵、高町なのはの前を固めるのは―― ――― 最強の剣 ――― 決して阻まれず 決して抜かれない 攻守共に完璧な剣の英霊 かの者こそ騎士王セイバー 不足など―――――あるはずがない そのフィールド上を飛び回るスフィアと 自らの身体を囮にして相手を撹乱する魔道士 そして英雄王が少しでも空に意識を移せば――― 「でああああああっ!!!!」 地上を、これまた流星の如きスピードで駆け抜けるセイバーが 容赦の無い一撃を見舞ってくる 完璧な連携 全く危なげの無い展開 負ける気がしない 時を経るごとに互いを把握し、感じ取り その息を合わせ、加速していく白と銀の閃光 手がつけられないとはまさにこの事 (し、信じられない……こんな、、) そうなのだ セイバーにとっては現実を疑う光景だった あの―――英雄王ギルガメッシュを押している? 上空でその身を翻す魔道士 高町なのはにチラっと視線を移す騎士 (見事な指揮に援護だ……あれだけの戦闘力を持ちながら――  将としての才覚も持ち得ているというのか? あの者は) この後衛には、全てを委ねられるほどの力強さ、安心感、安定度を感じる 先に記した前衛と後衛の関係に再び当てはめると フォワードの能力が優れていればいるほどに後衛が生きるように 後衛の視野が広く、援護が絶妙であればあるほどに 前衛の突破力が生かされるのも然り 高町なのはのセンス 「空間把握能力」は 己が空戦のみに生かされるものではない こうした360度に展開する戦場において 全方位を視野に収め、戦場の趨勢を正確に把握するこの能力こそ―― 中継&司令塔の必須能力! 思えば聖杯戦争におけるセイバーは チーム戦闘に恵まれていたとはお世辞にも言えなかった 四次――― チームどころかその心すら通わせられなかったマスター・衛宮切嗣 ランサーとライダーと共闘して海魔を討ち払った事もあるが あのような知性の無い化け物相手では戦術も何も無い 結局は各々の力を頼りに戦ったに過ぎない 五次――― アーチャーは後衛の能力として問題は無いが 隙を見せればこちらごと撃ちぬいて来るのだ とても信頼に足る相手では無い アサシンはそもそも戦場向きではない 援護の正確さは秀逸なれど圧倒的に火力不足 相手がバーサーカーだった事もあり 背中を任せるに力不足だった事は否めない そして衛宮士郎 信頼という面では、セイバーが最も心を通わせた彼女の鞘―― だが人としての信頼しているのと戦闘における機能は別物である 己が身を省みずに 自分の力量以上の相手にその身を投げ出すマスターを守るため セイバーはその心胆を裂き、幾度と無く苦境に立たされた 予想外の彼の力に助けられバーサーカーを撃破したりと 意外性に助けられた事も少なくないものの やはりチームとしては――あまりに不安定で危なっかしい その見地で行くと今回自分の背後を固める魔術師はどうか? 自らに匹敵する戦闘力 騎士の神速の動きに合わせられる技量と柔軟性 術技と理論に裏打ちされた行動 自分と相方の適性を十分に理解し そして決して無謀な行動はしない 縦横無尽に飛び回る彼女の桃色の魔弾は これだけ自分が動き回っているのにも関わらず自分の方には一発も当たらない 否、誤射どころか、騎士の周囲を護衛するかのように飛び回り 英雄王のみに牙をむいて飛来する正確無比な射撃 最上の援護 これ以上の最善は無い サーヴァントとして現界したセイバー その長い時を経て――彼女はようやく その技量に見合う、信頼に足るパートナーと出会ったのだ その戦場は一瞬たりとも止まらない 目にも止まらぬ乱戦だった 一瞬たりとも静止出来ない状況にて なのはとセイバー、、両者の視線が――――交錯する 「「……………」」 目が合った瞬間 魔道士の、騎士のその口元が――― 確かに笑みの形を作った 互いに最強のパートナーを迎えた彼女達の――― 反撃が始まる ……………… ―――と、、誰もがそう思った瞬間 「――――セイバー  何を遊んでいるのだ?」 英雄王が口を開く 間合いを犯され、防戦一方  敗色濃厚に見える王のその瞳には未だ、、 自信と不遜の光が満ち溢れていた 「我とお前の間柄に――もはや前戯など必要あるまい?」 眼前の目まぐるしく動き回る二人 否、、 その紅く光る双眸がセイバーを見据えながら―― 「よもや――」 英雄王が言葉を続ける――― 「ディバイィィンバスタァァーー!!!!」 それをなのはが遮った 男の、その言葉を差し挟む隙すら与えず 魔道士が抜き打ちの砲撃を捻じ込む 「―――――」 爆音が辺りを震わせる 今度こそ直撃 防具を取り出す暇はなかったはず… 「……………」 なのはの砲撃の直撃を受けたギルガメッシュが その爆炎の中から再び姿を現す 片腕を顔の前にかざした、ささやかな防御姿勢を解き 仁王立ちのまま、依然と余裕の立ち振る舞いを崩さない英雄王 なのはが口を引き結ぶ 「ダメなの…!? やっぱりセイバーさんと同じで魔法の効きが弱い…!?」 「いえ、これで良いはず!」 悔しげな表情のなのはに地上からセイバーが言葉を送る 「奴の防御は私のようなスキルとしてのアンチマジックではない!  あくまでも鎧の耐久力によるものです!  故に――ダメージを与え続ければ鎧は必ず剥げ落ちる!!」 「じ、じゃあ この戦法で大丈夫!?」 「はい! ナノハは引き続き援護を!」 互いに声を掛け合い アーチャーを追い詰めていく二人 (それに彼女の魔力を削る攻撃  これは霊体である我らサーヴァントに対しこの上ないプレッシャーを与える  この男とて、いつまでも涼しい顔などしていられまい…) 問題ない… あの余裕は虚勢だ このまま攻め続ければ、、いかに強大な奴とて堕ちざるを得ない 「ふ……どうした英雄王? 得意の戯言を繰る余裕も無いようだな!」 セイバーが珍しく自分から挑発の言葉を叩きつける ペースはこちらにあると 優勢なのはこっちだと 相手にそう言わんばかりの彼女の喝は――― ―――――― セイバー ―――――― それを全てかき消すような―― 地の底から響き渡るような―― 圧倒的存在感を持った声によって遮られた――― そのフィールド一面に響き渡るような男の言葉に ビクン、と 騎士の肩が震える ―――― これで良い、だと? ――――  その声は地獄の底からせり上がってくるようでもあり 天より降り注ぐ福音のようでもあった 流星のようだったセイバーの動きが―――突如、止まる その異変に息を呑むなのは ――― よもや忘れたわけではあるまいな? ――― 英雄王の言が続く なのはがその間 もう一発撃とうか迷うが セイバーの動向が気になり 旋回しながら様子を伺う その騎士の少女の顔に浮かんでいる―― 今宵、最大級の戦慄、焦燥に―― 距離の離れている高町なのはは気づきようもない セイバーの頭をぐるぐると回る思考 今の相手の言葉の真意 果たして、虚勢を張っているのはどちらか 果たして、現実を見ていないのはどちらか 果たして、優勢なのはどちらか 予想外の優位に心胆熱くなりながら 決して消えなかった、寒気がする程のその不安 果たして、これで―――こんなものでこの男を倒せるのか? 彼女の中で既に答えは出ていた それはこの騎士が――一度、「その先」を味わった者であるが故に そう、忘れるものか 忘れようも無い この男―― 英雄王ギルガメッシュの――― ――  天井知らずのその力 ―― 何故か完全に動きの止まってしまったセイバーになのはが激を飛ばす 「セイバーさん止まっちゃ駄目!! 狙い撃ちにされ――」 「ナノハ!! こちらへッ!!」 その魔道士に対しセイバーが絶叫する 「…セイバー、さん?」 「いいから早くッッッッッ!!!!!」 尋常ではない剣幕 今の陣形は互いに互いを生かせる絶好のポジションだった だが突如として叫んだ騎士の言葉の意味は なのはを地上の自分の傍へ呼び戻す事 その現時点での優位を崩す事に躊躇するなのは だが、騎士の少女のただ事ではない様子に押され 有無も言えずにそれに従ってしまう そして、地上に降り立った彼女の前にセイバーが立った (え………?) 状況の飲み込めないなのはに構わず まるで、その身を盾にするかのように――― セイバーは後ろ手に、明らかになのはを庇う仕草を見せたのだ その背中には、何としても後ろの自分を守るという 確固たる意思がひしひしと伝わってきて―― それがなのはの心を少なからず傷つけた 良い手応えだった 自分を戦友として、背中を預ける者として認めてくれたと思っていた でも、今のこの状態は初めの状況と変わらない いわばフリ出しに戻った事を意味する 「セイバーさん……何を――」 確かに隣で戦うには力不足かも知れないけれど―― 心を通わせられたと思ったのに…… そんな思いから つい、声色に抗議の音が入ってしまう魔道士 「ナノハ」 (……………!!!) そんなちっぽけな自尊心が吹き飛んだ 高町なのはの総身に電流が走る セイバーの表情を―――見たからだ 話の流れから、セイバーは目の前の男と交戦経験がある そう踏んだ高町なのはは この戦い、隣の少女の表情や発言から相手の戦法や振舞いを読み取り そのギリギリの線で情報を得て戦っていた だからこそ 今もその表情を見て―― 悟ったのだ 騎士の端正な表情を そのこめかみから滴り落ちる冷たい汗を ギリ、ギリ、と剣の柄を握り締める音を 緊張に強張った全身を その全てを見て―― ――― ならば今一度  我を見せてやろう ――― ビリ、ビリ、と凝縮していく空気 今の言葉を反芻する彼女――その意味するところは一つしか無い 男の言を受け、セイバーが低く唸る それはネコ科のケモノが警戒心を最大に強めた時に発する声に似ていて―― 魔道士の心胆にもその凄まじい緊張感が伝染していく そしてなのはも、その空気を感じ取り ようやく理解する そうだ…… 目の前の相手は確かに強い 投擲の破壊力は脅威だし 今の自分たちでは一対一で勝つ事は難しい だが――― 果たしてその程度で 少し連携が上手くいった程度で倒せてしまう相手に対し この騎士が――こんな表情をするだろうか? 「ナノハ、、気をつけて………」 セイバーがその奥歯をギリっと噛み鳴らす音が聞こえる 口の端から搾り出すように ようやく一言、なのはに告げた 「来ますッ!!!」 そうだ この、自身のキャリアの中で 思い出すのも難しい程の強さを持った騎士 剣の英霊の心胆がここまで震えているのだ ならば次に来るものは――――想像を超えたナニカでなければならない なのはもまた、自身の集中力を全開にする 何が来ても対処出来るように いつでも動けるように 彼の投擲は、まず初めに手を振り上げるところから始まる  その初動作を絶対に見逃さない 今、セイバーが止まっていた隙を狙ってこなかったのは余裕の現れか? 凄まじいのは威力か?大きさか? 速さか? その思考が焼きつくほどにフル回転する 眼前の相手を刺すような視線で睨むなのは その空気が、彼女達の戦意と緊張で凍り付いていく中―― 嘲う 英雄王が声もなく嘲う この雑種が空にて自分を見ていたのは理解っていた 投擲、初動作、死角、、、、、、、 その矮小な物差しで自分の戦力を必死に計っていた事を 恐怖に塗りつぶされないよう 必死に勝算を叩き出し、何とか生き残れる理を模索していた事を 嘲う 隙だのと、 装填時間だのと、 そんなものは――我自らが「作って」やっていたもの すぐに終わらぬように 一瞬で潰してしまわぬように そのような些細な所に必死でかぶりつき 光明を見出そうともがく様が可笑しくてしょうがない だから嘲う この我を 英雄王ギルガメッシュを その程度の思考で計れると断じた 愚かしい所業に対し――― 怒りを込めて嘲うのだ 凝視する高町なのはの目に映る男 その両手が、、 ついに上がる事はなかった 悠然と立つ姿勢そのままに彼は―――― 歌うように 高らかに 誇らしげに 自らを象徴するその宝具の真名を綴る ―――――  ゲート オブ  バビロン  ――――― かつて全てを手中に収めた古代メソポタミアの王 その無限ともいわれる宝物庫 それが男の宝具 男の力そのもの 全解放された王の財宝 大地に立つ黄金の肢体 その左右に広がる空間―― 遥かなる上空に至る空間―― フィールド全てを覆いつくすかのように――並んだ刃の群 セイバーの全身に鳥肌が立つ あらゆる原典、あらゆる属性を秘めた宝具をその中に宿す その蔵こそ、あらゆるサーヴァントの天敵とも言える <英霊殺し> エースオブエースの顔色が蒼白になる 今まで培ってきた、必死に積み上げてきた 勝算……戦術……その全てが無に帰した事の意 その二人の表情を満足げに見やりながら 豪壮華麗な景観を背にした英雄王の―― 殺戮の宴が――      今、始まった
―――― ソレは倒壊した瓦礫の山の上に悠然と立っていた ―――― 「…………アー、チャー…!」 剣の英霊が呆然とした表情で一言、呟いた。 それは最悪の状況での最悪の敵との遭遇。 「何故……貴方がここに…」 と口に出した瞬間―――とある可能性が騎士の脳裏を駆け巡る。 (まさか……!!) 彼女は横で自分に肩を貸している魔術師。 今の今まで命を削って戦っていた相手――高町なのはの顔を見る。    やはり彼女は敵のマスターで……    そのサーヴァントがよりにもよって……奴!? (いや………違う…) 隣にいる年若き魔術師の困惑した表情を見やり、その可能性を彼女はすぐに否定した。 本末転倒過ぎる。 第一、出てくる順序がまるで逆だ。 先に強力なマスターが率先して闘い、弱った相手を確実に仕留めるための布陣も存在するが――― よりにもよって、このサーヴァントを所有していながらそんな綱渡りのような策を弄する道理が無い。 戦力的にも、この英霊の性格的にも、である。 己が肩を支えてくれるその手を一瞬でも疑った自分を恥じるセイバー。 ならば本当に偶然か? それとも……騎士は様々な思考を巡らすが 今更、そのような思慮など微塵の意味も無い事も理解していた。 この消耗した体で絶対に会ってはいけないモノに出会ってしまった………… それはもはや変えようも無い事実なのだから。 「―――セイバー」 天上から響くような声が音となって二人の耳を貫く。 真紅の双眸が眼前の騎士を舐めつけ、男の口がゆっくりと開く。 「久方ぶりに我が自ら会いに来てやったというのに――どうした事だ?」 「っ…………」 「取るに足らん雑種と戯れ、あろう事か手傷を負うとは。    その手の聖剣が泣いているぞ? 騎士王よ」 全身をヤスリでこすられるような感覚―― その不快感にセイバーの体が総毛立つ。 ギリっと歯を食いしばる騎士。 「よもや忘れてはいまいが………お前はその髪の毛一本に至るまでが、余さず我のモノだ。    我が手に抱かれる前にその価値をこれ以上、貶めてくれるな。」 相変わらずの物言い。 何ら変わらぬ傲岸不遜―――疑いようもない、奴こそ本物の……! 「戯言を………妄言は相変わらずだな英雄王。  何故、貴方がここにいる?」 「言ったであろうが。お前に会いに来たのだと」 (………今度は何なの?) 一人、話に付いていけない高町なのは。 突如現れた黄金の鎧を纏った男。 どうやら少女の知り合いらしいが……お世辞にも友好的とは言い難い雰囲気だ。 「あ、あの……」 まるで今にも殺し合いを始めそうな様相の両者。 そんな居たたまれない空気を寸断するように口を挟む魔導士。 その行為―――― 初対面の人間とコミュニケーションを取るために必要な、得てして普通の他愛も無い行動…… 「―――紛れ込んでいるようだな。 羽虫の類が」 それがこの場においていかに危険な事であるか。 「その」引き金になってしまう事を失念してしまったのは、彼女をして有り得ないほどの不覚。 なのはが「え?」という顔をするのとセイバーの総身に鳥肌が立つのが同時――― アーチャーと呼ばれた男が、その手を上方に掲げる。 まるでスポ-ツの大会などで見られる選手宣誓をするかのようなポーズ。 あまりにも自然で――そこには何の意思も感じられない。 「アーチャーッッ!!!!」 絶叫する騎士。 構わず男が手をこちらに振りかざす。 その瞬間――― 「きゃあぁッッ!??」 「ぐうッッ!」 肩を貸し合い、やっとの思いで立っている二人の間にダイナマイトが破裂したかのような爆風が巻き起こる。 衝撃が二人を分かつように別の方向に吹き飛ばす。 「な、何をっ!??」 支えを失い、地面に倒れ付すセイバーを横目に前方の男を見るなのは。 真紅に燃える瞳――表情のまるで読めない双眸が魔導士高町なのはに向く。 瞬間、彼女の背中をゾクリと、特大の寒気が駆け上がった。 「メイガスッ!!」 倒れたセイバーの絶叫。蒼白になる騎士の顔。 このタイミングでは届かないと、間に合わないと分かっていながらも、あげずにはいられなかった声。 「それではダメだ!!」 セイバーの悲痛な叫びは、敵の攻撃を迎え撃とうと張った 魔導士の張った盾に対してのものだった。 それは長き戦歴において体に染み付いた彼女の防御行動にして鉄壁のシールド。 その尽きせぬ不抜と…………何かが――空間にて激突した! 「ぁッ!!??」 ガオォォォォォォォォン!、という鼓膜に突き刺さるような不協和音が鳴り響く。 それはなのはの盾と飛来したモノが削り合い、滅し合うデッドシンフォニー。 そして今、高町なのはの全身を直下型の地震のような衝撃が襲う。 (く、は…………ッ!!!!!!?????) な、…………………… 何てこと……… その瞬間、教導官の思考に電流が走った―――――― 冗談としか思えない………でも事実――― その瞬間、理解ってしまった。 凄まじい衝撃に視界が、思考が、掻き乱される中 その身体が、百戦錬磨の経験が、センスが答えを出してしまった。 (あ……………あぁ、…) 即ち――――――― 「終わった」、と。 ―――――― その何かは間違いなく眼前の男の攻撃に他ならなかった。 彼女が視認出来ただけでも、投げられた武器は剣――― 否、剣は1本と、槍?  矛のような長物が2本。 計三本の凶器が高町なのはの展開したシールドに突き立っていたのだ。 その威力は―――先に戦った騎士の一撃と比べても何の遜色もない程の衝撃。 なのはの両足が地面に亀裂を作る。 それ程の攻撃―― そんなモノを今の消耗した体でまともに受けてしまった。 騎士の少女との先の壮絶な激戦。 体力。魔力。精神力。全てを限界まで出し尽くした肉体に力など残っているはずがない。 言うまでも無く、それは余りにも致命的なミス――― なのはの総身を冷たい汗が支配する。 初動に何の力強さも脅威も感じさせないような男の投擲 その勢いが、シールドに阻まれてなお止まらない。 まるで暴れ狂うドリルのように今も魔力障壁を抉り、砕き破ろうとしている。 「う、あッッ……かはッ…!!」 パチパチとブラックアウトする意識の中、なのはの喉から苦しげな嗚咽が吐き出される。 セイバーとの激戦がなければもう少し何とかなったのかも知れないが、既に後の祭り。 盾を展開する腕がブルブルと震え、肢体から力が抜けていく。 下半身が崩れ落ち、ヒザをつきながら、まさに最後の抵抗とばかりに搾り出すシールドへの魔力供給。 「………ううッッ!!」 その盾が蜃気楼のように儚く消えかかる。 頭を下げ、全身を震わせ、右手に全ての力をこめて 左手のレイジングハートがカートリッジを叩きこむ。 その遮二無二なりふりかまわない防御行動―――意識を失うほどの突発魔力放出。 それはある意味幸運だったのか…… 眼前に展開されるあまりにも無慈悲な光景を見なくても済んだのだから。 「無礼者。誰が抵抗を許したか」 男がまるで埃でも払うかのような仕草を取った。 すると男の手からまるで冗談のように、新たな剣が飛び込んでくる。 ――――その数、10本!! 黄金に輝く男の紡ぎ出した言葉こそ彼女にとっては絶望の調べ。 まるでダーツや輪投げ。他愛の無い遊戯に勤しむかのような気軽さで――― 男は、高町なのはに 「抵抗するな。死ね」 と言った。 「場にそぐわぬ痴れ者よ。  我の気分を害する前に――疾く消え去るが良い!」 (…………ああ、ッ…くっ!!) ザクリ、ザクリ、ザクリ、ザクリ――― その悪夢のような光景を正面に見据える事すら叶わず 下を向いて歯を極限まで食い縛り、なけ無しの力を振り絞る。 投擲された凶器が、既に力尽きる寸前のなのはのシールドに新たに突き刺さる。 その様相は横から見るとまるでハリネズミのようで――― 即席の剣山は数秒ほどの鑑賞の暇を周囲に与えた後………… その土台である桃色のシールドを粉々に砕き散らす! パリーーーーーンッ!!!、―――― 鉄壁と称された高町なのはの防壁が容易く、あまりにも容易く撃ち抜かれた。 その音が辺りに、そして彼女自身の耳に鳴り響いた。 諦めない、決して折れない、そんな不屈の心を発揮する暇すらなく 剣が盾を抜き 純白のバリアジャケットを犯し――― 彼女の体に突き刺さる様はまるでスローモーションのよう。 困難な戦い。九死に一生の状況。 あらゆる戦場を乗り切り生還してきたエースオブエース高町なのはの――― 「…………はッ………そ、ん…」 ―――――――――あまりにも呆気ない最期がそこにあった。 ―――――― その時――――疾風が吹き荒ぶ 高町なのは―――その今わの際となる筈の光景において 横合いから強壮な一陣の突風が吹き荒れ、彼女の栗色の髪を揺らす。 無二の親友に負けないくらいに綺麗な金の髪。 白銀の肢体が視界を覆う。 その記憶を最後に――――― なのはの意識は完全に闇に堕ちていった。 ――――――― 突如、乱入した黄金の殲滅者。 その凶刃にかかり倒れ付す白き魔導士。 大地に力無く横たわる無残な遺体には、英雄王の放った宝具 その剣や矛が突き刺さり―――――― 「――――何の真似だ。セイバー?」 ――――――――――――刺さっていない……? 黄金の王が心底、不思議そうに首をかしげけいた。 彼女の体を貫くはずだった計13本の武器は、なのはが倒れている遥か左側――― 横あいから空間ごと凪ぎ倒すように払われたセイバーの剣戟によって 魔導士の全身を串刺しにする直前に弾き飛ばされ、各々機能を失い、散乱していたのだ。 「それはこちらのセリフだ……!」 剣の英霊、サーヴァントセイバーが気絶した高町なのはを背中にかばい 立ち塞がるように男の前に立つ。 「その者は……このメイガスは私との戦いで負傷しているのだ!  傷ついた者を横合いから撃ち倒すなど己が非道で英霊の名を汚すか!?  恥を知れアーチャー!!」 「打ち倒す? 異な事を―――――  眼前の目障りな埃をただ払っただけであろうが?」 人を人とも思わぬ物言い。 その迫虐なる所業は相変わらずだ。 決して自分とは相容れぬこの暴君に対し、あらためて怒りを露にするセイバー。 「英雄王。この者は我らが争いとは何の関わりも無い。  そのような者に妄りに手を出し殺めるような外道―――  偉大なる最古の王の名を貶める事になると知れ!!」 「ク、クククク……」 姿を現し、今まで表情一つ変える事のなかった英雄王がくぐもった笑いを漏らす。 「何を笑う!!?」 「なに。先程までその関わり無き有象無象を相手に  全力で戯れていた者の言葉とは到底思えなかったのでな。  いささか興が乗ったというだけの事よ。」 「そ、それは………」 言い淀むセイバー。 自らの戦歴においての有り得ない失態を男に突かれる。 「………我が身の不明だ…」 初めの喝声がウソのように頭を垂れ、自身の無様を悔い入るセイバー。 「ク、クハハハハハハハ……」 ギルガメッシュの愉悦は止まらない。 堪え切れないといった様相で喉から嘲いを搾り出す。 「騎士王ともあろう者が―――前後不覚にて剣を振るい  あまつさえ宝具まで使用し、挙句が間違いであったと?   これは傑作だ。 クク……セイバー。返す返すも我を笑い死なせるつもりか?」 「………っっ」 下を向き、その侮蔑に耐える。 何を言われても仕方が無い……自分とてこの件に関しては説明がつかない。 何故こうなったか未だに理由が分からない。 まるで誰かに踊らされたとしか思えない醜態だったのだから。 「良い。聡明である筈のお前の失態―――  その羞恥に悶える様もなかなかに乙なものよ。  我は気にせぬ、セイバーよ。 たまには違った趣向で愛でてやるも一興であろう?」 真紅の双眸が、ザラついた口調がセイバーを嬲る。 ギリ、ギリ、と奥歯が鳴る音がビル通りに木霊している。 一言も言い返せず、論ずる術も持たない騎士。 「…………場所を変えるぞ英雄王。」 そして彼女の取った行動は―――黙殺。 屈辱に塗れるその身に耐え兼ね、一方的に話を切るという 「王」同士の邂逅においてはこれ以上ない――敗北宣言に等しい行為。 「よかろう。ここは埃で汚れる」 愉悦の余韻を収め、大人しくセイバーの要求を呑むアーチャー。 この男に何を言われようと仕方がない。それは自己の不明に科したせめてもの咎。 ギルガメッシュにではなく―――後ろで痛々しい姿を晒し、気絶している魔術師に対しての…… あれほどに酷い目に合わせてしまった彼女を前にして、自分が何を言い返せるというのか? 己が象徴たるエクスカリバーを敵以外の者に向け、自らの戦に巻き込み 結果、アーチャーの凶刃に晒させてしまい瀕死の重症を負わせたのだ。 (済まなかった……メイガス。この償いは必ず―――――)  自分の後ろ。 ダメージで未だ意識を取り戻さない魔導士を背中に見やり、心の底から頭を下げる騎士。 この闘いを乗り切れたら、今一度ちゃんと話をしようと決心を新たにしつつ――― 白銀の騎士王は黄金の英雄王と共に夜の闇に………消えていった。 ―――――― こうして―――― 任務中の高町なのはを襲った激しくも不思議な突然の事態。 その暴風のようだった夜が終わる。 日時は夜明けというにはまだ早い、だが空が白み始めている事から察するに あと2~3時間で日が昇ってくるであろう事を予想させる。 気絶していた彼女が意識を取り戻した時、その体はまるで天災に巻き込まれたかのようにボロボロだった。 鉛のように重い身体。 心身ともに極度の疲労。 限界を超えた反動による痛み。 BJやデバイスに組み込まれた簡易治癒魔法のおかげで行動を起こせる程度には回復していたその肉体ではあるが―― 「…………つっ、!」 利き腕―――豪壮無双のセイバーの剣を往なし続け、撃ち続け つい先ほどは謎の敵の投擲を防ごうと酷使に酷使を重ねた左腕の肩から二の腕の関節の痛みが激しい。 既に持病となっている左腕関節の磨耗の激痛に顔をしかめながら、なのははゆっくりとその場に両の足を立たせた。 ともあれ、動けるのならばすぐに行動に移さなくてはならない。 ゆっくりしている時間は無い。 やる事は山積みだし、ここに留まっている理由も無い。 「………………」 次の目的地を求め探索。災地から避難。 脅威からの撤退。 とにかく一刻も早く行動に移さねばならない局面。 にも関わらず、なのははそこに黙って佇みながら………ある一方を見据えて動かない。 彼女の視線の示す、遥か先には――――― 豪放なる剣戟の音と、殲滅戦じみた爆音が交錯し飛び交う そんな地獄が展開されているのだった。 ―――――― NANOHA,s view ――― 他愛ない夢を見ていた気がする―――― 昔、映画を見て凄く恐いと思った事。 娯楽だと割り切れない、いつまでも心に残った不快感。 暢気なものだ……気絶させられて眠りこけて 気持ちよく夢から覚めた私がようやく意識を取り戻した頃には そこにはもう誰もいなかった。 騎士の少女も、あの謎の敵も。 …………… 「いつ以来、かな……」 …………… そう、いつ以来だろう。 こんな簡単にノックダウンされちゃったのは……… 気がついた時に一番初めに思った事がそれ。 完全に瞬殺だった。 終わった、と思った。 抗いようの無い死。 その決定的な事実を体が覚えている。 突如現れた黄金の鎧を纏った男の人。 その人の一撃で何も出来ずにノックアウトされたんだ。 あの時、本当なら間違いなく私―――高町なのはの人生は終わっていた。 「あの娘に……セイバーさんに助けられたんだ…」 吹き飛ばされる前に辛うじて見た白銀の輝き。 串刺しになる手前、自分の前に飛び込んできてくれたあの背中を覚えている。 まさに九死に一生。 何も出来ずにやられて、助けられて 悔しくて、少し情けなくて、とても………怖い。 「…………」 その原因である――あの紅い瞳の男の人を思い出す。 あの人の目には――――私が映ってなかった…… こちらにその瞳が全く向いていなかったから感情も読めなかった。 というより本当に、さしたる感情を抱いていないように見えた。 だから探りを入れようと不意に近づいた私に――― チラっと目を向けたと思ったら、ザク、ザクって、本当に間抜けな話だよ…… 埃か何かを払うかのような気軽さで私の命を摘み取ろうとしたあの人は きっと、その行動にすら何の意味も見出してないんじゃないかと思う。 誰もいなくなった瓦礫の山――― その只中で、私は相棒の杖を抱きしめて 未だクリアにならない思考をまとめる作業に四苦八苦。 色々、立ち直って復帰するのにもう少し時間がかかりそう…… ―――――― SABER vs Gilgamesh ――― 騎士王アーサーと英雄王ギルガメッシュ――― 星の記憶に刻まれる幾多の闘争の歴史において 間違いなく最高位に刻まれるであろう、その対峙。 それは冬木の聖杯戦争――――その第4次、5次のラストカードでもあった。 縁深き二人の王の邂逅。 互いに引けぬ理由があった。負けられぬ意地があった。 まるで運命に導かれたかのように彼らは時空、次元を超えたかの地にて再び邂逅を果たす。 「ぐ、ぁっっ!!」 だが……今、為す術も無く吹き飛ばされたのは剣の英霊。 これで一体、何度目になるのか。 戦闘が始まって数刻も立っていないというのにセイバーは既に満身創痍だった。 幾度かになる神速の突進は、敵の魔矢によって悉く阻まれ男にまるで届かない。 「っっっっ!!」 降り注ぐ暴力の雨を避け続ける。 その一本に太股を抉られ、バランスを崩すセイバー。 左前方から2本、左から3本、殺戮の凶器が襲い来る。 直撃は回避するも着弾の度に巻き起こる爆風で、まるでビーンボールのように弾け飛ぶ銀の甲冑。 「ぐ、ううッ!!」 剣を杖代わりに身を支えるセイバーの足元。 そこに間断無く、つるべ落としのように撃ち込まれる宝具。 少女の小さな身体が空に舞い上がり、そのままビルの外壁に叩きつけられた。 「ハァ、ハァ……は、」 ズルリと崩れ落ちる白銀の騎士。 その目……薄緑の瞳だけが異様な光沢を放ち、敵である黄金の王を射抜く。 未だ衰えぬ戦意。 獰猛なまでの殺気を放ち、ぐったりと倒れ付しそうになる足に喝を入れて立ち上がる騎士王。 だが傍から見なくても分かる―――まるで相手になっていない…… それは当たり前の話だ。 最強のサーヴァント・英雄王ギルガメッシュ。 ベストコンディション――十全の状態ですらまともに戦えば瞬殺されかねない相手である。 そんな相手を前にしているにも関わらず、今のセイバーは既に一戦やらかした後だ。 戦闘不能のダメージではないにせよ聖剣の使用も手伝って身体能力・出力共に6、7分以下に落ちている状態。 「く………おおおおぉぉおおっっ!!!」 手負いの獅子が圧倒的戦力を前に吼え猛る。 だが……そんなハンデを抱えた状態で――――― この男と勝負になるわけがなかったのだ……… ―――――― <Master...Is it all right?> 「ん………」 彼女の相棒である杖。 そのデバイスが心配そうになのはを気遣う。 「大丈夫だけど……あと3分ちょうだい」 頬をパンパンと叩いて気合を入れ直す彼女。 その仕草はどこか男性的で、華奢な女性にそぐわない仕草ながらも 彼女がやると何故か様になってしまうから不思議である。 しかして一夜のうちにこれだけの事が起き、何よりも先ほど紛う事なく死に掛けたのだ。 流石のなのはとて混乱はしている。 だが、いつまでも敵に怯え、竦んで動けなくなる彼女では決してない。 KOのショックはまだ完全に抜け切らないが―――― (固まってなんかいられない…………  幸い深手は負ってない。 問題は…) そう、今は深刻な問題がある。 この状況に対し、行動の指針を立てなくてはいけないという事。 つまり、これからどうするかだ。 あの少女との戦い―――追っ手による包囲、襲撃を警戒し過ぎて 勇み足で一戦やらかしてしまった、あの壮絶バトル。 事情を語り合った時の少女の動揺。 互いに決定的なボタンの掛け違いをしていた事は明らかだった。 ならば続いて出てきた男とのやり取りも含めて 自分はたまたま行われていた何らかの争いにただ巻き込まれただけの被害者とでもいうのだろうか? ならばそんな争いは放っておいて、一刻も早くこの場を立ち去り、今後に備えるべきか? だが時空管理局局員はその作戦領域において 危険な武力衝突があった場合、これを鎮圧する義務がある。 それを見てみぬフリをして、あまつさえ放置するなど職務放棄に他ならない。 しかし難しい事にそれはあくまで二次的要因。 本来の任務から逸れ、なおかつ支障をきたすとあっては話は別だ。 問題は、この目の前で起こった争いがエース級魔導士である彼女をして その能力の容量を大きく超えている恐れがあるという事だ。 期せずして立ち会った騎士は過去最強クラスの相手――― そして、後に出てきた者はその騎士すら遥かに凌駕する圧倒的な怪物の様相を感じさせる。 現にその男の一撫でで――彼女は潰されかけたのだ。 正義感に酔い、余分な事に首を突っ込んだ挙句、任務を達成できずに無駄に命を散らす。 一部隊の隊長としてそんな事は許されない。 「…………………」 考える。考える。 何が最善であるのかを 自分が本当にしたい事は既に決まっているにも関わらず――考える。 そもそも、本当に無関係なのか? スカリエッティを追ってきてここに辿り着いたのではなく 彼によってここに転移させられた可能性は大きい。 この目の前で起こっている戦いも実はスカリエッティが起こしたもので 何らかの目的で自分をその渦中に放り込んだ――― 飛躍した意見ではあるが、逆に無関係と断ずる材料とて何一つ無い。 なのに、このまま行ってしまって良いのか? これを単なる災難として処理してしまうのか重要なファーストコンタクトと取るかによって 今後の運命が決まってしまうかもしれないという局面。 迂闊な判断は下せない。 と、思考に思考を重ねてもとにかく情報が……判断材料が少なすぎる。 どれだけ理屈を並べても平行線。  答えなど出る筈も無かった。 ……………… ――― 実は平行線ではない ――― 先も言ったが彼女の心自体は初めから決まっていたのだ。 高町なのはとしても一刻も早くその行動に移りたいという思いが。 だが管理局の一魔導士としてそれを認められるかどうか。 公私混同、私見に悖る行為は許されないという枷が彼女の一歩を重くする。 子供の頃の自分であったなら―――1も2も無くすっ飛んでいっただろうに…… つまり、まだ何も知らない、ろくに話も聞けなかった――― ついには一言も言葉を交わす事のなかった――――騎士の少女。 意識を失う前にかろうじて見えた銀の後姿に……なのはは想いを馳せているのだった。 ―――――― NANOHA,s view ――― 決断を下すには何というか……心情的なものが邪魔をしてる さっきから気になって頭の中から出て行かない騎士の少女――――セイバーさんの事。 私を身を挺して助けてくれた女の子……彼女がいなかったら私は今頃、こうしてはいなかった。 フェイトちゃんの時やヴォルケンリッターの皆の時と同じような闘いから始まった出会い。 凄く気になってしょうがない。 感情的にも、そして現在の状況的にも。 結局、つまるところ私はこのまま離れたくなかったんだ…… 私の視線のずっと先で多分、彼女とあの男の人が戦っている。 その余波がこちらにまで届いてきている。 二人が闘いになった場合、恐らくあの少女は勝てない。 対峙した時の「格」の差……横から見てすら、理解できた。 しかも私との戦闘で少なからずダメージを受けている。 なら、今この場を離れるという事は彼女を見捨てるという事と変わらないわけで…… 「それは……有り得ない」 命の恩人であり、事の何かを知っているかも知れない当事者であり 理屈抜きにどこか気になるあの娘を見捨ててどこかへ行く? 彼女がやられるのを見て見ぬ振りをする?  その選択は………ちょっと取れない。 「じゃあ迷う事なんて無い……幸い任務に抵触する要素も無いんだし」 このまま追いかけていったとしても任務中だから私見にかられた行動はできない。 それどころか管理局の魔導士として二人と接する以上 立ち回り次第ではあの二人を同時に相手にする事になるかも知れない。 そうなったら……きついなんてものじゃない。 本当に何も出来ずに潰される。 それでも答えは初めに出ていて、いくら理論で否定しようとしても結局、私はそれを捨てきれない。 何が正しくて何が間違っているのか分からない時 そんな時は自分が正しいと思う事を貫き通そう…… そうすればきっと後悔はしないはず。 「よし……決めた」 レイジングハートを握り締め――――彼らから遅れる事、数十分。 二人の消えた先。 恐らく激しく戦っているであろうその地点を見据えて――― 私はその一歩を踏み出した。 ―――――― SABER vs Gilgamesh ――― 「…………こ、ふ…っ」 少女の口から吐き出されたモノがアスファルトを紅く染めていく――― 「はぁ………はぁ、はぁ……」 息も絶え絶えながら彼女の戦意は微塵も衰えていなかった。 だが………体が動かない。 足がついていかない。 もはや誰が見てもセイバーは限界だった。 「――――セイバー。 どうした事だ? その様は」 そんな少女をまるで猫が鼠をいたぶるように痛めつけていく黄金のサーヴァント。 何の抑揚も感じさせない口調で、そんな疑問を口にする。 英雄王は本当に心底、不思議といった表情で首を傾げていた。 「アーチャー………何故、本気でやらない…?」 ギリっと歯を食い縛りながら―――搾り出すように言葉を返す騎士王。 弄ばれている事は重々承知。 その顔は屈辱と苦渋に染まって余りあるものだった。 「その慢心が元で幾度、その身を地につけたか……  忘れたか―――英雄王ッ!!!」 「たわけ。慢心せずして何が王か?   雑兵と同じ目線でものを語り、剣を振るうお前こそ  王道を解せぬ凡夫の所業であろうが?」 「ならば凡夫の剣とやらをその身に受けるか英雄王……  貴様をここで打破出来るとなれば、それはかえって僥倖やも知れぬ…  今宵の聖杯戦争における最強の敵をここに葬り去れるのだからな!」 壮絶な笑みをたたえるセイバー。 空気を震わす程の裂帛の気勢を放ち、眼前の敵を討ち滅ぼそうと歩を進める。 「聖杯戦争?―――」 その戦意を受けながら男はまるで動じない。 涼風の如く受け流しながら―――― 「何を言っているのだ? お前は」 「………??」 「セイバー。言ったはずだぞ―――お前は我のモノだ」   彼は哀れむようにセイバーを嗜めた。 生まれたばかりの赤ん坊にはその世界の事など分からない。 無知蒙昧ゆえに何も理解出来ず、判断を下す材料すら持ち得ない。 「その輝きを曇らせ、我をあまり失望させるな、と。」 そんな無力な赤ん坊を優しく叱って諭すかのように―― 英雄王は目の前にいる少女に言葉を紡ぐ。 「何…? 何の事だ……?」 「ふん、まあ良い。 愚昧なる器に収まっていようが  その価値が容易く失われるほど安くはあるまい?   お前という女はな。」 「っ!  戯言をッッッッッ!!!!」 突っぱねるセイバー。 この男の言動が不可解なのは今に始まった事ではない。 いちいち耳を傾けてやる道理なども無いのだ。 「だああああああああッ!!!」 全てを振り払うかのように身体を引き摺る。 跳ぶ。 何度でも何度でも。 「アーチャーッッッ…………!!」 だが跳んだ先に幾つもの剣や槍が怒涛のように突き立つ。 その度に押し戻される騎士。 何とか肉迫しようと地を蹴るセイバーの姿はギルガメッシュの目には滑稽なものにしか映らない。 そしてやはり本来のキレがない騎士の突進。  トップスピード、反射速度共に遥かに落ちている。 荒い息を整える間もなく踏み込もうとする騎士の両足に 真珠の煌きを放ちながら飛来する短剣―――宝剣マインゴージュが突き刺さる。 苦悶に顔を歪めるセイバー。 大火力を誇る宝具の投擲の合間を縫うように放たれた小剣に対し、咄嗟に反応が出来ない。 「う、くっ……」 カクンと下半身の力が抜ける。  その動きを止めた所に放たれる狙い済ましたような大火力の凶器――― (おのれ……!) 足を負傷し、彼女はその場で一瞬、棒立ちになってしまう。 射手を相手にした場合、その圧倒的な銃弾掃射を前に動きを止めてしまう事は即ち死を意味する。 そして今まさに騎士を串刺しにせんと手を挙げる男。 ―――――そのちょうど中間地点に 「むう?」 「………!?」 ―――――――発光一閃!!! 突如として光の柱が立ち上った。 ―――――― 突如として視界を遮る光の束にセイバーが目を見張る。 何かの壁が落ちてきたと錯覚するほどに巨大なそれは―――魔力で編まれた極大の魔砲。 天から降り注いだそんな桃色の魔力の柱に、彼女は覚えがあった。 「……どんな理由があるのか分からないけど」 セイバーとギルガメッシュの立っている大地の その中央に巨大なクレーターを作った大砲撃。 それを叩き込んだ張本人。 「傷ついている人を相手に対しての一方的な暴力……  とても見逃せる範疇を超えています。」 白き魔導士、高町なのはが空中にてセイバーを そして今、自分に真紅の瞳を向けたあの男――英雄王ギルガメッシュを見据えて叫ぶ。 「時空管理局航空隊所属、高町なのはです!!   今すぐ武器を収め、戦いをやめなさい!!」 管理局魔導士としての責務。 エースとしての誇り。 己が高町なのはであるがために――やるからには何一つ疎かにはしない。 全てを背負って、今度は自らの意思で死地へと降り立つ彼女。 唖然という表情で上空の魔導士を見やるセイバー。 そしてギルガメッシュの視線が彼女と交錯する。 ことにその真紅の双眸に射抜かれた瞬間 彼女の脳裏に先ほどの悪夢のような光景がフラッシュバックするが―――だが先程とは違う! その重圧を振り払い、男をキッと睨み返すなのは。 一度戦場に出ればこのエースに竦むという言葉は無い。 どんな初動、仕草も見逃さないという意思と 先程のような無様は絶対に晒さないという決意と 場合によっては戦闘も辞さないという確固たる覚悟。 その全てを瞳に込めて―――なのはは眼前の男に全てをぶつけていた。 「――――」 しかして…………横目にてなのはのそれを受け止めていたギルガメッシュ。 射抜くような彼女の戦意に対し、彼の取った行動は―――――――無視。 「――――」 まるで何も見えてなかった――魔導士の警告など聞こえていなかったかのように 男はなのはから視線を外し、セイバーに向き直る。 その手を上げ、再び眼前の騎士に対して向ける。 その腕が―――今、魔力の縄によって拘束された! 「もう一度言います。  武器を収め………速やかに無為な武力行使をやめなさい!」 腕だけではない。 その縄は黄金の鎧をまとった男の胸部、腰、足。 全身に絡みつき、男の自由を奪っていた。 バインド―――― 犯罪者を捕らえる時に使用されるミッド式魔法の捕獲術。 それがまるで警戒をしてなかったギルガメッシュの身体を見事、束縛する。 仁王立ちを崩さないながらも、手足の自由を奪われた(ように見える)男が 自分の体に巻き付いたそれを不思議そうに見て―――口を開いた。 「――――セイバー。 あの羽虫は………何を言っている?」 「メイガス!? どうして!!?」 セイバーの隣に軽やかに降り立った魔導士に向かい、批難の声を挙げる騎士。 だが取り合わないなのは。 そんな少女の体を見て、ただ顔をしかめて唸る。 (酷い……本当に) ――― 嬲りつくされた ――― 一言で言うならば、まさにそんなところ……… 何の抵抗も出来ないその身を一方的に打ち、斬りつけ、引きずり回した――― そんな様相がありありと見て取れる。 あと数刻、自分の到着が遅れていたらどうなっていた事か。 対するあの男はまるで無傷。 その身体に擦り傷一つとして負ってはいない。 息も切らしてないその表情を見て、今の今まで彼が戦闘をしていたなどと誰が信じられるだろうか? そんな一方的な蹂躙に怒りを覚えると共に――― この強い騎士をこうまで一方的にあしらった事実に、彼女はあらためて戦慄を覚える。 「大丈夫………じゃないよね。どう見ても」 「バカな! 私の事などどうでも良い!!   早くこの場から離れて下さい!! 出来るだけ遠くに!!!」 「どうでも良くは無いよ。」  有無を言わさぬ魔導士の物言い。 その迫力に一瞬押されるセイバーである。 「いきなり斬り付けられたり撃たれたり、そんな目に合わされた挙句  実は貴方には関係なかったからどっか行ってと言われても……  わけが分からない。 せめて納得の行く説明を聞かせてくれないと。」 「それは……だが今はそんな状況ではないのだ!」 「聞いて欲しい事があるの。とにかく………  二人とも武器を収めて。 そちらの貴方も」 「っ! 駄目だナノハ! この男は話し合いの通じるような相手では――」 騎士の静止の声を無視し、なのははセイバーの前――― 未だ桃色の捕縛縄に捕らわれている英雄王ギルガメッシュと正面から向き合う。 (馬鹿なっ! 殺される!!) 蒼白を通り越した表情のセイバーだ。 確かに非はこちらにあるし、納得できないというのも分かる。 だが、何故むざむざと死地に舞い戻ってきたのか? 傷ついたその身でアーチャーの間に立てばどうなるか―――彼女ほどの手合いに分からぬ筈がない。 はたして対峙する英雄王を前にその口を開こうとする魔導士。 その眼前――無造作に、さして動いたとも思えぬ黄金の身体。 絡め取ったはずの金の鎧に巻き付いていたバインドが―――ブチブチと、音を立てて千切れていく。 「…………!」 注意深く近づこうとしたなのはだったが、その異変を察知し歩みを止める。 六間半ほどの間合いを保ち―――改めてレイジングハートの砲身を男に向ける彼女である。 (バインドをあんな簡単に………捕縛魔法用のアンチマジック…?) 緊張の面持ちを見せるなのはを前にして是非も無いといった表情で佇む英雄王。 男を守護する鎧もまた、古今東西のありとあらゆる魔術礼装をその身に編み挙げた、彼の宝物庫を彩る宝具の一つである。 生半可な魔法などは苦も無く弾き返してしまう。 この結果は必定。 この世の果てに至るまで探しつくそうと……… ―― 王を縛る縄など 存在するはずがない ―― (くそ………動けっ!!) このままではあの魔術師は殺される。 傷付いた身体に再び鞭を打ち、英雄王に飛びかかろうとするセイバー。 無関係な者を自分達の戦いに巻き込み、傷つけるのはもうごめんだ。 そんな想いを碧色の双眸にたたえて身構える彼女と――― 口元を引き締めて、最強のサーヴァントを相手に堂々と退治する高町なのは。 「良いだろう――――赦す」  そんな様相を前に―――― 英雄王が………なのはに対して始めて、その口を開いていたのである。 ―――――― (なっ!?) 再び魔導士の盾になろうと飛び出しかけたセイバーが絶句し、固まる。 呆気に取られる少女の顔。 この男は自身が認めた相手以外の者の一切の権利、主張を認めない。 それは何度と無く対峙したセイバーが一番良く分かっている。 その暴君が―――話し合いに応じた? 「赦すと言っている。申すが良い」 「……………」 固まる騎士王を尻目に、紆余曲折あったにせよ どうにかして対話にこぎつけられた事に安堵するなのは。 コクン、と首を縦に振り―――― 高町なのはは自らの目的。自分の素性。 不測の事態でこの空間に飛ばされてきた事。 規定の許す範囲で己が事情を二人に語り始めるのだった。 ―――――― 場を―――沈黙が支配した。 どうにか戦いを中断してくれた少女と男を前に 現在の事情をゆっくりと慎重に語って聞かせる高町なのは。 異なる世界からやってきた犯罪者がこの地に逃げ込んだ。 自分はそれを追ってきた法務機関の人間であり 追跡中、セイバーとかち合い戦闘になった。 逃げてきた男の狙い、目的の一切が不明。 この聖杯戦争というものに何らかの関与があるかどうかも分からない、等等。 一通り話し終えた魔導士が黙って二人の出方を待つ。 ほとんど見切り発車の状態であるが、それでも踏み込んだ以上はやるしかない。 途方も無い化け物二人を前にして強い決意を胸に秘めて立つ高町なのは。 ややあって――――目の前の男から目を離さず 最大限の警戒を怠らないままに騎士の少女、セイバーが口を開く。 「大体の事情は飲み込めましたが―――私に協力できる事態であるとは到底……  元よりこの身はマスターの剣に過ぎず、眼前の敵を打ち倒す以外の術を与えられていないのです。」 申し訳なさそうに言葉を紡ぐ騎士である。 今の話でこの魔術師に対する大方の疑問は氷解した。 だが……… 「聖杯戦争の管理者………協会から派遣されてきた者が新都の教会にいる筈です。  またはこの地の管理者である遠坂―――凛に助力を仰ぐか……  異邦の犯罪者がこの地に紛れ込み、聖杯戦争に介入してくるというのなら  どちらも協力は惜しまないはずです。」 自分の知る限りの情報を魔導士に提供する。 その間も視線は眼前の男から逸らさない。 あくまで臨戦態勢を解かず、自らの宿敵を見据えながら、一言――― 「私にはこのくらいしか言えない…  彼らの所にまで、この身が案内出来ればよかったのだが……済まない。」 その先は言葉にするまでも無い―――― 目線だけで「察して下さい…」という意思を伝え、騎士は短く謝罪の言葉を述べた。 意図は至極単純。 なのはにもそれが分からぬ筈が無い。 ――― 今はそれどころではない ――― つまりはそういう事だ。 戦闘を中断したといってもそれは一時の事。 何せ宿敵と対峙しているのだ。 このような状況で暢気に談話をしていられるわけが無い。 程なく騎士の横顔が、再び戦闘者のそれへと変わっていく。 今にも獲物に飛び掛らんとする猛獣の如き双眸――― それは「話は終わりだ。下がっていろ」という、なのはに対しての意思表示でもある。 「……………」 (――――ガチン) 「――!?」 その少女の気迫、立ち昇る殺気は見る者を竦ませるほどだが しかし、それで引き下がるわけにはいかないのだ。 ここに―――金属と金属が軽くぶつかる音が響いた。 セイバーの右手にささやかな負荷がかかる。 「………メイガス?」 男に対し聖剣を右下段に構え、今にも飛び出そうとしていた騎士。 その剣に対し、なのはが横からレイジングハートを絡めたのだ。 まるで剣を上から抑え付けるような行動は――確認するまでもなく、刃を引かせる行動に他ならない。 「さっきも言ったけれど私は時空管理局という組織に所属しています。  管理局魔導士には自らの管轄内において  武力衝突を鎮圧するという責務と権限も与えられてるの。」 ……………… またも沈黙―――なのはとセイバーの目が合う。 「聖杯戦争というものが何なのか私は知らない……  だけど目の前で戦闘行為が行われている以上―――  見て見ぬフリをして通り過ぎるわけにはいかない。」 そう、表向きの理由はそれ。 紛う事なき管理局局員としての責務を全うするための介入だ。 しかし真の目的は―――まずは兎にも角にも目の前の負傷した騎士を助ける事が先決。 両者の戦い……それは彼女の予想した通りの有様。 やはりまるで勝負になっていない。 このまま戦闘を続けさせれば少女は間違いなく死ぬ。 それだけは阻止したい……その一心で、彼女はダメージや葛藤を飲み込んで二人の前に立ったのだ。 「―――なら、どうするというのです?」 そんななのはの言葉を前にセイバーが目を僅かに細める。 絡んだ剣と杖が、ギチ、ギチ、と耳障りな音を立てる。 「この戦いは無頼同士による突発的な私闘ではない。   冬木の地にて魔術師の管理の下、制約に乗っ取って行われているものだ。   外部の法的機関とて、みだりに介入出来るものではない。」 ギチ、ギチ――― なのはの左手にも負荷――静止を跳ね除けようとするセイバーの剣。 それを押し留めようと魔導士のデバイスを持つ手にも更なる力が込められる。 「闘いって……試合みたいなもの?   殺しあってるようにしか見えないよ?」 「その通りです。 我らは元より、マスターである魔術師達――  彼らもまた各々命を失うのも覚悟の上での事。」 ――― 殺し合いも辞さない ――― なのはが微かに目を剥いた。 それは管理局内外に限った事ではなく、法治社会で暮らす者達全てに科せられているはずの 最も根源に位置する犯してはいけない一線。 そのタブーを犯す事を目の前の少女はあっさりと認めたのだ。 「…………そんな事を聞かされて、はいそうですかと引き下がれると思うの?」 「はい。 間もなくここは戦場になる。  出来るだけ遠くに避難して欲しい」 まるで取り付く島がない―――― そうじゃない……自分の言いたい事はそうじゃないのに… 「…………話を聞いてくれてた?   私はそういうのを止める立場にいる人間なの。」 「それは無理だ。 私も、そして他の者も―――  譲れない願いがあってこの戦いに参加している。  部外者からの静止で大人しく剣を引く者など誰一人としていないでしょう。」 「人の命より重いものは無いよ。 自分の命も含めてね。  それを大事にできない人に願いを適える事なんて出来ないと思うの。」 「…………ある。 少なくとも我が身よりも重く尊いものなどいくらでも―――  そこに至るには、我が身を賭けねば到底辿り着けるものではない。」 至近距離にて互いの瞳が両者の顔を映し出す。 騎士の少女を睨みつける高町なのは。 杖に力を込める手がブルブルと震えている。 対してセイバーは――――そんな魔導士の瞳に………なつかしい光を見た気がした。    セイバーが傷つくのはイヤなんだ     女の子がそんな、戦ってボロボロになるなんて俺は認めない  救いようもなく的外れで、優しくて 我が身を省みず無鉄砲な、とあるマスターの姿を幻視して――― ――― ああ………この者は…私を心配してくれているのか… ――― そんなマスターと長い時間、接してきたからこそ 目の前の女魔術師が、彼と全く同じ理由でここまで必死になっているという事が理解る。 (……………) 自分を行かせまいと杖に体重を乗せて剣を抑えてくる。 力を込めるその顔―――額に玉の様な汗が滲んでいるのが分かる。 「……………」 ふう、と一呼吸―――騎士がその場で溜息をつく。 と、剣を握っていた少女の右腕から肩にかけてのラインがブルッと蠕動した! ぎいいぃぃぃぃぃん――――!!! 「あっ!!?」 途端、なのはが絡ませていたレイジングハートが跳ね上げられてしまう。 肩から先が消えたかのようにしか映らなかったその動作。 実際には手首と肘のスナップを鞭の様にしならせてなのはのデバイスを斬り上げたのだ。 「………!」 「ナノハ―――貴方に手傷を負わせた償いは後日、必ずします。  故にここは引いて欲しい。 これ以上、貴方を巻き込みたくはないのだ…」 怒るでも猛るでもなく言う騎士の少女。 もはや対話だけではどうにもならない。 言葉で揺れるほどに―――この騎士の決心は軽くない。 (でも…………ここで引いたら、多分、次は無い…) 唇を噛む高町なのは。 言うまでもない。 ここでのこのこと引けば―――恐らく彼女とは二度と会う事は無いだろう。 いっそ力づくで止める事も辞さない構え。 どんなに恨まれても憎まれても救えるならそれでよい。 有無を言わさず叩き伏せて縛って連れて行く―――― 突っかかっていって簡単に勝てる相手ではない事は百も承知だが……… 結果の見えた勝負に満身創痍の彼女を送り出すよりはマシである。 「お願い……管理局だって話を聞く用意がある…  そうまでして叶えたい望みがあるなら私も出来る限りの事はする……  だから……」 必死に説得を続けるなのはに対し、その目を閉じて首を横に振り、拒絶の意を表すセイバー。 「ふむ―――」 「「え?」」  不意に聞こえた声に、そんな言い争う二人が虚を突かれる。 振り向いた先。 先程までずっと彫像のように動かなかった男―――  「なるほど―――そういう趣向か」 英雄王が腕を組んでどこを見るとも無く呟いた。 「良いだろう。 そのルールに乗ってやるとしよう」 「なんだとっっ!!?」 思わず声を上げてしまうセイバーだ。 男の言葉を聞いた瞬間の、彼女の顔こそ見物。 苦虫を噛み潰した表情などと生易しいものではなかった。 完全にあんぐり、と口を開いたまま―――固まる美麗の騎士の相貌。 (な、…………これは、夢か…?) 目の前で起こった有り得ない交渉成立。 何か悪いものでも食したのか、と言わんばかりの表情で二の句が繋げないセイバー。 「じゃあ……」 「………」 だが―――その言葉に微笑を返して歩み寄ろうとするなのはに対し、 「もはや貴様に用は無い――雑種」 次の瞬間…………………空気が凍りつく!!!!!!! ―――――― フリーズしていたセイバーと男に歩み寄ろうとしたなのは。 男の言葉を受け、両者の顔色が瞬時に変わる。 「消えよ」 黄金の鎧の手甲が横に払われる! 瞬間――襲い来る凶器の銃弾射撃! 魔導士を餌食にせんと横一線に並んだそれらが高町なのはを消し飛ばそうと翻り 瞬時に飛来した10本近い武器が空間ごと彼女を薙ぎ払っていた。 「メイガスッ!!!!」 セイバーが叫び、再び英雄王の前に立ち塞がる。 ギリっと奥歯を食い縛り眼前の男を睨む。 その薄緑の目は再び臨戦態勢のそれ。 その後方にて―――― 「……………!」 あらかじめ編み上げておいたフラッシュムーブを始動させ 魔矢を交わしていた高町なのはが男を睨む。 厳しい表情を浮かべる魔導士と ある意味、お約束過ぎる展開に「やっぱりな……」という顔を覗かせる騎士。 「言わぬ事ではない………引いて下さいナノハ。   もはや話し合いなどと悠長な事を言っている場合では―――」 「ねえ………私、何か怒らせるような事言ったかな…?」  しかし、なのはは収まらない。 些かの怒気を表し、冷たい声のままに言葉を紡ぐ。 その冷気のような殺気――― 後ろ手に彼女を庇っていたセイバーの肌までもがチリッと反応するほどの鋭さだ。 (……ナノハ) 心中で舌打ちするセイバーである。 今の攻撃で、彼女の怒りにも火がついてしまったのか。 「まともに話し合いも出来ないの……?」 対話が成立したと思った瞬間の騙し討ちに加え 今日二回も、その命を奪われかけたのだ。 当然の事だが、ここまでされて怒らない者などいない。 だが―――蛙の面に…… 否、それはあまりに不敬な例えか。 暖簾に腕押しとでも言い換えておこう。 「控えろ雑種。 王の御前である」 なのはの刺すような殺気などまるでお構い無しに悠然とした態度のまま、英雄王は言葉を賜る。 「さっきから雑種雑種って……  気になってたんだけど、それって私の事だよね?」 「理を解せぬ愚かな者に我が言葉を賜ろう。  お前は今、死に至る罪を三つも犯したのだぞ?」 「………わけが分からない。 それ、逆ギレって言うんだよ?」 こちらが怒る場面でまるで悪びれない目前の男。 それどころか何の脈絡も無くこちらを批難までしだす始末だ。 流石のなのはもその心中、困惑と憮然とした感情で綯交ぜになっても無理も無い。 冷たい殺気のままに相手を睨みつける魔導士に対し、王の言葉が続けて放たれる。 「一つ―――愚にも付かぬ戯言に我の時間を割いた罪」 まるで謳うように読み上げていく本日の高町なのはの罪と罰。 「一つ―――話を聞いてやる、出来る限りの事をする、などとのたまったな?  だが民に便宜を量るのも褒美を賜るのも王であるこの我の特権―――救いも断罪も同様である。  それを献上するというのならともかく、同等の立場からの物言い……それが万死に値せぬはずがない。」 有無を言わさず一方的に降り注ぐ男の独演。 取りあえずは黙って聞いていたなのはだったが…… その理由を聞くにつれ―――怒りに頬を染めていた顔が次第に唖然としたものに変わっていく。 「そして最後に一つ―――時空管理局と言ったか?  王の庭を土足で踏み躙り、管理などと抜かす輩である事は明白。  そのような不埒な狼藉者には死以外の判決は有り得まい?」 「ここは貴方の領地なの……?  さっきも言ったけど、この空間に来たのは不可抗力で…」 「うつけ」 言い返そうとする魔導士の言葉をピシャリと押さえ 王が神言めいた判決の最後の言葉を紡ぐ。 「この地に限らず、この世界全てが王の領土―――つまりは我のものである。  それをそのような間抜けた面で闊歩し我が眼前を横切るなど……もはやそれだけで許し難い所業よ」 「…………」 言葉を返そうとする不屈のエース。 王のトンデモ理論をどてっ腹に叩き込まれ、心中では二の句が繋げない状態ではあるが それでも辛抱強く対話を続ける教導官だった。 「ふざけているの………? 真面目に話そうよ…」 「巫山戯けているのは貴様だ雑種。 我が自ら決を下したのだぞ?   頭を垂れて賜るのが礼儀であろうが。 ……ふむ。 喜べ―――  その不敬もまた十分、死罪に値する。 罪がまた一つ増えたわ。」 ………………… 完全に沈黙してしまう航空隊のエースであった。 セイバーが後ろにいる彼女の顔を肩越しに覗く。 そこに哀れみの感情が入るのは仕方の無い事だろう。 かつて自分も通った道だ……この男には何を言っても通じない。 徹底的に王的理論(?)で打ちのめされた白き魔導士の顔が容易に想像出来たのだから――― 「………手応えはどうですか?」 「………お話にならない。」 「理解が早くて助かります。」  予想通りの反応にふうっと溜息をつく騎士であった。 「気は済みましたかナノハ? 無駄だという事が分かったのなら――」 「………ちょっと遅かったね。   どうやら逃がしてくれる気、無いみたい。」 「!?」 これで彼女も諦めてくれるだろうと撤退の意を伝えるセイバー。 しかし、その総身を振るわせるような男の真紅の双眸が―――今、しかと魔導士を捕らえていた。 「当然だ。 王の眼前を汚した罪………一度は許したが二度目は無い。」 撤退など許さないと、ここで死ねと、 その身が決めた結果を受け入れよ、と 男の死の宣告じみた眼が口ほどにものを言っていた。 「待て英雄王っ! 話はついた! ナノハはもう……」 「ようやく個体として認識されたね……これでやっと同じ土俵か。」 「何を言っている!? 早く逃げて!!」 「………よかった」 「なっ!??」 火急の事態なのだ。  なのに、この魔導士の顔には焦燥も焦りも見受けられない。 咄嗟にその言葉の意味を量りかねるセイバーである。 「2、3ほどパターンを考えてたんだけど……  最悪、二人を相手にしなきゃいけない線もあったから、むしろ上々かな。」 なのはの声が窮地に対し、有り得ないほどに座っていく。 そうなのだ。 局員の立場で接する以上、介入行動は中立の立場で行わなくてはならない。 私見でどちらに肩入れするのも越権行為となる―――― 「でも、こうなったら話の通じる方を助けるしかないよね。」 だがこれなら―――― 対話の成立する少女とまるで交渉の余地の無い暴漢。 これなら―――局員として少女に味方する大義名分が立つ! 「メイガス!! いい加減に――!」 騎士は感じていた。 後ろに立つ彼女の気勢がみるみる増大していくのを。 数刻前、自分と互角に打ち合った強い魔導士。 その研ぎ澄まされた戦意が膨れ上がっていくのを。 (何という事……くっ…) すっかり「やる気」になってしまった魔導士を後ろ目に あくまで彼女を逃がそうと苦心していたセイバーが歯噛みする。 「セイバーさん協力して。 あの人を逮捕するから。  そして事が済んだら、後であらためて話の続きをさせて……  貴方の方が彼よりも何倍も話になりそうだしね。」 「バカな事を……あの男はそんな簡単な相手では――」 「!!! 来るよッ!! 前ッ!!!」 叫ぶ魔導士! 舌打ちしつつ身構える騎士王! それを前にして英雄王がゆっくりと片腕を上げる――― その動作を、迎撃体勢を取りつつ穴が開くほどに凝視するなのは! 先ほどは見切れなかった敵の武装。使用される武器。  それはどこに隠しているのか? どういう種類の術技なのか?  敵の投擲技を余さず看破しようと鋭い視線を送る。 はたして男の片手の先――異変が起こったのはその空間だった。 (これは……!?) 暗器の線を疑っていた彼女だったが、その目で見た光景。 何も無い空間がまるで水面のように……揺れた。 それは池に小石を投げ入れたかのように円状の波紋のようなものを作り出し――― その波紋の先から――――顔を覗かせたのだ! ――― イキモノのように ――― 人間など容易く引き裂くであろう凶刃。 その刃が、、、8本………男の右手に出来た波紋の数だけ空間に現れる! (転移!? 召還!? 一体……!) 驚愕するなのはと既に突撃体勢を整えたセイバーを前にして 英雄王が殲滅宝具の斉射体勢に入る。 「頃合だ―――踊れ」 なのはが飛ぶ! セイバーが駆ける! ギルガメッシュがその腕をまるでオーケストラの指揮者のような優雅さを以って 振り下ろした―――それが開始の合図! 号令の元、空間に装填された8本の凶刃が一斉にスタートを切った! 英雄王VS騎士王&エースオブエース ――その宝具の雨の斉射音が…………この戦いの開戦の狼煙となったのである! ―――――― 戦闘開始と同時――― まるで示し合わせたように、爆ぜるようにその場を飛び退るなのはとセイバー。 あの攻撃を棒立ちで受けるなどもはや愚の骨頂。 側面に回り込み、ギルガメッシュの懐を脅かそうとするセイバーと、空に身を躍らせ一定の距離を取るなのは。 期せずして両者、自分のベストポジションにその身を置いた。 (どうする……ただでさえ万全でない身。  誰かを庇いながら戦える相手ではない……) だがセイバーは未だ魔導士と共闘をする事に難色を示す。 一抹の懸念を背中に残しつつ騎士は思案に耽るのだ。 (ナノハに奴の意識を向けさせては駄目だ……) 高町なのはの技量――それ自体はセイバーも認めている。 自分と決死の討ち合いを果たしたこの見事な魔術師の実力を認めない理由はないし、心情的に好もしいと思っている。 だが……いや、だからこそだ。  大した因果もないというのに、この目前の男と相対するなどという愚かと断ずるに余りある所業を行わせるわけにはいかない。 (ならば……あの宝具の矢、全てを私が引き受ければ良いだけの事っ!!) セイバーが跳び、ギルガメッシュに突っかける。 少しでもその攻撃を散らすために。 暴君の目をこちらにむけさせるために。 あの壮絶な力をあらためて目の当たりにすれば、彼女とて諦めて立ち去ってくれるかも知れない。 それまでは――――奴の全ての攻撃を受け切ってみせる……何としても! そんな鉄の意をその身に秘め、セイバーは跳ぶのだ! 「だあああああああああああッッッ!!!」 裂帛の気合と共に、敢えて危険な正面からギルガメッシュに向かって突っ込む騎士。 「セイバーさん! 右から行ってッ!」 「っ!」 その頭上から―――叩きつけるような声が響いた。 「上方、狙ってる! 手薄な右のルートが最適ッ!!」 戦場に透き通るような、よく通る声が響き渡る。 反射的に空からの声に反応するセイバー。 中央突破から鋭角の軌道を描いて疾走! その今までいた足元に次々と刺さる英雄王の投剣。 空にて男の動向の全てをチェックしていた高町なのは。 その彼が「左手」を上げてセイバーを撃とうとした。 人体構造上、攻撃動作とは身体の内側に向けて行われるのが常道だ。 ならば、その範囲の外――左手の外方向こそ、今の男の死角! チッと舌打ちする魔弾の射手。 その視線をサイドに展開したセイバーに向けた瞬間――― 「シューーーーーーートッッッッ!!!」 全く逆側からの襲撃を受ける王。 空に陣取る魔導士がセイバーを右に回り込ませ 男の意識がそちらへ向いた瞬間、アクセルシュータを死角に放り込んだのだ。 「小賢しい!」 空間の波紋の中に手を突っ込むギルガメッシュ。 クレイモア―――― 西洋の巨大な剣をその虚空から引き抜き無造作に一閃。 凄まじい風圧で、スフィアの悉くが灰燼と化す。 だが、そんな緩慢な男の動作とは裏腹に戦況は目まぐるしく動いていた。 「レイジングハート行くよ!! 回避プログラムを随時、送って!!」 <Yes master> 思考と術式をフル回転させて空を飛ぶなのは。 目の前の相手の投擲技。 空間を歪ませ、その中から武器を次々と取り出し放り投げてくる。 その原理は――ついには分からなかった。 だが、もはやそんな事は思慮の外。 自分と同じ射撃、砲撃の使い手であるのは間違いない。 ―――その射撃の出所。射出体制。一度に何発撃てるか。リロード時間は? 原理など分からなくともそれらが分かれば戦闘において十分に戦える。 自分の経験から、射手―――つまり自分がされたら嫌な事、やられたら死角になる角度。 その知識を総動員して……彼女は戦術を立てているのだ。 相手がシューターを迎撃してる間、なのはも同時に左へとその身を移し スフィア掃射と共に滑空し男に迫る。 男がそれを迎撃―――は出来ない! タイミングドンピシャ! なのはが小さく「ナイスっ!」という声を漏らす! 右方向にサイドステップしたセイバーが同時に、王の間合いに踏み込んできたからだ。 そのあまりの突進の速さが騎士の周囲に大気のトンネルを作り出す。 それは即ち、彼女の速力が音を遥かに超えている証。 「「はああああぁぁぁぁああああああああっっっ!!!!」」 エースと騎士王の激しくも美しい旋律のような声が重なる。 白と銀の閃光――空と地上から襲来する光のラインがクロスする。 ギガァァァァァァァァァァァァン、!!! という、天をつんざくような轟音が大気を奮わせた。 なのはとセイバーの駆け抜けた軌跡によって、大地に十字架のような亀裂を刻む。 大剣片手に立ちはだかる英雄王に対し、示し合わせたかのようなクロスマニューバを敢行した二人。 中央に陣取るギルガメッシュに、セイバーが音速の剣を叩き付け それと全く同時に空から滑空したなのはがシューターの爆撃を降らせたながら斬り付けたのだ。 絶妙の連携―――それが王の手から大剣を弾き飛ばし、豪壮なる金の鎧の肩口に傷を負わせていた! (入った………!) セイバーの渾身の胴抜き。 すれ違い様に英雄王の大剣の内側、確かにその身体に一撃を入れていた。 その手応え、その結果に、驚きに染まる少女の顔。 幾度となく突進したが、その度に弾き返された…… ついには飛び込めず終いだったその懐に――こうも容易く!? 「繋げてッ!!」 「り、了解だ!!!」 斬り抜けによりギルガメッシュの背後に抜けたセイバー。 再びその宿敵に迫ろうと腰を落とす。 そこに―――槍と矛がセットで10本! 既に装填を終えた王がセイバーに向き直り、凶器の矢を放たんとする! その左手が今にも振り下ろされるところだった! 「スターダストォォォ……フォーーーール!!!」 その背後――英雄王から9時の方角に上昇したなのはが物質射出系・大魔法の高速詠唱を完了! 大小様々な魔力でコーティングされた岩石の弾幕。 それを周囲に張り巡らせたところだった! ギルガメッシュがその右手の十本をセイバーに射出。 続けて上空の不埒な身の程知らずを討ち果たす断罪の刃を6本――― 左手を掲げた空間に装填し、即時発射する。 それに対し、なのはが既に張ってあったシューター。 そしてスターダストフォールの岩礁。 魔力と物理攻撃をミックスさせた高町なのはのマーブルシューティングと王の財宝が―――中空にて激突した! 岩くれが、魔力が衝突し弾け飛ぶ炸裂音が辺りに木霊する!!! 不世出の砲撃魔導士と最強の英霊。 互いにアーチャーの素質を持つ二人の壮絶な魔弾の撃ち合い――― 「くっ………!」 激突の余波は一瞬、なのはが反応を総動員させて フラッシュムーブで自身を上昇させる。 なのはの魔弾による弾幕は一方的に撃ち負け―――男の放った絢爛の矢に貫通されていた。 「予想していた事態」ゆえ、瞬時に回避行動を取った彼女であったが 裂けきれなかった刃が法衣のスカート部分の端を切り裂いた。 「つぅ………この程度じゃ拮抗させるのは無理か…」 初めに味わった相手の射撃の威力から大まかな戦力分析は済ませてはいたが…… その魔矢の威力―――あらためて想定以上! 掠っただけでバリアジャケットを紙のように切り裂き、脛部や大腿部に傷を負わせられてしまう。 (この出力ではミドルレンジでは勝負にならない……  シールドで受けても連射で潰される……  なら、どこでリミッターを外すかなんだけど…) ここまでで高町なのはが分析した敵の射撃能力――― 最大射出は一度に10本前後。 発射の初動は腕を振り上げてかざす。 リロードは0.5~1秒。 射撃の手数なら50近いスフィアを飛ばせる自分が有利だろう。 だが―――威力はお話にならない。 あの貫通力……足を止めて撃ち合おうものなら瞬殺されてしまうかも知れない。 防御障壁も同様、その射撃頻度や速度から永遠に回避し続ける事も実質不可能だ。 ならば―――攻めるしかない! なのはが上昇の勢いを利用して、今度は急降下。 スフィアを撃ちながらまるで爆撃機のように英雄王に向かって突撃を敢行する! 「やあぁッ!!」 なのはが自身の唇を血が滲むほどに噛み締めながら、一発の被弾=撃墜という極限のフライトに挑む! 手に構えるはエクシード状態のレイジングハート。 的を散らす見事なバレルロールの軌跡と共に――全身を覆う冷たい汗を一切無視し、目下の敵に迫る彼女! 男がなのはに視線を移す――――その手に持つのは100斤を超えるであろう円月刀。 長物と言うにはあまりにも長大なそれを今まさに急降下してくる魔導士に向けるところだった。 その怪しげな光沢を放つ刃にも何らかの魔術的要因があるのだろう。 目障りな邪魔者を跡形もなく消し飛ばさんとする悪意が篭ったその一刀。 男が手をかざす、その瞬間―――― 魔導士の白い法衣が突如翻り……………急降下から一転 その身をぐるんと回転させ、天に向かって垂直に上昇したのだ! この一撃で女を仕留めんと宝具を構えた王が肩透かしを食らい、忌々しげに急上昇した魔導士を睨む。 「小五月蝿く飛び回るだけが芸とは―――ハエめが!」 そう――――防御も回避も無理なら攻めるしかない。 撃ち合いで分が悪いのなら、いちかばちかで突っ込むしか道は残されていない。 (私が………一人だったならね) 但しそれは彼女が単体で攻めた場合の事だ。 英雄王が空で牽制を続けるなのはに意識を裂いたのが数秒――― (私が下手な近接を仕掛けずとも……) そう―――数秒! (地上には……既に貴方を打つ剣があるんだものっ!) 彼女―――最強の剣を前にしての数秒……… それは途方も無いほどの、天下無敵の隙だったっ! 「ぬうっ!?」 ギルガメッシュがこの戦い、初めて己が危機を感じ取り――その本命へと向き直る! 投擲せんと構えた円月刀を引き抜きその手に構える、その懐―――!!!!!! 既に男の領域内に踏み込み、限界まで小さな身体を捻り込み―― まさに相手の胴体を一刀両断せんとする銀の甲冑をその目に収めたのだった!! 「英雄王ッ!! 沈めえええぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!!」 男がなのはの陽動に意識を裂いた瞬間 10本の魔矢を全てかわしたセイバーは間髪射れずにギルガメッシュの懐に入り込む! 極限まで捻りを加えて放たれた一撃! その踏み込みで両足が地面を抉りつま先が岩盤にめり込む!! 円月刀の長柄を中段に構えたギルガメッシュをその武器ごと――――― その黄金の肢体を………あの万夫不当の英雄王を……… 遥か後方に吹き飛ばしていたのだ!! 「――――!」 衝撃に英雄王の足が完全に浮く。 ふんばりを失った体が後方に弾き飛ばされ、8m後ろの壁際まで後ずさりする! 「ク、…相変わらず凄まじい剛剣よな――」 その余裕の笑みは崩さないながらも手の円月刀を弾かれて 丸腰になった体勢を立て直し、セイバーに向き直ろうとする英雄王。 「ディバイイィィィン……バスタァァァーーー!!!!」 だがそこへ連携の締めとも言える一撃が放り込まれた!! 上空に身を躍らせた高町なのはが既に砲撃をセットし 飛ばされた相手に狙い済ましたかのように追い討ちっ! 丸腰の男へフルパワーの砲撃を撃ち下ろしたのだ! 「ビンゴッ!!」 <perfect!!> 桃色の閃光が男を直撃し飲み込む。 着弾した付近の大地ごと吹き飛ばし、濛々と土煙を上げさせる。 粉塵の中――――相手の動向を警戒するなのはとセイバー。 「――――」 こういう時、相手が黄金の鎧を着こんでくれているのは有難い……… 「やっぱりそう簡単にはいかないか…」 「……………」 立ち込める土くれの中にあっても一目で―――その姿を認める事が出来る… 果たして粉塵の収まるそこに現れた光り輝く黄金の肢体は健在。 その前方に、男の身体全体を守るように展開された盾があった――― まるで透き通る湖面を思わせる御鏡状に出来たその盾。 それがなのはの砲撃を防いでいたのだ。 「――――――」 英雄王、いまだダメージ無し。 それを視認し、再び攻撃の態勢を取らなくてはならない両者。 だが―――――すぐさま追撃を行わなくてはならないはずの二人が一瞬、動けなかった。 呆けてしまった。 息を呑んでしまったのだ。 その―――あまりの手応えに。 互いに空の、そして地上の相方を見やる。 二人の顔にあるのは驚きの表情。 「………凄い」 思わず感嘆の声を上げてしまう高町なのはである。 (あの突破力にタテヨコ自由自在の動き。全く落ちないスピード。  こちらの言葉を瞬時に反映してくれる反射速度。  分かってた事だけど……やっぱりセイバーさんって震えが来るほどに、凄い…) セイバーの力がズバ抜けているのは重々承知の上だったなのは。 そんな所に今更驚きの声を上げるでもないが 問題は、その連携のあまりの嵌りっぷりである。 いくら双方の個の能力がズバ抜けているとはいえ、チームプレイとなると話は違ってくる。 否、個のスペックが強ければ強いほどその自己主張は激しくなり それらを上手く連携させるには幾度と無く訓練を重ね、互いの呼吸を合わせていかなければならない。 ぶっつけ本番で誰もがチームとして機能するのなら―――訓練の意味などないのだ。 教導を施す立場のなのはだからこそ、その事実は誰よりもよく分かっている。 だからこそ、この事態――嬉しい誤算に興奮を禁じえない。 即席のチームの、そのあまりの阿吽の呼吸に。 なのはが最も長くコンビを組み、その呼吸を細部レベルで合わせられるフェイトやヴィータ。 この凱下にいる騎士・セイバーとの連携は信じられない事に、そのレベルに迫るものがあった。 ものの数分、技を重ねただけで感じたビリっと体内に電流が走るほどのシンクロ率。 互いのセンス。 魂のあり方。 両者の似ている部分もさる事ながら――― 先の闘いで両者が全力で戦い、交わった事が大きな要因として生きていた。 互いの性能。武器。出来る事を、命を賭けるほどのレベルで見せ合った。 それはある意味、100の模擬戦 教導に勝る経験となる。 「ナノハ! 引き続き援護を頼む!」 「うん! 了解っ!」 最良のパートナーを得た両者の気分が高揚していくのが分かる。 攻めに勢いが乗った時はその気勢のままに撃ち貫く。 この最強の敵を前に、休ませずに波状攻撃を仕掛けるなのはとセイバー。 対して薙ぐように手を払ったギルガメッシュの前方から次々と射出される凶刃! そのフィールドは――もはや際限なく加速し 激しさを増す、凄まじき雷撃戦と化していた! ―――――― あらゆる奇跡的な要因が重なり誕生した、次元を超えたこのコンビ。 もしセイバーが十全の状態であったなら高町なのはと…… 否、他の者と共闘して英雄王と戦う事など頑として拒んでいたはずだ。 どれだけの力の差があろうと、王として騎士として この男とだけは正々堂々、真正面から勝負する事を彼女は望んでいたからだ。 だが、消耗したなのはに傷ついたセイバー。 この状況であった故に彼女達は協力し合う事が必要だった。 自分をではなく、互いを生かすために……互いの命を救うために。 チームプレイにおいての見解―――― その個の力、ベストが「1」とすれば、今の彼女達の余力は「0.5」前後であろう。 故に万全の力で敵と戦うには最低でも、二人の力を合わせて「1」にする必要があった。 だが言うまでもなく相手はあの英雄王。 英霊最強の二つ名を持つ彼は、言い換えるなら神話を含めた人類史において最強。 とても「万全」程度で退けられる相手ではない。 故に――――求められる力は「1」では足りない……その数倍の効能が必要だった。 優れたチームメイトで、かつ深い信頼で結ばれた者同士がチームを組むと その力は1+1を5にも10にもするというのは古来から言われている事だ。 互いの負担を極限まで減らし、その武器を最大限に発揮する。 ―――――うってつけ その言葉以外に今の状況を表す言葉はない。 傷つき、全力に程遠かった両者が目の前にある絶望的な脅威に立ち向かうには 互いの手を取る以外になかったのだから。 「シューーーーートッ!!」 縦横無尽に飛び回り、空から爆撃を仕掛けるなのは。 彼女のベストポジションはセンターだ。 前衛と後衛を繋ぐ司令塔にして、砲撃を打ち込み、場合によっては自ら前衛に切り込むポジション。 もっとも今は後衛がいないのでバックとして機能しているが――― とにかくそこは、フォワードが攻防共に優れていればいる程に戦術の幅を広く使えるポジション。 ならば今宵、高町なのはの前を固めるのは―――― ――― 最強の剣! ――― 決して阻まれず、決して抜かれない。 攻守共に完璧な剣の英霊。 かの者こそ騎士王セイバー! 不足など―――――あるはずがない! フィールド上を飛び回るスフィアと自らの身体を囮にして相手を撹乱する魔導士。 そして英雄王が少しでも空に意識を移せば――― 「だああああああっ!!!!」 地上をこれまた流星の如きスピードで駆け抜けるセイバーが容赦の無い一撃を見舞ってくる。 完璧な連携。 全く危なげの無い展開。 時を経るごとに互いを把握し、感じ取り、その息を合わせ 加速していく白と銀の閃光。 手がつけられないとはまさにこの事だ。 (信じられない………こんな事があり得るのか…?) そうなのだ。 セイバーにとっては現実を疑う光景。 あの―――英雄王ギルガメッシュを押している? 上空でその身を翻す魔導士にチラっと視線を移す騎士。 (見事な指揮に援護だ……あれだけの戦闘力を持ちながら――  将としての才覚も持ち得ているというのか? あの者は) あの後衛には、全てを委ねられるほどの力強さ、安心感、安定度を感じる。 先に記した前衛と後衛の関係に再び当てはめるとすると フォワードの能力が優れていればいるほどに後衛が生きるように 後衛の視野が広く、援護が絶妙であればあるほどに前衛の突破力が生かされるのも然り。 高町なのはのセンス「空間把握能力」は、己が空戦のみに生かされるものではない。 こうした360度に展開する戦場において、全方位を視野に収め 戦場の趨勢を正確に把握するこの能力こそ――中継&司令塔の必須能力! このセイバーの能力を100%以上引き出すのに、彼女はまさにうってつけ! ……………思えば聖杯戦争におけるセイバーは チーム戦闘に恵まれていたとはお世辞にも言えなかった。 四次――― チームどころかその心すら通わせられなかったマスター衛宮切嗣。 ランサーとライダーと共闘して海魔を討ち払った事もあるが あのような知性の無い化け物相手では戦術も何も無い。 結局は各々の力を頼りに戦ったに過ぎない。 五次――― アーチャーは後衛の能力として問題は無いが、隙を見せればこちらごと撃ちぬいて来るのだ。 とても信頼に足る相手では無い。 アサシンはそもそも戦場向きではない。 援護の正確さは秀逸なれど圧倒的に火力不足。 相手がバーサーカーだった事もあり、背中を任せるに力不足だった事は否めない。 そして………衛宮士郎――― 信頼という面ではセイバーが最も心を通わせた彼女の鞘。 だが人としての信頼しているのと戦闘における機能は別物である。 己が身を省みずに、自分の力量以上の相手にその身を投げ出すマスターを守るため セイバーがどれほど心胆を裂き、幾度と無く苦境に立たされた事か。 予想外の彼の力に助けられてバーサーカーを撃破したりと、意外性に助けられた事も少なくはないが やはりチームとしてはあまりに不安定で危なっかしい。 その見地で行くと―――今回、自分の背後を固める魔術師はどうか? 自らに匹敵する戦闘力。 騎士の神速の動きに合わせられる技量と柔軟性。 術技と理論に裏打ちされた行動。 自分と相方の適性を十分に理解し、そして決して無謀な行動はしない。 縦横無尽に飛び回る彼女の桃色の魔弾は、これだけ自分が動き回っているのにも関わらず自分の方には一発も当たらない。 否、誤射どころか……騎士の周囲を護衛するかのように飛び回り その正確無比な射撃は英雄王のみに牙をむいて飛来する。 最上の援護――――これ以上の最善は無い! サーヴァントとして現界したセイバー。 その長い時を経て――― 彼女はようやくその技量に見合う、信頼に足るパートナーと出会ったのだ! 戦場は一瞬たりとも止まらない、目にも止まらぬ乱戦だった。 一瞬たりとも静止出来ない状況にて――― なのはとセイバー、両者の視線が交錯する。 「「……………」」 目が合った瞬間、魔導士の、騎士の その口元が―――確かに笑みの形を作った。 互いに最強のパートナーを迎えた彼女達の―――反撃が始まる! ……………… 「――――セイバー。 何を遊んでいるのだ?」 と誰もがそう思った瞬間………英雄王が口を開く。 間合いを犯され防戦一方。  敗色濃厚に見える王の、その瞳には未だに自信と不遜の光に満ち溢れていた。 「我とお前の間柄にもはや前戯など必要あるまい?」 眼前の目まぐるしく動き回る二人。 否、その紅く光る双眸がセイバー「だけ」を見据えながら。 「よもや――」 英雄王が言葉を続ける――― 「ディバイィィンバスタァァーー!!!!」 ―――それをなのはが遮った! ―――――― 男の言葉を差し挟む隙すら与えずに―――魔導士が抜き打ちの砲撃を捻じ込む! 「―――――」 爆音が辺りを震わせる。 今度こそ……直撃! 防具を取り出す暇はなかったはずだ! 「……………」 しかし彼女の砲撃の直撃を受けたギルガメッシュが、その爆炎の中から再び姿を現す。 片腕を顔の前にかざした、ささやかな防御姿勢を解き――― 仁王立ちのまま依然と余裕の立ち振る舞いを崩さない英雄王。 「やっぱりセイバーさんと同じで魔法の効きが弱い………  抜き打ち程度では傷を負わせられない…?」 「いえ、これで良いはず―――」 唇を噛むなのはに地上からセイバーが言葉を送る。 「奴の防御は私のようなスキルとしてのアンチマジックではありません。  あくまでも鎧の耐久力によるものです。  故に、ダメージを与え続ければ鎧は必ず剥げ落ちる……」 「じゃあ、この戦法で大丈夫なんだね…?」 「はい。 ナノハは引き続き援護を」 互いに声を掛け合い、アーチャーを追い詰めていく二人。 (それに彼女の魔力を削る謎の攻撃――――  これは霊体である我らサーヴァントに対し、この上ないプレッシャーを与える。  この男とていつまでも涼しい顔などしていられまい。) 問題ない。 あの余裕は虚勢だ。 このまま攻め続ければ、いかに強大な奴とて堕ちざるを得ない。 「……どうした英雄王? 得意の戯言を繰る余裕も無いようだな!」 セイバーが珍しく自分から挑発の言葉を叩きつける。 ペースはこちらにあると。 優勢なのはこっちだと。 相手にそう言わんばかりの彼女の喝は――― ―――――― セイバー ―――――― それを全てかき消すような―― 地の底から響き渡るような―― 圧倒的存在感を持った声によって遮られた――― ―――――― フィールド一面に響き渡るような男の言葉に…… ビクン、と、騎士の肩が震える。 ―――― これで良い、だと? ――――  その声は地獄の底からせり上がってくるようでもあり 天より降り注ぐ福音のようでもあった。 流星のようだったセイバーの動きが―――突如、止まる。 ――― よもや忘れたわけではあるまいな? ――― 英雄王の言葉が続く。 なのはがその間、もう一発砲撃を叩き込むかどうか迷うが セイバーの動向が気になり―――旋回しながら様子を伺う。 その騎士の少女の顔に浮かんでいる、今宵最大級の戦慄、焦燥に 距離の離れている高町なのはは気づきようもない。 セイバーの頭をぐるぐると回る思考。 今の相手の言葉の真意。 果たして、虚勢を張っているのはどちらか――― 果たして、現実を見ていないのはどちらか――― 果たして、優勢なのはどちらか――― 予想外の優位に心胆、熱くなりながら 決して消えなかった……寒気がする程のその不安。 果たして、これで―――― ――― こんなものでこの男を倒せるのか? ――― 彼女の中で既に………答えは出ていた。 それはこの騎士が一度、「その先」を味わった者であるが故に。 そう、忘れるものか。 忘れようも無い。 この男―――英雄王ギルガメッシュの…… ――― 天井知らずのその力 ――― 何故か完全に動きの止まってしまったセイバーになのはが激を飛ばす。 「セイバーさん止まっちゃ駄目!! 狙い撃ちにされ、」 「ナノハ!! こちらへッ!!」 「…セイバー、さん?」 「いいから早くッッッッッ!!!!!」 魔導士に対し、セイバーが絶叫する。 尋常ではない剣幕だ。 今の陣形は互いに互いを生かせる絶好のポジションだった。 だが突如として叫んだ騎士の言葉の意味は、なのはを地上の自分の傍へ呼び戻す事。 現時点での優位を崩す事に躊躇するなのは。 だが、騎士の少女のただ事ではない様子に押され、有無も言えずにそれに従ってしまう。 そして――――地上に降り立った彼女の前に、セイバーが……立った。 「………?」 状況の飲み込めないなのはに構わず、まるでその身を盾にするかのように――― セイバーは後ろ手に、明らかになのはを庇う仕草を見せたのだ。 その背中には、何としても後ろの自分を守るという確固たる意思がひしひしと伝わってくる。 それがなのはの心を少なからず傷つけた。 良い手応えだったはずだ。 自分を戦友として、背中を預ける者として認めてくれたと思っていた。 でも、今のこの状態は初めの状況と変わらない……いわばフリ出しに戻った事を意味する。 「セイバーさん……何を?」 確かに隣で戦うには力不足かも知れない――― けれど少しは心を通わせられたと思ったのに…… そんな思いからつい、声色に抗議の音が入ってしまう魔導士。 「ナノハ」 (……………!!!) だが――――そんなちっぽけな自尊心が今、完全に吹き飛んだ。 高町なのはの総身に電流が走る。 セイバーの表情を……見たからだ。 話の流れから、セイバーは目の前の男と交戦経験がある。 そう踏んだ高町なのははこの戦い、隣の少女の表情や発言から 相手の戦法や振舞いを読み取り、そのギリギリの線で情報を得て戦っていた。 だからこそ、今もその表情を見て――悟ったのだ。 騎士の端正な表情を。 そのこめかみから滴り落ちる冷たい汗を。 ギリ、ギリ、と剣の柄を握り締める音を。 緊張に強張った全身を。 その全てを見て―――― ――― ならば今一度  我を見せてやろう ――― ビリ、ビリ、と凝縮していく空気! 今の言葉を反芻する彼女。 その意味するところは一つしか無い。 男の言葉を受け、セイバーが低く唸る。 それはネコ科のケモノが警戒心を最大に強めた時に発する声に似ていて―― 魔導士の心胆にもその凄まじい緊張感が伝染していく。 そしてその空気を感じ取り、高町なのはもようやく理解する。 そうだ。 目の前の相手は確かに強い。 投擲の破壊力は脅威だし、今の自分たちでは一対一で勝つのは難しい。 だが―――果たしてその程度で…… 少し連携が上手くいった程度で倒せてしまう相手に対し、この騎士がこんな表情をするだろうか? 「ナノハ……気をつけて…」 セイバーがその奥歯をギリっと噛み鳴らす音が聞こえる。 口の端から搾り出すようにようやく一言、告げたその言葉。 「――――――来ますッ!!!」 そうだ。 この自身のキャリアの中で思い出すのも難しい程の強さを持った騎士――― 剣の英霊がここまで震えているのだ。 ならば次に来るものは――――想像を超えたナニカでなければならない! なのはもまた自身の集中力を全開にする。 何が来ても対処出来るように。 いつでも動けるように。 彼の投擲は、まず初めに手を振り上げるところから始まる。  その初動作を絶対に見逃さない。 今、セイバーが止まっていた隙を狙ってこなかったのは余裕の現れか? 凄まじいのは威力か?大きさか? 速さか? その思考が焼きつくほどにフル回転する。 眼前の相手を刺すような視線で睨む。 その空気が、彼女達の戦意と緊張で凍り付いていく中―― ―――  嘲う  ――― 英雄王が声もなく嘲う。 あの雑種が空にて自分を見ていたのは理解っていた。 投擲、初動作、死角――― その矮小な物差しで自分の戦力を必死に計っていた事を。 恐怖に塗りつぶされないよう、必死に勝算を叩き出し 何とか生き残れる理を模索していた事を。 ―――  嘲う  ――― 隙だのと。 装填時間だのと。 そんなものは―――我自らが「作って」やっていたもの。 すぐに終わらぬように。 一瞬で潰してしまわぬように。 そのような些細な所に必死でかぶりつき 光明を見出そうともがく様が可笑しくてしょうがない。 ―――  だから嘲う  ――― この我を。 英雄王ギルガメッシュを。 その程度の思考で計れると断じた愚かしい所業に対し――― 怒りを込めて嘲うのだ。 ―――――― 凝視する高町なのはの目に映る男。 その両手が、ついに上がる事はなかった。 悠然と立つ姿勢そのままに彼は―――― 歌うように高らかに、誇らしげに 自らを象徴するその宝具の真名を綴る。 ―――――  ゲート オブ  バビロン  ――――― かつて全てを手中に収めた古代メソポタミアの王。 その無限ともいわれる宝物庫。 それが男の宝具。 男の力そのもの。 全解放された王の財宝。 大地に立つ黄金の肢体 その左右に広がる空間――― 遥かなる上空に至る空間―― フィールド全てを覆いつくすかのように――並んだ刃の群。 セイバーの全身に鳥肌が立つ。 あらゆる原典。あらゆる属性を秘めた宝具をその中に宿すその蔵こそ あらゆるサーヴァントの天敵とも言える「英霊殺し」 エースオブエースの顔色が蒼白になる。 今まで培ってきた、必死に積み上げてきた勝算…… 戦術……その全てが無に帰した事の意。 その二人の表情を満足げに見やりながら――― 豪壮華麗な景観を背にした英雄王の―― 殺戮の宴が…………今、始まった。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: