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魔導師VS魔術師 後編 - (2008/11/17 (月) 20:37:52) の最新版との変更点
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Side:Caster
白に塗りつぶされた視界が戻る。
私の本気の神言詠唱。魔術師百人分に匹敵する魔力を用いた、必殺の一撃である。
嘆息する。
これだけの火力を一人の人間に振り向けるなど、魔術師にあるまじき行為だ。
人間一人を壊すのなんて、本来なら指先ひとつの呪いで事足りる。
だというのに、つい自制を失ってこの神殿内に溜め込んだ魔力のいくらかを消費してしまった。
これでは無駄な魔力消費は未熟な魔術師の証、なんて坊やに言っていられない。
軽い自己嫌悪にまた嘆息。
そして何気なく、蒸発したはずの白い魔術師が居た場所へ目を向け――
―――そこに、有り得ない桃色の魔力光を見て、呆然とした。
「――――――――なんですって?」
眼下にある桃色の光。
放射状にヒビの入った魔力の盾、息を切らすように上下する肩。
……生きている。
無事ではない。余裕ではない。
だが、それでも。それでも――白い魔術師は、そこに確かに存在していた。
「耐え切った――?」
冗談ではない。
今の魔術は、私の最大出力。魔法陣をも構築した神言詠唱。
直撃であるならば、サーヴァントであろうとダース単位で消し炭に変えるだけの威力を持っていた筈だというのに。
それを、
まだ子供の―――”人間 ”が、耐え切ったというのか。
「――――――は」
無意識に、呼吸が漏れた。
- - - view out.
☆ ☆ ☆
「生き………てる?」
心臓が早鐘のように鳴っている。
生きていることを懸命に主張するように、激しい音を立てて。
闇の書事件でリインフォースに破られて以来、一度も貫かれたことの無い私のラウンドシールドが、
今はまるで触れれば崩れるような状態までにボロボロになっている。
しかも、シールド破壊効果でもなんでもなく、ただ、単純な威力だけで。
こわい。
破られていたら――たぶん、死んでいた。
Sランクに届くであろう威力の、殺傷設定の砲撃魔法。
直撃を受けたら、骨も残らない。
いやだ。
指先が、戦慄と恐怖に震える。
豪雨のような魔力砲撃から、白い雷の魔法。
その一連の攻撃の発動まで、ほんの一呼吸。
あんな短時間のチャージで、この威力。
わたしがアクセルシューターを撃つよりもさらに短時間で、おそらくAAAランク砲撃の複数展開。
―――そんな魔導師を、私は知らない。
しにたくない。
きっとあれは、ひとつの完成された姿だ。
あれに対抗するなら、せめてあと十年。
まだわたしが見えてもいない領域に、あの紫の魔導師はたどり着いている。
「はぁ……は、ぁっ」
呼吸を整えようとして失敗した。
心臓の鼓動が収まらない。身体の震えも止まらない。
初めて、ひとを怖いと思った。
自分より強い魔導師を何人も知っている。
悪い人と何度も戦った。強い人とも戦った。ずるい人とも、酷い人とも。
リインフォースと戦った時なんて、今よりずっと絶望的だった。
それなのに、震えが止まらない。
こわい。
「はっ……はっ……」
ここに居るのが耐えられない。ここから早く逃げ出したい。
なりふり構わず逃げ出して、自分のベッドにもぐりこみたい。
はやくこの身体に突き刺さる殺気から、逃げだしてしまいたい。
「は、ぁっ……っ」
だってこんなにも強いんだ。
こんなにも、人を殺すことに容赦が無いんだ。
そんな人が、私を当然のように殺そうとしてるんだ。
しにたくない。
だから、きっと、私が隊員の人たちを見捨てたって誰も私を責めたりしない。
だってみんなもきっと怖いんだ。だから、だから、逃げたって誰も―――
「―――やだ」
カチカチと震える歯を、おもいっきり噛みしめて押さえつける。
消えかけた闘志に、強引に火をつけた。
逃げる? わたしが? 誰かを見捨てて―――?
そんなのは、絶対に嫌だっ……!!
「……負けない。貴女には、絶対負けないっ!!」
誓うように、空に吼える。
怖いから、逃げる。
仕方ないから。自分が可愛いから。傷つくのが怖いから?
―――違う。そんなのは、『高町なのは』じゃない。
確かに、この人と戦い続ければ、もしかしたらわたしは死んじゃうかもしれない。
………でも。
もしここで、怖いからと逃げ出してしまったなら―――
わたしはもう、『高町なのは』でいられない。
誰かを助けたい、なんて、言えなくなっちゃう。
だから、負けない。負けられない。
だから、震えている暇なんてあるわけがない……!
「レイジングハート、エクセリオンモード……ドライブ!」
<Ignition.>
私とレイジングハートの負担を抑えていた、出力リミッターが弾け飛ぶ。
槍型に変形したレイジングハートを、強く強く握りこむ。
そう、負けられない。
ここで墜ちたら、わたしじゃない。
だって、助けなきゃいけない人がいる。
わたしの助けを待っている人がいる。
なら、ちゃんと助け出さないと、わたしがここにいる意味がない……!
★ ★ ★
Side:Caster
体が小刻みに震えているのが見て取れる。
その瞳には、確かに恐怖の色がある。
それでも、
「……負けない。貴女には、絶対負けないっ!!」
―――その叫びを、私は真摯な気持ちで受け止めた。
目の前の人間の言葉は、無謀な妄言でも、慢心の戯言でもなかった。
強者の言葉には、力がある。
ならば、その叫びは笑い飛ばせるようなものではない。
――――バーサーカーの肉体強度すら凌駕する防壁の魔術。
圧倒的有利である筈の、神殿内に居る私に比肩する魔術の出力。
それだけの魔術行使をしてなお、底が見えない莫大な魔力保有量。
そして、それだけの神秘を帯びてなお、ヒトとして正しく感情を叫べるもの。
ああ、そうだ。
目の前の魔術師は単純に『戦う者』として『生き物』として――――私より強い。
ならばその奇跡、その叫びを嘲笑う事など、私には出来はしない。
「ふ、ふふふ、あはははははははははははははははははははははははははははははははは」
感情のタガが外れる。
嬉しさと悔しさと、懐かしさと、そしてよく分からない何かで、笑いが止まらない。
機構ではなく人のままで、私に匹敵する魔術を紡ぐもの。
そんな存在を見たのは―――もう、どれほど昔だったのだろう。
重なる負の想念と信仰で、『魔女』として醜く成り果てた後?
それとも、残虐な魔女と憎悪され、国を追われ続けたあの頃?
神の呪に括られて、あの愛しい弟をバラバラに引きちぎって海へ撒いた、あの頃?
…………。
それとも………何も知らず、無垢なままで、
コルキスの王女として魔術を習っていたあの頃―――――?
「レイジングハート、エクセリオンモード……ドライブ!」
<Ignition.>
栓もない懐古から私の意識を呼び戻したのは、白い魔術師の鋭い声だった。
気づけば、奇妙な形をした杖はさらに形を変え、槍に近い形状に変形している。
半分物質化した魔力の刃を纏い、より『攻撃』に特化して見えるその姿。
それがあの魔術師の本気の姿なのか、その姿は宝具の真名開放にも似た必殺の気配を伝えてくる。
そして、空間に描かれる桃色の魔法陣。
杖先に境内に散った魔力が集束していく。
―――それはなんという魔術なのか。
空間の魔力を略奪し、自身が使用した後の魔力の残滓すら取り込み、
私の使った魔力さえ強制的に変換して収束させ、
使い捨てらしき礼装に蓄積された魔力さえも吸い込んで巨大化するその魔術。
そして、術式はあまりに貪欲で強引で凶暴な魔術であるというのに、
そこに集う光はあまりに純粋な濁りない光。
なぜか―――それがひどく、眩しく見えた。
「全力、全開っ……!」
流星のような光を虚空に描きながら、正に上級宝具にすら匹敵する魔力の渦が目の前の少女の杖に集まっている。
ランクで表すのなら、私の魔術と同等のA+か――あるいは、単純な威力で言えばA++……いや、更に―――。
そうだ。
正にアレは威力において、上級宝具に匹敵する。
信じられないことだが、おそらく『対象を破壊する』という機能において、
あの魔術はライダーやセイバーの宝具と同種のものだ。
直撃を受ければただでは済まない。
それどころか、一度解き放たれれば、Aランクに相当する私の『盾-アルゴス-』でさえ容易く突破するだろう。
「素晴らしいわ……」
口元に笑みが浮かぶのを自覚する。
神代の魔術師であり、英霊であるこの私を遥かに超える威力の魔術行使。
この時代では叶うべくも無い筈の、私と対等な位置にあるマジックユーザー。
ああ、本当なら私の工房に招待して、魔術について語り明かしたいくらい。
――でも残念。
戦う者である彼女と、魔道を究める者である私の土俵はあまりに違う。
セイバーであれば、宝具の開帳で応えるのだろう。
ランサーでも同じこと。アーチャーでもあるいは。
しかし――私は、騎士でもなければ、戦士でもない。
あくまで私は魔術師であり―――正道を進むものではない。
だから、本当に残念だけれど―――
「スターライト――ブレイカあああああああああああっ!!」
これで、おしまい。
- - - view out.
○ ○ ○
残りカートリッジ全てをロードした全力全開。
レイジングハートも、私の体も、限界を超えた量の魔力にギシギシと軋みを上げている。
無茶な魔法行使のせいで体に負担がかかっているらしく、周囲の景色も歪んで見えた。
チャージ中に致命的な攻撃をされたら、あるいは退避されたらもう終わり。
分の悪い賭け、どころの話じゃない。
移動されても狙いをつけなおす事はできる。でもそれは、チャージしている此方は回避が出来ないということ。
さっきの白い雷を連続で放たれたら……いや、一撃でも放たれたら、今、わたしに防ぐ術は無いのだ。
でも、
そんなことは頭から消えていた。
「全力、全開っ……!」
軋む身体を押さえつける。
今まで放った中で、最高威力の砲撃。
これで墜ちなければ、万が一にもわたしに勝機はない。
それでも、
この砲撃を防げる人を、私は知らない。
この一撃は、私の今出せる全て。
この魔法は、誰にも防げないと、そう私が信じる究極の一。
これがわたしの―――全力全開だ。
そうだ。これだけは、この一撃だけは。
誰にも負けられないし、負けてやらないんだから――――!
「スターライト――ブレイカあああああああああああっ!!」
開放される集束砲撃。
殺傷設定で放てば山すら削りとる、高町なのは最大の集束砲撃魔法。
その莫大な桃色の魔力が紫の魔術師へと突き進む。
その魔力の迸りを見ても動かず、静かに佇む紫の魔導師。
もう避けられない。
どんな回避行動をとっても、直撃する――――。
と。
必中を確信した瞬間、悪寒がした。
砲撃の行く先に、紫の魔導師の微笑がある。
直撃の直前。
その、紫の魔女が僅かに口を歪めて、
「『"瞬来-オキュペテー-"』」
たった一言、聞こえない言語を呟いた瞬間、
―――視界が飛んだ。
「――――え?」
一瞬、思考がかき乱される。
内臓をめくり返したかのような不安感と、落ちていくような浮遊感を感じた。
その感覚に気を取られて、つい無意識に紫色の魔導師を見上げ―――
―――あれ?
視界がおかしい。
私はあの人を見上げていた筈なのに、なんで今私はあの人を見下ろしているんだろう。
何故、あの人はわたしが居るはずの場所にいるんだろう。
何故、わたしはあの人が居るはずの場所にいるんだろう。
そして何故、
わたしの全力全開が、わたしに向かって来ているのだろう――?
<Protection!!>
「ッ――――!」
ドン、と意識が飛びそうなほどの衝撃が全身を打った。
強大な、今まで初めて対峙する規模の魔力砲撃。
自動で展開されたプロテクションが、一瞬の停滞の後ガラスのように砕け散った。
「ぁ―――」
BJも易々と貫通され、一瞬で意識が白熱し、意識が吹き飛ばされる。
<Master!>
レイジングハートの声を聞きながら、私の意識は暗い場所へと墜ちていった――――。
★ ★ ★
- - - Last Interbal
落下する白い魔導師。
上空数十メートルから何の護りもなく落下すれば、いかな魔導師といえど末路は地面に成るザクロだろう。
しかしその姿を見て、魔女が神言を紡いだ。
落ちてくる身体を、束縛の魔法陣がやさしく絡め取る。
そのままゆっくりと降下し、地面へと横たわるその身体には、外的な損傷は一切なかった。
――――――だがそこまで。
その肉体には、もう鼓動が存在しない。
魔力を使い切った身体に、非殺傷とはいえ超威力の砲撃が直撃したのだ。
それは当然の結末。
高町なのはの心臓―――――その鼓動は、完全に停止していた。
「あれだけの自然干渉魔術の直撃を食らって、消し飛ばないのはおかしいと思ったのだけど……ふん、やはり魔力削りなのね、アレは」
魔女が横たわった少女の身体を抱き起こす。
詰まるところ、最初から最後まで、少女に魔女を殺す気などなかった。
もっとも―――サーヴァントは魔力で編まれた生命。
直撃したならば、実体を持つ生命よりも綺麗さっぱりと消滅していたのだが。
「面白いわね。ええ、本当に、だから―――」
魔女が少女の胸に手を当て、神言を呟く。
ソレと同時に、なのはの心臓が大きく跳ねた。
「ぁ――――」
吐き出される息と共に、心臓が活動を再開する。
魂が脳から乖離する前の蘇生など、人間の領域だ。
それが魔術による物ならば多少の技術は必要だろうが、魔女にとっては児戯に等しい。
「ふふふふ、さて、どうしてあげましょうかね―――」
「―――キャスター」
魔女が怪しげな微笑を浮かべた直後、境内に無骨な男の声が響いた。
「ッ、宗一郎様!?」
何の気配もなく境内に現れた男こそ、葛木宗一郎という男。
サーヴァント・キャスターのマスターであった。
「敵か」
「はい、ですがもう無力化しました。ご心配なく」
端的な言葉には一切の無駄が無かった。
その言葉に答える魔女も、またその従者に相応しい簡潔な言葉。
しかし、次の男の言葉に、魔女は平然と答えることができなかった。
「殺さないのか」
「―――え、ええ、その……研究材料として興味深く……」
目をそらす魔女。
殺すどころか、その手で蘇生した直後である。しかし、男の手前、そう答えるのは憚られた。
魔女の主人――マスターという意味でも、夫という意味でも――は、元暗殺者である。
身に迫る危険を殺害するのに躊躇はなく、理に合わない事は好かない性質だ。
その事実から、キャスターは事実をぼかしたのだが。
しかし、葛木は――感情の無い言葉を紡ぎながらも、妻の心情を量るだけの心は持っていた。
「敵として対峙してなお―――その少女を気に入ったのなら、中へ運びなさい。秋とはいえもう肌寒い。そのままでは風邪を引く」
「あ―――はい!」
ばっと顔を上げて頷く魔女。
否、その横顔はもう魔女ではなく、美しく可憐な、ひとりの女であった。
Interval out.
○ ○ ○
―――意識が浮上する。
深海から浮かび上がるイメージ。
じんわりとした熱を持つ身体を認識し、自然に目を覚ました。
「おはよう、なのは」
「―――フェイトちゃん?」
視界に最初に飛び込んできたのは、フェイトちゃんの顔だった。
「あ……うん。おはよう、フェイトちゃん」
戸惑いながら、布団から身体を起こす。
……布団? わたし、家でも、管理局でもベッドなんだけど……。
周囲を見渡す。
視界に入るのは、和風の座敷。
畳の匂いが倦怠感に包まれた身体に染みるように―――って、
「わたし……どうなったの?」
桃色のフラッシュバック。
強烈な絶望感と、全身を打つ圧倒的な痛みを覚えている。
その後の―――まっくらなばしょも。
「っ……」
無意識に、手が胸元を強く掴んでいた。
生きてる。
―――生きてる。
その事実に、心が詰まった。
「なのはは、敵の魔導師に撃墜されたんだって。その魔導師はもう逃げた後だって聞いたよ」
そう、なんだ。
わたし……負けちゃった、んだ。
生の実感とは別に、撃墜されたという言葉が重くのしかかる。
あの魔導師に倒された、局員の人たちは無事だろうか……?
「入るわね」
流麗な言葉と共に、障子が静かに開かれる。
落ち込んでいた頭が、一瞬で凍りついた。
その、開かれた障子の向こう側。
そこには――――紫色の、ローブを纏った、あの魔導師の姿が―――。
「ッッ!? 下がってフェイトちゃ―――」
「あ、キャスターさん」
―――――――。
―――え?
フェイトちゃん?
なにを、言ってるの……?
「……? どうしたの、なのは。まだ動いちゃダメだよ」
「まだ寝ぼけているみたいね。フェイトさん、ちょっと台所から食事取ってきてもらえるかしら」
「あ、はい。それじゃちょっと待っててね、なのは」
障子の向こう側に消えていくフェイトちゃんを視界の端に捉えながら、わたしは目の前の魔導師を凝視していた。
……間違いない。私と戦った、あの魔導師だ。
当然のように私を殺そうとした、あの―――。
「暴れるんじゃあないわよ。まあ――魔力が枯渇したその身体では、何も出来ないでしょうけど」
……その通りだ。
今の私は、無力。なら、少しでも情報を集めなきゃ……。
でもその前に、
「フェイトちゃんに何したの」
「[『私は古くからの知人である』っていう暗示と、疑似記憶を刷り込んだだけよ。貴女のように暴れられては厄介ですからね」
強く睨んだ目に、気楽な言葉が返された。
というか、刷り込んだだけ、って……。
「ふふ、愛されてるわね。貴女が倒れた、と言ったら暗示の違和感も忘れて一目散だもの」
「………レイジングハートは何処ですか」
「あの人工精霊? アレなら私の工房よ。貴女が暴れないと言うのなら、返してあげてもいいのだけれど―――その眼じゃあまだ渡すわけにはいかないわね」
レイジングハートの補助なしで目の前の相手を撃破…・・・無理だ。魔力が足りない。
でも、この場からフェイトちゃんを連れて退避するには、どうにかしてこの相手を―――。
なんて、そんなことを考えた瞬間、頭の中が爆発した。
「いったぁっっ――――!!??」
脳みそをミキサーに駆けられたかのような激痛が走る。
一瞬、何を考えていたのかすら忘れた。
「ああ、言い忘れていたけれど、私に害意を抱けばその枷が発動するわよ」
「ううう~……」
恨みがましい目を彼女に向ける。
そこで、気づいた。
あの寒気を感じない。あの、刺すような悪寒を。
「一つ提案があるのだけど、聞く気はある?」
「………内容にもよりますけど」
……さっきは問答無用で、話し合いする気もなかったのに。
お話が出来るならそれにこしたことはないけど、戦う前にその気になってほしかった。
……うぅ。
「あなた、そしてあの蝿どもの身柄を開放してあげてもいいわ」
「……もちろん、ただじゃないんですよね」
「ふふ、察しが良くて助かるわね。等価交換よ―――」
フェイトちゃんの身柄、そして私の身柄、そして―――局員の身柄と等価のもの。
その想像の前に、局員の人たちはまだ生きている。それに、心から安堵した。
………。
でも、
もし無理難題を突きつけられたら、その時わたしはどうすれば―――。
「―――あなたの扱う魔術体系。そして、時空管理局とやらの情報とね」
―――・・・?
次の言葉を待つ。沈黙が降りる。
・・・あれ?
まさか、
「――――え? そんなことだけでいいの?」
「――――そんなこと、ですって?」
……すごく驚いている。
そこまで驚くようなことが、何かあったかな……?
紫の魔導師――フェイトちゃんが言う、キャスターさんがすごい形相で詰め寄ってくる。
「あなたの扱う魔術の、その系譜を解析させろといってるのよ? あなた、分かってるの?」
「え? え? だ、だって、そこまで隠すようなものでもないんじゃ……」
ミッド式魔法の殆どは、一般に公開されている。
とはいえ、初心者が扱うと危険なものも多いから、ある程度は規制されているけど……訓練学校で基礎構造から教えてもらえるはずだ。
わたしなんて、レイジングハートとユーノ君から教えてもらったわけだし。
それより、すごく空気が緩んでるのは気のせいなの・・・?
「――――そう、根本から違うのね。なるほど、そも魔術じゃなく――――ッ」
呟くキャスターさんが、いきなり電流を浴びたように、何かに反応する。
その顔は、窓の外を向いていた。
「セイバーと、遠坂のお嬢さん。それに坊やも……。まあ、当然ね。あれだけの魔力の動き、感知しないわけがないか」
……だれだろう。
言い方からして、管理局ではないみたいだけど……。
「少しココを離れるけど、逃げようとはしないことね。まだ、契約は成立していないのだから」
そう言ってキャスターさんが立ち上がるのと同時に、フェイトちゃんがお盆を持って部屋に入ってきた。
「フェイトさん。ちょっと用事があるから、席を外すわね」
「はい、わかりました」
障子が閉まる。
「身体の調子はどう?」
「まだちょっとだるいけど、大丈夫だよ」
身体の調子を確かめながら答える。
全身は問題なく動いている。握りこんだ手のひらにも、確かな力が伝わってくる。
「なのは―――本当に大丈夫なんだね?」
「うん、ちょっと身体のあちこちが痛いけど、それだけ」
フェイトちゃんが安心できるように、笑顔で返す。
そして、
「そっか。なら」
パチン、と。
フェイトちゃんの手のひらが、私の頬を打った。
「……え?」
一瞬呆然とした。
キャスターさんの事とか、私が墜ちたこととか、これからどうしようかとか、そんな思考全部が停止した。
……叩かれた。フェイトちゃんに。なんで?
そしてその疑問は、フェイトちゃんの眼から溢れた涙で、吹き飛んだ。
「なのはのばか。一人で敵に向かっていって、無茶してっ……。なのはが無事じゃないなら、何の意味もないんだよ?」
「でもフェイトちゃ――」
「でもじゃないっ! ……なのはが、困ってる誰かを放っておけないのは知ってる。私も、なのはに助けられたひとりだから、それを否定なんて出来ない」
フェイトちゃん、何を―――。
「でもそれでなのはが怪我したら――死んじゃったら、私はどうすればいいの? クロノは、ユーノは、はやては、なのはの家族の人たちはどうすればいいのっ!?」
―――。
「誰かが悲しい思いをしないように、なのはは飛んでるのかもしれない。でも、なのはが怪我したら、悲しむ人だって居るんだよっ……!?」
――それは。
「ばか。……ばか。心配した。本当に、心配したんだから……っ」
―――ああ、そっか。
「うん、ごめん。ごめんね、フェイトちゃん―――」
フェイトちゃんを抱きしめる。
そうだ。
わたしにも、心配してくれる人が居ることなんて、分かりきってたのに。
その人たちが悲しまないように、その人たちを守れるように―――自分が強くなろうとしたのに。
フェイトちゃんの熱を、全身で感じる。
ああ……。
フェイトちゃんを心配させちゃった後悔があるのに、幸せな気分がとまらない。
きっとそれは、自分がこんなにも大切にされてるという実感が―――。
「―――涙の展開のところ悪いけど。こっちにも話、聞かせてもらうわよ?」
――――――――――なんなの。
あまりにエアークラッシャーな声の主を探す。
障子の向こうに目を向ければ、赤い、綺麗な女の人が仁王立ちしていた。
そして、その傍らには金髪の綺麗な人と、赤毛の男の人。
「遠坂……それはないだろ」
「凛。さすがにソレはどうかと……」
「っ……! うっさいわね! こんな時にいちいち空気読んでらんないわよ!」
ガオーと吼える綺麗な人。それに更にツッコミを入れる男の人。
その姿に、フェイトちゃんと顔を見合わせ、クスリと笑った。
この人たちがどういう人だとか、そういう事より先に笑えたことに、また笑えた。
そうだ、私はこんなに幸福な場所にいたのだと―――。
これがわたし、高町なのはは魔術師と呼ばれる人たちと関わることになった、最初の事件。
そして、初めてわたしが墜ちた、苦い思い出の事件だった―――。
#co(){
ちっと変更しました by作者
}
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白に塗りつぶされた視界が戻る。
私の本気の神言詠唱。魔術師百人分に匹敵する魔力を用いた、必殺の一撃である。
嘆息する。
これだけの火力を一人の人間に振り向けるなど、魔術師にあるまじき行為だ。
人間一人を壊すのなんて、本来なら指先ひとつの呪いで事足りる。
だというのに、つい自制を失ってこの神殿内に溜め込んだ魔力のいくらかを消費してしまった。
これでは無駄な魔力消費は未熟な魔術師の証、なんて坊やに言っていられない。
軽い自己嫌悪にまた嘆息。
そして何気なく、蒸発したはずの白い魔術師が居た場所へ目を向け――
―――そこに、有り得ない桃色の魔力光を見て、呆然とした。
「――――――――なんですって?」
眼下にある桃色の光。
放射状にヒビの入った魔力の盾、息を切らすように上下する肩。
……生きている。
無事ではない。余裕ではない。
だが、それでも。それでも――白い魔術師は、そこに確かに存在していた。
「耐え切った――?」
冗談ではない。
今の魔術は、私の最大出力。魔法陣をも構築した神言詠唱。
直撃であるならば、サーヴァントであろうとダース単位で消し炭に変えるだけの威力を持っていた筈だというのに。
それを、
まだ子供の―――”人間 ”が、耐え切ったというのか。
「――――――は」
無意識に、呼吸が漏れた。
- - - view out.
☆ ☆ ☆
「生き………てる?」
心臓が早鐘のように鳴っている。
生きていることを懸命に主張するように、激しい音を立てて。
闇の書事件でリインフォースに破られて以来、一度も貫かれたことの無い私のラウンドシールドが、
今はまるで触れれば崩れるような状態までにボロボロになっている。
しかも、シールド破壊効果でもなんでもなく、ただ、単純な威力だけで。
こわい。
破られていたら――たぶん、死んでいた。
Sランクに届くであろう威力の、殺傷設定の砲撃魔法。
直撃を受けたら、骨も残らない。
いやだ。
指先が、戦慄と恐怖に震える。
豪雨のような魔力砲撃から、白い雷の魔法。
その一連の攻撃の発動まで、ほんの一呼吸。
あんな短時間のチャージで、この威力。
わたしがアクセルシューターを撃つよりもさらに短時間で、おそらくAAAランク砲撃の複数展開。
―――そんな魔導師を、私は知らない。
しにたくない。
きっとあれは、ひとつの完成された姿だ。
あれに対抗するなら、せめてあと十年。
まだわたしが見えてもいない領域に、あの紫の魔導師はたどり着いている。
「はぁ……は、ぁっ」
呼吸を整えようとして失敗した。
心臓の鼓動が収まらない。身体の震えも止まらない。
初めて、ひとを怖いと思った。
自分より強い魔導師を何人も知っている。
悪い人と何度も戦った。強い人とも戦った。ずるい人とも、酷い人とも。
リインフォースと戦った時なんて、今よりずっと絶望的だった。
それなのに、震えが止まらない。
こわい。
「はっ……はっ……」
ここに居るのが耐えられない。ここから早く逃げ出したい。
なりふり構わず逃げ出して、自分のベッドにもぐりこみたい。
はやくこの身体に突き刺さる殺気から、逃げだしてしまいたい。
「は、ぁっ……っ」
だってこんなにも強いんだ。
こんなにも、人を殺すことに容赦が無いんだ。
そんな人が、私を当然のように殺そうとしてるんだ。
しにたくない。
だから、きっと、私が隊員の人たちを見捨てたって誰も私を責めたりしない。
だってみんなもきっと怖いんだ。だから、だから、逃げたって誰も―――
「―――やだ」
カチカチと震える歯を、おもいっきり噛みしめて押さえつける。
消えかけた闘志に、強引に火をつけた。
逃げる? わたしが? 誰かを見捨てて―――?
そんなのは、絶対に嫌だっ……!!
「……負けない。貴女には、絶対負けないっ!!」
誓うように、空に吼える。
怖いから、逃げる。
仕方ないから。自分が可愛いから。傷つくのが怖いから?
―――違う。そんなのは、『高町なのは』じゃない。
確かに、この人と戦い続ければ、もしかしたらわたしは死んじゃうかもしれない。
………でも。
もしここで、怖いからと逃げ出してしまったなら―――
わたしはもう、『高町なのは』でいられない。
誰かを助けたい、なんて、言えなくなっちゃう。
だから、負けない。負けられない。
だから、震えている暇なんてあるわけがない……!
「レイジングハート、エクセリオンモード……ドライブ!」
<Ignition.>
私とレイジングハートの負担を抑えていた、出力リミッターが弾け飛ぶ。
槍型に変形したレイジングハートを、強く強く握りこむ。
そう、負けられない。
ここで墜ちたら、わたしじゃない。
だって、助けなきゃいけない人がいる。
わたしの助けを待っている人がいる。
なら、ちゃんと助け出さないと、わたしがここにいる意味がない……!
★ ★ ★
Side:Caster
体が小刻みに震えているのが見て取れる。
その瞳には、確かに恐怖の色がある。
それでも、
「……負けない。貴女には、絶対負けないっ!!」
―――その叫びを、私は真摯な気持ちで受け止めた。
目の前の人間の言葉は、無謀な妄言でも、慢心の戯言でもなかった。
強者の言葉には、力がある。
ならば、その叫びは笑い飛ばせるようなものではない。
――――バーサーカーの肉体強度すら凌駕する防壁の魔術。
圧倒的有利である筈の、神殿内に居る私に比肩する魔術の出力。
それだけの魔術行使をしてなお、底が見えない莫大な魔力保有量。
そして、それだけの神秘を帯びてなお、ヒトとして正しく感情を叫べるもの。
ああ、そうだ。
目の前の魔術師は単純に『戦う者』として『生き物』として――――私より強い。
ならばその奇跡、その叫びを嘲笑う事など、私には出来はしない。
「ふ、ふふふ、あはははははははははははははははははははははははははははははははは」
感情のタガが外れる。
嬉しさと悔しさと、懐かしさと、そしてよく分からない何かで、笑いが止まらない。
機構ではなく人のままで、私に匹敵する魔術を紡ぐもの。
そんな存在を見たのは―――もう、どれほど昔だったのだろう。
重なる負の想念と信仰で、『魔女』として醜く成り果てた後?
それとも、残虐な魔女と憎悪され、国を追われ続けたあの頃?
神の呪に括られて、あの愛しい弟をバラバラに引きちぎって海へ撒いた、あの頃?
…………。
それとも………何も知らず、無垢なままで、
コルキスの王女として魔術を習っていたあの頃―――――?
「レイジングハート、エクセリオンモード……ドライブ!」
<Ignition.>
栓もない懐古から私の意識を呼び戻したのは、白い魔術師の鋭い声だった。
気づけば、奇妙な形をした杖はさらに形を変え、槍に近い形状に変形している。
半分物質化した魔力の刃を纏い、より『攻撃』に特化して見えるその姿。
それがあの魔術師の本気の姿なのか、その姿は宝具の真名開放にも似た必殺の気配を伝えてくる。
そして、空間に描かれる桃色の魔法陣。
杖先に境内に散った魔力が集束していく。
―――それはなんという魔術なのか。
空間の魔力を略奪し、自身が使用した後の魔力の残滓すら取り込み、
私の使った魔力さえ強制的に変換して収束させ、
使い捨てらしき礼装に蓄積された魔力さえも吸い込んで巨大化するその魔術。
そして、術式はあまりに貪欲で強引で凶暴な魔術であるというのに、
そこに集う光はあまりに純粋な濁りない光。
なぜか―――それがひどく、眩しく見えた。
「全力、全開っ……!」
流星のような光を虚空に描きながら、正に上級宝具にすら匹敵する魔力の渦が目の前の少女の杖に集まっている。
ランクで表すのなら、私の魔術と同等のA+か――あるいは、単純な威力で言えばA++……いや、更に―――。
そうだ。
正にアレは威力において、上級宝具に匹敵する。
信じられないことだが、おそらく『対象を破壊する』という機能において、
あの魔術はライダーやセイバーの宝具と同種のものだ。
直撃を受ければただでは済まない。
それどころか、一度解き放たれれば、Aランクに相当する私の『盾-アルゴス-』でさえ容易く突破するだろう。
「素晴らしいわ……」
口元に笑みが浮かぶのを自覚する。
神代の魔術師であり、英霊であるこの私を遥かに超える威力の魔術行使。
この時代では叶うべくも無い筈の、私と対等な位置にあるマジックユーザー。
ああ、本当なら私の工房に招待して、魔術について語り明かしたいくらい。
――でも残念。
戦う者である彼女と、魔道を究める者である私の土俵はあまりに違う。
セイバーであれば、宝具の開帳で応えるのだろう。
ランサーでも同じこと。アーチャーでもあるいは。
しかし――私は、騎士でもなければ、戦士でもない。
あくまで私は魔術師であり―――正道を進むものではない。
だから、本当に残念だけれど―――
「スターライト――ブレイカあああああああああああっ!!」
これで、おしまい。
- - - view out.
○ ○ ○
残りカートリッジ全てをロードした全力全開。
レイジングハートも、私の体も、限界を超えた量の魔力にギシギシと軋みを上げている。
無茶な魔法行使のせいで体に負担がかかっているらしく、周囲の景色も歪んで見えた。
チャージ中に致命的な攻撃をされたら、あるいは退避されたらもう終わり。
分の悪い賭け、どころの話じゃない。
移動されても狙いをつけなおす事はできる。でもそれは、チャージしている此方は回避が出来ないということ。
さっきの白い雷を連続で放たれたら……いや、一撃でも放たれたら、今、わたしに防ぐ術は無いのだ。
でも、
そんなことは頭から消えていた。
「全力、全開っ……!」
軋む身体を押さえつける。
今まで放った中で、最高威力の砲撃。
これで墜ちなければ、万が一にもわたしに勝機はない。
それでも、
この砲撃を防げる人を、私は知らない。
この一撃は、私の今出せる全て。
この魔法は、誰にも防げないと、そう私が信じる究極の一。
これがわたしの―――全力全開だ。
そうだ。これだけは、この一撃だけは。
誰にも負けられないし、負けてやらないんだから――――!
「スターライト――ブレイカあああああああああああっ!!」
開放される集束砲撃。
殺傷設定で放てば山すら削りとる、高町なのは最大の集束砲撃魔法。
その莫大な桃色の魔力が紫の魔術師へと突き進む。
その魔力の迸りを見ても動かず、静かに佇む紫の魔導師。
もう避けられない。
どんな回避行動をとっても、直撃する――――。
と。
必中を確信した瞬間、悪寒がした。
砲撃の行く先に、紫の魔導師の微笑がある。
直撃の直前。
その、紫の魔女が僅かに口を歪めて、
「『"瞬来-オキュペテー-"』」
たった一言、聞こえない言語を呟いた瞬間、
―――視界が飛んだ。
「――――え?」
一瞬、思考がかき乱される。
内臓をめくり返したかのような不安感と、落ちていくような浮遊感を感じた。
その感覚に気を取られて、つい無意識に紫色の魔導師を見上げ―――
―――あれ?
視界がおかしい。
私はあの人を見上げていた筈なのに、なんで今私はあの人を見下ろしているんだろう。
何故、あの人はわたしが居るはずの場所にいるんだろう。
何故、わたしはあの人が居るはずの場所にいるんだろう。
そして何故、
わたしの全力全開が、わたしに向かって来ているのだろう――?
<Protection!!>
「ッ――――!」
ドン、と意識が飛びそうなほどの衝撃が全身を打った。
強大な、今まで初めて対峙する規模の魔力砲撃。
自動で展開されたプロテクションが、一瞬の停滞の後ガラスのように砕け散った。
「ぁ―――」
BJも易々と貫通され、一瞬で意識が白熱し、意識が吹き飛ばされる。
<Master!>
レイジングハートの声を聞きながら、私の意識は暗い場所へと墜ちていった――――。
★ ★ ★
- - - Last Interbal
落下する白い魔導師。
上空数十メートルから何の護りもなく落下すれば、いかな魔導師といえど末路は地面に成るザクロだろう。
しかしその姿を見て、魔女が神言を紡いだ。
落ちてくる身体を、束縛の魔法陣がやさしく絡め取る。
そのままゆっくりと降下し、地面へと横たわるその身体には、外的な損傷は一切なかった。
――――――だがそこまで。
その肉体には、もう鼓動が存在しない。
魔力を使い切った身体に、非殺傷とはいえ超威力の砲撃が直撃したのだ。
それは当然の結末。
高町なのはの心臓―――――その鼓動は、完全に停止していた。
「あれだけの自然干渉魔術の直撃を食らって、消し飛ばないのはおかしいと思ったのだけど……ふん、やはり魔力削りなのね、アレは」
魔女が横たわった少女の身体を抱き起こす。
詰まるところ、最初から最後まで、少女に魔女を殺す気などなかった。
もっとも―――サーヴァントは魔力で編まれた生命。
直撃したならば、実体を持つ生命よりも綺麗さっぱりと消滅していたのだが。
「面白いわね。ええ、本当に、だから―――」
魔女が少女の胸に手を当て、神言を呟く。
ソレと同時に、なのはの心臓が大きく跳ねた。
「ぁ――――」
吐き出される息と共に、心臓が活動を再開する。
魂が脳から乖離する前の蘇生など、人間の領域だ。
それが魔術による物ならば多少の技術は必要だろうが、魔女にとっては児戯に等しい。
「ふふふふ、さて、どうしてあげましょうかね―――」
「―――キャスター」
魔女が怪しげな微笑を浮かべた直後、境内に無骨な男の声が響いた。
「ッ、宗一郎様!?」
何の気配もなく境内に現れた男こそ、葛木宗一郎という男。
サーヴァント・キャスターのマスターであった。
「敵か」
「はい、ですがもう無力化しました。ご心配なく」
端的な言葉には一切の無駄が無かった。
その言葉に答える魔女も、またその従者に相応しい簡潔な言葉。
しかし、次の男の言葉に、魔女は平然と答えることができなかった。
「殺さないのか」
「―――え、ええ、その……研究材料として興味深く……」
目をそらす魔女。
殺すどころか、その手で蘇生した直後である。しかし、男の手前、そう答えるのは憚られた。
魔女の主人――マスターという意味でも、夫という意味でも――は、元暗殺者である。
身に迫る危険を殺害するのに躊躇はなく、理に合わない事は好かない性質だ。
その事実から、キャスターは事実をぼかしたのだが。
しかし、葛木は――感情の無い言葉を紡ぎながらも、妻の心情を量るだけの心は持っていた。
「敵として対峙してなお―――その少女を気に入ったのなら、中へ運びなさい。秋とはいえもう肌寒い。そのままでは風邪を引く」
「あ―――はい!」
ばっと顔を上げて頷く魔女。
否、その横顔はもう魔女ではなく、美しく可憐な、ひとりの女であった。
Interval out.
○ ○ ○
―――意識が浮上する。
深海から浮かび上がるイメージ。
じんわりとした熱を持つ身体を認識し、自然に目を覚ました。
「おはよう、なのは」
「―――フェイトちゃん?」
視界に最初に飛び込んできたのは、フェイトちゃんの顔だった。
「あ……うん。おはよう、フェイトちゃん」
戸惑いながら、布団から身体を起こす。
……布団? わたし、家でも、管理局でもベッドなんだけど……。
周囲を見渡す。
視界に入るのは、和風の座敷。
畳の匂いが倦怠感に包まれた身体に染みるように―――って、
「わたし……どうなったの?」
桃色のフラッシュバック。
強烈な絶望感と、全身を打つ圧倒的な痛みを覚えている。
その後の―――まっくらなばしょも。
「っ……」
無意識に、手が胸元を強く掴んでいた。
生きてる。
―――生きてる。
その事実に、心が詰まった。
「なのはは、敵の魔導師に撃墜されたんだって。その魔導師はもう逃げた後だって聞いたよ」
そう、なんだ。
わたし……負けちゃった、んだ。
生の実感とは別に、撃墜されたという言葉が重くのしかかる。
あの魔導師に倒された、局員の人たちは無事だろうか……?
「入るわね」
流麗な言葉と共に、障子が静かに開かれる。
落ち込んでいた頭が、一瞬で凍りついた。
その、開かれた障子の向こう側。
そこには――――紫色の、ローブを纏った、あの魔導師の姿が―――。
「ッッ!? 下がってフェイトちゃ―――」
「あ、キャスターさん」
―――――――。
―――え?
フェイトちゃん?
なにを、言ってるの……?
「……? どうしたの、なのは。まだ動いちゃダメだよ」
「まだ寝ぼけているみたいね。フェイトさん、ちょっと台所から食事取ってきてもらえるかしら」
「あ、はい。それじゃちょっと待っててね、なのは」
障子の向こう側に消えていくフェイトちゃんを視界の端に捉えながら、わたしは目の前の魔導師を凝視していた。
……間違いない。私と戦った、あの魔導師だ。
当然のように私を殺そうとした、あの―――。
「暴れるんじゃあないわよ。まあ――魔力が枯渇したその身体では、何も出来ないでしょうけど」
……その通りだ。
今の私は、無力。なら、少しでも情報を集めなきゃ……。
でもその前に、
「フェイトちゃんに何したの」
「[『私は古くからの知人である』っていう暗示と、疑似記憶を刷り込んだだけよ。貴女のように暴れられては厄介ですからね」
強く睨んだ目に、気楽な言葉が返された。
というか、刷り込んだだけ、って……。
「ふふ、愛されてるわね。貴女が倒れた、と言ったら暗示の違和感も忘れて一目散だもの」
「………レイジングハートは何処ですか」
「あの人工精霊? アレなら私の工房よ。貴女が暴れないと言うのなら、返してあげてもいいのだけれど―――その眼じゃあまだ渡すわけにはいかないわね」
レイジングハートの補助なしで目の前の相手を撃破…・・・無理だ。魔力が足りない。
でも、この場からフェイトちゃんを連れて退避するには、どうにかしてこの相手を―――。
なんて、そんなことを考えた瞬間、頭の中が爆発した。
「いったぁっっ――――!!??」
脳みそをミキサーに駆けられたかのような激痛が走る。
一瞬、何を考えていたのかすら忘れた。
「ああ、言い忘れていたけれど、私に害意を抱けばその枷が発動するわよ」
「ううう~……」
恨みがましい目を彼女に向ける。
そこで、気づいた。
あの寒気を感じない。あの、刺すような悪寒を。
「一つ提案があるのだけど、聞く気はある?」
「………内容にもよりますけど」
……さっきは問答無用で、話し合いする気もなかったのに。
お話が出来るならそれにこしたことはないけど、戦う前にその気になってほしかった。
……うぅ。
「あなた、そしてあの蝿どもの身柄を開放してあげてもいいわ」
「……もちろん、ただじゃないんですよね」
「ふふ、察しが良くて助かるわね。等価交換よ―――」
フェイトちゃんの身柄、そして私の身柄、そして―――局員の身柄と等価のもの。
その想像の前に、局員の人たちはまだ生きている。それに、心から安堵した。
………。
でも、
もし無理難題を突きつけられたら、その時わたしはどうすれば―――。
「―――あなたの扱う魔術体系。そして、時空管理局とやらの情報とね」
―――・・・?
次の言葉を待つ。沈黙が降りる。
………あれ?
まさか、
「――――え? そんなことだけでいいの?」
「――――そんなこと、ですって?」
……すごく驚いている。
そこまで驚くようなことが、何かあったかな……?
紫の魔導師――フェイトちゃんが言う、キャスターさんがすごい形相で詰め寄ってくる。
「あなたの扱う魔術の、その系譜を解析させろといってるのよ? あなた、分かってるの?」
「え? え? だ、だって、そこまで隠すようなものでもないんじゃ……」
ミッド式魔法の殆どは、一般に公開されている。
とはいえ、初心者が扱うと危険なものも多いから、ある程度は規制されているけど……訓練学校で基礎構造から教えてもらえるはずだ。
わたしなんて、レイジングハートとユーノ君から教えてもらったわけだし。
それより、すごく空気が緩んでるのは気のせいなの・・・?
「――――そう、根本から違うのね。なるほど、そも魔術じゃなく――――ッ」
呟くキャスターさんが、いきなり電流を浴びたように、何かに反応する。
その顔は、窓の外を向いていた。
「セイバーと、遠坂のお嬢さん。それに坊やも……。まあ、当然ね。あれだけの魔力の動き、感知しないわけがないか」
……だれだろう。
言い方からして、管理局ではないみたいだけど……。
「少しココを離れるけど、逃げようとはしないことね。まだ、契約は成立していないのだから」
そう言ってキャスターさんが立ち上がるのと同時に、フェイトちゃんがお盆を持って部屋に入ってきた。
「フェイトさん。ちょっと用事があるから、席を外すわね」
「はい、わかりました」
障子が閉まる。
「身体の調子はどう?」
「まだちょっとだるいけど、大丈夫だよ」
身体の調子を確かめながら答える。
全身は問題なく動いている。握りこんだ手のひらにも、確かな力が伝わってくる。
「なのは―――本当に大丈夫なんだね?」
「うん、ちょっと身体のあちこちが痛いけど、それだけ」
フェイトちゃんが安心できるように、笑顔で返す。
そして、
「そっか。なら」
パチン、と。
フェイトちゃんの手のひらが、私の頬を打った。
「……え?」
一瞬呆然とした。
キャスターさんの事とか、私が墜ちたこととか、これからどうしようかとか、そんな思考全部が停止した。
……叩かれた。フェイトちゃんに。なんで?
そしてその疑問は、フェイトちゃんの眼から溢れた涙で、吹き飛んだ。
「なのはのばか。一人で敵に向かっていって、無茶してっ……。なのはが無事じゃないなら、何の意味もないんだよ?」
「でもフェイトちゃ――」
「でもじゃないっ! ……なのはが、困ってる誰かを放っておけないのは知ってる。私も、なのはに助けられたひとりだから、それを否定なんて出来ない」
フェイトちゃん、何を―――。
「でもそれでなのはが怪我したら――死んじゃったら、私はどうすればいいの? クロノは、ユーノは、はやては、なのはの家族の人たちはどうすればいいのっ!?」
―――。
「誰かが悲しい思いをしないように、なのはは飛んでるのかもしれない。でも、なのはが怪我したら、悲しむ人だって居るんだよっ……!?」
――それは。
「ばか。……ばか。心配した。本当に、心配したんだから……っ」
―――ああ、そっか。
「うん、ごめん。ごめんね、フェイトちゃん―――」
フェイトちゃんを抱きしめる。
そうだ。
わたしにも、心配してくれる人が居ることなんて、分かりきってたのに。
その人たちが悲しまないように、その人たちを守れるように―――自分が強くなろうとしたのに。
フェイトちゃんの熱を、全身で感じる。
ああ……。
フェイトちゃんを心配させちゃった後悔があるのに、幸せな気分がとまらない。
きっとそれは、自分がこんなにも大切にされてるという実感が―――。
「―――涙の展開のところ悪いけど。こっちにも話、聞かせてもらうわよ?」
――――――――――なんなの。
あまりにエアークラッシャーな声の主を探す。
障子の向こうに目を向ければ、赤い、綺麗な女の人が仁王立ちしていた。
そして、その傍らには金髪の綺麗な人と、赤毛の男の人。
「遠坂……それはないだろ」
「凛。さすがにソレはどうかと……」
「っ……! うっさいわね! こんな時にいちいち空気読んでらんないわよ!」
ガオーと吼える綺麗な人。それに更にツッコミを入れる男の人。
その姿に、フェイトちゃんと顔を見合わせ、クスリと笑った。
この人たちがどういう人だとか、そういう事より先に笑えたことに、また笑えた。
そうだ、私はこんなに幸福な場所にいたのだと―――。
これがわたし、高町なのはは魔術師と呼ばれる人たちと関わることになった、最初の事件。
そして、初めてわたしが墜ちた、苦い思い出の事件だった―――。
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