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休日-完結編C - (2009/09/23 (水) 18:18:21) の最新版との変更点

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眼前に広がる滝―― いや、それを果たして滝と言ってもよいものか 明らかに人ならざる超常の現象によって作られた それは虚空へと続く滝――その深さは計り知れず 地獄の底へ繋がっていると錯覚させるほどの堀に生じた裂け目 そんな水面に生じた断層が、かの賢人モーゼが渡り終えた後の十戒の海のようにゆっくりと閉じていく それを見据えて……いや、実際には見据える余裕もなかったのだが、 「 、  、  、  ………ふ……」 彼女、高町なのははまるで長距離マラソンを走り終えたランナーのように その場でガクリと膝をつく <master! Are you all right?> 「大丈夫、と……言いたいところだけど、」 自らのデバイスに精一杯の強がりを言うも、そんな余裕があるわけが無い 自分の呼吸の音が感じ取れない―― 息を吸っているのか吐いているのかすら分からない 点滅する視界に、キーンと鼓膜の奥からの耳鳴りが止まらない 体の至るところから鳴らされる警報は、自身の肉体が限界を超えて稼動してしまった事の証明だった 白き衣を纏った空戦魔道士のその後ろには、五問のビットによって形成された投網があり 否、それは術者自身の意思によって自在に変化し、既に巨大な魔力の水槽と化している その中では今宵彼女と争った相手 英雄王ギルガメッシュが落とし込む筈だった戦利品 堀の中の全ての魚が悠々と泳いでいる これ以上ないほどの大逆転劇のうちに彼らの勝負は幕を閉じ 後ろのソレが、軍配がどちらに上がったのかを如実に現していた もっともそんな自身の戦果を確認できる余力すら今のなのはにはない その小さい肩が大きく上下していて ヒュー、ヒュー、と喘息のような、搾り出すような呼吸音を喉から漏らしている 地面に滴り落ちる大量の汗はまるでサウナに入った後のようだ 自身の杖にすがり付く様に、辛うじて倒れないように立つのがやっとの姿を晒している彼女は 朦朧とする意識の中で事の顛末を―――ただ静かに肌で感じていた 他ならぬ自分の勝利が決まった瞬間を――― この馬鹿馬鹿しい遊興の終わりの光景を――― 終わってみれば――やはりそれは単なる遊びに過ぎなくて 悪餓鬼同士の砂玉のぶつけ合いや陣取り合戦と何ら変わらない つくづく大人げないやり取りだったと認めざるを得ない 子供は大人になるにつれ分別を持つに至り 代わりに心身の鮮度は反比例するかのように殺がれていく 新鮮な驚きに出会う機会はどんどん減り、全ての事に全力で当たる事が難しくなっていく それはとてもとても悲しい事で、心はいつも少年少女で居続けたいと思うのはきっと全ての人間が持っている願いであろう ―― リリカル ―― マジカル ―― それは彼女が一つの出会いを果たし、初めて口にした魔法のコトバ この情熱的で不思議な出会いをいつまでも忘れないで―― そんな幼少の彼女なりの願いが、そのコトバには込められていたのだろう しかしながら、、 「いや、だけど………  これはやり過ぎだと思うよ……我ながら」 やっぱ物事には限度というものがある―――と ゼイゼイと深呼吸もままならない真っ青な顔で彼女はつくづく実感していた 「うん……間違いなくやり過ぎた…」 どんなにリリカルであっても 毎回こんなんやってたら情熱的に心臓発作で死んでしまう…… どこかの記事で、友達同士の水泳勝負で意地を張り合った結果 全身引き付けを起こして溺死しかけたという例もあるのだ 正味な話、人がとことんリリカルになった時 遊びと真剣勝負の境界などはあっさり崩れ去る いつの間にやら命をかけた大勝負になっていたりするのだ 故にこの世の中は実に恐ろしい… まあ――今回は相手が相手だけに、しょうがないと言えばしょうがないのだが… 何せ誰だって負けたくない相手はいる 引くに引けない相手がいる 高町なのはにとって本日、相対した男はまさにそれ たとえ遊びでも絶対に屈したくない部類の敵であった 彼――英雄王ギルガメッシュは自分をして いずれぶつからねばならない相手なのだと思う あの強大な王と、いつかは雌雄を決さなければならない 故に寝ても覚めてもギルガメッシュ攻略法なんかを考え続けてきた この一途な想いは、その強さだけを見て強烈な恋心などと比べても遜色の無いものであろう 脳内でシミュレーションを立て、その度に串刺しにされる自分を見て 悔しさに身を焦がれ、そんな思いを幾晩幾日と過ごしてきたのだから 余談であるが、常に最悪の事態を想定し 一切の妥協を許さない高町なのは式イメージトレーニングにおいては 英雄王特有の「油断」や「慢心」を考慮に入れた事は無い そんなものにつけ込むのは不確定すぎる……それでは運任せと同じでとても攻略法とは呼べない だから彼女はいつだって―――男の「最大戦力」を想定してシミュレーションを立てていた アンノウンのステータスを最大に設定していたのだから 彼女の目にこのサーヴァントがどれだけ巨大に写っていたか想像に難くない そりゃボコボコにされるだろう……聞けば聞くほど彼女らしいというか、無理も無い話である ただそんな中――教導官・高町なのはが立てた戦術の一つとして 兎にも角にもまずはエアを――あの最強宝具を男に抜かせるという前提条件があった 本来ならばあれを抜かせたら終わりというのが真っ当な見解であり 切り札をあえて抜かせるというのは―― 一見、矛盾している理論なのかも知れない だが彼女のスタイルは昔から相手の切り札を凌ぎ切り 引っくり返して勝利をもぎ取るのが動かぬセオリーとなっていた 未だ全貌は五里霧中なれど、結果的にそれが最も勝率の高い戦術と直感で判断し、結論付けたのは英断といえよう そして今回、期せずしてフェイトからの贈り物―― 栄養剤に含まれたヘビの因子が偶然、その状況を作り上げてしまった 天敵の要素をこちらが取り入れた事によって、否応無しに王は慄き猛り 危機感から乖離剣(性格には竿)を取り出してしまったのだ 「ちょっと出来過ぎ……」 ぼそっと紡いだ一言に彼女の今回の戦いの感想の全てが集約されている あとは終盤からの怒涛の展開をご労じろ、としか言えない まさに奇跡のような展開であったからだ まったく偉そうな事を言っておいて、これでは運任せと代わらないではないか… 神がかり的な展開に助けれての勝利は きっと女神様がこちらに全額PETでもしてくれていたに違いない、が… もし本物の戦いだったらこうはいくまいと考えると気が重くなる 後のためにデバイスに記録していた今日の勝利データは―― 故に「本番」では微塵の役にも立たないだろう 「はは……」 知らず苦笑いが漏れてしまう高町なのはの表情 こんな所で運を使い果たしていいのだろうか? 出来れば今回のようなのは「本番」まで持ち越しておきたかった幸運だ ちょっと勿体無かったと言わざるを得ないが…… まあ、運というのは取捨選択できないから運なのであって、、 乾いた笑いしか出ない己が表情に溜息を付きつつ 今回はこの幸運と勝利を遠慮なく拾わせて貰おう、と―――― <!!  Master!!!> 「、っ!!!?」 そう思い立って体を起こそうとした、なのはの後方から突如の異変―― 疲労によるものか、勝利の余韻に弛緩していたのか 彼女はその気配にすら気づけなかった 空を切り裂く白刃――もしソレが「その気」なら 自分は絶命していたに違いない 今まさに高町なのはの首の皮一枚のところに突きつけられた 凶悪な刃によって epirogue ――― 彼女の右後ろ 満身創痍の魔道士を見下ろすように ソレは立っていた ―― 何故気づけなかった? ―― これほどの憤怒の塊 これほどの怨嗟の念に 鬼相とも言うべき歪んだ形相を灯し 手に禍々しい断頭の鎌を称えたモノ――― 「………、―――」 蔵から取り出したる宝具はハルペイの鎌 その切っ先を勝者である高町なのはの喉元に突きつけて 彼――英雄王ギルガメッシュが再び立ちはだかる 王の戦利品を投網で掻っ攫っていった女―― 堀ごと叩き割るという、王の所業に相応しい力を以って戦った自分に対し その威容に一欠の敬意も払わず、横合いから手を刺し込み 一切合財をぶっこ抜いて行った女―― 王の力の間隙を縫った姑息な狙い撃ちによって、この戦いは既に決着を見ているが 当然、、それを男が納得するかはどうかなど……誰にも知る由も無い 「――――、」 彼女の喉に突きつけられた冷たい感触 その妖気を伴った紫紺の金属は、多くのニンゲンの魂を無造作に刈ってきたのだろう 刃には犠牲者の絶望と怨嗟の魂がこびりついているかのようだった 「髪型、変えたんだ…」 ゾッと背筋の凍るような冷気に晒されながら 辛うじて言葉を返すなのはだったが ―――ビキビキ、、と 男のこめかみの辺りから異音が、比喩ではなく本当に歪な音が響く 地雷、踏んだらしい… それもそうである 先ほどまでは綺麗にセットされ、天にそそり立つ様に撫で付けられた彼の髪は 彼女の指摘通りに前髪ごとざんばらに降ろされている状態だった これは言うまでもなく――急遽思い立ったイメチェンなどによるものではなく 機先を制してカマされた、あの濁流のような魔道士の砲撃に巻き込まれてのものに他ならない (完全に怒らせちゃったかな…) 本気でここで殺されるかも知れない―― と、宝具の切っ先を向けられながらに思う彼女 もっとも、心の中はどうあれ、そんな臆した態度を相手に見せる高町なのはではない 目は凛と一直線に英雄王の双眼を見据え――背筋を伸ばして対峙する 息も絶え絶えながら威風堂々とはこの事だ 後にどんな暴力を振るわれようと勝負の結果は引っくり返らない サイの目の結果は塗り替えることは出来ないのだ……何人たりとも それでもやれるものならやってみて――と それを貴方が、英雄王の名に恥じぬ行いと思うなら――と エースオブエースは爛々とした眼光を男に向け続けた 「――――ク、、」 すると怒りに染まった男の表情が奇妙に歪み 辛うじていつもの冷笑を称えた相貌に戻っていく あるいはなのはには分かっていたのかも知れない その刃が――決して振り下ろされる事は無いという事を 彼とて英霊、、十重に承知していよう そんな事をしても恥の上塗りになるだけなのだという事を そう―― 「認めよう――確かに今この場では貴様が上回った」 認めるしかないのだ―― 正々堂々と自分を打ち破ったこの若い女の英雄を 死神の鎌を引いた男の口から出た言葉が今 ようやっと、真なる意味での戦いの終了を告げたのだった ―――――― (……………、) 緊張に緊張を重ねていた肉体が、精神が 今、本当の意味で脱力し弛緩する 大きな溜息をついてその場にヘナヘナと腰を下ろすエースオブエース 人目がなければその場で地面に大の字に倒れこんでいたかも知れない 彼女を責められるはずもない それほどの疲労、それほどの激闘だったのだから 「そ、そんな事…」 ないよ、と―― いつもなら謙遜の言葉を返すなのはであったのだが 今回は嬉しさと達成感でそれどころではない この英雄王自身の口からはっきりと―――「お前の勝ちだ」と言わせたのだ それは登山者が国一番の高度を誇る山を登りきった時に感じるカタルシスにも似ていて―― (…………ん) 左手をぎゅっと握り締めて やった…という感情で満たされる彼女の心内 自分は曲がりなりにも勝ったのだ あの英雄王ギルガメッシュに―― 夕焼けは戦士の頬を優しく照らし 栗色の髪が風にたなびいている 既に顔を出している星が、月が、場に煌々と冴え渡り この素晴らしい勝負に祝福の光を落とすだろう 「あ……」 満たされていく感情を抑えきれず 彼女の目に涙すら浮かんでいる その声は昂ぶる気持ちで少し震えてた    ありがとう――ございました 感謝と、互いの健闘を称えて、その言葉を紡ごう 例え次に会った時は血みどろの殺し合いをする仲だったとしても 今だけは尊敬するライバル――英霊の中の英霊 自分もその生涯をかけて目指す事になるだろう、黄金の雄姿に対して―― 「――――さて、次だ」 …………………… そんな感動と友情の篭ったラストシーンは、、 あとはスタッフロールが流れてハッピーエンドの筈だった……… なのに、その一切合財を――― 絶対零度の冷気を伴った一言が――― ――― 全て、ぶち壊した ――― …………………… 「………………は?」 はにかんだ笑顔がピシっと凍りついた表情のままに 間の抜けた声が魔道士の口から漏れる 感涙に濡れた瞳は今、完全に瞳孔が開ききり 高速回転する思考は、それでも相手の真意を全く汲み取れず 今なら握手なんかしてくれるかな…などと おずおずと手を差し出した姿勢のまま――彫像のように固まるなのはさん 「―――どうした? よもやこれで終わりというわけではあるまい?  ここまで我を煩わせたのだ 最後の意地を見せてみよ」 事ここに至って、「引き続き、我に挑んで来いヌハハ!」、みたいな事を言ってくる彼 相変わらず高圧的に―― 見下すように―― おかしい……何だろう…… 会話が全然、噛み合わない 何か根本的な部分がずれている気がする 「あ、あの……あの、さ…」 出した手を所在無くニギニギさせながら 乾いた声で問う高町なのは 「許す―――申せ」 「私の、勝ち……だよね?」 「そうだ、認めよう  忌々しいが確かに今の邂逅では貴様が上回った――――この場ではな」 快晴のような雰囲気だった場に 感動のラストシーンの筈だった場に 何やら怪しい雲行きが立ち込める 猛烈にやな予感がする―― 「何を呆けている? 喜べよ雑種―――この我が <一回戦> は譲ると言ったのだ  常に完全・完封による勝利こそが我が紡ぐ闘争の結果であり、それ以外を認めるは屈辱の極みなれど……  英雄王に食い下がった健闘を一応は称えてやるというのだ――これ以上の栄誉はあるまい」 「…………」 「それとも貴様、まさかこれで終わりだなどと思ってはいまいな?  この我が治むる強大な領土の、端の、端の、僻地を、切り取った程度で我に勝利したと?  ハッ! これは笑止千万!! どこまでお目出度いのだ女ッ!!」 盛大に手を広げて何か言ってる王様 その彼の指し示す眼前には、、 「周囲を見てみよ! 未だ手付かずの堀がそら、そこにも、あそこにも、残っているではないか!!!」 「………」 さぁ、―――と、、血の気の引いていくなのはの表情には もはや健闘を称え合うとか 次に会う時もこんな出会いであればいい…などという 爽やかな気持ちなどとうに霧散していた 「矮小な雑種――教えてやろう   王の敗北とはすなわち、己が所持する全ての領土を蹂躙される事にある  ちなみに我の所持する釣り場は出張店舗も含めてあと108場はある  貴様が我を打破するにはつまりはあと108回――我を上回らねばならぬという事だ……理解したか?」 「もう営業……終了してるじゃない  制限時間はどうするの…?」 「営業時間延長だ――ナイター施設もあるので問題はない」   「…………」 曲がりなりにも平静を装っていた彼女 どんな時も冷静沈着、同様の兆しを一切見せなかった不動のエース そんな高町なのはの肩が ついには小刻みに…… プルプルと震え出し―― 「ズ、ズ、、ズルいっっっっっっっっ!!!」 「フハハハハ……はーーーーっはっはっはっはっは!!!」 「卑怯者!!  卑怯者っ!!!!!」 最後には耐えかねたように真っ赤になって批難の声を上げるなのはさん それを掻き消す王の高笑いがいつまでも場に響いていた いつまでも―― いつまでも―― ―――――― 分かっていた事だが―― やはり聖杯戦争を殺しあうサーヴァントに スポーツマンシップなどあるわけもない そして亀の甲より年の功 常に保険をかけておくのが賢いオトナのやり口だ 化かし合いでは、やはり年若い女魔道士よりも 人生の甘いも辛いも味わってきた英霊諸処に一日の長あり この世の全てを支配した元祖・王様は―――実に汚かった 断言できるが古今にはこびる悪徳政治家たちの元祖もきっとコイツだろう、、マジで <m...Master...> 「ううう………う~~~~~!!」 猫のように獰猛に しかしどこかに愛着を感じさせるような そんな唸り声を上げるなのはさん 完全に一本取られた彼女であるが ならばなおの事――これで終わりになどするものか! 不屈の名は伊達ではない 小賢しい大人の策略でお株を奪われたのならば こちらはあくまで若さと勢いで正道を貫くまでだ 現代の仕事に生きるキャリアウーマンのバイタリティを舐めるな英雄王っ! 「いいよもう……とことん付き合う……  レイジングハート、やるよ……」 ゆらり、――と体を起こし、王と再び相対する高町なのは 本日最大の怒りのオーラを身に纏った彼女の風格は もはやラスボス以外の何物にも見えなかったりする <But master...Your energy is already...> 「やるよ」 <Y、Yes> その殺気に長年付き従った紅玉の杖すら口を挟めない 打ち止めとなった堀を後にし 向かい側の釣堀に並んで向かう覇王と魔王 不遜な佇まいを崩さぬ男と 目に爛々とした光を称えた女が のっしのしと歩を進める 「「さあ、次だ (よ)」」 詰まるところ、二人の戦いはエンドレス何たら―― 周りがもうやめてくれと頼むまで続けられる類のもの つまりは行くとこまで行くしかないという事で…… 新たに持ち替えた竿を蹂躙の爪牙に変えて 王と魔道士が次なる狩場にまかり通る ―――時刻は17:15分 残りの獲物を喰い尽くすには―――十分過ぎるッッ! 夜桜に彩られた帳の中 祭はまだまだ終わらない ―――――― その戦いの目撃者はかく語りき―― ―― あれは神様と女神様の夫婦喧嘩だったべさ、と ―― 決して歴史に残ることのない 神話に記された戦いに匹敵する規模の とある一夜の総力殲滅雷撃釣り合戦 現世に降臨した偉大なる王様と 遠いどこかの空で、無骨な箒を手に飛ぶ魔法少女 田舎の団地裏にひっそりと立った釣堀場にて まるで磁石で引き寄せあったかのように出会い 互いに一歩も引かず譲らず、真っ向からぶつかりあい、貪欲に貪るように 打ち鳴らされる神話の道具と不思議な魔法の鬩ぎ合いの末に 全ての戦場は二人によって瞬く間に制覇された 数少ない目撃者は幸せだったのかも知れない―― この世に人知の及ばぬ「怪異」は数あれど これほどまでに人の胸を打つ 美しく楽しい不思議は滅多にお目にかかれないだろうから リリカル、マジカル――おめでとう この戦いを繰り広げた美しき女魔道士は 結局、名前も明かさずに去っていったが―― 数少ない目撃者の間からは尊敬と畏敬の念を込めて フィッシング・メイデン―― 「魚に愛された乙女」と呼ばれ 長く語り継がれていく事になったとかならなかったとか ―― ちなみに舞台となった戦場は既に無い ―― 地域住民に長く愛された憩いの場は 某オーナーの 「しばらくは満たされた」 という一言で出資が打ち切られ 瞬く間に全店閉店となったらしい そんな物悲しい廃墟となった建物には 夜な夜なすすり泣く化けネコの声が木霊するのみで… その正面に仰々しく貼られた張り紙――― 出禁になった女客二人 修羅の光をその眼に点し 一心不乱に銀の鱗を刎ね上げている白い法衣の女性と 下着一丁のあられもない姿で 猫モドキを鞭でしばき倒す金髪女王 その顔写真によって、かの聖戦の残滓を残すのみなのであった――― ―――――― …………… 「…………とまあ――」 そんな魔法少女(20歳)二人のハッスルした姿がでかでかと載ったチラシを 目の前でヒラヒラ弄びながら、 「色々と秀逸なシナリオだと思うよ  特に魚に愛された乙女のくだり……  なのは、、キミはいつから魚屋の看板娘に転職したのかな?」 机に座を構えた若い男が聊か震えた声で言葉を続ける 「まあこちらとしては、その残滓とやらの一欠まで  処理するのにかかった手間をこそ表彰して貰いたいんだけどね……  ああ、それはそうと二人とも羽を伸ばしてきたようで何よりだ、お疲れ様」 「「………」」 表面上は静かな労いの言葉にも写るだろう だが、その奥に隠された剣山のような鋭い皮肉が場にグサリグサリと突き立っていく 男の対面には直立不動で並んで立つ二人の女性局員がいた 気をつけの姿勢を崩さぬその姿勢は凛としたものなれど―― 彼女たちには、全身にかいた冷や汗を拭う手拭いすら持つ事を許されず また赤面の極みに達した顔を、下を向いて隠すより他の術を持たなかった 二人の美貌の女魔道士――彼女達は他ならぬ 男のちらつかせる広告のトップを飾ったお二方に相違なく 名前を高町なのはとフェイトテスタロッサハラオウンといった 局にその名を知らぬ者はいないほどのトップクラスの魔道士二人 その両者が節目で黙して男の次の言葉を待っている……神妙に ここは星々の海原に巨大な船影を称える時空管理局・第28艦隊 闇を塗り替えるように航行する大船団の旗艦の一室 男はその船団を新たに任されている若き艦長 当艦隊のリーダーを勤めるクロノハラオウンその人である 艦長と言っても二人と年はそう大差はない 特徴的とは言えない顔つきだが、整った容姿は十分に美男と呼べるものであり 優しさと厳しさ、威厳と柔らかさを同時に持ち合わせたような精悍な雰囲気は相応の経験を積んだもののそれで 英雄ハラオウン家・直径の男児たる資質を十二分に受け継いでいた そして男の両脇には、この二人の休暇をプロデュースした仲間達の代表として 総合SSランク魔道士・夜天の書継承者――八神はやてと その固有戦力である同じくSランクの資格を持つ古代ベルカの騎士――シグナムが付く 「……………」 「テ、テスタロッサ……」 だが、両者ともそのチラシを―― 紙面に移る同僚のあられのない姿を見て二の句を繋げない 粛々という言葉が似合う戦友のまさかの痴態に呆然とする女騎士と 奇妙に歪んだ顔を平静に保つのに必死で 横目に見ても爆笑したいのを堪えているとしか思えない元・奇跡の部隊の部隊長 「「す、すいませんでした…」」 そんな三人の視線に耐えかねたのか 直立のままに頭を下げ、消え入りそうな声で謝罪を申すなのはとフェイト 白と茶色の制服が対照的な両者はそれぞれが教導官と執務官という職に付いている いずれも局内で屈指のエリート集団と言われる品行方正・優秀な魔道士の集まりだ その中でも特に有名な若手有望株の美貌のコンビはもはや局内で知らぬものはいない さて――そんな二人が今 苦渋に満ちた表情に染まっているのは幻覚か何かであろうか? 珍しい光景どころの騒ぎではない 「管理外世界だったのがせめてもの救いだった  他の局員の耳に入る事がなかったのは幸運というしか無い」 本当に泣きそうな二人を前に淡々と言う男 彼をして彼女達とは浅からぬ付き合いで、見積もり10年来の間柄である 彼女らが幼少の頃より、妹のような感覚で見守ってきた事もある 故にだからこそ公私混同は出来ない 厳しい口調で、引き続き沙汰を述べるクロノ艦長である 「映画撮影、アトラクション、そう言い張るにはどう考えても無理のある惨状だった  局の覚えめでたい教導官と執務官が揃いも揃ってあり得ない不祥事だぞ……分かっているのか?」 「「返す言葉もありません…」」 「BJを換装してくれたのが不幸中の幸いだったな……現地の人にはアレ、どう見てもコスプレ衣装だそうだし  素であんな格好をする奴は映画の俳優かアトラクションのスタッフ  それか特殊な趣向の持ち主と相場が決まっているらしい、、、取っ掛かりが見つかったのは奇跡だった」 眉間に皺を寄せてザクリザクリと二人の胸を抉るクロノ 対面の二人は赤くなったり蒼くなったりで大忙しである 恥ずかしくて死んでしまいたいとはきっとこういう時に使う言葉だ… 終いにはシュンと肩を落として小さくなっていく両魔道士 (クロノくん……キツイ、、) (本気で怒らせちゃったからね……これくらいは当然だよ) 要領の良い人間ならば上司の小言など聞き流して終わりなのだろうが この生真面目な二人にそんな不謹慎な真似が出来るはずも無い 小学校の時ですら先生からの叱咤などほとんど貰った事の彼女らが いつにない小言の嵐を受け続け、一切の反論をしないでいる 例え何と遭遇し、どんな事情があったにせよだ 管理局の秘匿性を犯したという事の重大性には何ら関係が無いのだから 「現地の従業員の協力もあって何とか最悪の事態だけは回避したが…  まったくここまでの不祥事は久しぶりに見た  普段、仕事で目覚しい成果をあげているからといってもやって良い事と悪い事があるぞ」 「「そ、そんなつもりじゃ…」」 (ギロリ) 「「………」」 いつになく厳しい、尊敬する先輩魔道士の 怒り心頭の顔を前にエースオブエースも一流の執務官もたじたじだ 正味小一時間にも渡る説教タイムの後―― 大きなため息と共に肩をすくめるクロノ 「まったく気をつけてくれ……キミらに限ってもう二度と無いと思うけれど  これほどの事態、次は流石にお咎め無しとはいかないぞ?」 「え?」 数ヶ月の謹慎では済まない 最悪、査問にかけられるとさえ覚悟していただけに 彼のこの言葉に意外の念を隠せないなのはとフェイト 「あ、あの……クロノ、それって」 「幸い上の方には全く漏れてない  なので今回はこちらで揉み消したよ」 「そ、そんな……いや、クロノ君!?」 難色を示す両魔道士である 当然だ……自分達は子供ではない 既に一人前の魔道士として立っているにも関わらず よりによって周囲にこれだけの迷惑をかけてしまい あまつさえ犯した罪を身内に尻拭いをさせる 潔癖な二人をして、そんなのは言語道断だ 己が行いを恥じ、それを償わずに知らぬ顔で 明日から職務に従事出来るほど二人は厚顔無恥ではない 「勘違いして貰っては困るな……公私混同してるわけじゃない  知っての通り、局内は常時人手不足で火の車  優秀なSランク魔道士を二人も遊ばせておくほどの余裕はないんだ」 対するクロノはピシャっと一言で 二人の迷いや戸惑いを切って捨てる この辺は勝手知ったる何とやら 流石の一言に尽きるだろう 責任感の強い二人は、こう言えば頷かざるを得ないと初めから読んでいるのだから そしてこれは内緒だったが 実は彼もまたこの計画を裏で援助したスタッフの一人なのだ そのリフレッシュ休暇でのよもやの事態が原因で二人に稼動停止されるのは本気で困る 責任は自分にもあるのだ 「心配せずとも埋め合わせはして貰う  なのはには処理して貰いたい書類がたんまりあるし――」 「艦長、あとは私が」 「ああ…頼む」 そう言って、ずいっと前に出るのは 先ほどまで袖で控えていた烈火の将シグナムだった 「さて…」 爛々と炎のように輝く瞳は誰でもない――戦友、フェイトテスタロッサハラオウンにのみ向けられている 普段はほとんど笑わない騎士の、にんまりと口元を歪めた表情は――とにかく恐い、、恐すぎるっ! 「テスタロッサ……お前がこれほど刺激に飢えているとは思わなかった  友として気づいてやれなかった私の不徳だ―――許せ  ………ところで約束は覚えているな?」 「う……うう、、」 「丁度良い、鞭の効果的な使い方を教えてやろう  何、蛇腹剣は鞭術の応用……今のお前よりはよほど使えるつもりだ  今夜から一週間、とことん付き合ってもらうぞ」 「お、お手柔らかに……」 「柔らかいわけがなかろう、ふざけるなバカ  気を抜くと命の保証はせんからそのつもりでいろよ?」 と、言うが早いかフェイトの首根っこをむんずと掴み そのまま鍛錬室へと引き摺っていく美丈夫の剣士 「はうう……な、なのはぁ~」 フェイトの本当の地獄はこれからだ―― シグナム初め、彼女子飼いの航空隊騎士が手薬煉引いて待っている中へ 子牛のようにズーリズリと連れられていく金髪の魔道士が、涙声でなのはを呼ぶ が、事ここに至って……あの釣り場の奮闘の再現をするわけにもいかない 流石のエースオブエースもお手上げである 「フェイトちゃん……あとでマムシドリンク持っていくから…」 ここは二人して絞り粕になるまで 埋め合わせに奔走するしかないだろう……合掌 「じゃあ、高町なのは空尉、、キミもすぐにでも取り掛かってくれ  今後の予定を含めた書類はキミの部屋にあるから」 「分かった……本当に迷惑かけちゃって、ごめん」 真摯な瞳でもう一度 深々と頭を下げる教導官である 「……私がいけなかった  どんな理由があるにせよ、羽目を外したのは私だ  何でもするよ、、許してくれるのなら」 「ん……」 こう言われてはクロノにこれ以上の追求など出来るはずも無い 何だかんだ言っても、この妹分二人にはとことん弱いのだ――彼は フウ、と今日何回目かのため息を再びついた後、 「なのは」 その最後にかけられた声は上官ではなく 一人の先輩としての温かい声色であった 「楽しかったかい?」 そんな他愛の無い質問をかけたのも 彼女を一目見て分かったから―― 疲れたようでいて、どこか憑き物の落ちたような高町なのはの表情―― 紆余曲折あったこのリフレッシュ休暇も どうやら酷いオチばかりではなかった、という事だ 「……うん」 彼女の瞳には、静かながらも強い意志が灯り 旅行前の、どこか迷走していたような濁った光も既に無い 即ち、いつもの彼女 エースオブエース――高町なのはだ 「ありがとう……みんな  また明日から飛べる――頑張れるよ」 そう言い残して彼女は部屋を後にする 短い言葉にはこれ以上ないほどの感謝が篭められた 彼らとて、それを汲み取れぬほどに短い付き合いでもないだろう この言葉が聞けただけでも―― 休暇をプロデュースした者にとって感無量な事はない 厳しい表情を崩さなかったクロノの破顔とはやての苦笑が、、 職務に戻って行くなのはの背中を温かく見つめていたのだった ―――――― ――簡易ながら二人の喚問は終わり 数ヶ月の減給&山のような埋め合わせの数々、という形を以って 今回の騒動は晴れてお開きとなった 「事後処理はこれで大方済んだ訳か……  ともあれ、はやてが近くにいてくれて助かったよ  良いフォローだった」 「いやいや、私は何もしてへんよ  クロノ艦長のアドリブ能力あっての見事な着艦……勉強になります」 「母さんにも協力してもらったからね  しかし、久しぶりに胃が痛くなったのは事実だが…」 何せ羽目を外すという言葉からもっとも縁遠い二人なのだ それがこんな事件を起こすなど誰が予想できようか? 知人ならば耳を疑った後――ここ笑うトコ?と疑問に思ってしまうだろう 「ふふ、、本当にお疲れ様です  でもあんな姿のなのはちゃんやフェイトちゃんが見れただけでも私は眼福や  正直、さっきまで込み上げてくる笑いの渦で窒息するかと、、ぷ、くく……」 「まあこの胃痛も心地よい痛みではある……あれだけ怒っておいて何だが  あの二人は今まで全くこちらに手を焼かせてはくれなかったからね  先輩としては寂しい限りさ」 「はぁ…複雑ですねぇ」 言葉通り、なのはとフェイトは局入りから本当に手の掛からない二人であった 先輩兼兄貴分のクロノとしては少し寂しい面も感じていただけに叱り付ける言葉にもつい、力が篭ってしまった それは半面に滲み出る嬉しさ故の事だろうか―― たまには後輩の不始末に奔走するのもいい これは可愛い部下を持った上司にしか分からない感情であろう 「それはそうとキミの方も大変だったらしいが…」 そう、彼女らの休日中に同惑星 地球での曰くつきの地に赴いた八神はやて 聞いた話によると会談・交渉はかなりの難航を極めたとか 「いやいやおかげ様で何とか上手く纏まりました  まあ実際には精根尽き果てるまで徹夜で麻雀してただけですが……  その後、当地の管理人の娘さんと二人で更に三日三晩の杯や  いやいやあの子――遠野秋葉ちゃんっていうんやけど、なかなか苦労人でなー」 腕を組んでしみじみと話し出す八神はやて 口調が半トーン軽くなったところを見ると何かのスイッチが入っちゃったらしい 「かわいいなぁ秋葉ちゃんリアルツンデレやで♪ 初めてみましたわ  おっぱいの事で頭を抱えてる姿があまりにもプリティで思わず私自ら育ててやろうかと、――」 「ど、どうする気だ…」 「そりゃもちろんバインドで縛り付けてこう、脇の下から抱え上げるように――」 「ぅおいっ!!」 「ひゃいっ!? い、いやだなぁ…!  冗談ですよ冗談、そんな青筋立てんでも…」 耳まで真っ赤になって窘める純情ロマンティカ・CURONO・KUN 朴念仁には少々、刺激が強すぎる内容である事は否めない 対して、何かを掌握するように両手をわきわきさせるセクハラタヌキの口調は 相変わらず冗談にまったく聞こえないから困りものだ 「いくら私がSSSランクのおっぱいソムリエでも一般人にバインドなんてせえへんです  あ、それはそうと――何でも秋葉ちゃん、タチの悪い恋ガタキを 亡き者 にしたいんだとか…  コレで手を打たないか?って、私に交渉を頼んで来たんですが、どうしましょ?」 飲みかけのコーヒーをブーー!と机に吹き出すクロノ ひーふーみーと指を立てながら 独特のイントネーションで綴る関西弁はある意味最強だった 「どうって……バ、バカ言え! そんな事出来るわけがないだろう!」 真っ青になって叫ぶ艦長である 「それがいずれも管理局が出張るに相応しいバケモノさんらしいですよー?  片や星系最強のアルティミットワン――真祖の吸血鬼  片やフルメタルジャケットの不死身のシスター兼ターミネーター  そこに路地裏同盟を名乗るホームレスが、想い人を拉致しようと狙っているらしくて…  いや、そんなもんとタメ張る秋葉ちゃんも大概や♪ うちの部隊に欲しいなぁ、あのコ♪」 からからと笑う本局特別捜査官・八神はやて陸尉 やはりどこからどこまでが冗談なのかまるで分からない かつて闇の書に蝕まれていた薄幸の車椅子少女 その成れの果て――もとい、元気になった姿がこれである 月日は人間をこうまで変えるのか… いや逞しく育ってくれて何よりだ、、全く本当にそう思う 「あ、ちなみに秋葉ちゃんの好きな男の子っちゅうのが  他ならぬ、彼女のお兄さんなんやけどな――  クロノ君、もしフェイトちゃんから告白されるとしたら、どんな言葉なら堕ちるん?」 「僕は既婚者だっっ!!!」 つ、、付いていけない…… 自分の頭が固すぎるのか――!? 全開のGirls・トークに目を回す二児の父 絶え間なく張られる狸女の弾幕から逃れるように、話題を無理やり逸らすしかない 「そういえばッ!! ゲンヤ総指令はどうしたんだっ!?  確か一緒だったハズだろう!?」 「あ、お師匠ですか?  ………………うーん  それが秋葉ちゃんのラス親で私が大ミンカン決めた瞬間、泡吹いて引っくり返ってしもうた…  相当、お体の調子が悪かったんやろね、言ってくれればよかったのに」 ああ、そうか―― (この胃痛をあの人も味わったわけか…) ナカジマ司令――お疲れ様です 心の中であの老兵の先輩にも合掌するクロノであった 「………キミも、大概楽しんできたようだな」 「………はいっ! 麻雀って楽しいよねっ!」」 辛うじてそう返すクロノに満面の笑みで答えるはやて ―――これからは女性の時代だ… なのは、フェイトに続き、この彼女を見やりつつ そんな事をしみじみと実感する 額に手をやって唸るクロノ艦長 取りあえず、彼にも合掌を――― 此度の祭を裏方で支えた者達の舞台裏がこれである 彼ら彼女らの他愛の無いやり取りもまた―― こうして大騒ぎのうちに幕を閉じていくのだった ――――――
眼前に広がる滝――いや、それを果たして滝と言ってもよいものか? 明らかに人ならざる超常の現象によって作られたそれは虚空へと続く滝。 その深さは計り知れず、地獄の底へ繋がっていると錯覚させるほどの堀に生じた裂け目である。 そんな水面に生じた断層が、かの賢人モーゼが渡り終えた後の十戒の海のようにゆっくりと閉じていく。 それを見据えて……いや、実際には見据える余裕もなかったのだが――― 「、  、  、 ………ふ……」 彼女、高町なのははその場でゆっくりと息を吐き まるで長距離マラソンを走り終えたランナーのようにガクリと膝をつく。 <master! Are you all right?> 「大丈夫、と……言いたいところだけど…」 デバイスに精一杯の強がりを言うが余裕が無いのは明らかだ。 自分の呼吸の音が感じ取れない。息を吸っているのか吐いているのかすら分からない。 点滅する視界に、キーンと鼓膜の奥からの耳鳴りが止まらない。 体の至るところから鳴らされる警報は、限界突破モードの安全弁を開けてしまった事の証。 白き衣を纏った空戦魔道士の後ろには、4門のビットによって形成された投網が―― 否、それは術者自身の意思によって自在に変化し、既に巨大な魔力の水槽と化している。 そしてその中で今宵、彼女と争った相手――英雄王ギルガメッシュが落とし込む筈だった戦利品。 堀の中の全ての魚が悠々と泳いでいる。 これ以上ないほどの大逆転劇のうちに彼らの勝負は幕を閉じた。 後ろのソレが、軍配がどちらに上がったのかを如実に現している。 なのはのその細い肩は大きく上下していて、ヒュー、ヒュー、と 喘息のような呼吸を喉から漏らす。 地面に滴り落ちる大量の汗はまるでサウナに入った後のようだ。 自身の杖にすがり付く様に、立つのがやっとの姿を晒している彼女。 その朦朧とする意識の中で事の顛末を―――ただ静かに肌で感じていた。 他ならぬ自分の勝利が決まった瞬間を――― この馬鹿馬鹿しい遊興の終わりの光景を――― 終わってみれば――やはりそれは単なる遊びに過ぎなくて 悪餓鬼同士の砂玉のぶつけ合いや陣取り合戦と何ら変わらない。 つくづく大人げないやり取りだったと認めざるを得なかった。 子供は大人になるにつれ、分別を持ち、代わりに心身の鮮度は反比例するかのように殺がれていく。 新鮮な驚きに出会う機会はどんどん減り、全ての事に全力で当たる事が難しくなっていく。 それはとてもとても悲しい事で――心はいつも少年少女で居続けたいと思うのは きっと全ての人間が持っている願いであろう。 ―― リリカル ―― マジカル ―― 彼女が一つの出会いを果たし、初めて口にしたそれは魔法のコトバ。 情熱的で不思議な出会いをいつまでも忘れないで―― そんな幼少の彼女なりの願いが、そのコトバには込められていたのだろう。 しかしながら――― 「だけど………あはは…  これはちょっとやり過ぎたと思う……我ながら」 やっぱ物事には限度というものがあるという事か。 ゼイゼイと深呼吸もままならない真っ青な顔で彼女ははっちゃけ過ぎた自分に対する苦笑が止まらない。 「うん……間違いなくやり過ぎた。」 正味な話、人がとことんリリカルになった時、遊びと真剣勝負の境界などはあっさり崩れ去る。 いつの間にやら命をかけた大勝負になっていたりする。 故にこの世は実に恐ろしい。 まあ――今回は相手が相手だけにしょうがないと言えばしょうがないのだが。 誰だって負けたくない相手はいる。 引くに引けない相手がいる。 高町なのはにとって本日相対した男はまさにそれ。 たとえ遊びでも絶対に屈したくない部類の敵であったのだから。 彼――英雄王ギルガメッシュはいずれぶつからねばならない相手。 故に彼女は寝ても覚めてもギルガメッシュ攻略法なんかを考え続けてきた。 この一途な想いは、その強さだけを見て強烈な恋心などと比べても遜色の無いものだ。 脳内でシミュレーションを立て、その度に串刺しにされる自分を見て悔しさに身を焦がれ そんな思いを幾晩幾日と過ごしてきたのだ。 余談であるが――― 常に最悪の事態を想定し、一切の妥協を許さない高町なのは。 彼女のイメージトレーニングにおいて、英雄王特有の「油断」や「慢心」を考慮に入れた事は無い。 そんなものにつけ込むのは不確定すぎるし、それで勝ったとしても運任せと同じでとても攻略法とは呼べない。 だから彼女はいつだって―――男の「最大戦力」を想定してシミュレーションを立てていた。 アンノウンのステータスを最大に設定していたのだから、彼女の目に このサーヴァントがどれだけ巨大に写っていたか想像に難くない。 そりゃボコボコにされるだろう。聞けば聞くほど彼女らしいというか、無理も無い話である。 教導官、高町なのはが対ギルガメッシュ戦に望むに辺り立てた戦術の一つとして 兎にも角にもまずはエアを――あの最強宝具を抜かせるという戦案があった。 本来ならばあれを抜かせたら終わりというのが真っ当な見解だ。 そのような切り札をあえて抜かせるというのは一見、矛盾している理論なのかも知れない。 だが彼女のスタイルは昔から相手の切り札を凌ぎ切り、引っくり返して勝利をもぎ取るのが動かぬセオリー。 未だ全貌は五里霧中なれど、結果的にそれが最も勝率の高い戦術と直感で判断し 結論付けた彼女の決断は故に英断と言えよう。 そして今回、期せずしてフェイトからの贈り物―― 栄養剤に含まれたヘビの因子が偶然、その状況を作り上げてしまった。 天敵の要素を取り入れた事によって、否応無しに王は慄き猛り 危機感から乖離剣(性格には竿)を取り出してしまったのだ。 「ちょっと出来過ぎ……」 ぼそっと紡いだ一言に彼女の今回の戦いの感想の全てが集約されている。 まったく偉そうな事を言っておいて、これでは運任せと代わらないではないか。 神がかり的な展開に助けれての勝利はきっと女神様がこちらに全額PETでもしてくれていたに違いない だが、もし本物の戦いだったらこうはいくまい。 後のためにデバイスに記録していた今日の勝利データは――故に「本番」では微塵の役にも立たないだろう。 「はは……」 知らず苦笑いが漏れてしまう。こんな所で運を使い果たしていいのだろうか? 出来れば今回のようなのは「本番」まで持ち越しておきたかった幸運だ。 少し勿体無かったと言わざるを得ないが……運というのは取捨選択できないから運なのであって―― 乾いた笑いしか出ない己が表情に溜息を付きつつ、今回はこの幸運と勝利を遠慮なく拾わせて貰おう。 <!!  Master!!!> 「っ!!!?」 そう思い立って体を起こそうとした高町なのはの後方から突如の異変―― 空を切り裂く白刃――もしソレが「その気」なら自分は絶命していたかも知れない。 今まさに高町なのはの首の皮一枚のところに突きつけられた凶悪な刃によって―― epirogue ――― 彼女の右後ろ――― 満身創痍の魔導士を見下ろすようにソレは立っていた。 これほどの憤怒の塊。これほどの怨嗟の念に。 辛うじて反応出来たのはエースオブエースならではと言わざるを得ない。 鬼相とも言うべき歪んだ形相を灯し、手に禍々しい断頭の鎌を称えたモノ――― 「………、―――」 蔵から取り出されたる宝具はハルペイの鎌。 その切っ先が勝者である高町なのはの喉元に突きつけられ なのはは寸での所で、魔力シールドにて凶刃を阻んだのだ。 彼――英雄王ギルガメッシュがなのはの眼前に再び立ちはだかる。 王の戦利品を投網で掻っ攫っていった女。 王の所業に相応しい力を以って戦った自分に対し、その威容に一欠の敬意も払わず 横合いから手を刺し込み、一切合財をぶっこ抜いて行った女。 王の力の間隙を縫った姑息な狙い撃ちによってこの戦いは既に決着を見ているが―― 当然、それを男が納得するかはどうかなど誰にも知る由も無い。 「――――、」 彼女の喉に突きつけられた冷たい感触。 その妖気を伴った紫紺の金属は多くのニンゲンの魂を無造作に刈ってきたのだろう。 刃には障壁越しにさえ、犠牲者の絶望と怨嗟の魂がこびりついているかのようだった。 「髪型、変えたんだ…」 ゾッと背筋の凍るような冷気に晒されながら、それでも普通に言葉を返すなのは。 ―――ビキビキ、、と男のこめかみの辺りから異音が、比喩ではなく本当に歪な音が響く。 どうやら地雷、踏んだらしい。それもそうである。 先ほどまでは綺麗にセットされ、天にそそり立つ様に撫で付けられた彼の髪は 彼女の指摘通りに前髪ごと、ざんばらに降ろされている状態だった。 これは言うまでもなく急遽、思い立ったイメチェンなどによるものではなく 機先を制してカマされたあの濁流のような砲撃に巻き込まれてのものに他ならない。 (完全に怒らせちゃったかな…) 本気でここで戦う事になるかも知れない――宝具の切っ先を向けられながらに思う彼女。 目は凛と一直線に英雄王の双眼を見据え その爆弾オチのような姿の男に背筋を伸ばして対峙する。 威風堂々とはこの事。後にどんな暴力を振るわれようと勝負の結果は引っくり返らない。 サイの目の結果は塗り替えることは出来ないのだ。何人たりとも。 それでもやれるものならやってみて――と それを貴方が、英雄王の名に恥じぬ行いと思うなら――と エースオブエースは爛々とした眼光を男に向け続けた。 「――――ク、、」 すると怒りに染まった男の表情が奇妙に歪み、辛うじて冷笑を称えたいつもの相貌に戻っていく。 あるいは、なのはには分かっていたのかも知れない。 その刃が決して本気で振り下ろされる事は無いという事を。 彼とて英霊。重々に承知していよう。 そんな事をしても恥の上塗りになるだけなのだという事を――― 「認めよう。確かに今、この場では貴様が上回った。」 そう、認めるしかないのだ。 正々堂々と王を打ち破った、この若い女の勇姿を。 死神の鎌を引いた男の口から出た言葉が今ようやっと―― 真なる意味での戦いの終了を告げたのだった。 ―――――― (……………) 緊張に緊張を重ねていた肉体が、精神が今、本当の意味で脱力し弛緩する。 大きな溜息をついてその防壁を解除し、ゆっくりと男に向き直るエースオブエース。 人目がなければその場で、地面に大の字に倒れこんでいたかも知れない。 「そんな事……」 ないよ、と―― いつもなら謙遜の言葉を返すなのはであったのだが 今回は嬉しさと達成感が勝ってそれどころではない。 この英雄王自身の口からはっきりと「お前の勝ちだ」と言わせたのだ。 それは登山者が国一番の高度を誇る山を登りきった時に感じるカタルシスにも似ていて―― (…………ん) 左手をぎゅっと握り締め―――やった…という感情で満たされる彼女の心内。 自分は勝ったのだ。あの英雄王ギルガメッシュに! 夕焼けは戦士の頬を優しく照らし、栗色の髪が風にたなびいている。 既に顔を出している星が。月が。場に煌々と冴え渡り―― この素晴らしい勝負に祝福の光を落とすだろう。 「あ……」 満たされていく感情を抑えきれず、彼女の目に涙が浮かぶ。 その声は昂ぶる気持ちで少し震えてた。    ありがとう――ございました 感謝と、互いの健闘を称えて、その言葉を紡ごう。 例え次に会った時は血に塗れた殺し合いをする仲だったとしても――― 今だけは尊敬するライバル……英霊の中の英霊として 生涯をかけて目指す事になるだろう、黄金の雄姿に対して。 「――――さて、次だ。」 …………………… そんな感動と友情の篭ったラストシーンは――― あとはスタッフロールが流れてハッピーエンドの筈だった……… なのに、その一切合財を――― 絶対零度の冷気を伴った一言が――― ――― 全てぶち壊した ――― …………………… 「………………は?」 はにかんだ笑顔がピシっと凍りついた表情のままに―― 間の抜けた声が魔導士の口から漏れる。 感涙に濡れた瞳は今、完全に瞳孔が開ききり 高速回転する思考はそれでも相手の真意を全く汲み取れず 今なら握手なんかしてくれるかな…などと、おずおずと手を差し出した姿勢のまま―― 彫像のように固まるなのはさん。 「―――どうした? よもやこれで終わりというわけではあるまい?  ここまで我を煩わせたのだ。最後の意地を見せてみよ。」 事ここに至って「引き続き、我に挑んで来いヌハハ!」みたいな事を言ってくる。 相変わらず高圧的に、見下すように―― おかしい……何だろう……会話が全然、噛み合わない。 何か根本的な部分がずれている気がする。 「あ、あの………あの、さ。」 出した手を所在無くニギニギさせながら乾いた声で問う高町なのは。 「許す。申せ」 「私の、勝ち……だよね?」 「そうだ。忌々しいが認めよう。  確かに今回の邂逅では我を貴様が上回った――――この場ではな」 快晴のような雰囲気だった場に 感動のラストシーンの筈だった場に 何やら怪しい雲行きが立ち込める。 猛烈にやな予感がする―― 「何を呆けている? 喜べよ雑種。この我が<一回戦>は譲ると言ったのだ。  常に完全・完封による勝利こそが我が紡ぐ闘争の結果であり、それ以外を認めるは屈辱の極みなれど――  英雄王に食い下がったその健闘を一応は称えてやるというのだ。これ以上の栄誉はあるまい?」 「…………」 「それとも貴様、まさかこれで終わりだなどと思ってはいまいな?  この我が治むる強大な領土の端の、端の、僻地を切り取った程度で我に勝利したと?  ハッ! これは笑止千万!! まさかそこまでお目出度い思考を晒すつもりではあるまいなッ!?」 盛大に手を広げて何か言ってる王様。 その彼の指し示す眼前には―― 「周囲を見てみよ! 未だ手付かずの堀がそら、そこにも、あそこにも、残っているではないか!!!」 「………」 感動と喜色を称えていたなのはの表情には、もはや健闘を称え合うとか―― 次に会う時もこんな出会いであればいいなどという爽やかな気持ちなど、とうに霧散していた。 「矮小な雑種よ。教えてやろう。   王の敗北とはすなわち己が所持する全ての領土を蹂躙される事にある。  ちなみに我の所持する釣り場は出張店舗も含めてあと108場はある  貴様が我を打破するにはつまりはあと108回、我を上回らね、―――」 「もう営業終了してるよ。 制限時間はどうするの…?」 「――――営業時間延長だ。ナイター施設もあるので問題はない。」   「…………」 曲がりなりにも平静を装っていた彼女。 どんな時も冷静沈着、同様の兆しを一切見せなかった不動のエース。 そんな高町なのはの肩が、ついには小刻みに……プルプルと震え出し―― 「ズ、ズ、………ズルいっっっっっっっっ!!!」 「フハハハハ―――はーーーーっはっはっはっはっは!!!」 「卑怯者!!  卑怯者っ!!!!!」 最後には耐えかねたように真っ赤になって批難の声を上げるなのはさん。 それを掻き消す王の高笑いがいつまでも場に響いていた。 いつまでも―― いつまでも―― ―――――― <M...Master...> 「ううう………う~~~~~!!」 猫のように獰猛に、しかしどこかに愛着を感じさせるような そんな唸り声を上げるなのはさん。 分かっていた事だが―― やはり聖杯戦争を殺しあうサーヴァントにスポーツマンシップなどあるわけもない。 亀の甲より年の功。 常に保険をかけておくのが賢いオトナのやり口だ。 化かし合いでは、やはり年若い女魔導士よりも、人生の甘いも辛いも味わってきた英霊諸処に一日の長あり。 世の全てを支配した元祖・王様は―――実に汚かった。 断言できるが古今にはこびる悪徳政治家たちの元祖もきっとコイツだろう。マジで。 「いいよもう……とことん付き合う。  レイジングハート。やるよ……」 ゆらり――と体を起こし 王と再び相対する高町なのは。 本日最大の怒りのオーラを身に纏った彼女の風格はもはやラスボス以外の何物にも見えなかったりする。 完全に一本取られた彼女であるがならばなおの事――これで終わりになどするものか! 不屈の名は伊達ではない。 小賢しい大人の策略でお株を奪われたのならば こちらはあくまで若さと勢いで正道を貫くまでだ。 現代の仕事に生きるキャリアウーマンのバイタリティを舐めるなってもんである! <But Master...Your energy is already...> 「やるよ。」 <Y、Yes> その殺気に長年付き従った紅玉の杖すら口を挟めない。 打ち止めとなった堀を後にし、向かい側の釣堀に並んで向かう覇王と魔王。 不遜な佇まいを崩さぬ男と、目に爛々とした光を称えた女がのっしのしと歩を進める。 「「さあ、次だ (よ)」」 詰まるところ、二人の戦いはエンドレス何たら―― 周りがもうやめてくれと頼むまで続けられる類の―― つまりは行くとこまで行くしかないという感じのモノであり…… 新たに持ち替えた竿を蹂躙の爪牙に変えて、王と魔導士が次なる狩場にまかり通る。 ―――時刻は17:15分 残りの獲物を喰い尽くすには―――十分過ぎる。 夜桜に彩られた帳の中―― 祭はまだまだ終わらない。 ―――――― [[前>休日-完結編B]]  [[目次>リリカルブラッドの作者氏]]  [[次>休日-完結編D]]

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