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序章・始まりの闘い 白銀の騎士王後編 - (2010/03/11 (木) 19:09:10) の最新版との変更点

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「時間が凍りついた」という言葉がある。 間合い7m弱――――  一瞬で間を詰める事の出来る距離で、互いは睨み合ったままピクリとも動かない。 その暗闇の中、まるで本当にその時間が静止したかのように。 先程までが「動」の戦いであるならば これは謂わば「静」の戦い。 言い得て妙とはこの事である。 その空間は二人の体から立ち上る冷気を受けて……確かに凍りついていたのだ。 ―――――― ??? ――― 「ヒトの身で英霊にここまで食い下がるとはな。」 光の無い双眸、抑揚の無い口調で感想を述べるのは黒き神父。 眼前に広がる光景に対し、相槌くらいは打ってやろうという感がミエミエの何の気無しの感想であった。 そのモニター内。その偽りの世界。 死力を尽くして闘う剣の英霊と空の英雄。 自分たちが盤上の駒――――闘鶏の類であるとも知らずに ソレらは噛み合い、潰し合い、凌ぎを削る。 「それはそうさ……何せ一番相性の良い者をぶつけたのだからねぇ。」 対面の白衣がしれっと答える。 沈黙は一瞬――― 「人を戯れの相手として引っ張り出しておきながら  私の話をあまり重要視していないと見えるな。」 ――― 恐らく勝負になどなるまい ――― 開戦前、この戦いを神父はこう評している。 が故に、(あくまで形だけは)憮然とした表情で非難めいた口を開く。 「怒らないでくれよ綺礼。そういう意味ではないのだよ」 言峰の見解では、セイバーに対し高町なのはのようなタイプをぶつけるという手は悪手である。 ほぼ全ての魔術的属性を中和・無効してくるこの騎士に対してそれなりの形を作るのなら やはり彼女の得意な距離でも何とか噛み合えるレベルにある近接系か どの距離でも闘える万能型を持ってきた方が良いはずだ。 対魔力の壁が薄くなったとはいえ、そのアンチマジックの効力は健在。 それが高町なのはの魔法を確実に半減させてしまっている。 砲撃特化型の彼女ではやはり厳しい…………… と、そんな神父の見解を受けてか――― 科学者が愉快げに手に駒を遊ばせながらに口を開く。 「見たまえ。これら3つと、そしてこの<エース>を合わせた4つの駒。  これが機動6課と呼ばれる特殊部隊における隊長格ユニットなわけだが……」 4者―――6課の隊長・副隊長陣のステータスが画面上に映し出されると それは総合的に見ると見事にダンゴ状態で、実力的にはほとんど差がない事を表していた。 「だがしかし! ミッドの空において、この<エース>の評価……   その存在感がどれほど圧倒的であるかキミは知らないだろう!  四つの中で突出すらしている! 何故だろうねぇ!?」    エースオブエース。ミッドの空の象徴。勝利の鍵。 確かに彼女、高町なのはを不世出の存在として評価する言葉は枚挙に暇が無い。 20歳という若さで、しかも女性の身でありながら  既にミッドチルダの人間にとって一つの指針―――到達点として見ている者も少なくは無い。 要は良くも悪くも人気者……スターなのだ。あの高町なのはという人物は。 「私は前回、別のモノに執心していたので一言も口を利いた事はないのだが  うちの娘の一人がこの駒にえらく執心でね……少し興味が沸いたのさ。」 この人気と言う要素――言い換えればカリスマという言葉で変換される。 文明が過度に発達すると、その技術によって人の手に余るような強力な兵器が次々と開発されていき その兵器の運用を基盤にした組織戦・集団戦が主流となってくる。 こうした時代の流れの中では、オンリーワン―――とどのつまり「英雄」という存在は生まれにくい。 英雄とは人が人知を超えた領域に達し、偉業を成し遂げ、その時代に歴史を刻みつけた者たち。 アカシックレコードにその存在を記された達成者達の総称である。  だが大半の術式がデバイスやソフトによるサポート――― つまりは公用の技術力によって編まれるミッド世界の魔法世界では神聖、神秘なるモノが存在しないのは前述した通り。 そんな世界観によって戦闘行為や戦争自体の群によるシステム化が進み 個の歯車化が進んだ世界では一個人の無双は―――蛮勇の類としか写らない。 故に個の「武」が憧れや目標になる事はあっても、偶像や信仰の対象にまで昇華する事は稀であり もしそのような中で尚も英雄視される者がいるとするならば…… その者こそ現代の法や理念を飛び抜ける力を持った埒外の存在として 相手の世界の英霊と競い争って不足の無い駒になり得るのではないか? 「……そういう事か」 「そういう事さ!」 圧倒的不利を覆す力。 既我戦力差を覆す力。 勝利の運気を手繰り寄せる力。 高町なのはが英雄視されているその所以――その力に無限の欲望は目を付けたのである。 「どうかね綺礼!? 理屈を超えた力はヒトに夢を抱かせるっ!  それを背負って雄雄しく立つ……否、大空を飛ぶ存在!  彼女こそ近代に蘇った英雄と呼ぶに相応しいんじゃないか?」 「科学者とは思えん言葉だな。  それが貴様の、あの魔法使いがセイバーに勝てるという根拠だというのか?」 「勝てるかどうかは知らないが楽しい勝負にはなるさ!   なるに決まっている! 古代の英霊に対峙する現代の英雄!   彼女らの闘いは間違いなく理論・理屈を遥かに超えた激戦となる!!」  立ち上がり、虚空に視線を泳がせながら絶叫する科学者。 「英霊の圧倒的なスペックは英雄の奥に眠る底力を引き出し  英雄の脅威の粘りが英霊の真の力を覚醒させるのさ!  ああ……素晴らしいじゃないか……!!!!」 その感極まった韻をあたり構わずに振り撒く様は 享楽的であり滑稽であり―――狂気そのものである。 声高らかに続く演説。その嬌声を言峰綺礼は表情を崩さぬまま、ただ眺めていた。 子供じみた愉悦だ。 虫箱の中でカブト虫とクワガタを突き合わせているのと何ら変わぬその所業。 英雄・英霊の持つ「奇跡」すらも数値として換算し 蹂躙し、犯し食らうつもりだと言うのか? この貪欲な、科学の生み出した怪物は。 「まあ、何にせよ今は黙って見守ろうじゃないか。  両陣営を代表する英雄同士の激突……その行方をっ!」 ヒトの希望、願い、想い。 もはや一つの想念であるソレを背負い、力と為す。 悪魔の天秤の測りの上に乗せられたエースとナイトが、自身が欲望の愉悦に晒されているとも知らず その英雄たる器の力を競い、ぶつけ合う。 戦いは――――加速し、収縮していく。 ―――――― 高層ビルの3F―――― 明かり一つ無い暗闇。 屋内の備品が破壊され、散乱する中で対峙する両者。 目視による認識すら難しい闇と静寂が支配する只中にて 互いは互いに相手をしっかりと知覚していた。 いや、認識出来ない方がおかしい。 視界が利かずとも、両者のその内に秘めた存在感―――闘気は消しようが無い。 なのはの、セイバーの、敵を視殺せんばかりの双眸が交錯し………空間が歪む。 制空圏という闘いにおいて絶対とも言えるアドバンテージを一度は確かに取った高町なのは。 油断もなく気を緩める事など有り得ない。 なのに、この騎士を打倒するどころか、卓越した身体能力に逆に振り回されて―― (挙句が………この始末か…) ―――「屋内」という最悪の状況に引き摺り下ろされてしまったのである。 致命的な失敗で主導権を取り返され、再び窮地に立たされてしまう高町なのは。 しかして――――やるべき事は決まっていた。 恐らくは次で最後となるであろうその攻防。 相手が出してくる技。次に出す技。その後の戦法。 全ての行程を脳裏に思い描き、実行する。 上手くいけば今の状況をそのまま引っくり返す逆転の一手になるはずだ! ―――――― 騎士の少女は魔導士の前方。 小さい体を更に低く構えて、いつでも相手に斬りかかれるスタンスを取っている。 それに対し、高町なのはは―――― (むう………) セイバーが感嘆の表情を浮かべる。 何と相手は同じような前傾姿勢で対峙。 槍に形状を変えた杖を前方に突き出して、攻防一致の正眼の構えを取っていたのだ。 自身の奇襲に浮き足立たず、咄嗟に建て直し この構えを取られたが故に彼女を一瞬で斬り伏せる機会を逸してしまうセイバー。 剣の英霊相手にそれをした高町なのはの技量こそ……鬼才の二文字を以ってより他に表す言葉がないというものだ。 残念ながらなのはには近接の素養は無い。 父や兄のそれを彼女は受け継ぐ事が出来なかった。 だが子供の頃より家族の鍛錬を見取り、常に目に焼き付けてきたその記憶。 それが――今もなのはの中では脈々と息づいている。 期せずして切り替わる「動」と「静」。 それは剣豪同士が半日、一日とまるで動かずに 僅かな隙を巡って対峙する光景そのものだ。 その長時間の対峙を可能とするには互いの力の拮抗 何よりも常識を遥かに超えた胆力が必須となる。 ここに剣の英霊を迎え―――空の英雄、高町なのはの尽きせぬ我慢比べが始まった。 ―――――― (ふ、ぅ………………) 肺腑から搾り出すようにゆっくりと息を吐く。 額から零れ落ちる汗が目に入り、それを鬱陶しそうに拭う高町なのは。 ――――それは額に限らず全身に 頬から、首筋から、うなじから、BJに隠された肢体から噴き出す玉の様な精神性発汗。 息も荒い……微かに上下する肩は、肺が足りない酸素を求めて蠕動している証拠だ。 激しい戦闘で消耗している、というだけでは無いのだろう。 それは―――剣の騎士が「その気」になってからの事。 戦場全体を制圧しつくすかのような強大な威。 鉛のような重圧が支配するそのフィールド全体。 空を取り、絶対優勢の追激戦でありながら――― 追い詰めているはずの彼女が逆に追い立てられるような感覚にさせられていた。 そう、なのはが……あのエースオブエースが 数十倍の魔力を持つ敵や巨大な怪物を相手にしてなお屈さぬ人間離れした胆力 不屈の闘志を持つこの女傑が―――今、明らかにセイバーに飲まれ始めていた。 (…………) これではいけない……… 今から自分が行うのは数瞬の遅れも許さぬ神域の連携だ。 一挙一足に最善を要求されるであろう次の攻防。 その最も要になるのが、初動――――― 自分から飛び込むなど論外。 恐らくは自身最強の近接武装でさえ、真っ向から斬り伏せられて終わりだろう。 だが当然の事ながら相手より遅れてもダメ。 一瞬の遅れで敵は既に鼻先まで侵入してくるのだ。 つまり相手とほぼ同時にスタートを切らなければ成功しないという、果てしなく難度の高い技。 それを、この埒外の実力を持つ騎士相手にやらねばならない。 出来るか出来ないかではない。 やらなければ―――倒されるだけだ。 (間髪入れずに襲い掛かってきてくれた方が楽だったんだけど  本当に凄い剣士だ……微塵も油断していない。  ここに来て確実に私を仕留める方を選んできたんだ…) 相手を射殺さんばかりの眼光で互いを睨み付ける両者。 ことになのはがここまで相手に剥き出しの戦意をぶつける事は珍しい。 相手が猛れば猛るほどそれを冷静に受け流し、常に一歩後ろに下がった視点から自分と相手を分析する。 それが戦技教導隊、高町なのはの本来のスタイルだ。 だが、この相手にそんな受けの姿勢を見せれば立ちどころに懐に入られて終わる。 全てを受け止め、流し、弾き返すには―――その相手はあまりにも速く、強すぎた。 故に相手の化け物じみた殺気をただ必死に懸命に押し返す魔導士。 攻撃の威嚇ではなく―――むしろ捕食者の牙からその身を守る防衛行動。 言うまでもなく状況は高町なのはにとって圧倒的に不利。 この静止空間はつまりは彼女にとっての必滅空間。 喉元に鎌を突きつけられ、いつ喉笛を掻き切られるか分からない―― 少しでも動いたり気を抜けば即、喉に食い込む死神の鎌。 そんな地獄の拷問に晒されているに等しい対峙……抜け出さなければ、一刻も早く! (余計な事は考えない。 集中して……   最善のタイミングで最適な軌道……  それを出す事だけを考える……それ、だけをっ!) 僅かな可能性をものにする。 それだけを考えて必死に耐え続けるなのは。 セイバーはまるで彫像のように静止したまま動かない。 最後の一撃、一足に全てをかける気だ。 双方共――未だ時間は凍ったまま 静寂だけがゆっくりと空間をたゆたい、流れていく………… ―――――― SAVER,s view ――― 目の前の相手――――攻めるでもなく守りに入るでもない。 堅牢堅守の姿勢、一糸乱れぬ姿勢にて我が剣と対峙してくる。 ………この者も分かっているのだ。 みだりに動いたり逃げに入った時こそ、この戦いが終わる時だという事に。 故にこちらも下手に仕掛けず、相手の乱れを誘って討つ。 敵の崩れを待つまでもなく強引に攻めても問題はないが……万が一、という事もある。 改めて眼前の魔術師を見る。 暗くて相手の表情はよく見えないが、透き通るように洗練された闘志をひしひしと感じる。 特異に映ったのは、そこに殺意や殺気の類が感じられなかった事――― この身を貫き通すほどに強く、凝縮された戦意ではあっても  憎しみや憎悪といった負の感情は薄いように感じられる。 そう……初めから感じていた。 目の前の相手に邪念はない。  邪悪なるものでは―――決してない。 この者は罠を張り、私を窮地に陥れた敵ではあるが その事で悦に浸ったりもせず、常に全力でぶつかってきた。 今にしてもその優位が失われ、絶体絶命でありながら……何と心地よい戦気。 恐怖がないわけはないだろう。 ここが死地になるかも知れないのだ。 その恐怖をねじ伏せ、真っ直ぐにこちらを見据える姿――― 正直に言うと……私はこの者に対し、好もしさを感じ始めている。 初めは我が身を姦計に陥れた倒すべき敵としてしか見ていなかったが 向き合えば向き合うほど、彼女のその魂の在り方が……騎士のそれに似ているのだ。 今、私は一人の騎士として彼女と接したいと思っている。 殺し合い、滅し合う関係は変わらずとも このような相手に対しては憎しみや殺意だけで戦いたくはなかった。 故に―――「決闘」として初めからやり直したいという葛藤が…… 我が内に芽生えていたのだ。 ―――――― ―――――― 彼女達を無遠慮に盗み見る簒奪者は、この戦いを「英雄としての力の鬩ぎ合い」と断じた。 その言葉が正しければ―――高町なのはと言えど、セイバーを上回る事は難しい。 なのはの本質、その行動は間違いなく英雄と称されるに相応しいものである。 だがそれは管理局局員として、そこに所属する一人の魔導士としての行動に過ぎず  巨大な組織のバックアップ―――後ろ盾を持った者の行使である。 つまり彼女の力は、今はまだ人の下に付き、属する側の力なのだ。 だがセイバーはそれは人の上に立つ者の力。 その覇を以って国を統一し、その威を以って人を従わせ、その武を以って歴史に名を刻んだ。 自らの意思が、剣が、国の―――民の運命をも左右する。自らの弱さが即、祖国の破滅を導く。 その背負いし者の力の懐の深さは、仕える側の人間のそれとは明らかに一線を画すもの。 本来、個だけでは絶対に出せないような力を、その重みを彼らは持つに至るのだ。 それがセイバーの戦場を覆いつくす「威」の正体――― 大き過ぎる物を双肩に背負った者のそれは、あまりにも巨大な人間力。 ――― 負けぬ………王が将に、威で敗してなるものか ――― 高町なのはを圧して余りある力の正体がこれである。 個の意では到底届かない世界を生きてきたが故に――― 気迫でセイバーがなのはに劣る事は断じてない。 そしてセイバーとなのはとの間には絶対的な経験値量の差。  積み上げてきたものの差というものも存在する。 英雄同士の戦いと言ったが―――それは違う。  これは「英雄」と「英霊」の戦いなのだ。 「英霊」とは即ち、英雄の先にある者―――― 彼らがその生涯を終え、ヒトの世から昇華した、いわば上位の存在なのだ。 英雄としての激動の人生、その栄華と滅びを既に経験してきた者にとっては 高町なのはがどれほど人間離れした胆力を持っていたとしても、やはり20才の女性にしか映らない。 これは覆しようの無い差だ。 魔導士がこの先、10年20年と闘い続け―――― その生の果てに何かの答えに行き着いて生涯を終えるか。 それとも若くして非業の最期を遂げるかは分からない。 だが、その死に際において、なのはは「高町なのは」という存在を完成させる。 そこが高町なのはという英雄の到達点にして、タカマチナノハという英霊の出発点。 ならば今の時点での「英霊」との邂逅が、どれほどきついものであるかなど言うまでもないだろう。 敵は既に自分の先を往く者なのだ。 その「格」の違い―――どう足掻いても覆せるものではない。 故にスカリエッティの立てた方程式に乗っ取った勝負をすれば――― 結果は火を見るよりも明らかであったのだ。 ―――――― セイバー………未だ動かず。 瞬きすら忘れたように微かな揺れすら無い肢体。 当然、隙などを許してくれるわけも無い。 本来、セイバーはこのような待ちのスタイルではない。 そのパワーとスピードを頼りに攻めて攻めて切り崩す剛剣こそが彼女の身上である。 だがその剣が今、微塵も動かない事により―――かえってその不可視の刃に不気味なまでの重圧を与える事となる。 (まだ……動かないの…?) 流石に焦りを感じる魔導士。 目の前の騎士と自分との近接での差は歴然。 この得体の知れない重圧――― 敵を圧する力においても何か決定的な部分で負けているのは明白。 この「静」の戦いは―――魔導士の負けだ。 身体能力。速度。出力などが全く作用しない 即ち、自分を律し、相手を制する精神力の戦い。 この絶対不利の間合いにて、なのはの集中力の方が先に切れてしまったとしても何の不思議があろう? (エクセリオンバスターACS………) 破れかぶれの特攻など論外。 だが消耗し尽くして動けなくなって、何の抵抗もしないままに倒されるよりは遥かに良い。 例えそれを撃ったら―――高確率で詰まれるものだとしても、だ。 (このまま睨み合ってても確実にこちらが先に参る………  限界が来て動けなくなる前に、いちかばちか………覚悟は決めておこう) 奇跡は、多分―――起きない。 その槍がどのような障害をも貫き通す彼女の願いが具現化されたものであれ 十分な余力と溜めをもって待ち受けるセイバーの壁はあまりにも確固。 踏み込んだ勢いそのままにカウンターで薙ぎ払われ、無残に躯をさらす結果に終わるだろう。 故にそれは自殺用拳銃と同じ――――死を承知の上で引かされる最後のトリガー。 その準備を極限の精神状態のままに用意せざるを得ない高町なのは。 (っ…………これまでなの…? みんな……) 散り散りになった仲間の安否すら分からないまま、こんな所で果てるなど許されない。 だが、このままでは………… デバイスの弾奏に、弾を込める。 決壊するダムのように、ぷつん、ぷつん、と―――集中力が崩れていく。 「はぁ、……はぁ、………レイジングハートッ…」 その我慢の極限に達し――― ストライクフレームのトリガーに手をかけた―――その時 ついに…………………セイバーが、動く! ―――――― SAVER,s view ――― 敵の呼吸――――心臓の鼓動の高まりを感じる。 気配がより濃密にせり上がってくるのが分かる。 恐らくは覚悟を決めたのだろう。 「…………」 私もだ、魔術師よ…… ――― 決着をつけよう ――― 着火寸前の火薬のように、危険で猛々しい雰囲気をかもし出す彼女。 本来ならそれを受けてこちらも全力で相手を斬り伏せるのみなのだが だが、敢えて私は自身の殺気を一旦、仕舞い―――― 「―――――勇敢なメイガスよ………今一度」 ――自身の構えを解いた。 「ッ!!!!!」 ピクンッと、反応する魔術師。 「互いに譲れぬ身である事は百も承知――なれど、せめて悔いの無きよう…」 所詮はこの身の自我――― 我侭な自己満足に過ぎないが…… 「我はサーヴァント・セイバー………  真名は名乗れぬ身ゆえ―――」 だが例え自己満足だとしても私は騎士だ。 次の一撃でこの剣はかの者を両断し、彼女は物言わぬ躯になるだろう。 または相手の予期せぬ手により自分が打ち倒されるやもしれない。 それでも……いや、そんな互いの命を奪い合う間柄だからこそ――― 「無礼を許して貰えるのなら―――貴方の名を、教えて欲しい。」 ―――その命を我が記憶に刻み付ける事こそ騎士の義務。 礼を忘れたくはなかった。 突然の申し出に機先を制されたのか、それとも我が意図が見えずに狼狽しているのか。 しばらくの間を置いて、の事だったにせよ――― 「…………高町、なのは」 彼女は私に答えてくれた。 「高町なのはと………レイジングハートッ!」 はっきりと芯の通った声で自ら名乗り上げてくれた。 感謝する魔術師よ………… これでもはや―――憂いは無いっ!! ―――――― ―――――― 高町なのはが自らと相棒の名前―――「勇気の心」を冠するその名を紡ぎ出す。 それは迎える決戦にあたり、疲労の極みにした自らに叩き付ける発破のようなものだったのかも知れない。 今や彼女の思考はただ一つの事に向けられている。 故に極限の集中状態にあった彼女は、今の名乗り合いの不自然さを見逃してしまう。 それは「敵が自分を知らない」という不自然さ――― スカリエッティの部下であるのなら知らないはずの無い自分の名前を、である。 「では、タカマチナノハ」 それももはや後の祭り――― 騎士の眼がスゥ、と細くなり……その目が閉じられ、 「――――――いざ」 カッと見開かれる!!!! これ以上無いほどの 「静」から「動」に切り替わる合図。 最後の攻防が―――今、ようやく始まる!! ―――――― セイバーの行動―――その名乗り合いは明らかに敵に自分の飛び出すタイミングを教える行為。 それは真剣勝負においては邪道であると言えよう。 魔道士にとっては埒外の幸運だった。 堕ちかけていた集中力……あと数分もしないうちに高町なのはは相手に無謀な突撃を敢行し 為す術も無く討ち取られていたかも知れないのだ。 故に敵の踏み込みのタイミング――それが分かった事が彼女にとって何よりの幸運である。 ………………………… ………………………否、 そう考えるのは浅はかに過ぎた―――― 騎士は今、示したのだ。 これよりこの戦いは我が剣と誇りをかけた「決闘」である事を。 故に事を為したセイバーの剣にはもはや一片の迷いも無い。 その威力。迫力。疾る剣の鋭さは、今世一大の凄まじいものになるだろう。 命拾いどころの騒ぎではない。次の一撃こそは剣の英霊の渾身を超えた全霊の一撃。 元より防御も回避も不可能だった攻撃が―――人には視認や反応すら不可能な領域に入る! 同じ英霊であっても果たして防げるかどうか。 その剣を、人間であり近接主体でもない魔導士が……受けきらねばならないのだ! 一旦は引いたセイバーの闘気が爆発的に高まり、 なのはの集中力もまた極限まで研ぎ澄まされた。 それが開始の合図であるかのように――― セイバーがなのはに向かって…………その一歩を踏み出す! 足元からバチュンッッ!!!!、と火花が散ったのと同時――― 闇を切り裂く白銀の閃光となった騎士が高町なのはに向かって飛び込んだ!  一撃勝負。手数と重さが身上のその剣から敢えて手数を捨てる! そして放たれた一撃はバーサーカーもかくやという威容を以って魔導士の頭上を襲うのだ! そんな暴威の塊のような剣を前にして―――全く同時だった。 それは果たして防御か回避なのか? 魔導士も待ち焦がれたようにそのスタートを切っていた。 「……………!」 一瞬、目を疑う騎士。 全力のフルブーストによるスタートダッシュ。 セイバーとなのは、それは奇しくも鏡に映ったかのように同じ行動。 その間合いを犯される前に―――高町なのも自ら、セイバーに向かって突進していたのだ! (狙いは―――そうか…!) 騎士が戸惑うのも一瞬。魔術師の双眸を見て思い直す。 その目は破れかぶれでも、ましてや死に行くものの目でも無い。 己の行動に全幅の信頼を持つ者特有の強い眼差しだ。 そう、初めから後ろにも左右にも上にも逃げ場はない――― 故に前。 前に出てこそ―――生還の道がある! 近接系が本来、最も威力を発揮する距離。 それは獲物や闘法の差はあれど、十分な助走と体重を乗せられる中近距離とするのが一般である。 長物であるほどその制空権は広くなり、逆に小回りの利く武器ほどクロスレンジに強い。 だが最も小回りの利く「徒手」においてすら捕らえきれない、俗にいうクロスレンジの更に中―― 近接の攻防には台風の目と言われる安全地帯が確かに存在する。 分かり易く言えば完全密着状態―――――― 素手同士の戦い等でも、組み付き、抱きつけるほどの間合いにおいては打突系がまるで機能しなくなる例も珍しくはない。 ―――故にそこが死角! 止めを刺そうと迫る騎士の剣と合わせて行われた高町なのはの踏み込み。 それはセイバーと比べれば当然落ちるがそれでも高魔力のフルブーストをかけたロケットスタートだ。 並の戦士の踏み込みに勝るとも劣らない鋭い速度に加え、自らの踏み込み速度を利用される形になったセイバー。 タイミングは完璧だった。 これならば大概の相手が易々とその間合いの外――― 否、内側の死角を犯されて魔導士の侵入を許したであろう。 「……英断だ―――だがッ!」 「っくう!!」 しかしそれでも………一歩足りない! 並の騎士を引き合いに出す事など愚かしい――― 相手は万夫不当の剣の英霊なのだ! その魔導士の絶妙の踏み込み対してさえ、体を合わせ 自らの体勢、その剣を振るスピードを修正してくる。 なのはのドンピシャの踏み込みは結果、0.03秒、その剣筋を遅らせただけに過ぎない。 セイバーは止まらない。騎士の絶死の斬撃がついに――― 「――――――ッッッ!!!!!!!」 大気を切り裂いてなのはの右上方から放たれた!! それはあまりの猛撃故、逆に音にならぬほどの咆哮。 全霊――――二の太刀を視野にすら入れない勢いで放たれたセイバーの剣。 それはもはや音速を軽々と超え、ソニックブームを引き起こして魔導士の身に降りかかる。 右の袈裟斬り。そう……肩口を狙ったその軌道は、開戦時に一撃でなのはを行動不能にした剣筋だ。 西洋騎士の、空手における正拳中段突きに位置する基本にして最も得意とする技である。 半身を切り、剣を下段にだらりと下げた姿勢から上方に振りかぶり、真っ向から斬って落とす。 甲冑ごと斬り伏せるのが常の騎士にとっての謂わば常道技。 なのはは読んでいた。 否、カマをかけていたと言った方が良い。 騎士の突撃前の半身の構えに加え、五分以上の確率で騎士の初撃はこの技から始まる事。 あらゆる状況を視野に入れてのその思惑はドンピシャ―――決めの一撃は予想通りの大上段! 剣士の決め技・右袈裟に対抗する技。 戦技において遠距離型の魔導士が最も課題にするのが「近接戦のいなし」だ。 それは当然、彼らは敵を懐に入れないで闘うのが理想であるから。 とはいえ高ランクの騎士相手に終始、自分の距離を保ったまま戦うのは難しい。 故に右構えの剣士に対応できる返し技の習得は戦技教導隊においては必須。 近接で打ち勝つための技ではない。それはあくまで最悪の展開を凌ぎ、生き残るための教技――― 「やあああぁぁぁあああああッッッッッ!!!」 振り絞る闘志。  溜めに溜めた裂帛の気合。 筋肉の、魔力の一片までもを蠕動させて 全身を叩きつけるように出した高町なのはの―――セイバーの左の肩口を狙った打突 奇しくもなのはの利き腕である左の突きは数分違わずサーヴァントの肩口を狙い 攻撃をストッピングする役割を果たす。 突きの直線の軌道は振り被る騎士の剣よりも数段早く届くのだ! ジャンケンにおける「パー」に対する「チョキ」。 毎日、毎日、腕が上がらなくなるほどに修練を重ねた基本を踏襲した理想的な軌道。 高町なのはの返し技がセイバーの攻撃を凌ぐ――― 「……………!!!」 そう、チョキはパーに勝てるのがルールでありセオリー……… 屋内に金属と金属が激しく激突する苛烈極まりない音が響き渡ったのは――― 全てが終わった後の事。  理論上は一歩早く届くはずの教導官の突き。 パーに一方的に打ち勝てるはずのチョキ。 だが――― 「むううううッッ!!!」 「はっ!? くッ!!」 そのパーは―――――――強過ぎた! ルール・セオリーを全く無視してチョキを粉砕する反則なパー。 サーヴァントを常識の範疇で語るなど愚の骨頂。 人の世の論理を覆す程の剣技を持つが故に彼女は剣の英霊なのだ。 予想の十割り増し、などという生易しいものではない。 セイバーの、初動から肩口を引き絞り、叩き落す――その地点に到達したのが完全なるノータイム。 大振りでありながらまるで無拍子を思わせる、時間を止めたのではないかと錯覚させるほどの セイバーの必殺の袈裟斬りが空間を引き裂いてレイジングハートと激突したのだ。 聖なる剣と勇気を冠する杖――― 最強の騎士の全身全霊の剣戟と無敵の魔道士の全力全開の突き。 共に無双を誇る者同士の激突。 ことに騎士を凌駕する出力を誇る高町なのはならば あのセイバーが相手だったとしても決して劣る事は――― ―――――――ぎいぃぃぃいんッッッッ!!!!!!!!! 「くぁッ…!!!?」 ――――――勝負にすらならなかった 相殺。斬り払い。鍔迫り合い。その他一切の受け身を許さない。 なのはの顔が苦悶に歪み、左腕が有り得ない方向に弾き飛ばされる。 腕ごと爆薬で吹き飛ばされたかのような衝撃と共に、レイジングハートが全く一方的に聖剣に弾かれる。 なのはの体ごと放り込むような一撃は相手の攻撃を相殺どころか、剣筋を変える事すら許さなかったのだ! レベルが違うのは彼女自身、理解していたはずだ。 近接で拮抗出来るとは思っていない。 一撃………ただの一撃だけでも受けられればという想いからの返し技だったのだろう。 だがその願いすら空しく、彼女の全力は僅かに騎士の一振りを0.04秒、遅らせただけである。 完全に左半身を泳がされ、体勢を崩したなのはに叩き落される閃光。 発動する障壁、そして重装甲BJ―――それらが背水の盾としてセイバーの剣に接触する。 咄嗟に張ったものではない。先程の睨み合いにおける対峙時間 その間に十分な魔力を込めておいた、謂わばエースの最後の防波堤だ。 それらを―――――― 剣はまるで藁でも切断するかのように掻き分けていく!!! 主を守るべく立ちはだかった最後の壁はその役目を全うするどころか なのはの生身に到達するまでの騎士の剣を僅か0.02秒、遅らせただけである。 問題にすらならなかった。 高町なのはの決死の覚悟を乗せた突進、タイミングも抜きも最善だったそれは 踏み込み、打突、防壁を合わせてもセイバーの一撃を0.1秒足らず遅らせただけ。 全てをかけて稼げたのがコンマ一秒―――あまりにも無情なその結果…… これが―――――この攻防の結末 もはやセイバーの剣を阻むものはなく、なのはに一切の為す術も無い。 敗れた魔導士の肩に騎士の刃の先端が食い込み、彼女の脳裏を「死」という一文字が占拠する。 どうにもならない無力感。 どうしても覆せない絶望感。 これから全てを失うんだという喪失感。 そのような負の感情が心を支配していく中、その脳内を駆け巡るのは走馬灯――― (上出来……! 0.1秒「も」稼げた!) ―――などでは断じて無い! 不屈のエースはそんなものは見ない!! ヒザを抱えて無力感に泣いた幼少期はもはや過去の事。 早く皆の役に立とうと、大人になろうと頑張った―― そしてあの奇跡の出会い。 闘い続けた10年。 嬉しい事。悲しい事。 大事な人との思い出。 それは既に彼女の内にて彼女の確固たる力となる高町なのはの骨組だ。 死に際の走馬灯でひょっこり顔を出すような類のモノではない! (体ごとぶつかっても、まるで問題にならない相手の剣戟……!) そんな事は彼女自身が一番良く分かっていた。 この騎士の一撃を打ち落とす事など無理。 初めから分かっていた事だ。 それでも……負けると分かってても――――欲しかったのだ。 自身を僅かに捻じ込めるだけのその時間。 なのはの前進によって稼げた僅か0.1秒という、瞬きをする間も無い刹那の瞬。 振り絞るように稼ぎ出した、その0.1秒こそが―――彼女が生還出来るか否かの分かれ目だったのだ! ほんの一瞬でもいい……回避も防御も不可能な攻撃である事は依然変わりはないであろう。 だが一瞬でも視認、反応を辛うじて許す程度の減速さえ出来れば! 剣が肩に食い込み、今まさに自分を両断せんとする刹那――― 「フラッシュムーブッッッッ!!」 起死回生とも言える高町なのはの高速回避魔法が発動する! ―――――― ―― それは檻に入れられた人とライオンの闘い ―― 空を飛ぶ高町なのはを引き摺り下ろし その羽を封じるために共に屋内に身を移す事を選んだセイバー。 だが、奇しくもこの時、セイバーとなのは共に考える事は同じだったのだ。 この教導官もまた、速すぎる相手の足、その動きを封じるためにセイバーを檻に入れる事を考えていた。 先の攻防において、なのははライオンを檻に入れる事には成功したものの自らも引きずり込まれてしまったという状態だった。 まさに決死の思い。 目の前のライオンを撒いて自分が外に出れば理想の状況を作れる。 とはいえ、その牙を、爪を掻い潜って出口まで辿り着くのは至難――― まともに向かえば九分九厘、引き裂かれるのが必定。 故にライオンの意表を突く手品を最後まで取っておけた僥倖を――― 獅子との睨み合いに折れてしまう前に機会が訪れてくれた幸運を――― 彼女は天に感謝するより他に無かった。 ―――――― (捕らえた……!) 相手の反撃。その一撃を完全に弾き飛ばし、無双の剣を打ち込む。 人の体に到達する確かな感触。 肩口に叩き込んだ己が剣を、そのまま斜めに斬り降ろし――― (………!!?) ――そのまま…………セイバーの剣は、無機質なコンクリの地面に叩き付けられた。 極限まで目を剥くセイバー。 フロアを真っ二つに割る凄まじい衝撃が、剣風が前方に陳列してあった雑貨を余さず吹き飛ばす。 だがしかし、その最強無比の一撃を受けて両断され、真っ二つに転がる魔道士の姿が――――――無い!? (消えただと……バカな…!?) 確かに打ち込んだ。 手に馴染んだいつも通りの感触だった。 その手応えがいきなり、まるで霞を切ったように消失し、思わず前方にたたらを踏んでしまう。 そして消えた魔導士――高町なのはは 騎士の後方。 つまりはセイバーより窓に近い地点に瞬間移動じみた速度でその姿を現す。 きゅいん、!とアスファルトの塗装を抉るように着地した優雅なる白鳥の舞い。 その純白のブーツがしかと地面を踏み抜き、彼女の健在を確固たるものにする。 「ッッ!! はぁ、はぁッ…! ………よしっ!」 ―――――成功ッ! 会心の手応え。  この強い騎士の不可避であるはずの攻撃をギリギリまで引き付けて、一回限りの問答無用のエスケープ。 冷静が身上の彼女が思わず身震いしながら両手の拳をぎゅっと握り締める。 それ程の成功。まさに命懸けの綱渡りを渡りきった感触だ! フラッシュムーブ――― アクセルフィンに魔力を叩き込み、その圧縮された力が瞬間的に出力・移動速度を高め 通常の数倍、数十倍の加速を行う移動魔法である。 その瞬間最大速度は時にサーヴァントの視認すら超えるスピードを叩き出す。 重装甲故、決して機動性の高くない高町なのはの回避・ポジション確保の要となる魔法。 なのはの近接における主力武器になったはずのそれ。 流石に真正面からこの騎士と斬り合うには至らないまでも、完全な奇襲として一回。 視界の狭まった、至近距離での一回に限って使うならば――― 出し抜ける筈!この相手であっても! かくして見事、セイバーの後ろを取った高町なのは。 そこですぐに無謀な反撃を行うほど馬鹿ではない。 今の攻防でBJの左の肩の部分が鎖骨の辺りまで裂け、切り傷から出血が見られる。 まさに九死に一生を得たその身が求めるのは安易な反撃にあらず! 彼女は窓に向かい――――後ろも振り返らず、全速力で駆け抜ける! そう、彼女が求めるのは空! 自身の翼を最大限に活用できる尽きせぬ蒼天だ! ―――――― セイバーが後方の様子に気づき―――呆然とする。 (そ、そんな、バカな……!?) この剣の英霊をして心胆震え上がらせる、無様に前方にバランスを崩させるほどの それは完全無欠な―――透かし。 (私の視認すら許さぬスピードであの一撃を回避し   あまつさえ、後ろを取ったというのか……!?) 技にも驚いた。だが真に驚嘆すべきはそのタイミング。 それは戦場にて幾多の白刃を切り抜けて来た者にしか身につかぬ刹那の呼吸。 本当にギリギリだったのだ。 必殺の刃が体に食い込んだ瞬間まで引き付けておいての相手の瞬間移動。 あの極限の邂逅の中で、自分を相手に、一歩間違えれば確実に絶命する作戦を見事成功させた。 見事の…………一言だった―――― (だが………逃がさぬッ!!) セイバーが踵を返し、すぐに魔導士の後を追う。だが―――――時すでに遅し。 最短距離をまるでスプリンターのように前傾姿勢で駆け抜けた教導官。 手を前方に十字にクロスさせ、ガッシャーーーン!!!という凄まじい音と共にガラスを突き破り 屋外へ勢いよくダイブ。その身を宙に躍らせていたのである! (……しまったっ!) 檻の中に囲んだ鳥を再び中空へ逃がすという有り得ない失態。唇を噛むセイバー。 そして、その彼女の全霊の一撃を凌いだ高町なのは。 抑え込まれていた羽を雄雄しく広げ、蘇る無敵の空戦魔導士。 風を体いっぱいに感じ、死地より生還した喜びと共に、解き放たれた気勢を一様に解放する。 「レイジングハートッ!! マルチタスク展開!! ここで全部出すッッ!!!」 宙に躍り出た不自然な体勢のまま、ムーンサルトのように体を反転させて方向転換。 彼女の細い指が戦意のままにセイバーに向く。 「アクセルシューターッッ!!!!」 3Fフロア内に打ち込まれる50弱のスフィア。 出し惜しみなどない! その全砲門を屋内の騎士に掃射した! 残った窓ガラスもこの大乱射にはひとたまりもなく全損。 密室の相手に機関銃を打ちまくったかのような轟音が闇夜の廃墟に響き渡る。 「うあっっ!!?」 寸でのところでなのはの方が早い。 その背中に追い縋ろうとしたセイバーがカウンターでシューターの掃射を貰う。 まさに蜂の巣状態の騎士王。屋内の狭いフロアに間断なく降り注ぐ魔弾。 逃げ場もなく全身に被弾するセイバーの内部にてぞぶり、!ぞぶり、!と魔力がこそげ落ちる感覚が襲う。 「うおおおおおおおっっ!!!!!!!」 だが彼女は獅子だ。雄々しき金の鬣を称えた百獣の王だ! その怒りが天を突き、聞く者を震撼させるような咆哮と共に己が爪を――― 手に持つ聖剣を縦横無尽に降りかざす! 振りかざしながらに前進――否、突進する! 360度、四方八方から襲い来る魔の弾丸を思うがままに斬り払いながらに突撃突貫! ブリテンの猛る赤竜の猛追をこのような豆鉄砲で止められると思うが浅はかの極みっ! 「ディバイィィン………」 否、浅はかだったのは獅子にして竜である剣の英霊の方! 堂に入らば―――鉄壁の砲撃城塞と化すこの不世出のSランク魔導士。 開始早々と違い、もはや不意を打たれるような事も無し! 「バスタァァーーーーッッ!!!!」 二度は抜かせないという確固たる意思の元に放たれる、なのはのフルチャージ砲撃魔法が―― 「くはッ……ぁ!!!?」 セイバーの前進を、その体ごと吹き飛ばして止めていた! 抜き打ちだったとはいえ、開始早々はゆうに耐えられた相手の魔術を踏み止まれなくなって来ている。 騎士の無尽蔵の魔力に銘打たれた打たれ強さも、ついに底を打つ時が来たのだ! 咄嗟に魔力を放出し、受身を取ったにも関わらず無様に吹き飛ばされたセイバー。 だがこれで終わりではない! 魔導士の逆襲はこんなものでは終わらない! 飛ばされ、地に背中を叩きつけられるその前に――― 周囲で舌なめずりしていた残りのシューター全てが騎士の四肢に食らい付き、その細い肢体に牙を突きたてる! ノックダウンすら許さぬ教導官の鬼気迫る追い討ちで騎士の体が浮いたままに弾け飛ぶ!  狭い屋内に閉じ込められた不利―――今度はセイバーが味わう番だった! (がっ――――こ、これ以上は……ッ) ―――――まずい! 強引に突破出来ると踏んだこの身の浅はか――― その不明ごと滅多打ちにされ、もんどり打ってフロアに倒れ付すセイバー。 彼女の攻撃も防御も、その要となるのは魔力。その魔力の減退をこれ以上許しては致命的。 倒れたまま地面を蹴ってフロアを転がるように――― 家具や雑貨の棚を蹴散らしながらビル内の柱の影に隠れるセイバー。 屈辱的―――何人の防衛網をも、その剣で撃破して来た騎士王がその前進を止められるとは……! 「続けてッッ!!!」 だが、当然ながらこれで終わりではない! なのはの足元の魔法陣が更に激しく猛々しく稼動する! <master!> 「大、丈夫ッ!」 魔法の連続行使に彼女の心臓が破裂するほどに踊り狂い、その口から苦しげな息が漏れる。 だが、ここが勝機! 勝負どころを違える彼女ではない。 これを逃がせばあの敵はまた息を吹き返し、何度と無く自分を窮地に陥れるだろう。 故にここで倒しきる! 高町なのはの魔力が大気内を駆け巡り、プラズマ現象を引き起こすほどに圧縮されていく。 それは大魔法の兆候――― 「行って……! スターダストォォフォールッッッ!!」 なのはの下方の地面。 そのアスファルトが次々にめくれ、砕けて上昇。 まるでスペースデブリのように彼女の周囲に展開する。 物質加速型射撃魔法・スターダストフォール――― 小型の隕石と化したそれらが対象に降りかかり打ち砕く物理ダメージによる攻撃魔法である。 (……!) だがセイバーは物陰から躍り出ようとする。 この誇り高き騎士が敵を前に、いつまでも物陰に隠れていられるはずがない。 ここが突破のチャンスと見たのだ。 怖いのは得体の知れない魔力ダメージ―――岩石の一つや二つ、が迫ってきたところで物の数ではない。 「そのような石くれで私を倒せるとでも――!」 柱の影から躍り出る騎士。 と同時に、なのはの手が前方の騎士の少女に向けて翻る。 それを合図に大小様々な岩石がセイバー目掛けて襲い掛かった。 しかし―――――― 「思ってないよ…」 「なにっ!!?」 冷静に言い放つ魔導士。セイバーが再び息を呑む。 その無数の石くれの軌道は―――彼女自身を狙ったものではなかった。 それらはセイバーに届く前に失速、もとい3Fの窓枠や出入り口に叩きつけられていく。 この岩は初めから出入り口を狙って打ち出されたものだったのだ。 岩石が叩きつけられ、砕ける炸裂音と共にそれはバリケートのように積みあがり――― 3Fの出入り口である窓全てを…………完全に塞いでいた。 ―――――― Floor 3 ――― 「閉じ込められたか………」 夜光すら差し込まぬ完全な静寂が支配する闇の中―――セイバーが呟く。 (手強い………タカマチ、ナノハ…) 流れが明らかにあちらへ向いている。 負ける気など毛頭ないが……やはり再び中空へ逃がしてしまったのは痛い。 もう一度やり直しとなるが、彼女を再び堕とす算段を立てなければならない。 (流れが傾いたのなら強引に引き戻せば良いだけの事。) 敵は常に数手先を読んだ戦いをしている。 そしてそれを実行できるだけのフィジカル・メンタル的な強さも持っている。 不意の事態においても全く崩れる素振りを見せない。 まるで騎士の魂と魔術師の狡猾さを併せ持つかのような相手――つくづく、強敵であった。 「何にせよ、こんなところでのんびりしている謂れは無いか。」 相当の手傷を負ってしまったらしい。体中が重くだるい。 ナカを抉られた感触がひたすら不快だ。 だが敵とて苦しいはずである。 せっかく今までプレッシャーを与え続けたのだ。 例えどのように策を練り、こちらを撒き続けたとしても―― その相手の容量を超える圧力を与え続ければ、必ず堕ちる。 立ち上がり、遥か前方の岩の壁を見やるセイバー。 閉じ込められたと言ってもそれは密室でも何でもない。 明かり一つない暗がりとはいえ、探せば非常用の階段くらいはあるだろうし そもそもあのような即席のバリケートでは自分の突破を阻むことなど出来ない。 今は霊体化出来ないセイバーであるが、古の堅固な城壁ならともかく あんな岩が積みあがって出来ただけの壁など一撃で容易く抜けるはずだ。 「狙いは時間稼ぎか……新たなる罠を張るための布石か) 相手とてこれで自分を完全に封じ込めたなどとは思っていないだろう。 では尚更、敵に一息入れさせるのは宜しくない。 飛び出した瞬間に狙われる危険はあるだろうが、階段を探して使っている暇も惜しい。 ここは正面突破で脱出を――― セイバーが思考をまとめ、突破を決意する。 その間――――――約十秒……… ―――― ラストカード ―――― なのはがセイバーを仕留めるために切る最後の手札――― その準備をするには十分過ぎる時間だった。 ―――――― ??? ――― 「ひっ……」 モニター上でその戦いを見ていたナンバーズの4女がくぐもった悲鳴をあげる。 高町なのは――エースオブエース 否、あまりの凄絶な戦闘力と徹底した詰めの厳しさから 次元犯罪者の世界で囁き続けられている彼女の―――もう一つの異名 ――― 管理局の白い悪魔 ―――    曰く、    空で白き翼に出会ったら大人しく縛られておけ    間違っても抵抗などするな    残酷なまでの自分の無力さと    一生消えないトラウマを同時に埋め込まれる 純白のローブが、栗色の髪が、膨大な魔力光によって翻る。 その表情―――見るものを凍りつかせる双眸が……檻に入れられた獅子に向けられる! ―――――― Floor 3 ――― セイバーが即席の密室から脱出しようと身構える――― 前方の岩の壁を一撃で抜こうと腰を落として力を溜める。 ここから脱した後の迎撃や罠の激しさは想像に難くないが その全てを噛み砕いて、再び相手の魔術師の喉笛に噛み付く覚悟は出来ている。 そんな決意を新たにした瞬間――――故にさすがのセイバーも気づけない。 その予想の遥か上を行く――― 「―――――――」 ――― 天よりの砲殺 ――― 抵抗も反応も出来ない空からの裁き。 その極大の砲撃がセイバーの直上―― 完全な死角から、その天井を突き破って―― 彼女を一方的に、一言も発せさせずに…………飲み込んでいた。 ―――――― Floor 8 ――― 高層ビルの8階部分――― その中央に魔導士はいた。 前足に体重を乗せて亀裂をつけんばかりに踏み込んだ姿勢。  足幅を広げ、地面に突き立てるレイジングハートは既に魔力充電マックス。 翻る法衣。逆巻く長髪。 その鬼気迫る表情のままに――― 「エクセリオォォォォン……バスタァァァーーー!!!!」 2発目の壁抜き―――否、天井抜きエクセリオンバスターが発動する! AMF内でさえ強固なる壁を容易くブチ抜くなのはの砲撃。 ベニヤとコンクリートで仕切った天井など物の数ではない。 破滅の光は7F、6F、5F、4Fを瞬く間に次々と蹂躙し3F部分に到達。 外にいるはずの魔導士の強襲に神経を裂いていたセイバーの、その無防備な頭上に降り注ぐ! 「サード・ブレイクッ! シューートッッッ!!!」 高町なのはの高らかな詠唱はもはや絶叫に近い。 狂ったように撃ち続ける。   悪魔の砲撃を、止めない――止まらない! 3発、4発! この敵を沈めるには1撃2撃ではぬる過ぎる。 檻に捕らわれた獣に一方的に銃弾……否、砲弾を撃ち込み続ける。 5発! 見ているものを震え上がらせるほどの咆哮。 それはあまりにも惨たらしい殺戮劇。 3Fではもはや袋のネズミと化した騎士が為す術も無く蹂躙され、叩きつけられ、弾け飛んでいるだろう。  それが完全に動かなくなるまで、この惨劇は続けられる――― 「バスタァァァーーーーーッッッッ!!!!」 ―――そのファイナルショットが……撃ち込まれた! 抵抗の出来ないセイバーに計6発のエクセリオンバスターの斉射。 それを以って――――鬼と化した魔導士の砲撃が………止まる。 ―――――― 桃色の魔力の残滓がそこかしこに漂う8Fフロア――― 砲身となったレイジングハート先端から硝煙が余韻のように立ち込めている。 高町なのはは杖を地に付き立てたまま動かない。 口からはゼェ、ゼェ、と――喉や肺が潰れたかと思わせるような呼吸音をひり出している。 恐らくは彼女の戦績においても間違いなく最強クラスの相手だった。 戦闘経緯を振り返れば振り返るほど、今、自分が倒されていないのが不思議な程だ。 極度のプレッシャーにその身を削られ、傷つき、そして最後の連続魔法の一斉解放――― 見るからにボロボロの、辛勝だった。 だが――そんな強敵を相手に困難な作戦を彼女は完璧にやりきったのだ。 その胸に去来するのは達成感か、それとも九死に一生を拾った歓喜か。 手先は震え、彼女の震える唇が勝利の言葉を―――紡ぎ出す。 「――――――何で、」 それは達成感、歓喜の響き―――― 「何で、」 ―――では、なく………? 「何で、…………嘘でしょう…?」 彼女の口から出た言葉は―――紛う事なき絶望の響き…… 「どうして……?」 否、それは純然たる疑問の響きだった。 数学の公式の解が、その仕組みがどうしても分からず 何故そうなるか教師にしつこく詰め寄る時のそれを 掠れた声で喉から搾り出すように彼女は―――繰り返し繰り返し、呟いていた。 ―――――― Floor 8 ――― Sランク魔導士のリミッター無しの全力砲撃。 天からの裁きの光を浴びせられ続けた3F。 蹂躙され、薙ぎ払われたそこにはもはや雑貨や家具の展示場たる面影はない。 そこには空襲が過ぎ去ったかのような大破壊の跡のみがあり どのような生物も等しく生存を許されないかのような惨状の只中である。 だが、そんな中―――― 「……………はぁ、……は、…」 息も絶え絶えながら、白銀の肢体が凛々しく雄大に――その存在を誇示している。 エクセリオンバスター6発――― 辛うじて、全弾回避――― セイバー健在。 天変地異じみた砲殺に晒されながら なおも、その光り輝く姿を地に付ける事は適わず。 「――――気づけなかった事が……幸いしたな。」 さすがの彼女も息が荒い。 額からは汗を滲ませている。 それは英霊の身をもってしても困難な肉体行使だったのだ。 「凄まじい攻撃だった……あの敵は私の想像を悉く超えてくる」 上の階に位置するであろう相手の魔術師。 恐らくは混乱の極みにある高町なのはに素直な賞賛を送りつつ、見上げるセイバー。 彼女には今、何が起こったのか理解できないだろう。 大火力による砲殺――その破壊的なイメージから大雑把で力任せな印象を受けてしまう彼女の戦闘スタイルは その実、緻密な計算と戦術、基本と理論の積み重ねによって成り立つ部分が大きい。 だからこそ今の回避だけは納得のしようがない。 相手の能力は今までも十分存外であったにせよ、それは卓越した剣技や身体能力の為せる業だと定義出来た。 だが今の砲撃は、頭上を取ったからと言って闇雲に撃ちまくったわけではない。 綿密なエリアサーチにて常に敵の死角―――斜め後方、絶対に避けられない角度から、しこたま浴びせ続けたのだ。 必中の軌道だった。 確実にクリティカルヒットの手応え。 数千数万と砲撃を撃ち続けた彼女だからこそ、その感覚だけは絶対の自信を持っていた。 現に騎士の五感はその攻撃に対応できてなかったはずなのだ。 その自信が―――粉々に砕けた…… 何故セイバーがこの攻撃をかわせたのか?どうやって回避したのか? もしなのはが今その真実を知ったら…… 「そんなのアリ?」と、流石のエースオブエースも天を仰いでいただろう。 この相手は、戦技の限りを尽くした彼女のファイナルショットを その積み上げてきたロジックを―― ただのカンと運で…………避けたのだから。 ―――――― Floor 8 ――― 「レイジングハート………こちらはサーチされてないよね…?」 聞くまでもない。 逆サーチの可能性は初めに調べてクリアしていた。 故になのはの戦術を破ったのは皮肉にも彼女が信じて磨き上げた、そのロジックの外にある力―― そう、圧倒的な火力と体術、剣技、はたまた対魔力。 個の戦闘能力としては十分に破格な性能ではあっても、それだけで12の会戦を無敗で勝ちつづける事など出来ない。 騎士王アーサーの不敗伝説を打ち立てたそれは―――    死の運命すら捻じ曲げるほどの神聖じみた「強運」    未来予知じみた危機回避能力、その「直感」 どれほど策を練り、罠にかけ、その「必中」のロジックを積み上げたとしても この騎士はそれを簡単に――運命ごと捻じ曲げてしまうのだ。 「…………弱ったな。 今ので、決められないとなると…」 本気でやばいかも知れない―――― 疲労から後方に崩れ落ちそうになる高町なのは。 魔力エンプティ寸前まで捻じ込んだラッシュをすら往なされたのだ。 その絶望感は彼女でなければ到底、立ち直れるレベルのものではない。 右の脇腹は既に内出血を起こし、加えて左の肩…… その傷も決して浅くない。純白のBJに血が滲んでいる。 英霊の放つ重圧に至近距離でその身を貫かれ、弾き返しながら闘い続けた。 その攻防の末、危険な賭けを凌ぎ、見事にハイリスクを乗り越えた。 その挙句の果てが―――見返り無しのノーリターン…… 「参った……本当に…」 流石の彼女の肉体も精神も既に限界にきていた。 ――――撤退 選択肢の一つに「逃げる」という手がある。 それを選ばせる相手自体が稀も稀であったが故に、不屈のエースは今まで滅多にその行動を取った事はない。 だが負けず嫌いではある彼女とて一線は踏まえている。 絶対に勝てない相手、実力が違う相手に挑み続けて作戦を完遂出来ずに命を散らすような真似をするほど愚かではない。 また彼女はそんな勝手が出来る立場にいないのである。 「でも……多分、無理だ…」 呟く彼女。 今となってはその逃走すらも難しい。 そもそも本部や母艦の位置が分からず、味方との連絡も取れない状況で――どこに逃げるというのか? あの敵の追い足では振り切る事も出来ないだろう。 向こうは当然、通信等を駆使して増援を呼べるのだから、こちらは苦も無く追い詰めてしまう。 相手の視認の許さない雲の上まで飛び上がり、地上の騎士を撒くケースも論外。 敵に対空砲や戦艦の主砲があったら撃ち落されて蒸発して終わりだ。 つまり今ここで逃げたとしても生存率は限りなく低い、絶望的なあてどもない逃避行になるのみ。 (厳しい……どう考えても) 相棒の杖の柄をぎゅっと握り締めるなのは。 絶望感と焦燥感で押し潰され兼ねない状況にて最悪の事態が脳裏をよぎる。 「ヴィヴィオ……」 彼女とて空の人間。 戦火に身を晒していれば、いつかはこんな日も来るだろうと覚悟はしていた。 だが…………今の彼女には死ねない理由がある。 愛する娘が出来たのだ――――― 戸惑いながらも不器用に、一生懸命その絆を育み合っている娘。 その娘の下へ帰るのが、今の彼女にとってのもう一つの任務。 「大丈夫………ママは必ず帰るからね…」 弱音など吐いている暇はない。今、出来ることを全力で考える。 彼女はいつだって―――そうしてきたのだ。 まずはあの敵を打倒しなくてはならない。 どう考えてもそれしか無い。 情報を聞き出せればよし……何も喋らせられなくとも、無力化して 追っ手として機能させないだけでも生存率は全く違ってくるのだから。 そうと決まれば彼女の行動は早い。 「よし………生きてる…」 3Fの様子を探ると、まだなのはの仕掛けは残っていた。 檻は未だ機能している。 まだ―――手札も残っている。 「レイジングハート……私がその体勢に入ったら、一定感覚で周囲を散開させて。  絶対に気づかれないように……」 <all right> 檻から抜けられてしまったらお終いだ。 もはやあの騎士に自分の攻撃が当たる事は無いだろう。 だから、ここで――――決める! なのはは最後の勝負に出る事を決意する。 「撤退ルートの確保、通信手段の復旧。  もしこれが通用しなかったら………その時に考えるとして…」 目を閉じ、酸素を肺一杯に吸い上げる。 「今はあの人を……倒す事だけを考えよう」 ゆっくりと目を開き―――体に染み渡った吐息を吐く。 と共に、体位を雄大に開いたような大きな構えを取る。 杖を上方に構え――― (あと少しだけ……少しだけ、動かないで……お願い!) 高町なのはは己が切り札の名を紡ぐ―――其の名は…… ――― スターライトブレイカー ――― ―――――― Floor 3 ――― 天罰覿面といった感すらある苛烈なる砲撃が――― 「――――止んだ、か…」 ――――ようやく止まる。 柱に寄りかかり重い息を吐くセイバー。 彼女をして心胆に極度の負荷をかけるほどの窮地であった事はもはや語るまでも無いだろう。 この剣が届かない以上、回避に全てを費やすしかないとはいえ―――このままでは一向に事態が好転しない。 「さて―――どうするか…」 敵が上の階にいるのは明らかだ。 階段をせこせこ登って彼女の元まで辿り着くか? …………いや、それは考えるまでも無く悪手だ。 階段はもちろん、上方に開いた穴を飛んでいくのもまずい。 先程の魔砲を再び撃って来られた場合、その規模から言って一本道ではとても逃げ場がない。 やはり岩の壁を突破――――― そんな思案にふけること数秒、やはり考えたところで埒があかない。 無策で突っ込めるほど容易い相手ではないが……… と、その時―――― 6発もの大爆撃に見舞われ、粉塵と埃に塗れた3階フロア。 その周囲の残骸から、爆音と共に桃色の弾丸が飛び出す! 「むうっ!?」 魔術師に先程打ち込まれた50近い魔弾。 それらは騎士の体や障害物に被弾して破砕したものを除き――未だ健在だった。 その数、20以上。密室内に閉じ込められた騎士の周りを高速で飛び 今、檻の中に更に檻を形作るかのように彼女を包囲していたのだ。 「またも遠隔操作――ちっ…」 こちらに考える隙を与えないつもりだろう。 間断なく繰り返される敵の攻撃。こちらは受け身の時間が長引いている。 騎士の力が、魔術師の技で凌がれている証拠――― 上手いと言わざるを得ない。 騎士の周囲を飛び回る魔力弾はまるで全てに意思があるかのように 速度、軌道すらまちまちに飛び、ランダムに2~3発ずつ彼女の体目掛けて襲来してくる。 それを体を裁いたり、斬り払ったりで往なすセイバー。 (常に正確に急所に飛んでくる……  視認出来ない位置からでも、こちらの動きが見えているのか?) 兎に角、やっかいな相手だった。 反撃もままならず一方的に狙い撃たれ続ければ、いくら英霊といえど打倒されるのは必定。 天井の穴をキッと睨み据えるセイバー。 遥か上にいるであろう魔術師を仰ぎ見、どうにかしてあそこへ駆け上がる方法がないか考え――― 「なっっっっっ!!!???」 ――――――戦慄!!!!!!!!!!!!!!!! 騎士は、この闘いで初めて――その全身を貫くほどの戦慄に襲われる! ―――――― 見上げた遥かな上方―――― 暗がりで敵の姿は視認出来ない。 出来ないが、そんな事はどうでもよかった。 その明かり一つ無い、闇夜であるはずの上空を照らし出す―――桃色の光! セイバーの第6感による危機感知能力があらん限りの警鐘を鳴らしている。 否、セイバーでなくともおおよそ魔術をかじった者なら誰でも分かる異変。 それは膨大な………あまりにも膨大な…………魔力の渦っ! 荒れ狂う魔力が大気を、その空間を軋ませて、掻き混ぜ、歪ませ 一つの破壊の意思として具現化している。 それはまさしく――――  「宝具ッ………!」 セイバーは今度こそ、その驚愕の表情を隠す事も忘れて 呆然と上の階の脅威を見上げるのだった。 ―――――― Floor 8 ――― 左手を天高く突き上げたその手には愛杖レイジングハート。 その左手首に右手を添えて耐える………… ―――その全身を食い破らんばかりの魔力集束の反動に (4秒、5秒……) リンカーコアと体内の魔力回路がフル稼動し、高町なのはの人としての機能を彼方に追いやる。 その巨大な弾頭を打ち出すためだけの装置―――砲身としての機能を形成していく。 ギチリギチリと軋む肉体に彼女の顔が歪む。 その廃墟。戦闘となったフィールド全域に散らばった魔力の滓が高層ビル8F――― 高町なのはの正面に集まっていく。 8階フロアは既に人の入れる空間ではなくなってしまっていた。 震える大気。溶鉱炉の如き熱量は景色をぐにゃりと歪ませ、そこはもはや高町なのはを中心とした―― 巨大な魔力炉と化していた!! ―――――― Floor 3 ――― 有り得ない、と……一概に否定は出来ない――― この騎士の少女自身がヒトの身でありながら聖剣を携え、幾多の伝説を作った英雄なのだ。 故に人間の魔術師が宝具を、その高貴なる幻想―― ノーブルファンタズムを携えている事も十分に有り得る事態だった。 (「その域」にすら達しているというのか……あの魔術師は!?) 英霊と互角に闘い、宝具すら所持し その勇猛なる魂。無双の力を世界に示す――時代に名を刻まれるべき英雄であると? 「…………」 騎士の手に収まる不可視の剣が――震えている。 「――――どうした……聖剣よ」 担い手である騎士に語りかける。 「答えたいのか……? アレに」 ――― 我を振るえ、薙ぎ払えと ――― 最強の幻想が牙を研いでいる。 眼前の脅威なぞ何するものぞと。 我が力の前では無力。その全てを灰燼と化さん、と……猛っている。 神秘の結晶たるこの至宝の剣が、恐らくは神秘と対の存在であろう目の前の脅威に対して。 「………………ふ、」 セイバーが微かに笑う。 実際には、やはり震えていたのは―――彼女の体の方だった。 その体内の昂ぶりが、魔力の震えが聖剣を共鳴させたに過ぎない。 あまりにも不意に、突然にして出会ってしまった予期せぬ好敵手――― その力。その勇気。 このような勇者を相手に英霊としての力を賭して闘える喜びに―― 「……魔術師よ。貴方にはつくづく驚かされる―――」 ―――震えていたのだ………この剣の英霊が。 ―――――― こちらが圧倒的に優位に立てる筈の魔術師。 しかも人間を相手にして。後の戦い――― 聖杯戦争を勝ち抜くための温存の意味も含め、躊躇していた。 ………………コレを使う事に。 だが、そう。 今となっては惜しくは無い。 初めから手加減など許される相手ではなかったのだ。 「格」の違いだなどと誰が言った? これはもはやサーヴァント戦と何ら変わりはない。 年若い女性ではあっても、相手のその力に何の不足も無し。 「タカマチ、ナノハ―――――貴方に……  その積み上げてきた力に敬意を表する。」  剣の柄に手をかけるサーヴァント。 「故に、我が剣の……真の姿を―――」 その全てを解放する事を決意するセイバー。    解き放て―――風よ 自らの誇りを以って、その魔術師の一撃を打ち砕こうと この闘い、初めて彼女は己が抜き身の刃を解き放つ。 8階部分に遅れる事、数秒――― 異変は3階フロアにも起こる。 窓は瓦礫によって閉鎖され、外からはその様相は伺えない。 だがその内部もまた、人の入れる空間ではなくなってしまっている。 密室の中、風の鞘の解放により雑貨・家具をまるで洗濯機のように巻き上げ振り回す暴風。 そこはもはやセイバーを中心とした――― 巨大な竜巻と化していた。 ―――――― 戦場となった無人の廃墟。 そこには一切の命が無く静寂の中でただ二人 とある世界の空の英雄と召還された剣の英霊が命を賭して戦っていた。 そしてその終局―――― 二人はついに切り札を……その真なる刃を抜き放つ。 今までの凄絶な戦いすら前戯だと言わんばかりのあまりにも巨大で暴力的な力。 かの暴威を前にして「それら」は確かに震えていた。 一切の命が無いと言ったが、とある異形の瞳を持つ者は鉱物や無機物の死が見えるという。 ならば命があるかどうかはさておき……彼らにも死の恐怖はあるのかも知れない。    だからこそ恐れている――― これから起こる事。 自分たちが、この周囲一帯が、どうなってしまうのかを―― コンクリートの建造物内、人の形をしたバケモノ2体が その真なる力を解放しようとしている。 彼女らを中心に起こる大破壊の予兆を前に――震えおののくセカイ 本来出会うことの無かった空の英雄と、剣の英霊。 幕引きのトリガー。 その引き金が静かに―――引かれようとしていた [[前>序章・始まりの闘い 白銀の騎士王中編B]] [[目次>リリカルブラッドの作者氏]] [[次>盤外――ライオンハート]]
「時間が凍りついた」という言葉がある。 間合い7m弱――――  一瞬で間を詰める事の出来る距離で、互いは睨み合ったままピクリとも動かない。 その暗闇の中、まるで本当にその時間が静止したかのように。 先程までが「動」の戦いであるならば これは謂わば「静」の戦い。 言い得て妙とはこの事である。 その空間は二人の体から立ち上る冷気を受けて……確かに凍りついていたのだ。 ―――――― ??? ――― 「ヒトの身で英霊にここまで食い下がるとはな。」 光の無い双眸、抑揚の無い口調で感想を述べるのは黒き神父。 眼前に広がる光景に対し、相槌くらいは打ってやろうという感がミエミエの何の気無しの感想であった。 そのモニター内。その偽りの世界。 死力を尽くして闘う剣の英霊と空の英雄。 自分たちが盤上の駒――――闘鶏の類であるとも知らずに ソレらは噛み合い、潰し合い、凌ぎを削る。 「それはそうさ……何せ一番相性の良い者をぶつけたのだからねぇ。」 対面の白衣がしれっと答える。 沈黙は一瞬――― 「人を戯れの相手として引っ張り出しておきながら  私の話をあまり重要視していないと見えるな。」 ――― 恐らく勝負になどなるまい ――― 開戦前、この戦いを神父はこう評している。 が故に、(あくまで形だけは)憮然とした表情で非難めいた口を開く。 「怒らないでくれよ綺礼。そういう意味ではないのだよ」 言峰の見解では、セイバーに対し高町なのはのようなタイプをぶつけるという手は悪手である。 ほぼ全ての魔術的属性を中和・無効してくるこの騎士に対してそれなりの形を作るのなら やはり彼女の得意な距離でも何とか噛み合えるレベルにある近接系か どの距離でも闘える万能型を持ってきた方が良いはずだ。 対魔力の壁が薄くなったとはいえ、そのアンチマジックの効力は健在。 それが高町なのはの魔法を確実に半減させてしまっている。 砲撃特化型の彼女ではやはり厳しい…………… と、そんな神父の見解を受けてか――― 科学者が愉快げに手に駒を遊ばせながらに口を開く。 「見たまえ。これら3つと、そしてこの<エース>を合わせた4つの駒。  これが機動6課と呼ばれる特殊部隊における隊長格ユニットなわけだが……」 4者―――6課の隊長・副隊長陣のステータスが画面上に映し出されると それは総合的に見ると見事にダンゴ状態で、実力的にはほとんど差がない事を表していた。 「だがしかし! ミッドの空において、この<エース>の評価……   その存在感がどれほど圧倒的であるかキミは知らないだろう!  四つの中で突出すらしている! 何故だろうねぇ!?」    エースオブエース。ミッドの空の象徴。勝利の鍵。 確かに彼女、高町なのはを不世出の存在として評価する言葉は枚挙に暇が無い。 20歳という若さで、しかも女性の身でありながら  既にミッドチルダの人間にとって一つの指針―――到達点として見ている者も少なくは無い。 要は良くも悪くも人気者……スターなのだ。あの高町なのはという人物は。 「私は前回、別のモノに執心していたので一言も口を利いた事はないのだが  うちの娘の一人がこの駒にえらく執心でね……少し興味が沸いたのさ。」 この人気と言う要素――言い換えればカリスマという言葉で変換される。 文明が過度に発達すると、その技術によって人の手に余るような強力な兵器が次々と開発されていき その兵器の運用を基盤にした組織戦・集団戦が主流となってくる。 こうした時代の流れの中では、オンリーワン―――とどのつまり「英雄」という存在は生まれにくい。 英雄とは人が人知を超えた領域に達し、偉業を成し遂げ、その時代に歴史を刻みつけた者たち。 アカシックレコードにその存在を記された達成者達の総称である。  だが大半の術式がデバイスやソフトによるサポート――― つまりは公用の技術力によって編まれるミッド世界の魔法世界では神聖、神秘なるモノが存在しないのは前述した通り。 そんな世界観によって戦闘行為や戦争自体の群によるシステム化が進み 個の歯車化が進んだ世界では一個人の無双は―――蛮勇の類としか写らない。 故に個の「武」が憧れや目標になる事はあっても、偶像や信仰の対象にまで昇華する事は稀であり もしそのような中で尚も英雄視される者がいるとするならば…… その者こそ現代の法や理念を飛び抜ける力を持った埒外の存在として 相手の世界の英霊と競い争って不足の無い駒になり得るのではないか? 「……そういう事か」 「そういう事さ!」 圧倒的不利を覆す力。 既我戦力差を覆す力。 勝利の運気を手繰り寄せる力。 高町なのはが英雄視されているその所以――その力に無限の欲望は目を付けたのである。 「どうかね綺礼!? 理屈を超えた力はヒトに夢を抱かせるっ!  それを背負って雄雄しく立つ……否、大空を飛ぶ存在!  彼女こそ近代に蘇った英雄と呼ぶに相応しいんじゃないか?」 「科学者とは思えん言葉だな。  それが貴様の、あの魔法使いがセイバーに勝てるという根拠だというのか?」 「勝てるかどうかは知らないが楽しい勝負にはなるさ!   なるに決まっている! 古代の英霊に対峙する現代の英雄!   彼女らの闘いは間違いなく理論・理屈を遥かに超えた激戦となる!!」  立ち上がり、虚空に視線を泳がせながら絶叫する科学者。 「英霊の圧倒的なスペックは英雄の奥に眠る底力を引き出し  英雄の脅威の粘りが英霊の真の力を覚醒させるのさ!  ああ……素晴らしいじゃないか……!!!!」 その感極まった韻をあたり構わずに振り撒く様は 享楽的であり滑稽であり―――狂気そのものである。 声高らかに続く演説。その嬌声を言峰綺礼は表情を崩さぬまま、ただ眺めていた。 子供じみた愉悦だ。 虫箱の中でカブト虫とクワガタを突き合わせているのと何ら変わぬその所業。 英雄・英霊の持つ「奇跡」すらも数値として換算し 蹂躙し、犯し食らうつもりだと言うのか? この貪欲な、科学の生み出した怪物は。 「まあ、何にせよ今は黙って見守ろうじゃないか。  両陣営を代表する英雄同士の激突……その行方をっ!」 ヒトの希望、願い、想い。 もはや一つの想念であるソレを背負い、力と為す。 悪魔の天秤の測りの上に乗せられたエースとナイトが、自身が欲望の愉悦に晒されているとも知らず その英雄たる器の力を競い、ぶつけ合う。 戦いは――――加速し、収縮していく。 ―――――― 高層ビルの3F―――― 明かり一つ無い暗闇。 屋内の備品が破壊され、散乱する中で対峙する両者。 目視による認識すら難しい闇と静寂が支配する只中にて 互いは互いに相手をしっかりと知覚していた。 いや、認識出来ない方がおかしい。 視界が利かずとも、両者のその内に秘めた存在感―――闘気は消しようが無い。 なのはの、セイバーの、敵を視殺せんばかりの双眸が交錯し………空間が歪む。 制空圏という闘いにおいて絶対とも言えるアドバンテージを一度は確かに取った高町なのは。 油断もなく気を緩める事など有り得ない。 なのに、この騎士を打倒するどころか、卓越した身体能力に逆に振り回されて―― (挙句が………この始末か…) ―――「屋内」という最悪の状況に引き摺り下ろされてしまったのである。 致命的な失敗で主導権を取り返され、再び窮地に立たされてしまう高町なのは。 しかして――――やるべき事は決まっていた。 恐らくは次で最後となるであろうその攻防。 相手が出してくる技。次に出す技。その後の戦法。 全ての行程を脳裏に思い描き、実行する。 上手くいけば今の状況をそのまま引っくり返す逆転の一手になるはずだ! ―――――― 騎士の少女は魔導士の前方。 小さい体を更に低く構えて、いつでも相手に斬りかかれるスタンスを取っている。 それに対し、高町なのはは―――― (むう………) セイバーが感嘆の表情を浮かべる。 何と相手は同じような前傾姿勢で対峙。 槍に形状を変えた杖を前方に突き出して、攻防一致の正眼の構えを取っていたのだ。 自身の奇襲に浮き足立たず、咄嗟に建て直し この構えを取られたが故に彼女を一瞬で斬り伏せる機会を逸してしまうセイバー。 剣の英霊相手にそれをした高町なのはの技量こそ……鬼才の二文字を以ってより他に表す言葉がないというものだ。 残念ながらなのはには近接の素養は無い。 父や兄のそれを彼女は受け継ぐ事が出来なかった。 だが子供の頃より家族の鍛錬を見取り、常に目に焼き付けてきたその記憶。 それが――今もなのはの中では脈々と息づいている。 期せずして切り替わる「動」と「静」。 それは剣豪同士が半日、一日とまるで動かずに 僅かな隙を巡って対峙する光景そのものだ。 その長時間の対峙を可能とするには互いの力の拮抗 何よりも常識を遥かに超えた胆力が必須となる。 ここに剣の英霊を迎え―――空の英雄、高町なのはの尽きせぬ我慢比べが始まった。 ―――――― (ふ、ぅ………………) 肺腑から搾り出すようにゆっくりと息を吐く。 額から零れ落ちる汗が目に入り、それを鬱陶しそうに拭う高町なのは。 ――――それは額に限らず全身に 頬から、首筋から、うなじから、BJに隠された肢体から噴き出す玉の様な精神性発汗。 息も荒い……微かに上下する肩は、肺が足りない酸素を求めて蠕動している証拠だ。 激しい戦闘で消耗している、というだけでは無いのだろう。 それは―――剣の騎士が「その気」になってからの事。 戦場全体を制圧しつくすかのような強大な威。 鉛のような重圧が支配するそのフィールド全体。 空を取り、絶対優勢の追激戦でありながら――― 追い詰めているはずの彼女が逆に追い立てられるような感覚にさせられていた。 そう、なのはが……あのエースオブエースが 数十倍の魔力を持つ敵や巨大な怪物を相手にしてなお屈さぬ人間離れした胆力 不屈の闘志を持つこの女傑が―――今、明らかにセイバーに飲まれ始めていた。 (…………) これではいけない……… 今から自分が行うのは数瞬の遅れも許さぬ神域の連携だ。 一挙一足に最善を要求されるであろう次の攻防。 その最も要になるのが、初動――――― 自分から飛び込むなど論外。 恐らくは自身最強の近接武装でさえ、真っ向から斬り伏せられて終わりだろう。 だが当然の事ながら相手より遅れてもダメ。 一瞬の遅れで敵は既に鼻先まで侵入してくるのだ。 つまり相手とほぼ同時にスタートを切らなければ成功しないという、果てしなく難度の高い技。 それを、この埒外の実力を持つ騎士相手にやらねばならない。 出来るか出来ないかではない。 やらなければ―――倒されるだけだ。 (間髪入れずに襲い掛かってきてくれた方が楽だったんだけど  本当に凄い剣士だ……微塵も油断していない。  ここに来て確実に私を仕留める方を選んできたんだ…) 相手を射殺さんばかりの眼光で互いを睨み付ける両者。 ことになのはがここまで相手に剥き出しの戦意をぶつける事は珍しい。 相手が猛れば猛るほどそれを冷静に受け流し、常に一歩後ろに下がった視点から自分と相手を分析する。 それが戦技教導隊、高町なのはの本来のスタイルだ。 だが、この相手にそんな受けの姿勢を見せれば立ちどころに懐に入られて終わる。 全てを受け止め、流し、弾き返すには―――その相手はあまりにも速く、強すぎた。 故に相手の化け物じみた殺気をただ必死に懸命に押し返す魔導士。 攻撃の威嚇ではなく―――むしろ捕食者の牙からその身を守る防衛行動。 言うまでもなく状況は高町なのはにとって圧倒的に不利。 この静止空間はつまりは彼女にとっての必滅空間。 喉元に鎌を突きつけられ、いつ喉笛を掻き切られるか分からない―― 少しでも動いたり気を抜けば即、喉に食い込む死神の鎌。 そんな地獄の拷問に晒されているに等しい対峙……抜け出さなければ、一刻も早く! (余計な事は考えない。 集中して……   最善のタイミングで最適な軌道……  それを出す事だけを考える……それ、だけをっ!) 僅かな可能性をものにする。 それだけを考えて必死に耐え続けるなのは。 セイバーはまるで彫像のように静止したまま動かない。 最後の一撃、一足に全てをかける気だ。 双方共――未だ時間は凍ったまま 静寂だけがゆっくりと空間をたゆたい、流れていく………… ―――――― SABER,s view ――― 目の前の相手――――攻めるでもなく守りに入るでもない。 堅牢堅守の姿勢、一糸乱れぬ姿勢にて我が剣と対峙してくる。 ………この者も分かっているのだ。 みだりに動いたり逃げに入った時こそ、この戦いが終わる時だという事に。 故にこちらも下手に仕掛けず、相手の乱れを誘って討つ。 敵の崩れを待つまでもなく強引に攻めても問題はないが……万が一、という事もある。 改めて眼前の魔術師を見る。 暗くて相手の表情はよく見えないが、透き通るように洗練された闘志をひしひしと感じる。 特異に映ったのは、そこに殺意や殺気の類が感じられなかった事――― この身を貫き通すほどに強く、凝縮された戦意ではあっても  憎しみや憎悪といった負の感情は薄いように感じられる。 そう……初めから感じていた。 目の前の相手に邪念はない。  邪悪なるものでは―――決してない。 この者は罠を張り、私を窮地に陥れた敵ではあるが その事で悦に浸ったりもせず、常に全力でぶつかってきた。 今にしてもその優位が失われ、絶体絶命でありながら……何と心地よい戦気。 恐怖がないわけはないだろう。 ここが死地になるかも知れないのだ。 その恐怖をねじ伏せ、真っ直ぐにこちらを見据える姿――― 正直に言うと……私はこの者に対し、好もしさを感じ始めている。 初めは我が身を姦計に陥れた倒すべき敵としてしか見ていなかったが 向き合えば向き合うほど、彼女のその魂の在り方が……騎士のそれに似ているのだ。 今、私は一人の騎士として彼女と接したいと思っている。 殺し合い、滅し合う関係は変わらずとも このような相手に対しては憎しみや殺意だけで戦いたくはなかった。 故に―――「決闘」として初めからやり直したいという葛藤が…… 我が内に芽生えていたのだ。 ―――――― ―――――― 彼女達を無遠慮に盗み見る簒奪者は、この戦いを「英雄としての力の鬩ぎ合い」と断じた。 その言葉が正しければ―――高町なのはと言えど、セイバーを上回る事は難しい。 なのはの本質、その行動は間違いなく英雄と称されるに相応しいものである。 だがそれは管理局局員として、そこに所属する一人の魔導士としての行動に過ぎず  巨大な組織のバックアップ―――後ろ盾を持った者の行使である。 つまり彼女の力は、今はまだ人の下に付き、属する側の力なのだ。 だがセイバーはそれは人の上に立つ者の力。 その覇を以って国を統一し、その威を以って人を従わせ、その武を以って歴史に名を刻んだ。 自らの意思が、剣が、国の―――民の運命をも左右する。自らの弱さが即、祖国の破滅を導く。 その背負いし者の力の懐の深さは、仕える側の人間のそれとは明らかに一線を画すもの。 本来、個だけでは絶対に出せないような力を、その重みを彼らは持つに至るのだ。 それがセイバーの戦場を覆いつくす「威」の正体――― 大き過ぎる物を双肩に背負った者のそれは、あまりにも巨大な人間力。 ――― 負けぬ………王が将に、威で敗してなるものか ――― 高町なのはを圧して余りある力の正体がこれである。 個の意では到底届かない世界を生きてきたが故に――― 気迫でセイバーがなのはに劣る事は断じてない。 そしてセイバーとなのはとの間には絶対的な経験値量の差。  積み上げてきたものの差というものも存在する。 英雄同士の戦いと言ったが―――それは違う。  これは「英雄」と「英霊」の戦いなのだ。 「英霊」とは即ち、英雄の先にある者―――― 彼らがその生涯を終え、ヒトの世から昇華した、いわば上位の存在なのだ。 英雄としての激動の人生、その栄華と滅びを既に経験してきた者にとっては 高町なのはがどれほど人間離れした胆力を持っていたとしても、やはり20才の女性にしか映らない。 これは覆しようの無い差だ。 魔導士がこの先、10年20年と闘い続け―――― その生の果てに何かの答えに行き着いて生涯を終えるか。 それとも若くして非業の最期を遂げるかは分からない。 だが、その死に際において、なのはは「高町なのは」という存在を完成させる。 そこが高町なのはという英雄の到達点にして、タカマチナノハという英霊の出発点。 ならば今の時点での「英霊」との邂逅が、どれほどきついものであるかなど言うまでもないだろう。 敵は既に自分の先を往く者なのだ。 その「格」の違い―――どう足掻いても覆せるものではない。 故にスカリエッティの立てた方程式に乗っ取った勝負をすれば――― 結果は火を見るよりも明らかであったのだ。 ―――――― セイバー………未だ動かず。 瞬きすら忘れたように微かな揺れすら無い肢体。 当然、隙などを許してくれるわけも無い。 本来、セイバーはこのような待ちのスタイルではない。 そのパワーとスピードを頼りに攻めて攻めて切り崩す剛剣こそが彼女の身上である。 だがその剣が今、微塵も動かない事により―――かえってその不可視の刃に不気味なまでの重圧を与える事となる。 (まだ……動かないの…?) 流石に焦りを感じる魔導士。 目の前の騎士と自分との近接での差は歴然。 この得体の知れない重圧――― 敵を圧する力においても何か決定的な部分で負けているのは明白。 この「静」の戦いは―――魔導士の負けだ。 身体能力。速度。出力などが全く作用しない 即ち、自分を律し、相手を制する精神力の戦い。 この絶対不利の間合いにて、なのはの集中力の方が先に切れてしまったとしても何の不思議があろう? (エクセリオンバスターACS………) 破れかぶれの特攻など論外。 だが消耗し尽くして動けなくなって、何の抵抗もしないままに倒されるよりは遥かに良い。 例えそれを撃ったら―――高確率で詰まれるものだとしても、だ。 (このまま睨み合ってても確実にこちらが先に参る………  限界が来て動けなくなる前に、いちかばちか………覚悟は決めておこう) 奇跡は、多分―――起きない。 その槍がどのような障害をも貫き通す彼女の願いが具現化されたものであれ 十分な余力と溜めをもって待ち受けるセイバーの壁はあまりにも確固。 踏み込んだ勢いそのままにカウンターで薙ぎ払われ、無残に躯をさらす結果に終わるだろう。 故にそれは自殺用拳銃と同じ――――死を承知の上で引かされる最後のトリガー。 その準備を極限の精神状態のままに用意せざるを得ない高町なのは。 (っ…………これまでなの…? みんな……) 散り散りになった仲間の安否すら分からないまま、こんな所で果てるなど許されない。 だが、このままでは………… デバイスの弾奏に、弾を込める。 決壊するダムのように、ぷつん、ぷつん、と―――集中力が崩れていく。 「はぁ、……はぁ、………レイジングハートッ…」 その我慢の極限に達し――― ストライクフレームのトリガーに手をかけた―――その時 ついに…………………セイバーが、動く! ―――――― SABER,s view ――― 敵の呼吸――――心臓の鼓動の高まりを感じる。 気配がより濃密にせり上がってくるのが分かる。 恐らくは覚悟を決めたのだろう。 「…………」 私もだ、魔術師よ…… ――― 決着をつけよう ――― 着火寸前の火薬のように、危険で猛々しい雰囲気をかもし出す彼女。 本来ならそれを受けてこちらも全力で相手を斬り伏せるのみなのだが だが、敢えて私は自身の殺気を一旦、仕舞い―――― 「―――――勇敢なメイガスよ………今一度」 ――自身の構えを解いた。 「ッ!!!!!」 ピクンッと、反応する魔術師。 「互いに譲れぬ身である事は百も承知――なれど、せめて悔いの無きよう…」 所詮はこの身の自我――― 我侭な自己満足に過ぎないが…… 「我はサーヴァント・セイバー………  真名は名乗れぬ身ゆえ―――」 だが例え自己満足だとしても私は騎士だ。 次の一撃でこの剣はかの者を両断し、彼女は物言わぬ躯になるだろう。 または相手の予期せぬ手により自分が打ち倒されるやもしれない。 それでも……いや、そんな互いの命を奪い合う間柄だからこそ――― 「無礼を許して貰えるのなら―――貴方の名を、教えて欲しい。」 ―――その命を我が記憶に刻み付ける事こそ騎士の義務。 礼を忘れたくはなかった。 突然の申し出に機先を制されたのか、それとも我が意図が見えずに狼狽しているのか。 しばらくの間を置いて、の事だったにせよ――― 「…………高町、なのは」 彼女は私に答えてくれた。 「高町なのはと………レイジングハートッ!」 はっきりと芯の通った声で自ら名乗り上げてくれた。 感謝する魔術師よ………… これでもはや―――憂いは無いっ!! ―――――― ―――――― 高町なのはが自らと相棒の名前―――「勇気の心」を冠するその名を紡ぎ出す。 それは迎える決戦にあたり、疲労の極みにした自らに叩き付ける発破のようなものだったのかも知れない。 今や彼女の思考はただ一つの事に向けられている。 故に極限の集中状態にあった彼女は、今の名乗り合いの不自然さを見逃してしまう。 それは「敵が自分を知らない」という不自然さ――― スカリエッティの部下であるのなら知らないはずの無い自分の名前を、である。 「では、タカマチナノハ」 それももはや後の祭り――― 騎士の眼がスゥ、と細くなり……その目が閉じられ、 「――――――いざ」 カッと見開かれる!!!! これ以上無いほどの 「静」から「動」に切り替わる合図。 最後の攻防が―――今、ようやく始まる!! ―――――― セイバーの行動―――その名乗り合いは明らかに敵に自分の飛び出すタイミングを教える行為。 それは真剣勝負においては邪道であると言えよう。 魔道士にとっては埒外の幸運だった。 堕ちかけていた集中力……あと数分もしないうちに高町なのはは相手に無謀な突撃を敢行し 為す術も無く討ち取られていたかも知れないのだ。 故に敵の踏み込みのタイミング――それが分かった事が彼女にとって何よりの幸運である。 ………………………… ………………………否、 そう考えるのは浅はかに過ぎた―――― 騎士は今、示したのだ。 これよりこの戦いは我が剣と誇りをかけた「決闘」である事を。 故に事を為したセイバーの剣にはもはや一片の迷いも無い。 その威力。迫力。疾る剣の鋭さは、今世一大の凄まじいものになるだろう。 命拾いどころの騒ぎではない。次の一撃こそは剣の英霊の渾身を超えた全霊の一撃。 元より防御も回避も不可能だった攻撃が―――人には視認や反応すら不可能な領域に入る! 同じ英霊であっても果たして防げるかどうか。 その剣を、人間であり近接主体でもない魔導士が……受けきらねばならないのだ! 一旦は引いたセイバーの闘気が爆発的に高まり、 なのはの集中力もまた極限まで研ぎ澄まされた。 それが開始の合図であるかのように――― セイバーがなのはに向かって…………その一歩を踏み出す! 足元からバチュンッッ!!!!、と火花が散ったのと同時――― 闇を切り裂く白銀の閃光となった騎士が高町なのはに向かって飛び込んだ!  一撃勝負。手数と重さが身上のその剣から敢えて手数を捨てる! そして放たれた一撃はバーサーカーもかくやという威容を以って魔導士の頭上を襲うのだ! そんな暴威の塊のような剣を前にして―――全く同時だった。 それは果たして防御か回避なのか? 魔導士も待ち焦がれたようにそのスタートを切っていた。 「……………!」 一瞬、目を疑う騎士。 全力のフルブーストによるスタートダッシュ。 セイバーとなのは、それは奇しくも鏡に映ったかのように同じ行動。 その間合いを犯される前に―――高町なのも自ら、セイバーに向かって突進していたのだ! (狙いは―――そうか…!) 騎士が戸惑うのも一瞬。魔術師の双眸を見て思い直す。 その目は破れかぶれでも、ましてや死に行くものの目でも無い。 己の行動に全幅の信頼を持つ者特有の強い眼差しだ。 そう、初めから後ろにも左右にも上にも逃げ場はない――― 故に前。 前に出てこそ―――生還の道がある! 近接系が本来、最も威力を発揮する距離。 それは獲物や闘法の差はあれど、十分な助走と体重を乗せられる中近距離とするのが一般である。 長物であるほどその制空権は広くなり、逆に小回りの利く武器ほどクロスレンジに強い。 だが最も小回りの利く「徒手」においてすら捕らえきれない、俗にいうクロスレンジの更に中―― 近接の攻防には台風の目と言われる安全地帯が確かに存在する。 分かり易く言えば完全密着状態―――――― 素手同士の戦い等でも、組み付き、抱きつけるほどの間合いにおいては打突系がまるで機能しなくなる例も珍しくはない。 ―――故にそこが死角! 止めを刺そうと迫る騎士の剣と合わせて行われた高町なのはの踏み込み。 それはセイバーと比べれば当然落ちるがそれでも高魔力のフルブーストをかけたロケットスタートだ。 並の戦士の踏み込みに勝るとも劣らない鋭い速度に加え、自らの踏み込み速度を利用される形になったセイバー。 タイミングは完璧だった。 これならば大概の相手が易々とその間合いの外――― 否、内側の死角を犯されて魔導士の侵入を許したであろう。 「……英断だ―――だがッ!」 「っくう!!」 しかしそれでも………一歩足りない! 並の騎士を引き合いに出す事など愚かしい――― 相手は万夫不当の剣の英霊なのだ! その魔導士の絶妙の踏み込み対してさえ、体を合わせ 自らの体勢、その剣を振るスピードを修正してくる。 なのはのドンピシャの踏み込みは結果、0.03秒、その剣筋を遅らせただけに過ぎない。 セイバーは止まらない。騎士の絶死の斬撃がついに――― 「――――――ッッッ!!!!!!!」 大気を切り裂いてなのはの右上方から放たれた!! それはあまりの猛撃故、逆に音にならぬほどの咆哮。 全霊――――二の太刀を視野にすら入れない勢いで放たれたセイバーの剣。 それはもはや音速を軽々と超え、ソニックブームを引き起こして魔導士の身に降りかかる。 右の袈裟斬り。そう……肩口を狙ったその軌道は、開戦時に一撃でなのはを行動不能にした剣筋だ。 西洋騎士の、空手における正拳中段突きに位置する基本にして最も得意とする技である。 半身を切り、剣を下段にだらりと下げた姿勢から上方に振りかぶり、真っ向から斬って落とす。 甲冑ごと斬り伏せるのが常の騎士にとっての謂わば常道技。 なのはは読んでいた。 否、カマをかけていたと言った方が良い。 騎士の突撃前の半身の構えに加え、五分以上の確率で騎士の初撃はこの技から始まる事。 あらゆる状況を視野に入れてのその思惑はドンピシャ―――決めの一撃は予想通りの大上段! 剣士の決め技・右袈裟に対抗する技。 戦技において遠距離型の魔導士が最も課題にするのが「近接戦のいなし」だ。 それは当然、彼らは敵を懐に入れないで闘うのが理想であるから。 とはいえ高ランクの騎士相手に終始、自分の距離を保ったまま戦うのは難しい。 故に右構えの剣士に対応できる返し技の習得は戦技教導隊においては必須。 近接で打ち勝つための技ではない。それはあくまで最悪の展開を凌ぎ、生き残るための教技――― 「やあああぁぁぁあああああッッッッッ!!!」 振り絞る闘志。  溜めに溜めた裂帛の気合。 筋肉の、魔力の一片までもを蠕動させて 全身を叩きつけるように出した高町なのはの―――セイバーの左の肩口を狙った打突 奇しくもなのはの利き腕である左の突きは数分違わずサーヴァントの肩口を狙い 攻撃をストッピングする役割を果たす。 突きの直線の軌道は振り被る騎士の剣よりも数段早く届くのだ! ジャンケンにおける「パー」に対する「チョキ」。 毎日、毎日、腕が上がらなくなるほどに修練を重ねた基本を踏襲した理想的な軌道。 高町なのはの返し技がセイバーの攻撃を凌ぐ――― 「……………!!!」 そう、チョキはパーに勝てるのがルールでありセオリー……… 屋内に金属と金属が激しく激突する苛烈極まりない音が響き渡ったのは――― 全てが終わった後の事。  理論上は一歩早く届くはずの教導官の突き。 パーに一方的に打ち勝てるはずのチョキ。 だが――― 「むううううッッ!!!」 「はっ!? くッ!!」 そのパーは―――――――強過ぎた! ルール・セオリーを全く無視してチョキを粉砕する反則なパー。 サーヴァントを常識の範疇で語るなど愚の骨頂。 人の世の論理を覆す程の剣技を持つが故に彼女は剣の英霊なのだ。 予想の十割り増し、などという生易しいものではない。 セイバーの、初動から肩口を引き絞り、叩き落す――その地点に到達したのが完全なるノータイム。 大振りでありながらまるで無拍子を思わせる、時間を止めたのではないかと錯覚させるほどの セイバーの必殺の袈裟斬りが空間を引き裂いてレイジングハートと激突したのだ。 聖なる剣と勇気を冠する杖――― 最強の騎士の全身全霊の剣戟と無敵の魔道士の全力全開の突き。 共に無双を誇る者同士の激突。 ことに騎士を凌駕する出力を誇る高町なのはならば あのセイバーが相手だったとしても決して劣る事は――― ―――――――ぎいぃぃぃいんッッッッ!!!!!!!!! 「くぁッ…!!!?」 ――――――勝負にすらならなかった 相殺。斬り払い。鍔迫り合い。その他一切の受け身を許さない。 なのはの顔が苦悶に歪み、左腕が有り得ない方向に弾き飛ばされる。 腕ごと爆薬で吹き飛ばされたかのような衝撃と共に、レイジングハートが全く一方的に聖剣に弾かれる。 なのはの体ごと放り込むような一撃は相手の攻撃を相殺どころか、剣筋を変える事すら許さなかったのだ! レベルが違うのは彼女自身、理解していたはずだ。 近接で拮抗出来るとは思っていない。 一撃………ただの一撃だけでも受けられればという想いからの返し技だったのだろう。 だがその願いすら空しく、彼女の全力は僅かに騎士の一振りを0.04秒、遅らせただけである。 完全に左半身を泳がされ、体勢を崩したなのはに叩き落される閃光。 発動する障壁、そして重装甲BJ―――それらが背水の盾としてセイバーの剣に接触する。 咄嗟に張ったものではない。先程の睨み合いにおける対峙時間 その間に十分な魔力を込めておいた、謂わばエースの最後の防波堤だ。 それらを―――――― 剣はまるで藁でも切断するかのように掻き分けていく!!! 主を守るべく立ちはだかった最後の壁はその役目を全うするどころか なのはの生身に到達するまでの騎士の剣を僅か0.02秒、遅らせただけである。 問題にすらならなかった。 高町なのはの決死の覚悟を乗せた突進、タイミングも抜きも最善だったそれは 踏み込み、打突、防壁を合わせてもセイバーの一撃を0.1秒足らず遅らせただけ。 全てをかけて稼げたのがコンマ一秒―――あまりにも無情なその結果…… これが―――――この攻防の結末 もはやセイバーの剣を阻むものはなく、なのはに一切の為す術も無い。 敗れた魔導士の肩に騎士の刃の先端が食い込み、彼女の脳裏を「死」という一文字が占拠する。 どうにもならない無力感。 どうしても覆せない絶望感。 これから全てを失うんだという喪失感。 そのような負の感情が心を支配していく中、その脳内を駆け巡るのは走馬灯――― (上出来……! 0.1秒「も」稼げた!) ―――などでは断じて無い! 不屈のエースはそんなものは見ない!! ヒザを抱えて無力感に泣いた幼少期はもはや過去の事。 早く皆の役に立とうと、大人になろうと頑張った―― そしてあの奇跡の出会い。 闘い続けた10年。 嬉しい事。悲しい事。 大事な人との思い出。 それは既に彼女の内にて彼女の確固たる力となる高町なのはの骨組だ。 死に際の走馬灯でひょっこり顔を出すような類のモノではない! (体ごとぶつかっても、まるで問題にならない相手の剣戟……!) そんな事は彼女自身が一番良く分かっていた。 この騎士の一撃を打ち落とす事など無理。 初めから分かっていた事だ。 それでも……負けると分かってても――――欲しかったのだ。 自身を僅かに捻じ込めるだけのその時間。 なのはの前進によって稼げた僅か0.1秒という、瞬きをする間も無い刹那の瞬。 振り絞るように稼ぎ出した、その0.1秒こそが―――彼女が生還出来るか否かの分かれ目だったのだ! ほんの一瞬でもいい……回避も防御も不可能な攻撃である事は依然変わりはないであろう。 だが一瞬でも視認、反応を辛うじて許す程度の減速さえ出来れば! 剣が肩に食い込み、今まさに自分を両断せんとする刹那――― 「フラッシュムーブッッッッ!!」 起死回生とも言える高町なのはの高速回避魔法が発動する! ―――――― ―― それは檻に入れられた人とライオンの闘い ―― 空を飛ぶ高町なのはを引き摺り下ろし その羽を封じるために共に屋内に身を移す事を選んだセイバー。 だが、奇しくもこの時、セイバーとなのは共に考える事は同じだったのだ。 この教導官もまた、速すぎる相手の足、その動きを封じるためにセイバーを檻に入れる事を考えていた。 先の攻防において、なのははライオンを檻に入れる事には成功したものの自らも引きずり込まれてしまったという状態だった。 まさに決死の思い。 目の前のライオンを撒いて自分が外に出れば理想の状況を作れる。 とはいえ、その牙を、爪を掻い潜って出口まで辿り着くのは至難――― まともに向かえば九分九厘、引き裂かれるのが必定。 故にライオンの意表を突く手品を最後まで取っておけた僥倖を――― 獅子との睨み合いに折れてしまう前に機会が訪れてくれた幸運を――― 彼女は天に感謝するより他に無かった。 ―――――― (捕らえた……!) 相手の反撃。その一撃を完全に弾き飛ばし、無双の剣を打ち込む。 人の体に到達する確かな感触。 肩口に叩き込んだ己が剣を、そのまま斜めに斬り降ろし――― (………!!?) ――そのまま…………セイバーの剣は、無機質なコンクリの地面に叩き付けられた。 極限まで目を剥くセイバー。 フロアを真っ二つに割る凄まじい衝撃が、剣風が前方に陳列してあった雑貨を余さず吹き飛ばす。 だがしかし、その最強無比の一撃を受けて両断され、真っ二つに転がる魔道士の姿が――――――無い!? (消えただと……バカな…!?) 確かに打ち込んだ。 手に馴染んだいつも通りの感触だった。 その手応えがいきなり、まるで霞を切ったように消失し、思わず前方にたたらを踏んでしまう。 そして消えた魔導士――高町なのはは 騎士の後方。 つまりはセイバーより窓に近い地点に瞬間移動じみた速度でその姿を現す。 きゅいん、!とアスファルトの塗装を抉るように着地した優雅なる白鳥の舞い。 その純白のブーツがしかと地面を踏み抜き、彼女の健在を確固たるものにする。 「ッッ!! はぁ、はぁッ…! ………よしっ!」 ―――――成功ッ! 会心の手応え。  この強い騎士の不可避であるはずの攻撃をギリギリまで引き付けて、一回限りの問答無用のエスケープ。 冷静が身上の彼女が思わず身震いしながら両手の拳をぎゅっと握り締める。 それ程の成功。まさに命懸けの綱渡りを渡りきった感触だ! フラッシュムーブ――― アクセルフィンに魔力を叩き込み、その圧縮された力が瞬間的に出力・移動速度を高め 通常の数倍、数十倍の加速を行う移動魔法である。 その瞬間最大速度は時にサーヴァントの視認すら超えるスピードを叩き出す。 重装甲故、決して機動性の高くない高町なのはの回避・ポジション確保の要となる魔法。 なのはの近接における主力武器になったはずのそれ。 流石に真正面からこの騎士と斬り合うには至らないまでも、完全な奇襲として一回。 視界の狭まった、至近距離での一回に限って使うならば――― 出し抜ける筈!この相手であっても! かくして見事、セイバーの後ろを取った高町なのは。 そこですぐに無謀な反撃を行うほど馬鹿ではない。 今の攻防でBJの左の肩の部分が鎖骨の辺りまで裂け、切り傷から出血が見られる。 まさに九死に一生を得たその身が求めるのは安易な反撃にあらず! 彼女は窓に向かい――――後ろも振り返らず、全速力で駆け抜ける! そう、彼女が求めるのは空! 自身の翼を最大限に活用できる尽きせぬ蒼天だ! ―――――― セイバーが後方の様子に気づき―――呆然とする。 (そ、そんな、バカな……!?) この剣の英霊をして心胆震え上がらせる、無様に前方にバランスを崩させるほどの それは完全無欠な―――透かし。 (私の視認すら許さぬスピードであの一撃を回避し   あまつさえ、後ろを取ったというのか……!?) 技にも驚いた。だが真に驚嘆すべきはそのタイミング。 それは戦場にて幾多の白刃を切り抜けて来た者にしか身につかぬ刹那の呼吸。 本当にギリギリだったのだ。 必殺の刃が体に食い込んだ瞬間まで引き付けておいての相手の瞬間移動。 あの極限の邂逅の中で、自分を相手に、一歩間違えれば確実に絶命する作戦を見事成功させた。 見事の…………一言だった―――― (だが………逃がさぬッ!!) セイバーが踵を返し、すぐに魔導士の後を追う。だが―――――時すでに遅し。 最短距離をまるでスプリンターのように前傾姿勢で駆け抜けた教導官。 手を前方に十字にクロスさせ、ガッシャーーーン!!!という凄まじい音と共にガラスを突き破り 屋外へ勢いよくダイブ。その身を宙に躍らせていたのである! (……しまったっ!) 檻の中に囲んだ鳥を再び中空へ逃がすという有り得ない失態。唇を噛むセイバー。 そして、その彼女の全霊の一撃を凌いだ高町なのは。 抑え込まれていた羽を雄雄しく広げ、蘇る無敵の空戦魔導士。 風を体いっぱいに感じ、死地より生還した喜びと共に、解き放たれた気勢を一様に解放する。 「レイジングハートッ!! マルチタスク展開!! ここで全部出すッッ!!!」 宙に躍り出た不自然な体勢のまま、ムーンサルトのように体を反転させて方向転換。 彼女の細い指が戦意のままにセイバーに向く。 「アクセルシューターッッ!!!!」 3Fフロア内に打ち込まれる50弱のスフィア。 出し惜しみなどない! その全砲門を屋内の騎士に掃射した! 残った窓ガラスもこの大乱射にはひとたまりもなく全損。 密室の相手に機関銃を打ちまくったかのような轟音が闇夜の廃墟に響き渡る。 「うあっっ!!?」 寸でのところでなのはの方が早い。 その背中に追い縋ろうとしたセイバーがカウンターでシューターの掃射を貰う。 まさに蜂の巣状態の騎士王。屋内の狭いフロアに間断なく降り注ぐ魔弾。 逃げ場もなく全身に被弾するセイバーの内部にてぞぶり、!ぞぶり、!と魔力がこそげ落ちる感覚が襲う。 「うおおおおおおおっっ!!!!!!!」 だが彼女は獅子だ。雄々しき金の鬣を称えた百獣の王だ! その怒りが天を突き、聞く者を震撼させるような咆哮と共に己が爪を――― 手に持つ聖剣を縦横無尽に降りかざす! 振りかざしながらに前進――否、突進する! 360度、四方八方から襲い来る魔の弾丸を思うがままに斬り払いながらに突撃突貫! ブリテンの猛る赤竜の猛追をこのような豆鉄砲で止められると思うが浅はかの極みっ! 「ディバイィィン………」 否、浅はかだったのは獅子にして竜である剣の英霊の方! 堂に入らば―――鉄壁の砲撃城塞と化すこの不世出のSランク魔導士。 開始早々と違い、もはや不意を打たれるような事も無し! 「バスタァァーーーーッッ!!!!」 二度は抜かせないという確固たる意思の元に放たれる、なのはのフルチャージ砲撃魔法が―― 「くはッ……ぁ!!!?」 セイバーの前進を、その体ごと吹き飛ばして止めていた! 抜き打ちだったとはいえ、開始早々はゆうに耐えられた相手の魔術を踏み止まれなくなって来ている。 騎士の無尽蔵の魔力に銘打たれた打たれ強さも、ついに底を打つ時が来たのだ! 咄嗟に魔力を放出し、受身を取ったにも関わらず無様に吹き飛ばされたセイバー。 だがこれで終わりではない! 魔導士の逆襲はこんなものでは終わらない! 飛ばされ、地に背中を叩きつけられるその前に――― 周囲で舌なめずりしていた残りのシューター全てが騎士の四肢に食らい付き、その細い肢体に牙を突きたてる! ノックダウンすら許さぬ教導官の鬼気迫る追い討ちで騎士の体が浮いたままに弾け飛ぶ!  狭い屋内に閉じ込められた不利―――今度はセイバーが味わう番だった! (がっ――――こ、これ以上は……ッ) ―――――まずい! 強引に突破出来ると踏んだこの身の浅はか――― その不明ごと滅多打ちにされ、もんどり打ってフロアに倒れ付すセイバー。 彼女の攻撃も防御も、その要となるのは魔力。その魔力の減退をこれ以上許しては致命的。 倒れたまま地面を蹴ってフロアを転がるように――― 家具や雑貨の棚を蹴散らしながらビル内の柱の影に隠れるセイバー。 屈辱的―――何人の防衛網をも、その剣で撃破して来た騎士王がその前進を止められるとは……! 「続けてッッ!!!」 だが、当然ながらこれで終わりではない! なのはの足元の魔法陣が更に激しく猛々しく稼動する! <master!> 「大、丈夫ッ!」 魔法の連続行使に彼女の心臓が破裂するほどに踊り狂い、その口から苦しげな息が漏れる。 だが、ここが勝機! 勝負どころを違える彼女ではない。 これを逃がせばあの敵はまた息を吹き返し、何度と無く自分を窮地に陥れるだろう。 故にここで倒しきる! 高町なのはの魔力が大気内を駆け巡り、プラズマ現象を引き起こすほどに圧縮されていく。 それは大魔法の兆候――― 「行って……! スターダストォォフォールッッッ!!」 なのはの下方の地面。 そのアスファルトが次々にめくれ、砕けて上昇。 まるでスペースデブリのように彼女の周囲に展開する。 物質加速型射撃魔法・スターダストフォール――― 小型の隕石と化したそれらが対象に降りかかり打ち砕く物理ダメージによる攻撃魔法である。 (……!) だがセイバーは物陰から躍り出ようとする。 この誇り高き騎士が敵を前に、いつまでも物陰に隠れていられるはずがない。 ここが突破のチャンスと見たのだ。 怖いのは得体の知れない魔力ダメージ―――岩石の一つや二つ、が迫ってきたところで物の数ではない。 「そのような石くれで私を倒せるとでも――!」 柱の影から躍り出る騎士。 と同時に、なのはの手が前方の騎士の少女に向けて翻る。 それを合図に大小様々な岩石がセイバー目掛けて襲い掛かった。 しかし―――――― 「思ってないよ…」 「なにっ!!?」 冷静に言い放つ魔導士。セイバーが再び息を呑む。 その無数の石くれの軌道は―――彼女自身を狙ったものではなかった。 それらはセイバーに届く前に失速、もとい3Fの窓枠や出入り口に叩きつけられていく。 この岩は初めから出入り口を狙って打ち出されたものだったのだ。 岩石が叩きつけられ、砕ける炸裂音と共にそれはバリケートのように積みあがり――― 3Fの出入り口である窓全てを…………完全に塞いでいた。 ―――――― Floor 3 ――― 「閉じ込められたか………」 夜光すら差し込まぬ完全な静寂が支配する闇の中―――セイバーが呟く。 (手強い………タカマチ、ナノハ…) 流れが明らかにあちらへ向いている。 負ける気など毛頭ないが……やはり再び中空へ逃がしてしまったのは痛い。 もう一度やり直しとなるが、彼女を再び堕とす算段を立てなければならない。 (流れが傾いたのなら強引に引き戻せば良いだけの事。) 敵は常に数手先を読んだ戦いをしている。 そしてそれを実行できるだけのフィジカル・メンタル的な強さも持っている。 不意の事態においても全く崩れる素振りを見せない。 まるで騎士の魂と魔術師の狡猾さを併せ持つかのような相手――つくづく、強敵であった。 「何にせよ、こんなところでのんびりしている謂れは無いか。」 相当の手傷を負ってしまったらしい。体中が重くだるい。 ナカを抉られた感触がひたすら不快だ。 だが敵とて苦しいはずである。 せっかく今までプレッシャーを与え続けたのだ。 例えどのように策を練り、こちらを撒き続けたとしても―― その相手の容量を超える圧力を与え続ければ、必ず堕ちる。 立ち上がり、遥か前方の岩の壁を見やるセイバー。 閉じ込められたと言ってもそれは密室でも何でもない。 明かり一つない暗がりとはいえ、探せば非常用の階段くらいはあるだろうし そもそもあのような即席のバリケートでは自分の突破を阻むことなど出来ない。 今は霊体化出来ないセイバーであるが、古の堅固な城壁ならともかく あんな岩が積みあがって出来ただけの壁など一撃で容易く抜けるはずだ。 「狙いは時間稼ぎか……新たなる罠を張るための布石か) 相手とてこれで自分を完全に封じ込めたなどとは思っていないだろう。 では尚更、敵に一息入れさせるのは宜しくない。 飛び出した瞬間に狙われる危険はあるだろうが、階段を探して使っている暇も惜しい。 ここは正面突破で脱出を――― セイバーが思考をまとめ、突破を決意する。 その間――――――約十秒……… ―――― ラストカード ―――― なのはがセイバーを仕留めるために切る最後の手札――― その準備をするには十分過ぎる時間だった。 ―――――― ??? ――― 「ひっ……」 モニター上でその戦いを見ていたナンバーズの4女がくぐもった悲鳴をあげる。 高町なのは――エースオブエース 否、あまりの凄絶な戦闘力と徹底した詰めの厳しさから 次元犯罪者の世界で囁き続けられている彼女の―――もう一つの異名 ――― 管理局の白い悪魔 ―――    曰く、    空で白き翼に出会ったら大人しく縛られておけ    間違っても抵抗などするな    残酷なまでの自分の無力さと    一生消えないトラウマを同時に埋め込まれる 純白のローブが、栗色の髪が、膨大な魔力光によって翻る。 その表情―――見るものを凍りつかせる双眸が……檻に入れられた獅子に向けられる! ―――――― Floor 3 ――― セイバーが即席の密室から脱出しようと身構える――― 前方の岩の壁を一撃で抜こうと腰を落として力を溜める。 ここから脱した後の迎撃や罠の激しさは想像に難くないが その全てを噛み砕いて、再び相手の魔術師の喉笛に噛み付く覚悟は出来ている。 そんな決意を新たにした瞬間――――故にさすがのセイバーも気づけない。 その予想の遥か上を行く――― 「―――――――」 ――― 天よりの砲殺 ――― 抵抗も反応も出来ない空からの裁き。 その極大の砲撃がセイバーの直上―― 完全な死角から、その天井を突き破って―― 彼女を一方的に、一言も発せさせずに…………飲み込んでいた。 ―――――― Floor 8 ――― 高層ビルの8階部分――― その中央に魔導士はいた。 前足に体重を乗せて亀裂をつけんばかりに踏み込んだ姿勢。  足幅を広げ、地面に突き立てるレイジングハートは既に魔力充電マックス。 翻る法衣。逆巻く長髪。 その鬼気迫る表情のままに――― 「エクセリオォォォォン……バスタァァァーーー!!!!」 2発目の壁抜き―――否、天井抜きエクセリオンバスターが発動する! AMF内でさえ強固なる壁を容易くブチ抜くなのはの砲撃。 ベニヤとコンクリートで仕切った天井など物の数ではない。 破滅の光は7F、6F、5F、4Fを瞬く間に次々と蹂躙し3F部分に到達。 外にいるはずの魔導士の強襲に神経を裂いていたセイバーの、その無防備な頭上に降り注ぐ! 「サード・ブレイクッ! シューートッッッ!!!」 高町なのはの高らかな詠唱はもはや絶叫に近い。 狂ったように撃ち続ける。   悪魔の砲撃を、止めない――止まらない! 3発、4発! この敵を沈めるには1撃2撃ではぬる過ぎる。 檻に捕らわれた獣に一方的に銃弾……否、砲弾を撃ち込み続ける。 5発! 見ているものを震え上がらせるほどの咆哮。 それはあまりにも惨たらしい殺戮劇。 3Fではもはや袋のネズミと化した騎士が為す術も無く蹂躙され、叩きつけられ、弾け飛んでいるだろう。  それが完全に動かなくなるまで、この惨劇は続けられる――― 「バスタァァァーーーーーッッッッ!!!!」 ―――そのファイナルショットが……撃ち込まれた! 抵抗の出来ないセイバーに計6発のエクセリオンバスターの斉射。 それを以って――――鬼と化した魔導士の砲撃が………止まる。 ―――――― 桃色の魔力の残滓がそこかしこに漂う8Fフロア――― 砲身となったレイジングハート先端から硝煙が余韻のように立ち込めている。 高町なのはは杖を地に付き立てたまま動かない。 口からはゼェ、ゼェ、と――喉や肺が潰れたかと思わせるような呼吸音をひり出している。 恐らくは彼女の戦績においても間違いなく最強クラスの相手だった。 戦闘経緯を振り返れば振り返るほど、今、自分が倒されていないのが不思議な程だ。 極度のプレッシャーにその身を削られ、傷つき、そして最後の連続魔法の一斉解放――― 見るからにボロボロの、辛勝だった。 だが――そんな強敵を相手に困難な作戦を彼女は完璧にやりきったのだ。 その胸に去来するのは達成感か、それとも九死に一生を拾った歓喜か。 手先は震え、彼女の震える唇が勝利の言葉を―――紡ぎ出す。 「――――――何で、」 それは達成感、歓喜の響き―――― 「何で、」 ―――では、なく………? 「何で、…………嘘でしょう…?」 彼女の口から出た言葉は―――紛う事なき絶望の響き…… 「どうして……?」 否、それは純然たる疑問の響きだった。 数学の公式の解が、その仕組みがどうしても分からず 何故そうなるか教師にしつこく詰め寄る時のそれを 掠れた声で喉から搾り出すように彼女は―――繰り返し繰り返し、呟いていた。 ―――――― Floor 8 ――― Sランク魔導士のリミッター無しの全力砲撃。 天からの裁きの光を浴びせられ続けた3F。 蹂躙され、薙ぎ払われたそこにはもはや雑貨や家具の展示場たる面影はない。 そこには空襲が過ぎ去ったかのような大破壊の跡のみがあり どのような生物も等しく生存を許されないかのような惨状の只中である。 だが、そんな中―――― 「……………はぁ、……は、…」 息も絶え絶えながら、白銀の肢体が凛々しく雄大に――その存在を誇示している。 エクセリオンバスター6発――― 辛うじて、全弾回避――― セイバー健在。 天変地異じみた砲殺に晒されながら なおも、その光り輝く姿を地に付ける事は適わず。 「――――気づけなかった事が……幸いしたな。」 さすがの彼女も息が荒い。 額からは汗を滲ませている。 それは英霊の身をもってしても困難な肉体行使だったのだ。 「凄まじい攻撃だった……あの敵は私の想像を悉く超えてくる」 上の階に位置するであろう相手の魔術師。 恐らくは混乱の極みにある高町なのはに素直な賞賛を送りつつ、見上げるセイバー。 彼女には今、何が起こったのか理解できないだろう。 大火力による砲殺――その破壊的なイメージから大雑把で力任せな印象を受けてしまう彼女の戦闘スタイルは その実、緻密な計算と戦術、基本と理論の積み重ねによって成り立つ部分が大きい。 だからこそ今の回避だけは納得のしようがない。 相手の能力は今までも十分存外であったにせよ、それは卓越した剣技や身体能力の為せる業だと定義出来た。 だが今の砲撃は、頭上を取ったからと言って闇雲に撃ちまくったわけではない。 綿密なエリアサーチにて常に敵の死角―――斜め後方、絶対に避けられない角度から、しこたま浴びせ続けたのだ。 必中の軌道だった。 確実にクリティカルヒットの手応え。 数千数万と砲撃を撃ち続けた彼女だからこそ、その感覚だけは絶対の自信を持っていた。 現に騎士の五感はその攻撃に対応できてなかったはずなのだ。 その自信が―――粉々に砕けた…… 何故セイバーがこの攻撃をかわせたのか?どうやって回避したのか? もしなのはが今その真実を知ったら…… 「そんなのアリ?」と、流石のエースオブエースも天を仰いでいただろう。 この相手は、戦技の限りを尽くした彼女のファイナルショットを その積み上げてきたロジックを―― ただのカンと運で…………避けたのだから。 ―――――― Floor 8 ――― 「レイジングハート………こちらはサーチされてないよね…?」 聞くまでもない。 逆サーチの可能性は初めに調べてクリアしていた。 故になのはの戦術を破ったのは皮肉にも彼女が信じて磨き上げた、そのロジックの外にある力―― そう、圧倒的な火力と体術、剣技、はたまた対魔力。 個の戦闘能力としては十分に破格な性能ではあっても、それだけで12の会戦を無敗で勝ちつづける事など出来ない。 騎士王アーサーの不敗伝説を打ち立てたそれは―――    死の運命すら捻じ曲げるほどの神聖じみた「強運」    未来予知じみた危機回避能力、その「直感」 どれほど策を練り、罠にかけ、その「必中」のロジックを積み上げたとしても この騎士はそれを簡単に――運命ごと捻じ曲げてしまうのだ。 「…………弱ったな。 今ので、決められないとなると…」 本気でやばいかも知れない―――― 疲労から後方に崩れ落ちそうになる高町なのは。 魔力エンプティ寸前まで捻じ込んだラッシュをすら往なされたのだ。 その絶望感は彼女でなければ到底、立ち直れるレベルのものではない。 右の脇腹は既に内出血を起こし、加えて左の肩…… その傷も決して浅くない。純白のBJに血が滲んでいる。 英霊の放つ重圧に至近距離でその身を貫かれ、弾き返しながら闘い続けた。 その攻防の末、危険な賭けを凌ぎ、見事にハイリスクを乗り越えた。 その挙句の果てが―――見返り無しのノーリターン…… 「参った……本当に…」 流石の彼女の肉体も精神も既に限界にきていた。 ――――撤退 選択肢の一つに「逃げる」という手がある。 それを選ばせる相手自体が稀も稀であったが故に、不屈のエースは今まで滅多にその行動を取った事はない。 だが負けず嫌いではある彼女とて一線は踏まえている。 絶対に勝てない相手、実力が違う相手に挑み続けて作戦を完遂出来ずに命を散らすような真似をするほど愚かではない。 また彼女はそんな勝手が出来る立場にいないのである。 「でも……多分、無理だ…」 呟く彼女。 今となってはその逃走すらも難しい。 そもそも本部や母艦の位置が分からず、味方との連絡も取れない状況で――どこに逃げるというのか? あの敵の追い足では振り切る事も出来ないだろう。 向こうは当然、通信等を駆使して増援を呼べるのだから、こちらは苦も無く追い詰めてしまう。 相手の視認の許さない雲の上まで飛び上がり、地上の騎士を撒くケースも論外。 敵に対空砲や戦艦の主砲があったら撃ち落されて蒸発して終わりだ。 つまり今ここで逃げたとしても生存率は限りなく低い、絶望的なあてどもない逃避行になるのみ。 (厳しい……どう考えても) 相棒の杖の柄をぎゅっと握り締めるなのは。 絶望感と焦燥感で押し潰され兼ねない状況にて最悪の事態が脳裏をよぎる。 「ヴィヴィオ……」 彼女とて空の人間。 戦火に身を晒していれば、いつかはこんな日も来るだろうと覚悟はしていた。 だが…………今の彼女には死ねない理由がある。 愛する娘が出来たのだ――――― 戸惑いながらも不器用に、一生懸命その絆を育み合っている娘。 その娘の下へ帰るのが、今の彼女にとってのもう一つの任務。 「大丈夫………ママは必ず帰るからね…」 弱音など吐いている暇はない。今、出来ることを全力で考える。 彼女はいつだって―――そうしてきたのだ。 まずはあの敵を打倒しなくてはならない。 どう考えてもそれしか無い。 情報を聞き出せればよし……何も喋らせられなくとも、無力化して 追っ手として機能させないだけでも生存率は全く違ってくるのだから。 そうと決まれば彼女の行動は早い。 「よし………生きてる…」 3Fの様子を探ると、まだなのはの仕掛けは残っていた。 檻は未だ機能している。 まだ―――手札も残っている。 「レイジングハート……私がその体勢に入ったら、一定感覚で周囲を散開させて。  絶対に気づかれないように……」 <all right> 檻から抜けられてしまったらお終いだ。 もはやあの騎士に自分の攻撃が当たる事は無いだろう。 だから、ここで――――決める! なのはは最後の勝負に出る事を決意する。 「撤退ルートの確保、通信手段の復旧。  もしこれが通用しなかったら………その時に考えるとして…」 目を閉じ、酸素を肺一杯に吸い上げる。 「今はあの人を……倒す事だけを考えよう」 ゆっくりと目を開き―――体に染み渡った吐息を吐く。 と共に、体位を雄大に開いたような大きな構えを取る。 杖を上方に構え――― (あと少しだけ……少しだけ、動かないで……お願い!) 高町なのはは己が切り札の名を紡ぐ―――其の名は…… ――― スターライトブレイカー ――― ―――――― Floor 3 ――― 天罰覿面といった感すらある苛烈なる砲撃が――― 「――――止んだ、か…」 ――――ようやく止まる。 柱に寄りかかり重い息を吐くセイバー。 彼女をして心胆に極度の負荷をかけるほどの窮地であった事はもはや語るまでも無いだろう。 この剣が届かない以上、回避に全てを費やすしかないとはいえ―――このままでは一向に事態が好転しない。 「さて―――どうするか…」 敵が上の階にいるのは明らかだ。 階段をせこせこ登って彼女の元まで辿り着くか? …………いや、それは考えるまでも無く悪手だ。 階段はもちろん、上方に開いた穴を飛んでいくのもまずい。 先程の魔砲を再び撃って来られた場合、その規模から言って一本道ではとても逃げ場がない。 やはり岩の壁を突破――――― そんな思案にふけること数秒、やはり考えたところで埒があかない。 無策で突っ込めるほど容易い相手ではないが……… と、その時―――― 6発もの大爆撃に見舞われ、粉塵と埃に塗れた3階フロア。 その周囲の残骸から、爆音と共に桃色の弾丸が飛び出す! 「むうっ!?」 魔術師に先程打ち込まれた50近い魔弾。 それらは騎士の体や障害物に被弾して破砕したものを除き――未だ健在だった。 その数、20以上。密室内に閉じ込められた騎士の周りを高速で飛び 今、檻の中に更に檻を形作るかのように彼女を包囲していたのだ。 「またも遠隔操作――ちっ…」 こちらに考える隙を与えないつもりだろう。 間断なく繰り返される敵の攻撃。こちらは受け身の時間が長引いている。 騎士の力が、魔術師の技で凌がれている証拠――― 上手いと言わざるを得ない。 騎士の周囲を飛び回る魔力弾はまるで全てに意思があるかのように 速度、軌道すらまちまちに飛び、ランダムに2~3発ずつ彼女の体目掛けて襲来してくる。 それを体を裁いたり、斬り払ったりで往なすセイバー。 (常に正確に急所に飛んでくる……  視認出来ない位置からでも、こちらの動きが見えているのか?) 兎に角、やっかいな相手だった。 反撃もままならず一方的に狙い撃たれ続ければ、いくら英霊といえど打倒されるのは必定。 天井の穴をキッと睨み据えるセイバー。 遥か上にいるであろう魔術師を仰ぎ見、どうにかしてあそこへ駆け上がる方法がないか考え――― 「なっっっっっ!!!???」 ――――――戦慄!!!!!!!!!!!!!!!! 騎士は、この闘いで初めて――その全身を貫くほどの戦慄に襲われる! ―――――― 見上げた遥かな上方―――― 暗がりで敵の姿は視認出来ない。 出来ないが、そんな事はどうでもよかった。 その明かり一つ無い、闇夜であるはずの上空を照らし出す―――桃色の光! セイバーの第6感による危機感知能力があらん限りの警鐘を鳴らしている。 否、セイバーでなくともおおよそ魔術をかじった者なら誰でも分かる異変。 それは膨大な………あまりにも膨大な…………魔力の渦っ! 荒れ狂う魔力が大気を、その空間を軋ませて、掻き混ぜ、歪ませ 一つの破壊の意思として具現化している。 それはまさしく――――  「宝具ッ………!」 セイバーは今度こそ、その驚愕の表情を隠す事も忘れて 呆然と上の階の脅威を見上げるのだった。 ―――――― Floor 8 ――― 左手を天高く突き上げたその手には愛杖レイジングハート。 その左手首に右手を添えて耐える………… ―――その全身を食い破らんばかりの魔力集束の反動に (4秒、5秒……) リンカーコアと体内の魔力回路がフル稼動し、高町なのはの人としての機能を彼方に追いやる。 その巨大な弾頭を打ち出すためだけの装置―――砲身としての機能を形成していく。 ギチリギチリと軋む肉体に彼女の顔が歪む。 その廃墟。戦闘となったフィールド全域に散らばった魔力の滓が高層ビル8F――― 高町なのはの正面に集まっていく。 8階フロアは既に人の入れる空間ではなくなってしまっていた。 震える大気。溶鉱炉の如き熱量は景色をぐにゃりと歪ませ、そこはもはや高町なのはを中心とした―― 巨大な魔力炉と化していた!! ―――――― Floor 3 ――― 有り得ない、と……一概に否定は出来ない――― この騎士の少女自身がヒトの身でありながら聖剣を携え、幾多の伝説を作った英雄なのだ。 故に人間の魔術師が宝具を、その高貴なる幻想―― ノーブルファンタズムを携えている事も十分に有り得る事態だった。 (「その域」にすら達しているというのか……あの魔術師は!?) 英霊と互角に闘い、宝具すら所持し その勇猛なる魂。無双の力を世界に示す――時代に名を刻まれるべき英雄であると? 「…………」 騎士の手に収まる不可視の剣が――震えている。 「――――どうした……聖剣よ」 担い手である騎士に語りかける。 「答えたいのか……? アレに」 ――― 我を振るえ、薙ぎ払えと ――― 最強の幻想が牙を研いでいる。 眼前の脅威なぞ何するものぞと。 我が力の前では無力。その全てを灰燼と化さん、と……猛っている。 神秘の結晶たるこの至宝の剣が、恐らくは神秘と対の存在であろう目の前の脅威に対して。 「………………ふ、」 セイバーが微かに笑う。 実際には、やはり震えていたのは―――彼女の体の方だった。 その体内の昂ぶりが、魔力の震えが聖剣を共鳴させたに過ぎない。 あまりにも不意に、突然にして出会ってしまった予期せぬ好敵手――― その力。その勇気。 このような勇者を相手に英霊としての力を賭して闘える喜びに―― 「……魔術師よ。貴方にはつくづく驚かされる―――」 ―――震えていたのだ………この剣の英霊が。 ―――――― こちらが圧倒的に優位に立てる筈の魔術師。 しかも人間を相手にして。後の戦い――― 聖杯戦争を勝ち抜くための温存の意味も含め、躊躇していた。 ………………コレを使う事に。 だが、そう。 今となっては惜しくは無い。 初めから手加減など許される相手ではなかったのだ。 「格」の違いだなどと誰が言った? これはもはやサーヴァント戦と何ら変わりはない。 年若い女性ではあっても、相手のその力に何の不足も無し。 「タカマチ、ナノハ―――――貴方に……  その積み上げてきた力に敬意を表する。」  剣の柄に手をかけるサーヴァント。 「故に、我が剣の……真の姿を―――」 その全てを解放する事を決意するセイバー。    解き放て―――風よ 自らの誇りを以って、その魔術師の一撃を打ち砕こうと この闘い、初めて彼女は己が抜き身の刃を解き放つ。 8階部分に遅れる事、数秒――― 異変は3階フロアにも起こる。 窓は瓦礫によって閉鎖され、外からはその様相は伺えない。 だがその内部もまた、人の入れる空間ではなくなってしまっている。 密室の中、風の鞘の解放により雑貨・家具をまるで洗濯機のように巻き上げ振り回す暴風。 そこはもはやセイバーを中心とした――― 巨大な竜巻と化していた。 ―――――― 戦場となった無人の廃墟。 そこには一切の命が無く静寂の中でただ二人 とある世界の空の英雄と召還された剣の英霊が命を賭して戦っていた。 そしてその終局―――― 二人はついに切り札を……その真なる刃を抜き放つ。 今までの凄絶な戦いすら前戯だと言わんばかりのあまりにも巨大で暴力的な力。 かの暴威を前にして「それら」は確かに震えていた。 一切の命が無いと言ったが、とある異形の瞳を持つ者は鉱物や無機物の死が見えるという。 ならば命があるかどうかはさておき……彼らにも死の恐怖はあるのかも知れない。    だからこそ恐れている――― これから起こる事。 自分たちが、この周囲一帯が、どうなってしまうのかを―― コンクリートの建造物内、人の形をしたバケモノ2体が その真なる力を解放しようとしている。 彼女らを中心に起こる大破壊の予兆を前に――震えおののくセカイ 本来出会うことの無かった空の英雄と、剣の英霊。 幕引きのトリガー。 その引き金が静かに―――引かれようとしていた

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