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雷光始動D - (2010/06/19 (土) 19:20:15) の最新版との変更点

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「! バルディッシュッッ!!!!」 その……安寧を一蹴するかの如くフェイトは自らを叱咤した。 止まらない! 疾走は止まらない! フェイトが絶叫を上げて全域展開のラウンドバリアの指示を飛ばす。 それよりもなお速く眼前、立ち込める雷の硝煙から灰色の煙を突き破るように飛来する紫! 打ち出された雷光の機関銃を身に浴びながら、それでも勢いを微塵も殺さずに間を詰めてきたライダーの姿! (そんな……耐えた!?) 直撃だったはずだ。なのはのような高密度のBJを纏っているならともかく、生身の肉体が耐え切れる衝撃じゃない。 悪くすれば致命傷……良くて全身麻痺。 確実に相手を戦闘不能に陥らせるほどのダメージはあったはずだ。 だが現実に目の前には敵の姿がある。 こちらの魔法を踏み越え、飛び荒び、眼前にしなやかで力強い大腿を晒した騎兵の姿があった。 「う、うっ!!?」 次弾装填もデバイスによる迎撃も間に合わなかったフェイトの上半身の、特に首に巻き付くライダーの両足。 完全に両の太股がガッチリと魔導士の頚動脈の辺りを挟みこんでいる。 「―――大した魔術です」 それはライダー本心からの賛美。 対魔力Bを誇る彼女の肉体に、それは確実に損傷を与えていた。 全身を襲う痺れ、体内を貫かれた感覚はサーヴァントをして深刻なダメージと認識させるに十分なもの。 捨て身の特攻など彼女の流儀ではないが、だが―――― 「これではいよいよ埒が明かない。 こちらこそ少し手荒に行きます」 「あ、く……ッ!」 カモシカのような細い足は同時にプレス機の如き暴力的な剛性を以ってフェイトの頚動脈と上半身を締め上げる。 そして―――そのまま身を捻って回転。 「うあっ!!」 首があさっての方向へと捻れる感覚に襲われる魔導士。 卓越した反射神経で彼女もそれに合わせて飛ぶ。 でないと、頚椎をヘシ折られる…! 相手の体を極めながらに宙を舞うライダーと、常人には到底理解し得ない反射速度でライダーの動きに合わせるフェイト。 両者の身が速度を保ったまま宙を彷徨い、眼前に迫る大木の前方へと躍らせた。 絡みついた足がフェイトの頭部を強引に引き回し、そのまま木の幹に向けさせる。 このまま頭部をあの障害物に叩きつける気だ! 「ソニックムーブッ!!」 半身の自由を奪われ、為すがままに頭から追突するかに思われたフェイトが紡ぐは得意の移動補助魔法。 ただでさえもつれ合っての高速並走に加え、サーヴァントライダーをして有り得ないほどの超急加速に二人の体勢が、軌道が歪にブレる。 「この―――暴れ過ぎです、貴方は!」 Gに翻弄された二人が絡み合い、組み合いながら些かの減速も無しに正面の大木に激突! ベキバキボキ、という嫌な、鈍い音が辺りに鳴り響く。  それは間違いなくイキモノの全身の骨が砕けた音――― ――――――――いや、違う! 砕けたのは大木の方だった! フェイト一人が突き刺さる筈だった軌道を渾身のソニックムーブでズラされ、両者激突必至の軌道にて迎えた絶死の瞬間 ライダーの渾身の力を込めた蹴りとフェイトの斬撃が同時に大木の幹に叩き込まれる。 折れる、いや、根元から吹き飛ぶ大木。  薄い黄土色の繊維を撒き散らしてその天命を強制的に終わらせられる木々。 破片を撒き散らしながら相手の両足の呪縛から抜けたフェイト、そして振りほどかれるライダー。 互いに突き放し、3間の間にて再び疾走する両者。 「ハァ、ハァ……ハァッ……」 「―――――ふん」 縦横無尽に動き回る彼女らの姿はそれ自体が複雑怪奇な幾何学的文様の如し。 フェイトの金の髪が振り乱れ、デバイスが黒い装束で覆われた相手の胴を薙ぐ。 ライダーの紫の髪が翻り、杭が相手の白くて細い首の中心を穿つ。 それを同時にかわし、眼前に迫る岩を同時に攻撃して粉砕し、また距離を取って並走する二人。 二対の暴風が通り過ぎた余波で物静かにその身をたゆたわせていた森林達の悲惨さは凄絶を極めていた。 風圧で幹が飛び、剣圧で枝が裂け、足場にされた木々が軒並み倒されていく。 もはやこの森にとって歓迎されぬ客と化した二人の美しい闘姫の舞踏。 今やトップスピードに乗ったフェイトとライダー。 これこそ、不可視の戦いと呼ぶに相応しい戦場。 静寂な森のみがこの芸術を鑑賞する権利を持っていた。 但し、その閃光に踏み拉かれる対価を引き換えにという――― 理不尽な代償を支払わされての権利なのは言うまでもなかったが。 ―――――― flame&Lancer3 ――― 「おら降りて来いや!! そんなとこにいちゃ俺を斬れねえぜ!!」 ――――衝突する剣圧 「舐めるなッ!!!!」 ――――吹き荒ぶ剣風 なのはやフェイト、それにティアナランスターに代表される魔導士。 それにアーチャーやライダーなどのように、真価は他にあろうとも卓越した近接技法を持つ輩は数多くいる。 だが、そこはやはり近接のスペシャリスト同士というべきか。 ソードマスターとして生まれ出た生粋の騎士であるシグナムと生来のグラディエイターであるランサー。 その血肉を賭した打ち合いは、近接が「出来る」といったレベルのそれとは確実に一線を画していた。 金属同士がぶつかり合う音は爆音となって鼓膜を震わせ 大地に、木々に刻まれた踏み込みの跡、刀傷はもはや何かの災害が通り過ぎたとしか思えない。 戦場は烈火と疾風渦巻く天災地へ―――― 「てぇぇぇあああああッッ!!!!!」 「どうだい! ウダウダと何も考えずにやりあった方が楽しいだろうが!」 踏み込みの鋭さや限界領域での見切りもさる事ながら両者の抱いた覚悟が違う。 戦場において決して引くものか!押されてなるものか!という意地がまるで違う。 それが前線を任され、先陣にて敵の先鋒を押し留め、鬨の声を上げながら相手を切り裂く役目を担う「騎士」という人種であったのだ。 「少し黙っていろッ!」 「は、つれないねぇ!!」 降りかかる五月雨のような猛撃を凌ぎ、払い、後ろで縛った長髪を振り乱しながら躍動する女剣士は 先ほどとは違い、存分に空を使っている。 飛んでいるのだ。 そして自分の極意である空からの襲撃を思うがままに相手に叩きつけている。 (何も考えずにだと……ふざけるな!) 騎士の脳裏に浮かぶ金髪の魔導士の顔。 (こんな……こんな所で……私がついていながら、あいつの命を散らせてなるものかッ!) その思いの元に騎士は飛ぶ。 目の前の槍持つ魔人を斬り伏せ、一刻も早く友の下に駆けつけるために。 超攻撃的シフトへと移行した事により、全身を貫く槍の穂先が身体を抉る率は倍以上に増えている。 だが、構わない。 ヴォルケンリッターはそんなにヤワではない。  並の人間ならば動けなくなる傷、出血を伴おうと彼女達は止まらない。 そのプログラムに重大な支障を来たす程の損傷を受けない限り動き続け、剣を振るい続ける不沈の騎士なのだ。 この槍兵はどだい無傷で勝とうと思う事事態がおこがましい相手。 そう認めたからこそ将はもはや躊躇わない。 己が腹を食い破りたいならそうしろ……だがその肢体に食いついた瞬間、がら空きになった間抜けな脊椎に我が刃を叩き込んでやる! その覚悟の下に舞い上がり、飛び荒ぶ将の姿はまさに捨て身の炎纏う荒鷲だった。 (良い女だ――――) それに対して何の躊躇いもなく、牙を剥き出しにしてどこまでもどこまでも追い縋り 食らい付き、喉笛を噛み千切ろうとするは猛り狂った魔犬であった。 突き突き突き払い突き払い突き突き突き突き払い―――― ツキツキハライツキツキツキツキハライツキハライツキ―――― (良いねぇ……こりゃあ良い! 強え女ってのはホント、いる所にはいるもんだ!) 強者であり愛でるべき女を前にして戦士の感慨は今、最高潮に達した。 その不可避の連携が今、間違いなく神域へと移行する。 男の刺突による攻撃パターンは至極単純で、基本九種の太刀筋を持つ剣技に比べると些か単調と言わざるを得ない。 にも関わらず――― (到底、裁き切れん……だがっ!) 今、押されているのは変わらず剣士の方だった。 それもそのはずだ。 単調が故に明快―――― 槍術は「突き」 「払い」の二つの技を極限まで鋭く、速く磨くことによって 他の技など要を為さぬと言わんばかりの鉄壁無双の術技と相成るのだから。 ならばこそ槍を極めしこの英霊の繰り出す連戟に一分の隙もあろうはずがない。 こちらが一振りする毎に五つ、大振りする毎に十以上の刺突を捻じ込まれ、確実にジリ貧へと追い込まれていく。 空へのエスケープポイントがあるが故に要所要所で相手の勢いを断ち切れる彼女であったが ここに来て槍兵はサーヴァントの、その恐るべき跳躍力をも解禁。 対空砲の如き鋭さを以て上空に打ち出される槍を前に、もはや空でさえ完全なセーフティゾーンにはなり得ない。 宙に浮いたからといって少しでも油断をすれば打ち上げられたロケット弾のような槍の一撃に串刺しにされる。 かといって、完全に相手の一撃の届かぬ上空へ退避するなど論外。 それこそ卓越した砲撃魔道士でもない自分が、この埒外の速度を持つ相手から遠距離でクリーンヒットを奪う事など出来る筈もない。 何より近接主体のベルカの騎士が打ち合いを避ける、それ即ち己が負けを認める事と同じだ。 騎士としての自分、その有り様が相手の猛撃からシグナムを踏み止まらせている。 (決める……一撃で) 凄まじい乱撃に全身を晒されながら、剣士の戦意は衰えるどころかより激しく燃え盛るばかり。 歯を食い縛り肉を裂かれながら、三倍以上の運動量を以ってこちらを圧倒してくる相手の、その衰えを待つ。 戦法は変えない。 今まで幾多の敵を打ち倒してきた己が剣を信じる。 ―――ガツン、と、再び頭と頭。 そして右肩同士がぶつかる音が戦場に鳴り響いた。 体ごとぶつかって突き崩さんとする槍兵に対し、体ごとぶつかってそれを受け止める烈火の将。 この内側に入れた時こそ彼女の剣が槍兵を両断するチャンス、にも関わらず…… 「………ッ、は、ぁ………!」 彼女のその瞳。 鷹のように鋭い切れ長の眼光はそのままに敵をまっすぐに見据えていながら――― (く、そっ……! 続かんッ!!) 身体が全く動かない! ここまで身体を持って来るのが精一杯! 余力が無い。その先が続かない。 限界を圧して相手の旋風を搔い潜り、辿りつくこと数回。 この槍兵相手にそれが出来る騎士など果たして全次元を探してどれくらいいるか。 将の卓越した力と決して引かない勇気がいかに凄まじいものであるかの証明だったが、彼女をしてそれまで。 懐に飛び込むまでにシグナムは全ての力、全ての助走を使い果たし、とても無双の一撃を放てる姿勢を維持できない。 槍の柄を諸刃が走り、互いの肉体が勢い良く接触する。 戦闘機と装甲車の正面衝突。 内臓からひり出た息の詰まるような声を発したのはどちらか? 軋む肉体。 力比べに震える筋肉。 少しでも優位な位置を取らんとガツ、ガツとぶつかる肩と肩。 大量の汗を滲ませた額が相手の額とこすれあい、荒い息がかかる。 すぐ傍に敵の表情が見てとれる位置だ。 一歩も譲らぬ猛禽と魔獣の睨み合い―――その膠着も時にして一瞬。 (崩す…もはやそう何度も機会は無い……) 全身から滲む出血と体力、魔力の衰えに悲鳴を上げる肉体に鞭打って男と相対するシグナム。 このままでは結局、剣が男の身を捉える前に何も出来ないまま自分は力尽きて負ける。 この接触で勝負だ! 体力、気力共に最強の一撃を打てる、その余力の残っているうちに! 「解放ッッ!!」 <Ya ! explosion !!!> シグナムの命を受けてデバイスが紡ぐは「爆発」の意を込めた言霊。 それを受けた瞬間―――シグナムの全身が爆ぜた! 「ぬぅ――!」 それはアーマーブレイクとでもいうべきか。 ベルカの騎士の纏う分厚い甲冑。 そこに内在する魔力の塊を臨界を越えて放出しながら装甲をパージ。 密着した相手を、その魔力の奔流で吹き飛ばす。 鍔迫り合いにて彼女の至近距離にいたランサーが炎に巻き上げられ、その体ごと後方に弾かれる。 「おおおぉぉぉおおッッッッ!!」 甲冑を脱いでまで作った僅かな隙! 炎に巻かれ、魔力の爆発に巻き込まれて構えを保てる人間などいる筈がない! ならば、これこそが勝機! 行動不可になっている相手に向かって容赦なく剣を薙ぎ払おうと踏み込むシグナム。 「なに……!」 だが騎士の前方―――炎に巻かれて吹っ飛んだ筈のランサーが二間ほど離れた地に着地したと同時。 「おりゃあぁぁッ!!!」 その場で槍……否、全身を横に薙ぎ払うようにして一回転。 周囲に小型の竜巻が発生したのかと錯覚するかの如き回転は彼の体に纏わりついていた炎を瞬く間に吹き飛ばす。 その目は些かも前後不覚になど陥ってはおらず、自らの敵――女剣士を両の瞳に称えたまま。 またも爆発的な踏み込みで彼女に突撃を敢行するランサー。 「しゃあああぁぁぁああッッ!!」 猛烈な槍撃が再び始まる! 繰り出す手を休めない男! そして相手にも微塵の休みも与えない! 「ぐっ! 再装着ッ!!」 <ya ! Panzergeist> 再び甲冑を纏い、周囲にフィールドを張るシグナム。 何という事……起死回生のアーマーブレイクがまるで功を奏さない。 鎧を形成するための膨大な魔力を一回分、無駄使いしただけだ。 再び剣と槍が両者の間を飛び交うが、押される……このままでは押し潰される! 状況を打破しようとしても相手を崩せない―――何をやっても通用しない――― (衰えを知らんのか……この男!?) まるで息継ぎすら許さぬ深海の攻防だった。 一瞬の息継ぎも、思案に耽る時間をも許してはくれない。 (焦るな……相手も、苦しい筈だ…  こちらも変わらず圧力をかけて相手が崩れるのを待つしか無い!) 焦燥にかられていても苦しくても、しかし彼女はベルカ最強の騎士だった。 ここで我慢出来なくて何が最強か? 焦って出て行って、相手の槍に狙い打ちされるような未熟な騎士ならば、当の昔にこの戦いは終わりを告げている。 だがしかし終局はゆっくりと――確実に迫ってきている。 シグナムが敵の隙を待って狙っているようにランサーもまた剣士の防御のリズムを読み始めていた。 一息に打ち込まれる穂先は全て急所に打ち込まれてくるものだ。 少しでもアーマーを抜け、肉体に届いたら……抉られたらそれで致命傷。 後の先を取ろうという女剣士に対し、更に後を取り、全てを刺し貫く瞬間を虎視眈々と狙っているのだ。 一寸の切っ先の乱れも決して見逃さず、そこに無双の一撃を叩き込む―― どちらが先に必殺を突きつけられるのかまるで予測が付かない。 付かないが、この攻防……ここで先に動かねばやられると思い立ったのは やはり敵の攻めを許し続け、心身ともに苦しかったシグナムの方であった。 100を数える紅い線が巻き起こすソニックブームで既に彼女の耳の鼓膜からは血が滲んでいる。 だがそれでも目を逸らさない。 その中……一つで良い! 牽制でもなく、陽動でもない、こちらの防壁をぶち抜き、決めにくる一撃。 「シィッッ!!」 その、ようやく本命――――― 自身の心臓に向けられた一撃と今、自分の剣の呼吸がパズルのピースのようにピッタリと合う! (勝機!!) 相手の獰猛な牙が迫る! 紅い槍が変わらぬ速度でこちらを貫こうと翻る! 「っ!!!」 それに大使、何とこのタイミングで防壁をカットする蛮行に出るシグナム! 男の槍は自身の張った防壁によって辛うじて一瞬止まるからこそ、速度に劣る彼女が今まで受けてこられたのだ。 故に彼女の今の行動は自殺行為以外の何物でもない。 だが、その蛮行の先にある勝因をこそ騎士は欲する! 防壁でなく体捌きによって相手の攻撃を透かす―――どちらが相手を崩せるかは言うまでもない。 一撃だ。 高望みはしない。 ただ一撃のために、相手の一突きを見切れればそれでいい。 決死の蛮行によって曝け出された彼女の心臓に今、紅い閃光が放たれた。 間一髪――――魔槍が脇の下を抜けていく! 不可避の刺突。 到底、目で見て反応できるものでは無かったその一撃。 感覚が、騎士として生きてきた本能が、ただひたすらに体を動かしていた。 暴風の中に身を預け続け、今の今まで耐え忍んできたその肉体が男のリズムを完全に自分のものにしたのだ! 脇を通り抜けた朱槍が衝撃波だけで彼女の肉を巻き込み、裂いていく。 ゴリゴリと肋骨を削っていく感触に苦悶の表情を浮かべるシグナムであったが、それは同時に勝ちに繋がる痛みであろう。 ―――読み勝った……確実に透かした! 元々「突き」という技は外した時の隙のデカさでは全ての技の中で随一。 いくら男といえど崩れる! 「取ったッ! 私の勝ちだランサー!!!」 痛みに顔をしかめている暇などない! 突かれた穂先が戻ってくるその前に―――静かなる闘将が今、猛る! 敵の懐、決して槍の先端が届かぬ間合いにて待ちに待った一撃を相手の肩口に叩き込まんと、その剣が唸りを上げた。 大気が震え、将の心象を模したかのような愛剣の業炎が槍兵に叩き落される。 これはいくら何でも無事には済まない。 その一薙ぎは男の体を両断……否、爆散させて余りあるものだった。 戦場が、決着へと集束していく―――― そんな中――― 「―――悪いな、誘いだ―――」 渦中の男は静かに告げる 時がキチリ、と―――音を立てて凍った ―――――― 「が、ぁッッ!??」 止めの一撃が振るわれ断末魔の叫びが木霊する。 英雄を今、将の剣が薙ぎ払った――――― ―――否、 もはや勿体つけるまでもない…… 男は言ったのだ。 全ての勝負が決まる瞬間。 ――― それは誘いだ、と ――― ならば、そう。 シグナムが決死の思いで見つけた隙は、読み勝ったと確信したそれはしかし全てが男の作った更なる罠―――― 即ち、先ほどの声は、どれだけの猛攻を受けても声一つあげなかった女剣士が始めて上げた、悲鳴。 あれほどの連携の中、硬い防御に閉じ篭った相手を崩そうと「あえて」出した大振りの突き。 それに釣られて踏み込んできた剣士に対して槍兵が狙うはズバリ、彼女の全体重の乗った軸足―――ヒザの皿だった。 槍の柄が回転するかのように翻り、男の渾身の力をもって彼女の膝上に叩きつけられていたのだ。 「…………く、ぉッ、!!」 膝の半月盤は人体において痛覚の集中している箇所の一つ。 そこを打たれた衝撃は相当のものだ。 失神するほどの激痛が全身に響くように伝わり、肉体は嫌が応にも硬直する。 槍や薙刀が正面に敵を置いての白兵戦にて無敵と言われる要因の一つとして、剣では有り得ないリーチから来る足元への強襲がある。 剣で相手の足を払う場合と槍でそれをやる場合の有用性、もはや語るまでも無い。 自分は全く体勢を崩さずに相手の軸足を刈れるという圧倒的な利点。 それによって相手の踏み込みや、その他の攻防を大幅に牽制出来る―――それが長物の恐ろしさ。 これまで全弾急所狙いだった事も手伝って、槍兵の始めて行った末端部位への攻撃に全く反応できなかった彼女。 男と競り合っていた距離で一瞬だがガクンと、完全に動きを止めてしまう。 そしてこの槍兵を前にして、それが絶対的敗北である事は言うまでもない。 「――――飛べ」 麻痺したように動かない大腿に歯噛みし、声もなく唇を噛む騎士。 体勢を崩され、僅かに前傾姿勢でつんのめった形になっていた剣士に対し 近距離で放たれた槍兵の蹴りが、下からシグナムを打ち上げた。 「ご、ふッッ!!」 衝撃に嗚咽を漏らすシグナム。 その威力で足が浮き上がり、後方に飛ばされる。 甲冑のほとんど機能していない状態で食らった打撃二連。 さしもの将もたまらず、遥か後方に吹っ飛ばされてほどなくヨロリとぐらついてしまう。 (く、そ……私が、崩されてどうするッ………) 打突を貰った箇所が酸素と血液を求めて吼え狂い、脳への血液供給が滞り、意識を飛ばしそうになる。 ―――空へ! そんな彼女が無意識のうちに選択した行動。 敵の隙を誘うはずが一転、自身の最大の危機を迎えた今、思考が無意識に上空へのエスケープを選ぶのも無理からぬ事。 「行かせねえよっ!!!!」 だが飛翔したシグナムに猛追するは蒼の流星。 まるで打ち上げられた迫撃砲のように彼女に迫り、遥か上空で騎士を捕縛したのは他ならぬ槍兵。 勇に上空5mと浮かび上がれずに捕まってしまう。 宙空にて絡み合う剣士と槍兵。 だが半失神状態の女剣士と今まさに止めを刺そうという戦場の英雄。 どちらの膂力が相手を組み伏せたかなど言うまでも無い。 頭部の後ろに縛られた長い髪を掴まれ、苦悶の声を漏らす女剣士。 「逢引の続きは地上でやろうじゃねェかぁ!!!!」 鬼気が灯る表情。 投擲自慢の右腕がギシギシと軋む。 筋肉で膨張した利き腕が獲物である女剣士の髪と頭部を容赦なく掴み上げ、存分に振りかぶったと思ったら―― 彼女をそのまま地上に向かい、叩きつけるように投げ抜いたのだ。 「ぅあッッッッ!!!???」 風を切る音が将の鼓膜を劈く。 ジェットコースターなど問題にならないような急降下によって人体に催される、下半身が裏返るような感覚。 それを感じている己の体は今現在、地面に突き刺さり木っ端微塵に砕ける寸前! 「ぐ、ぬううううっ………!!!!」 デバイスによる補助の全てを半強制的に復帰させ、受身を取って地面に落着。 ドゥン!!!、という土煙。 アスファルトの削れる甲高い音。 潰れる筈の肉体はすんでの所で制動を取り戻し、地に四肢をつけてザザザザ、と地面を滑りながらに10m。 まるでスノーボードに乗せられているような距離を以って地面に不時着するシグナム。 コンマに満たぬその思考、未だ体勢の整わぬ肢体の、その思考だけがめまぐるしく動く。 ………どこだ? ………どこから? 衝撃で咳き込みながらも立ち上がり、強襲に備えようとするベルカの騎士。 蒼い甲冑の姿を探す彼女の両目。 ふらつく体、朦朧とする意識。 それでもあの死神の槍から一刻でも目を離す事の危険性――それが分からぬ彼女ではない。    ああ―――― だが自分が落着した事によって立ち昇った土煙の、晴れた視界のその先に映るのは……    何という事だろう―――― もはや目と鼻の先………… 十分な余裕を以って前肢に体重を置き、槍の先端に自分を見据え………    遅すぎる――― 腰を大きく落として構える……蒼き槍兵の姿!!!    この男の前ではホントウに何もかもが―――    取り巻くセカイそのものが遅すぎるのだ――― 「ッレヴァ……!!!」 今度こそ、今度こそ、シグナムの顔が戦慄と死の予感に歪んだ。 己が相棒である剣を構え直し、目の前の敵に備え――― 行為の全てが男の前では手遅れである事を悟るまで、目に見える槍が待ってくれる筈もなく――― 無数の槍が再びボッ、ボッ、と分裂に次ぐ分裂を重ねる。 それは本当に幾百の槍の束。 百人の前線兵士に槍を持たせて突っ込ませたかのような――― 「うおらああああああああああああ!!!」 咆哮と共に繰り出された突きの連打は10、100、200と数え切れぬ刺突の紅き嵐。 これぞ恐らくはランサーの最大出力。 何人の生存も許さぬ嵐の只中に―――― シグナムが飲み込まれていくのであった――― ―――――― Lightning&Rider3 ――― 自身の速度すらが己に牙を剥き、障害物を回避しながらの飛行を余儀なくされるフェイト。 対して多くの足場を得たライダーの変則的な動きが生きるのはこうした戦場。 場は確実に騎兵のペースにはまりつつあった。 獲物を自らの神殿に取り込み、弱らせ、朽ちさせて食らうこのサーヴァントのいつものやり方。 これは決して磨き抜かれた技術や訓練されたそれから派生する物ではない。 この騎兵には所謂 「戦技」 という概念は存在せず、あくまでも持って生まれた性(サガ)。 生前の業―――天性の狩りの才能。 かつて己が領域に土足で踏み込んできた数多の英雄を追い詰め、操作し、撹乱して、そして縛鎖に絡めて朽ち果てさせてきた。 そんな女怪の経験をただ垣間見せてきた結果であるというだけのことなのだ。 (きつい……でも、このまま行けばあと2分弱で抜け出せる筈!) だがそう、フェイトにとってまず初めの急務は兎にも角にもこの森を抜ける事。 もはや周知の事実。 敵は飛行能力を持っていない。 先ほどのように上空にいればほとんど一方的に戦いを進める事が可能。 つまり、森を無事に抜ければフェイトの勝ちは確定するのだ。 高速飛行しながら、並走する騎兵に対し己が得意の雷光の槍を次々と投擲する執務官。 紫の影に容赦なく雷の弾丸、そして志向性のある槍を打ち放つフェイト。 「セット……ファイアッッ!」 木々の合い間を飛翔する長髪に狙いをつけて投擲された金色の矢が、立ち並ぶ樹木を抜けてそこに身を躍らせる女怪へと迫る。 この四次元の戦場では従来の安定した軌道はもはや期待出来ない。 そんな中での射撃は当てる事は困難でも、直撃とはいかずとも相手の行動の抑止と牽制にはなる。 とにかくこの森を抜けるまで、攻め込ませない事が重要だ。 相手の土俵においてすら戦場を支配せんと翻る天才魔導士が、絶えずデバイスに策敵・誘導を示唆しながらに高速飛行を続けるも――― 「!!!?」 その視界が―――――グラリと、霞んだ……… (あ、ッ!??) 歪む景色に一瞬だが彼女の体がぶれ、飛行姿勢が横に傾いてしまう。 何という事………極限の疲労から来るものか? 張り詰めた神経、緊張に緊張を重ねた心身は唐突にその限界を、彼女の体の不調という形で報せる。 こんなにも消耗していたなんて……たかだか十分弱の戦闘で…… サーヴァントとヒトとの戦い、その地力の差がついに出始めたのだ! そしてついに見せたフェイトの一瞬の隙。 それを見逃すライダーではない。 一息もつかぬうちに枝を蹴り、一足で間合いを詰め、一瞬のうちに、あっという間にフェイトの斜め下方にその身を躍らせる。 紫の髪がついに獲物に牙を突き立てられるという歓喜に揺れる。 歯を食い縛り、頭を振って、意識を強引に揺り戻すフェイト。 フォトンランサーのつるべ打ちで薙ぎ払うように相手を追い払おうとするが、到来した一瞬をものに出来なくてはサーヴァントとは呼べない。 マシンガンのような魔弾を更なる跳躍で避け、ライダーが上空へ舞い上がる。 自由の効かぬ空で狙い打ちにされるという危惧――そんなものは知らない。 被弾を許そうとここで一息に決めるという、それは彼女の意思表示の現れだ。 跳躍に跳躍を重ねるライダー。 一瞬のうちに高い木々を踏み台にしてフェイトの視界から消えるほどの高さにまで駆け上がる。 もはや語るのも馬鹿馬鹿しいほどの身体能力にいちいち驚いている暇など無い。 空戦において上を取られる事の危険。 それを分からぬフェイトではないからだ。 (来る………!) 障害物を避けながら、頭上に生い茂る枝と葉から時々見せる紫紺の長髪を見据えるフェイト。 自分の頭上にて疾走しているであろう騎兵を迎え撃とうと、見開かれた瞳が頭上をキッと睨み据える。 「もう少しなんだ……頑張ろう、バルディッシュ!」 そして紫の髪を振り乱しながら――――ついに駆け下りてきたのだ! あの化け物じみた女怪が! 「お覚悟をッ!」 圧倒的な脚力が叩き出すスピード。 重力の楔から外れているかのような身のこなし。 そして人間の間接駆動域をまるで無視した変則的な動きでそれは駆け下りる。 一本の木を駆け下りてくるのではなく複数の木々を踏み台に多角的な、さながら忍者の影分身。 残像が見えてしまうほどの壮絶なフットワークにてフェイトの頭上から飛来してきたのだ! そして最後の木を蹴り付けたライダーがついにフェイトの頭上に牙を落とす! 唇から一息、鋭い息吹を吐くと同時に魔導士に、渾身の一撃を叩きつける! (し、しまっ!?) 蛇の群れのようにたなびく髪を持つ女怪が上方から迫り来る。 回避―――間に合わない! 迎え撃とうとバルディッシュを構える魔導士! 森に響き渡る、ガォォォン!!!!―――――という轟音! 構えたデバイスごとフェイトのフィールドを貫通……否、力任せにぶち抜かれた音。 その鉄槌のような一撃は、空中で数十回転、ロータリーのような前方宙返りにより 凄まじい遠心力を内包したライダーの―――カカト落とし! 「ああぁっっ!!!?」 悲鳴を上げるフェイト! 鎖骨に降り注ぐ埒外の衝撃! テニスのスマッシュのように叩き落とされ、地面に刺さるように激突する! 亀裂が走り、抉れる地面にズシャア、ザザザ、と叩きつけられ、その身が滑って行く。 勢いを全く殺せずバウンドして転がり続け、後方にある巨大な樹木に激突する彼女の肢体。 そして衝撃でグラリと揺れた大木から木の葉が数百枚と舞い落ちる中――― 風に揺らぐ木の葉ほどの体重も感じさせずに、その紫は地に降り立った。 フェイトに負けず劣らずの細い両手、スラリと伸びたモデルのような両足は言うまでもなくヒトのそれとは一線を隔し 腕はコンクリートを容易く握り潰し、両足は小型の什器くらい軽く蹴り飛ばす。 「残念でしたね―――森を抜けたかったのでしょう?」 「う…………か、はッ……!?」 咳き込み、地に這うフェイトに哀れむような声をかける女怪。 二人は森の出口間近だと思われたその地点で―――――止まっていた。 「私を引き摺ってでも外へ向かうべきでした……貴方は。  致命的なミスです。 やはり貴方はここから生きては出られない」 苦痛に歯を食い縛る魔導士を前に ゾッとするほどに優しい声色で ゾッとするような響きを持たせて ソレは相手に―――――死刑宣告をした。 深い深い森で並走を止め、向かい合う両者。 相手の陣地ではあっても先の高速戦闘ならばまだフェイトにも勝機はあった。 だが相手の絶対有利のフィールドにおいて足を止めてしまった現状、もはやこの魔導士に一片のアドバンテージすら…… 「フ、―――」 すかさず大地に四つんばいになって腰をくねらせるように蠢く騎兵の独特の佇まい。 頭を地面スレスレにつけ、腰を上方にピンと突き出す姿勢はどこか艶かしいながらも機能美に溢れた神々しさすらある。 同時にそれは何の予備動作無しでこちらに飛びかかってくる豹の化身の戦闘態勢。 彼女の四肢、いや全身に伝わる緊張が妖艶な腰付きに卑猥な視線を向ける事を一切許さない。 「――――――」 未だ反撃の体勢の整わぬフェイトを前に今にも打ち出されようとする紫紺のミサイル。 その様相に必殺、必滅、必惨を込めて――― 「貴女はよく頑張りました――――――ご褒美です!!!!!」 ドゥン!!!!!!!!!!と、地が揺れんばかりに大地を蹴り付け開放された騎兵の体! 神速にて不可避の紫色の弾丸! ライダーがフェイトに向かい、トドメを刺すべく飛びかかったのだ! 呼吸一つ許さぬ速度でフェイトの間合いを犯すライダー。 人体に発生する予備動作の類など一切ない。 セオリーなどまるで無視した相手の挙動。 「う……ああぁぁッッ!!!」 不安定な姿勢からも気合一閃。ブリッツアクションにて加速した横薙ぎの刃をライダーに向かって振り切る。 当然のように容易く掻い潜られる。ダメージに加え、左肩の負傷が尾を引いていた。  こんな状態でサーヴァントを迎撃など出来る筈が無い! そしてフェイトの背筋を襲う寒気のような感覚。明確な死の気配。  それは彼女の意識の……否、身体の下部から跳ね上がってくるナニカ。 即ち、魔導士の更に下方に潜り込んだライダーの、刃のように鋭いつま先だった。 フェイトの顎を砕かんと繰り出されたのは、回避と攻撃が一体となった、全身のバネを利用した後方バク転蹴り。 彼女の脚力はすでに周知。 当たれば人間の顎など粉々に粉砕する。 「は、ああぁぁっっ!!!」 だが、何とフェイトはそれに反応。 カミソリのようなライダーの蹴上げに逆らう事なく、自身も後方に回転! 翻る黒衣と純白のマント。 フェイトの顎の先端、その1cm先を跳ね上げる日本刀のような蹴撃。 両者の動き――その残光により、紫の半月と金色の満月が交差するかのような幻想的な光景を場に描く。 ブリッツアクションとアクセラレーションの連続稼働にて、もともとが瞬速を誇る彼女がその術技を総動員しての移動補助の魔法の重ね掛け。 ぶり返すように反発する出力に翻弄される体が大きくバランスを崩しながら、3mほど後方に着地する。 「ハ、ハァッ……!」 ガクガクと揺れる膝。 跳ね上がる心臓に再び酸素を叩き込むべく息を大きく吸い込むフェイト。 このまま空へと上昇できればどれほど楽か。妨害している相手が相手だ。  どうやっても上空へ抜ける前に追いつかれ、叩き落とされる。 蓄積した疲労が噴き出すように彼女の身体に纏わりつき、緻密を誇るフェイトの思考を鈍らせていく。 そんな姿を晒す魔導士に対し、迫撃砲は間髪入れずに打ち鳴らされる。 相変わらずの地面が破裂したかと思わせる踏み込みと共に一片の情け容赦なく前方から飛来する騎兵。 放つはサイドキック気味の足刀………フェイトは――反応出来ない! 「あ、グッッッッッッ!??」 BJの反動に紛れて、肉を打つ鈍い音が―――辺りに響いた……!!! 槍のような鋭さと鈍器のような重さを持った一撃が魔導士の胸部に突き刺さる! 柔らかい胸の中央に埋まるライダーの右足。 そして大木にめり込むフェイトの体。 ついにクリーンヒットを許してしまったのだ! 苦悶の表情を浮かべ……ゴホ、と咳き込み、叩きつけられた巨木にしなだれかかる黒衣の体。 歯の間から漏れ出る真紅の液体。 視界がフラッシュバックし、背骨が軋み、息が止まり、声も出ない。 BJの恩恵がなければ胸骨は粉砕されその肉体ごと潰れていただろう。 だが軽装のフェイトには、衝撃を全て弾き返せる術がない。 体に供給される筈の酸素がシャットアウトされ、チカチカと光った視界が暗転し、その意識を遠のかせていく。 <Sir!> 切迫した低い男の声は相棒の声。 ズルズルと腰から木の幹に崩れ落ち、為す術もなく叩き潰されるを待つしかない執務官に力を与えようと、それは必死に叫ぶ。 まずい、まずい、という彼女の脳内アラームは先ほどから五月蠅いくらいに鳴り響いている。 分かっている……この状況を抜け出さなければ―――もはや一分を超えないうちに自分はこの人に殺される! 魔導士の耳を揺らす、じゃらり、という金属の擦れる音は短剣を騎兵が握り直したものだろう。 霞む視界が相手の姿――その手に再び、極細の凶器を手に構えたのを捉える。 何とか応戦し、相手を退けたいフェイトだったが、体が思うように動かない。 障害物を背にしてしまったその姿はさながらコーナーを背負い 何とかそこから逃げようともがく、ダウン間近のボクサーのようだった…… ほどなくして、それはやってきた。 こちらの回復を待ってくれる気など微塵も無い。 ズガガガガガ、!!という炸裂音が辺りに鳴り響く。 間合いを詰めたライダーの不可避の連打がグロッキーのフェイトを襲う。 閃きと反射神経と、それに数分違わず付いて来る身体能力の為せる蹂躙連撃。 人間の骨格をまるで無視したかのような、全身のバネを総動員し、受け、避け、踏み込み、叩きつける。 回転が違う。 膂力が違う。 残り体力が違いすぎる。 もはや彼女の口から紡がれる声は気合でなく悲鳴でしかない。 一方的な打ち合い。 手を出す事すらままならないフェイトに対して、終わらない打突音と共に強弱をつけた連打を次第に纏めていくライダー。 元より足を止めての攻防ではフェイトに勝ち目はない。 地をかける獣に地上で相対して組み勝てる鷲などいないのだ。 「……ああァァッ!!」 もはやシールドを張る事すら叶わない。 側面に横っ飛びしてサイドに抜けようとフラフラの足を総動員して何とか空間を稼ごうとするフェイト。 だが木蔭から脱出しようと悪戦苦闘する姿は、騎兵の目には止まって見える。 それを先回りするかのように放たれたミドルキックが強烈な爆音と共にフェイトの脇腹を捉えた。 「っ~~~~………!!」 彼女の内からこみ上げてくる胃液が、その口の端から漏れる。 くの字に曲がる肢体が再び木蔭に蹴り戻され、逃れられぬ連撃の渦中に再び放り込まれる体。 鞭のようなしなやかさと丸太のような強壮さを併せ持つライダーの蹴り。 鋭利な刃物で一思いにスパッと斬り殺されるのと切れ味の鈍い鈍器のようなものでジワジワと削られていくのでは果たしてどちらがマシと言えるのか? ギュオオ、ギュオオ、という甲高い音が辺りに響き続ける。 それはミッド式魔術師の肉体を守る最後の砦――BJが物体と衝突し、反発する音。 黒衣が、白いマントが、裂かれ、抉られ、削られていく。 「は……ぁ、」  片手でデバイス―――相棒バルディッシュを振るうフェイト。 その杖の先端がガクガクと震えている。雷光の面影など微塵も無い。 今、それが相手の短剣を受けて弾き返された。 ガラ空きの体に打ち込まれる連打。 ダメージは既に深刻どころの騒ぎではない。 杭のような短剣の鋭い襲撃に加え、まるで自身の元使い魔アルフの剛力を思わせる徒手の一撃。 とても耐え切れるものではなかった。 最後の最後まで彼女は手に握られた愛杖を振い続けたが その抵抗はついには実らず―――いっそう甲高い炸裂弾じみた音が木霊する。 渾身の一撃をまともに受けたフェイトの表情から力が抜ける。 その眼光から光が消え、脱力した体が木の根元に尻餅を付き―――― 雷光と呼ばれた管理局地上最速の魔道士が……ついに木の根元に、力無く崩れ落ちるのだった。
「! バルディッシュッッ!!!!」 その……安寧を一蹴するかの如くフェイトは自らを叱咤した。 止まらない! 疾走は止まらない! フェイトが絶叫を上げて全域展開のラウンドバリアの指示を飛ばす。 それよりもなお速く眼前、立ち込める雷の硝煙から灰色の煙を突き破るように飛来する紫! 打ち出された雷光の機関銃を身に浴びながら、それでも勢いを微塵も殺さずに間を詰めてきたライダーの姿! (そんな……耐えた!?) 直撃だったはずだ。なのはのような高密度のBJを纏っているならともかく、生身の肉体が耐え切れる衝撃じゃない。 悪くすれば致命傷……良くて全身麻痺。 確実に相手を戦闘不能に陥らせるほどのダメージはあったはずだ。 だが現実に目の前には敵の姿がある。 こちらの魔法を踏み越え、飛び荒び、眼前にしなやかで力強い大腿を晒した騎兵の姿があった。 「う、うっ!!?」 次弾装填もデバイスによる迎撃も間に合わなかったフェイトの上半身の、特に首に巻き付くライダーの両足。 完全に両の太股がガッチリと魔導士の頚動脈の辺りを挟みこんでいる。 「―――大した魔術です」 それはライダー本心からの賛美。 対魔力Bを誇る彼女の肉体に、それは確実に損傷を与えていた。 全身を襲う痺れ、体内を貫かれた感覚はサーヴァントをして深刻なダメージと認識させるに十分なもの。 捨て身の特攻など彼女の流儀ではないが、だが―――― 「これではいよいよ埒が明かない。 こちらこそ少し手荒に行きます」 「あ、く……ッ!」 カモシカのような細い足は同時にプレス機の如き暴力的な剛性を以ってフェイトの頚動脈と上半身を締め上げる。 そして―――そのまま身を捻って回転。 「うあっ!!」 首があさっての方向へと捻れる感覚に襲われる魔導士。 卓越した反射神経で彼女もそれに合わせて飛ぶ。 でないと、頚椎をヘシ折られる…! 相手の体を極めながらに宙を舞うライダーと、常人には到底理解し得ない反射速度でライダーの動きに合わせるフェイト。 両者の身が速度を保ったまま宙を彷徨い、眼前に迫る大木の前方へと躍らせた。 絡みついた足がフェイトの頭部を強引に引き回し、そのまま木の幹に向けさせる。 このまま頭部をあの障害物に叩きつける気だ! 「ソニックムーブッ!!」 半身の自由を奪われ、為すがままに頭から追突するかに思われたフェイトが紡ぐは得意の移動補助魔法。 ただでさえもつれ合っての高速並走に加え、サーヴァントライダーをして有り得ないほどの超急加速に二人の体勢が、軌道が歪にブレる。 「この―――暴れ過ぎです、貴方は!」 Gに翻弄された二人が絡み合い、組み合いながら些かの減速も無しに正面の大木に激突! ベキバキボキ、という嫌な、鈍い音が辺りに鳴り響く。  それは間違いなくイキモノの全身の骨が砕けた音――― ――――――――いや、違う! 砕けたのは大木の方だった! フェイト一人が突き刺さる筈だった軌道を渾身のソニックムーブでズラされ、両者激突必至の軌道にて迎えた絶死の瞬間 ライダーの渾身の力を込めた蹴りとフェイトの斬撃が同時に大木の幹に叩き込まれる。 折れる、いや、根元から吹き飛ぶ大木。  薄い黄土色の繊維を撒き散らしてその天命を強制的に終わらせられる木々。 破片を撒き散らしながら相手の両足の呪縛から抜けたフェイト、そして振りほどかれるライダー。 互いに突き放し、3間の間にて再び疾走する両者。 「ハァ、ハァ……ハァッ……」 「―――――ふん」 縦横無尽に動き回る彼女らの姿はそれ自体が複雑怪奇な幾何学的文様の如し。 フェイトの金の髪が振り乱れ、デバイスが黒い装束で覆われた相手の胴を薙ぐ。 ライダーの紫の髪が翻り、杭が相手の白くて細い首の中心を穿つ。 それを同時にかわし、眼前に迫る岩を同時に攻撃して粉砕し、また距離を取って並走する二人。 二対の暴風が通り過ぎた余波で物静かにその身をたゆたわせていた森林達の悲惨さは凄絶を極めていた。 風圧で幹が飛び、剣圧で枝が裂け、足場にされた木々が軒並み倒されていく。 もはやこの森にとって歓迎されぬ客と化した二人の美しい闘姫の舞踏。 今やトップスピードに乗ったフェイトとライダー。 これこそ、不可視の戦いと呼ぶに相応しい戦場。 静寂な森のみがこの芸術を鑑賞する権利を持っていた。 但し、その閃光に踏み拉かれる対価を引き換えにという――― 理不尽な代償を支払わされての権利なのは言うまでもなかったが。 ―――――― flame&Lancer3 ――― 「おら降りて来いや!! そんなとこにいちゃ俺を斬れねえぜ!!」 ――――衝突する剣圧 「舐めるなッ!!!!」 ――――吹き荒ぶ剣風 なのはやフェイト、それにティアナランスターに代表される魔導士。 それにアーチャーやライダーなどのように、真価は他にあろうとも卓越した近接技法を持つ輩は数多くいる。 だが、そこはやはり近接のスペシャリスト同士というべきか。 ソードマスターとして生まれ出た生粋の騎士であるシグナムと生来のグラディエイターであるランサー。 その血肉を賭した打ち合いは、近接が「出来る」といったレベルのそれとは確実に一線を画していた。 金属同士がぶつかり合う音は爆音となって鼓膜を震わせ 大地に、木々に刻まれた踏み込みの跡、刀傷はもはや何かの災害が通り過ぎたとしか思えない。 戦場は烈火と疾風渦巻く天災地へ―――― 「てぇぇぇあああああッッ!!!!!」 「どうだい! ウダウダと何も考えずにやりあった方が楽しいだろうが!」 踏み込みの鋭さや限界領域での見切りもさる事ながら両者の抱いた覚悟が違う。 戦場において決して引くものか!押されてなるものか!という意地がまるで違う。 それが前線を任され、先陣にて敵の先鋒を押し留め、鬨の声を上げながら相手を切り裂く役目を担う「騎士」という人種であったのだ。 「少し黙っていろッ!」 「は、つれないねぇ!!」 降りかかる五月雨のような猛撃を凌ぎ、払い、後ろで縛った長髪を振り乱しながら躍動する女剣士は 先ほどとは違い、存分に空を使っている。 飛んでいるのだ。 そして自分の極意である空からの襲撃を思うがままに相手に叩きつけている。 (何も考えずにだと……ふざけるな!) 騎士の脳裏に浮かぶ金髪の魔導士の顔。 (こんな……こんな所で……私がついていながら、あいつの命を散らせてなるものかッ!) その思いの元に騎士は飛ぶ。 目の前の槍持つ魔人を斬り伏せ、一刻も早く友の下に駆けつけるために。 超攻撃的シフトへと移行した事により、全身を貫く槍の穂先が身体を抉る率は倍以上に増えている。 だが、構わない。 ヴォルケンリッターはそんなにヤワではない。  並の人間ならば動けなくなる傷、出血を伴おうと彼女達は止まらない。 そのプログラムに重大な支障を来たす程の損傷を受けない限り動き続け、剣を振るい続ける不沈の騎士なのだ。 この槍兵はどだい無傷で勝とうと思う事事態がおこがましい相手。 そう認めたからこそ将はもはや躊躇わない。 己が腹を食い破りたいならそうしろ……だがその肢体に食いついた瞬間、がら空きになった間抜けな脊椎に我が刃を叩き込んでやる! その覚悟の下に舞い上がり、飛び荒ぶ将の姿はまさに捨て身の炎纏う荒鷲だった。 (良い女だ――――) それに対して何の躊躇いもなく、牙を剥き出しにしてどこまでもどこまでも追い縋り 食らい付き、喉笛を噛み千切ろうとするは猛り狂った魔犬であった。 突き突き突き払い突き払い突き突き突き突き払い―――― ツキツキハライツキツキツキツキハライツキハライツキ―――― (良いねぇ……こりゃあ良い! 強え女ってのはホント、いる所にはいるもんだ!) 強者であり愛でるべき女を前にして戦士の感慨は今、最高潮に達した。 その不可避の連携が今、間違いなく神域へと移行する。 男の刺突による攻撃パターンは至極単純で、基本九種の太刀筋を持つ剣技に比べると些か単調と言わざるを得ない。 にも関わらず――― (到底、裁き切れん……だがっ!) 今、押されているのは変わらず剣士の方だった。 それもそのはずだ。 単調が故に明快―――― 槍術は「突き」 「払い」の二つの技を極限まで鋭く、速く磨くことによって 他の技など要を為さぬと言わんばかりの鉄壁無双の術技と相成るのだから。 ならばこそ槍を極めしこの英霊の繰り出す連戟に一分の隙もあろうはずがない。 こちらが一振りする毎に五つ、大振りする毎に十以上の刺突を捻じ込まれ、確実にジリ貧へと追い込まれていく。 空へのエスケープポイントがあるが故に要所要所で相手の勢いを断ち切れる彼女であったが ここに来て槍兵はサーヴァントの、その恐るべき跳躍力をも解禁。 対空砲の如き鋭さを以て上空に打ち出される槍を前に、もはや空でさえ完全なセーフティゾーンにはなり得ない。 宙に浮いたからといって少しでも油断をすれば打ち上げられたロケット弾のような槍の一撃に串刺しにされる。 かといって、完全に相手の一撃の届かぬ上空へ退避するなど論外。 それこそ卓越した砲撃魔道士でもない自分が、この埒外の速度を持つ相手から遠距離でクリーンヒットを奪う事など出来る筈もない。 何より近接主体のベルカの騎士が打ち合いを避ける、それ即ち己が負けを認める事と同じだ。 騎士としての自分、その有り様が相手の猛撃からシグナムを踏み止まらせている。 (決める……一撃で) 凄まじい乱撃に全身を晒されながら、剣士の戦意は衰えるどころかより激しく燃え盛るばかり。 歯を食い縛り肉を裂かれながら、三倍以上の運動量を以ってこちらを圧倒してくる相手の、その衰えを待つ。 戦法は変えない。 今まで幾多の敵を打ち倒してきた己が剣を信じる。 ―――ガツン、と、再び頭と頭。 そして右肩同士がぶつかる音が戦場に鳴り響いた。 体ごとぶつかって突き崩さんとする槍兵に対し、体ごとぶつかってそれを受け止める烈火の将。 この内側に入れた時こそ彼女の剣が槍兵を両断するチャンス、にも関わらず…… 「………ッ、は、ぁ………!」 彼女のその瞳。 鷹のように鋭い切れ長の眼光はそのままに敵をまっすぐに見据えていながら――― (く、そっ……! 続かんッ!!) 身体が全く動かない! ここまで身体を持って来るのが精一杯! 余力が無い。その先が続かない。 限界を圧して相手の旋風を搔い潜り、辿りつくこと数回。 この槍兵相手にそれが出来る騎士など果たして全次元を探してどれくらいいるか。 将の卓越した力と決して引かない勇気がいかに凄まじいものであるかの証明だったが、彼女をしてそれまで。 懐に飛び込むまでにシグナムは全ての力、全ての助走を使い果たし、とても無双の一撃を放てる姿勢を維持できない。 槍の柄を諸刃が走り、互いの肉体が勢い良く接触する。 戦闘機と装甲車の正面衝突。 内臓からひり出た息の詰まるような声を発したのはどちらか? 軋む肉体。 力比べに震える筋肉。 少しでも優位な位置を取らんとガツ、ガツとぶつかる肩と肩。 大量の汗を滲ませた額が相手の額とこすれあい、荒い息がかかる。 すぐ傍に敵の表情が見てとれる位置だ。 一歩も譲らぬ猛禽と魔獣の睨み合い―――その膠着も時にして一瞬。 (崩す…もはやそう何度も機会は無い……) 全身から滲む出血と体力、魔力の衰えに悲鳴を上げる肉体に鞭打って男と相対するシグナム。 このままでは結局、剣が男の身を捉える前に何も出来ないまま自分は力尽きて負ける。 この接触で勝負だ! 体力、気力共に最強の一撃を打てる、その余力の残っているうちに! 「解放ッッ!!」 <Ya ! explosion !!!> シグナムの命を受けてデバイスが紡ぐは「爆発」の意を込めた言霊。 それを受けた瞬間―――シグナムの全身が爆ぜた! 「ぬぅ――!」 それはアーマーブレイクとでもいうべきか。 ベルカの騎士の纏う分厚い甲冑。 そこに内在する魔力の塊を臨界を越えて放出しながら装甲をパージ。 密着した相手を、その魔力の奔流で吹き飛ばす。 鍔迫り合いにて彼女の至近距離にいたランサーが炎に巻き上げられ、その体ごと後方に弾かれる。 「おおおぉぉぉおおッッッッ!!」 甲冑を脱いでまで作った僅かな隙! 炎に巻かれ、魔力の爆発に巻き込まれて構えを保てる人間などいる筈がない! ならば、これこそが勝機! 行動不可になっている相手に向かって容赦なく剣を薙ぎ払おうと踏み込むシグナム。 「なに……!」 だが騎士の前方―――炎に巻かれて吹っ飛んだ筈のランサーが二間ほど離れた地に着地したと同時。 「おりゃあぁぁッ!!!」 その場で槍……否、全身を横に薙ぎ払うようにして一回転。 周囲に小型の竜巻が発生したのかと錯覚するかの如き回転は彼の体に纏わりついていた炎を瞬く間に吹き飛ばす。 その目は些かも前後不覚になど陥ってはおらず、自らの敵――女剣士を両の瞳に称えたまま。 またも爆発的な踏み込みで彼女に突撃を敢行するランサー。 「しゃあああぁぁぁああッッ!!」 猛烈な槍撃が再び始まる! 繰り出す手を休めない男! そして相手にも微塵の休みも与えない! 「ぐっ! 再装着ッ!!」 <ya ! Panzergeist> 再び甲冑を纏い、周囲にフィールドを張るシグナム。 何という事……起死回生のアーマーブレイクがまるで功を奏さない。 鎧を形成するための膨大な魔力を一回分、無駄使いしただけだ。 再び剣と槍が両者の間を飛び交うが、押される……このままでは押し潰される! 状況を打破しようとしても相手を崩せない―――何をやっても通用しない――― (衰えを知らんのか……この男!?) まるで息継ぎすら許さぬ深海の攻防だった。 一瞬の息継ぎも、思案に耽る時間をも許してはくれない。 (焦るな……相手も、苦しい筈だ…  こちらも変わらず圧力をかけて相手が崩れるのを待つしか無い!) 焦燥にかられていても苦しくても、しかし彼女はベルカ最強の騎士だった。 ここで我慢出来なくて何が最強か? 焦って出て行って、相手の槍に狙い打ちされるような未熟な騎士ならば、当の昔にこの戦いは終わりを告げている。 だがしかし終局はゆっくりと――確実に迫ってきている。 シグナムが敵の隙を待って狙っているようにランサーもまた剣士の防御のリズムを読み始めていた。 一息に打ち込まれる穂先は全て急所に打ち込まれてくるものだ。 少しでもアーマーを抜け、肉体に届いたら……抉られたらそれで致命傷。 後の先を取ろうという女剣士に対し、更に後を取り、全てを刺し貫く瞬間を虎視眈々と狙っているのだ。 一寸の切っ先の乱れも決して見逃さず、そこに無双の一撃を叩き込む―― どちらが先に必殺を突きつけられるのかまるで予測が付かない。 付かないが、この攻防……ここで先に動かねばやられると思い立ったのは やはり敵の攻めを許し続け、心身ともに苦しかったシグナムの方であった。 100を数える紅い線が巻き起こすソニックブームで既に彼女の耳の鼓膜からは血が滲んでいる。 だがそれでも目を逸らさない。 その中……一つで良い! 牽制でもなく、陽動でもない、こちらの防壁をぶち抜き、決めにくる一撃。 「シィッッ!!」 その、ようやく本命――――― 自身の心臓に向けられた一撃と今、自分の剣の呼吸がパズルのピースのようにピッタリと合う! (勝機!!) 相手の獰猛な牙が迫る! 紅い槍が変わらぬ速度でこちらを貫こうと翻る! 「っ!!!」 それに大使、何とこのタイミングで防壁をカットする蛮行に出るシグナム! 男の槍は自身の張った防壁によって辛うじて一瞬止まるからこそ、速度に劣る彼女が今まで受けてこられたのだ。 故に彼女の今の行動は自殺行為以外の何物でもない。 だが、その蛮行の先にある勝因をこそ騎士は欲する! 防壁でなく体捌きによって相手の攻撃を透かす―――どちらが相手を崩せるかは言うまでもない。 一撃だ。 高望みはしない。 ただ一撃のために、相手の一突きを見切れればそれでいい。 決死の蛮行によって曝け出された彼女の心臓に今、紅い閃光が放たれた。 間一髪――――魔槍が脇の下を抜けていく! 不可避の刺突。 到底、目で見て反応できるものでは無かったその一撃。 感覚が、騎士として生きてきた本能が、ただひたすらに体を動かしていた。 暴風の中に身を預け続け、今の今まで耐え忍んできたその肉体が男のリズムを完全に自分のものにしたのだ! 脇を通り抜けた朱槍が衝撃波だけで彼女の肉を巻き込み、裂いていく。 ゴリゴリと肋骨を削っていく感触に苦悶の表情を浮かべるシグナムであったが、それは同時に勝ちに繋がる痛みであろう。 ―――読み勝った……確実に透かした! 元々「突き」という技は外した時の隙のデカさでは全ての技の中で随一。 いくら男といえど崩れる! 「取ったッ! 私の勝ちだランサー!!!」 痛みに顔をしかめている暇などない! 突かれた穂先が戻ってくるその前に―――静かなる闘将が今、猛る! 敵の懐、決して槍の先端が届かぬ間合いにて待ちに待った一撃を相手の肩口に叩き込まんと、その剣が唸りを上げた。 大気が震え、将の心象を模したかのような愛剣の業炎が槍兵に叩き落される。 これはいくら何でも無事には済まない。 その一薙ぎは男の体を両断……否、爆散させて余りあるものだった。 戦場が、決着へと集束していく―――― そんな中――― 「―――悪いな、誘いだ―――」 渦中の男は静かに告げる 時がキチリ、と―――音を立てて凍った ―――――― 「が、ぁッッ!??」 止めの一撃が振るわれ断末魔の叫びが木霊する。 英雄を今、将の剣が薙ぎ払った――――― ―――否、 もはや勿体つけるまでもない…… 男は言ったのだ。 全ての勝負が決まる瞬間。 ――― それは誘いだ、と ――― ならば、そう。 シグナムが決死の思いで見つけた隙は、読み勝ったと確信したそれはしかし全てが男の作った更なる罠―――― 即ち、先ほどの声は、どれだけの猛攻を受けても声一つあげなかった女剣士が始めて上げた、悲鳴。 あれほどの連携の中、硬い防御に閉じ篭った相手を崩そうと「あえて」出した大振りの突き。 それに釣られて踏み込んできた剣士に対して槍兵が狙うはズバリ、彼女の全体重の乗った軸足―――ヒザの皿だった。 槍の柄が回転するかのように翻り、男の渾身の力をもって彼女の膝上に叩きつけられていたのだ。 「…………く、ぉッ、!!」 膝の半月盤は人体において痛覚の集中している箇所の一つ。 そこを打たれた衝撃は相当のものだ。 失神するほどの激痛が全身に響くように伝わり、肉体は嫌が応にも硬直する。 槍や薙刀が正面に敵を置いての白兵戦にて無敵と言われる要因の一つとして、剣では有り得ないリーチから来る足元への強襲がある。 剣で相手の足を払う場合と槍でそれをやる場合の有用性、もはや語るまでも無い。 自分は全く体勢を崩さずに相手の軸足を刈れるという圧倒的な利点。 それによって相手の踏み込みや、その他の攻防を大幅に牽制出来る―――それが長物の恐ろしさ。 これまで全弾急所狙いだった事も手伝って、槍兵の始めて行った末端部位への攻撃に全く反応できなかった彼女。 男と競り合っていた距離で一瞬だがガクンと、完全に動きを止めてしまう。 そしてこの槍兵を前にして、それが絶対的敗北である事は言うまでもない。 「――――飛べ」 麻痺したように動かない大腿に歯噛みし、声もなく唇を噛む騎士。 体勢を崩され、僅かに前傾姿勢でつんのめった形になっていた剣士に対し 近距離で放たれた槍兵の蹴りが、下からシグナムを打ち上げた。 「ご、ふッッ!!」 衝撃に嗚咽を漏らすシグナム。 その威力で足が浮き上がり、後方に飛ばされる。 甲冑のほとんど機能していない状態で食らった打撃二連。 さしもの将もたまらず、遥か後方に吹っ飛ばされてほどなくヨロリとぐらついてしまう。 (く、そ……私が、崩されてどうするッ………) 打突を貰った箇所が酸素と血液を求めて吼え狂い、脳への血液供給が滞り、意識を飛ばしそうになる。 ―――空へ! そんな彼女が無意識のうちに選択した行動。 敵の隙を誘うはずが一転、自身の最大の危機を迎えた今、思考が無意識に上空へのエスケープを選ぶのも無理からぬ事。 「行かせねえよっ!!!!」 だが飛翔したシグナムに猛追するは蒼の流星。 まるで打ち上げられた迫撃砲のように彼女に迫り、遥か上空で騎士を捕縛したのは他ならぬ槍兵。 勇に上空5mと浮かび上がれずに捕まってしまう。 宙空にて絡み合う剣士と槍兵。 だが半失神状態の女剣士と今まさに止めを刺そうという戦場の英雄。 どちらの膂力が相手を組み伏せたかなど言うまでも無い。 頭部の後ろに縛られた長い髪を掴まれ、苦悶の声を漏らす女剣士。 「逢引の続きは地上でやろうじゃねェかぁ!!!!」 鬼気が灯る表情。 投擲自慢の右腕がギシギシと軋む。 筋肉で膨張した利き腕が獲物である女剣士の髪と頭部を容赦なく掴み上げ、存分に振りかぶったと思ったら―― 彼女をそのまま地上に向かい、叩きつけるように投げ抜いたのだ。 「ぅあッッッッ!!!???」 風を切る音が将の鼓膜を劈く。 ジェットコースターなど問題にならないような急降下によって人体に催される、下半身が裏返るような感覚。 それを感じている己の体は今現在、地面に突き刺さり木っ端微塵に砕ける寸前! 「ぐ、ぬううううっ………!!!!」 デバイスによる補助の全てを半強制的に復帰させ、受身を取って地面に落着。 ドゥン!!!、という土煙。 アスファルトの削れる甲高い音。 潰れる筈の肉体はすんでの所で制動を取り戻し、地に四肢をつけてザザザザ、と地面を滑りながらに10m。 まるでスノーボードに乗せられているような距離を以って地面に不時着するシグナム。 コンマに満たぬその思考、未だ体勢の整わぬ肢体の、その思考だけがめまぐるしく動く。 ………どこだ? ………どこから? 衝撃で咳き込みながらも立ち上がり、強襲に備えようとするベルカの騎士。 蒼い甲冑の姿を探す彼女の両目。 ふらつく体、朦朧とする意識。 それでもあの死神の槍から一刻でも目を離す事の危険性――それが分からぬ彼女ではない。    ああ―――― だが自分が落着した事によって立ち昇った土煙の、晴れた視界のその先に映るのは……    何という事だろう―――― もはや目と鼻の先………… 十分な余裕を以って前肢に体重を置き、槍の先端に自分を見据え………    遅すぎる――― 腰を大きく落として構える……蒼き槍兵の姿!!!    この男の前ではホントウに何もかもが―――    取り巻くセカイそのものが遅すぎるのだ――― 「ッレヴァ……!!!」 今度こそ、今度こそ、シグナムの顔が戦慄と死の予感に歪んだ。 己が相棒である剣を構え直し、目の前の敵に備え――― 行為の全てが男の前では手遅れである事を悟るまで、目に見える槍が待ってくれる筈もなく――― 無数の槍が再びボッ、ボッ、と分裂に次ぐ分裂を重ねる。 それは本当に幾百の槍の束。 百人の前線兵士に槍を持たせて突っ込ませたかのような――― 「うおらああああああああああああ!!!」 咆哮と共に繰り出された突きの連打は10、100、200と数え切れぬ刺突の紅き嵐。 これぞ恐らくはランサーの最大出力。 何人の生存も許さぬ嵐の只中に―――― シグナムが飲み込まれていくのであった――― ―――――― Lightning&Rider3 ――― 自身の速度すらが己に牙を剥き、障害物を回避しながらの飛行を余儀なくされるフェイト。 対して多くの足場を得たライダーの変則的な動きが生きるのはこうした戦場。 場は確実に騎兵のペースにはまりつつあった。 獲物を自らの神殿に取り込み、弱らせ、朽ちさせて食らうこのサーヴァントのいつものやり方。 これは決して磨き抜かれた技術や訓練されたそれから派生する物ではない。 この騎兵には所謂 「戦技」 という概念は存在せず、あくまでも持って生まれた性(サガ)。 生前の業―――天性の狩りの才能。 かつて己が領域に土足で踏み込んできた数多の英雄を追い詰め、操作し、撹乱して、そして縛鎖に絡めて朽ち果てさせてきた。 そんな女怪の経験をただ垣間見せてきた結果であるというだけのことなのだ。 (きつい……でも、このまま行けばあと2分弱で抜け出せる筈!) だがそう、フェイトにとってまず初めの急務は兎にも角にもこの森を抜ける事。 もはや周知の事実。 敵は飛行能力を持っていない。 先ほどのように上空にいればほとんど一方的に戦いを進める事が可能。 つまり、森を無事に抜ければフェイトの勝ちは確定するのだ。 高速飛行しながら、並走する騎兵に対し己が得意の雷光の槍を次々と投擲する執務官。 紫の影に容赦なく雷の弾丸、そして志向性のある槍を打ち放つフェイト。 「セット……ファイアッッ!」 木々の合い間を飛翔する長髪に狙いをつけて投擲された金色の矢が、立ち並ぶ樹木を抜けてそこに身を躍らせる女怪へと迫る。 この四次元の戦場では従来の安定した軌道はもはや期待出来ない。 そんな中での射撃は当てる事は困難でも、直撃とはいかずとも相手の行動の抑止と牽制にはなる。 とにかくこの森を抜けるまで、攻め込ませない事が重要だ。 相手の土俵においてすら戦場を支配せんと翻る天才魔導士が、絶えずデバイスに策敵・誘導を示唆しながらに高速飛行を続けるも――― 「!!!?」 その視界が―――――グラリと、霞んだ……… (あ、ッ!??) 歪む景色に一瞬だが彼女の体がぶれ、飛行姿勢が横に傾いてしまう。 何という事………極限の疲労から来るものか? 張り詰めた神経、緊張に緊張を重ねた心身は唐突にその限界を、彼女の体の不調という形で報せる。 こんなにも消耗していたなんて……たかだか十分弱の戦闘で…… サーヴァントとヒトとの戦い、その地力の差がついに出始めたのだ! そしてついに見せたフェイトの一瞬の隙。 それを見逃すライダーではない。 一息もつかぬうちに枝を蹴り、一足で間合いを詰め、一瞬のうちに、あっという間にフェイトの斜め下方にその身を躍らせる。 紫の髪がついに獲物に牙を突き立てられるという歓喜に揺れる。 歯を食い縛り、頭を振って、意識を強引に揺り戻すフェイト。 フォトンランサーのつるべ打ちで薙ぎ払うように相手を追い払おうとするが、到来した一瞬をものに出来なくてはサーヴァントとは呼べない。 マシンガンのような魔弾を更なる跳躍で避け、ライダーが上空へ舞い上がる。 自由の効かぬ空で狙い打ちにされるという危惧――そんなものは知らない。 被弾を許そうとここで一息に決めるという、それは彼女の意思表示の現れだ。 跳躍に跳躍を重ねるライダー。 一瞬のうちに高い木々を踏み台にしてフェイトの視界から消えるほどの高さにまで駆け上がる。 もはや語るのも馬鹿馬鹿しいほどの身体能力にいちいち驚いている暇など無い。 空戦において上を取られる事の危険。 それを分からぬフェイトではないからだ。 (来る………!) 障害物を避けながら、頭上に生い茂る枝と葉から時々見せる紫紺の長髪を見据えるフェイト。 自分の頭上にて疾走しているであろう騎兵を迎え撃とうと、見開かれた瞳が頭上をキッと睨み据える。 「もう少しなんだ……頑張ろう、バルディッシュ!」 そして紫の髪を振り乱しながら――――ついに駆け下りてきたのだ! あの化け物じみた女怪が! 「お覚悟をッ!」 圧倒的な脚力が叩き出すスピード。 重力の楔から外れているかのような身のこなし。 そして人間の間接駆動域をまるで無視した変則的な動きでそれは駆け下りる。 一本の木を駆け下りてくるのではなく複数の木々を踏み台に多角的な、さながら忍者の影分身。 残像が見えてしまうほどの壮絶なフットワークにてフェイトの頭上から飛来してきたのだ! そして最後の木を蹴り付けたライダーがついにフェイトの頭上に牙を落とす! 唇から一息、鋭い息吹を吐くと同時に魔導士に、渾身の一撃を叩きつける! (し、しまっ!?) 蛇の群れのようにたなびく髪を持つ女怪が上方から迫り来る。 回避―――間に合わない! 迎え撃とうとバルディッシュを構える魔導士! 森に響き渡る、ガォォォン!!!!―――――という轟音! 構えたデバイスごとフェイトのフィールドを貫通……否、力任せにぶち抜かれた音。 その鉄槌のような一撃は、空中で数十回転、ロータリーのような前方宙返りにより 凄まじい遠心力を内包したライダーの―――カカト落とし! 「ああぁっっ!!!?」 悲鳴を上げるフェイト! 鎖骨に降り注ぐ埒外の衝撃! テニスのスマッシュのように叩き落とされ、地面に刺さるように激突する! 亀裂が走り、抉れる地面にズシャア、ザザザ、と叩きつけられ、その身が滑って行く。 勢いを全く殺せずバウンドして転がり続け、後方にある巨大な樹木に激突する彼女の肢体。 そして衝撃でグラリと揺れた大木から木の葉が数百枚と舞い落ちる中――― 風に揺らぐ木の葉ほどの体重も感じさせずに、その紫は地に降り立った。 フェイトに負けず劣らずの細い両手、スラリと伸びたモデルのような両足は言うまでもなくヒトのそれとは一線を隔し 腕はコンクリートを容易く握り潰し、両足は小型の什器くらい軽く蹴り飛ばす。 「残念でしたね―――森を抜けたかったのでしょう?」 「う…………か、はッ……!?」 咳き込み、地に這うフェイトに哀れむような声をかける女怪。 二人は森の出口間近だと思われたその地点で―――――止まっていた。 「私を引き摺ってでも外へ向かうべきでした……貴方は。  致命的なミスです。 やはり貴方はここから生きては出られない」 苦痛に歯を食い縛る魔導士を前に ゾッとするほどに優しい声色で ゾッとするような響きを持たせて ソレは相手に―――――死刑宣告をした。 深い深い森で並走を止め、向かい合う両者。 相手の陣地ではあっても先の高速戦闘ならばまだフェイトにも勝機はあった。 だが相手の絶対有利のフィールドにおいて足を止めてしまった現状、もはやこの魔導士に一片のアドバンテージすら…… 「フ、―――」 すかさず大地に四つんばいになって腰をくねらせるように蠢く騎兵の独特の佇まい。 頭を地面スレスレにつけ、腰を上方にピンと突き出す姿勢はどこか艶かしいながらも機能美に溢れた神々しさすらある。 同時にそれは何の予備動作無しでこちらに飛びかかってくる豹の化身の戦闘態勢。 彼女の四肢、いや全身に伝わる緊張が妖艶な腰付きに卑猥な視線を向ける事を一切許さない。 「――――――」 未だ反撃の体勢の整わぬフェイトを前に今にも打ち出されようとする紫紺のミサイル。 その様相に必殺、必滅、必惨を込めて――― 「貴女はよく頑張りました――――――ご褒美です!!!!!」 ドゥン!!!!!!!!!!と、地が揺れんばかりに大地を蹴り付け開放された騎兵の体! 神速にて不可避の紫色の弾丸! ライダーがフェイトに向かい、トドメを刺すべく飛びかかったのだ! 呼吸一つ許さぬ速度でフェイトの間合いを犯すライダー。 人体に発生する予備動作の類など一切ない。 セオリーなどまるで無視した相手の挙動。 「う……ああぁぁッッ!!!」 不安定な姿勢からも気合一閃。ブリッツアクションにて加速した横薙ぎの刃をライダーに向かって振り切る。 当然のように容易く掻い潜られる。ダメージに加え、左肩の負傷が尾を引いていた。  こんな状態でサーヴァントを迎撃など出来る筈が無い! そしてフェイトの背筋を襲う寒気のような感覚。明確な死の気配。  それは彼女の意識の……否、身体の下部から跳ね上がってくるナニカ。 即ち、魔導士の更に下方に潜り込んだライダーの、刃のように鋭いつま先だった。 フェイトの顎を砕かんと繰り出されたのは、回避と攻撃が一体となった、全身のバネを利用した後方バク転蹴り。 彼女の脚力はすでに周知。 当たれば人間の顎など粉々に粉砕する。 「は、ああぁぁっっ!!!」 だが、何とフェイトはそれに反応。 カミソリのようなライダーの蹴上げに逆らう事なく、自身も後方に回転! 翻る黒衣と純白のマント。 フェイトの顎の先端、その1cm先を跳ね上げる日本刀のような蹴撃。 両者の動き――その残光により、紫の半月と金色の満月が交差するかのような幻想的な光景を場に描く。 ブリッツアクションとアクセラレーションの連続稼働にて、もともとが瞬速を誇る彼女がその術技を総動員しての移動補助の魔法の重ね掛け。 ぶり返すように反発する出力に翻弄される体が大きくバランスを崩しながら、3mほど後方に着地する。 「ハ、ハァッ……!」 ガクガクと揺れる膝。 跳ね上がる心臓に再び酸素を叩き込むべく息を大きく吸い込むフェイト。 このまま空へと上昇できればどれほど楽か。妨害している相手が相手だ。  どうやっても上空へ抜ける前に追いつかれ、叩き落とされる。 蓄積した疲労が噴き出すように彼女の身体に纏わりつき、緻密を誇るフェイトの思考を鈍らせていく。 そんな姿を晒す魔導士に対し、迫撃砲は間髪入れずに打ち鳴らされる。 相変わらずの地面が破裂したかと思わせる踏み込みと共に一片の情け容赦なく前方から飛来する騎兵。 放つはサイドキック気味の足刀………フェイトは――反応出来ない! 「あ、グッッッッッッ!??」 BJの反動に紛れて、肉を打つ鈍い音が―――辺りに響いた……!!! 槍のような鋭さと鈍器のような重さを持った一撃が魔導士の胸部に突き刺さる! 柔らかい胸の中央に埋まるライダーの右足。 そして大木にめり込むフェイトの体。 ついにクリーンヒットを許してしまったのだ! 苦悶の表情を浮かべ……ゴホ、と咳き込み、叩きつけられた巨木にしなだれかかる黒衣の体。 歯の間から漏れ出る真紅の液体。 視界がフラッシュバックし、背骨が軋み、息が止まり、声も出ない。 BJの恩恵がなければ胸骨は粉砕されその肉体ごと潰れていただろう。 だが軽装のフェイトには、衝撃を全て弾き返せる術がない。 体に供給される筈の酸素がシャットアウトされ、チカチカと光った視界が暗転し、その意識を遠のかせていく。 <Sir!> 切迫した低い男の声は相棒の声。 ズルズルと腰から木の幹に崩れ落ち、為す術もなく叩き潰されるを待つしかない執務官に力を与えようと、それは必死に叫ぶ。 まずい、まずい、という彼女の脳内アラームは先ほどから五月蠅いくらいに鳴り響いている。 分かっている……この状況を抜け出さなければ―――もはや一分を超えないうちに自分はこの人に殺される! 魔導士の耳を揺らす、じゃらり、という金属の擦れる音は短剣を騎兵が握り直したものだろう。 霞む視界が相手の姿――その手に再び、極細の凶器を手に構えたのを捉える。 何とか応戦し、相手を退けたいフェイトだったが、体が思うように動かない。 障害物を背にしてしまったその姿はさながらコーナーを背負い 何とかそこから逃げようともがく、ダウン間近のボクサーのようだった…… ほどなくして、それはやってきた。 こちらの回復を待ってくれる気など微塵も無い。 ズガガガガガ、!!という炸裂音が辺りに鳴り響く。 間合いを詰めたライダーの不可避の連打がグロッキーのフェイトを襲う。 閃きと反射神経と、それに数分違わず付いて来る身体能力の為せる蹂躙連撃。 人間の骨格をまるで無視したかのような、全身のバネを総動員し、受け、避け、踏み込み、叩きつける。 回転が違う。 膂力が違う。 残り体力が違いすぎる。 もはや彼女の口から紡がれる声は気合でなく悲鳴でしかない。 一方的な打ち合い。 手を出す事すらままならないフェイトに対して、終わらない打突音と共に強弱をつけた連打を次第に纏めていくライダー。 元より足を止めての攻防ではフェイトに勝ち目はない。 地をかける獣に地上で相対して組み勝てる鷲などいないのだ。 「……ああァァッ!!」 もはやシールドを張る事すら叶わない。 側面に横っ飛びしてサイドに抜けようとフラフラの足を総動員して何とか空間を稼ごうとするフェイト。 だが木蔭から脱出しようと悪戦苦闘する姿は、騎兵の目には止まって見える。 それを先回りするかのように放たれたミドルキックが強烈な爆音と共にフェイトの脇腹を捉えた。 「っ~~~~………!!」 彼女の内からこみ上げてくる胃液が、その口の端から漏れる。 くの字に曲がる肢体が再び木蔭に蹴り戻され、逃れられぬ連撃の渦中に再び放り込まれる体。 鞭のようなしなやかさと丸太のような強壮さを併せ持つライダーの蹴り。 鋭利な刃物で一思いにスパッと斬り殺されるのと切れ味の鈍い鈍器のようなものでジワジワと削られていくのでは果たしてどちらがマシと言えるのか? ギュオオ、ギュオオ、という甲高い音が辺りに響き続ける。 それはミッド式魔術師の肉体を守る最後の砦――BJが物体と衝突し、反発する音。 黒衣が、白いマントが、裂かれ、抉られ、削られていく。 「は……ぁ、」  片手でデバイス―――相棒バルディッシュを振るうフェイト。 その杖の先端がガクガクと震えている。雷光の面影など微塵も無い。 今、それが相手の短剣を受けて弾き返された。 ガラ空きの体に打ち込まれる連打。 ダメージは既に深刻どころの騒ぎではない。 杭のような短剣の鋭い襲撃に加え、まるで自身の元使い魔アルフの剛力を思わせる徒手の一撃。 とても耐え切れるものではなかった。 最後の最後まで彼女は手に握られた愛杖を振い続けたが その抵抗はついには実らず―――いっそう甲高い炸裂弾じみた音が木霊する。 渾身の一撃をまともに受けたフェイトの表情から力が抜ける。 その眼光から光が消え、脱力した体が木の根元に尻餅を付き―――― 雷光と呼ばれた管理局地上最速の魔道士が……ついに木の根元に、力無く崩れ落ちるのだった。

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