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エースの受難B」を以下のとおり復元します。
エースオブエースと相対する夢魔の少女。
 
プライドにかけて人間なんかに気圧されてたまるかと
表面上は慇懃無礼な様相を辛うじて崩さなかった少女の顔が―――今、完全に………破顔した。
 
「はぁぁぁぁあああああああっ!?」
 
主の横槍を聞いて絶叫する夢魔。
人間などエサだと断言した少女は事実、普通の人間はおろか
そこら辺の魔術師が束になったとしても彼らが餌より上の意味を持つことはないであろう。
それほどまでに少女の霊格は高い。
 
だが――――彼女の主、ミスブルー蒼崎青子は別だ。 

言うまでもなく彼女は普通の人間と比べるのもおこがましい規格外の存在。
現存する5人の魔法使いの一人。 その「格」はあの真祖と比べてなお見劣りしない域に在る。
その蒼崎青子を―――――半殺し?
 
「………ウソでしょ?」 
 
唖然とする少女が近づいてくる人間と主を交互に見やり―――耐え切れなくなって叫ぶ。
 
「そんなバケモノだなんて聞いてない!??」
 
「言ってないからねー」
 
ずいっと歩を進めてくる高町なのはを前にもはや先ほどまでの傲岸不遜な態度は微塵も無い。
なのはが歩を進める度、自らも一歩、後ずさりしてしまう。
 
「ひっ!?」
 
少女が頼れるマスターにすがる様な目を向けるが―――
 
「自分で売ったケンカなら自分で何とかしなさいな。」
 
「そんな! 助けてよ青子!」
 
「―――狩りに失敗した野生動物の末路か……南無~」
 
「何よそれぇぇえええええええええええっ!?」
 
手を両手で合わせて合掌のポーズを取る主に対しての、レンの声はもはや悲鳴に近い。
そんな狼狽する少女の眼前に―――仁王立ちという表現がぴったりあう(少なくとも少女にとっては)様相で
白き魔導士はレンを見下ろすように間近に立っていた。

それは仮にも猫という獣の姿を模倣したが故の野生の本能か。
それとも人より遥かに高い霊感を持つ魔性である故の感覚か。
この目の前の存在は――――危険だ。
決して逆らってはいけないという厳然たる事実を今更ながらに、心中に響くアラームと共に認識するレン。
 
だが後悔先に立たずとはこの事だ……
ユメの餌食にしようとし、起きた相手を餌扱い。
既に言語道断の毒を存分に吐きまくってしまった。
もし自分が格下の相手にそんな無礼を働かれたら絶対に許さない。
終わらぬ悪夢に閉じ込めて、その精神をカンナ削りで削るように蝕んでやるところだ。
 
「っ!!!!」
 
だから少女にとって今更、眼前の人間のすう、っと頭上に挙げられる手―――
恐らくは自分に下される制裁を止める術などある筈も無く
来るべき苛烈な仕置きに息を呑み、ぎゅっと目を瞑るより他に術が無い。
 

―――――――、コツン!
 
 
………………
 
ほどなくして――
 
「へ?」
 
その鈍い、ささやかな音と共に………
自身の頭に伝わる軽い衝撃に対して間の抜けた声を漏らす夢魔。
 
瞑った目を恐る恐る開けると、そこには軽く握ったゲンコツを構えて立つ女の姿があった。
その表情の端に少し困ったような笑みを称え、握った手を開いて少女の頭を優しく撫でる。
冗談抜きで死を覚悟した少女は未だ状況が掴めない。
唖然とした表情のままに、されるがままになっている。
 
「恐がらないで……分かってくれればいいから。」
 
優しくかけられた声と共に屈託なくにこっと笑う魔導士に対し―――
もはや少女は不遜な言葉など一言たりとも吐ける筈もなく、そのままコクコク、とうなづくのみであった。
 

――――――
 
「………何だ、つまらないの」
 
その様子を横からニヤニヤしながら見ていた性悪女がボソっと呟く。
 
「子供には甘いのねアンタ。 教導?教師? どっちだか知らないけど……
 怒る時は怒らないと最近の子供は反省しないわよー。」
 
いけしゃあしゃあとのたまう主を、仇を見るような形相でギっと睨む夢魔の少女。
なのはは答えない。 少し困惑した顔を、決して悟らせないように隠す。
実はなのはとて、もう少し小言を言って聞かせるつもりだったのだ。
だが少女の鳴き声を聞いて一瞬……身体に電気走った。
諸共に今は遥か遠く―――ミッドの地にて自分の帰りを待つかけがえのない娘の顔が思い出されてしまい
すっかり叱る気力を萎えさせてしまったのだ。
姿形共に全然似ても似つかないというのに、何となくだが声が似ていたからだろうか?
不思議な事もあるものだと思い、しかし今は心の底にしまっておく。
 
「というか………青子さん。
 自分は完全に蚊帳の外って顔をしているけど…」
 
「む?」
 
「最初の話の流れを見ると、貴方がこの子を炊き付けたように聞こえたよ…?」 
 
「そうよ!」
 
レンがなのはの後ろに回り、外道主を指して言う。
 
「アンタが朝食取って来いって言ったんじゃない!
 異世界の珍味を堪能して来いとか何とか!!」
 
「あ、こいつ主を売りやがった。」
 
「何が主よ薄情者ーーーーーーー!!」
  
「………………そう」
 
飼い主に助けを求めたにも関わらず、嵌められて見捨てられたペットの恨みは凄まじい。
もはや完全になのはサイドに回って蒼崎青子を糾弾するレン。
そして先ほどの少女に相対した時のそれと違い、今度は明確な怒気を含む声を紡ぐなのはさん。

「青子さん」
 
「ん、な、ナニカナー……?」
 
「何か言い訳とかある?」
 
どこ吹く風といった感でポリポリとこめかみをかいている青子だったが
こめかみからつ――、と垂れる冷や汗までは隠せない。
やばい。今度は自分がピンチに絶命気味である。
その気勢は横で見ているレンが一言も発せず「あわわわ…」と震える程に凄まじいもので
そんなものを正面から受けて飄々としていられる青子もまた大したものであるが――
 
場の空気がギチギチと張り詰める感覚に少女が息を呑む中、ややもしてふう、と溜息をつくブルー。
そしてなのはに対し、あろう事か無防備に歩いて近づいていったのだ。 レンが息を呑む。
 
「…………ア―――」
 

………………………
 

「アンタのせいだぁぁぁぁぁああああッッーーーー!!」
 

ミスブルーの逆ギレ炸裂であった。
 
 
――――――
 
突然の咆哮一閃に、なのはが顔をしかめる。

しかして、目の前の怒れる不動明王に更なる追い討ちをかけるように
青子は両手の掌で両側から彼女の顔面を挟み込んだのだ。

「な………わ、」
 
予期せぬ反撃に戸惑うなのは。
相手の両手がまるで相撲の合唱捻りのように自分の顔を挟んでくる。
そのまま振り回そうとする青子と、バランスを崩すまいと踏み止まるなのは。
期せずして両者は、その細い体を総動員しての力比べに移行していた。
二人の足が食む床が、その力でミシミシと悲鳴を上げている。

「わらひのへいっへ?」
 
両側から頬を押さえられているヒョットコのような面持ちで驚愕交じりの反論を返す魔導士だったが案の定、上手く言葉を紡げない。
醜く変形した自らの面持ちにカァ、と頬を染めつつも、いつまでも顔芸を強要されていては埒が明かない。
顔面を力任せに挟み込んでくる青子に対し、おもむろにその手首を掴み―――
 
「とっ!?」
 
力に逆らわず自身の身体ごと後方に倒れこむ。
そのままつんのめった青子の腹部を下から足で跳ね上げ、勢いのままに後方に投げ飛ばす
所謂、柔道の巴投げが炸裂していた。
大きく宙を浮いた青子が後方に吹き飛び、地面に受身を取ってニ~三回転しながら着地。
 
「わお♪ 凄いキレ!」
 
「もう……ふざけないで」
 
ヒューと口笛交じりに起き上がる青子を睨みつけるなのはの表情は依然厳しい。
 
「盗人猛々しいとはこの事だよ。 どうして私のせいになるの?」

たった今、見事に宙を舞い、床に転がされた時の
着物に付着した埃をパンパンと拭う青子。
流石にこのままでは埒が明かないと悟ったのだろう。 

「よろしい………レン――――――脱ぎなさい」
 
一歩も引かない二人のやり取りをハラハラしながら見守る少女に――――アーマーパージのオーダーを下す……
 
「…………………は?」
 
突然、話を振られたのもさる事ながら、いきなりの脱衣命令に目をパチクリさせる少女。
なのはは勿論、主の突拍子の無さに慣れっこであるレンでさえ正気を疑う言動だ。
 
「な、何言ってるの?」
 
「命令よ。ほら、拙速拙速!」
 
「や、やあよ。 正気……? おかしいわよ貴方」
 
「つべこべ言うな」
 
いつにも増して有無を言わさぬ主に対し、危険を感じて後ずさりするレン。
だが、分かっている………分かっていたのだ……
焦燥の極みにある夢魔の表情は、どんなに無茶な命令であろうと
この目の前の暴君が本気である以上、懇願しようと抗おうと―――
 
――― マジックガンナーからは、逃げられない ―――

という事実を存分に刻み込まれた者のみが持つ絶望と達観の境地にあり
ブルーの口が、それとは気づかぬほど小さく動くのと同時に―――短く悲鳴を上げるより術のない夢魔であった。

それでも乙女の恥じらいか、反射的に背中を見せて逃げようとするレンに対し
ミスブルーの右手が―――払うように下から突き上げられたのだった。
 
「ひいいいいぃぃぃぃいいいっっーーーーーーー!!!??」
 
と、同時に部屋中に響き渡る少女の絶叫!
魔法使いの動作と同時に少女の下方からブロウニングスターマインの黄色の閃光が発生する。
床をバウンドして跳ね上がるそれがレンの足元からスカート内に潜り込み
下半身から上半身にかけて少女の全身を覆うコートを勢いよく跳ね上げたのだった。
 
「――――――な、な、な……」

ガバっと、コートのような衣服を両手で抱いて全身を隠し、床に座り込む少女であったが………時既に遅し。
雪の妖精の真っ白い顔がみるみるうちに紅潮していく。
その下に隠された一糸纏わぬ少女の裸身――未成熟な体が一瞬だが完全に、衆目の目に露にされていたのだった。

「レディに何てことするのよぉぉッッ!!!」
 
悲痛な叫びが山小屋はおろか外にまで木霊し、山彦となって山岳地帯に響き渡る。
批難の声を張り上げ……えぐ、えぐ、と涙に咽ぶ雪原の妖精の何と痛ましい光景か……
 
「…………」
 
その一部始終を黙ってみていた魔導士。
正義感に熱いなのはが本来ならばこんな狼藉を幼い子供に働いた者を許すわけが無い。
間髪を入れずに蒼崎青子を糾弾する教導官の姿が見られるものと予想されたが―――
 
少女の黄色い悲鳴と理不尽な辱め。
その現場をを前にして―――高町なのはは動かなかった。
否……今、その目に焼きついた光景に対して顔に驚愕の表情を貼り付けたまま微動だに出来なかったのだ。
 
「い……今のは…?」
 
「私がアンタと出会う前の話よ。」

それは蒼崎青子が何を見せようとしたのか、この少女の現状を理解したから。
青子に目だけで、話の続きを促すなのは。
 
「何が何だか分からないのは私も一緒よ。
 でもあいつらの正体については―――アンタの話を色々聞いて合点がいったわ。」

青子への問い詰めを一方的に終わらせた、終わらせるに足る理由を教導官に与えたそれ―――
一瞬だが確かに見えた、少女の体に刻まれた………
 
――― 身体を真っ一文字に斬り裂かれた跡 ―――

白くて綺麗な肌の上にくっきりと残った、背中から腰の下まで抉られたような傷跡……
その華奢な身体に惨たらしく飾り付けられたアート。
優秀な武装隊員であり教導官であるが故に一瞬で分かったのだ。
その傷の具合。どんな武器が使われたか。物理的なものか魔力刃の類か。
そしてその体が………間違いなく命に関わる重症に陥った者のそれだという事に―――
 
(私のせい………これが…?)
 
それは人間ならば到底、動けるはずの無い即死レベルの傷だった。
抉られた赤黒い跡は脊椎、内蔵にゆうに届くほどに深い。
ならば未だに少女が(表面上は)平常に動けているのは、彼女が人外であるからなのだろうが。
 
「詳しく……聞かせて」
 
今はそんな事はどうでもよかった。
問題はその傷をつけた原因が自分にあるという青子の発言。
その事柄に、魔導士はイヤになるほど心当たりがあったのだから。
 
「あいつらの人間離れした耐久力に、肌の下から覗く機械部分。
 あれがそうでしょ? 戦闘機人っていうのは。」
 
手に口を当てて、人差し指を軽く噛むなのはであった。
その目にはもはや青子に対する糾弾の気持ちなど綺麗に吹き飛んでしまっている。
 
「うん………間違いないよ……これは、その傷は確かに機人の生成した
 ISの魔力刃による物である確率が高い……」
 
「アンタらが逃がした、アンタらの世界の犯罪者によるものよね?
 自分達の体たらくで別の世界にちょっかいかけさせて、あまつさえ人の使い魔を殺しかけたのよ?
 だったら被害者に魔力提供するくらいの協力は笑って承諾するのが道理じゃなくて? ねえ、時空管理局の局員様。」
 
「……………」

無論、今回の事件は高町なのはだけの責任ではない。
局と留置所、その他あらゆる不手際から生じた事件であり
なのは個人に取れる責任などないし、取る義務も生じない。
 
「そう、だね………」
 
(えーーーーー??)
 
で、ありながら―――
苛烈な仕打ちのショックで未だ床にしゃがみ込んでいた少女であったが
横目で成り行きに聞き耳を立てていた、その展開に思わず正気を疑ってしまう。
 
(納得しかけてる…? 今ので?)
 
こんなのはどう見ても青子の暴論。 言い掛かりも甚だしいというのに……
あの得体の知れない二人組にやられたのは自分の責任だ。
それによってこの人間に責任払いが生ずる事などない。
この人間の精を頂こうとした自分も、それをけしかけた蒼崎青子にも大義名分があるわけでもないというのに―――
 
察するに、それはきっと法と正義に自ら殉ずる者と法の外で生きる者との違いなのだろう。
 
高町なのはは正義を愛し、他人の幸せを願う責任感の強い女性である。
ここで「それは自分の管轄ではないから関係ない」などと謳う人間であったなら、そもそも自らこの職に付こうなどとは考えていない。
自分たちの逃がした犯罪者が逃亡先で一般人を傷つけ、殺傷する。
それは法に生きるものにとって、高町なのはにとって最も恐れていた忌まわしい事だ。
ならば………今ここで、どうして彼女に反撃の刃を振るえる道理があるだろう? 
 
悔恨の表情で、目を瞑り、無言で頭を下げるなのは。
そして―――目の前の少女、レンを優しく、強く抱きしめる。 

「ごめんね……」
 
「えっ? あ、や、その……っ!?」
 
「痛かったよね……ごめん、ごめんね…
 私達がしっかりしていれば、こんな事には……
 本当にごめんなさい………」
 
悔恨と共に何度も少女の頭を撫で、謝罪の言葉を紡ぐ高町なのは。
対処に困り、しどろもどろになる雪の少女がその目を泳がせて―――見た先に佇んでいた魔法使いが……
 
(チョロイわ) 

……最悪の笑みと共に――――――親指をぐっと突き立てていた。
 
(た、タチ悪っ……)
 
世の中、キレたもん勝ちである―――
そして戦いは大抵、汚い奴が勝利する―――
 
 
義理も人情も無い現実世界の煉獄の様を今、再認識する夜の使い魔の双眸が
今、自分を抱きしめて悔恨に沈む女を見て哀れみに染まるのみであったのだ―――
 
 
――――――
 
「いや、冗談抜きで大変だったのよ。 
 死に掛けの身体を永らえさせるために、このコ自身の魔力を消費してそれでも足りなかった。
 だから輸血みたいなものかな……体内で足りない魔力は外部から持ってくるしかないわけで。
 でも魔力を摂取しようにも、ここには人がいない―――そこへ現れたのが!」
 
くいっと腕組みを崩さずに高町なのはに人差し指を向ける魔法使い。
 
「それなら一言、断ってくれればよかったのに……」
 
歯切れ悪く答えるなのはである。
ただ一つ……
少女の傷はどう見ても致命傷だが、今の話だと容態は急を要するという事ではないらしい。
 
「なら、私の魔力を惜しむわけじゃないけれど……
 取り合えずは青子さんの魔力で凌ぐ事は出来ないの?」
 
「だそうだ。レン」
 
「冗談じゃないわッッ!」
 
全力でかぶりを振って否定する少女である。
 
「四つんばいに這わせた首輪付きの男……少年百人斬り……男プールに踊り食い……
 そんな夢を延々と見せ続けなきゃいけない私の身にもなってよっ!」

「むふう……主人の趣向にケチをつけるとは神経の太いネコだ。」
 
「もうイヤ! 瀕死の体に無理やりそんなもん詰め込まれたのよ!? 地獄よ!! もう食傷気味なのよ! 
 現在、私を形成している成分の6割近くがあの汚らわしい夢で出来てるなんて考えるだけで耐えられないっ!
 いい加減、回復どころか拒絶反応起こして消滅するわよ!!」
 
「く、首輪…………? え? え? 何で……?」
 
二人の壮絶な言い争いの内訳の半分も理解出来ない高町なのはであった。

「とにかく、返す返すもやっぱり一言も言ってくれないのは違うと思う。
 例えこちらに非があるとしても、こんな泥棒みたいなやり方は正直気分の良いものじゃないよ。」
 
「――――ふうん」
 
それを聞いた青子が悪戯っぽい笑みを浮かべて目の前の魔導士を見やる。
イヤらしい横目でニマァ~という笑い顔―――
付き合いの浅いなのはであったが、目の前の魔法使いがこういう顔をする時は決まってロクな事を言い出さない。
 
「言えばOKしたの?」
 
「当然だよ。 そんなに困っているなら、私に出来る事ならいくらでも力を貸す。」
 
「ふううう~~~ん?」
 
口が裂けていると錯覚するほどに歪にニヤケた顔。
思わず目を逸らしたくなるような表情で、下から覗き込むようになのはの顔を見上げてくる青子さん。
 
「な、何…? 言いたい事があるのならはっきり言って。」
 
「言っておくけどね……夢魔に精を吸われるってのはね……
 それはそれは凄い事になるのよ?」
 
「凄い事? 命の危険とか…?」
 
「いや、その心配はない。 それはやる方の匙加減一つだから。
 さっきこの子が言った様に限界を超えて摂取しなければ命の危険はないわ。
 私が言ってるのは―――別の問題……」
 
「?」
 
命の危険がない―――ならば尚更、他人に言えないほどの「凄い事」の意味を思いつかない。
相手の遠回しな物言いにイマイチ話を掴みきれない彼女である。
 
「さっき聞いてなかった? 結構、お約束なんだけどなぁ?
 レンが見せるのは――――――」
 
口元に手を当てて、イシシとばかりに形ばかりの恥じらいの姿勢を作る魔法使い―――

「淫夢よ、インム! それで精を搾り取るって事の意味―――
 私が空気を読んで席を外してたって事から察しなさいよねー!」
 
その意味――――
自分の夢を思い出し、その言葉の指し示すところを模索し………
 
「これから暫く一緒に暮らさなきゃいけないのに気まずくなっちゃうでしょう?
 相部屋しなきゃいけないコがさ……夢に悶えて布団や枕にむしゃぶりつく姿なんて見せられたら、ねぇ……」
 
「………………っ、!!!」
 
ようやっと………
ようやっと相手の言葉の意味するところを察した―――なのはさんであったのだった。
 
「そ、そう……」
 
高町なのはの、その顔が――曇る。
そしてかろうじて言葉に出せたのがたった一言の相槌。
途端に顔を伏せ、落ち着きのなくなる教導官であった。
夢の内容、登場人物共にのっぴきならないモノであっただけに彼女にとって、これ以上は想像するだけでも洒落にならない。

そして気まずそうに目を逸らすなのはだったが――― この魔法使いにだけは………そんな弱みを見せてはいけなかったのだ!
 
ピキーンと青子先生の両目が怪しく光る。
その相手の逸らした目線に回り込むようになのはの顔を覗き込むブルーさん。
 
「まあ、そこまで協力してくれるっていうのなら助かるわ!
 流石はなのは……博愛精神の塊のようなコねぇ。 私には真似できん。
 ――――あらやだ、赤いわよ顔? 熱でもあるんじゃなぁい? ケケケ!」
 
「別に……そんな事ないよ…」
 
「ハァ!? あんたハタチでしょ! カマトトぶってんじゃないわよ!
 魔法少女のカッコしてたってトシは誤魔化せないわよトシは!!」
 
「……もう分かったから…」
 
サイドテールを弄ばれ、その手を鬱陶しそうに払う高町なのは。
とても世界最高峰の魔道士と魔法使いのやり取りとは思えない。
免疫のない優等生をからかう、ガラッパチ不良少女の図である。
 
「普段大人しい子ほど盛るとケダモノみたいになるって言うじゃない?
 私としてはアナタがどういう風にメロメロになって乱れるか、実は非常に興味の尽きぬ所であったのよ、うん!」
 
「………あまり良い趣味とは言えないよ、それ」
 
「でも一方で開けてはいけないパンドラの箱を髣髴とさせて
 私の中で二人の私が最後までデッドヒートを繰り広げてね……そんで結局――」
 
「……ん、ん…………っ」

居心地が悪そうに咳払いをするなのはさん。
純情な体育会系を凹ますには色話とはよく言ったもの。
典型的なセクハラオヤジと化した魔法使いの攻めは鉄壁のエースに対し、セオリー通りの効果をあげつつあった。
 
「あ、言っとくけどパンツは貸さないわよー。 こっちもストックやばいから。
 汚したなら自分で洗ってくるか山を降りて無人のコンビニで拾って来なさい。」

「もう出てって」
 
完全にスイッチの入ったアオアオさんに対し、強引に話を切り上げようとするなのはさん。
 
「あ、ところで」
 
(し、しつこいなぁ……)

だが一旦ペースを握られたら最後、絶対に主導権を渡さないのがミスブルーの破壊魔たる所以である。
あの壮絶な手合わせで散々味わった魔法使いの真骨頂はこういう場面でも相変わらずだった。
ひたすら居心地が悪い会話を捻じ込まれ、延々と続く猛攻に反撃を返せない高町なのは。
 
「…………いいよ。私が出てくから」
 
そしてついには敗走という選択肢を取る無敵のエースであった。
これ以上、下世話な話に付き合うくらいなら仲間の捜索や事態の打開に心血を注いだ方が遥かにマシである。

「あ、待ってってばぁ! そうそう聞きたい事があんのよ! なのはってば!」

その場から背を向けて部屋を後にしようとする魔導士。
なおも追い討ちをかける青子であったが、もはやなのはは聞く耳など持たない。
 
 
「――――フェイトちゃんって………貴方の何?」
 

しかして教導官が、その手をドアノブにかけたところで―――――
 
 
――― 時間が止まる ―――
 

――――――
 
「え…………………?」
 
 
自分の口からそんな呟きが出た事すら認識できずに――――
 
何を言われても無視を決め込んでいたなのはの顔が……今度は完全に凍りつく。

 
シーンと静まり返った部屋にカタカタと、風で揺らぐ窓枠の音だけが響き渡っていた。
文字通りその背中がビクンと震え、完全に硬直した高町なのはと、それを興味深げに見やる蒼崎青子。
 
「だからフェイトちゃんとかユーノ君って貴方の何?って聞いたのよ。」
 
常に冷静であれ―――――
それは武装隊として、指揮官として下の者を預かる者に課せられた絶対の心構えである。
その教えの元に日々精進を続け、鉄壁の城の如き堅牢さを誇る高町なのはの心胆が今……完全にフリーズしている。
  
「な、………」
 
眼を見開いてあんぐりと口を半開きにしながら、蒼崎青子の顔を凝視する―――

「なんで………」
 
「あ、ごめんごめん。
 使い魔と主って精神の奥で繋がってるから、そのね………
 見た事や聞いた事、記憶が漏れてくる事があるのよこれが。」
 
悪い悪いと気さくに―――それはもう「足踏んじゃったごめんねー」ってくらい気軽な口調で語る青子。
それを前に今度こそ、全身から力が抜けて脱力する白い魔導士。
 

   見られた………
   友達同士でさえ言うも憚れる内容のあの夢を一部始終
   よりにもよってこの魔法使いに―――

 
どんな奇襲を受けた時でも、どんな強大な敵を前にした時でも陥った事の無い彼女の
それは毛穴がだらしなく開き、総身に得体の知れない汗が滲み出てくる感覚。
 
「いや、しかし大人しい顔して修羅場潜ってるわねぇ。
 一人の男に女二人と来たら普通、女同士で男を取りあうものだけど……一風変わった三角関係だわ。
 貴方を取り合う男と女って構図―――まさか両方イケる人だったなんて、ねぇ?」

満面の笑顔で続く縦断爆撃は留まるところを知らず、免疫の少ない教導官にはもはや為す術もない……
 
「でもね。どれだけオープンな世の中になってもアレよ? 世間はやっぱり同性愛には厳しいわよ?
 最終的には子供も作れないし、将来性の面で行き詰ると思うのよ?
 悪い事は言わないからユーノ君にしときなさい? ハンサムじゃないの彼……このメンクイが!」
 
「…………………子供……もう、いるから」
 
もはや放心状態の高町なのはには青子の言葉など半分も頭に入ってきてはいない。
自分がどういう問答をしているかなど既に思慮の外で―――無意識にようやっと、それだけを答える。
 

………………………
 

「え、………えええええぇぇぇぇええええええっっっっ!?」
 
敵の行動を先読みし、幾多の敵を撃ち落としてきた砲撃の勇も今度ばかりは誤爆の嵐。
その、早く終わってくれとばかりに放った発言が更なる燃料投下になるなど予想できる筈もない。
青子の絶叫が屋内に響き渡る。
 
「こ、ここ、子持ちかアンタ!??」
 
フラフラと後ずさりする魔法使い。
結構、本気でショックを受けている。
 
「こんな乳臭い子が、ま、まさか………そんなバカな!
 人生経験じゃ私のほうが絶対勝ってると思ってたのにィィィィ!!
 な――――何よこの敗北感……当てつけですかこの娘?
 ああ、そうよ……アタシはどうせ旅行が恋人、生涯の伴侶ですよ何か文句あるっ!??」
 
「ツバ付けといた志貴はアルクェイドに取られちゃうしね」
 
「猫ぉ………ッ」
 
使い魔の的確なツッコミにその身を焦がす魔法使い独身。
もはや、なのはを攻めている筈が自分のライフがゼロに近いという不思議。

「あー………じゃあアナタ、フェイトちゃんとキスしちゃマズイじゃない?
 同性愛不倫とか子供が知ったら自殺するわよ? 
 つうか私より見境ないじゃねーか自重しろ公務員!」
 
自ら仕掛けた爆弾で自ら吹っ飛ぶ自爆魔法使い、蒼崎青子であったが――やはりめげない。
コロっと我に返って再びなのはの急所をズバズバ突いていく。
というより相手の豊富かつ裕福な恋愛環境に半ばキレ気味だったりする。
 
「フェイトちゃんとの子供だから…」
 
………………
 
………………
 
「どええええええええぇぇぇぇぇええええええええッッッッ!!!???」
 
もはや見ていて可哀想になるくらいに自ら失墜していく、普段は不沈のエースオブエース。

「ちょ、ちょ、レン! レーーーーン! 聞きましたかっ!? 
 凄いわ! これは本気で予想外だった!! こ、興奮してきたーッ!」
 
「……付き合ってらんない」
 
呆れ顔の夢魔である。
まるで3時のワイドショーネタに享楽の限りを尽くす市井の中年おばさんだ。
これ以上、主の馬鹿丸出しな様を見ていても仕方が無いと、また散歩にでも出かけようとし―――
 
その前にふと、件の槍玉に上げられている人間をチラっと見やり――――――――
 

「――――――――かッッッッッ!!???」
 

上げそうになる悲鳴を…………………辛うじて堪えるレンであった。

 
――――――
 
 
その総身が秒を待たずして一気に逆立ち―――感覚という感覚が警鐘を上げる……
 

「さすがは宇宙帝国………既に性別の壁は克服していたかぁ…
 じゃあ、じゃあ、ひょっとして男同士でも子供作れちゃったりするわけですか、なのはさん!?」
 
(………~~~~!!!)
 
そして弾けるようにタンスの上に飛び乗り―――否、避難し、頭を抱えて丸くなるネコ。

避難というのは通常は外に出ないといけないのだが、パニックになった時に正常な思考能力が働かないのは人も夢魔も同様である。
カタカタと震えて小さくなっている白い背中が待つのはもはや時を隔てずして来たるハルマゲドン。
人々に終末の黄昏を迎え入れる心の準備など微塵も与えずに―――滅びは突然にしてくるのだ。

「くう、素晴らしいかなミッドチルダ………そうか。 そういう事か。
 それなら確かに貴方は魔法使いだ……今まで否定してゴメンね。
 女の子同士で子持ち―――このコンボは反則よマジで……
 私の完全敗北。 先生、本気で感動してるわぁ!」
 
興奮したブルーに両肩を捕まれ、ガクガクと揺らされる高町なのは。
その度に、完全に脱力した彼女の首が壊れたマネキンのように前後左右にカクンカクンと傾く。
そんな中……虚空に泳ぐ焦点の定まっていない魔導士の視線。 
 
その瞳孔が―――ドブのように濁っていた……
 
「ねえ。 ところで今、疑問に思ったんだけどさ。」
 
その瞳こそ―――レンを心底恐怖させ、かつてティアナを撃墜したあの時の……!
 
しかしてそんな事などまるで意に介さず自ら破滅に突き進む我らが青子先生。
飽くなき探究心と共に、その右手が艶かしく動き……なのはの身体の下方へと伸びていく。
 
そして沈黙のままにされるがままになっている噴火寸前のプロミネンス火山の下腹部を
無遠慮にまさぐり、撫で回しながら―――
 

「…………お子さん――――どっちのココから出たの……?」
 

――――――
 
 
   そこは標高にして決して高くない山の中腹
   
   誰とも無く立てられた山小屋の中
   人も獣も他にはいない

   そんな物静かなセカイに――――――
 
 
――― BAKOOOOOOOOOOOOOOONNNNッッッ!!!!!!! ―――


宇宙創生に匹敵する大爆発が起こった!!!!
 

 
地盤を揺るがす衝撃に森の木々が悲鳴を上げ、小屋の窓からカッと溢れる光がまるで太陽のように辺りを照らし
霜で白みがかった地表を瞬く間に溶かしていく。

その小屋の屋根を突き破り、立ち昇る光。
それは雲を突き抜け、空の彼方にまで立ち昇ってなおも勢いを失わず
この閉じた世界を、誰よりも高いところから見下ろす、言うなれば昇竜のような―――― 
 
 
純潔を散々に踏み躙られた清らかなる乙女の………怒りの咆哮であった……

 
――――――
 
「…………」
 
「…………」
 
しかして、小規模ながら宇宙創生クラスの大爆発を迎えるに至った小屋の中――
部屋におわすは二つの影。
 
「ねえ」
 
「何よ」 
 
「大丈夫?」
 
「何がよ」
 
全身を白で統一された少女と、長髪を縛ったラフな格好でベッドに身を投げ出す女性―――

「踏み潰されたバッタみたいなんだけど」
 
「うるっさい―――あ痛ッ……!」

否、その場でトラックに撥ねられて急遽担架に乗せられた重症患者のような様相で
乱雑にベットの上に寝かされた魔法使いの成れの果てが在るのみであった―――
右頬にキッチリと刻まれた手の平サイズの烙印の痛みに思わず顔をしかめる蒼崎青子。

「あの一撃を受けてよく生きてると感心するわ。」

「子供の頃さ、姉貴に騙されて大スズメバチの巣を撃ち抜いちゃった事があってねー。
 あの時ほど身近に死を感じた事はなかったんだけど………それ以来だわ。 ここまでデンジャラスだったのは」
 
部屋に差し込んでくる橙色の日の光―――
夕日に垂照らされた長髪を肩から纏めて垂らした女が一人、黄昏るように言う。
今まで「その災害」から一人、避難していた少女も現在は主の愚痴に相槌を打つくらいの余裕を取り戻している。

「あれだけ挑発すれば怒らない方がおかしいわよ。
 危ない奴だって事は分かってたんでしょ? 自業自得もいいトコね」
  
「平気平気! 私を誰だと思ってるの? 
 こんなの単なる遊びよ遊び――――痛っ!」
 
余裕の笑みを浮かべようとして切れた右の口内が彼女に再び激痛を降らせる。
それにしても、ビンタで三回転させられたのは流石の魔法使いをして初めての体験だ。
 
「死徒並の一撃だったわね。 貴方が他人の攻撃でぶっ飛んだの、初めて見た」
 
「アレは予想できなかったなぁ………
 くっそぅ―――あのアマ、魔力込めて殴りやがった。」 
 
私じゃなかったら死んでるぞ、と愚痴を垂れるブルー。
横目でチラっと見ると、さっきまで自分がメリこんでいだ壁の跡が………
危うく永遠に壁のシミと化すところだった。
九死の戦を生還してきた主に対し、しかして使い魔の猫の反応はやや冷たい。
 
(ていうか最後の方、向こうも顔真っ赤にしてたけどね……目に涙溜めて)
  
もはやでっかい子供同士の下らないじゃれ合いにしか見えなかった。
問題は二人とも既に人間を辞めている怪獣同士であり、周囲に飛び火する被害が半端ではない事くらいか。
ともあれそんな二人(一人と一匹)の主従のハートフルな会話を真っ二つにするかのように――――
 
「「!!!」」
 
――――扉がカチャリ、と開けられる。
 
空気がピリっと凝固する感覚。

この山小屋を利用しているもう一人の住人。
先ほどまで殺意の波動に目覚め、魔法使いを引きずり回した挙句、そのまま部屋から出ていってしまった
この災害の根源である彼女―――高町なのはが再び部屋を訪れたのだ。
脊椎に電極でも差し込まれたかのような見事な反射運動でピシっとした正座のままに………鬼子母神を迎える二人。
 
「これはこれは、ご、ご機嫌はいかが…?」
 
「に、にゃーん…」
 
筋金入りの魔法使いではあるが、さすがにこれ以上ふざけてると命に関わる……
上目使いでなのはの顔色を伺う青子さん。

その顔からは未だ、煮えたぎるマグマのような怒りを内包した心境なのか
それとも幾分、落ち着いてきたが故の無表情なのか分からない。 
元々、表情の読みにくい娘なのだ。

が、ややもして二人のテーブルの前に、コトっと―――綺麗な柄の入ったティーカップが置かれる。
 
「ありゃ…?」
 
「に、にゃーん……?」
 
相手の意外な行動に目を白黒させる二人を前に些か、ばつが悪そうに目を逸らし――
 
「傷………大丈夫?」
 
さっきまでタコ殴りにしていた相手の身体を気遣う高町なのは。
 
「いや、さすがは空のエース様ね。 凄い一撃だった」
 
「見せて」
 
右手に下げた救急セットを卓に広げ、空いた左手で青子の頬――腫れ上がった箇所に触れる。
なのはの触診に黙ってされるがままになっている魔法使いであったが
時折走る痛みにピクッと顔をしかめて体を震わせる。
 
「外傷はこれだけ……思ったより平気そうかな。」
 
「うむ。余命が一分縮んだ」
 
「そう、よかったね」
 
「いや冗談……二番と三番にもヒビが入ってるかも」
 
肋骨の辺りを擦りながらあくまで気さくな態度で話す青子。

魔導士は思う――――
この女性は本当に、大概の事は洒落と戯れで済ませてしまう性質なんだな、と。

「ごめん……ちょっとやりすぎたよ」
 
「あー、良いって良いって」
 
「でも一つ約束して……悪ふざけも度が過ぎると悪意にしかならない。
 あんな風に心の中を穿り返されて嬉しい人はいないよ。
 今度あんな風にされたら、私は………」

「分かった分かりました! 二度と言わない!
 こっちだって命が惜しいものー」 

「…………」

沈黙を以って相対するなのはに対し、平謝りの蒼崎青子。
何かとても胡散臭い様相を感じずにはいられない………
 
むー、と上目使いで睨んでくるなのはさんに対し――――
 
 
(ふふ……馬鹿め! 魔法使いは引かぬ、媚びぬ、省みぬ、なのだ!
 オモチャの分際で我が魔の手から逃れようなど片腹痛いわ!)
 
(もうアナタ、次は頭を吹っ飛ばされるがいいわ……) 

 
やはりこの蒼崎さん―――筋金入りにロクなもんではないのであった…………
 
 
――――――
 
「でもアレ、見られて困るものじゃないわよね?」
 
ようやく収まった二人のケンカ(?)
気まずい空気が流れる中で―――なおも蒸し返そうとする青子。
流石のなのはも辟易気味に眉を寄せて魔法使いを睨む。
 
性格の不一致は決定的だが、もう少し歩み寄らなければ共同生活など立ち行かない。
あんな風に他人に手をあげてケガをさせてしまうのもイヤだった。

「いい加減、あまり蒸し返さないで欲しいな……」
 
「まあ聞きなさいって」
 
そんななのはに対し、だが青子の顔には既におちゃらけの色は消えていた。
真顔で相手に、全てを見透かしたような瞳を向けて紡ぐ。
 
「―――抱きしめたり抱きしめられたりする相手がいるっていうのは凄く良い事よ。
 ちょっとからかってしまったけれど、何も恥ずかしがる事は無いじゃない?
 隠すような事でも無い……むしろ誇りなさい。 私にはこんなに素晴らしい恋人がいるって。
 アンタにはいないの? ざまーみろってくらい、こちらに見せ付けるくらいはしないと張り合いがないわ。」
 
「そんな事、しないよ……」
 
「ま、そうなったら今度はこちらがドツキ回すけど。」

「もう……どうしろって言うの? 滅茶苦茶だよ……」
 
「何にせよ、ノロケ話くらいなら聞いてあげるわ。
 既に二週間とちょい―――どうやら持て余す暇には事欠かなさそうだし」
 
やはりこの女性は苦手だと、なのはは思わずにいられない。
何かこう自分を子ども扱いしている節がある。
 
「――――ひょっとして自信が持てない?」 
 
「え………?」
 
そして、そう……
全てを――――見透かされているような錯覚さえ覚える。
 
「それとも戸惑ってんの?」
 
「何を……何の事?」
 
「ん、何でもない。 勘ぐり過ぎた」
 
もし相手が単なるお調子者なだけならば、そも高町なのはがここまで振り回され、手こずる筈が無いのだ。
あしらうも言い負かすも容易い相手だった筈だ。

しかし、この目の前の魔法使いはふざけていると思えばズバっと切り込んでくる。
こちらが攻めれば上手くかわされる。
その虚実を巧みに使い分けてくる目の前の相手に対し、四苦八苦させられてしまう。
戦闘のみならず平常においても、蒼崎青子は教導官にとって得体の知れない強敵に他ならなかったのである。
一体、この女性の頭の中はどうなっているのか本気で知りたいと思う高町なのは。
と同時に、自分を取り巻く今までの世界―――周囲の人間の素直で駆け引きの無い人間関係が思わず恋しくなってしまう。
 
(ホームシックかな……私もまだまだ修行が足りない…)
 
などと思案に耽る高町なのは。
戦技のみならず人生の求道の道は果てしなく遠い、などと修験者のような面持ちで瞑想に入ろうとするのだが……
警戒を解いたなのはの懐に一瞬で侵入し、顔を間近にまで近づけてきた青子が―――

「なのは……もっと貴方の事が知りたいわ――」
 
「ひゃっ……!?」
 
――――うるうると瞳を輝かせて……キモチノワルイ事を言う。
 
頬のラインを伝う指が顎にかかり、うつむき気味の魔導士の顔を上げさせる。
そしてキラキラと少女漫画のような瞳を向けてなのはと見詰め合い―――
 
「もう! そういうのが悪乗りっていうんだよ…!」
 
「あ、やっぱり?」 

冷静に半身を切ってそれを往なす魔導士である。
 
途端、まるで子供のように破顔し頬を緩ませる魔法使い。
道中、先が思いやられるとはこの事……… 

当分は、この爛漫な魔法使いにからかわれ続けるんだなと―――
深い溜息をつかずにはいられない高町なのはさんであったのだった。
 
 
――――――

復元してよろしいですか?