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フェイト一章中編K - (2009/11/11 (水) 11:44:21) の編集履歴(バックアップ)


悪夢の世界はようやく終わりを告げる

邪神によって囲われた鮮血の檻はその機能を完全に停止し
世界はまるで何事もなかったかのように平静さを取り戻していた

「良い天気だぜ、まったく――絶好の槍投げ日和だ」

その地獄のような戦いの締めとは思えぬほどに
ひょうげた男の言葉が場を飾る

目の上に手を当てて遠方を見据える槍兵
死地からの生還を果たしたというより
まるで散歩から帰ってきたかのような気軽さだ

「―――そうは思わねえか?  ん?」

そのサーヴァントが魔道士と騎士を見据えて言う

身構えるシグナムとフェイト
軽口に付き合える状況ではない
強敵の帰還……歯を食い縛り、共に厳しい視線を男に叩きつける

二人にランサーのような余裕があるはずがない
あの空間において騎兵に陵辱され、蹂躙されたのは他ならぬ彼女たちなのだ
見事脱出を果たしたとはいえ、すぐに戦える体で無い事は明らかだった

膝が脱力してガクガクと笑う
互いに支えあわなければ、もはや立っている事もままならない

焦燥を微塵も外に出さない二人なれど――とても応戦できる状態ではない…!

「―――――少し休んでろ」

故にそこでかけられた声はあまりにも意外で
二人に向けて放たれるはずの槍が、こちらへ襲い掛かってくる事はなかった

その槍の穂先が虚空にふ、と構えられ、
ガチン、!!と――

前方から飛来する鋭い刃先を受ける

そのまま槍に巻きつく光沢を放つ鉄鎖
伸びた鎖の先にはフェイト、シグナムに次いで立ち上がった騎兵のサーヴァントが佇んでいた

ランサーに獲物を投げ放った彼女の髪は怒りに逆立ち
両者の武器が交錯し、互いに絡み合う
憤怒に染まったライダーの視線は再びアイマスクの下に隠れており
美丈夫な男の口元を釣り上げた笑みと相対する

何の因果で共闘する事になったのかは知らない
だが元々、目の前の相手も己が排除する敵に他ならない

それを、、イヤというほど再認識できた、、、、!

「あの馬鹿女と話をつけてくる
 帰って来たら続きだ」

背中越しに交わされる男の言葉
冗談のような響きを持ったそれが示す意味は一つしかない
今からあの女怪と殺し合いにしゃれ込む、といったところだろう

理解できない
敵の行動がまるで読めない
息も絶え絶えながらシグナムが鷹のような視線をぶつけながら問う

「…………お前たちは何だ? 何がしたい?」

「さあな」

その一言を最後に、

「それを含めて話しつけてくるってんだよ――」

彼の背中が二人の視界から消え失せる


地面を削り取るような跳躍の跡を残して
男と女怪は、その場から飛び荒び
互いの武器を交錯させながら――

森の奥へと消えていったのだ


――――――

どうやらあの二人が仲間ではないというフェイト執務官の見立ては…
―――全面的に正しかった、らしい

あと一突きで間違いなく陥落するであろうフェイトとシグナムそっちのけで
彼らは殺気を放ちながら互いを組み伏せようと針葉樹の向こうへ飛んでいってしまった

あとに残された二人の頬を、風が静かに撫で付ける

「「…………」」

期せずして訪れた静寂

途端
ヘナヘナとその場にへたり込み
地面に尻餅をつく形で崩れ落ちるフェイトとシグナム
肩を支え合ってようやっと両の足を立たせていた二人だったが流石に限界だった

蒼白を通り越して土気色になった顔には、敵には絶対に見せてはいけない表情
苦痛と疲労に押し潰された弱気の色を隠せない
天を見上げ、肩で息をしながら、全てを投げ出したい衝動に駆られる弱りきった心身
リタイヤ寸前の肢体は、あと少しでも気を抜けば魂が抜け出てしまうのでは?と危ぶむほどに頼りない

「………大丈夫か、?」

「あまり、、、でも、生きてます…」

「そうか、何よりだ」

片言で互いを心配し、ねぎらいの言葉を交わす
だが次の言葉が出て来ない
痛みどころか寒気すら感じる最悪のコンディションで舌すら上手く回ってくれない

身を寄せ合う二人はまるで極寒の地に取り残されたエスキモーのよう
地にその体を沈ませて、ようやっと――ひとまずは命を拾ったのだという事を、
絶体絶命の窮地を脱したのだと実感した

弛緩した体に染み入る酸素がおいしくて悶えそうだった
これで受けたダメージがすぐさま回復するわけは無いが
それでも一分、二分、こうして期せずして訪れたインターバルは
熾烈を極めた戦闘、張り続けた極度の緊張で擦り減った心身を癒してくれる

つくづくボロボロにされたものだ

そして―――よく残せたものだ…

これも日頃の鍛錬の賜物か

実戦で10の力を出すには訓練で20の事をやっておかねばならないといわれる
長期任務や敵陣に取り残された場合の生還と
管理局に勤める上で様々なシチュエーションを想定し、武装隊の訓練は行われる
ことに教導隊のシゴキは苛烈極まりないもので
高町なのはのように手取り足取り丁寧に教えてくれるものばかりでは無い

―――「地獄巡り」と呼ばれる苦行

死を連想させるほどの過酷な状況に追い込んで追い込んで、
極限領域において決して折れぬ心身を作り上げる方法もまた彼らのセオリーの一環だった

当然、それは若くして空戦トップエリートの地位に上り詰めたなのはもフェイトも通ってきた道だ

曲がりなりにもあの強大なサーヴァントと戦い
苦しめられながらも心身が折れる事無く、ここまで互角に渡り合えてきたのは
きっとあの地獄のような修練の日々があったから……

思い出しただけで吐き気が込み上げてくる、あの日々にひとまずは感謝を――

「テスタロッサ」

だが、それでもフェイトの心の暗雲は晴れない
今なら確実に離脱できるという状況も、それを鵜呑みにするわけにはいかない
敵にこちらをモニターする手段があるとしたら――逃げたとしても無駄
またあの二人の追撃を貰えば今度こそ凌げるかどうか…

徹底的に捻じ込まれた力
教導の日々を引き合いに出したが
逆に、あれほど戦技を磨く事に費やした自分がまったく通用しなかった

槍の男に言われた痛烈な言葉が脳裏を過ぎる
ミッドの魔道士として見せた戦技を頭から否定され
その甘さによって味方までも窮地に陥れた

自分が躊躇わずにあの槍兵の命を奪えたならば、このピンチはなかった
局員としてあるまじき行為に見えるが、自身や仲間の命と天秤にはかけられない
この仕事は時にはそういう冷徹な判断も必要になってくるのだ
ずっと心に引っかかっている……それが不甲斐無い

シグナムがこちらを慮って汚れ役を引き受けるつもりだったのも気づいていた
それを知りつつ、何のアクションも起こせなかった自分が情けない

「テスタロッサ……」

「……え? あ、、はい! 
 すいません…何ですか?」

「どうした?」

「………」

魔道士の深刻な表情
決して怪我の具合によるものだけではあるまい
不振に思い、尋ねる将

「……あの槍の人に、言われました」

「ランサーか」

「はい…………シグナム、
 私は……そんなに、未熟ですか?」

静かに一言一言を噛み締めるように言葉にするフェイト
先の一戦で男と交わした問答の内容を騎士に語って聞かせる

やがて黙ってそれを聞いていたシグナムが

「戯言だ、気にするな」

一言で片付け、切り捨ててしまう

「でも……」

あの槍兵ははっきりと自分ではなくシグナムを名指ししてきた
自分では役不足だと、相手にならないと公然と言い放った
そして将もまた、彼に迎合する要素があるように見て取れる

それは確かにそうだろう

あれは……あの男は戦いの化身だ
あのような男と剣を交えられる喜びに打ち震えぬ騎士ではない

ライバル―――好敵手

男はこの古代ベルカ最強の騎士を虜にするほどの力を確実に秘めていたのである

彼女は確かに自分の事もライバルとして認めてくれた
幼少の頃より10年、互いに切磋琢磨して技を磨き、競い合った

だが、前提条件として決して忘れてはならない事実がある

それはあの闇の書事件において幼少の頃、この騎士と五分に渡り合えた理由
あの時、シグナムは決して全力でこちらの相手をしたのではないという事だ

それは互いに 「不殺」 という条件の下で行われた戦いであったが故、

その条件下においてミッド式魔法の使い手であるフェイトは力をほぼ100%出せたのに対し
元々が敵を掃討し、殺傷する事に長けた守護騎士たちが
「不殺」という縛りを自己に課して戦った時――果たして60%の力すら出せたかどうか、、

この騎士は自分の事をとても買ってくれて未だに好敵手と言ってくれるけれど
本当に、彼女と本気の命の奪い合いになった時……
恐らく自分は烈火の将シグナムには到底、及ばない

あの槍兵レベルの敵でなければ真に彼女を熱くさせるには至らないのではないか――?

「それがどうした……? 
 まさか、私に慰めの言葉を期待しているのではあるまいな?」

フェイトの言葉に厳しい視線を向ける将
声色に怒りの色が見える
こうした弱音、自虐の念は彼女のもっとも嫌うところ

「羨ましいか?」

ことにライバルの関係を否定する類の言葉など不快に思わないはずがない
責めるような問いかけに晒されて、下を向いてうな垂れてしまう魔道士である

「答えろテスタロッサ
 人を躊躇いなく斬れる私やあの男が羨ましいかと聞いている
 お前はそんな力を欲する者だったというのか?」

「そ、それは……」

「私やあの男のような者は………心に鬼を飼っている
 人の命など容易く吹き消すことに躊躇いの無い戦場の鬼だ
 確かに殺し合いにおいて、それは有利に働くだろうな」

騎士の批難しようとしている事は分かる
それは自分が槍兵に向かって叩き付けた信念でもあった

殺せない者が殺せる者に劣っているという考えは絶対に間違っている

―― 殺せないのではなく殺さない ――

命を奪うための戦いではなく、明日を迎えるための戦い
その信念の元に、争いをなくすために、争いの象徴たる剣を取るという矛盾

――― 不殺 ―――

戦いにおいてその信念が不毛であるか否か、
それは長年に渡って論じられてきた永遠の命題だ

「お前はそれでいい……」

騎士は静かに言い放つ

高町なのはや自分をも凌ぐ素質と才能を持ちながら
評価ではエースオブエースに比べ地味な印象を抱かれがちな彼女

「お前のような心積もりで戦う者がいるからこそ
 我らは寸でのところで滅びの連鎖に身を堕とす事無く進んでいける
 正しい道を示すものがいるからこそ、力もまた正しい方向へと向くのだろう?」

決して戦いに向く性格ではない
容赦なく攻め込んで敵を粉砕するに相応しい様相とはお世辞にも言えない

しかしながら戦いにおいてマイナスに働くとしても――
それを短所として断ずるのは人として切なすぎる

彼女の持つ――慈愛の心

――― 優しすぎる、という事 ―――

それは宝だ
それは決して悪徳ではない

戦いに身を置きながら決して血に狂い、狂気に堕ち込む事なく
その剣に優しさを持ち続けられる者
そんな人間だからこそ主以外で唯一、かつて罪に塗れたこの剣を預けるに値すると騎士は考えるのだ

「今はお前が隊長だ……私の剣を正しい方向へと導く者だ
 それが外道の力に魅せられてどうする? お前の信念はそんなに安くはないだろう?」

眉間に皺を寄せていたシグナムの表情が柔らかい笑みを作る
その表情を前に、思わず心の防波堤が決壊しそうになるのをフェイトは全力で耐えねばならなかった

度重なる劣勢と不利な戦況で弱気になっていたとはいえ何てバカな事を言ったのか、、、
自らを恥じると共に、己が思考を切り替える執務官

「すいません……」

「良い……たまにはお前の弱音を窘めるのも乙なものだ
 実は最近、お前がしっかりとしすぎて些かつまらんと思っていたところだからな」

「………もう、、面白がられても困ります」

気恥ずかしさに頬を真っ赤に染める魔道士
幼少の頃を知られているというのはやはり歯痒い
まだまだ子供扱いされてしまうのも無理もないという事か

(しっかりしないと……
 これ以上、自分に全幅の信頼をかけてくれる人を失望させるわけにはいかない)

一瞬、見せた弱気発言など吹き飛ばし、

「さっそくですが以後の事について提案します
 私はこのまま相手を追撃した方が良いと思いますが、どうでしょうか?」

名執務官の表情をすっかり取り戻したフェイトが今後の方針を口にする

「……てっきり退却して体制を立て直すものかと思ったが、、
 分かっているのか? 我らの損傷も極めて重い
 恐らくもう、長くは持たんぞ」

「理解しています
 残された戦闘可能時間は少ない
 加えて確かに危険な相手ですが……虎穴にいらずんば虎児を得ず
 スカリエッティの手がかりを掴むチャンスでもある」

小学校で勉強した地球のことわざだ
危険でリスクのでかい勝負ほど、勝てば見返りが大きいという事

「ただし様子見はもう無しです
 空からの、オーバードライブで一気に殲滅しましょう」

賭けるは全額ペット
敵との最終決戦に有り金全てを抱えて臨む

「全開で行く以上、こちらの行動時間も限られてくる
 その上、外せば……分かっているな?」

「10分以内にかたをつけます」

力強く言い放つ執務官

これでこそフェイトテスタロッサ
発破をかけた甲斐があったと内心苦笑する騎士である

こちらが最大限有利な状況での奇襲に全戦力を投入するのは悪くない
囮などを立てて透かされたら最悪だが、今までの交戦状況から見てそれも無いと見て良い
そして相手の仲間割れが続いているのなら絶好のチャンス

それに、、

後が無いのも、また事実…
先ほど自分が、賢明な判断として一時撤退をほのめかすも
それが無理だという事は承知している

それはライダー、ランサー両名の埒外の機動力に起因する

あの敵を振り切るのは―――難しい
今、逃げても間違いなくやがては後ろを突かれるだろう

――――主に自分の鈍足が原因で、だ…

退却戦になれば四人の中では一番足の遅い自分がお荷物になるのは自明の理
かといってこの身を捨て置いて逃げろと言っても彼女は聞かないだろう

そも、それで彼女を一人逃がして騎士が討たれ、その後はどうする?
艦に戻る事も出来ず、あてもなく彷徨って、結局は敵の第二波に捕まり最後を迎えるだけだ

咄嗟の事で已む無くこの身を盾にするのはともかく
自分が率先して犠牲となり、殿を務めて壮絶に討ち死になどという
ヒロイックな気分に浸りたいだけの下策なぞ論外

任務中である以上、それを務めるまで死ぬ事は許されない
二人揃って生還するしか道は無いのなら――全力でそれに賭けるだけの事だ

それ故の勝負
それ故のオーバードライブ

この隊長の見立ては思い切った者なれど決して冷静さを欠いた物ではない

(隊長らしくなったな…)

幼少の頃に覗かせていた頼り無さはもはや微塵も無い
その精悍な佇まいは、自分の剣を預けて微塵の後悔も無いものだ

母艦のバックアップがない状態での全開戦闘は局内では基本的に認められていない
フルドライブがブーストならば、今から突入する領域は――ニトロ
凶悪な出力を得られる代わりに、ガソリンと駆動系が一瞬で焼け付く類のものだ

途中でガス欠で動けなくなればそれで終わり
伸るか反るかの大博打……文字通りの電撃作戦となる

「私がオフェンス、お前がバックアップ
 これは変わらずで良いな?」

「はい」

「ならばこちらも一つ進言だ
 ………お前のオーバードライブは使うな」

「! シグナム! それは…」

「私はともかくお前の傷ではアレの制御はキツすぎる
 高い確率で制御を外れ自滅するだろう」

「大丈夫です…! 出来ます!」

「駄目だ」

甘やかして言っているのではない
この期に及んで出し惜しみをするわけでもない

単に効率の問題だ
後衛に必要なのは過剰な火力でなく正確さ
突破力は前衛にあればいい

同フィールド上にSランク武装隊の余剰火力を二つ重ねる事ほど無駄な運用はない
全く同じ箇所に同時にナパーム弾を落とすようなものだ

「お前のほうがサポートに適しているというだけの事だ
 私は変わらず近づいて切る事しか出来んからな
 お前が限界突破したら誰が私のフォローをしてくれる?」

「…………、」

――――確かに、そうだ…

理に叶ってはいる

だが、一つだけこの騎士はウソを付いた

損傷具合では………彼女の方が遥かに酷いのだ

並の人間ならばとうの昔に絶命している傷
それも全て、自分の盾になって負った傷だった
そんな体を推させて、更に全開で敵に突っ込ませるなど本来ならば絶対に下してはいけない命令だ

他に術がないとはいえ、自分の体とてガタガタで
あの真ソニックを暴走させずに使いこなせる保障は無い
彼女のユニゾンの方が制御の易さも燃費の面でも自分のより優れている

…………

「分かりました……それで行きましょう」

ここで相手を気遣って最善を見失い、シグナムを下がらせるような選択をすれば
恐らく自分達は生還できず、それ以前にここでシグナムの鉄拳が飛んでくるだろう
甘えはもはや許されない
ゆえにフェイトは、ここに冷徹にして断固たる決断を下す

引き出しの多さというのはこういう時に役に立つ
アサルトと旧ソニック、あとはカートリッジの併用で何とか自身の戦力を底上げし
組み合わせ次第では出力を無理やり上げるオーバードライブよりもバランスの良い運用が出来る
問題は古いプログラムとアグレッサーの相関部の調整くらいだが、、何とかするしかないだろう

「決まりだな、、、アギト!」

将が森の虚空に向かって叫ぶと
木々の間から物凄い勢いで飛んでくる者がいた

「馬鹿野郎……馬鹿野郎ッ!
 こんなになるまで放置しやがって!」

目に大粒の涙を称えて、それは将の肩に激突する勢いで抱きついた

剣精アギト――
烈火の将シグナム専用の融合型デバイスにして
彼女に最強の力を与えるラストカード

将の言いつけを守って木々の高台に身を隠していた小さな妖精が
シグナムを睨みつけて恨みがましい視線をぶつける

「こんな、、、こんな、お前!
 死んじまったらどうするんだよ! この馬鹿! 馬鹿!」

一気にやかましくなったパーティ
肩口をがつがつと叩いてくる火の妖精

今はそれだけでも傷に響くのだが……

主の不甲斐無い姿を特等席で見せ続けられた彼女の心の痛みほどではない
せめてもの償いに暫くされるがままになるシグナムだった

「……よく動かなかった、、待たせたな
 今、お前の力が必要だ」

やがて静かに――だが、力強く呟く女剣士

それはこの小さな戦士にとっての鬨の声
苦痛の極みに達した我慢の時を経て
今、ようやく彼女は開戦の狼煙を上げる事が出来る

涙を拭い……スン、と鼻を吸う仕草を見せる小さな戦士
再び泣き笑いじみた笑みを見せて、

「ああ! ギャフンと言わせてやろうぜ!」

彼女は体の前で力強く拳を握る

もはやこの炎の妖精も止まらない
主人を散々にやってくれた借りを返す
敵を蹴散らすまで決して鎮火出来ない追い火の根源だ

「シグナム…頼りにしてます」

「任せておけ」

かつてない強敵を前に
彼女達はついに全戦力を投入する時が来た

空気が震える
戦意が高揚する
嫌がおうにも緊張する心胆

「行くぞ」

「はい」

この緊張は良い
好都合だ…

敵の槍兵がもたらした予定外の休息は正直ありがたかったが
これ以上、体を休めてしまったら逆効果

集中力が切れて肉体が今の状態を――蓄積したダメージを思い出してしまう
そうなってはもう戦えない
痛みと疲労が一気に吹き出し、再び立ち上がる事さえ出来ないだろう

「テスタロッサ」

「はい」

表面上は修復されている甲冑もBJももはや継ぎ接ぎだらけ
一撃ニ撃で、その効力を失ってしまうだろう
そしてその下に隠された満身創痍の身体もまた同様…

反撃の狼煙を上げる心意気で望む二人だが
やはり危険な攻勢である事は一目瞭然だった

彼女らの姿を傍から見れば多くの人が交戦続行? 馬鹿を言うなと…
頼むから逃げてくれと願わずにはいられないだろう

もっと早くに全力の関を切るべきだった?
こうして深く傷つき、後が無い状況まで引っ張る理由などなかった?

いや―――それは違う

彼女達の全力は決して後の展望の見えぬうちに使ってはいけない類のものだ
リミットブレイクとはまさに読んで字の如し
肉体の100%を超えるという事がどういう事か――

制御を失敗した魔道士が幾人も
その後の人生をベッドの上で過ごす事になっている事実からも見て取れる

敵もまた弱ってきている今だからこそ、確信を持って使用に踏み切れる
これを凌がれたらアウトという、最後の切り札を使用するタイミングは
遅くても速くてもこちらの身を滅ぼす諸刃のカードなのだ

しかしてあの二人がスカリエッティの送り込んだ刺客である可能性
ここを凌いだとて次の手は、、

考えるな…!
今は目の前の強敵を
眼前の脅威を払う事に専念しなければ!

「死ぬなよ」

「貴方も」

Sランクオーバーが最大戦力を解放した時
町一つを容易く焦土と変えるほどの破壊を場に齎す
文字通りの破壊神と化す、その身が捉えるは殲滅すべき敵の姿のみ

戦いが始まればもう、近づくどころか念話で言葉をかわす事さえ困難になるだろう

故にこれがこの戦い、、
フェイトとシグナムが交わした最後の言葉となる

「ユニゾン」

今、シグナムが澄んだ泉のように静かなる面持ちで――その言葉を発す

途端、融合型デバイス・アギトが騎士の胸に重なり、その身がゆっくりと同化していく

幻想的な光景はやがて眩いばかりの光によって視覚を遮られ
変わりに周囲に撒き散らされるは
ただそこにいるだけで身を焦がされるほどの凄まじい熱気

まるで太陽を前にしたときのよう、、
触れるもの全てを焼き尽くす恒星の如き熱と光を称え
彼女の背中より生えた鋭角的なフォルムの翼が場に翻る

今――最強のベルカの騎士が戦場に降り立った

襲撃者に炎熱の鉄槌を下すために
愚かなる敵に審判を下すために

周囲数10mの大木を、その余波で瞬時にケシズミにして、、


真なる烈火の将が、再び空に舞い上がるのであった


――――――

音を超えて衝突する杭と槍の無機質な音が響き
それだけで木々を揺らし
枝を余さずぶち折っていく

二人の疾風が通った後はその傷跡を残すのみ

ああ、随分となつかしい
これが本来のサーヴァント同士の戦いだ

外国に長期赴任に赴いた身が
久しぶりに故郷の土を踏んだ感触と比喩すれば良いのか?
慣れ親しんだ、互いの幻想の潰し合い
慣れ親しんだ、見ているだけで反吐の出そうな敵

慣れ親しんだ、英霊同士の殺戮の宴を起こすべく
二人は樹林の闇に影絵の如く舞い踊る

「どうした? 足に来てるぜお前…?」

だが、、些か故郷へ帰る前に飲み過ぎたらしい――

既にお互い、ベストに程遠い損傷を受けた身だ
その打ち合いは迫力も鋭さも本来のものには到底及ばない
とても神話の時代の再現と銘打たれるサーヴァント戦ではなかった

「誰のせいだと――」

「お互い様だな」

既に息を切らしているライダーが恨み混じりに盛大に吐き捨てる
自分の全魔力を注ぎ込んだ神殿を破られたのだ……痛手で無いはずがない

「そんなザマで俺に勝てる可能性など万に一つもあるまい
 このまま殺してやろうか? ああ?」

「森の奥で漁夫の利を企んでいた犬畜生がよく吼える……
 貴方如き一瞬で灰にする切り札を私が残しているのを忘れたのですか?」

「忘れちゃいねえさ……んで、それが正真正銘お前さんの打ち止めだって事もな
 どうする? それを使った後、追いかけてくるあの二人に倒されるかい?」

ギリ、ギリ、と力比べをしながら言葉を交わしあう両者