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第十三話『天の杯・2』 - (2010/02/04 (木) 14:10:47) のソース

#1 

キンッと音を立てて、それは先ほどまでランサーのいた場所に現れた 
ロストロギア『カレイドスコープ』である 

「これで十二個中二つ目、かな?」 

ライダーのものも加えると三つである、 
転がるそれをキャロに任せて地上部隊にスバルの搬送を頼んでいたなのはは、 
その違和感に気づいて慌ててデバイスを手に叫んでいた 

「キャロ!」 

「はい?」 

『カレイドスコープ』を拾い上げ、 
小首をかしげて振り返りかけたキャロの目と鼻の先で 

「……ar……er………」 

「―――え?」 

バーサーカーが立ち上がっていた 
深々と全身切り刻まれ見るからに死に体であるが、 
その目に映る戦意と狂気は微塵も揺らいでいない 

ランサー渾身の起死回生となった一手は最後の最後で的をはずしていたのである 
これが万全の状態で放ったのであれば、 
例え最後に同じように相打っていたとしても結果は違っていただろう 

現実は非情である、明暗を分けたのは互いの運の差であったというのは容易い 

英霊は英雄であるが故に己が伝承に縛られる 

ランスロットに戦場における危機に対し幸運を呼び寄せる加護があったがゆえか、 
それともディルムッドの最後の得物がゲイ・ボウであったが故か――― 

―――伝承に曰く、英雄ディルムッド・オディナは妻の忠告を聞き入れず、 
ゲイ・ジャルグではなくゲイ・ボウを手に狩りに赴き、 
それ故に命を落としたという――― 

いずれにせよ、このままではキャロが危ない、 
ACSで間に割ってはいるか、射撃で弾幕をはるか一瞬迷ったなのはだったが 

「…………」 

当のバーサーカーは目の前のキャロでもなのは達でもなく、 
はるか遠く、あらぬ方向を見据えていた 

振り返りかけた姿勢のまま固まっていたキャロは 
恐ろしさに引きずられるようにしてその視線を追い、そして見た 
戦場となったレールウエイ、それを見下ろす高台に黒騎士が立っているのを 

「セイバー……」 

キャロの視線を追ってそれを認め、なのはは冷や汗とともにその名を呟いた 
黒騎士の側はなのは達など眼中に無いのか、冷たい目でバーサーカーを見下ろしている 

「高町空尉……」 

「余計な刺激を与えるのは危険です、 
あの剣は広域砲撃魔法に匹敵する攻撃型ロストロギアで、 
―――それも、ほぼ抜き打ちレベルで行使可能なんです」 

取り囲んで足を止めたり、長距離戦に持ち込むのはかえって危険である 
クロスレンジで一対一で斬り結びでもしない限り封じる手は無く、かと言って、 
それを成すには最低でもユニゾンしたシグナムと同等の力量を必要とするとなれば 
渡り合えるものが果たして管理局にいるかどうか 

「Ar……thur……!!」 

咽喉がつぶれんばかりの大声でもってバーサーカーが叫ぶ、 
憎悪か狂気ばかりの咆哮に、慟哭が混ざっていたことに気付いた者がいただろうか? 

満身創痍とは思えない勢いで一瞬にしてバーサーカーがそれに向けて飛び掛る 
瞬く間に高台を駆け上がり、跳躍とともに愛剣を振り上げたその長身を 

「遅い―――」 

突き出した左手から放出した魔力のみで絡めとるとそのまま真下へと放り捨てた 

「―――っ!」 

無造作なセイバーの行動に誰もが息をむ、 
当の本人は転げ落ちたバーサーカーを追って、 
高台からなのは達の下まで飛び降りてきた 

―――どうする? 

反射的に距離をとりながら、なのはは彼我の戦力差を推し量った 
地上部隊は論外、負傷したスバルを抱えたままで果たしてどうするか 

「―――ふんっ!」 

轟と振りぬかれた一閃に乗せられた魔力の起こした風ですら、 
並みの魔導師の防御魔法では防げない暴力と化す 
ごろごろと転がるバーサーカーを見ながら歯噛みする 
今こちらに被害が出ていないのは、 
単にセイバーが自分たちを歯牙にもかけていないからだ 

―――自分が矢面に立つしかない 

いざとなればブラスターの使用も辞さない、 
だが果たして通用するだろうか? 

そうこうしているうちに、ガスリと音を立ててセイバーの剣が何かを断ち切った 
バーサーカーか? はたまた陸士の誰かだろうかと思いながらそれを見たなのはは、 
それが黒ずくめに髑髏面の大男が構えた剣だと気づいて驚いた 
いつの間にか周囲を同様の一段が取り囲み、バーサーカーを取り押さえている 

「アサシン―――何用だ?」 

「恐れながら、あの方よりの伝言でございます、 
『いまだ七席埋まらぬゆえ、他のクラスと争うは今しばし控えられよ』と」 

「ふん、ヘラクレスが落ちたのでこれまで落ちてはかなわぬと言うわけか 
―――いいだろう、此度はランサーの健闘に免じて見逃してやる」 

鼻を鳴らして剣を納めるセイバー、 
本当にこちらには関心が無いらしく、そのまま背を向けて歩き去ってしまう 
追いかけるべきか悩んだが、肩越しに振り返ったセイバーと目が合い、 
なのはは出しかけた足を引っ込めた 

歯牙にもかけていないという思いこそ見当違い 
“ランサーの健闘に免じて見逃して”もらえたのはそもそも自分たちの方だったのだ 

―――ここで刺激すれば間違いなく全滅する 

その位気まぐれで容赦が無く、それだけの実力を持ち合わせている相手である 
断じて敵として出会ってはいけない類とはこういうものを言うのだろう 

「……七席?」 

冷たい汗をぬぐいながらかろうじてアサシンの言葉を反芻する 

「貴様らの知る必要の無いことだ」 

バーサーカーを取り押さえる一方で、 
スバルに意識を向けながらなのはの問いにアサシンはそっけなく答えた 

―――こういう交渉に慣れているタイプという訳だね 

セイバーやバーサーカーに比べればそれほど脅威とは感じない 
今手を出せば何人かは倒せる、だが確実にスバルを含めた数名が犠牲になり、 
大多数のアサシンは逃げおおせるだろう 
それで得られる代価が損失に見合うとは公私両面から見ても到底思えず、 
なのはは出しかけていたデバイスの矛先を納めた 

アサシンは断じて戦闘で強いタイプではない 
だが物量を持つ、徒党を組むと言うのはそれだけで大きな力である 
倒すには一網打尽にするしかないがはたして全部で何体いることやら 

「結構、 
―――いずれ儀式の折にあいまみえるとしよう、 
それまで、努々われらを侮らぬことだ」 

ずずと、足元に広がった魔法陣に飲み込まれいずこかへと消え去るアサシン 
去り際の言葉から何か大きな“儀式”を実行しようとしているのは確からしい 
それが彼らの言うところの聖杯戦争であるかどうかはいささか気になるところだが 

「実質、敗北ですか」 

「そうですね……」 

陸士部隊長の苦い感想に相槌を打つ、 
こちらの被害の割りに相手を取り逃したのだから敗北といって差し支えないだろう 
肩を落としたい気持ちを一先ず抑え、なのはは事態の後始末に取り掛かった 




#2 

「づっ…………」 

左腕が疼く 
男のそれには手首から肘の上辺りにかけてびっしりと幾何学模様が浮かんでいた 
悲鳴を上げることすら許さぬ苦痛に過去幾度となく腕を切り落とそうかと思ったが 
この刻印こそが己を魔術師足らしめる最後の拠り所となればそうも行かない 

“魔法”の足がかりを得た第六代の祖よりはや四代、 
天才と呼ばれたその女性から比べれば見る影も無く衰退した魔術回路に代わり、 
その身に得た器官は、魔力こそ精製するが刻印とは相容れず、 
運用のみならまだしも不規則な発作は既に人の耐えられる痛みを超えており、 
かと言って刻印の介添えが無ければ魔術を行使することすらおぼつかぬ 

―――最も彼の時代、そもそもマトモな“魔術師”自体ほとんど残っていなかったが 

彼の祖父の頃、教会と協会の抗争は双方共倒れと言う形で決着し、 
多くの秘蹟が失われ、多くの家が衰退した 
今なお刻印を受け継ぎ、“魔法”の一片に手が届く可能性を残しているだけでも、 
たいしたものと言える 

もっともここはそんな歴史とは遠くかけ離れた異郷である訳だが 

埋まった席次はいまだ三つ、 
残る四つが埋まるには今しばらくの時間を必要とするだろう 

「ランサーの消滅は痛いが…… 
まぁ、槍の英霊であればまだ居よう」 

一人ごち、苦痛の治まった左腕から右手を離すと男はゆっくりと立ち上がった 

埋まったのは剣士、弓兵、騎兵の三席、 
残る四つ、槍兵、暗殺者、狂戦士、魔術師の四席も、 
遠からず余分を排除するはずである 

三つの令呪をその手に納めた英霊のみがこの“儀式”に関わることを許される 
想定外の十二個の令呪の御蔭で停滞していた“儀式”ももう間も無く始めることが出来る 

「管理局ではお前の言う令呪とやらを“カレイドスコープ”と呼んでいるようだな」 

低く抑えた女の声に男は「ほう」と薄い笑みを浮かべて振り返った 
薄暗い洞窟の入り口に暗い眼をした長身の女が立っていた 

「それは“第二”を用いた魔法使いの別名だ、 
第二の断片を用いて互いの存在を保管し、 
無限に魔力を供給し続けるあれを呼ぶ名前としては、なかなかに妥当だな」 

もともとは躯に刻む三つの聖痕だったのだがな、と言いながら、 
男は笑みの貼り付いた顔のまま背後にある巨大な建造物を見上げた 

「未来」に置いて管理局に接収された“カレイドスコープ”の本体と同じ物と呼ぶには 
あまりに巨大で歪な形に増設された魔術機関 

その頂上、 
そこに何か―――否、“誰か”が磔にされていた 

長い銀髪の下、時折思い出したかのように開かれる瞳は血よりもなお紅く、 
人のものとは思えぬ白磁の肌をした乙女 

「―――」 

声ならぬ声を乙女が上げる 
朗々と歌い上げる聞くもの無き詩 
かつて二百年もの年月に及んだ大儀式の再現の為、 
粛々と謡われる呪詛にして祝詞、式にして詩たるモノ 

乙女が謡い終わるとき儀式は終局を迎え、 
万能たる願望機は降臨し、『根源の渦』への道は開かれるであろう 

「楽しそうだな、随分と」 

「楽しいとも、衰退に衰退を重ねたこの身が今一度神秘の頂点に挑む機会を得られたのだ 
魔術師にとってこれ以上の僥倖があるものか」 

そう言うものかと女は男の喜色を受け流した 
正直その目指すところは理解できないが、感情として言いたいことはわかる 

「しかし―――いざ儀式が始まっても肝心の参加者が応じなくては意味があるまい」 

剣士、弓兵の二名は当初からこちらの言うことを聞かず、 
ランサーは消滅、ライダーは管理局側とあっては女の不安も分からないでもない 

「なに、最後に聖杯の下に集まってくれば良いだけのことだ、 
局が知っていながらこれを無視は出来まい? 
他の英霊とて同じ事、最後にはここへ集まらざるをえん」 

英霊自体は決して相容れるものばかりではない、 
結果として聖杯を起動させるだけの“条件”がそろえばそれでいいのである 

「そううまくいけば良いがな」 

男の感性はどこか希望的観測に基づいている気がしなくも無い 
そう思いながら、女はその洞窟を後にした 

外に出ると快晴と呼ぶにふさわしい青空がどこまでも広がっていた 
古代ベルカ王朝時代、空は常に暗雲が立ち込め 
王族ですら『空が青い』と言うことを知らなかったのだと言うが 

「騎士―――、こちらでしたか」 

「何用だ?」 

上空から舞い降りてきたベルカ騎士の様子に 
彼女はつまらなそうに問い返した 

「聖王教会本部騎士カリム・グラシア様から呼び出しです、 
ミッド地上で起きた事件について聞きたいことがあると」 

「そうか」 

おおよそ見当は付いている、 
暫く黙考し、彼女はおもむろに口を開いた 

「直にというわけにはいかん、 
こちらの用事がある程度片付いてから――― 
そうだな、二週間後教会本部に出頭すると答えておけ」 

「承知いたしました」 

深々と一礼するとすぐさま取って返す、 
この世界は通信状況が悪く、特殊な通信機を使わないと念話さえままならない 
飛び去る伝令を見送りながら彼女はほくそ笑んだ 

温厚で知られる騎士カリムとの腹の探りあいとは楽しみである 
話の内容が内容なだけにおそらく他にも局の人間が参加するだろう 

「ふむ、なかなか愉快な状況になってきたな」 

ジェイル・スカリエッティの被造物などを子飼いとしてつれまわすのは気に食わないが 
全ての生命に慈悲をというお題目としては間違っている訳で無し、 
カリム・グラシア自身の人柄は嫌いと言うわけではない 

―――いい機会だ、戦闘機人とやらの実力も見せてもらうとするか 

首にかけた愛機を弄びながら彼女は、 
これから起こる出来事を思いながら、いま暫くの間、空を仰ぎ続けていた