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盤外――ライオンハート - (2010/03/09 (火) 16:17:11) のソース

それは永劫に続くかと思われた二つの気高き魂の邂逅――――

決して出会う事の無かった筈の勇者と勇者。
闇の中、彼女らは宿命に導かれるままに命を賭けて対峙する。

一騎当千―――― 

それは個の力(古くは「武」と称される)を賞賛するに辺り、おおよそ最高位に位置する称号だ。 
言葉通り、これは一人で千人以上に匹敵するという意味である。 
だが実際には単に力だけで千人を相手に出来るという意味ではなく、あらゆる要素を含んだ言葉として使われている。 
個人の戦闘能力以外に指揮能力、カリスマ性など、その者の存在が千人分の働きをするという意味での言葉だ。 

その対峙を、どのような形であれ垣間見る事の出来た者は幸せであろう。
今、目の前には名にしおう「一騎当千」の位を冠された無敵の存在が二人―――
己が不倒の力をぶつけ合うために対峙しているのだから。
勇者同士の一騎討ちは戦記において決して色褪せぬ戦場の華として未来永劫、人々の記憶に語り継がれていく。
謂わばそれは新しい歴史の生まれる瞬間であった。

片や、聖剣の加護の元、不老の賢王として遍く騎士の頂点に立ち 
祖国を率いて戦い、無敗の伝説を打ち立てたとある国の王。 
その宝具の開放は本当の意味での千の軍勢をも薙ぎ払うであろう、圧倒的な力の持ち主だ。 

片や、絶大なる魔法の力で数々の奇跡を打ち立て、幼き頃から数多の怪異、災厄に立ち向かい 
今やエースでありながらストライカーの要素をも併せ持ち 
指揮・教導等、あらゆる面で部隊全体を支え導き、味方を勝利に導いてきた現役の英雄。 
暗にその規模だけを問うならば、次元世界という広い世界で幾多の人間を救ってきた彼女は
先の王とは比べ物にならない大きな偉業を為していると言えるだろう。 

そんな、共に周囲から一騎当千の称号を受けるに相応しい
実力伯仲の両者が、今―――――最後の決着をつけようとしていた。 


――――――

(凄い圧力………対峙しているだけで押し潰されそうになる……)

その対峙は互いの魂すらも削り合う凄まじいものだった。
一瞬の油断も隙も許さない、極度の消耗を双方に強いる類の睨み合い。

(これを続けるのは得策じゃない……いかにして間合いを外すかなんだけど) 

だがこの邂逅、どちらに追い風が吹いているかなど言うまでもない事だった。
元々、この間合いは魔導士の距離ではない。
空を封じられ、どう見繕っても五分以下のアドバンテージすら叩き出せぬままに
彼女はその気迫だけで相手の剣気を受け止め、弾き返している。

相手の心臓を握り潰されそうな殺気は依然、緩まる事を知らない。 
互いに構えを取ったまま静止状態に入り、どれくらいの時間が立ったのだろうか? 
なのはにとっては一時間以上、こうしているようにも感じられ―――実際には数秒しか立ってないのかも知れない。 

極度の緊張状態が続き、彼女の額に汗が滴る。 
人体にとって動き続ける事より過酷な事――それは完全なる静止姿勢だ。 
これほど体に負担をかけるものはない。 
しかも限界まで低く構えた前傾姿勢のまま、一秒後には絶命してるかも知れないプレッシャーを受けての事だ。 

「…………っ」 

瞬きすら許さぬ視界が眼前の騎士の少女を見やる。 
その碧眼の瞳から微塵も目を逸らさない。
闇の中、騎士のその微細な動きは見えないが―――分かる。 

少女は先ほどから…………まるで乱れていない。 
周囲の空気が全く流れないのだ。 
叩きつけるような殺気はそのままに、気配や呼吸の変化を一切、感じ取れない。 

それは一つの芸術―――――「静」の理想形だった。 

(綺麗………お父さんや、お兄ちゃんみたいだ…) 

自分とはまるで違う、剣術や体術を極めた者が発する事の出来る空気。
なのはは改めて、この距離では勝負にならないと悟る。
見取り稽古の猿マネ程度でどうにかなる相手ではない………

そして綺麗、と言えば―――――なのはは今、もう一つ

こんな場合でなければもっと近づいて見たいとすら思った
本当に綺麗な―――相手の碧眼の瞳から目が離せない。

街灯の光すらない屋内の闇の中で、爛々と輝くエメラルドの如き輝き。
それを、彼女もまた自身の曇り一つ無い、黒曜石のような双眸で受け止める。

あまりにも綺麗で、そして深い―――こんな目をした少女をなのはは知らない。
果て無き深遠を感じさせる緑奥の輝きに、気を抜けば即座に引きずり込まれそうになる。

   貴方は…………一体…

―――誰なの?、と……
高町なのはは決して返らぬ問いを虚空に投げかける。

程なく終わるその対峙に身を任せながら………彼女は英霊の持つ緑の瞳に、ただただ目が離せないでいた。


―――――― 

無敵のエースオブエースをして、対峙するだけでここまでの苦境に立たせる 
彼女より年下にすら見える騎士の――あまりに存外な威圧感。 
今の時点では魔導士にその正体が分かるはずも無い。  

不屈の心を持つエースと対峙するは獅子の魂―――ライオンハートを持つ少女。

騎士は黙して語らない―――― 

その人生の最期は非業というには……あまりにも惨たらしいものだった。 

その辿ってきた道のりは―――
正義と理想と信念の先に待っていたモノは――― 
あまりにも救われない……裏切りによる滅び。

瞳の奥にある深い、深い、翠の光。 
その慟哭と願い―――――彼女の戦う意味。 


生涯を祖国の剣として生きた少女がいた。 
国を憂い、救わんがためにその頂点に立った。
故に戦場では百を超える騎士から首級を狙われ 
千の白刃にその身を晒し、万の軍を蹴散らして進んできた。 

その首を狙ってくる敵を斬って、斬って、斬って、斬って――― 
常に軍の先陣に立ち、祖国のため民のために敵を斬り続ける彼女。  
本来、心優しい少女であったソレは戦場において悪魔すら凌駕する、敵の臓腑を凍りつかせる闘神と化す。 

己の心を殺し続け、剣として王として生きてきた少女。 
しかして、あまりにも高みに昇ってしまった彼女はその人間離れした精神ゆえに他の者から理解されず
辿ってきた道の果てに―――国から裏切られる事になる。 

王が剣を向けられた以上、それは許されざる行為。 
理想の王たらんとする彼女は武を以ってそれを打ち砕かねばならない。 
こうして始まった少女最期の戦い―――― 

―――― カムランの戦い ―――― 

必死に守ってきた祖国が自分に刃を向ける。 
敵の血を吸ってきた聖剣が今度はその刀身を同胞の血で汚す。 
自分の愛した国に剣を突きたて蹂躙する。 

   そして、ついには息子にまで手にかけた……… 

それが――この白銀の騎士の生涯。 

その小さな体に受けた無数の刀傷から流れる血が自身の足元に血溜りを作る。 
そしてその数千倍はあろうかという、かつて同胞だったモノのそれと混ざり合う。 

血と臓腑と残骸しか残らない丘―――
それがこの何も為せなかったモノの人生の末路――― 

最期の最期まで王としてあり続けようとした剣は 
敵も、味方も、だれもいなくなった丘で一人………
かつて選定の剣を抜く前の少女に立ち戻る。  
その眼前に広がった光景――― 

「――――――あ、」 

頬を伝う一乗の涙。 
それは次から次へと溢れ出して止まらない。 
血に染まった丘で彼女は一人―――地に足を付き、慟哭する。 

―――  ごめんなさい……ごめん、なさい… ――― 

胸を掻き毟り、引き裂かんばかりに己を責め続け 
自分のようなものが王になったばかりに、と
こんな愚か者が選定の剣を抜いたばかりに、と
ソレは絶望と申し訳無さに心を塗りつぶされる、かつての王の抜け殻。

抜け殻の少女が――世界に救済を求める。 

やり直したい、と。  
王である自分を否定し、祖国をもう一度救いたい、と。 
それが彼女の今わの際の願いにして――――決して終わらぬ奇跡を求める戦いの始まり。

少女の名はアーサー

アーサー王――――アルトリア・ペントラゴンといった。


――――――

「――――――」 

極限の対峙の中で――― 

どうしてか、騎士は昔の事を思い出していた。 

もはや自身に刻まれた呪いじみた妄執。
存在理由の全てであったそれ。
唐突に蘇る己が願い。

目の前の若き勇者の瞳に―――かつての自分を見たとでも……?

そう、それが私が聖杯を欲する理由。
決して負けられない、この身が願うこの戦いの帰結。 

そう―――今は、目前の敵を……斬り伏せる事だけを考えれば良い。 

しかして相手は自身の剣が認めた強き者。
見事な魂を持つ魔術師。

せめて最期は正々堂々と正面から―――己が全力で粉砕する
その意を決したセイバーがやおら構えを崩し、魔導士に名を問うた。

二つの高貴なる魂が無言のままに交わり、邂逅したその対峙は終わり
最後の攻防が始まる前に―――二人は互いの名前を交換する。

思えばこれが………
この時が、空と剣との交わりの物語。

その―――――始まりの第一歩だったのかも知れない。