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短編:たまには夢の話を - (2007/02/21 (水) 02:53:04) の最新版との変更点

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「夢の話をしていいかい」 白い、昼の日差しが漂う開放的なレイアウトのレストランで、その白の似合わぬ黒衣の男が行儀悪くも高々足を組み、つば広の帽子をくいと持ち上げながら、そう尋ねた。 男と対面の席でイカ墨パスタをつついていた、切れるような質感の男は、言葉に面を上げる。 伊達者の男であった。一振りの剣を、その刀身のあでやかな実直さと妖しい切れ味とに見合った拵えに仕立て上げたかのような、華美にならぬ洒脱さが装いに漂う。厚みのあり、筋肉に割れた肢体の輪郭線は、その伊達を、何より雄弁に内側から支えていた。 アスカロン。アメショーを駆るレンジャー連邦正規パイロットの一人にして、愛と正義を知る、連邦一の剣であった。 その彼が、目の前の男に問われて、面を上げていた。 「――――」 無言の促し。 「夢の話さ」 もう一度、黒衣の男は両手を広げておどけた仕草をしながら繰り返した。 「あなたなら知ってるかもしれないと思った。誰を傷つけることもなく、ただ、運命だけを切り開く、おもちゃの剣のおとぎ話のことを。魔法と呼ぶにはあまりに幼い夢色の白銀をした、物語魔法剣のおとぎ話」 「ただ一太刀、受ければ二度とは同じ刃を認めない、物語という名の怪物を倒すためだけの、畸形異形のおもちゃの剣。もはや多頭多肢多尾多体となり原型を留めぬほどまでに膨れ上がった、物語という名の怪物を仕留めるためだけに精製された、夢物語の結晶」 「もちろん知ってる、これはゲームさ。だから物語のための剣なんて必要ない。ただ電網適応の限りを尽くして戦うまでさ。物語ならば二度とは受け入れない、ハッピーエンドのための執拗な刃も、ゲームならば攻略という名の鉄槌に変わり、ついには夢の扉の門を叩いて開ける、ノッキン・オン・ヘヴンズドアー」 「けれど時折思うのだよ。ゲームに心痛める者達がいる。そのゲームの中で、俺はただ物語ることをしか知らない、どこにも声を届かすことのできない無力な存在でしかない」 「ならばせめて、物語の中だけでも、その痛みを請けて悲しみを切り開く、夢物語の魔法の剣があってもいいんじゃないかと」 「アスカロン、君は、アンハッピーエンドと、それに連なる竜を誰より嫌う、剣の部の民だ。旧きを重ねて九十九の歳月を経り、付喪の神を識ったという君ならば、知っているのではないかと思った。何物をも切ることを知らぬ、刃として最も劣った、ただ一つ、人の心にしか刃の届かぬおもちゃの剣の伝説を」 「それに頼ればゲームは終わる。それに頼れば物語は終わる。それは、誰も見つけてはならない、禁断の魔法。誰も手にしてはいけない禁断の剣。夢は、夢のままでいなくてはならない。夢は不思議の側の岸にあるもので、大河を越えて、この、うつつに来てしまってはいけないものだ」 「だから、これは夢の話なのさ、アスカロン」 くるん。回る人差し指。 「悲しみを消し去るには、どうすればいいだろう?」  * * * 今日もレンジャー連邦の日差しは暑い。その暑い中、めがねを曇らせ鍋をつついているものたちがいた。みな、一様に真剣であった。 「なんでめがね」 「めがね鍋だからよ」 「意味がわからないんですけど」 「めがねに意味を感じないということ自体の意味がむしろわからないが」 「せまいね」 「ていうか熱いよ」 「なにもみんなでつつかなくても…」 「でも鍋だし」 「鍋ですもんね」 「鍋だからなー」 「すいません、めがね曇り防止スプレー誰か貸してくれます?」 「はーい」 「あ、こっちも」 「俺も」 「私はいいです」 「ですよねー!」 「めがねはこういう時に曇ってこそめがねというか…」 「萌えですねえ…」 「萌えだな」 「むしろ愛か」 「……(ぽっ)」 「藩王! そこ煮えてます、あーっ!!」 時は、既にドランジ歓迎祭り本祭を過ぎていた。新人歓迎パレードも終わり、動員の結果がどうなったかはさておき、みな、にゃんこらしく肩を並べてめがねを曇らせ、フィクショノート一同で鍋を囲む会を開催していた。なぜか全員めがね着用なのは、鍋の国の摂政自らめがね鍋を届けてくれたことに敬意を表してのことらしいが、藩王と楠瀬の意志が働いているだろうことは、想像に難くない。茶目っ気の強いわかばまーく国民、ビッテンフェ猫の仕業もあるかもしれなかった。いずれにせよ、みな、めがねである。 せっかく仮想空間なんだからわざわざめがねなんてつけんでも、という一部のめがね常用者の仮想飛行士の意見は、鮮やかにスルーされた。視力に問題のないPCも、今はみーんな伊達眼鏡をつけている。 もはやめがね祭りだった。 「ふー、ふー…はい、夜星」 「ありがとにゃー」 双樹がはんぺんを冷まして猫士に分ける。王猫を含めた10匹も、ひしめきあって、にゃーにゃーにゃー、である。 狭い。 「どう考えてもやりすぎだと思うんだアスカロン」 「けど、華一郎、君が聞いてきたんだろう?」 「そりゃあ、そうだけど…」 黒衣の男、城華一郎は辺りを狭苦しく見回した。一個の食卓をぐるりとひしめきあいながら囲んでいるため、みんなの邪魔にならないよう辺りを見回すのも一苦労だ。 総勢、14名。ぷらす、猫10匹。 どう見ても、一個の鍋の周りに集まっていい数ではない。はふはふと箸が飛び交い、おたまが舞い、湯気が対面の相手の存在すら白くかき消していく。その上にめがねが曇るので、みんな、自分のことで必死であった。 たぱたぱと面倒見よくミサゴが野菜を追加した。水菜、白菜、ねぎ、椎茸…華一郎は、改めて周りのみんなの顔を見回す。めがねが曇る。くいっ。 「みんなで一緒にごはんが食べられる。これ以上のことが必要かい?」 その華一郎の様子に、アスカロンは、笑って言った。 「おいしいごはんを、みんなでにぎやかに食べる。それで元気になる。今日をがんばれて、明日もがんばれて、おなかいっぱいになれば、眠たくなって、夜が来て、朝が来て、そうして歳月は廻っていく。悲しみを消し去るのに、これ以上必要なことなんてどこにもないよ。未来と今を支えるのは、ただこれだけで充分なのさ」 「だが…」 なおも華一郎は何かを言おうとした。途端に、青海と虹ノのいる辺りから、どっと笑い声が聞こえてくる。 「曇っためがね越しでもわかるだろう? 悲しみを消し去るのは、笑顔だけだ。笑顔を作ることの尊さを、よく笑う人たちほど、よく知っている。だから笑うんだ。 それでも消せない悲しみがあるというのなら、笑って立ち向かうといいよ。それでもどうしても笑えないというのなら、笑顔のそばにいるといい。それは力になる。拳の力にではない。心の力になる。 心に力が宿れば、人は、悲しみとも戦える。もし、それでもどうしても消せない悲しみが、吹き飛ばせない運命が、この物語の中に、この運命の中にやってくるというのなら、その時こそ……」 微笑むアスカロン。 「その手に夢を求めよう。伝説は、必ずやってくる。人は、必ず命を巡らせていく。武とは、愛とは、そのためにあるものだから。人の営みはみな、そのためにあるのだから」 「…かなわんね、どうも」 いっそ清々しげに、華一郎は鼻をかく。 物語は知っている。いつも現実は物語の上を行く。そこに起こる事象が、ではない。そこに塗りこめられた心が、上を行かれるのだ。 謳うように思い出す。 私に剣を下さい。 1人の少女が願いました。 私に剣を下さい。 物語を切り開く、銀色の魔法剣。それはただ一振りのおもちゃの剣。子供の頃に信じた、魔法と呼ぶにはあまりに幼いおもちゃの夢。誰をも傷つけることなく、ただ、物語だけを切り開く、夢のような魔法の剣。 私に剣を下さい。 少女に与えられたのは胸に刺さる一撃の鉄杭でした。 夢はかなわないと知るべきだ。 現実は血塗れだと知るべきだ。 少女の四肢を食いちぎりながら物語は謳います。 さしのべられたやさしい指は引きちぎられ、涙を湛えたその瞳は握りつぶされ、舌と唇は縫い合わされ、体という体に釘打たれ、痛みに切り裂かれた心は髪の毛筋ほどのものも動かすことは出来なくなりました。 おもちゃの剣が少女の傍らにいつまでも横たわります。輝くことのない、白いおもちゃの魔法の剣。 ――でも、それは本当におもちゃの剣だったのでしょうか? 少女が望んだのは、本当に正しいことだったのでし ょうか? 誰をも傷つけることなく、ただ、悲しい運命だけを切り開く、魔法のような物語剣。夢物語を現実に変えるための魔法剣。 ――魔法とは、そのようなものですか? おもちゃの杖を振って、かぼちゃの馬車と、美しいドレス、それにガラスの靴を得たお姫様。王子様の寵愛を得たのは、夢物語がほしかった少女が一人、そこにいたからなのでしょうか。 毛皮の靴がガラスの靴に変わったまま、元に戻ることがなかったのはどうしてなのでしょうか。 ――人は、誰しも知っていたのではないでしょうか。 足を切ってまで美しくも脆いガラスの靴を履こうとしたものたちは、どこにでもいます。魔法は二度は起こりません。同じ魔法は、二度は起こしてはいけません。 ただ一振りの魔法の剣に宿された魔法は、ただ一度きりの魔法です。 少女に与えられた魔法は、たった一度。 けれど…… 「けれど、そう」 華一郎は呟いた。 「魔法のかわりには、いつだって手が、どこかから、差し伸べされているんだ。いつだって」 かしーん! 「城さん、何ぶつぶつ独り言してるんですかー?」 「あ、こら人の箸から肉をとるな! どんなハイレベルな食事だ!?」 「えへへ、一度やってみたかったんですよー」 「まだおかわりありますからー」 「めがねもあるよー」 ほふほふほふ…… 物思いも、すぐ、また、鍋の向こうの湯気に笑顔と消える。 「ていうかそもそも名字で呼ぶな、こらー!」 「そんなこといってもにゃー」 「「にゃー」」 「猫たちも揃って唱和するな、こらー!」 がやがやと、レンジャー連邦の夜は更けていく。  * * * 政庁の、窓から時折みんなが見上げる空に、電網宇宙の星のまたたき―――  * * * ―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎
「夢の話をしていいかい」 白い、昼の日差しが漂う開放的なレイアウトのレストランで、その白の似合わぬ黒衣の男が行儀悪くも高々足を組み、つば広の帽子をくいと持ち上げながら、そう尋ねた。 男と対面の席でイカ墨パスタをつついていた、切れるような質感の男は、言葉に面を上げる。 伊達者の男であった。一振りの剣を、その刀身のあでやかな実直さと妖しい切れ味とに見合った拵えに仕立て上げたかのような、華美にならぬ洒脱さが装いに漂う。厚みのあり、筋肉に割れた肢体の輪郭線は、その伊達を、何より雄弁に内側から支えていた。 アスカロン。アメショーを駆るレンジャー連邦正規パイロットの一人にして、愛と正義を知る、連邦一の剣であった。 その彼が、目の前の男に問われて、面を上げていた。 「――――」 無言の促し。 「夢の話さ」 もう一度、黒衣の男は両手を広げておどけた仕草をしながら繰り返した。 「あなたなら知ってるかもしれないと思った。誰を傷つけることもなく、ただ、運命だけを切り開く、おもちゃの剣のおとぎ話のことを。魔法と呼ぶにはあまりに幼い夢色の白銀をした、物語魔法剣のおとぎ話」 「ただ一太刀、受ければ二度とは同じ刃を認めない、物語という名の怪物を倒すためだけの、畸形異形のおもちゃの剣。もはや多頭多肢多尾多体となり原型を留めぬほどまでに膨れ上がった、物語という名の怪物を仕留めるためだけに精製された、夢物語の結晶」 「もちろん知ってる、これはゲームさ。だから物語のための剣なんて必要ない。ただ電網適応の限りを尽くして戦うまでさ。物語ならば二度とは受け入れない、ハッピーエンドのための執拗な刃も、ゲームならば攻略という名の鉄槌に変わり、ついには夢の扉の門を叩いて開ける、ノッキン・オン・ヘヴンズドアー」 「けれど時折思うのだよ。ゲームに心痛める者達がいる。そのゲームの中で、俺はただ物語ることをしか知らない、どこにも声を届かすことのできない無力な存在でしかない」 「ならばせめて、物語の中だけでも、その痛みを請けて悲しみを切り開く、夢物語の魔法の剣があってもいいんじゃないかと」 「アスカロン、君は、アンハッピーエンドと、それに連なる竜を誰より嫌う、剣の部の民だ。旧きを重ねて九十九の歳月を経り、付喪の神を識ったという君ならば、知っているのではないかと思った。何物をも切ることを知らぬ、刃として最も劣った、ただ一つ、人の心にしか刃の届かぬおもちゃの剣の伝説を」 「それに頼ればゲームは終わる。それに頼れば物語は終わる。それは、誰も見つけてはならない、禁断の魔法。誰も手にしてはいけない禁断の剣。夢は、夢のままでいなくてはならない。夢は不思議の側の岸にあるもので、大河を越えて、この、うつつに来てしまってはいけないものだ」 「だから、これは夢の話なのさ、アスカロン」 くるん。回る人差し指。 「悲しみを消し去るには、どうすればいいだろう?」  * * * 今日もレンジャー連邦の日差しは暑い。その暑い中、めがねを曇らせ鍋をつついているものたちがいた。みな、一様に真剣であった。 「なんでめがね」 「めがね鍋だからよ」 「意味がわからないんですけど」 「めがねに意味を感じないということ自体の意味がむしろわからないが」 「せまいね」 「ていうか熱いよ」 「なにもみんなでつつかなくても…」 「でも鍋だし」 「鍋ですもんね」 「鍋だからなー」 「すいません、めがね曇り防止スプレー誰か貸してくれます?」 「はーい」 「あ、こっちも」 「俺も」 「私はいいです」 「ですよねー!」 「めがねはこういう時に曇ってこそめがねというか…」 「萌えですねえ…」 「萌えだな」 「むしろ愛か」 「……(ぽっ)」 「藩王! そこ煮えてます、あーっ!!」 時は、既にドランジ歓迎祭り本祭を過ぎていた。新人歓迎パレードも終わり、動員の結果がどうなったかはさておき、みな、にゃんこらしく肩を並べてめがねを曇らせ、フィクショノート一同で鍋を囲む会を開催していた。なぜか全員めがね着用なのは、鍋の国の摂政自らめがね鍋を届けてくれたことに敬意を表してのことらしいが、藩王と楠瀬の意志が働いているだろうことは、想像に難くない。茶目っ気の強いわかばまーく国民、ビッテンフェ猫の仕業もあるかもしれなかった。いずれにせよ、みな、めがねである。 せっかく仮想空間なんだからわざわざめがねなんてつけんでも、という一部のめがね常用者の仮想飛行士の意見は、鮮やかにスルーされた。視力に問題のないPCも、今はみーんな伊達眼鏡をつけている。 もはやめがね祭りだった。 「ふー、ふー…はい、夜星」 「ありがとにゃー」 双樹がはんぺんを冷まして猫士に分ける。王猫を含めた10匹も、ひしめきあって、にゃーにゃーにゃー、である。 狭い。 「どう考えてもやりすぎだと思うんだアスカロン」 「けど、華一郎、君が聞いてきたんだろう?」 「そりゃあ、そうだけど…」 黒衣の男、城華一郎は辺りを狭苦しく見回した。一個の食卓をぐるりとひしめきあいながら囲んでいるため、みんなの邪魔にならないよう辺りを見回すのも一苦労だ。 総勢、14名。ぷらす、猫10匹。 どう見ても、一個の鍋の周りに集まっていい数ではない。はふはふと箸が飛び交い、おたまが舞い、湯気が対面の相手の存在すら白くかき消していく。その上にめがねが曇るので、みんな、自分のことで必死であった。 たぱたぱと面倒見よくミサゴが野菜を追加した。水菜、白菜、ねぎ、椎茸…華一郎は、改めて周りのみんなの顔を見回す。めがねが曇る。くいっ。 「みんなで一緒にごはんが食べられる。これ以上のことが必要かい?」 その華一郎の様子に、アスカロンは、笑って言った。 「おいしいごはんを、みんなでにぎやかに食べる。それで元気になる。今日をがんばれて、明日もがんばれて、おなかいっぱいになれば、眠たくなって、夜が来て、朝が来て、そうして歳月は廻っていく。悲しみを消し去るのに、これ以上必要なことなんてどこにもないよ。未来と今を支えるのは、ただこれだけで充分なのさ」 「だが…」 なおも華一郎は何かを言おうとした。途端に、青海と虹ノのいる辺りから、どっと笑い声が聞こえてくる。 「曇っためがね越しでもわかるだろう? 悲しみを消し去るのは、笑顔だけだ。笑顔を作ることの尊さを、よく笑う人たちほど、よく知っている。だから笑うんだ。 それでも消せない悲しみがあるというのなら、笑って立ち向かうといいよ。それでもどうしても笑えないというのなら、笑顔のそばにいるといい。それは力になる。拳の力にではない。心の力になる。 心に力が宿れば、人は、悲しみとも戦える。もし、それでもどうしても消せない悲しみが、吹き飛ばせない運命が、この物語の中に、この運命の中にやってくるというのなら、その時こそ……」 微笑むアスカロン。 「その手に夢を求めよう。伝説は、必ずやってくる。人は、必ず命を巡らせていく。武とは、愛とは、そのためにあるものだから。人の営みはみな、そのためにあるのだから」 「…かなわんね、どうも」 いっそ清々しげに、華一郎は鼻をかく。 物語は知っている。いつも現実は物語の上を行く。そこに起こる事象が、ではない。そこに塗りこめられた心が、上を行かれるのだ。 謳うように思い出す。 私に剣を下さい。 1人の少女が願いました。 私に剣を下さい。 物語を切り開く、銀色の魔法剣。それはただ一振りのおもちゃの剣。子供の頃に信じた、魔法と呼ぶにはあまりに幼いおもちゃの夢。誰をも傷つけることなく、ただ、物語だけを切り開く、夢のような魔法の剣。 私に剣を下さい。 少女に与えられたのは胸に刺さる一撃の鉄杭でした。 夢はかなわないと知るべきだ。 現実は血塗れだと知るべきだ。 少女の四肢を食いちぎりながら物語は謳います。 さしのべられたやさしい指は引きちぎられ、涙を湛えたその瞳は握りつぶされ、舌と唇は縫い合わされ、体という体に釘打たれ、痛みに切り裂かれた心は髪の毛筋ほどのものも動かすことは出来なくなりました。 おもちゃの剣が少女の傍らにいつまでも横たわります。輝くことのない、白いおもちゃの魔法の剣。 ――でも、それは本当におもちゃの剣だったのでしょうか? 少女が望んだのは、本当に正しいことだったのでしょうか? 誰をも傷つけることなく、ただ、悲しい運命だけを切り開く、魔法のような物語剣。夢物語を現実に変えるための魔法剣。 ――魔法とは、そのようなものですか? おもちゃの杖を振って、かぼちゃの馬車と、美しいドレス、それにガラスの靴を得たお姫様。王子様の寵愛を得たのは、夢物語がほしかった少女が一人、そこにいたからなのでしょうか。 毛皮の靴がガラスの靴に変わったまま、元に戻ることがなかったのはどうしてなのでしょうか。 ――人は、誰しも知っていたのではないでしょうか。 足を切ってまで美しくも脆いガラスの靴を履こうとしたものたちは、どこにでもいます。魔法は二度は起こりません。同じ魔法は、二度は起こしてはいけません。 ただ一振りの魔法の剣に宿された魔法は、ただ一度きりの魔法です。 少女に与えられた魔法は、たった一度。 けれど…… 「けれど、そう」 華一郎は呟いた。 「魔法のかわりには、いつだって手が、どこかから、差し伸べされているんだ。いつだって」 かしーん! 「城さん、何ぶつぶつ独り言してるんですかー?」 「あ、こら人の箸から肉をとるな! どんなハイレベルな食事だ!?」 「えへへ、一度やってみたかったんですよー」 「まだおかわりありますからー」 「めがねもあるよー」 ほふほふほふ…… 物思いも、すぐ、また、鍋の向こうの湯気に笑顔と消える。 「ていうかそもそも名字で呼ぶな、こらー!」 「そんなこといってもにゃー」 「「にゃー」」 「猫たちも揃って唱和するな、こらー!」 がやがやと、レンジャー連邦の夜は更けていく。  * * * 政庁の、窓から時折みんなが見上げる空に、電網宇宙の星のまたたき―――  * * * ―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

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