ねこあくび。 顔を洗ってひなたぼっこに、ごろん。 毛づくろいー。 今日もお城の藩王執務室にある秘密の通路(ヤガミの肖像画にカムフラージュされた猫用ドアから入る)を通り抜け、猫士たちが集う。 日当たりのよい一等地。爪も研ぎ放題、箱や袋にも入り放題、洗濯物にも丸まり放題の、秘密の部屋。 10匹、色とりどりの猫たち。 ぶるんと身を震わせ、情報が拡散する。毛が逆立ち、尻尾がふくれ、見る間に肢体が伸びて膨れ上がる。 「…っ、ふう」 猫が、次々と人に変わってゆく。 「何度やってもこの毛が逆立つ感覚、なれないなあ…」 金色のつぶらな瞳をした、黒い学生服姿の少年が、プールサイドで水ぬきするみたいに頭の脇をとんとんと手で叩きながら、円卓に着いた。とぼけた風なやさしい顔立ち、すらりとした体形、穏やかな物腰。頭の上にある耳だけが、ぴこぴこと元の姿を思わせる形で動いている。 「あら、しょうがないわよ。それに私はこの格好、気にいってるけど?」 くるんっと白いワンピースの裾を翻し、可愛いが、生意気そうな女の子が回ってみせた。すべすべと自らの肌の感触を楽しんでいるようで、一際体格の大きな男性が引いた椅子に会釈もせずにぴょこんと飛び乗る。 「くあ……」 まだおおあくびで、円卓に突っ伏すなり丸まって眠りだすものもいる。 「さっ、みんな」 ぱんぱん。 賑々しい場の空気を引き締めるように、1人の女性が手を叩く。きょろっと一斉に音のする方を見つめるのは、さすがに猫、といった風情。 「普段人型じゃない子たちは物珍しくておかしいかもしれないけれど、あまり遊んでいる時間はないですよ」 そういって、ばん!とホワイトボードを叩いてみせる。そこに貼り付けられていたのは、「にゃんこふぇすてぃぼー」と題された一冊のレポートであった。 「華一郎さん、ずるいよなー」 「絶対公表しないとか言っておいてかつぶし一本で僕らを買収するんだもんなー」 「「ねー」」 「…………」 学生服の少年と、さきほどあくびをしていた青年とが言い合わす。その傍らで、静かに美しい瞳をきらめかせ、物憂げに頬杖をついて採光窓の向こうに広がる空を見つめる美青年。 そこに3人まとめてぺちこーん!とつっこみが入る。 「言い訳しない! 猫士の醜態ですわ、まったく…」 「まあまあ、愛佳」 まだ鼻息の荒いワンピースの少女に、くるくるとやわらかな巻き毛をした蜂蜜色の少年がなだめに入る。少女も可愛いのだが、この少年はまた別格に愛らしく、子供らしい無邪気な自信の強さがまたきらきらと彼を溌剌として魅力的に見せていた。 「まあ! ハニー様がそうおっしゃるなら私、構いませんのよ?」 途端にくるっとそちらを振り返り、おめめに星を散らして胸の前で手を組む少女。 ことん、とミニ冷蔵庫から牛乳ビンを取り出して、みんなの前に黙々と注いでいくのは、その少年にそっくりの女の子。 全員にミルクが行き渡り、こくこくとそれを飲むので忙しく、静かになったのを見計らって、どうやらこの場を仕切っているらしい、先ほどホワイトボードを叩いた女性が再び喋り始めた。 「猫の手も借りたい。この言葉は、こと、ここ、にゃんにゃん共和国においては慣用句ではありません。猫の手にも、できることはあるはずだ。そういう風にして使われます…実際私たちはI=Dの運用の際にコ・パイロットとして、また時には仮想飛行士のみんなと一緒に肩を並べて行軍します。 な!ら!ば! それ以外のところでも、猫に出来ることは、あるはずです。ですよね?翡翠さん、にゃふにゃふさん、夜星さん」 こくり、先ほどつっこみを入れられた3人が、揃って頷き返す。 それに満足して、話を再開する。 「幸いレンジャー連邦は、資源も、お金も、食糧も、ある程度不足しないまでに持ち直しました。これもひとえに普段からせっせと働いている仮想飛行士のみんなのおかげです」 「楠瀬さんとか?」 「こらー、茶化さない! …こほん、そういうわけで、今日の定例猫会議では、残る最後の一つ、燃料についてを議題にしたいと思います」 * * * くるくる巻き毛のめちゃめちゃ可愛い金髪の子供、王猫のハニーとその双子の妹・マーブル。 くてーっと眠そうにしている青年、にゃふにゃふ。 一際体格がよく寡黙な青年、ドラン。 美人のジョニ子。 哲学者風の青年、翡翠。 学生服の少年、夜星。 白いワンピースの少女、愛佳。 それに加え、一際年長に見える美形の青年と女性、マキアート&じにあ。 彼らはこのレンジャー連邦に所属する猫士である。 認識が情報のあり方を左右するこのアイドレス世界では、猫士が本当の猫か、それとも人型なのかは、さしたる問題にもなりはしない。仮想飛行士たちがアイドレスを着替えるように、彼らもまた、その姿を自由に変えることが出来た。 そもそもI=Dのコクピットでコ・パイロット行為をおこなうのに、果たして猫のにくきゅうで作業が出来るものであろうか? 出来る、と絢爛舞踏祭上がりの舞踏子たちは断言するのが、この無名世界観のおそろしいところである。クララ・ド・シラヌこと、通称猫先生という、あちこちの夜明けの船で甲板長としてコンソールをてしてしやって働いていた前例があるため、猫でもさして問題ないと思われているが、さすがに歩兵として出撃する際までは、そうもいかないだろうと思われるのが普通であった。 もっとも、舞踏子たちは、猫先生がてしてし人をデッキから海面へと突き飛ばすだけの陸戦技能を身に付けていることをも知っていたので、やっぱり異論は絶えなかったりするのだが、そんなわけで、猫士たちは人型に変身出来た。出来たったら、出来たのだ。 が、それはそれとしてやっぱりそれぞれ普段の居心地のよい格好というものは違うものであり、好んで普段から人型を取っているのは、吏族の楠瀬とよく一緒にいるじにあと、美貌を誇るマキアートだけであった。 フィクショノーツが藩国チャットやBBSで定例会議をもち、親睦を深めるように、彼ら猫士もまた、アイドレス世界の中で、こうして毎回折りに触れてはしょっちゅう会議を開いている。寄り合い好きなのはさすが猫と言うべきか、猫の集会ならぬ、猫会議、というわけだ。 もっとも今日のように決まった議題があることは珍しく、大抵はお小遣いで買ってもらったミルクを舐めたり、人型の格好をしてみておしゃれや雑談に興じたりと、益体もないことばかりを繰り返している。 「けれーど! 今日は違うわよ、今日!こそは!」 「じにあ、熱~い」 「しゃー!」 「にゃっ!」 じにあがこわいよー、とジョニ子にすがる愛佳。ジョニ子、微笑んでよし、よし。 「あたしは、猫だって立派な国民だと思ってる。ううん、むしろ、直接フィクショノートの力になれるのは、国民の中でもあたしたちだけなんだから。だから、がんばりたいのよ!」 うむ、とドランが頷く。 「前回は夜星たちが失敗しました。なぜか?」 「ルール上猫だけで冒険できないからじゃないかなー」 「予算もなかったものね」 「しゃら~っぷ!」 にゃーん、とハニー&マーブルが縮こまる。 「前回はまとまりがなかった。その上人手も全然足りてなかった。相談してくれれば、あたしたちだって力を貸したのに…!」 「歓迎祭の頃はじにあ、楠瀬さんといちゃいちゃしてたじゃないか。食べ歩きのやりなおしよー!とか言って」 「それはいいっこなし! はい夜星、前回の反省復唱してみて」 「え!? な、なんで僕だけ…ええと、目的を絞ってなかったからと、人手が足りなかったから」 よろしい、と頷くじにあ。夜星、いつものお昼寝の時間なので隣ですっかり寝入ってるにゃふにゃふの耳を、恨みがましくつまみあげる。にゃー。 「今度は違います。みんなで一致団結して、燃料を探すの。既にどこにあるかは割れてるわ。 山、塔、学校、海、砂漠、村、河、都市! このうち、村や河は連邦内にはないし、塔や山も微妙だからないものと見て、学校、砂漠、都市の三つに焦点を絞ります。あ、海はあたしたち猫だから割愛ね」 「そ、そういうものなの? 人型なのに」 「そーなの! で、さらに、なんと……」 * * * 「よろしくお願いしまーす、よろしくお願いしまーす…あ、華一郎」 「よう、愛佳ちゃん。何やってんの? 珍しいね、ハニーくんと一緒じゃないなんて」 北部の繁華街真っ只中、猫耳をぴこぴことさせながらなにやら配っている可愛い少女に目を惹かれ、フィクショノートの華一郎は立ち止まった。 「はい、華一郎もこれ」 「ふむふむ…『みんなで燃料発掘に協力しようキャンペーン』? はー、また珍しいことしてるねー。何、またこれ、夜星くんあたりの提案?」 「ううん、じにあさん発案~」 「あー」 最近楠瀬さん、O島の伝説にかかりっきりだもんなー、と納得する。 「国民みんなで手伝えば、フィクショノートのみんなが冒険したり、燃料発掘する時に、ちょっとは役に立つでしょ? だから!」 「はっは、なるほど! 猫の手も借りたい、か! やー、うちはいい猫士に恵まれたなあ」 愉快そうに笑って愛佳の頭をくしゃりと撫でる華一郎。愛佳、口元だけ猫に戻ってうみゅー。 「南部のほうには翡翠とマキアートが行ってるのよ」 「へー、みんなでやってるのか、どれどれちょっと取材を…」 さっそくペンを取り出し、ぺらぺらあることないこと買収に応じて喋る愛佳の発言を記録し始める。 * * * 以下、猫士マークのビラより抜粋。 『フィクショノートでなくとも、できることだってあるはずだ! みんなで協力して、フィクショノートを応援しよー!』 * * * 「と、いうことらしいよ…?」 政庁の定例会議で、にこにこしながらみんなにレポートを回してみせる、黒衣の男。 * * * 本日の一言:仲良きことは美しき哉(にくきゅうまーく、ぽん!) * * * ―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎