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「もうすぐ、お別れですね…」

ミサゴは言った。

ニャーロードの長い道。普段は通いなれることのない、東都にある、飛行場への道のり。

後ろを歩く、特別な足音。

まとうI_Dressは、一番シンプルな西国人のもの。

祭りの歓声も今はなく、ただ閑静とした時間が、砂粒のようにゆるりと流れ落ちていく。

振り返ればそこに幻を見てしまいそうだった。

電網仮想のアイドレスでさえ、思い描くと夢を見てしまいそうになる幻。

それも、もう、じきに終わる。

ミサゴは迷っていた。せめてI_Dressを舞踏子に着替えられていたら。イベントが始まる前に気付いて、藩王にそれを告げていたら。

今は、この身が深い青と黒の海洋色に染め上げられた太陽系総軍風の制服を身にまとっていないことが、ひどく悔しくて、恨めしかった。

2つの海。青い海と黒い海。海洋と宇宙。

今は、そのどちらでもない、もう1つの新たな世界に身を投じている。電網適応アイドレス。

それでも。それでも。

…もう、今更詮のないことであった。

オアシスと、巨大な軍用ハンガー、その向こうにある滑走路が、それぞれ遠目に見えてくる。

出征の準備に身を鎧った藩王たちが、この向こうでは待っているのだろう。

普段、ガーターだソックスだイカナだとてこずらせてくれる青海さんも、いざというこの時だけは、凛々しくてたくましいサイボーグ歩兵としてのI_Dressを身にまとっており、油断は欠片も見せない。

今日ばかりは整備に回ってくれている、アスカロンさんや、山下さん、それにビッテンフェ猫さんも、今は三人と猫士たち四匹の無事を少しでもこの手にたぐりよせるため、夜を徹して目一杯働いた、その、疲れを押して、みんなを見送るために整然と立ち並んでいるに違いない。

仲間が出征するのを見守る猫士たちや、他の仮想飛行士の人たちはもちろんのこと、舞踏子のコヒメちゃんや、パ整子のアスミちゃんだって、みんなみんな、待っているに違いない。ううん、それだけじゃない。ナッシュさんや漁師の方たち、マットさんやフライさんの子孫の人たちや、オアシスの妖精さん、女子学生の子、アレンくんやその仲間達、みんなみんな、きっと国のどこかから、無事に帰ってくるのを祈って待っているに違いない。

…それでも。

わがままだということはわかっていた。きっとどこの国の人たちも、今、自分と同じような気持ちを抱いていることは。また、彼に直接出会えなかった人たちだって、他国にはいるに違いないのだ。それを思えば、きっとどうということはないはずだった。

それなのに。

今は、一歩一歩がとても惜しく感じられた。

せめて、一緒に行けたら。

「…!?」

ぽむ、と、頭に手が置かれた。びっくりして振り返る。

頭1つ半以上、彼女よりも優に高い、その視線。鍛え抜かれたがっちりとした体に、宇宙の闇よりもなお深い、漆黒のスーツ、金色の昇り竜の意匠。

「…また、来てもいいだろうか。いつだったか食べた君のハンバーグは素晴らしい味だったよ」
「え…?」

どきり。

「次はコーンブレッドも食べたいな…そう、ダッチ・オーブンで焼いた奴だ」
「あ、あの…」

おろおろ。

にこり、ドランジは、その、見慣れた人にしかわからない、ささやかな微笑みを浮かべて、ハンドシグナル。

「君は素敵、さ…何、ヤガミのように、全員とまではいかないが、私だって、自分のことを助けてくれた好きな女くらい、見分けられるんだよ」
「大尉…!」
「行こう。この国の藩王は無能でもなければ、この国の舞踏子たちも、臆病ではない。私はACEとして、タキガワ一族の約定を果たすため、希望の先駆けとして、先祖と一緒に戦ってくるよ。
 …滅多にない経験さ。自分の先祖と、肩を並べて戦うなんてね」

 * * *

「行っちまったねえ…」
「ええ…」

出征したドリームチームの一同を見送った後政庁に戻って会議室で話していた華一郎と双樹は、お茶をすすりながら語り合う。

「でも、これが無事に済めばすぐまた帰って来れますし、他にもまだ、グラム=リバーや、ウイングオブテイタニア?とか、ACEユニットを獲得するチャンスはありますもんね」
「ああ、それに、チャンスはそれだけじゃないぜ」

華一郎は裏マーケットの古びたチラシを指差した。

『カール・T・ドランジに手料理を振る舞う権利(くるくるされるでもよし)』―15億

「ま、次は藩王の番だとか、他の人の番だとか言って、イグドラシルを育てたり、他の権利を優先するのが誰も彼もの道理だとは思うがね。それでこそのレンジャー連邦だし。
 ま、どっちにせよ、夢がまだ残っているのはいいことだよ」
「あれ、じゃあ、華一郎さんの夢ってなんですか?」

聞かれるなり、くるくる指を回してから、指差していたところから2つ下に、指差すところをスライドさせる。

『斎藤奈津子が英吏に手料理を食わせる』―7億

「俺の夢はいいんだよ。一瞬でも、いつかわがままを言えば叶うからね。だから、安心してみんなの夢に付き合えるってわけ」
「とか言って、実は最近結構なっこちゃんのこと、忘れてたんじゃありません?」

ぎく、とする華一郎。

「ば、ばかだなーいくら最近アイドレスゲームばっかりで無名世界観キャラの小説での出番がないからってそんなことあるわけないじゃないか、いやだなあ、は、は、は」
「……じー」

視線をそらす華一郎。にゃー、と、かたわらで、一匹の猫士があくびをしながら空を見上げた。

青い、アイドレスの空。

ドリームチームも、今は共和国のどの辺りを飛翔している頃だろうか。

 * * *

レンジャー連邦の東西南北にそれぞれ位置する都の中に、ある大学。

その正門に刻まれた、国民全員の胸の中に刻まれてある相言葉―――

 * * *

『Love be the with you!!』

 * * *

―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

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最終更新:1970年01月01日 09:00