愛出流形

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愛出流形 - (2013/09/23 (月) 12:27:10) のソース

愛でる形の続きですが、文句があるなら帰れ!

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  五日目の昼頃。

「れいみゅはゆっきゅりうまりぇりゅよー」

 ふわふわのタオルの上に落ちた赤れいむ。
 その横には先に生まれた赤れいむと赤まりさがいた。
 くるりと親れいむの方へと向き直り、きりっと眉を傾け挨拶をする。

「おとーしゃん、おかーしゃん、ゆっくちちぇいっちぇね!」
「ゆ、ゆっぐりじでいっでね!」

 引きつった笑顔で、れいむとまりさが挨拶を返した。先日の挨拶連続再生のせいでゆっく
りの挨拶は、トラウマとして心に刻まれている。それでも生まれた赤ゆっくりに応えるため、
必死にゆっくりした顔を見せていた。

「ゅぅ?」

 しかし、赤ゆっくりには、凄くゆっくりしていない顔をした両親としか見えていない。赤れい
むだけでなく、先に生まれた赤れいむと赤まりさも同様だった。
 男が声をかける。今日は仕事はお休みだった。

「君たちのおとーさん、おかーさんは、おちびちゃん生むのに疲れてるんだよ。君たちを生む
ために頑張ったんだから、そういう顔しちゃ駄目だよ」
「ゆぅ?」

 男を見上げる赤ゆっくりたち。ぱっと明るい表情になる。
 男はとってもゆっくりしていた。ゆっくりは他者のゆっくり度を本能的に見ることができる。
赤ゆっくりたちは、男のゆっくりさを本能で察知した。
 男がタオルの上に落ちた茎を指差す。

「それより、茎さん食べてね。これ食べないと、身体が弱くなっちゃうからね。それにとっても
美味しいよ」
「わかっちゃよ」

 言われた通りに茎を食べ出す赤ゆっくりたち。

「むーしゃむーしゃ、しあわちぇー」
「おいしのじぇー」

 幸せそうに茎を食べている三匹の赤ゆっくり。
 実ゆっくりが実っている茎。赤ゆっくりにとって最初の栄養補給源である。これを食べない
と身体が弱くなってしまうのだ。逆にこの茎は人間が食べても美味しい。加工所では簡易
栄養剤として茎を売っている。



「うんうん、しゅっきりー」
「よく出たねー」

 ティッシュの上にうんうんを出した赤れいむ。

「ゆひゅん」

 男はそのお尻をガーゼで丁寧に拭いている。お尻を撫でる柔らかな感触に、幸せそうな
笑顔を見せる赤れいむ。



「君たちもちゃんと身体拭かないとね。汚いはゆっくりできないよ。うん」

 れいむとまりさをウエットティッシュできれいに拭いている男。ぞんざいな掃除ではなく、き
れいに汚れを取るように。丁寧な動きだった。

「にんげん、なにをたくらんでるのぜ……?」
「何ってただ可愛がってるだけだよ。変なことを訊くね、君も」

 まりさの問いに、男は笑って応えた。



「ご飯だよー」

 男が赤ゆっくりたちの前に、皿を置く。
 盛られているのは小さな平たい円筒形のゆっくりフードだった。粉砂糖やチョコチップなど
が混ぜてあり、ケーキのようでもある。

「ゆっくりフード、へぶんじょうたいっ味。さ、食べてみて。美味しいよー」

 めちゃうま味のさらに一ランク上のフード。一般店では販売していないもので、基本取り寄
せである。名前通り、食べればヘブン状態になれるほど美味しい。無論、虐待用であり、赤
ゆっくりに食べさせたら、味覚がぶっ壊れる。

「がーちゅがーちゅっ! うっみぇ、めっちゃうっみぇ」
「むーちゃむーちゃ、へびゅんじょうちゃいっ!」

 出されたフードを貪る赤ゆっくりたち。

「…………」
「………」

 何も言えぬままれいむとまりさは自分のおちびちゃんたちを見つめていた。

「どうすればいいんだぜ……」

 男が危険な人間であるという認識はある。しかし何をしていいのか分からないのだ。ここ
で男が危険だと叫んでも、おちびたちはどうすることもできない。それにおちびはゆっくりで
きない両親よりもゆっくりできる男に懐いている。

「おちびちゃん、れいむのかわいいおちびちゃん……」

 そして、もしかしたらこの男がおちびたちを大事にしてくれるのではないかという淡い希望
もあった。この男は思考が壊れた愛護人間で、虐待人間ではないのだから。



「ふーわふーわなのじぇー」
「こーろこーろしゅりゅよー」
「ゆ~ん♪」

 ふわふわのゆっくり用毛布の上で、赤ゆっくりたちがこ楽しそう遊んでいる。
 そうしてほどなく眠りについた。





 六日目の朝。

「おい、にんげん! まりちゃちゃまにあしゃごはんをもってきゅるんだじぇ!」
「いうこときかにゃいと、せいっさいするよっ!」

 赤まりさと赤れいむが男に声を上げる。
 昨日一日男がかいがいしく世話をした結果だった。両親はすぐそこにいるので、この男は
親ではない。さらに、丁寧に自分たちの世話をしているため、召使いか下僕のようなものと
認識してしまっていた。

「ちょっとまってね」

 それなのに、男は怒る様子もない。

「ゆっくちちないでにぇ!」
「しゃっしゃともっちぇくるのじぇ!」

 赤れいむと赤まりさの前に、置かれる皿とゆっくりフードへぶんじょうたい味。

「がーちゅがーちゅっ!」
「むーちゃむーちゃ」

 貪るようにフードを食べる二匹。
 そして――赤れいむの一匹は布団の上で静かに眠っていた。



 赤れいむと赤まりさがフードを食べ終わった頃。

「おっ。あったあった」

 男は庭に出ていた。
 地面に掘られた縦長の穴から、泥まみれの瓶を取り出す。穴の横に突き刺された、小型
の穴掘り用スコップ。穴の近くに、古いレンガが置いてあった。
 汚れた瓶を、男は窓のすぐ横に置く。

「なにしちぇるのじぇ?」

 好奇心の強い赤まりさが近寄ってきた。

「ねえ、まりちゃ。これ何だと思う?」

 男が訊く。
 赤い蓋の小さなガラス瓶。大きさは赤ゆっくりが一匹入れるくらいだろう。中には黒い泥の
ようなものが入っていた。

「ごみなのじぇ。そんなゆっくりできないゴミはしゃっしゃとすてるのじぇ」

 嫌そうな顔を見せるまりさに、男が微笑みかける。

「これね。ありちゅなんだ」
「ゆ?」

 その場の空気が固まった。
 ポケットから取り出した新しい空き瓶を、赤まりさの前に置く。それから、泥のようなもの
の入った空き瓶を示した。明らかに泥だが、ありちゅと言った。

「半年くらい前に、家に入り込んでお家宣言したありすのおちびちゃんだよ。ちょっと可愛
がってあげたら、こうなっちゃったんだ。まりちゃもこれからこうなるんだよ?」
「な、なにいってるのじぇ?」

 冷や汗を流す赤まりさ。
 自分たちの召使い、もしくは忠実な下僕である人間。自分たちに逆らうことはないし、まし
てや危害を加えることはできない。そんな思い込みを貫く奇妙な説得力が、男の言葉には
あった。言った事は実行する。そう思わせる凄みが。
 新しい空き瓶を揺らしながら、男が説明する。

「この空き瓶さんにまりちゃを詰めて蓋をして、深ぁい穴に埋めちゃうんだ。それからどうなる
んだろうね? 暗いし狭いし何も聞こえないし、独りぼっちだし、どんなに叫んでも誰も助け
てくれないし、ご飯も食べられないし、でもうんうんは出るからそれを食べれば少しは長く生
きられるよ」

 男が瓶の蓋を開けた。赤ありすだったものが入っている古い瓶を示し、

「でも、どんなに頑張っても最後はこうなっちゃうんだ」
「………」

 顔を真っ青にして震える赤まりさ。

「やめ、やめるんだぜ……! おちびっ、ゆっくりじないでにげるんだぜ!」
「れいぶの、れいぶのがわいいおぢびぢゃん――! にげてええっ!」
「ゆっ、わかちゃよまりちゃはにげるのじぇ!」

 両親の声に、赤まりさが我に返る。

「おしょりゃをとんぢぇるみちゃい」

 その時には既に男に摘み上げられていた。
 小さな透明な円い筒。そこに赤まりさが収められる。

「ゆっ!?」

 赤まりさが真上を見上げた時には、男がしっかりと蓋を閉めていた。堅いガラスと丈夫なプ
ラスチックの蓋。赤ゆっくりの力ではどう足掻いて壊せない。
 赤まりさが入った小瓶を持ち、男が庭に移動する。

「ゆんやぁあぁぁぁ! やめるのじぇ、やめるんだじぇぇぇ! このくしょにんげんっ! いましゅ
ぐやめないと、せいっさいするのじぇ! まりちゃのすーぱーうるちょりゃあちゃーっくはすっご
くいちゃいの――ゆひっ!?」

 自分の真下にある黒い穴を目の当たりにし、赤まりさはしーしーを漏らした。
 およそ五十センチほどの垂直に掘られた穴。影のため、底は見えない。身長三センチくら
いの赤まりさにとって、その穴は底の無い奈落に映った。

「おとーしゃ、おかーしゃ! いもーちょをたしゅけちぇぇぇぇ!」

 赤まりさが部屋のれいむとまりさに助けを求めるが、れいむとまりさは動けない。我が子が
生き埋めにされる様子を、泣きながら眺めることしかできないのだ。

「にんげんさみゃっ! ごべんにゃしゃい、ごべん――」

 プライドを捨て、必死に謝る赤まりさ。
 男は小瓶を穴の底に置き、土を落とした。赤まりさの声が聞こえなくなる。
 残った土を穴に落とし、何度か踏みつけて固めてから、横にどけてあったレンガを上に置
く。それが目印だった。ここに赤まりさを埋めたという目印。

「それじゃ、次行こうか」

 そう言って、男は赤れいむを目で示した。



「ゆ、ゅ?」

 あまりのことに思考停止に陥っていた赤れいむ。
 どうすることもできず、ただ泣いているれいむとまりさ。

「よいしょっと」

 その三匹の前に、男は小さな水槽を置いた。白い布の掛けられた水槽である。普段は隣
の部屋の隅に置いてあるのだが、用があるためこちらに持ってきた。
 布を取る。
 中には綿のようなものが中程まで詰まっていた。色は白と緑と赤。鮮やかなようで毒々し
い色合いである。

「な、なんなんだぜ……!?」
「これはユウカビってカビだよ。カビというより、キノコに近いかな? ゆっくりの身体を苗床
にして豆ゆうかが育てるんだ」
「!」

 カビ。ゆっくりにとって危険な病気である。体力のある成体ならそこそこ感染率も低く、薬
になる草を食べたり栄養あるものを食べたりすれば、治ることもある。しかし、弱い赤ゆっく
りにとってはほぼ致死病だ。

「おしょりゃをとんぢぇるみちゃい!」

 男は赤れいむを摘み上げ、水槽の真ん中に置いた。

「ゆぅぅぅぅ!?」
「れいみゅ。先に言っておくけど、絶対に動いちゃダメだよ。動いたらそれでおしまいだから
ね。じっとしてないとダメだよ」

 男がそう忠告する。
 それから水槽に声をかけた。

「みんなー、苗床さんだぞー」
「ユー」
「ナエドコサンヨー」
「ナエドコサンニャー」
「オー アタラシィ ナエドコサンダベ」

 カビの中からもこもこと這い出てくる豆ゆうか。豆ゆうかにゃんや、豆のうかりんも混じって
いた。総数は五十匹くらい。何もない時はカビの中に潜ってゆっくりしている。苗床が入った
時は、こうして出てくるのだ。
 もよもよと赤れいむに近いてくる豆ゆうかたち。

「ゆぃぃぃっ! ぢにぇぇぇぇ!」

 プチ、プチッ。

 近寄ってきた豆ゆうかを、れいむは踏み潰した。恐怖に駆られての必死の攻撃。小さな赤
ゆっくりでも、さらに小さな豆ゆっくりを潰すのは簡単である。

「ユー !」
「ユワー !?」

 豆ゆうかたちが逃げるようにカビの中に潜り込んでいく。
 豆ゆうかが消えた事を確認し、赤れいむはきりっと眉を傾けた。

「ゆひゅん。れみみゅはむちぇきなんぢゃよ、おもいしっちゃ!?」
「あーあ。動いちゃダメって言ったのに」

 哀れむような声に、赤れいむは男を見上げた。
 水槽の表面からカビを少し摘み、男が説明する。

「このユウカビは普通はゆっくりには絶対に生えないんだ。かなり弱いカビだからね。でも、
ユウカビを育ててる豆ゆうかの体液が身体にくっつくと、そこからカビが生えてくるんだよ。
だから動いちゃダメって言ったのに」

 ユウカビは豆ゆうかと共生するカビだ。単独での御繁殖力や成長能力は非常に弱い。
弱った子ゆっくりにユウカビをべったりと塗りつけても、まず移ることはないくらいに。生きて
いないゆっくりの組織には割とあっさり移るのだが。
 そして、例外がある。ユウカビを育てている豆ゆうかの中身が生きたゆっくりに身体に付
着すると、そこからユウカビが繁殖し始める。生きているゆっくりはユウカビを育てる豆ゆう
かを潰してはいけないのだ。

「どういう……こちょ……?」

 わけがわからず、赤れいむが訊く。
 男の言っている事は理解できないが、動くなという言葉を破ったことはぼんやりと理解し
た。それが凄くゆっくりできないことにつながることも。

「つまり、言いつけを破ったれいみゅは、これから物凄くゆっくりできなくなります。ゆっくり理
解して――て、んーできるかな? あ、でも大丈夫。理解しなくてもすぐに分かるから、心配
しないでいいよ」
「ゆやぁぁぁぁぁっ!」

 恐慌状態になる赤れいむを満足げに眺め、男は水槽に布をかけた。




 時間は午前九時くらい。

「ゆぅ……すぅ……」

 布団の上で赤れいむが眠り続けている。朝食の間も眠っていた。赤まりさが埋められる
時も寝ていた。赤れいむがカビの水槽に入れられた時も眠っていた。
 今更ながら、れいむとまりさはその異常さに気付いた・

「おちび、どうしたのぜ……?」
「どうしたの、おちびちゃん? おきてよ……」

 れいむとまりさが声を掛けるが、赤れいむは起きない。
 普通のゆっくりなら、起きている時間である。しかし、最後の赤れいむはいまだに布団の
上で眠っていた。微かに身体が上下しているので、生きているのはわかる。

「起きないよ。寝てる間に長期冬眠用ラムネ食べさせたからね」

 男の呟きに、れいむとまりさが視線を向ける。
 長期冬眠用ラムネ。寒冷地の地域ゆっくりなどが冬眠する時に使う冬眠用ラムネの強力
版だ。一般には出回っていない実験用のものである。一度食べれば、半年から一年ほど
完全に睡り続ける。一度冬眠状態になれば、ラムネが切れるか覚醒薬を注射するか、どち
らかまで起きることはない。

「にんげん、このおちびの……なにするき……なのぜ……?」
「何もしないよ。この子はずーっと眠ってるだけだよ。痛くもないし、苦しくもないよ。あかちゃ
んから、おとなになって、それからおばーちゃんになるまで、ずーっと眠ってるんだ。それか
ら永遠にゆっくりするちょっと前に起こしてあげるんだ」

 楽しそうに説明する男に、れいむとまりさは言葉を失った。
 赤れいむの頭を指でなでながら、男が幸せそうに頬を緩めている。

「そしたらどんな顔するかな? 生まれたばかりのあかちゃんだったのに、目が覚めたら寿
命を迎える直前のおばあちゃんになってたら」
「ぁぁぁ……!」

 絶望的なおちびの未来に、二匹は力無く呻くことしかできなかった。





「そろそろうちの二匹も退院する頃だし、君たちもどうにかしないとね」

 時計を眺め、男がれいむとまりさを見る。

「ころすのぜ」
「もう、いきててもいみないよ……」

 二匹はそう言った。
 脚は動かずゆっくりも奪われた。大事なおちびは助けて貰えるかもしれないという希望は
無惨に打ち砕かれた。三匹のおちびは絶望と苦悶の末に死ぬだろう。それを助けることも
できない。
 もはや生きる希望は何もない。

「殺さないよ。何言ってるの?」

 だが、男は不思議そうに言った。
 その手に握られたハサミと剃刀。

「まずれいむだね」

 男はハサミでリボンを切り裂いた。

「れいぶのおりぼんざんがあああああっ!」

 生きる事を半ば諦めたれいむだが、お飾りを壊されることは普通に苦痛だった。
 このリボンは元は男の飼いれいむのものだが、既にこのれいむに馴染んでしまっている
ため、元の飼いれいむには使えない。このれいむが付けていたリボンは、本人の手によっ
て壊されているため、そちらも使えない。
 なので、飼いれいむには代わりに新しい生お飾りを与える予定だ。ちなみに飼いれいむ
のリボンはこれで五代目である。

「さくさくいこうね」

 続けて髪を切り、残った根元も剃刀できれいに剃り落としていく。

「きゅーてぃくるつやつやのくろしんじゅのようなかみのげざんがああああっ! ぴこぴこかわ
いいぷりてぃなもみあげさんがああああ!」

 あっという間に禿饅頭となったれいむ。

「これから、何をするかあらかじめ説明しておこう」

 男はスプーンのような器具を取り出した。

「まずこれで目と口としーしー穴とあにゃる全部えぐり取って、そこに餡子詰めて補修用の皮
貼って無地の肌色饅頭にする予定だよ。形は違うけど、あんな感じに」

 指を向けた先。
 小さな本棚の上に置かれた置物。そのひとつ。およそ二十センチ四方の肌色の立方体だっ
た。普通に見ればただの箱に見えるだろう。今までそういうものがあった事は知っていたが、
それが何かは考えたことすらなかった。

「!?」

 れいむは理解した。あれは、ゆっくりだ、と。

「あれ、ありすなんだ。瓶詰めありちゅのおかーさん」

 半年前に男の家に侵入しお家宣言をしたありす。その成れの果てだった。身体の全器官
を奪われ、中枢クリームと素の体内クリームだけとなった姿。それでも時々オレンジジュー
スの注射をしているので生きている。
 楽に死ねる選択肢すら消えた。
 その事実にれいむはただ呆然とする。

「手術はちゃんと麻酔するから痛くないよ」
「や、やべ……」

 眉間に刺さった注射器。中身のラムネを注入され、意識を失った。



「…………」

 完全な無地饅頭と化したれいむ。
 目や口、しーしー穴からあにゃる。さらに胃まで取り出され、代わりの餡子を詰められ皮を
貼られ、覚醒薬によって目を覚まさせられた。皮の表面には硬化剤も塗ってあるため身体
を震わせることすらできない。
 触覚と聴覚だけとなり、動く事すら奪われた姿。
 その姿になって何を考えているか、誰も知ることもできない。

「れいぶ……」

 はらはらと涙を流し、まりさがれいむを見つめる。

「次はまりさの番だね」
「いっ!?」

 ラムネを注射され、まりさは意識を失った。




「どう、まりさ。いい笑顔でしょ?」

 男が訊く。
 まりさの前に置かれた鏡。
 そこに映ったまりさは満面の笑みを浮かべていた。手術によって顔の皮や餡子を組み替
えられ、まりさは笑顔に整形されていた。感情に合わせて表情を変えることは二度とできな
い。こちらも硬化剤を全身に塗られて動けなくなっている。

「ゅ……ゅ……」

 喉の奥から、ほんの微かな声が漏れる。耳を澄まさないと聞こえないような小さな声。涙
は流れない。涙腺部分も取り除かれているため、涙を流す機能も失っていた。
 男の手に握られたまりさの帽子。こちらもれいむ同様、飼いまりさのものだが、このまりさ
に馴染んでしまったため、交換である。

「そして仕上げにこのお帽子にしゅっと一吹き」

 帽子の内側に、スプレーを一吹き。
 帽子をまりさの頭に乗せる。

「!」

 まりさの身体が一瞬跳ねた――気がした。
 男が吹き付けたのは、忌避剤だった。ゆっくりの屍臭を抽出したものである。ほんの少量
だが、帽子の内側から漂う屍臭はまりさの体力と精神力を常に削り続ける。
 量が少ないので、屍臭が外に漏れることはない。加えて、男が飼っているれいむとまりさ
は、屍臭という概念も持っていなかった。普通のゆっくりが気絶するほどの屍臭を嗅いでも
甘い匂いがする程度にしか感じないだろう。



「完成」

 直方体ありすの横に置かれた、無地饅頭れいむと、笑顔まりさ。

「ゆっくりしていってね!」
「――!」

 男の明るい声に、みっつのゆっくりが微かに震えた――気がした。





「今日も良い天気だねー」

 窓辺に座り、男はれいむを膝に乗せて日向ぼっこをしていた。

「ぽーかぽーかはゆっくりできるよ」

 男の膝の上に座り、優しく頭を撫でられ、れいむはとってもゆっくりしていた。
 その頭に付けられた新しいリボンには四葉のクローバーのバッジが付けられていた。男
が作った手製の飼いゆっくりバッジである。
 隣の座布団に座ったまりさが、男を見上げる。こちらもれいむ同様新しい帽子をかぶって
いた。帽子には四葉のクローバーバッジ。

「でも、ちょっとさむくなってきたから、まどさんはしめたほうがいいんだぜ。おにいさんがか
ぜひくにはゆっくりできないんだぜ」
「そうだね。ありがとうまりさ」

 男は笑って頷き、まりさの頬を撫でる。
 二匹とも野良の二匹に殺されかけた事は、全く気にしていなかった。





 真っ暗で狭く、冷たく、何も聞こえない空間。

「いぢゃいいぢゃい……いぢゃい、いぢゃいのじぇ……!」

 身体を蝕む痛み。
 漏らしたうんうんとしーしーが、身体を薄く溶かしていた。
 しかし、元は身体の一部だったもののため、表面を薄く溶かすにしか至っていない。結果
じくじくと浸みるような痛みが赤まりさを蝕んでいた。

「おどーじゃ、おがーじゃ……おねーちゃ……」

 助けを求めるが、応える者はいない。
 あれから一体どれほどの時間が経ったのかも分からなかった。時間を計るものは何もな
い。ただたくさんとしか表現のしようがない時間。ただ、そこにいる時間は赤まりさの記憶に
ある時間よりも遙かに長かった。

「だぢゅげでっ、だれが……」

 最初に食べた茎、続けて食べた栄養満点のゆっくりフード。さらにほとんど動く事のない
環境。それらは赤まりさの命を無駄に長く引き伸ばしていた。




 薄暗い水槽の中で、赤れいむは弱々しく呻いていた。

「ゆぅ、くるちぃよ……いちゃいよ……」

 脚を包み込んだ赤白緑のユウカビ。
 潰れた豆ゆうかから浸蝕を始めたカビ。赤れいむが眠っている間に、豆ゆうかたちが育て
た結果である。繁殖したカビは赤れいむの脚の機能を奪っていた。動くこともできず、無数
の短い針が刺さったような痛みが赤れいむを襲っている。
 生きたゆっくりを苗床とする場合、そのゆっくりが寝ている間に全速力でカビを育てて脚の
機能を奪う。豆ゆうかたちが持っているユウカビ栽培の知識だった。そのまま豆ゆうかがカ
ビを育てていれば、赤れいむは二日も経たぬうちに死んでいただろう。
 しかし、赤れいむはしばらくは死ねない。

「ナエドコサン イッパイヨ !」
「コンカイハ オオバンブルマイネ !」

 豆ゆうかたちは赤れいむから興味を失っていた。
 大量に置かれたゆっくりの髪の毛や餡子、リボンの破片。れいむから取り出したものの一
部だった。全部ではないが、量は多い。男が水槽に置いていったのである。
 生きたゆっくりと生きていないゆっくりの組織があった場合、豆ゆうかは後者を優先してカ
ビの苗床とする。その間前者は放置だ。苗床としては生きていないゆっくり組織の方が優秀
なのである。

「オニーサンニ ヤチンサンンサ モッテカレタカラナー。 マタガンバッテ ソダテルッペヨー」

 豆のうかりんが、れいむの髪の毛を舐め、カビを育てている。
 赤れいむの後ろ辺りの表面が一ヶ所大きく抉られていた。男が家賃として持っていたの
である。このユウカビはゆっくり用のカビの予防薬兼治療薬になるのだ。男は定期的にカ
ビを取り、作った薬をゆっくりを飼っている友人たちに安価で売っている。

「だぢゅげで……おにぇぎゃいじまじゅ……」
「カビサン ユックリソダッテニャー !」
「ガンバルワヨー !」

 赤れいむの言葉は誰も聞いていない。
 ユウカビは弱いカビである。豆ゆうかが育てれば早く育つが、育てなければほとんど成長
しない。赤れいむを侵しているカビは赤れいむを殺すこともなく、ひたすらゆっくり育ち、ただ
苦痛だけを与えている。
 赤れいむが衰弱死するのが早いか、豆ゆうかたちがれいむの残骸を苗床化し終わり、赤
れいむを苗床にするのが早いか。どちらにしろそれなりに時間が掛かる。

「だぢゅげぢぇ……」

 赤れいむは泣きながら、助けを求め続けた。




「これぎゃ、れいみゅ……!?」

 鏡に映った自分の姿に、元赤れいむは掠れた声を上げた。
 真っ白になった髪の毛、しわだらけの顔。口元から覗く歯は、半分くらい抜け落ちていた。
リボンは萎れて所々欠けている。老衰しきった姿である。

「うん。色々あってね」

 男が頷く。あれから一週間くらい。成長促進剤や栄養剤の点滴で無理矢理成長させた姿
だった。無理に急成長させたため、余計に老化が顕著に表われている。

「残念だけど、れいむはあと少ししか生きられないんだ……」

 悲しげに男が告げる。それは演技ではない。本心かられいむに同情していた。この状況を
作ったのは自分であるというのに。
 れいむの口元から歯が抜け落ちた。髪も一房、抜け落ちる。寿命――というよりは強制
成長で酷使されすぎた身体が崩壊を始めていた。

「しょんにゃ……えいみゅ……は、にゃんのために……」

 幸せな未来を想像しながら生まれ、幸せな一日を過ごし、幸せな未来を想像しながら眠り
に付いた。そして起きたら、命尽きる寸前だった。
 ゆん生のほとんどの時間を無意味に過ごし、死ぬ。
 れいむの顔から表情が抜け落ちた。目元から一筋の涙が流れ落ちた。
 目を見開き、大きく口を開き、

「ゆあああああああああ! あああああっ、あああ……」

 一度小さく痙攣し。

「ぁ――」

 れいむは世辞の言葉もなく息絶えた。
 男は満足げにその姿を見つめていた。




「どう、君たち、ゆっくりしてる?」
「………」

 本棚の上に置かれた、直方体ありすに無地饅頭れいむ、笑顔のまりさ。
 飼っているれいむとまりさには面白い置物と説明してあった。実際置物のように動かず、
到底生きたゆっくりには見えず、またれいむとまりさも純粋に男の言葉を信じているため、
疑うこともない。
 しかし、この三匹はしっかりと生きている。
 にっこり笑いながら、男は置物になったゆっくりに話しかけた。

「寿命迎えるまでちゃんと世話してあげるから、思う存分ゆっくりしていってね!」
「………」

 返事は。
 無かった。


あとがき
まりさの笑顔固定の元ネタは『ゆっくりいじめ専用wiki 小ネタ361 ホームビデオ』です。
あの作品がこの世界に踏み入れるきっかけでした。


過去SS
anko4540 希少種はゆっくりできないよ! 後編
anko4535 希少種はゆっくりできないよ! 前編
anko4488 れいむ宇宙へ
anko4485 ぱるすぃのじぇらすぃ
anko4467 事情聴取
anko4458 どうあがいても絶望
以下省略
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