言えなかった事@

「ちびちゃん…ごめんね…ごめんね…まりさ………たすけてあげられないよ………」

 まりさは、女の後ろをずりずりとついていくだけだ。

 れいむも、相変わらず頬を膨らませて威嚇しているだけで、女に攻撃を加えようとはしない。

 女が生き残った赤れいむを無言でつかむ。赤れいむは怯えながら、れいむとまりさに向かって…自分たちをまっ たく助けようとしない、二匹の両親に向かって呪詛を浴びせ続けていた。

「ゆっくちできにゃいおきゃーしゃんはしんでにぇっ!!!!どぉちちぇ…たしゅけちぇくれにゃいのぉぉぉ!!」

 どれほどの殺意を向けても、憎しみを込めても、れいむとまりさに女を攻撃することはできなかった。こんな仕 打ちを受けてもなお、二匹にとって、女は優しいお姉さんのまだったのだ。

「ゆ゛ん゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!」

 女の手の中に赤れいむがいる。徐々に力をかけていく。親指と人差し指の間から、赤れいむの顔が出ており、下 腹部を圧迫されているためか真っ赤に腫れあがっている。ぼろぼろと涙を流し、せり上がってくる餡子を吐かない ように口を固く閉じている。

 やがて、歯と歯の間からぴゅるぴゅると餡子が飛び出し始めた。すでにあにゃるからも餡子が漏れているのだろ う。女の小指の辺りから餡子がぽとぽと落ちてきている。

「ゆ゛…ぎゅ…れ゛い゛み゛ゅ…ちゅ…ぢゅぶれ゛…り゛ゅう゛ぅ゛ぅ゛…っ!!!」

 圧迫された餡子により、頭の皮が裂け始めた。

 れいむとまりさは、それをただ、見ていることしかできなかった。

「びゅぎゅっ!!!!!」

 短い悲鳴を上げて、赤れいむの顔の上半分が爆ぜる。勢いよく両方の目玉飛び出し、中身の餡子が弾け飛ぶ。目 覆うれいむとまりさの足元に、我が子の中身がぼとぼとと落ちてくる。

 三匹の赤ゆが三匹とも、筆舌に尽くしがたい拷問を受け、むごたらしく殺された。

 れいむもまりさも震えていた。理解している。今度は自分たちの番だ。

「…これでも…また赤ちゃんは作ればいいの…?」

 女が問いかける。

 れいむが顔を横に振った。

「お…おでぇざん…………まり゛ざ…わがんない゛…わから゛ないよ…」

「分からない?何が?」

「どおぢで…やざじいおでぇざんがごんな゛ごど…ずる゛のか…」

 まりさが顔をぐしゃぐしゃにしたまま繰り返す。

「どおぢで…な゛ぎながら゛…れ゛い゛むとま゛り゛ざの…ちびちゃんだぢにびどいごどずる゛のが…っ!!!!」

「―――――――――え?」

 女はぼろぼろと涙を流していた。

 振り返る。鏡台の下には、体を真っ二つにされた状態で潰されている赤れいむと思われる物が転がっている。足 元にはバラバラに切り裂かれた赤まりさの帽子の残骸が。

 少しずつ…我に返り始めた。

「おねえ゛さん…ゆっぐり…ごめ゛んなざい…!!れいむ゛…ちびちゃん゛…また、つぐればいい゛、な゛んて…」

 女が右手を開く。そこにあったのはぐちゃぐちゃに潰れた赤れいむの下半身。餡子と、赤れいむの髪の毛が女の 指に絡みついて離れない。

「あ…あ…ぁあ…あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 女は自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気付いた。

 それにも関らず、れいむもまりさも、女に“ごめんなさい”を繰り返す。

(違う…違う…悪くない………悪くないのよ…れいむも、まりさも…)

 耐えられなかった。れいむとまりさに見つめられるのが。女はがたがた震えていた。どんなに怯えても、震えて も自分のしたことは変わらない。

(どうしよう…どうすれば…)

 潰してしまったゆっくりは生き返らない。それは当たり前のことだ。この日の出来事は、女と、れいむと、まり さ。この一人と二匹の記憶に永劫刻まれるだろう。

 女がれいむとまりさに向き直った。

(……そうだ………。なかったことにしよう………。全部悪い夢だったんだ………)

 女がれいむとまりさに歩み寄る。

(全部…悪い夢だったのよ…全部…全部)



七、

 女の部屋からゆっくりたちの笑い声が聞こえることは二度となかった。改めて見ると広い部屋だ。女はれいむと まりさとの思い出を一つ一つ消し去るように部屋の片づけをしていた。

 台所から餌皿を。

 風呂場からタライを。

 二匹を思い出させるような物は全部視界から消してしまいたかった。女は全てを忘れようとしていたが、忘れよ うとするということは記憶していることと同じであり、恐らく女の記憶から昨夜の悪夢が消えてしまうことはない だろう。

 女はれいむたちの寝床を片付け始めた。

 れいむたちに子供ができたときに作って上げたクッションをゴミ袋に入れる。すると、その下から小さな紙切れ が出てきた。

「これは…」

 そこには、たどたどしい文字で、

“おめでとう”

 と書いてあった。

 女の表情が変わる。

(まさか……!!!!)

 鏡台の中にしまっていた化粧道具入れのポーチから、口紅を取り出す。口紅の蓋を開け中身を出していくと、紅 の部分が不自然に潰れている。

 女はその紙切れの文字の横に口紅をクレヨンのように使って一本、線を引いてみた。

 色も、線の太さも、同じだった。この文字は、口紅を使って書かれたものだ。…誰が?そんなことは分かり切っ ていた。

 これは、れいむから女へのメッセージなのだ。

 クッションに刺繍してあった“おめでとう”という文字を見よう見まねで書いたのだろう。

 れいむも、女に“おめでとう”と言ってあげたかったのだ。

 女は、れいむの言えなかった言葉を抱きしめて、その場に座り込んだ。

「ごめん……なさい……………」



 女には、長い間付き合っていた人がいた。

 女は近い将来、その男と結婚するだろうと考えていた。

 ある日、は“大事な話がある”と言って、女を食事に誘った。

 女も、人に“大事な話”をするつもりだった。

 二人の間に、子供ができたこと。

 一緒にいた時間は長い。

 もう結婚してもいい時期だ…少なくとも、女はそう思っていた。

 しかし、から切り出されたのは…別れ話だった。

 世界が色を失って行くのを感じた。

 は、何度も謝った。

 “他に好きな女ができた、許してほしい”と。

 “それじゃあ…仕方ないわね”。

 女はあっさりと折れてしまった。

 自身に宿した子供の話を切り出すことができなかった。

 怖かった。

 にその話をして、自分の子を否定されるのが怖くてたまらなかった。

 誰にも相談をすることができなかった。

 子の話を聞いて女と結婚することを了承したとしても、もう昔の関係に戻ることはできないだろう。

 自分の子供が“望まれて産まれた子供ではない”と思われるのも嫌だった。

 親にこの話をして悲しませたくもなかった。

 言えなかった。

 誰にも。

 どうしても、言うことができなかった。





おわり

日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余きでた。 うん、長ぇ。

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最終更新:2013年10月09日 15:16
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