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<dl> <dt>224 :<font color="green"><b><a href="mailto:sage">きよ ◆ObyTEiOJ6Q </a></b></font>:2005/12/01(木) 16:38:07 ID:y2YJX0pT0</dt> <dd>  ある日のこと、一人暮らしの俺は、背後から視線を感じた。もちろん、部屋には彼の他には誰もいない。まあ気のせいだろう。そう思ってその日は、その事を忘れて眠ってしまった。<br>  ところがだ。その日から毎日のように、部屋の中で誰かに見つめられているような感覚に襲われるようになった。俺の部屋はアパートの3階なので、外から覗かれているとは考えにくい。<br>  一度などは部屋のどこかに誰かが隠れているのではないかと思い、家捜しをしてもみたが、もちろんその努力は無駄だった。誰かが潜んでいるどころが、覗き穴の一つも見つからなかったのだ。<br>  心霊現象など信じない俺は、自分の精神を疑った。最近仕事で急がしかったせいで、疲れているのだろうか? それとも嫌な上司と生意気で無能な後輩に挟まれて、病んでいるのだろうか? それで、ありもしない視線を感じてしまうのだろうか……。<br>  そんな考えが俺の頭をよぎりだしたある日、ついに俺は見てしまったのだ。<br> <br>  それはいつもにも増して疲れて帰宅し、布団の無いコタツに寝転んだ時の事だった。いつものように感じる視線。だがその先には誰も居ない。家を出たときに持ってきた、古臭くてでかいタンスがあるだけだ。<br>  ……いや、そうじゃなかった。タンスと壁の、ほんの僅かな数mmの隙間に……こちらを凝視している女の姿が。<br> <br></dd> <dt>225 :<font color="green"><b><a href="mailto:sage">きよ ◆ObyTEiOJ6Q </a></b></font>:2005/12/01(木) 16:39:14 ID:y2YJX0pT0</dt> <dd>「うわっ!?」<br>  俺は飛び起きた。それはそうだろう。あんなところに、人間がもぐりこめるわけは無い。もしもぐりこもうと思ったら、隣の部屋にはみ出してしまうじゃないか。<br> 「な、何してるんだ、お前っ!」<br>  後から冷静に考えれば、なにをしているか聞く前に、誰なのか聞くべきだったのだろう。だがそのときの俺は、焦って頭が回っていなかったのだ。<br> 「な、何してるって……私の勝手でしょっ!」<br>  勝手なわけは無い。女の口の利き方に、俺もブチ切れてしまった。<br>  疲れている。上司は自分のミスを押し付けてくる。後輩は口ばっかりで言う事を聞かない。友達とも連絡が途切れてしまった。学生時代の気楽さは微塵も無い。洗濯物はたまっている。掃除ももう随分としていない。買い物も忘れたので、カップラーメンをすするしかない。<br>  なによりここは俺の部屋なのだ。この女が誰であろうが、勝手にされる理由など、何処にも無いのだ。<br> 「ここは俺の部屋だぞ!」<br> 「だからなにっ!」<br> 「勝手に居座ってんじゃねえぞ!」<br> 「なに、その言い方……いいわよ! 出て行けばいいんでしょっ!」<br> 「ああ、でていけよっ!」<br> 「出て行くわよっ!」<br>  売り言葉に買い言葉だった。が、しかし……いつまでたっても、女がタンスの後から出てくる気配は無い。あるのは俺を見つめている気配だけだ。<br> 「……あんだよ……出て行くんじゃなかったんじゃねーのかよ」<br> 「……出て行くわよ」<br> 「じゃあさっさと出て行けよ!」<br> 「……だって……」<br> 「だってなんだよっ!」<br> 「……貴方が見てるじゃない……」<br>  俺はその時女の言葉に、恥じらいのようなものを感じた。もしかしてこの女……異常に恥ずかしがり屋なのか? それにしても度が過ぎているだろう。<br> 「……解ったよ。俺はもう寝るから、その間に出て行けよ」<br> 「出て行くわよ!」<br> 「ああ出てけ出てけ。せいせいすらあ」<br> 「……出て行くわよ……」<br>  俺は疲れているせいもあって、そのまま眠ってしまった。眠りに落ちる瞬間、哀しそうな瞳を見た気がしたが、夢なのか現実なのか解らなかったのだ。<br> <br></dd> <dt>226 :<font color="green"><b><a href="mailto:sage">きよ ◆ObyTEiOJ6Q </a></b></font>:2005/12/01(木) 16:43:57 ID:y2YJX0pT0</dt> <dd>  次の日、疲れた身体を引きずって部屋に帰ってくると、いつもと空気が違った。頭の中のどこかで、ああ、あいつは出て行ったんだなあと思った。<br>  だがそれは違ったのだ。薄汚れた部屋はこざっぱりとし、たまった洗濯物は綺麗に洗って干してあり、テーブルの上には食事まで用意されていたのだ。<br>  なんとなく面白くなかったので、それらには触れずに、布団の無いコタツに寝転んだ。<br>  昨日は感じた視線が、今日は無かった。それだけなのに、妙な寂しさを感じる。<br> 「……なあ……いるのか……?」<br>  部屋には、俺の声だけが響く。<br> 「なあ……いるんだろ? いたら返事してくれないか?」<br> 「……なによ……」<br>  いたっ! 俺は飛び起きて、タンスの側面に向かって座りなおした。数mmに満たない隙間の向こうで、驚いたような気配。なんとなく俺の頬は緩みだした。<br> 「いたじゃん」<br> 「わ、悪いのっ!」<br> 「昨日出て行くって言ったじゃん」<br> 「……で、出て行くわよ!」<br> 「行けば」<br> 「……」<br> 「ほら、出て行けよ」<br> 「……だって……貴方が見てるから……」<br>  俺は面白くなってきて、この女との会話を楽しむ事にした。超常現象だろうがオカルトだろうが精神が病んでいようが、そんなことはどうでもいい。面と向かって人と話すのは、久しぶりだったからだ。<br> 「なあ」<br> 「……な、なによっ!」<br> 「お前……なんなの?」<br> 「何って……幽霊よ、ゆ・う・れ・い! 怨霊! お化け! しかも自縛霊で浮遊霊なんだからっ!」<br> 「……自縛と浮遊って、違うんじゃねーのか?」<br> 「ど、どうだっていいでしょ!」<br> 「それにこの飯……お前が作ったのか?」<br> 「そ、そうよ……悪いっ!?」<br> 「悪くは無いけど……どうやって買い物したのか、それが気になる」<br> 「私に不可能なんか無いわよっ!」<br> 「そか……」<br>  全然答えになってなかったが、なんとなく納得してしまい、俺はテーブルの上の料理を見つめた。魚の煮物と小さなサラダ。白く輝くごはんと、暖かな味噌汁。削り節のかかったほうれん草のおひたしが、なんだか眩しかった。<br> <br> <br></dd> <dt>227 :<font color="green"><b>きよ</b> ◆ObyTEiOJ6Q</font>:2005/12/01(木) 16:44:52 ID:y2YJX0pT0</dt> <dd>「お前ってさ」<br> 「な、なによ!」<br> 「生きてる時って、どんな女だったんだろうなあ?」<br> 「……」<br>  俺はそれだけ言うと、コタツの上に並べられた料理をかっ込んだ。背中から見つめる視線が、嬉しそうで哀しい沈黙を伝えてきた。<br>  全部食った後、久しぶりに人が用意してくれた風呂に入ると、いつのまにか食器とコタツが片付けられ、布団がひいてあった。身体は疲れていたので、布団にもぐりこんだが、なんだか寝付かれずに、タンスと壁の隙間に視線を向ける。<br>  そこにはやはり、俺を見つめる女の瞳があった。だけど不気味なものは感じない。その優しそうな瞳を見ていると、なんだか安らかな気持ちになってきて、俺は静かに目を閉じた。<br> 「……生きてる時……か。私に……もっと勇気があれば……あの時……声をかけてたら……」<br>  そんな声が隙間から聞こえてくる。アイツは俺が眠ったと思っているんだろう。だから俺に、本音を語ってくれたのだろう。そんなアイツが悲しくて、俺は寝たふりを続けた。<br> 「私……貴方のこと……ずっと見てた……死んじゃう時も……別に良かった。ただ貴方の事見られなくなるのだけ……辛かった……寂しかった……」<br>  大丈夫だよ。だから泣くなよ。俺は……。<br> 「私……もっと……生きていたかった……」<br>  俺はお前のこと、見つけたんだから。<br> <br>  それからも部屋の視線が無くなる事はなかった。相変わらず食事の用意もしてくれてるし、部屋の掃除もしてくれている。悪いかなとは思ったが、タンスと壁の隙間を中心線に、部屋の模様替えをしてみた。一緒にテレビを見たり、ゲームをしたりするためだ。<br>  アイツもそれに慣れたのか、最近は冷蔵庫と壁の隙間や、風呂の戸の間から視線を感じたりもする。<br>  だけど、布団とシーツの隙間から覗くのだけは勘弁して欲しいもんだ。暖かいけどさ。</dd> </dl>
<dl> <dt>224 :<font color="green"><b><a href="mailto:sage">きよ ◆ObyTEiOJ6Q</a></b></font> :2005/12/01(木) 16:38:07 ID:y2YJX0pT0</dt> <dd>  ある日のこと、一人暮らしの俺は、背後から視線を感じた。もちろん、部屋には彼の他には誰もいない。まあ気のせいだろう。そう思ってその日は、その事を忘れて眠ってしまった。<br>  ところがだ。その日から毎日のように、部屋の中で誰かに見つめられているような感覚に襲われるようになった。俺の部屋はアパートの3階なので、外から覗かれているとは考えにくい。<br>  一度などは部屋のどこかに誰かが隠れているのではないかと思い、家捜しをしてもみたが、もちろんその努力は無駄だった。誰かが潜んでいるどころが、覗き穴の一つも見つからなかったのだ。<br>  心霊現象など信じない俺は、自分の精神を疑った。最近仕事で急がしかったせいで、疲れているのだろうか? それとも嫌な上司と生意気で無能な後輩に挟まれて、病んでいるのだろうか? それで、ありもしない視線を感じてしまうのだろうか……。<br>  そんな考えが俺の頭をよぎりだしたある日、ついに俺は見てしまったのだ。<br> <br>  それはいつもにも増して疲れて帰宅し、布団の無いコタツに寝転んだ時の事だった。いつものように感じる視線。だがその先には誰も居ない。家を出たときに持ってきた、古臭くてでかいタンスがあるだけだ。<br>  ……いや、そうじゃなかった。タンスと壁の、ほんの僅かな数mmの隙間に……こちらを凝視している女の姿が。<br> <br></dd> <dt>225 :<font color="green"><b><a href="mailto:sage">きよ ◆ObyTEiOJ6Q</a></b></font> :2005/12/01(木) 16:39:14 ID:y2YJX0pT0</dt> <dd>「うわっ!?」<br>  俺は飛び起きた。それはそうだろう。あんなところに、人間がもぐりこめるわけは無い。もしもぐりこもうと思ったら、隣の部屋にはみ出してしまうじゃないか。<br> 「な、何してるんだ、お前っ!」<br>  後から冷静に考えれば、なにをしているか聞く前に、誰なのか聞くべきだったのだろう。だがそのときの俺は、焦って頭が回っていなかったのだ。<br> 「な、何してるって……私の勝手でしょっ!」<br>  勝手なわけは無い。女の口の利き方に、俺もブチ切れてしまった。<br>  疲れている。上司は自分のミスを押し付けてくる。後輩は口ばっかりで言う事を聞かない。友達とも連絡が途切れてしまった。学生時代の気楽さは微塵も無い。洗濯物はたまっている。掃除ももう随分としていない。買い物も忘れたので、カップラーメンをすするしかない。<br>  なによりここは俺の部屋なのだ。この女が誰であろうが、勝手にされる理由など、何処にも無いのだ。<br> 「ここは俺の部屋だぞ!」<br> 「だからなにっ!」<br> 「勝手に居座ってんじゃねえぞ!」<br> 「なに、その言い方……いいわよ! 出て行けばいいんでしょっ!」<br> 「ああ、でていけよっ!」<br> 「出て行くわよっ!」<br>  売り言葉に買い言葉だった。が、しかし……いつまでたっても、女がタンスの後から出てくる気配は無い。あるのは俺を見つめている気配だけだ。<br> 「……あんだよ……出て行くんじゃなかったんじゃねーのかよ」<br> 「……出て行くわよ」<br> 「じゃあさっさと出て行けよ!」<br> 「……だって……」<br> 「だってなんだよっ!」<br> 「……貴方が見てるじゃない……」<br>  俺はその時女の言葉に、恥じらいのようなものを感じた。もしかしてこの女……異常に恥ずかしがり屋なのか? それにしても度が過ぎているだろう。<br> 「……解ったよ。俺はもう寝るから、その間に出て行けよ」<br> 「出て行くわよ!」<br> 「ああ出てけ出てけ。せいせいすらあ」<br> 「……出て行くわよ……」<br>  俺は疲れているせいもあって、そのまま眠ってしまった。眠りに落ちる瞬間、哀しそうな瞳を見た気がしたが、夢なのか現実なのか解らなかったのだ。<br> <br></dd> <dt>226 :<font color="green"><b><a href="mailto:sage">きよ ◆ObyTEiOJ6Q</a></b></font> :2005/12/01(木) 16:43:57 ID:y2YJX0pT0</dt> <dd>  次の日、疲れた身体を引きずって部屋に帰ってくると、いつもと空気が違った。頭の中のどこかで、ああ、あいつは出て行ったんだなあと思った。<br>  だがそれは違ったのだ。薄汚れた部屋はこざっぱりとし、たまった洗濯物は綺麗に洗って干してあり、テーブルの上には食事まで用意されていたのだ。<br>  なんとなく面白くなかったので、それらには触れずに、布団の無いコタツに寝転んだ。<br>  昨日は感じた視線が、今日は無かった。それだけなのに、妙な寂しさを感じる。<br> 「……なあ……いるのか……?」<br>  部屋には、俺の声だけが響く。<br> 「なあ……いるんだろ? いたら返事してくれないか?」<br> 「……なによ……」<br>  いたっ! 俺は飛び起きて、タンスの側面に向かって座りなおした。数mmに満たない隙間の向こうで、驚いたような気配。なんとなく俺の頬は緩みだした。<br> 「いたじゃん」<br> 「わ、悪いのっ!」<br> 「昨日出て行くって言ったじゃん」<br> 「……で、出て行くわよ!」<br> 「行けば」<br> 「……」<br> 「ほら、出て行けよ」<br> 「……だって……貴方が見てるから……」<br>  俺は面白くなってきて、この女との会話を楽しむ事にした。超常現象だろうがオカルトだろうが精神が病んでいようが、そんなことはどうでもいい。面と向かって人と話すのは、久しぶりだったからだ。<br> 「なあ」<br> 「……な、なによっ!」<br> 「お前……なんなの?」<br> 「何って……幽霊よ、ゆ・う・れ・い! 怨霊! お化け! しかも自縛霊で浮遊霊なんだからっ!」<br> 「……自縛と浮遊って、違うんじゃねーのか?」<br> 「ど、どうだっていいでしょ!」<br> 「それにこの飯……お前が作ったのか?」<br> 「そ、そうよ……悪いっ!?」<br> 「悪くは無いけど……どうやって買い物したのか、それが気になる」<br> 「私に不可能なんか無いわよっ!」<br> 「そか……」<br>  全然答えになってなかったが、なんとなく納得してしまい、俺はテーブルの上の料理を見つめた。魚の煮物と小さなサラダ。白く輝くごはんと、暖かな味噌汁。削り節のかかったほうれん草のおひたしが、なんだか眩しかった。<br> <br> <br></dd> <dt>227 :<font color="green"><b>きよ</b> ◆ObyTEiOJ6Q</font>:2005/12/01(木) 16:44:52 ID:y2YJX0pT0</dt> <dd>「お前ってさ」<br> 「な、なによ!」<br> 「生きてる時って、どんな女だったんだろうなあ?」<br> 「……」<br>  俺はそれだけ言うと、コタツの上に並べられた料理をかっ込んだ。背中から見つめる視線が、嬉しそうで哀しい沈黙を伝えてきた。<br>  全部食った後、久しぶりに人が用意してくれた風呂に入ると、いつのまにか食器とコタツが片付けられ、布団がひいてあった。身体は疲れていたので、布団にもぐりこんだが、なんだか寝付かれずに、タンスと壁の隙間に視線を向ける。<br>  そこにはやはり、俺を見つめる女の瞳があった。だけど不気味なものは感じない。その優しそうな瞳を見ていると、なんだか安らかな気持ちになってきて、俺は静かに目を閉じた。<br> 「……生きてる時……か。私に……もっと勇気があれば……あの時……声をかけてたら……」<br>  そんな声が隙間から聞こえてくる。アイツは俺が眠ったと思っているんだろう。だから俺に、本音を語ってくれたのだろう。そんなアイツが悲しくて、俺は寝たふりを続けた。<br> 「私……貴方のこと……ずっと見てた……死んじゃう時も……別に良かった。ただ貴方の事見られなくなるのだけ……辛かった……寂しかった……」<br>  大丈夫だよ。だから泣くなよ。俺は……。<br> 「私……もっと……生きていたかった……」<br>  俺はお前のこと、見つけたんだから。<br> <br>  それからも部屋の視線が無くなる事はなかった。相変わらず食事の用意もしてくれてるし、部屋の掃除もしてくれている。悪いかなとは思ったが、タンスと壁の隙間を中心線に、部屋の模様替えをしてみた。一緒にテレビを見たり、ゲームをしたりするためだ。<br>  アイツもそれに慣れたのか、最近は冷蔵庫と壁の隙間や、風呂の戸の間から視線を感じたりもする。<br>  だけど、布団とシーツの隙間から覗くのだけは勘弁して欲しいもんだ。暖かいけどさ。</dd> </dl>

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