小さいながらも、細々と続けてきた会社だったが
昨日ついに不渡りを出してしまった。
従業員には、心ばかりの手当てを渡した。
みな、何も言わず受け取り私を責めはしなかった。
齢50。もう、悔いはないまでは生きた。
いや・・・心残りはあるがせん無いことだ。
この工場も人に渡る。資産価値を下げてしまうのは申し訳ないが、
ここが私の終着点だ。もう疲れた
「内藤さんですか?」
誰もいない深夜の工場に、若い女性の声が響いた。
「・・・はい。私が内藤です」
早いな。私はたいして動じなかった。翌日には業者や金貸しが来るだろう。
早出してきたのだろう。家を処分しわずかなら返せる。遺書にしたためてあった。
振り向くと、髪をまとめ上げ、スーツを着た女性が立っている。20代後半くらいか。
私を見つめる瞳は厳しく、赤い口紅を塗られた唇は引き結ばれている。
誰かに似ている・・・はて。しかも一人なのか?
「何をなさるつもりです?」
「何って・・・。貴方はどちら様です?工場は危険です。立ち入らないでいただきたいな」
詰問の口調はするどい、だが私にはとくに気にならなかった。
当然だ。私のした責任を、私は果たさず逃げるのだから。
ヒールを響かせ、女性が近づいてくる。
背は私より頭ひとつ低いが、堂々とした立ち振る舞いがより大きくみせていた。
「・・・京子の、娘です」
「・・・美里か」
散々苦労をかけ、不倫した挙句別れた妻との間に産まれた娘。
私の罪は深く、重い。過去も私の責をせめるのか。
「大きくなったね。気づかなかった・・・どうして、ここが?」
とりあえず椅子わ勧め、私も小ぶりの作業用の椅子に腰をかけた。
京子・・・もう20年になる。元気でやっているのだろうか。
「母に聞きました。そして・・・会いにいってこいと」
「そうかね。元気でやっているかい?」
「母は・・・死にました」
「・・・・・そうか」
すまなかったね京子。最後に、会いにいけといってくれたのだろうか。
それは優しさだったのか。それとも恨み節だったか。
「・・・内藤さん。会社の件聞きました」
「うん・・・すまんな。何もしてやれんよ」
父さん・・・そう呼んではもらえんか。当然だ。そうだろう。
「死のうと・・していましたね」
ひそめた柳眉が美しい。京子の面影を感じる。そうか・・覚えがあるわけだ。
「ははは・・・。もう、何もないからね」
背筋をピンと伸ばし、椅子に腰掛けまっすぐに私を見つめる視線に戸惑う。
情けないが、いたずらを見つかった子供のような心境だった。
「それで逃げようというんですか」
「う、うむ・・・」
つけつけと言う。気の強さも親譲りか。
「責任を取ってください」
ふと足元に目を落とし、一瞬躊躇したのち、美里はいった。さっきの口調より柔和だった。
「責任?すまんね。もう資産はすべて配当先を決めている。何もないんだ」
「知っています。でも貴方は私たちに償いをすべきじゃないでしょうか」
「・・・どうしたら、いいのかな?」
美里は私を見つめる。私も見つめた。彼女のいう事はもっともだ。
「・・・
生きて一生かけて、償ってください。母のお墓に、10年後来て下さい」
生きろ・・・か。生きて苦しめという事か。それは中々にひどい仕打ちだ。
「・・・ははは。厳しいな。生きろか。何もない私に」
「生きて、生きて苦しんでください。苦しいけど生きてください」
厳しい口調だったが、目は優しかった。
「私と、母の分まで生きてください」
朝日がまぶしい。あと10年か。やり直すには十分な時間だろう。
最終更新:2007年10月13日 02:00