「野須とかの話(なんの安価か覚えてない)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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じゃあ投下
いろいろ無理あるけど気にしないことを推奨です
「私たちはいわば二度生まれる。一度は存在するために、二度は生きるために」
ルソーの言葉を、僕は思い出していた。
もしこれが真実であるなら、僕は四度生まれているのではないか。三度は女として存在するために、四度は女として生きるために。
こんな見当違いの考えをしてしまうほど現在僕はパニックに陥っていた。
「女体化」と言う事柄があることは知っている。もちろん童貞であることが原因であることも。自分が童貞であることも。
……けれど、こんなタイミングはないだろう。
「…………………はぁ」
隣にいる男の姿をみて大きなため息をついた。
さて、どうすべきだろう。このままでは進展しない。
とりあえず。窓を開け、一息つく。
……起こすか。
こいつのあまりに気持ち良さそうな寝顔には腹が立ってきた。「…………おい、起きろよ」
体を思いっきり揺すり、耳元で声をかける。
「……………………………んぁ、どうしたよ……いま……なんじだ?」
この程度で目を覚ますとは、あまり寝起きの悪い方ではないらしい。
「……三時半」
「……おこすな、おれはまだねる」
まぁ……当然の反応なのだけど。しかし今はここで諦めるわけにはいかない。こいつだけ隣で寝ているなど許すものか。
「却下だな。起きろ」
「……いやだ、俺の至福の時を邪魔するな」
大分呂律も回ってきたようだ。そろそろ起きざるをえなくなるだろう。
「誰だって本当にいいことをすれば一番幸せなんだ。……by宮沢賢治。
と言うわけで大丈夫だ。君が起きてくれることは僕にとって本当にいいことだから、起きても幸せなままのはずさ」
「少し……無理がないか?」
「……幸せも至福も似たようなものだろう?」
「そこじゃねぇ……」
まぁ、無理があるか無いかなどどうでもいいことだ。目的は達成出来たようだし。
のそのそと起き上がる友をみてそう思う。
「ったく、お前はいつも……」
そう言いつつ彼の視線が僕へと向かってくる。
……視界に、入った。
「……………………………誰だ?」
「分かるだろう?」
「…………やっぱり、野州か」
「ああそうだ。どうやら女になってしまったようだが」
「……目が覚めたよ」
朝起きたら親友が女体化してました。なんてことになったら眠っていられるはずもないだろうな……。
しかし、丁度いい。もとよりそれが目的だ。
「目が覚めたのなら考えてくれ。これから俺がどうすべきか。
僕は正直いってかなりパニックでね。なにも思い付かないんだ」
こいつを起こす。と言うこと以外は、だが
「全然見えねぇけどな。むしろよかったんじゃね? そこまで可愛くなれたなら」
「……自分自身を幸福だと思えない人間は決して幸福ではない」
「え?」
「byサイラス
僕はまだ自分の事を幸せだと思えるほど、現在の状況を飲み込めちゃいないさ」
実際は自分で言うような言葉じゃないんだがな……こいつにはこれで十分だろうし。
「……そうか」
「けれど——可愛い。か
すこし嬉しくなってきたよ。……案外悪いことではなかったのかもしれないな」
「……さっき言ったことを速攻で覆したな、お前」
仕方がないだろう。……だって俺は——
「お前に惚れてしまったんだから」
「へ?」
「ああ、自分でもおかしいと思ってる。けれどな、起きてお前を人目見たときには好きになっていたんだ。……昨日の夜まではなんともなかったんだがな」
……だから、ゲイやバイと言うわけではないと思うんだ。……きっと。
「本気で、か?」
彼は驚愕で顔を歪めている。まぁ仕方のないことだろう。
「本気で、だ。だけど安心しろ。別に答えを聞こうとは思っていない。
……人は愛さらるることを求めずして愛すべきである。……b」
「by倉田百三……ってか?
……今日はじめてまともな引用だ。けどな、俺はお前の感情をおかしいだなんて思ってない。
……知ってるか?
恋が生まれるには、すこしの希望があれば十分である」
「え?」
唐突に饒舌になった彼は、僕をみてそう言った。
「byスタンダール、だ
……きっと、お前にとっては俺が希望のように見えたんだろうよ。あんな状況じゃあな」
……確かにそれは理由の一つなのかもしれない。あの状況ではたとえ彼でも頼れるならば希望になりえたから。
「かといって俺がお前のことを好きになるか、と言えば別の話だけどな」
「そう、か」
「…………けどな、こんな言葉もあるんだぜ?」
そういった彼はいたずらな微笑みをうかべている。
「恋愛は常に不意打ちのかたちをとる。by立原正秋
……いや、まさに不意打ちだったね。目が覚めたら目の前に美少女がいるんだから」
「ふぇ?」
思考が、止まる。
「あともう一つ。
最初の一目で恋を感じないなら恋というものはないだろう。byマーロー
互いに一目惚れってんだから疑いようもないだろうな」
「え……?」
思考が、動き出す。
「……つまり、これからよろしくってことだな」
「あ……」
——よろしく。
彼はそういったのだ。聞き間違いなどでなく、絶対に。
「…………よろしく」
開け放たれた窓からは、夜明けを知らせる太陽の光が少し射しはじめていた。その光にも希望を感じて、僕はこの光にも恋している。……そんなことを考えたが、違うだろう。
——僕が恋しているのは、「彼」だけ……だから。
あの日から幾日かがたち、野州の周りに人だかりもできなくなった頃。帰り道に、野州はこう呟いてきた。
「……なぁ、僕らは付き合っているんだよな」
「あぁ、もちろんだ」
当然、迷わずそう答えることができる。
けれど、まだ、彼女は言いたいことがあるようだ。
「なら、もう少し一緒にいたいんだ……。
学校はじまってすぐの頃は、なんか騒がれ過ぎて居心地がよくなかったけど、今はもう大丈夫だと思うし」
……こいつの性格も随分変わった気がするな。
恋は人を変えるには十分ってことだろうか。それとも、女の子になったからなのだろうか……。
「ずっと、下校の時しか一緒にいないから……」
「…………なぁ、知ってると思うけどさ」
「え?」
「ほどほどに愛しなさい。長続きする恋とはそういう恋だ」
「シェイクスピア?」
やっぱり、これくらいは知っているか。
「そ。まぁだからゆっくり行こうぜ。この関係が、ずっと続くように。時間はあるんだし、急ぐこともないだろう?」
「……そうだね」
あれ? おもったより反応がよくないな。どうしてだろう、おかしなことを言ったつもりはないのに。
「不満かな?」
「いや、そんなことはないよ。僕は君が何を言おうと不満なんて抱かない。まして同じ方向を見いているならなおさらだ。
……けどね、時々は見つめ合いたい。そう思ってしまうんだよ。前の僕ならそんなことは思わなかったのに……」
少し泣きそうな雰囲気で野州はそう言った。……俺はどうすべきだろう?
……決まってる。見つめ合えばいい。なぁに、少しくらいならサン・テグジュペリも気にはしないさ。
「…………なぁ」
「……なんだい?」
「——好きだよ。
……野州は、俺のこと好きか?」
「……そんなの、言わなくても分かるだろ?」
全く、中途半端はよくないな。それじゃあ意味がないんだ。ちゃんと、見つめ合わなくちゃ。
「……思い上がりもいいとこだな。言葉にしなくても愛が伝わるだなんて」
by紫門ふみ。心の中でそう呟く。
「…………そうだな。ごめん、ちゃんと、言葉にしなきゃね……。
——好きだよ。大好き」
「……よくできました」
そう言って頭を撫でてやる。
……これ以上はよくないな。あまり続けたら目をはなせなくなってしまうから。
「なぁ、もう一つだけ、いいか?」
全く、これ以上はよくない。と思ってるのにこいつときたら……。
「……なんだ?」
「あのね…………」
あぁ、駄目だな、断れそうにない。そんな顔で見つめられたら、もう目なんてはなせない。
「…………キス、してほしい」
あんまり、急ぎたくはない、けれど……。
「…………駄目、か?」
……やっぱり、断れそうにないな。
「いいよ。キス、しようか」
「…………あ」
一瞬、惚けた顔をして、野州は目をつぶった。
「………………ん」
そっと、口付ける。
「………………あ」
少し驚いた顔をして、野州は頬をさわる。俺が口付けた、頬を。
……やっぱり、これくらいにしておかないとな。
……急いで走ったら転んでしまうけれど、ゆっくり走るのなら、転ぶこともないだろう。
そんなことを思う。ただの言い訳みたいなものなのだけれど。
「……じゃあ、今度は僕が……お返しにね」
…………ああもう、転んでしまってもいいかもしれない。
少しくらいの怪我なんて、気にしなければいいんだ。
そんなことを考えて、俺は目をつぶる。……少しだけ、屈んでから。
今日は可憐な乙女、野州ちゃん全編お送りするよ〜!! みんなっっよろしくねっっ!!
「…………何言ってんだ、お前?」
やべ、口に出てた。
ここんところ僕視点じゃなかったからテンション上がってたけど、声に出しちゃうなんて……。
「それもなんだ可憐な乙女? 見える範囲にそんなもの映らないんだが」
……ふふ、いいのかな、そんな挑戦的なこと言っちゃって。今の僕には強い武器があるんだよ?
「…………ごめんね、可愛くなんかないよね……僕なんて……。
はぁ、……それなのに可憐な乙女だなんて調子乗っちゃったね。ごめんね……けどいいの、君が醜い僕のことなんて嫌ってしまっても。僕は、君を思うだけで幸せだから」
「…………演技だろ」
まぁね。
「……………………うぅ」
「あぁもう、悪かったから。俺が悪かったって。可愛いから、可憐だから。とっととその演技をやめてくれ」
あくまで演技と言うのか。
……ここで引くわけにはいかないな。
「…………ありがとね、可愛いって言ってくれて。けど、無理しなくてもいいんだよ? ……仕方なくそんなこと言われても、虚しいだけだから」
と、ここまで言い終えてから、ちらりと彼の方へ視線を向ける。
そこには、もしかしたら……と少し不安になってきた彼の顔がある。
ま、予定通りだね。
などと思っていたのだが、その時、彼の視線が怪しい光を放ったことには気付かなかった。
「……嘘じゃあないよ、ホントに可愛いよ。それに、見た目になんて関わらず、俺は野州のことが好きだから」
「…………本当?」
彼のことを見上げて、もう一度確認をする。
「本当。——大好きだよ」
……自分で仕向けておいて恥ずかしいな。
まぁ、全てはさっきの失敗を隠すためだから仕方ない。
……それに、こんなことが出来るのは、こいつが僕のことを好いてくれているって分かるからなんだし。
「ありがとう」
そういって、彼に抱きつく。
……そろそろ、さっきのことは忘れたかな。
本当、あんな恥ずかしい呟きは忘れてもらわないと困る。
「……そろそろ恥ずかしいな。いったん、離してくれ。……可憐な乙女ちゃん」
ッキャー!! 覚えてたのかよこいつ。
「……それは、やめてくれ。頼むから」
「なんで? 否定したから泣いたんだろ? お前は」
ああ、確かにそうだ。そうなってしまう。どうしよう、ずっとからかわれることになってしまうぜ。このままじゃ。
……そうだ。
「……………………嘘」
「なに?」
「今日の事は、全部、嘘」
「はぁ?」
「今日はエイプリルフールだから、全部嘘なの」
うん、自分で言っておいて暴論だな。
けれど、これにすがるしかない。
「……て、ことは。可愛くも、可憐でも、乙女でもないってことでいいんだな」
「いいよ、君が見た目になんて関わらず、僕のことを好きだって言ってくれるなら」
「……そうかい」
納得はしていないようだが、彼は認めてはくれたようだ。
「……けどな」
「ん?」
なんだろう。
「俺は野州が可愛いし可憐だと思うけどな」
……嬉しいことを言ってくれるな………………ん?
「乙女は?」
「……それはない」
「それは、ひどくない?」
いやまぁ自分のことを乙女だとなんざ思っちゃいないが。……ここで否定すんなよ。
「っていうのも嘘、野州は乙女だな。
最近の野州はかなり純情な乙女だよ」
……言われたら言われたで恥ずかしい。そんなもんだ。
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いろいろ無理あるけど気にしないことを推奨です
「私たちはいわば二度生まれる。一度は存在するために、二度は生きるために」
ルソーの言葉を、僕は思い出していた。
もしこれが真実であるなら、僕は四度生まれているのではないか。三度は女として存在するために、四度は女として生きるために。
こんな見当違いの考えをしてしまうほど現在僕はパニックに陥っていた。
「女体化」と言う事柄があることは知っている。もちろん童貞であることが原因であることも。自分が童貞であることも。
……けれど、こんなタイミングはないだろう。
「…………………はぁ」
隣にいる男の姿をみて大きなため息をついた。
さて、どうすべきだろう。このままでは進展しない。
とりあえず。窓を開け、一息つく。
……起こすか。
こいつのあまりに気持ち良さそうな寝顔には腹が立ってきた。「…………おい、起きろよ」
体を思いっきり揺すり、耳元で声をかける。
「……………………………んぁ、どうしたよ……いま……なんじだ?」
この程度で目を覚ますとは、あまり寝起きの悪い方ではないらしい。
「……三時半」
「……おこすな、おれはまだねる」
まぁ……当然の反応なのだけど。しかし今はここで諦めるわけにはいかない。こいつだけ隣で寝ているなど許すものか。
「却下だな。起きろ」
「……いやだ、俺の至福の時を邪魔するな」
大分呂律も回ってきたようだ。そろそろ起きざるをえなくなるだろう。
「誰だって本当にいいことをすれば一番幸せなんだ。……by宮沢賢治。
と言うわけで大丈夫だ。君が起きてくれることは僕にとって本当にいいことだから、起きても幸せなままのはずさ」
「少し……無理がないか?」
「……幸せも至福も似たようなものだろう?」
「そこじゃねぇ……」
まぁ、無理があるか無いかなどどうでもいいことだ。目的は達成出来たようだし。
のそのそと起き上がる友をみてそう思う。
「ったく、お前はいつも……」
そう言いつつ彼の視線が僕へと向かってくる。
……視界に、入った。
「……………………………誰だ?」
「分かるだろう?」
「…………やっぱり、野州か」
「ああそうだ。どうやら女になってしまったようだが」
「……目が覚めたよ」
朝起きたら親友が女体化してました。なんてことになったら眠っていられるはずもないだろうな……。
しかし、丁度いい。もとよりそれが目的だ。
「目が覚めたのなら考えてくれ。これから俺がどうすべきか。
僕は正直いってかなりパニックでね。なにも思い付かないんだ」
こいつを起こす。と言うこと以外は、だが
「全然見えねぇけどな。むしろよかったんじゃね? そこまで可愛くなれたなら」
「……自分自身を幸福だと思えない人間は決して幸福ではない」
「え?」
「byサイラス
僕はまだ自分の事を幸せだと思えるほど、現在の状況を飲み込めちゃいないさ」
実際は自分で言うような言葉じゃないんだがな……こいつにはこれで十分だろうし。
「……そうか」
「けれど——可愛い。か
すこし嬉しくなってきたよ。……案外悪いことではなかったのかもしれないな」
「……さっき言ったことを速攻で覆したな、お前」
仕方がないだろう。……だって俺は——
「お前に惚れてしまったんだから」
「へ?」
「ああ、自分でもおかしいと思ってる。けれどな、起きてお前を人目見たときには好きになっていたんだ。……昨日の夜まではなんともなかったんだがな」
……だから、ゲイやバイと言うわけではないと思うんだ。……きっと。
「本気で、か?」
彼は驚愕で顔を歪めている。まぁ仕方のないことだろう。
「本気で、だ。だけど安心しろ。別に答えを聞こうとは思っていない。
……人は愛さらるることを求めずして愛すべきである。……b」
「by倉田百三……ってか?
……今日はじめてまともな引用だ。けどな、俺はお前の感情をおかしいだなんて思ってない。
……知ってるか?
恋が生まれるには、すこしの希望があれば十分である」
「え?」
唐突に饒舌になった彼は、僕をみてそう言った。
「byスタンダール、だ
……きっと、お前にとっては俺が希望のように見えたんだろうよ。あんな状況じゃあな」
……確かにそれは理由の一つなのかもしれない。あの状況ではたとえ彼でも頼れるならば希望になりえたから。
「かといって俺がお前のことを好きになるか、と言えば別の話だけどな」
「そう、か」
「…………けどな、こんな言葉もあるんだぜ?」
そういった彼はいたずらな微笑みをうかべている。
「恋愛は常に不意打ちのかたちをとる。by立原正秋
……いや、まさに不意打ちだったね。目が覚めたら目の前に美少女がいるんだから」
「ふぇ?」
思考が、止まる。
「あともう一つ。
最初の一目で恋を感じないなら恋というものはないだろう。byマーロー
互いに一目惚れってんだから疑いようもないだろうな」
「え……?」
思考が、動き出す。
「……つまり、これからよろしくってことだな」
「あ……」
——よろしく。
彼はそういったのだ。聞き間違いなどでなく、絶対に。
「…………よろしく」
開け放たれた窓からは、夜明けを知らせる太陽の光が少し射しはじめていた。その光にも希望を感じて、僕はこの光にも恋している。……そんなことを考えたが、違うだろう。
——僕が恋しているのは、「彼」だけ……だから。
あの日から幾日かがたち、野州の周りに人だかりもできなくなった頃。帰り道に、野州はこう呟いてきた。
「……なぁ、僕らは付き合っているんだよな」
「あぁ、もちろんだ」
当然、迷わずそう答えることができる。
けれど、まだ、彼女は言いたいことがあるようだ。
「なら、もう少し一緒にいたいんだ……。
学校はじまってすぐの頃は、なんか騒がれ過ぎて居心地がよくなかったけど、今はもう大丈夫だと思うし」
……こいつの性格も随分変わった気がするな。
恋は人を変えるには十分ってことだろうか。それとも、女の子になったからなのだろうか……。
「ずっと、下校の時しか一緒にいないから……」
「…………なぁ、知ってると思うけどさ」
「え?」
「ほどほどに愛しなさい。長続きする恋とはそういう恋だ」
「シェイクスピア?」
やっぱり、これくらいは知っているか。
「そ。まぁだからゆっくり行こうぜ。この関係が、ずっと続くように。時間はあるんだし、急ぐこともないだろう?」
「……そうだね」
あれ? おもったより反応がよくないな。どうしてだろう、おかしなことを言ったつもりはないのに。
「不満かな?」
「いや、そんなことはないよ。僕は君が何を言おうと不満なんて抱かない。まして同じ方向を見いているならなおさらだ。
……けどね、時々は見つめ合いたい。そう思ってしまうんだよ。前の僕ならそんなことは思わなかったのに……」
少し泣きそうな雰囲気で野州はそう言った。……俺はどうすべきだろう?
……決まってる。見つめ合えばいい。なぁに、少しくらいならサン・テグジュペリも気にはしないさ。
「…………なぁ」
「……なんだい?」
「——好きだよ。
……野州は、俺のこと好きか?」
「……そんなの、言わなくても分かるだろ?」
全く、中途半端はよくないな。それじゃあ意味がないんだ。ちゃんと、見つめ合わなくちゃ。
「……思い上がりもいいとこだな。言葉にしなくても愛が伝わるだなんて」
by紫門ふみ。心の中でそう呟く。
「…………そうだな。ごめん、ちゃんと、言葉にしなきゃね……。
——好きだよ。大好き」
「……よくできました」
そう言って頭を撫でてやる。
……これ以上はよくないな。あまり続けたら目をはなせなくなってしまうから。
「なぁ、もう一つだけ、いいか?」
全く、これ以上はよくない。と思ってるのにこいつときたら……。
「……なんだ?」
「あのね…………」
あぁ、駄目だな、断れそうにない。そんな顔で見つめられたら、もう目なんてはなせない。
「…………キス、してほしい」
あんまり、急ぎたくはない、けれど……。
「…………駄目、か?」
……やっぱり、断れそうにないな。
「いいよ。キス、しようか」
「…………あ」
一瞬、惚けた顔をして、野州は目をつぶった。
「………………ん」
そっと、口付ける。
「………………あ」
少し驚いた顔をして、野州は頬をさわる。俺が口付けた、頬を。
……やっぱり、これくらいにしておかないとな。
……急いで走ったら転んでしまうけれど、ゆっくり走るのなら、転ぶこともないだろう。
そんなことを思う。ただの言い訳みたいなものなのだけれど。
「……じゃあ、今度は僕が……お返しにね」
…………ああもう、転んでしまってもいいかもしれない。
少しくらいの怪我なんて、気にしなければいいんだ。
そんなことを考えて、俺は目をつぶる。……少しだけ、屈んでから。
現在、俺は野州の部屋に来ている。女体化したあの日以来中へは入れてもらえなかったのだが、お見舞いと言う名目で来た俺は彼女の母親によって、むしろ招かれるような形になった。
とは言え浮かれていられるような状況でもない。視線の先にいる彼女は額から汗を垂らし、呼吸も荒く、結構ひどい風邪にやられてしまったようだ。
……インフルエンザではないと言うのが救いか、だからといって安心は出来ないが。
「……ねぇ」
隣で眠っていると思っていた野州が、突然声をかけてきた。
少々驚きつつも、声を返す。
「どうした?」
「……あのね、なおったらね、お願いを聞いてほしいの」
性格が変わったと思ってはいたけど、今日はいつもより顕著だな。風邪だからだろうか? だとしたら早く治ってもらわないとな、これはこれで可愛いのだけれど、少し調子が狂う。
だから、お願い位きいてやろう。それで元気が出るのなら。
「いいよ、きいてやる。星野富弘もこう言っているしな。
辛いと言う字がある。もう少しで幸せになりそうな字である。ってね」
「……う〜ん、それはちょっと違うかな。僕は今辛くないよ……君がいるからね。辛かったのは少し前まで。だけど、きいてくれるなら嬉しいな」
本当、今日のこいつは可愛すぎだろう。こんなことを恥ずかしげもなく言ってくれるなんて。
いつもならこんな台詞言えたものじゃあないだろうに。……言えずに恥ずかしがっている姿も、また可愛いのだけれど。
「……今日のお前はなんか素直だな」
そう、きっと素直なんだ。今日の彼女は。
「……えへへ、そう、かな?
……じゃあさ、どっちの僕の方が好き?」
こんなもの、愚問だな。
「……どっちも、かな。野州が野州ならどんな風になっても好きだよ」
愛とは不変でこそ愛である……ともいうからな。
「愛とは不変でこそ愛である。byゲーテってとこかな?
……僕も、君が君ならどんな風でも好きだからね」
……なんか、読まれてるなぁ。そこまで分かりやすい思考のつもりもないんだけれど。
言ってくれていること自体は嬉しいのだが、素直に喜びづらい。
「…………ふふ、君も、可愛いな」
……やっぱり、読まれてる気がする。
「……そういえば、お願いってなんなんだ?」
居心地が悪いので、話題を変えてみる。
事実、気になってもいることだ。
「……秘密、かな。治ったら教えてあげるよ」
「覚悟もなしにそれをしろと?」
「そうだね。……そっちの方が面白いから」
「……なら、さっさと治して俺に教えろ、何をすりゃいいのか気になってしょうがない」
別に、気になってはいないのだけれど……野州のお願いならどんなことでもきけるから。
……つまり、喝のようなものだ。遠回りではあるが。
「……了解」
そう言っている、彼女もきっと気付いているのだろうなぁ……。
……まぁ、彼女になら心くらい読まれてもいいさ。
今日は可憐な乙女、野州ちゃん全編お送りするよ〜!! みんなっっよろしくねっっ!!
「…………何言ってんだ、お前?」
やべ、口に出てた。
ここんところ僕視点じゃなかったからテンション上がってたけど、声に出しちゃうなんて……。
「それもなんだ可憐な乙女? 見える範囲にそんなもの映らないんだが」
……ふふ、いいのかな、そんな挑戦的なこと言っちゃって。今の僕には強い武器があるんだよ?
「…………ごめんね、可愛くなんかないよね……僕なんて……。
はぁ、……それなのに可憐な乙女だなんて調子乗っちゃったね。ごめんね……けどいいの、君が醜い僕のことなんて嫌ってしまっても。僕は、君を思うだけで幸せだから」
「…………演技だろ」
まぁね。
「……………………うぅ」
「あぁもう、悪かったから。俺が悪かったって。可愛いから、可憐だから。とっととその演技をやめてくれ」
あくまで演技と言うのか。
……ここで引くわけにはいかないな。
「…………ありがとね、可愛いって言ってくれて。けど、無理しなくてもいいんだよ? ……仕方なくそんなこと言われても、虚しいだけだから」
と、ここまで言い終えてから、ちらりと彼の方へ視線を向ける。
そこには、もしかしたら……と少し不安になってきた彼の顔がある。
ま、予定通りだね。
などと思っていたのだが、その時、彼の視線が怪しい光を放ったことには気付かなかった。
「……嘘じゃあないよ、ホントに可愛いよ。それに、見た目になんて関わらず、俺は野州のことが好きだから」
「…………本当?」
彼のことを見上げて、もう一度確認をする。
「本当。——大好きだよ」
……自分で仕向けておいて恥ずかしいな。
まぁ、全てはさっきの失敗を隠すためだから仕方ない。
……それに、こんなことが出来るのは、こいつが僕のことを好いてくれているって分かるからなんだし。
「ありがとう」
そういって、彼に抱きつく。
……そろそろ、さっきのことは忘れたかな。
本当、あんな恥ずかしい呟きは忘れてもらわないと困る。
「……そろそろ恥ずかしいな。いったん、離してくれ。……可憐な乙女ちゃん」
ッキャー!! 覚えてたのかよこいつ。
「……それは、やめてくれ。頼むから」
「なんで? 否定したから泣いたんだろ? お前は」
ああ、確かにそうだ。そうなってしまう。どうしよう、ずっとからかわれることになってしまうぜ。このままじゃ。
……そうだ。
「……………………嘘」
「なに?」
「今日の事は、全部、嘘」
「はぁ?」
「今日はエイプリルフールだから、全部嘘なの」
うん、自分で言っておいて暴論だな。
けれど、これにすがるしかない。
「……て、ことは。可愛くも、可憐でも、乙女でもないってことでいいんだな」
「いいよ、君が見た目になんて関わらず、僕のことを好きだって言ってくれるなら」
「……そうかい」
納得はしていないようだが、彼は認めてはくれたようだ。
「……けどな」
「ん?」
なんだろう。
「俺は野州が可愛いし可憐だと思うけどな」
……嬉しいことを言ってくれるな………………ん?
「乙女は?」
「……それはない」
「それは、ひどくない?」
いやまぁ自分のことを乙女だとなんざ思っちゃいないが。……ここで否定すんなよ。
「っていうのも嘘、野州は乙女だな。
最近の野州はかなり純情な乙女だよ」
……言われたら言われたで恥ずかしい。そんなもんだ。
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