無題 2012 > 06 > 16

「無題 2012/06/16」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

無題 2012/06/16 - (2012/12/07 (金) 01:09:11) の1つ前との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

空は随分と高くなり、鮮やかな色の青空を見なくなって久しい。まぁ、白みがかったような色の空も嫌いではないけれど。 街路樹は軒並み葉を落とし、通学路の景色はどうにも精彩に欠ける。 気が付けば、季節はすっかり冬となっていた。 先日の文化祭で起こった強姦未遂事件は、関係者の協力のお陰で闇に葬られることとなった。 涼二と典子と母さん。…それと地味に、委員長も。 そもそも涼二に「女体化狩り」の情報を提供したのは委員長で、その後に典子が血相を変えて事情を話すよう強要し、 顔面ボコボコの涼二が教室に現れたとなればバレない方がおかしい。 彼は彼なりに生真面目な部分があり、やはり学校に報告すべきだと主張した。 しかし未遂で終わったこと、来年のにょたいカフェ開催へ影響が出かねないことを話すと、あっさり黙秘すると言ってくれた。 主に後者が効いたのだろう。 涼二はあの後予想通り担任に追求されるハメになった。 あの担任をやり込めるのは難しいと思ったのだが、頑なに「階段落ちの練習をしてたんすよ。役者にでもなろうと思って」と アホなことを言って譲らず、ついに担任が折れてくれた。 まさか階段落ちを信じたわけではないだろうが、涼二の口を割るのは無理だと判断したようだ。 そんなアイツの顔の腫れはすっかり引き、元のイケメンに戻ってくれた。本当に嬉しい。 この苦痛な朝の登校すら、涼二に会えるから苦にならない。今日も絶賛片想い中だ。 典子には謝罪と報告をした。 二人を同時に好きになってごめん。今は、涼二だけに恋してる。そんな話をしたら、典子はとても喜んでくれた。 ―――ほら、私の言った通りでしょ?女としての先輩の言うことは聞くものだよっ、とかなんとか。 そしてその後は…正座をさせられ、あの事件を招いた俺の脇の甘さを延々説教された。 マジで永久に終わらないのではないかと思った。この辺は事件そのものと同じくらい思い出したくない。 そんなこんなで、あの日にこの気持ちに気付いて以来。 甘酸っぱい恋心と、女体化者かつ幼馴染であるが故の苦悩で板挟みにされている。 幼馴染というポジションは、プラスになるかマイナスになるか、どちらに転ぶか分からない。 二次元的な展開ならプラスになるのが普通だ。しかし悲しいかな、この世界は三次元である。 付き合いが長いだけに女として見てもらえないこともありそうだし、そもそも俺は最初から女だったわけではない。 その女体化者にしたって、プラスかマイナスは微妙なところだ。メリットとしては、とにかくビジュアル的なスペックが高いこと。 個人差はあるが、男心も覚えているので、男が喜ぶことをしてやれるであろうこと。その結果として「床上手」である、というのも定説らしい。 …したことがないから自信はないが、涼二が望むのなら俺だって。 デメリットとしては、女体化者であることそのもの。これに尽きる。 世の中には女体化者と付き合いたい人、付き合いたくない人、セックスするだけなら良い人、セックスすらしたくない人、どっちでも良い人、 まぁ色々な人がいるわけで。 涼二は国営に行くと言ってたから、女体化者とのセックス自体に抵抗はないのだろう。ただ、恋愛対象となるかどうかは別の話だ。 本人が良くとも、世間体を気にして付き合う段階まで踏み出せない者もいるのではないだろうか。 先の幼馴染の部分も含めると、俺は「無難な女」とは程遠い存在と言える。 ふと、俺と同じような奴がいたことを思い出した。 …小澤。アイツも女体化者で、幼馴染と付き合っている。今度それとなく話を聞いてみようか。 俺だって、出来ることなら…涼二の、か、彼女に…なりたいわけで…。 隣を歩く涼二を見上げる。やっぱりコイツは格好いい。 少なくとも今だけは俺が隣を歩けるんだ。定位置である、右隣。そこだけは幼馴染ポジションに感謝しておこう。 「ん?どうした?」 「な、何でもねぇけど…えっと、最近思うんだけどさ。学園物のアニメとかゲームってさ、殆ど徒歩通学だよな。  何でチャリ通学ってマイナーなわけ?」 「チャリ通学だと絵的に格好がつかないから…とか?そういう俺らも徒歩だけど」 「駐輪場は台数に限りがあるから、家が比較的学校に近い俺らは許可が出なかったんだよなぁ」 誤魔化すために咄嗟に振った話題は、割とどうでもいい内容だ。 しかし、言った後でよくよく考えてみれば、今となっては徒歩通学で良かったと思う。 自転車で並走しながら登校というのは、何となくムードに欠ける。やっぱり隣をちょこちょこ歩きながらの方がいい。 ほら、その方が「彼女感」があるだろ。…うん、妄想100%だけど。 自転車の二人乗りも青春っぽくて憧れるが、警察に見つかったら怒られるし。 「まぁ実際近いから別にいいんじゃねーの。…あ、そうだ」 涼二がごそごそと上着のポケットをまさぐり、取り出した物。この可愛らしいラッピングには見覚えがある。 「前のやつ、ぶっ壊されただろ」 「…もう馬鹿にできねぇんだよな、これ。有り難く頂くとするよ…」 キ〇ィちゃんのストラップ型防犯ベル。 あの時、強引に携帯を奪われたせいでストラップが千切れ、コイツだけが運よく俺の手に残った。 コイツが本来の仕事をしてくれたから、俺はほぼ無事でいられたようなものだ。 …お前の先代は、俺の貞操を守って殉職したよ。願わくば、今後永久にお前の出番がありませんように。 「っつーか…買ってもらって文句言うつもりはないけどさ。わざわざキ〇ィちゃんじゃなくても…」 「半分はネタだ。もう半分は…ほら、相手からしたらストラップにしか見えないだろ。いかにも防犯ベルらしい形より、  その方が警戒されないかなって」 「ぐぬぬ…っ!一理あるのがムカつく…!」 何だかんだ言いつつも、俺のことを気にかけてくれる…と思う。動機はやはり親友として、なのだろうか。 だとしても俺の方は、親友の一線を越えてしまった。そのことに後ろめたさのようなものを感じてしまう。 好きになって、ごめんな。 考えすぎると胸が押し潰されそうなので、学校に着くまではひたすら話を振ろうと思う。 取り敢えず、先程から感じていた違和感。コイツの正体を白日の下に晒してやろうじゃねぇか。 「なぁ…最近また身長伸びたんじゃね?俺がこれ以上縮みやしないかと肝を冷やしてるのを尻目にさ」 「お、やっぱ分かるか!?こないだ計ったら179㎝ちょいだったぜ。180㎝までもうちょいだなー!」 「ぐっ…!俺に果たせなかった180㎝の大台の夢は…お前に託す…!」 「おう、それは俺に任せとけ。お前は現状を維持するのに全力を傾ければいいと思うわ。っつーかそういうお前は、  背は伸びてないけど…最近スカート短くしたか?」 「みみみ、短くないっ!俺がそんなはしたねぇことするかよ!」 …嘘だよ。 俺は男だったし、今でも男の部分がたくさん残ってる。 女のことはいまだによく分からないから、普通の女がどうやって男にアピールするのかも知らない。 だから元男なりに色々考えてる。取り敢えず簡単なところから、ちょっとずつスカートを短くしてるんだ。 化粧はまだ自分でやるのは自信がないから、家で練習してるところだけど。 気を引きたいんだ、お前の。 女としての恋心。 そういったものに、微妙に残った「男としての意識」が追い付かない。 スカートを短くしたり化粧の練習をしたりすると、俺の中の男の部分が、そんな女のようなことをするなと拒絶反応を起こすことがある。 自分で自分を気持ち悪いとよく思う。お前もこんな俺を、気持ち悪いって思うのかな。 …それと、今日は一つ。勢い余って用意した物がある。 「あー…えっとな。今日は購買行くのやめねぇ?」 「飯どうすんだ?ダイエットか?断食か?俺は嫌だからな」 「ダイエットはともかく断食ってどんな事情だよ…いや、まぁその。今日は弁当作ったから…」 今朝は「鬼の柴猫」による監修のもと、散々冷やかされながら弁当を作った。そう呼んだらキレられたので今後は二度と呼ばないことにした。 昨日の夕飯も手伝いをして、その余りがあったので、それを幾つか。 あとは卵焼きやらタコさんウインナーやら定番モノを今朝、早起きして作った。 弁当箱はこの間の休みに買いに行き、ペアの物を選んでみた。似たような柄と形で、大きさと色は違う。所謂夫婦用だ。 付き合ってもいないのに気が早いかなと思ったのだが、よく考えたら逆に、今しかないかも知れないと思い直した。 何らかの要因によってこの恋が実らず、いずれ失恋する可能性は大いにある。だから今のうちに、こっそり恋人気分を味わっておきたかったのだ。 「…俺のは?」 「当然ある。量も十二分だぜ」 「うおおおおおおおッ!弁当きたああああああッ!」 「うるっせーよ!人が見てるじゃねーか!にわかに注目の的になってるんですけど!」 そんなに喜ばれると、脈があるかもって思っちゃうだろ…。 昼休み。 「…マジかよ」 窓の外を見ると、空は鉛色。 ガラスに雫が一滴が落ちたかと思えば、景色が歪んで見えなくなるには一分とかからなかった。 …天気予報のお姉さんは嘘つきだ。今日は終日晴れだと得意気に言っていたのに。 朝はとても晴れていたから、恐らく通り雨だろうが、この時期にしては珍しい。 基本的に天気予報を信用する派の俺にとっては想定外の出来事で、この後の予定に多大な影響を及ぼすこととなった。 ―――中庭か、屋上で食おうと思ってたのに。 ムードが云々ということもあるが、それは二の次だ。単純に、この弁当を他人に見られたくない。 俺が涼二に惚れたことをはっきり知っているのは、直接報告した典子だけだ。 普段は購買組の俺たちが弁当を食うこと自体が珍しいというのに、似たような弁当箱で二人して飯を食い、 中身まで同じとあれば…感づかれてしまうかも知れない。 「な、なぁ。やっぱ今日は購買にしねぇ?」 今日は日が悪い。楽しみにしてくれていたようだが…仕切り直しだ。 「何でだよ?弁当あるんだろ?」 「実はうっかり青酸カリ入れちまったのを思い出してさー…稀によくあるよな、ははは…」 「バーロー!んなわけあるか!お前の弁当食うまで俺はここを動かざること[ピザ]の如しッ!!」 「バーローはてめぇだ…!声がでけぇんだよ…!」 声を殺して大声を張り上げたバーローを牽制する。…が、今更間に合う筈もなし。 『西田が…』 『弁当…?』 ガタガタッ! ざわざわ…ざわざわ… 「西田君ーっ!私にも見せてー!」 「西田が弁当を作ったって?それは興味深いね」 終わったあああッ! クソ馬鹿涼二がッ!いや好きだけどね?好きだけどさぁ!と、とにかく死守…ッ!弁当は死守だッ! 「ふーーーーッ!ふーーーーーーッッ!」 「な、威嚇!?」 「くっ…いい子だから、その胸に抱き抱えた鞄をこちらに渡そうね!」 にじり寄って来る小澤と武井や、クラスメイトの面々。 肝心の涼二は「弁当くらい見せてやりゃいいじゃん」とか言っていて、全く頼りにならない。誰のために作ったと思ってんだボケ! 弁当を作ってきたことがバレたのは痛いが、ならばせめて見世物になるのと、この気持ちがバレることだけは避けなければ…! 「どしたの?え、西田が中曽根にお弁当作ったんだ。…ふーん」 …最悪だ。 群がる群集を掻き分け、植村まで来てしまった。この手のネタが大好物の植村のことだ。こんな美味しいネタを見逃す筈がない。 こんな時に限って典子は席を外している。俺のことを真摯に考えてくれる典子なら、この状況にも収拾をつけてくれたかも知れないのに。 クソが、涼二のために作ったんだ。面白半分で見ていい代物じゃねぇぞ!恥を知れてめぇら! 「ふーーーーーーーーーーッ!」 「はいはいそこまで。アンタ、妊娠中のお母さんの手伝いで家事してるんでしょ?偉いよね、見直したかも」 「ふ………え?そ、そんなこと言って俺を油断させる気だろ!?その手には乗らねぇぞ!」 「落ち着きなさいって。おおかた昨日の晩御飯の余りが勿体ないからお弁当にして、一人分も二人分も手間は変わらないから中曽根の分も… ってトコじゃないの?」 半分正解だが、一人分も二人分も手間は…のくだりについては間違っている。 これは「ついで」じゃない。涼二に食ってほしくて作ったのだから。 …だが好都合だ。そう答えておけば、俺が気まぐれで弁当を作った方向に持って行ける。 「そ、そういうことだ。だから見ても面白いもんじゃねーぜ。涼二の分も作ったのだって、いつも購買で世話になってるからであって…」 「そーゆーことみたいよ。だからほら、アンタらはさっさと戻りなさい。西田たちがご飯食べられないでしょ」 「ちぇー。植村ちゃんならノってくれると思ったのにー」 「まぁ、あまり騒ぎ立てることもなかったか。悪かったね西田、ゆっくり食事をしてくれ」 「お、おう…?」 何だ?こいつは誰だ? モデルのような体型と顔の持ち主で、ファッションセンスも抜群で、サディストで、 そのくせ年頃の女の子らしく人の色恋沙汰にすぐ顔を突っ込みたがる、植村玲美じゃなかったのか? こんな状況をみすみす見逃すような女じゃない筈だ。何かがある…のか? 「何?異星人でも見たような顔して」 「えっと…誰ですか?初めましてですよね?」 「馬鹿なこと言ってないで、お弁当早く食べたら?…中曽根が発狂しそうになってるし」 「がああああッ!早く俺に食わせてくれねーと地球がヤバいッ!!」 「い、今食わせてやるから落ち着けっての!ほら!ちなみに地球は全然ヤバくないから!」 ごゆっくり、なんて言いながら去っていく植村はイマイチ釈然としないが、人目も無くなったことだ。鞄から弁当を取り出す。 涼二の席は俺の後ろ。椅子ごと振り向いて机に乗せる。 「…さっきも言ったけど、昨日の晩飯の残りがメインだからな。あんまり期待するなよ」 「期待するなっつー方が無理だっての。さぁ、どれどれ…うおー!普通に美味そうじゃねーか!」 「だから声がでけぇって…!もっと静かにしろよ…!」 「あ、悪ぃ悪ぃ。つい興奮しちまったわ」 相変わらず空気を読まないアホな涼二のせいで、クラスメイトは横目でチラチラと弁当を見てくる。 先程のようなざわめきは起きないものの、これはこれで恥ずかしい。 とはいえ連中の目線は純粋に「西田が作った弁当ってどんなんだ?っつーか料理出来んのアイツ。生活能力皆無っぽいけど」という 失礼極まりない好奇の目線なのが不幸中の幸いか。 これは植村の立ち回りのお陰だ。…それが怪しいところでもあるんだけど。 おかずの入った上段と、米を詰めた下段を並べる。 米は鰹節と醤油で味付けして上に海苔を敷いてある、所謂海苔弁。これは野郎相手が相手なら99%ハズレはない。 少し硬くなってしまうが、米はやや強引に詰めた。量を増やすためだ。 おかずはともかく米が海苔弁というのはあまり女子が作る弁当っぽくない、が… 「海苔弁たぁ気が効くじゃねーか。んじゃ早速、頂きますよっと」 好評だった。良かった良かった。 「…この卵焼き、マジでお前が作ったのか?秋代さんじゃなくて?」 「何で?」 「だって超美味ぇもん。秋代さんが作ったとしか思えねぇ」 「教えてもらいはしたけど、作ったのは俺だよ!失礼な奴だな!」 「静かにしなくていいのか?」 「…あ」 自分の言った言葉などすっかり忘れて大声を出してしまう。周りからのチラ見がより激しくなった気がする。 …やっちまった。牽制の意味を込めて周りを睨みつけると、先程席を外していた典子が席に戻っているのが見えた。 そのまま何となく典子を目で追っていると、あちらも気が付いたようだ。俺が弁当を作って持ってきた状況を察し、ニコッと笑ってサムアップ。 …頑張れということらしい。少し照れるが、応援してもらえるのは素直に嬉しく思える。 ありがとう典子。俺、頑張るから。 「どうした?顔赤いぞ」 「な、何でもねぇっ…」 この赤面症、マジでどうにかならんのか。 気取られたくなくて、視線を弁当箱へと下ろす。俺も食うとしよう。 昨日の夕飯に作った、ごぼうのきんぴらをもそもそと摘む。 「一晩寝かせた方が美味いんだぞ。おい聞いてんのかコラ」と母さんが言っていたが、ぶっちゃけ半信半疑だった。 今食ってみると…夕べよりも味が染みているのか、確かに美味い気がする。これは是非食ってもらいたい。 「このきんぴらは結構自信あるかも」 「…ふむふむ。お、本当に美味いな。つーかもう何食っても美味いわ。某海原のオッサンもびっくりだぜ」 「何か投げやりだな!?」 「だってそれ以上言うことねぇし。秋代さんに教えてもらってるにしても、これだけ出来るのは大したもんだろ。何気に才能あるんじゃねーか?」 「ほ、褒めすぎだろ…たかが弁当一つで…」 才能じゃない。愛だよ、愛。無論そんなことは口には出せないけど。 でも、本当に嬉しい。大好きな人に弁当を作って、美味いと言ってもらえて。幸せってこういうことを言うんだろうな。 彼女になれたら、もっと幸せなんだろうな。 …そんな考え事に神経を割いているせいか、自分で作った弁当の味が美味いんだか不味いんだか、よく分からなくなってしまった。 まぁ、目の前で美味そうに食ってくれている奴がいるんだから、心配しなくても大丈夫だろう。 「ふあーっ、美味かった!ご馳走さんっ」 「…お粗末さま」 俺が弁当を半分ほど食った頃、涼二は先に食い終わってしまった。 こんな夫婦のようなやり取りもしてみたかった。小さな夢が叶った瞬間だ。米粒一つ残っていない弁当箱は、次も頑張ろうという原動力になる。 恋する乙女は、惚れた男には何だってしてやりたいのだ。…我ながら、だいぶキモいと思うけど。 それにしても、涼二は何気にお行儀が良い。米粒を残さないのもそうだし、箸の持ち方だってちゃんとしている。 俺が女になってからはまだ会ってないけど、コイツんちのおばさんはウチのと違って常識人だからな。 もし…もしも、だ。コイツと…け、結婚なんかしちゃったら。あの人は俺のお義母さんになるのか?なるんだよな? 今のうちから好感度上げておいた方がいいのか?今度菓子折でも持って…いや、作った方がいいのかも? …中曽根忍、なんちゃって。 「おい、本当に大丈夫か?伝染性紅斑みたいになってるけど」 「至って健康だよ!」 鈍感なヤツ。 まぁ、今はまだ心の準備ができてないし。気付かれないに越したことはないよな…。 浮ついた気分で午後の授業を消化した。 幸か不幸か、涼二の席は俺の真後ろ。よくありがちな「授業中に自然と目で追ってしまう」のは実質不可能なので、 辛うじて授業は頭に入っている。 そんなこんなで、漸く帰りのホームルームだ。 「よく『来年のことを言えば鬼が笑う』なんて言うけれど、鬼に笑われたところで、だから何だと言いたいのは私だけだろうか?」 掴み所のない担任による、恒例のよく分からない話が始まった。この女はいつもこの調子なのだ。 どうでもいいことばかりべらべらと喋り、どんどん話が脱線していくのはいつものこと。こんな適当な話には付き合っていられない。 何か考え事にでも脳の処理能力を使うとしようか。 ―――今日は涼二、バイトだって言ってたっけ。一緒に帰るくらいの時間は、多分あるよな。 ホームルーム終わったら速攻声かけて帰ろ。帰宅部万歳。 帰ったらどうしよう?夕飯の準備までは少し時間があるから…ゲームでも買いに行こうか?今あるゲームはあらかた飽きたし。 最近、何か面白そうなの出てたかな…。 「…というわけで、ポテトチップスはのりしおこそが至高。では委員長、号令」 「きりーつッ!れぇぇェーーいッ!」 ヤバい、話の前後関係が全く分からねぇ。どうしてこうなった。 まぁいい、取り敢えず。 「涼二、帰…むがっ!」 すぐ後ろの涼二へ身体を向けんとした瞬間。 眼前に白くてほっそりとした指が突然現れたかと思えば、口をがっちりと塞がれた。 視界の端に見え隠れする、よく手入れされた艶のある髪。ふわりとした香水の匂い。後頭部に感じる柔らかい感触。 コイツ…! 「ふへふはか!?はひひははふへへー!」 訳:植村か!?何しやがるてめー! 「ごめんね中曽根、今日はちょっと西田借りるから。悪いけどアンタは一人で帰りなさい」 「ん?珍しいな植村、どっか行くのか?」 「そろそろ西田も女子会に参加してもらおうと思って。そういうわけだから、また明日ね」 「むぐぐがっ!むーーーーっ!」 「おやおや?そんなに嬉しいのかなー?いつでも誘ってあげるのにー」 「今日は忍も参加?珍しいね、いつもは誘っても断られるんだけど」 女子会!?何言ってんだこのアマ…って典子も一緒かよ! クソが、俺は涼二と一緒に帰りたいのに…!何だってんだ今日は!? 「ほらほら、ちゃっちゃと歩く!」 「むぁーーー!んーーーーっ!!」 「ばいばい中曽根君!」 クラスメイトが好奇の目線を向けてくる中、出口に向かって引きずられる。 鞄はさりげなく典子が持ってくれてあるが、一体どこへ拉致されるのか。 植村は女子会だと言っていた。 そんな集まりがあるという話は、典子から聞いている。女になってから少し経った頃から今までに、何度か誘われたこともある。 その時に、女だけで他愛もない話に華を咲かせる集まりだと聞いた。 女子高生らしくて結構なことだが、ぶっちゃけ男と女のハイブリッド的存在である俺にとってはあまり魅力を感じなかったので、 何だかんだ理由をつけては断ってきた。 あまり断り続けて「付き合いの悪い奴」と思われるのもアレなので、 そのうち参加してみようとは思っていたが…何故今日に限ってこんなにも強引なのか? …思い当たることと言えば、昼休みに植村が妙に優しかったこと。 何が裏があるのではと踏んでいたが、この行動に繋がっているのかも知れない。いずれにせよ、目的はよく分からないけど。 あぁ、涼二が遠ざかっていく。暢気に手を振りやがって、畜生め。 もっと一緒にいたかったのになぁ…。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。