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第二章『雨と僕の心と』 - (2008/10/05 (日) 13:18:53) の最新版との変更点
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朝から大雨で、僕はなんだか気分が悪かった。なんか体がダルイ気がする。
雨だから・・・?
段々と女の子であることに慣れてきた僕は、時々男のときを思い返しては恥ずかしくなる。
そして、今日はついに学校に行く日。
慣れない手つきで女子生徒用のブレザーとスカートを身に着ける。
うちのクラスには同じく女体化した斉藤さんが居る。
こんなとき、彼女?はどんな気持ちだったんだろうか。
先生に連れられ、教室に入る。
嫌がらせといわんばかりの、自己紹介が始まる・・・。
わかる、わかるけど・・・自己紹介しなきゃ自分が誰だかわかってもらえない。
いや──別にわかってもらわなくてもいい。
でも、それは・・・僕が生きてきた証すらも消し去らなければならない事と同じであるような気がした。
女体化した生徒達には、これからあらゆる困難が待ち受けている。
それぞれの学校に専属カウンセラーが居るくらいだ。
女体化学校デビュー・・・ポジティブな章吾君なら、クールにそう言ってのけるんだろうか。
クール?いや、おかしいなぁ。どこがクールなんだろう。
そう思うとフッと顔が緩んだ。肩の力も抜けた。
章吾君・・・僕は・・・君と本当に・・・。
電車での一件が頭をよぎる。僕の心が熱くなる。恥ずかしくなる。
駅までお母さんに付き添われて行った。
「晴れたら、自転車直しておくからね。」
1週間乗らない間、野ざらしにされた僕の自転車はチェーンがさびてしまい出掛けにガチャンと外れてしまった。
仕方なく、電車に乗って学校に行くことになった。
まぁ、いいかな。こんな大雨で自転車に乗っていきたくない。
駅に到着。お母さんは少し不安で寂しげな顔をしてると思ったけど、僕を微笑んで見送ってくれていた。
ありがとう──
駅のホームに入り電車を待つ。
今まで忘れていた記憶がよみがえる。急に足が震えだして動けない。
あと5分で電車が来る。学校に行かなければいけない。でも足が動かない!
ダメだ・・・こんなところで、震えないで!
もう帰りたかった。今すぐ、お母さんに飛び込みたかった。
でも、笑顔で見送ってくれたお母さんの期待を裏切る事だけはできなかった。
うごけっ!うごけよっ!うごいてよっ!
それでも足の震えはおさまらなかった。
すると、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「あの・・・あの時の?」
恐る恐る振り返る。そこに居たのは章吾君だった。
「え!?」
「あ、ごめんなさい。お、ぼ、僕小此木章吾といいます。あの時は・・・」
「しょ──」
まずい、また名前を。
一瞬驚いたが、なんだか白々しい言葉に呆れてしまい。男だったときの僕に戻ってしまった。
章吾君にちゃんとお礼をいわなきゃ──
「あ、ありがとう・・・。章吾君・・・。」
「え?」
「あ、あぁ・・・」
はっとした。
またやってしまった。もうだめだ──
いたたまれなくなり、僕はその場から逃げよう足を動かす。足が動いた。
そうだ、女性専用車両!
僕は「あっ」と言う章吾君を振り返ることもできず、その場から逃げるように立ち去った。
学校に着いたら校長室へ急いだ。
これからのこと、保険の先生、カウンセラーの先生、担任と次々に面談。
どれもこれからの僕の事について重要な内容だった。
定期的にカウンセリングを受けるのはもちろんのこと、クラス内での配慮もなされているという。
どれも、まだイマイチ実感が湧かず、はい。わかりました。の返事しかできなかった。
そして、教室の前に立った。
見る見るうちに顔から血の気が引いていくのがわかった。
「佐伯、お前大丈夫か?いんや、大丈夫だ、先生がちゃんとフォローしてやる。自己紹介なんてすぐ終わる。」
ちがう、そうじゃない。僕は章吾君と顔をあわせることができない。
「斉藤もそうだった。足が震えてて、なかなか入ってくれなかった。でもな、逃げてちゃ始まらないんだぞ?」
わかっている。そんなありきたりな台詞で、はっぱかけなくてもいい。
「・・・・」
先生は小さなため息をついて、僕の背中に触れた。
「ひっ!」
「臆するな!なせばなる!どーんといけ!」
訳がわからないよ、この単純先生が。
先生は扉を開けて、間髪居れず僕の背中を強引に押した。
教室に僕の姿が現れる。
今まで教室でガヤガヤ騒いでいた声が一瞬で静まり返る。
もう、だめだ──
「なーに恥ずかしがってるんだ!ほれっ!」
先生が背中を押して、教団の横まで僕を強引に連れてきた。
また、教室内が騒がしくなる。
「ねーーだれー?転校生?」
「うほーかわえーー」
色んな声が聞こえてくる。
動揺していた僕は、それらの声が男としての僕の存在を忘れているという事にも気づかなかった。
「みんな静かにしろー!」
「そして落ち着いてきけー」
その先生の台詞から、すでに気取った生徒も少なくなかった。
教室内から困惑したような声がザワザワと聞こえてくる。
もう、覚悟を決めるしかないんだろう、もうどうなってもいい。
「あ、あの・・・あ、あの・・・」
「さ、さ佐伯・・・マコトです」
小さな声でそう言った。僕は頑張った。もう無理だ。
「ゴホン!えー彼、んいや、もとい彼女は佐伯マコトさんだ!」
「おまえらー変わらず仲良くしてやれよー!」
「ほらっ、自分の席につけっ」
クラス内がまた静寂に包まれた。皆僕をみて唖然としているのだった。
もう、帰りたい・・・。
そして章吾君と目があう。でも、すぐに反らしてしまう。
その時の僕の目に写った章吾君の顔。僕の目と心に焼き付いて離れなかった。
そして席にすわった。その時。
後ろの席の女子から耳打ちされる。
「佐伯さん!スカート!スカート!」
「え?」
見ると、スカートの裾が椅子の背もたれに引っかかって、とんでもない事になっている。
恥ずかしくなって僕は慌ててスカートの裾をお尻の下に敷いてもう一度座り直した。
周囲の男子から何か視線を感じる気がして、顔がどんどん顔が熱くなっていった。
後ろの席の女子にお礼を言うため、後ろを振り向いて小さな声で
「あ、ありがとう」
その女子はニコっと、笑顔で返事をしてくれた。
体を正面に戻そうとした時、一人の男子と目があった。その男子はバツが悪そうな顔をしてすぐにそっぽを向いた。
更に顔が熱くなっていった。
うぅ・・・気をつけなきゃ・・・
2時間目の授業が終わった。1時間目は校長室で面談を行っていたこともあり。授業を受けたのは2時間目からだった。
授業中、みんなの視線が痛かった。なにせ、クラスに女体化した生徒は僕と斉藤さんだけなんだから。
そりゃ、女体化公認の世の中とはいえ、女体化の比率は少ない。
そうでなければ、今の人類は女性でうめつくされてしまう。
休み時間、数人の女子生徒が僕の席の周りにやってきた。
「ねーねー佐伯君、じゃなかった佐伯さん。女の子になった感想は?」
「かわいいじゃーん!よかったねぇ。ぶちゃいくじゃなくって!」
「あんたがゆーなって・・・」
「アハハハハー」
なんだか、慣れない感じに僕は戸惑った。だって、こんなに女の子が僕の周りに集まってくることなんていままでこれっぽっちもなかったから。
「アハハハ!もぉーそんなに恥ずかしがらなくてもいいってぇ!」
「大丈夫!男子達が佐伯さんのことからかってきたら、ちゃーんとかばってあげるからさっ!」
こうしてみると、女子達の移り変わりのよさは、毎度感心させられる。
ちょっと嬉しかった。だって、もっと殺伐としてるのかと思ったから。
「あ、あの・・・これからも・・・よろしく」
最後の辺りが小さい声になってしまった。
「アハハハハーマコちゃん。カワイー!」
「さっそく名前で呼んじゃってるし」
「いいじゃーん、へるもんじゃないしー」
「それ、女の子の台詞!?」
「でも、名前が女の子でも違和感なくてよかったねー」
その後、女子達の質問攻めに会い休み時間が終わった。とてつもなく長かったように感じた。
僕は休み時間の度、入れ替わり立ち代り色んな女子達に質問攻めにされていた。
「胸のサイズいくつなの?」
「アレ、もうきた?」
「やっぱり、女の子になったら男の子の事好きになるの?」
最後に聞かれた質問にはかなり焦った。もう、刺激が強すぎる。
女子ってこんなに濃い会話をするのだと、僕の知らない一面が少しわかった。
お昼休みになり、なんだかもっと気分が悪くなってきた。もう雨はあがっているのに。質問攻めに疲れたのかな?
そして、女子達からお昼ご飯に誘われた。うちの学校は給食制ではなく弁当持参制。食堂や売店もある。
僕はお母さんに作ってもらったいつもの弁当を持ってきた。包み袋が明るい色になっていて、ちょっと恥ずかしかった。
「あっ、それ可愛い~」
「それ、もーらい!」
「これとおかず交換しよー」
色んな子が僕にかまってくれる。もしかして、僕に気を使って壁を作ってくれているのだろうか。
朝のあのスカートめくれ事件の事もあって、他の男子生徒からの視線を避けようとしてくれているのだろうか?
朝の面談の時の先生達の言葉を思い出した。
精神的に成長の早い女子達には、女体化した男子生徒のカバーをするように、いち早く教育を受けているらしい。
本当かな?でも、そう信じたかった。
男子は・・・僕も元男だったからわかる。子供だよ実際。
なんだか、嬉しいような悲しいような。複雑な気分になったがけど、今このときは何かの一体感を感じられた。嬉しかった。
「ねぇねぇ、マコちゃんはいつ女の子になっちゃったの?」
初めからそうだったが、すでに愛称で呼ばれている。悪い気はしない。むしろ嬉しい。
彼女の名前は野口加奈子さん。顔はお世辞にも可愛いとはいえないが、愛嬌のある性格で男女ともに友達は多い。
「一週間くらい前かな・・・朝起きたら急に・・・。」
彼女達が作ってくれた雰囲気のおかげで、僕はすんなりと答えられた。
「へぇ、そうなんだぁ。やっぱり起きてる時じゃなかったのかぁ」
この人は一体、何を期待していたんだ。
ピピピピピピピピ!
突然の音に皆がキョロキョロする。
こ、これは僕の携帯だ・・・!何の着メロも使ってない質素な着信音。明らかに僕しかない。
あわてて鞄の中をまさぐる。
あった、やっぱり僕のだ!
「佐伯さん。携帯マナー!あたし達までやられちゃう!」
「ご、ごめん!」
僕が原因で持ち物検査をされたんじゃ、目も当てられない。
申し訳ない気持ちで、こっそりと携帯を確認する。
やっぱり、メールだ。一体だれが?
!! 着信画面に 章吾君 と映ってあった。
章吾君からだ。僕が女の子になってから全く連絡をとってない。顔が曇る。
「ん?大丈夫?なんか顔色悪いよ?」
「え!?ううん・・・なんでもないよ・・・」
「そうかなぁ・・・そうは見えないよ?」
野口さんの心配をよそに、恐る恐るメールの内容を確認する。
『放課後 話がある 屋上にきてくれ』
と短いメールが書かれてあった。いかにも章吾君らしいメールだ。
僕はあの日の事、今朝の事を思い出す。更に気分が悪くなる。
どうして・・・僕は君と顔なんて会わせる、話す資格なんてない・・・
そのとき一気に気分が悪くなり、意識が朦朧としてくる。
章吾君・・・ぼく・・・・
そんな僕に周囲の女子達が気が付かないわけがなかった。
「どうしたの!?」
「ねぇ大丈夫!?」
「保健室いく?」
まともに返事もできず、僕は意識が遠のいていった。
気がついたらベッドの上で寝ていた。ここは保健室だろうか?
体を起こして、周囲を見渡してみる。まだ頭が重い。色んな器具がある、そしてベッドがある。
「ここ保健室・・・今・・・何時?」
そんな独り言を言いながら、壁にかけられて時計を探す。
時間はもう午後4時半。もう午後の授業は終わり、放課後になっていた。
ふと、章吾君からのメールを思い出す。
やっぱり、行かなきゃ─。
頭がくらくらする。なぜこんなに気分が悪いのか。
もしかしたら、その原因となったのがあのメールなのかもしれない。
しかし、行かなければならない気がして、おぼつかない足でなんとか屋上へ出る扉までたどり着いた。
でも、いざその屋上を目の前にすると手が動かない。
やっぱり無理だ・・・
そう思って立ち去ろうとした瞬間─。
突然扉が勝手に開いた。びっくりして振り返る。
扉から出てきたのは章吾君だった。
逃げようとしていたのを悟られたのか
「まてよ」
僕は急に体が動かなくなった。
「ちょっと来いよ」
低い声、怒っているのだろうか、更に体が動かなくなり震えだす。
しばしの沈黙。
やっとの思い出足を動かし、その場から逃げようと走り出そうとした瞬間。ガシッと手首を?まれた。
「ひっ!」
言いようのない気持ちになり、手を振り払おうとする。
大きな手は強い力で僕の手首を掴んでいて、今の僕の力では振り払えなかった。
「待てって言っただろ!ちょっと来い!」
大きな声で怒鳴られ、僕はこれ以上何もできなくなる。
章吾君が僕に怒ったのは初めてだったからなおさら何も出来なくなった。
僕はそのまま屋上へと引きずられていく。怖くてたまらない。
章吾君を怒らせてしまった。僕は取り返しの付かない事をしてしまった気分になって涙ぐんでいく。
屋上の入り口がある建物から影になる場所までつれていかれて、僕はうつむいたまま章吾君の目の前に立っている。
体中の振るえが止まらない。変な汗まで出てくる。
「どうして」
「え?」
急に発せられた声に、僕は章吾君の顔を見上げた。彼は僕をまっすぐにじっと見つめている。
「どうして、俺に何も言わなかった。」
当然の発言だった。僕と彼の立場が逆だったら、当然僕に話して欲しかったと思う。相談して欲しかったと思う。
でも、僕はその理由が言い出せず黙ってしまう。
「だんまりか・・・それじゃぁ何もわからないだろ!?」
「マコト!!」
大きな声に、僕は体が大きく震えた。言い訳なんか言うつもりはなかった。けど──
「だって・・・だって・・・!君に言える訳ないじゃないか!僕が女の子になったことなんて!」
「言える訳ないよ・・・言えるわけ・・・」
突然、僕の目から涙が流れ出した。親友の前で涙をみせてしまい、焦って何度も何度も拭うが止まらない。
「なんでだよ!俺じゃ、お前の力になれなかったって言うのか!」
違う・・・違う・・・そうじゃない・・・・・
「ひっぅ・・・う・・・うぅ・・・」
更に流れ出す涙に、悲しみに、僕は言葉を発する事ができない。
このままじゃ、このままじゃ、大切な親友が・・・章吾君が僕からいなくなってしまう。
「もう、いい・・・」
そういうと、章吾君は僕の目の前から去ろうとする。目の前がぐしゃぐしゃで何も見えなかったけど足音でわかった。
い、いかないで──!
「しょう・・・ごくっ・・・まっ・・・て、しょ・・・う・・・」
急に目の前が真っ暗になった。何がなんだかわからない。体が地面に崩れ落ちる。
「マコト!?」
薄れ往く意識のなかで、何度も、マコト、マコト、しっかりしろ!と叫ぶ声が聞こえて、僕はまた意識を失った。
次に気がついた時、また保健室だった。今度は更に苦しい。気持ちがわるい。
なんだか下腹部が痛い・・・。なにか、悪いものでも食べたのだろうか。
「あっ!起きたの?」
「体は大丈夫?」
「えっと・・・まだ、その、お腹がまだ痛みます・・・」
「そう・・・なら、コレ飲んで。」
言われるがまま、その薬を飲んだ。胃腸薬?でも、保険の先生が勧めてくれたんだから飲んでも大丈夫に違いない。
どうやら、僕は貧血で倒れてしまったらしい。
「落ち着くまで、まだ少し休んで。あなたの家族には連絡をしておいたから。」
「はい・・・すみません。」
30分ほど寝ていたのだろうか、少し体が楽になった気がする。
時間はもう、午後7時半。7月というのにもう外が暗い。それもそのはず、一度止んだ雨がまた降り出していた。
ベッドから体を起こし、服と髪型を整える。もう、癖になってるな。
「良いお母さんね。」
さらっとそういわれて、僕は顔が熱くなった。
「あ、あの。ありがとうございました!」
そして、歩こうとした瞬間、なんだか股間にもごもごとしたものがある感触を覚えた。
「んぇ?」
変な声が出た。
あ、下着替えておいたからね。大丈夫!ちゃんと返すから。それから、お め で と う!」
この一言と股間にあるもごもごしたもので、自分の身に何が起こったのか一瞬でわかった。
とてつもなく顔が熱くなっていった。もう、今までにないかくらいに。
「うーん、人それぞれかもしれないけど、そのうち慣れるわよ。大丈夫!」
そんな簡単に言わないで・・・気を失っている間に、下着を交換されていたなんて・・・
もう、想像もしたくない。これが若い先生だったのなら、さらに恥ずかしかっただろう。
「気をつけて帰りなさいよ。あ、それと、外であなたのお友達が待ってるから。お礼を言ってあげなきゃだめよ。」
友達?思い浮かぶのは章吾君くらいしかない。
僕は、嬉しいような、恥ずかしいような、何かを期待するような気持ちで扉を開けて外を確認する。
電気の消えた廊下には誰も居なかった。期待が外れて僕はうなだれる。
それはそうか・・・でも、なんで、どうして、先生は外で君が待ってるって・・・
僕は一人、暗い廊下をトボトボと歩いて下駄箱へ向かった。
靴を履く。誰も居ない下駄箱。暗い外。降りしきる雨。
僕はそんな雨を気にも留めず、傘も差さず外へと歩いていく。
空を見上げる。大粒の雨。僕の心のようなのに。僕は、自分に呆れて涙も出なかった。
もう、学校になんて、行きたくな──
「おい。」
慣れ親しんだ声が聞こえてふと後ろを振り向く。
「俺は無視かよ」
彼の顔を見た瞬間、急に目頭があつくなり大量の涙が溢れ出した。
彼は僕に近づいて、そっと自分の傘を差し出す。
「また、泣くのかよ。」
章吾君の声は。いつもの優しい声に戻っていた。
「ちがうよ・・・ちがうよ・・・」
僕は雨のせいにしたかった。
元男の僕が、こんなに涙を流すところを君には、君にだけは見られたくなかったのに。
でも、今はこの時が嬉しくてたまらなかった。
学校の最寄り駅から僕の住む町の駅まで、章吾君はずっと僕のそばにいてくれた。
章吾君は何も言わず僕に寄り添って歩く。相合傘をして歩いているから。
僕は言葉では言い表せない程の幸せを感じている。僕が今女の子だから?
章吾君と一緒にゲームをやったあの時、町に遊びに行ったあの時。男だった頃の幸せだった僕。
あの頃とは確実に違う幸せな気持ちを・・・・・今感じていた。
大雨の中、大人用の傘とはいえ二人が入るには少々狭かった。
ふと章吾君の肩を見ると、雨でびしょびしょになっている。
「雨が・・・濡れてるよ?」
僕はぐっと傘の軸を押して彼の方に動かす。でも、すぐにその傘が元の位置に戻る。
僕は彼の方を見てもう一度傘を押す。動かない。なんだか、ムキになってしまい力を込めて押し返す。
動かない。
もうっ!
もう一度押し返そうと、全力で傘を押す。手が滑った!
全身を使って全力で傘を押そうとしたもんだから、バランスを崩してそのまま彼の方にぶつかってしまった。
ドン!
バシャ!カラカラカラ・・・
二人は道路に倒れこみ、マコトは章吾に被さる形で倒れた。
お互いの顔と顔が近づく。
章吾君は僕をマジメな顔で見つめている。
僕はカッと顔が熱くなって、すぐさま彼の体から離れた。
「ご、ごめん!」
章吾君はゆっくりと立ち上がり、傘を拾って僕の方に近づいてきた。
「ごめん・・・」
また怒られるかと思い、下を向いて目をつむる。
僕のあごに手が触れる。あごを持ち上げられ、その瞬間──
僕の唇に章吾君の唇が重なった。
──!!
「んん!!」
体がビクンと跳ねる。体が熱くなっていく。
僕は今まさに、自分自身に起こっている出来事が信じられなかった。
心臓の鼓動がドンドン強くなる。
もう、だめ!
ドンッと章吾君の体を押し飛ばす。そして走り出す。また手首を掴まれる。
もう、もう放して!このままじゃ、僕は・・・僕はだめになる!
「これ、もってけよ」
「傘、もってけ」
「え?」
「そ、それじゃ、章吾君が濡れちゃうじゃないか!」
「俺はいい。お前、もう女だろ。体・・・調子わるいんだろっ!」
呆然とする僕に、傘を強引に渡す。呆気に取られて握らされた傘をもって立ちつくす
章吾君は僕に背中を向けてこういった。
「もう、帰れんだろ。早く帰ってやれ、お前の母さん心配してるぞ。」
そう言い残すと、章吾君はそのまま来た道を戻っていった。
その背中に、僕は男らしさを感じた。
僕の目から、自然と涙があふれてきた。
唇に残る章吾君の感覚。その唇を指でなぞってみる。
嬉しくて、嬉しくて、また涙が流れ出した。
手で拭う・・・まだまだあふれてくる。止まらない。
「僕・・・・もう女の子なんだね・・・・」
2章 「雨と僕の心と」 完
朝から大雨で、僕はなんだか気分が悪かった。なんか体がダルイ気がする。
雨だから・・・?
段々と女の子であることに慣れてきた僕は、時々男のときを思い返しては恥ずかしくなる。
そして、今日はついに学校に行く日。
慣れない手つきで女子生徒用のブレザーとスカートを身に着ける。
うちのクラスには同じく女体化した斉藤さんが居る。
こんなとき、彼女?はどんな気持ちだったんだろうか。
先生に連れられ、教室に入る。
嫌がらせといわんばかりの、自己紹介が始まる・・・。
わかる、わかるけど・・・自己紹介しなきゃ自分が誰だかわかってもらえない。
いや──別にわかってもらわなくてもいい。
でも、それは・・・僕が生きてきた証すらも消し去らなければならない事と同じであるような気がした。
女体化した生徒達には、これからあらゆる困難が待ち受けている。
それぞれの学校に専属カウンセラーが居るくらいだ。
女体化学校デビュー・・・ポジティブな章吾君なら、クールにそう言ってのけるんだろうか。
クール?いや、おかしいなぁ。どこがクールなんだろう。
そう思うとフッと顔が緩んだ。肩の力も抜けた。
章吾君・・・僕は・・・君と本当に・・・。
電車での一件が頭をよぎる。僕の心が熱くなる。恥ずかしくなる。
駅までお母さんに付き添われて行った。
「晴れたら、自転車直しておくからね。」
1週間乗らない間、野ざらしにされた僕の自転車はチェーンがさびてしまい出掛けにガチャンと外れてしまった。
仕方なく、電車に乗って学校に行くことになった。
まぁ、いいかな。こんな大雨で自転車に乗っていきたくない。
駅に到着。お母さんは少し不安で寂しげな顔をしてると思ったけど、僕を微笑んで見送ってくれていた。
ありがとう──
駅のホームに入り電車を待つ。
今まで忘れていた記憶がよみがえる。急に足が震えだして動けない。
あと5分で電車が来る。学校に行かなければいけない。でも足が動かない!
ダメだ・・・こんなところで、震えないで!
もう帰りたかった。今すぐ、お母さんに飛び込みたかった。
でも、笑顔で見送ってくれたお母さんの期待を裏切る事だけはできなかった。
うごけっ!うごけよっ!うごいてよっ!
それでも足の震えはおさまらなかった。
すると、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「あの・・・あの時の?」
恐る恐る振り返る。そこに居たのは章吾君だった。
「え!?」
「あ、ごめんなさい。お、ぼ、僕小此木章吾といいます。あの時は・・・」
「しょ──」
まずい、また名前を。
一瞬驚いたが、なんだか白々しい言葉に呆れてしまい。男だったときの僕に戻ってしまった。
章吾君にちゃんとお礼をいわなきゃ──
「あ、ありがとう・・・。章吾君・・・。」
「え?」
「あ、あぁ・・・」
はっとした。
またやってしまった。もうだめだ──
いたたまれなくなり、僕はその場から逃げよう足を動かす。足が動いた。
そうだ、女性専用車両!
僕は「あっ」と言う章吾君を振り返ることもできず、その場から逃げるように立ち去った。
学校に着いたら校長室へ急いだ。
これからのこと、保険の先生、カウンセラーの先生、担任と次々に面談。
どれもこれからの僕の事について重要な内容だった。
定期的にカウンセリングを受けるのはもちろんのこと、クラス内での配慮もなされているという。
どれも、まだイマイチ実感が湧かず、はい。わかりました。の返事しかできなかった。
そして、教室の前に立った。
見る見るうちに顔から血の気が引いていくのがわかった。
「佐伯、お前大丈夫か?いんや、大丈夫だ、先生がちゃんとフォローしてやる。自己紹介なんてすぐ終わる。」
ちがう、そうじゃない。僕は章吾君と顔をあわせることができない。
「斉藤もそうだった。足が震えてて、なかなか入ってくれなかった。でもな、逃げてちゃ始まらないんだぞ?」
わかっている。そんなありきたりな台詞で、はっぱかけなくてもいい。
「・・・・」
先生は小さなため息をついて、僕の背中に触れた。
「ひっ!」
「臆するな!なせばなる!どーんといけ!」
訳がわからないよ、この単純先生が。
先生は扉を開けて、間髪居れず僕の背中を強引に押した。
教室に僕の姿が現れる。
今まで教室でガヤガヤ騒いでいた声が一瞬で静まり返る。
もう、だめだ──
「なーに恥ずかしがってるんだ!ほれっ!」
先生が背中を押して、教団の横まで僕を強引に連れてきた。
また、教室内が騒がしくなる。
「ねーーだれー?転校生?」
「うほーかわえーー」
色んな声が聞こえてくる。
動揺していた僕は、それらの声が男としての僕の存在を忘れているという事にも気づかなかった。
「みんな静かにしろー!」
「そして落ち着いてきけー」
その先生の台詞から、すでに気取った生徒も少なくなかった。
教室内から困惑したような声がザワザワと聞こえてくる。
もう、覚悟を決めるしかないんだろう、もうどうなってもいい。
「あ、あの・・・あ、あの・・・」
「さ、さ佐伯・・・マコトです」
小さな声でそう言った。僕は頑張った。もう無理だ。
「ゴホン!えー彼、んいや、もとい彼女は佐伯マコトさんだ!」
「おまえらー変わらず仲良くしてやれよー!」
「ほらっ、自分の席につけっ」
クラス内がまた静寂に包まれた。皆僕をみて唖然としているのだった。
もう、帰りたい・・・。
そして章吾君と目があう。でも、すぐに反らしてしまう。
その時の僕の目に写った章吾君の顔。僕の目と心に焼き付いて離れなかった。
そして席にすわった。その時。
後ろの席の女子から耳打ちされる。
「佐伯さん!スカート!スカート!」
「え?」
見ると、スカートの裾が椅子の背もたれに引っかかって、とんでもない事になっている。
恥ずかしくなって僕は慌ててスカートの裾をお尻の下に敷いてもう一度座り直した。
周囲の男子から何か視線を感じる気がして、顔がどんどん顔が熱くなっていった。
後ろの席の女子にお礼を言うため、後ろを振り向いて小さな声で
「あ、ありがとう」
その女子はニコっと、笑顔で返事をしてくれた。
体を正面に戻そうとした時、一人の男子と目があった。その男子はバツが悪そうな顔をしてすぐにそっぽを向いた。
更に顔が熱くなっていった。
うぅ・・・気をつけなきゃ・・・
2時間目の授業が終わった。1時間目は校長室で面談を行っていたこともあり。授業を受けたのは2時間目からだった。
授業中、みんなの視線が痛かった。なにせ、クラスに女体化した生徒は僕と斉藤さんだけなんだから。
そりゃ、女体化公認の世の中とはいえ、女体化の比率は少ない。
そうでなければ、今の人類は女性でうめつくされてしまう。
休み時間、数人の女子生徒が僕の席の周りにやってきた。
「ねーねー佐伯君、じゃなかった佐伯さん。女の子になった感想は?」
「かわいいじゃーん!よかったねぇ。ぶちゃいくじゃなくって!」
「あんたがゆーなって・・・」
「アハハハハー」
なんだか、慣れない感じに僕は戸惑った。だって、こんなに女の子が僕の周りに集まってくることなんていままでこれっぽっちもなかったから。
「アハハハ!もぉーそんなに恥ずかしがらなくてもいいってぇ!」
「大丈夫!男子達が佐伯さんのことからかってきたら、ちゃーんとかばってあげるからさっ!」
こうしてみると、女子達の移り変わりのよさは、毎度感心させられる。
ちょっと嬉しかった。だって、もっと殺伐としてるのかと思ったから。
「あ、あの・・・これからも・・・よろしく」
最後の辺りが小さい声になってしまった。
「アハハハハーマコちゃん。カワイー!」
「さっそく名前で呼んじゃってるし」
「いいじゃーん、へるもんじゃないしー」
「それ、女の子の台詞!?」
「でも、名前が女の子でも違和感なくてよかったねー」
その後、女子達の質問攻めに会い休み時間が終わった。とてつもなく長かったように感じた。
僕は休み時間の度、入れ替わり立ち代り色んな女子達に質問攻めにされていた。
「胸のサイズいくつなの?」
「アレ、もうきた?」
「やっぱり、女の子になったら男の子の事好きになるの?」
最後に聞かれた質問にはかなり焦った。もう、刺激が強すぎる。
女子ってこんなに濃い会話をするのだと、僕の知らない一面が少しわかった。
お昼休みになり、なんだかもっと気分が悪くなってきた。もう雨はあがっているのに。質問攻めに疲れたのかな?
そして、女子達からお昼ご飯に誘われた。うちの学校は給食制ではなく弁当持参制。食堂や売店もある。
僕はお母さんに作ってもらったいつもの弁当を持ってきた。包み袋が明るい色になっていて、ちょっと恥ずかしかった。
「あっ、それ可愛い~」
「それ、もーらい!」
「これとおかず交換しよー」
色んな子が僕にかまってくれる。もしかして、僕に気を使って壁を作ってくれているのだろうか。
朝のあのスカートめくれ事件の事もあって、他の男子生徒からの視線を避けようとしてくれているのだろうか?
朝の面談の時の先生達の言葉を思い出した。
精神的に成長の早い女子達には、女体化した男子生徒のカバーをするように、いち早く教育を受けているらしい。
本当かな?でも、そう信じたかった。
男子は・・・僕も元男だったからわかる。子供だよ実際。
なんだか、嬉しいような悲しいような。複雑な気分になったがけど、今このときは何かの一体感を感じられた。嬉しかった。
「ねぇねぇ、マコちゃんはいつ女の子になっちゃったの?」
初めからそうだったが、すでに愛称で呼ばれている。悪い気はしない。むしろ嬉しい。
彼女の名前は野口加奈子さん。顔はお世辞にも可愛いとはいえないが、愛嬌のある性格で男女ともに友達は多い。
「一週間くらい前かな・・・朝起きたら急に・・・。」
彼女達が作ってくれた雰囲気のおかげで、僕はすんなりと答えられた。
「へぇ、そうなんだぁ。やっぱり起きてる時じゃなかったのかぁ」
この人は一体、何を期待していたんだ。
ピピピピピピピピ!
突然の音に皆がキョロキョロする。
こ、これは僕の携帯だ・・・!何の着メロも使ってない質素な着信音。明らかに僕しかない。
あわてて鞄の中をまさぐる。
あった、やっぱり僕のだ!
「佐伯さん。携帯マナー!あたし達までやられちゃう!」
「ご、ごめん!」
僕が原因で持ち物検査をされたんじゃ、目も当てられない。
申し訳ない気持ちで、こっそりと携帯を確認する。
やっぱり、メールだ。一体だれが?
!! 着信画面に 章吾君 と映ってあった。
章吾君からだ。僕が女の子になってから全く連絡をとってない。顔が曇る。
「ん?大丈夫?なんか顔色悪いよ?」
「え!?ううん・・・なんでもないよ・・・」
「そうかなぁ・・・そうは見えないよ?」
野口さんの心配をよそに、恐る恐るメールの内容を確認する。
『放課後 話がある 屋上にきてくれ』
と短いメールが書かれてあった。いかにも章吾君らしいメールだ。
僕はあの日の事、今朝の事を思い出す。更に気分が悪くなる。
どうして・・・僕は君と顔なんて会わせる、話す資格なんてない・・・
そのとき一気に気分が悪くなり、意識が朦朧としてくる。
章吾君・・・ぼく・・・・
そんな僕に周囲の女子達が気が付かないわけがなかった。
「どうしたの!?」
「ねぇ大丈夫!?」
「保健室いく?」
まともに返事もできず、僕は意識が遠のいていった。
気がついたらベッドの上で寝ていた。ここは保健室だろうか?
体を起こして、周囲を見渡してみる。まだ頭が重い。色んな器具がある、そしてベッドがある。
「ここ保健室・・・今・・・何時?」
そんな独り言を言いながら、壁にかけられて時計を探す。
時間はもう午後4時半。もう午後の授業は終わり、放課後になっていた。
ふと、章吾君からのメールを思い出す。
やっぱり、行かなきゃ─。
頭がくらくらする。なぜこんなに気分が悪いのか。
もしかしたら、その原因となったのがあのメールなのかもしれない。
しかし、行かなければならない気がして、おぼつかない足でなんとか屋上へ出る扉までたどり着いた。
でも、いざその屋上を目の前にすると手が動かない。
やっぱり無理だ・・・
そう思って立ち去ろうとした瞬間─。
突然扉が勝手に開いた。びっくりして振り返る。
扉から出てきたのは章吾君だった。
逃げようとしていたのを悟られたのか
「まてよ」
僕は急に体が動かなくなった。
「ちょっと来いよ」
低い声、怒っているのだろうか、更に体が動かなくなり震えだす。
しばしの沈黙。
やっとの思い出足を動かし、その場から逃げようと走り出そうとした瞬間。ガシッと手首を掴まれた。
「ひっ!」
言いようのない気持ちになり、手を振り払おうとする。
大きな手は強い力で僕の手首を掴んでいて、今の僕の力では振り払えなかった。
「待てって言っただろ!ちょっと来い!」
大きな声で怒鳴られ、僕はこれ以上何もできなくなる。
章吾君が僕に怒ったのは初めてだったからなおさら何も出来なくなった。
僕はそのまま屋上へと引きずられていく。怖くてたまらない。
章吾君を怒らせてしまった。僕は取り返しの付かない事をしてしまった気分になって涙ぐんでいく。
屋上の入り口がある建物から影になる場所までつれていかれて、僕はうつむいたまま章吾君の目の前に立っている。
体中の振るえが止まらない。変な汗まで出てくる。
「どうして」
「え?」
急に発せられた声に、僕は章吾君の顔を見上げた。彼は僕をまっすぐにじっと見つめている。
「どうして、俺に何も言わなかった。」
当然の発言だった。僕と彼の立場が逆だったら、当然僕に話して欲しかったと思う。相談して欲しかったと思う。
でも、僕はその理由が言い出せず黙ってしまう。
「だんまりか・・・それじゃぁ何もわからないだろ!?」
「マコト!!」
大きな声に、僕は体が大きく震えた。言い訳なんか言うつもりはなかった。けど──
「だって・・・だって・・・!君に言える訳ないじゃないか!僕が女の子になったことなんて!」
「言える訳ないよ・・・言えるわけ・・・」
突然、僕の目から涙が流れ出した。親友の前で涙をみせてしまい、焦って何度も何度も拭うが止まらない。
「なんでだよ!俺じゃ、お前の力になれなかったって言うのか!」
違う・・・違う・・・そうじゃない・・・・・
「ひっぅ・・・う・・・うぅ・・・」
更に流れ出す涙に、悲しみに、僕は言葉を発する事ができない。
このままじゃ、このままじゃ、大切な親友が・・・章吾君が僕からいなくなってしまう。
「もう、いい・・・」
そういうと、章吾君は僕の目の前から去ろうとする。目の前がぐしゃぐしゃで何も見えなかったけど足音でわかった。
い、いかないで──!
「しょう・・・ごくっ・・・まっ・・・て、しょ・・・う・・・」
急に目の前が真っ暗になった。何がなんだかわからない。体が地面に崩れ落ちる。
「マコト!?」
薄れ往く意識のなかで、何度も、マコト、マコト、しっかりしろ!と叫ぶ声が聞こえて、僕はまた意識を失った。
次に気がついた時、また保健室だった。今度は更に苦しい。気持ちがわるい。
なんだか下腹部が痛い・・・。なにか、悪いものでも食べたのだろうか。
「あっ!起きたの?」
「体は大丈夫?」
「えっと・・・まだ、その、お腹がまだ痛みます・・・」
「そう・・・なら、コレ飲んで。」
言われるがまま、その薬を飲んだ。胃腸薬?でも、保険の先生が勧めてくれたんだから飲んでも大丈夫に違いない。
どうやら、僕は貧血で倒れてしまったらしい。
「落ち着くまで、まだ少し休んで。あなたの家族には連絡をしておいたから。」
「はい・・・すみません。」
30分ほど寝ていたのだろうか、少し体が楽になった気がする。
時間はもう、午後7時半。7月というのにもう外が暗い。それもそのはず、一度止んだ雨がまた降り出していた。
ベッドから体を起こし、服と髪型を整える。もう、癖になってるな。
「良いお母さんね。」
さらっとそういわれて、僕は顔が熱くなった。
「あ、あの。ありがとうございました!」
そして、歩こうとした瞬間、なんだか股間にもごもごとしたものがある感触を覚えた。
「んぇ?」
変な声が出た。
あ、下着替えておいたからね。大丈夫!ちゃんと返すから。それから、お め で と う!」
この一言と股間にあるもごもごしたもので、自分の身に何が起こったのか一瞬でわかった。
とてつもなく顔が熱くなっていった。もう、今までにないかくらいに。
「うーん、人それぞれかもしれないけど、そのうち慣れるわよ。大丈夫!」
そんな簡単に言わないで・・・気を失っている間に、下着を交換されていたなんて・・・
もう、想像もしたくない。これが若い先生だったのなら、さらに恥ずかしかっただろう。
「気をつけて帰りなさいよ。あ、それと、外であなたのお友達が待ってるから。お礼を言ってあげなきゃだめよ。」
友達?思い浮かぶのは章吾君くらいしかない。
僕は、嬉しいような、恥ずかしいような、何かを期待するような気持ちで扉を開けて外を確認する。
電気の消えた廊下には誰も居なかった。期待が外れて僕はうなだれる。
それはそうか・・・でも、なんで、どうして、先生は外で君が待ってるって・・・
僕は一人、暗い廊下を歩いて下駄箱へ向かった。
靴を履く。誰も居ない下駄箱。暗い外。降りしきる雨。
僕はそんな雨に濡れる事を気にも留めず、傘も差さず外へと歩いていく。
空を見上げる。大粒の雨。僕の心のようなのに。僕は、自分に呆れて涙も出なかった。
もう、学校になんて、行きたくな──
「おい。」
慣れ親しんだ声が聞こえてふと後ろを振り向く。
「俺は無視かよ」
彼の顔を見た瞬間、急に目頭があつくなり大量の涙が溢れ出した。
彼は僕に近づいて、そっと自分の傘を差し出す。
「また、泣くのかよ。」
章吾君の声は。いつもの優しい声に戻っていた。
「ちがうよ・・・ちがうよ・・・」
僕は雨のせいにしたかった。
元男の僕が、こんなに涙を流すところを君には、君にだけは見られたくなかったのに。
でも、今はこの時が嬉しくてたまらなかった。
学校の最寄り駅から僕の住む町の駅まで、章吾君はずっと僕のそばにいてくれた。
章吾君は何も言わず僕に寄り添って歩く。相合傘をして歩いているから。
僕は言葉では言い表せない程の幸せを感じている。僕が今女の子だから?
章吾君と一緒にゲームをやったあの時、町に遊びに行ったあの時。男だった頃の幸せだった僕。
あの頃とは確実に違う幸せな気持ちを・・・・・今感じていた。
大雨の中、大人用の傘とはいえ二人が入るには少々狭かった。
ふと章吾君の肩を見ると、雨でびしょびしょになっている。
「雨が・・・濡れてるよ?」
僕はぐっと傘の軸を押して彼の方に動かす。でも、すぐにその傘が元の位置に戻る。
僕は彼の方を見てもう一度傘を押す。動かない。なんだか、ムキになってしまい力を込めて押し返す。
動かない。
もうっ!
もう一度押し返そうと、全力で傘を押す。手が滑った!
全身を使って全力で傘を押そうとしたもんだから、バランスを崩してそのまま彼の方にぶつかってしまった。
ドン!
バシャ!カラカラカラ・・・
二人は道路に倒れこみ、マコトは章吾に被さる形で倒れた。
お互いの顔と顔が近づく。
章吾君は僕をマジメな顔で見つめている。
僕はカッと顔が熱くなって、すぐさま彼の体から離れた。
「ご、ごめん!」
章吾君はゆっくりと立ち上がり、傘を拾って僕の方に近づいてきた。
「ごめん・・・」
また怒られるかと思い、下を向いて目をつむる。
僕のあごに手が触れる。あごを持ち上げられ、その瞬間──
僕の唇に章吾君の唇が重なった。
──!!
「んん!!」
体がビクンと跳ねる。体が熱くなっていく。
僕は今まさに、自分自身に起こっている出来事が信じられなかった。
心臓の鼓動がドンドン強くなる。
もう、だめ!
ドンッと章吾君の体を押し飛ばす。そして走り出す。また手首を掴まれる。
もう、もう放して!このままじゃ、僕は・・・僕はだめになる!
「これ、もってけよ」
「傘、もってけ」
「え?」
「そ、それじゃ、章吾君が濡れちゃうじゃないか!」
「俺はいい。お前、もう女だろ。体・・・調子わるいんだろっ!」
呆然とする僕に、傘を強引に渡す。呆気に取られて握らされた傘をもって立ちつくす
章吾君は僕に背中を向けてこういった。
「もう、帰れんだろ。早く帰ってやれ、お前の母さん心配してるぞ。」
そう言い残すと、章吾君はそのまま来た道を戻っていった。
その背中に、僕は男らしさを感じた。
僕の目から、自然と涙があふれてきた。
唇に残る章吾君の感覚。その唇を指でなぞってみる。
嬉しくて、嬉しくて、また涙が流れ出した。
手で拭う・・・まだまだあふれてくる。止まらない。
「僕・・・・もう女の子なんだね・・・・」
2章 「雨と僕の心と」 完