『鈴木ヒロミチには夢がある』(2)

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『鈴木ヒロミチには夢がある』(2) - (2008/10/05 (日) 14:24:30) の編集履歴(バックアップ)


「で、だ。」
「うん?」
「なんで当然のようにお前は俺と弁当を食ってるんだ?」

午前の授業が終わって昼休み。
俺は今朝知り合った女の子にして幼馴染、
リョータ改めリョーコと、俺の席で弁当を食べていた。

「友人に正面切ってなんでは無いでしょ。常識的に考えて。」
「いや、そうじゃなくてだなぁ…。」
「そうじゃなくて?」
「お前、言ってみれば高校デビューみたいなモンだろ?良いのか女子の友達作らなくて。」

仮に女体化が事実だとして、春休み中にできたのはある意味ラッキーだろう。
1年半ばに、男→女となってしまうのに比べて、入学から女子扱いであれば、
それは大きなアドバンテージと言えると思う。
今なら知っているのは先生くらいだろうし、
それをわざわざ公言するような意味もあるようには思えない。

「あぁ、そんなコト。」

大したコトではないと言う風に、気の無い返事をするリョーコ。

「そんなコトって…、お前なぁ。」
「だーって今更だよ? 16年間も男で生きてきて。むしろ、普通の女子として振舞うのが苦痛だよ。」
「っつったって、今更戻れねーんだろ? だったら先のコトをだな…。」
「いーの。私はヒロミがいればそれでいーんだから!」
「ボブッ!」

チャー・フイター [Char Fuitter] (1847~1912 オランダ)

「うわ、何さ突然!」
「ゲフッ!ゴホッ!そりゃこっちのセリフだ!ワザとか貴様!」
「ワザと?何が?」
「何が…って。」

言えない。
不覚にも「私はヒロミがいれば~」にときめいたなんて言えない。
つーかこいつには、現状への認識と自覚があるのだろうか。

「ねぇ、何がワザとなのさぁ~。」

やばい、つつかれ始めた。
早々に話題を切り替えよう。

「てかお前、弁当箱変えたのか?前はどか弁だったよな。」

リョーコの目の前に広げられているのは、小さなプラスチック製の弁当箱がふたつ。
縦に積んで、片方に飯、もう片方におかずとかやるようなヤツだ。
両方とも、ひとつあたりの大きさは、ちょっと型が古くてデカい携帯くらいのサイズしかない。

「この体でどか弁を食べろっていうのかね。チミは。」
「う…まぁ、確かにそりゃそーだろうけどさぁ。」

今のリョーコは女子にしてもかなり小柄だ。4日前まではピザヲタだったなんてちょっと思えない。
そして今の貧相な体つきに、小さな弁当箱と白くて短いプラ箸は、確かに似合っていた。

「何がそんなに不満なのかねぇ。今朝からちょっとヘンだよ?」
「ヘンっつーか今朝からお前の方が不思議の塊じゃねぇか!」
「あ、言ってくれちゃうねぇ。」
「今朝だって一応アレで納得したコトにしたけどなぁ、
せめてリョータが使ってたモノくらい持ってて貰わないとやっぱり信じられないんだよ!」
「ほう、エロブラだけでは不服だと申すか。」
「いや、不服とかそういうんじゃなくて…。」

ここまでの彼女の口調とノリ、そして知識は完全に俺の知るリョータのモノだ。
一朝一夕にして、いや数年訓練したとしても、これだけ「似せる」のは難しいだろう。
というかわざわざそんなコトをする理由も意味も目的も無い。
俺が「独自の進化の可能性を秘めた某団長みたいな存在」とかならともかくとして、
そんな出来事は、ラノベの中で充分な話だ。
とにかく俺は、十年来の友人を、こんな形で失う(?)という現実を
いまいち受け入れることができていない。

「じゃーそうだね。これあげようか?」

言い淀む俺に、リョーコは弁当箱から卵焼きを一切れ掴み
俺の目の前に差し出す。

「何…それは!」
「そう、ウチのおかんの卵焼き~♪」

リョータの母親は料理が上手い。
中でも卵料理の上手さは神がかっていて、
中学時代、リョータの弁当に入っていた卵焼きをイタズラに奪って
食べてからというもの、その美味さの虜になってしまったのだ。
それがリョータにバレてからと言うもの、散々取引材料にされてしまったのは不覚だったが、
それでも食いたいと思わせるほどの代物だったのだから仕方が無い。

「どう?エロブラはともかく、これなら屈する他無いよねぇ?」
「う、うむ…。」
「今回は私のためだし、すぐに食べさせてあげるよ。」
「うは、マジで!?ヒャッホーゥ!」
「んじゃ、はい、あーん。」

ごく自然に、俺の口元に卵焼きを箸で差し出すリョーコ。

「何…だと…?」
「何?いらないの?」
「いや欲しい。すぐ欲しい。マジ欲しい。」
「そ、じゃ、あーん☆」

何だ!?何を考えてるこの男(4日前まで)は!?
恥ずかしいってLvじゃねーぞ!?
何!?すぐに食べさせてあげるよってこういうこと!?何なの!?馬鹿なの!?死ぬの!?
あまりの出来事に思考がついていかない。

「おーい、そろそろ手疲れてるんですけど~。」
「あ、あ…」

卵焼きを差し出したままお互いに固まる。

「うーん… それッ」

どうしたものかと考えているスキに、ポカッと開いていた口に卵焼きを放り込まれる。

「んがむぐッ!?」

喉の奥に落っこちそうになるのを、舌で押し戻して慌てて咀嚼。
うまい。リョータの母親の味だ。

「どぉ?」
「う…認めるしk…へぶぁ!」

「何をしとるか貴様ァァァァァァァ!!!」

次の瞬間、俺は脇腹への衝撃および誰かさんの罵声と共に、イスから吹っ飛ばされていた。

ドンガラガッシャン!

「ってーな。何をするだアッー!!」
「やかましいわ!どこのクラスかわからんから、ようやく探し当てたと思ったら…!」

見覚えのある顔に胸ぐらを掴まれ、そのまま前後にガクガクと揺さぶられる。

「…思ったら何ですかこりゃ!?えぇ!?高校生活1日目にして、早くも美少女と仲良くお弁当ですかオイ!
いつ知り合った!?何故知り合った!?どこで知り合った!?しかも何だ!?いきなりアーンとか何なんですか!?
そりゃー飛び蹴りの一発も入れたくなるってモンでしょーねー!?解説の鈴木サン!?お願いしますよ!?」
「いや、待て、佐々木、これじゃ、ムリ、だ。」

一方的にまくし立てながら揺さぶり続ける乱入者。

「おぉ!?これでまだ吐く気は無いだと!?ならばもっと強く!」

違う。そうじゃない。しかし揺すられ過ぎて、気分が悪く声が出ない。
このままでは別の意味で吐きかねない。
そう覚悟した時のコト。

ゴス!

「ふげ!」
「やかましいのはお前さんだ。食事中だよ。」

俺の胸ぐらを掴んでいた男は、リョーコの広辞苑チョップによって、沈黙させられた。



数分後、ブラックアウトから立ち直ったそいつは、
俺の席でリョーコと俺の間に割り込む形で弁当を広げていた。
こいつの名は佐々木ヒカル 中学時代の友人の中でもかなり親しかったヤツだ。
その頃は、同じクラスだったリョータと俺と、こいつの3人で弁当を食べるのが習慣になっていた。
だから、探しに来てさっきの状況になったのだろう。
しかし、こいつが血涙流すような勢いで俺に食って掛かってくる程飢えていたとは…。

「いやはや、取り乱してしまって申し訳ない。」

本人曰く、文系のオサレアイテム、黒縁メガネをずり上げながらのたまう。

「とか言いつつ当然のように弁当を広げるんじゃねぇ。」
「え?女ができたからって、鈴木サンは友人はもういらないと、そう仰る!?」
「いや、普通だったらこの状況で割り込んで来ないだろ。」
「なぁ~にを仰る!親友が美少女とふたりでお弁当している。
ここは友として、場を盛り上げるべく参上仕るのが男ってものでしょう!」
「…そうか?まぁ、俺は別に良いんだけど。」

そう言ってチラリとリョーコの方を見る。
(面白そうだから、私のコトは黙っておいて)
なんて、佐々木がノビている間に言われたけど、何を考えているのか…。
とりあえず、俺にはそういう才は無いので、流れに任せることにした。

「ところでお嬢さん、お名前は?」
「ん?私?リョーコ」
「リョーコさん、ね…。見た目と同じく可愛い名前です。」

なんか気障ったらしい口調で元リョータを口説き始めた!

「そう?そんなコト言われるのは初めてだねぇ~。」
「なんと!あなたの周りの男は見る目が無い…!こんな美少女を褒めないなんて!」
「褒めないなんてってお前…。」

頭が痛い。しかし今朝の出来事が脳裏にフラッシュバックするコトで、リョーコの目的が見えた。
傍目…というか、リョーコの目には、こういう風に映っていたのかと思うと寒気がする。
酷いコトにこいつは、今朝と似たような状態を再現する気らしい。鬼畜め。

「ぬな!?鈴木サンよ。あんたあんなコトして貰ってたのに感謝の気持ちもないと!?」
「いやぁ、だって私が好きでやったコトだし?」
「ぬぁんだってぇ!?」

リョーコの横槍にMMRのナワヤばりに大げさに驚く佐々木。

「一体…一体こんなののドコが良いんですか!?」
「本人目の前にして言うかソレ。」
「言うよ!言うさ!こんな美少女を目の前にして鈴木サンなんて尊重してられますか!」
「いやお前、さっき親友がどーとか男がどーとか言ってなかったか?」
「あれー?僕そんなこと言いましたっけ~?」

佐々木の暴走っぷりが凄まじい。
引っかかった俺が思うのも何だが、こうも派手にやってもらうと、
凄く突き落とし甲斐がある。

「う~んでも、ヒロミチ君とは付き合いも長いし…。」
「え?え!?なんですとぉ!?」
「もう、何年になるのかなぁ?」

激しく驚く佐々木を尻目にこっちに振るリョーコ

「え、あ、あぁ…?」
「夏には一緒にプールで泳いだし~、あ、冬にはスキー合宿も行ったよね~。」
「そんな、ウソでしょお!?鈴木サンがそんな…!」

そんな馬鹿な、とでも言いたげな佐々木。
突然振られて生返事しかできない俺。

「ウソじゃないよ~。ウソは!言ってないよ、ねぇ。ヒロミチ君?」

ウソ「は」をやたら強調するリョーコ。どうやらノッて欲しいらしい。
ちょっと考えてみたが、確かにウソはついていない。
両方とも中学時代の学校行事で、共にリョータと行動したのは事実なのだ。
もちろん佐々木もいたのだが。

「あぁ、そうだな。あの時は楽しかった。」

全力で肯定。

「そん…そんな…ウソだ…ウソダウソダウソダウソダッ!」
「残念ながら、ウソじゃない。」
「ね~。」

リョーコと一緒に頷く。さすが幼馴染、息ぴったりだ。

「仲間だと、思ってたのに…年単位だってぇ!?…畜生!チクショウ!」
「何言ってるんだ、年単位の付き合いなのは、佐々木も一緒じゃないか。」
「そーだよー。」
「僕が…?僕が女の子とそんな付き合いがあると?…ふざけるのも大概にしてくださいよッ!」

やべぇ、キレてる。

「なぁ、そろそろ良いんじゃないのか?」
「ん、そうだねぇ。」
「何なんですか~?また僕にわからないふたりの会話ですか~ァ?ハハハハ。」

思いっきり卑屈になっている佐々木に、おもむろに振る。

「なぁ、佐々木。あの噂、覚えてるか?」
「突然、何の話ですか?」
「16歳まで童貞だと…ってヤツ。」
「ちょ、女の子の前で何の話してるんですか!?」
「覚えてるんだな?」
「まぁ、そうですが…。それが?」
「それが、大事なんだよね~。」

突然の話題転換にポカンとする佐々木。
気にせず先を続ける。

「リョーコ、自己紹介。」
「おっけ~、改めまして…コホン。私の名前は、佐藤リョーコ。4月4日生まれの16歳。」
「え、さと…リョ…。」
「ヒロミとは十年来の友人で、プールにもスキーにも、学校で一緒に行った。その時は更衣室、一緒だったけどね。」
「ヒロミって…鈴木サン!?まさか!」
「そのまさかだよ。」
「佐藤リョータ改め佐藤リョーコ、華麗に可愛くただいま参上☆」
「あ、貸してたリトバス、終わってたら返してネ?」

「…。」

その瞬間からそれっきり、石化した佐々木の時が動き出すことは無かった…。
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