安価『ボクの初体験…3つとも、貰ってくれる?』

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安価『ボクの初体験…3つとも、貰ってくれる?』 - (2011/06/04 (土) 00:18:28) の編集履歴(バックアップ)


「3つとも、って何だろうな……」

梅雨明けも間近な6月下旬、窓際の席になった俺は外の大雨を眺めて、ぽつりと呟いた。
今は丁度昼休みになったばかりだ。教室の中は学食にいく連中がほとんどだったようで、がらんとしている。

「それで、お前は告白は受けたのか?まさか断ってないよなッ!
 くぅぅ~、高校入りたてでいきなりカノジョ持ちかよ!羨ましいなこのヤロウ」

前の席に座っている中学からの友人が、弁当を食いながらけたたましく話しかけてくる。
内容自体はコイツの言っている通り、昨日とある女生徒から俺が告白された事だ。
しかも昼休みに、この教室で、堂々と。

「断るも何も、お前も見てただろ。……いや、気圧されて断れなかっただけだったんだけど。」

昼飯時だったからか、教室には半分位しかクラスメイトは居なかったが
余りにも堂々としすぎた告白だったせいで、その日の内に学校中に知れ渡ったらしい。

「そうかそうか…で、もうヤったのか?入学したてで卒業しちまったのかッ?!」
「下ネタかよ、馬鹿ヤロウ……んなわけないだろ。昨日の今日だぞ。」

唐突過ぎてその時呆気に取られてしまった俺は、思わず頷いてしまって今に至るわけだ。
何故呆気に取られたのかって?そりゃ、相手との接点がまるでなかったからだ。
いや、あると言えばあったのだが、希薄すぎる関係だった。

「なぁ、3つの初体験って何だろうな。」
「またソレか、お前、女の子から初体験って言葉が出てきたら決まってんだろ!」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった。もういい、それ以上喋るな。」

この高校は、文化祭が何故か1学期に執り行われる。それもよりによって7月に。
期末試験と被る時期なのだが、それでも1年生だけは比較的マシというか、楽な方。

「なんで俺なんだろうな。学祭の準備でちょっと一緒になっただけなのになぁ…」
「理由なんか考えてどうすんだよ!あんな可愛い子滅多にいねーだろ!」
「そうなんだけど……あの子のクラスって言えば、アレだろ?例の集団疾患にかかっちまったって言う、あれ。」
「ああ、予防接種の前にクラスのほとんどが女体化しちまった、ってヤツだったっけか。」

2年生と3年生はクラスごとに生徒が出し物を決めているらしい。
それに加えて部活の方でも何かしら出店の用意だの展示だのもある。
とは言え、メイド喫茶やお化け屋敷、屋台等といった定番に絞られる事が多いのだが。

「そうそう、つまり…あの子は元男だったわけで、しかも成り立てだろ。
 いまいち腑に落ちなくてな。簡単に中身まで女になっちまうもんなのかね。」
「なんなら、今月にある予防接種拒否っちまえばいいだろ。お前も女になれば解る。
 ま、女になっちまったら?あの子はオレ様がいただいちまうがな!」
「アホか、寝言は寝て言え。お前みたいな下品なヤツがあの子と釣り合うわけがないだろ。」

1年生は隣のクラスと組んで郷土史の展示会みたいなのを開くのがこの学校の文化祭通例となっている。
彼女とは、その折に知り合った。今現在もその準備の真っ最中だ。

「下品とは失礼だな!欲望に素直だと言え!」
「余計に性質が悪い。」
「あ…あの。」

悪友と馬鹿みたいなやり取りをしていると、会話に割って入ってきた女の子がいた。
赤毛のストレートヘアーを首筋辺りでひとまとめにして、リボンでしばっている可愛らしい子だ。
髪の色は染めているわけではなく、ハーフだかクォーターだかなので地毛との事。

「お邪魔だったかな?えと、その…一緒に学食にでもどうかなって思ったんだけど。」
「ん?ああ、大丈夫。むしろ邪魔なのはコイツの方だから。」
「そっか、良かった。じゃぁ、行こっ。」

透き通るような白い肌をした綺麗な手が差し伸べられる。
……握ってくれ、という事だろうか。
恋愛経験も無い少年にとっては、いささかハードルが高すぎる。
俺はぎこちなく右手で宙を掻いた。
要するに、差し伸べられた手を握るかどうか考えあぐねているわけだ。
その様子がじれったかったのだろうか、彼女は強引に俺の腕を掴んで引っ張りだしてしまった。

「くぅ~…見せつけやがってこのヤロウ!さっさと行っちまえ!」

昼飯時の食堂は慌しい。むしろ一種の戦いの場と言っても差し支えないだろう。
食券販売機前には行列でき、その食券を出すカウンターは行列が崩れ、生徒たちでひしめき合っている。
順番待ちに耐え切れず割って入る生徒が絶えないので、罵声が飛び交う事も多い。

「あはは…相変わらず凄い人だかりだね。」
「だな。少し遅かったか…購買のパンにでもしとくかな。」

購買の販売所も食堂の中にある。
のだが…こちらも一足遅かったようで、既に全てのパンが売り切れていた。

「参ったな。今日は昼飯抜きか。」
「ところがそうはいきません。んふふ~、じゃーん!」

隣にいる彼女が得意げに財布を取り出し、中から紙切れを2枚俺に差し出してきた。

「食券?用意が良いなぁ、何時買ったんだ?」
「4時限目前の休み時間に予め、ね。あ…日替わり定食でよかったよね?」
「あ、ああ…悪い。えっと…600円だったか。ちょっと待ってくれ。」

代金を支払おうとすると、彼女が俺を制止した。

「ボクが勝手にやったことだから、うん。これはボクのおごりで。」
「い、いや、そういうわけにもいかないだろ。むしろ俺の方が……」
「あ……そっか、うん。そうだよね、ごめんね。じゃ、キミの分だけ貰おうかな。」

流石に元男だけあって、察してくれたらしい。
いくら高校生と言えども、女の子に奢られてしまっては恥だろう。

人ごみを掻き分け、何とか2人ともカウンターまで辿り着き
いざ定食の載ったトレイを受け取ったまでは良かったんだが…

「席、空いてなさそうだね。」
「ものの見事にな…やっぱり出遅れたって事か。」

テーブルを見渡す限りの人、人、人、いや、生徒か。
満席なせいか、立ち食いしているヤツも居る。
…俺1人だけなら立ち食いでもいいのだが、今は女の子連れだ。
何がなんでも、席を確保しなければならないだろう。

「ををっ、もう1人の委員長じゃないか、おーい、こっちだ。こっち!」

隣にいる彼女も、俺と同じ様に空席は無いか探していると、彼女に話しかけてくる女生徒が居た。
彼女も軽く相手に会釈する。クラスメイトだろうか?

「ここー、空いてんぞー。丁度2つ。隣にいるの彼氏だろ、つれてこいよー」

渡りに船、とばかりに女生徒に駆け寄る彼女。俺もその後を追う。

「ありがとうね。んっと、あれ?今日はあの2人と一緒じゃないんだ。珍しい。」

案内された席に着くなり、女生徒と彼女の会話が始まる。交友関係があるようだ。
俺の方も女生徒に対して軽い挨拶と感謝を述べた。

「んー…あー。いや、あの馬鹿男は4時間目の体育で怪我しちゃったらしくて今は保健室。
 いいんちょの方は、緊急の委員会で呼び出されてったんだ。」

そういえば、隣のクラスは男が1人しか居ない例の女体化クラスだ。
体育授業の際、そいつだけ女子の中で受けさせるわけにもいかないだろうと
うちのクラスの体育に合流している。
会話の中に出て来ている今日の体育とはサッカーだったのだが、
1人見慣れないヤツが足首をひねった上に盛大にずっこけて怪我をしていたな。
どうやらそいつがこの女生徒の言う「馬鹿男」のようだった。

「お見舞い行かなくてよかったの?」
「もう行ってきた。つーか…ぜんっぜん大した事なくてピンピンしてたからぶん殴って来た。」
「あ、あはは……相変わらず仲がいいね。
 ところでさ、ボクは委員長じゃなくて副委員長補佐、なんだけど…」
「細かい事気にすんなよ。風紀委員も学級委員も似たようなもんだろー?」

何故か隣にいる彼女とはまるっきり別物だ。
流石元男、ツインテールに加えて可愛い顔をしてはいるが、言動は男そのもの。
そして頭の方も今聞く限りでは残念そうにしか聞こえない。

「似てないし、やる事も全然違うよ。確かに学級委員長とは結構いろんな事で協力はするけどさ。」
「ふーん。で、隣に居るのが、例の告白でゲットした彼氏?良い趣味してるなぁカッコいいじゃん。」
「でしょ~。ふふん、羨ましい?」

まだ付き合い初めて2日目なんだが、彼女は平然として胸を張っている。
対する俺の方はと言うと、気恥ずかしくて顔を隠すように両手でお椀を抱え、味噌汁をすすっていた。

「でさ、もうヤったのか?どーだった?その…女になるって感覚はさ。」
「ゲホッ?!ゴホッ…」

質問の内容に驚いて味噌汁が器官に入り、むせてしまった。噴出さなかっただけ不幸中の幸いか。
悪友にも先ほど同じことを聞かれたが、女生徒から聞かれるのとは破壊力が違いすぎる。

「やだなぁ、昨日の今日だよ。ボクたちにはまだ早すぎるよね?」

彼女は恥じらうわけでも、怒るわけでもなく、淡々とこちらに尋ねてくる。
頼む、こっちに話を振らないでくれ。返答に困る。

「あ…ああ…そ、そうだ、な。」

恥じらうのは女の子の特権だと思っていたが、どうやら異性化疾患の子には関係が無いらしい。
むしろ男のままである俺の方が恥じらっているわけだが、さて、常識とはなんだったのか。

「へー。もうタメ口聞けるような仲なのか。意外と進展してんなー」
「うん、そうだよ!って、言いたい所だけど、ボクの方からお願いしたんだ。
 堅苦しい敬語は無しにしてほしい、って。」
「昨日の内にか?」
「そ、昨日の内に。」
「その分だと、初体験も結構早くやりそうだな。ななっ、ヤったら教えてくれよ。感想とかさ!」
「オ、オイ、アンタ!頼むから女子の口から初体験だの、ヤるだの、ぽんぽん言わないでくれッ」
「んだよー…いいじゃん、ケチくさい。細かい男は嫌われるぞ。」
「いや、待て、全然細かくない。むしろアンタの方が気にしなさすぎだ。」

等と突っ込みを入れながら、俺はこの「初体験」という言葉に対して一般的なイメージとは違う事を考えていた。
何故かって?それは告白された放課後に彼女から頼まれた事柄に関係していたからだ。

「じゃあ、ボクらの体験談を聞いたら、キミもそろそろ告白とかしちゃったりするのかな~?」
「なッ?!な、なななんの事だかサッパリだな!」
「いいのかなー?早くしないと委員長に先越されちゃうよ?」
「バッ…あ、あんな馬鹿男、委員長も好きなわけがないだろッ!?」
「え?ボクは別に誰とは言ってないよ?あれ?おっかしぃな~」
「ぐッ、こ、このッ嵌めたな!風紀いいんちょッ!」
「ふっふ~ん。お返しでーす。」

彼女はと言うと、軽く聞き流した上にカウンターパンチまで放っていた。
抑揚もなく、かと言って冷淡でもなく、ごく自然な調子で。
何故ここまで意識しないで居られるのだろうか、俺には皆目見当が付かない。

彼女の態度には違和感を感じるのだが、
今はその事よりも告白の後に受けた頼みごとの方が気になっていた。

「だ…大体っ、告白なんてのは男からするもんだッ!
 だ、だから俺は待ってやってるだけなんだっつの!」
「へぇ、好きな事は認めるんだ。
 そ~だよね~?小学生の頃からの幼馴染だもんね~?」

彼女から告白後に頼まれた事は、タメ口以外にも3つある。…らしい。
らしい、と言うのはまだ1つしか聞かされていないからだ。

”ボクの初体験…3つとも、貰ってくれる?”

とはいえ、このような意味深な発言もとい妄想しやすい頼みごとだったのだが
1つ目の頼みを聞いてみて、それは間違いだった事に気付く。

「バッ、ち、ちげーよ!ただの腐れ縁だッ!い、家もそんなに近くないぞッ?!」

俺の思案を他所に、女子の会話は思いのほか微笑ましい方向に弾んでいる。
片方の言葉遣いに気を留めなければ、こういうのが一般的な女生徒同士の恋愛話なのだろう。
しかも2人とも結構声がでかいので、周囲にダダ漏れだ。
聞き耳を立てている連中も少なくない。

話を戻そう。その1つ目の頼みと言うのは、”登下校を毎日一緒にしてほしい”と言う願いだった。
勿論二つ返事で承諾した。いや、ホントですよ?んなエロい妄想とかしてないから。マジで。
……確かに少しは期待していたが、彼女自身はプラトニックな関係をご所望だっただけだ。

「おや、噂をすれば影ってやつかな?キミの想い人のご到着みたいだよ?」
「なっ…へっ、えッ?!今の話は絶対内緒だからな!絶対だぞ!?」
「ういーっす。なんだ、やっぱりもう食い終わってんな。隣、いいか?」
「か、勝手に座ればいいだろ。いちいち聞くな!」

親しげにこちらにやってきたのが、先ほどの彼女らの会話に出てきた男だったらしい。
俺と彼女は当に食べ終わっていたので、彼と入れ替わりみたいな形になった。
軽い会釈だけして、俺たちはその場を去る。

「あのコもボクみたいに素直になればいいのにね?」

教室に戻る途中、彼女がそう話しかけてくる。
そうだな、と相槌だけ打っておいたが
本当に彼女は素直なのかと自分の中には疑問の種が撒かれていた。

「あ、今日の放課後も一緒に帰ろうね。終わったらそっちの教室の前で待ってるから。」

3つと言いつつまだ1つしか教えてくれないのは何故なのか?
それに茶化されてもごく自然に振舞えるのは何故なのか?
両方とも、今の自分には問う勇気を持ち合わせてはいなかった。



雨だれがグラウンドの土を打ち付ける音はけだるげで、聞いていると五月病の再来を予感させる梅雨明け直前の7月頭。
窓際の席の私は朝のHRまでの空き時間、雨音を聞くだけではなく窓の外のグラウンドも眺めている。
天気予報では降水確率30%だった為か、急に降り出した雨に対する防御壁を持ち合わせていない生徒が小走りに玄関へ走り去るのが見えた。
…防御壁は厨二病すぎる。素直に傘って言えば良かったか。
やたら変な話をするいいんちょの影響が出て来ている可能性が高い。

「おはよう、ツインテールの少女が頬杖をついて物憂げに雨の降るグラウンドを流し見している図。
 随分と絵になるし、乙女チックにもなったね。」
「誰が乙女だ、誰が。彼氏持ちのがよっぽど乙女だ。」
「いやいや、ボク程度、キミの足元にも及ばないほどの芋女でございますですことのよ。」
「さいで。」

やたらと失礼な挨拶をかましてくれたのは中学時代からの友人の女の子。
女体化ハーレムクラスであるこの1年E組では、当然この子も元男だ。

「で、ここから彼氏と相合傘で登校してんの見えたけどさ、進展してんの?結局」
「え?勿論してるよ。多分。」
「なんだ多分って…えらい曖昧というか、どうでもよさそうな感じに聞こえるな。」
「そんなわけないじゃない。人生初めてのカレシなんだからさ。」

首筋辺りで赤毛のストレートヘアーをまとめているリボンを弄って細かい調整をしながら、私の問いを軽く受け流す。
奇妙な敬語も冗談交じり混じっているが、口調には焦りや照れ、果ては惚気すら含まれていない至ってノーマルな雰囲気。
どこをどうすれば、高校上がりたてで恋人が出来た花も恥じらう乙女がここまで冷静でいられるのだろうか。

「今日も学際の準備だっけかね。」
「”今日も”って……始まるまで毎日放課後やってるよ?たまにはサボらないで参加してほしいな。
 同じ班なんだし。大変なのはボクなんだよ?」
「俺はですね、良い仲になっちゃった2人を邪魔しないように気を使っているわけですよ。
 恋人と同じ展示班なんだから、仲を深める絶好のチャンスだろ。」
「………そんな事言って、実の所サボりたいだけでしょ?
 委員長から聞いたけど、商店街の入り口にあるゲーセンに入り浸ってるんだよね~?」
「ゲーセンは昔から入り浸ってるっつーの。」
「昔は良かったけど、今は危ないでしょ。今のキミは可愛い女の子なんだからさ。」
「だいじょーぶ大丈夫。あいつといいんちょも大体一緒だし、1人で行く事のがすくねーよ。」
「ふーん、へー、ほ~。なるほど、なるほどね~?」
「た…他意はねーよ?ねーったら!ないっつってんのッ」

我ながら解りやすい反応で、周囲にバレていると解っていてもやめられない。
心の中は割りと冷静だとは思うのだが、表向きの反応はいつもオーバーリアクションになってしまう。
わざとやっているのではなく、単純に脊髄反射なのだ。
本当に厄介な性格。乙女だ乙女だと言われても実のところは反論できない自分がそこにいる。

「わ……解った。今日の放課後は俺も学際準備行くから、この話題終了、しゅーりょーでーす!」

このまま放っておくと更に突っ込まれるので、さっさと終わらせる。
流石に手伝うと言えば、コイツもおとなしく引き下がるだろう。

「え?ホント?本当にほんと?」
「ああ」
「絶対に必ずきっかりぴったり?」
「ああ、必ずきっかり」
「Really?」
「しつこいな…行くったら行くっつのッ!」

本当に、本当に厄介な性格だ。

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そして放課後。F組と合同である学祭準備は、F組の教室で行われている。
ホームルームを終えて教室で一息ついてから隣のクラスへ足を運ぶ。
合同とは言うのだが、両クラス全員が用意しているわけではない。
運動部に入っている連中は基本的には免除される。
まぁ、部の方での出し物の準備に追われているらしいのだが。
文化部の連中はケースバイケース。委員会も右に同じ。

よって、F組の教室に入っても、中にいる生徒数はそれほど多くはない。
2クラスの総計の1/6も居ればいい方ではないだろうか。つまり13人前後。
尚且つ、ほぼ全員帰宅部。
帰宅部の中にも私のようにサボタージュに走るやつも居るので、本来はもっと多い人数が動員されている計算なのだろう。
予定では既に展示物は完成してて、暇になってる時期なのだけどね~。なんて事を昼休みに聞いた。

ガラガラと教室の扉を開け、中の様子を見た。

「あ…やっと来た。遅いから放送部に呼び出しかけてもらおうか迷ってたんだよ?」

もっと遅れたら羞恥プレイだったんですか、そうですか。
来ざるを得なくなった原因を作った友人がぱたぱたと駆け足で近づいて来る。
え?サボりまくっていたのは自分じゃないのかとか自業自得とか、そういった類の苦情は受け付けません。

「それにしても……」

少ない。何が少ないって、教室にいた人数が少ない。どうみても7~8人しか居ない。

「け……結構どころか、深刻だったんだな。」
「うん。来てくれてホント助かったんだよ。」

様子を見渡していると、床に模造紙を広げて何か書き込んでいたこの子の彼氏と目が合った。
軽く会釈をすると、相手も頭を下げて応えてくれた。
どうやらこちらの顔を憶えていてくれたようだ。

何やら”製鉄所の歴史”とでかでかと書かれた模造紙を広げているこの子の彼氏が作業中の場所まで案内された。
郷土史とは聞いていたが、興味が無い事だとピンと来もしない。
そんなもんこの街にあったっけ?

「アレ?周辺地図ってどこやったっけ?知らない?」
「昨日借りてくるって言ってなかったか?……無いならまだ借りてないだけだろ。」
「あ……あ”~~~~~…お昼休みに借りてくるつもりだったのにすっかり忘れてた!」
「何やってんだ……資料の抜粋する箇所教えるから書いといてくれ。俺が借りてくるから。」
「だ、ダメだよ。ボクが忘れたんだからボクがいってくる!」
「いや、俺のが早く帰ってこ────」

彼氏の制止も聞かずに飛び出してしまった。
呆然とその後姿を見送った後に顔を見合わせた私とその彼氏。
面識がほとんど無い者同士、ただ顔を見合わせるだけ。
乾いた笑いでごまかそうとしてみるのだが、気まずさはごまかしきれるものではない。
周囲を見ても、他の連中は静かに展示物の作製をしているだけだ。

「わ、悪かった。今までさぼってて。」

1分位の間があって、沈黙に耐えかねた私の口から謝罪の意を搾り出す。
この微妙な空気、雰囲気を耐え忍べるほど私の忍耐力は高くない。

「いや、別に。実際面白くとも何とも無いから。最初は20人以上居たんだけどさ。
 今じゃこの有様。」
「へぇ…減った理由ってやっぱりつまらなかったからか?」
「それもある、かな。」
「他に何があるんだ??」
「そっちのクラス、今じゃ女子ばっかりだろ?
 それでうちのクラスの男子が釣れてたんだけど、あまりのつまらなさに来る女子の数が減ってさ。
 おまけに、文化部でもいいから入ってたらそっちに出るって名目でサボれるみたいで
 部活動って理由で抜ける連中も増えたってとこ。」
「花が無くなって働き蜂も寄って来なくなったってわけか……集める蜜もなけりゃ居る理由ないしな。」
「何気に酷い事言ってない?アンタ。」
「婦女子の特権だ、特権。女子にコキ使われてこその男子。」
「すごい理不尽だな。」
「女尊男卑ってヤツだ。大丈夫、俺はそんな差別しねーから。」
「嘘にしか聞こえないぞ。」


「それで、俺は何をすれば良いんだ?」
「あ、あー…そうだな。後はアイツが地図持って来なきゃ書く事はほとんどないし。
 展示物貼り付けるホワイトボードとか取ってこなきゃいけないな。」
「ホワイトボードね。何処にあるんだ?」
「えーっと…3階の視聴覚教室だったかな。
 おーい、例のホワイトボード取りに行きたいんだけど、俺ら2人だと手足りないから誰かついて来てくれ。」

丁度手が空いていたのは私と彼氏だけだったようで、3台もあったホワイトボードは一度に運べず、1台ずつ運ぶ事にした。
おまけに1年生の教室自体は1階にあるので、えらい手間でもあった。

「あの子とはうまくいってるのか?」

ホワイトボードをF組の教室に運ぶ道すがら、彼女に聞いた事を彼氏にも聞いてみた。

「ん…ぼちぼち、かな。」
「あんまり変わらない返答だな。」
「変わらないって何の事だ?」
「彼女の返答と変わらないって事。煮え切らない所もそっくり。言葉自体は違うけどさ。」
「そっか。ま、付き合ってるし、考え方が似てきたのかもな。
 それにしてもどうしてそんな事を聞くんだ?」
「ん。気になってさ。」
「先を越された、とか?」
「それもあるけど、あの子とはちょっと付き合い長くて心配になっただけだ。」
「…俺、そんなに信用無いように見えるのか。いや、そっちと面識もあんまりないけどさ。」
「何となく、アンタは信用出来ると思うよ。心配なのは彼女の方。」
「そりゃまた光栄な事で。って、普通逆じゃないのか?付き合い長いんだろ。」

普通なら当然、3年位付き合いのある彼女を信じたい。
目の前にいる性格すらよく知らない男子よりは遥かに信頼もしているはず。
はずなんだけど……。

「俺らさ、ほら、元々男子だっただけあってさ…色々不安定なんだよな。」
「色々大変そうだしな。……なんて当たり障りの無い事を言ってみたけど、彼女は普通に見えるぞ。
 …………………可愛いし。」

”可愛いし”の部分は物凄く小声で、多分彼も私には聞こえないように言ったつもりだったのだろう。

「ハイハイ、ノロケご馳走様。
 俺の友達の中じゃ俺も含めてあの子が一番こう、女子にまだ成れてないって言うか。」
「んなッ?!き、聞こえて…いや、えっと、アンタ以上に成れてないのか?
 俺から見たら、その…失礼なんだけど、アンタのがよっぽど。」
「そうだろうな。納得いかないだろうけど、性別が変わっちまうってのは複雑なもんでさ。
 持論で悪いんだけど、ここ3ヶ月間…って言うか、実際自分もなってなのだけど
 異性化した子には大体3種類のパターンがあるんだ。」
「パターン?」
「そ、パターン。」
「ゲームじゃあるまいし…」
「まーまー、黙って聞いてくれ。」
「へーい。」
「まずは一番解りやすい中身も立ち振る舞いも女子になれたヤツ。」
「……ごく当然に聞こえる。」
「だろうな。次に、これは俺も含まれるんだけどさ。
 中身だけ女子で言動その他は男子だった頃のものを続けてるヤツ。」
「………………アンタ"も"?」
「も。………今の僕には理解出来ないって顔してんな。手離すぞ。」
「わ、わったったったッ?!悪かった!謝るから階段降りてる時に手を離さないでくれ!!」
「ま、こんな言動だしな。女扱いしろとは言わない。だけど大抵、演技してるだけなんだけどな。」
「演技なのか?そんな必要が何処にあるんだ?」
「必要はなくて単に照れくさい場合もあるし、本心を隠したい場合も必要だろう。」
「アンタはどっちなんだ?」
「さて、どっちでしょう?」

ちょっとだけ可愛らしく、小首をかしげてみる。
彼は悩むかと思ったんだけど、意外とまっすぐな目をして

「前者って言いたいけど、こんな変な話始めるんだ、後者なんだろ?」

こう、返した。

「ご明察。解ってるなら尋ねないように。……あまり知られなくは無いものだし。」
「別に答えたくなかったのなら答えなくても良かっただろ。」
「ま、そうなんだけど……あの子の彼氏なんだし、予備知識として知ってて貰ってもいいかなってね。」
「予備知識になんのかね。んで、3つ目は?」
「急かさない、急かさない。女の子を急かす男子は嫌われるゾ♪」
「……そ、その台詞を聞くと首がむずがゆくなる。」
「………言うと思ったけど、言わないで。私あのキャラのファンなんだから。」
「話戻さないか?脱線してる。」
「貴方が脱線させたんじゃない。じゃ、本題の3つ目。
 これは貴方の彼女が該当しているのだけれど……」
「彼女が?…なぁ、アンタ、話し方変わってないか?」

流石に二人称まで変わると気付くのだろう。彼から指摘が入る。
これ以上脱線すると、私の方がおしゃべりに夢中になって進まない気がしたので、強引に戻す事にする。

「折角演技だ~!って見抜いてくれたから少しだけサービスしてるのに。
 話戻すけどいいよね?」 
「あ、ああ…それがアンタの素なんだな。意外過ぎる……いや、悪い、続けてくれ。」
「……釈然としないけど続けるとね、言動、行動その他は女の子に見えるのだけれど
 中身は元々の男の子のまま、ってパターンがあるの。」
「彼女がソレなのか?とても見えないな…」
「男子と女子を見る目が全く違うから、今後気をつけて見るといいと思う。
 私なんか良くいやらしい目で見られてるから解りやすいし。
 本人は気付かれていないと思っているのでしょうけど。」
「信じ難いな…」
「だってあの子の視線、私の胸に集中してるんですもの。体育の着替えの時は特に。
 あの子も私と同じくらい胸大きいのにね。」

ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえた。
指摘されるまで意識していなかったであろう彼の視線は、今は私の体のある一部分に注がれている。

「そうそう、今の貴方みたいな感じ。ま、そこまで露骨じゃないけど。」
「……い"!?ご、ごめんッ!」
「煽ったのは私なのだから、謝らなくていいよ。」

この程度の事で怒るほど自意識過剰でもないので、優しく諭したつもりだったけれど
彼は思いっきり恐縮してしまっていた。
気にしなくて良い、と宣言するのも返って逆効果になりそうだったので、スルーして話を続ける。

「それでね、心配事って言うのは……
 今説明した通り考え方が男の子のままなのに、貴方に告白したっていう事。」
「え?あ……確かに。」
「でも、おかしくはないのよね。あの子は頭の中も切り替えるきっかけに付き合い始めたかもしれないし。」
「んで、俺にそれを話した理由は?」
「勿論、あの子を支えて欲しいから。出来れば末永く、ね。責任を持って女の子にして欲しいの。」
「責任……で、女に…………ごくっ」

また唾を嚥下しているようで、今度はそれに加えて少し前屈みに。
想像たくましい男の子である。

「ぷっ…私はそういう意味で言ったわけじゃないけれど、いっそエッチしちゃうのも効果的かもね。
 でも無理矢理するのは厳禁。」
「んなッ?!ア…アンタ学食で言ってた事とあんまり変わってねーよッ?!」
「当たり前でしょ?言動は変わっていても、本質は変わっていないのだから。」
「……それもそうだ。えっと、少し気になったんだが、言動も中身も男って事は無いのか?」
「無いね。」
「即答だな。断言出来るのか。」
「私が見る限りほぼ存在しない。ま、正確に言うと、発症したその日と翌日位はみんなソレ。
 でも最長でも3日も経てば消えてなくなっちゃうかな。早い人だとなったその日の内に消えるし。
 だからパターンとして含めるのは不毛だと思ったの。」
「不思議なもんだな。」
「不思議でもないよ。精神が体を受け入れられなくても、取り繕おうと思う方が自然。
むしろ取り繕わなければ周囲に性的嗜好がすぐにバレてしまうもの。」
「バレて問題あるのか?」
「貴方が仮にホモかゲイだとして、それを周囲にひけらかしたい?」
「絶対にしたくない。いや、俺は至ってノーマルだけどさ。」
「でしょう?大丈夫、ノーマルなのは解ってるから。
 告白はあの子からだったようだけど、今はベタ惚れだものね。」
「なッ?!い、いや…そ、そんな事は無いぞッ?!」
「あら、じゃあ好きでもない女の子と付き合ってるって事?案外打算的ね。」
「そ、それも違う!んなわけあるかッ!あんなに可愛い子、好きにならないわけがないだろッ!」

思いっきり地雷を踏んだ彼は、立ち止まって放心していた。

「くぁッ!?」

間があって、正気に戻って顔を真っ赤にしている彼は、純情と言うか、純粋と言うか、からかい甲斐のある男の子だ。
彼女が告白したのは偶然なのだろうけど、ピッタリの相手だったのではないだろうか。

「熟したりんごみたいに真っ赤な赤面ありがとう。
 とにかく、そういうわけだから……彼女の事お願いね。」
「えっ?!あ………あ、ああ。で、出来る限りの事はしてみる。
 って…具体的になにすりゃいいんだろう?」
「男の子に戻るか、女の子に順応するか、葛藤してるのよ。
 恋人作ってるってことは、彼女自身は後者を望んでるみたいだし。
 さっきも言ったけど、貴方は恋人として支えてあげればいいの。」
「戻る?戻れるのか?」
「精神的な意味よ。肉体的な意味じゃなくてね。」

丁度話が終わる頃合で、F組の教室に辿り着いた。

「そろそろ教室ね。彼女のクラスメイトのお節介なお話はここでおしまい。
 あ、えっと、こーいう話をした事はオフレコでお願い。私の秘密も含めて色々と全部。」
「解った。友達思いなんだな、アンタ。」
「買い被りすぎだ。俺には出来ない事を頼んだってだけだから。」
「……猫被るの早すぎだろ。」
「あんま見せたい姿じゃねーし。今後ともヨロシクっつーとこで。」
「へいへい」
「返事は"はい"か"yes"で1回だ。」
「はーい。」
「伸ばすなよ。小学生かっ」



学園祭の開催が明日に迫った夏の朝、真っ直ぐ通学路へ向かうのではなく
自分の家から徒歩10分の一軒家の前で立ち止まる。今日は30℃を越える真夏日になるそうだ。
そのせいか、朝だと言うのに蒸し暑さで息苦しい。インターホンを押す前に深呼吸をして体をほぐす。

───ピンポーン

インターホンを押すと同時に自分の中のスイッチを切り替える。
さて、今からは恋人と一緒に登校する恋に恋する少女なのだと己の心に言い聞かせた。
数秒、間があって返事代わりに玄関のドアが開き、冴えない顔の少年が眠そうな顔をして出てきた。

「おはよ~、今日も暑いね」
「あー……おはよう、眠い…」
「夜更かししたの?いくら明日から学園祭で授業がないからって今日はまだちゃんと授業あるんだよ?」

通学路を歩く途中に注意を促しながら、彼の腕に絡みつく。
真夏日に引っ付くのは正直辛いが、付き合い始めたばかりでこれをやらないのは怪しまれそうなので仕方が無い。

「な、なぁ…そ、そのあれだ。」
「んー?」

頬がほんのり赤く染まって恥じらいつつ、何か言いたげな表情を僕へ向けた。
通学路には同じ学校の制服を着ている生徒も多数、僕らと同じように登校しているからか
嫉妬や羨望などが入り混じった突き刺さるような視線を多数感じる。
女子の身である僕がここまで感じるのだから、男子である彼へ注がれる視線の痛々しさは想像に難くない。

「ぃ……ぃやッ、今日は暑いからなッ。なんだ、えーっと。
 ほら、そっちもさ、くっつき過ぎると暑いだろ?」

冷静に小首を傾げつつ、頭の上に疑問符を浮かべたようなフリをする。
暑くないよと告げると、彼は察してくれよと言わんばかりに小さく呻く。
ここ2週間、彼とこうやって毎日登校しているのだが、似たようなやり取りを毎日しているのだ。
いい加減慣れて欲しい。……あ、でも簡単に慣れて貰っても面白くはないかもしれない。

「いや、暑いのもなんだけど、む…胸がだな、その、アレだ。あれですよ。
 ほ、ほら、周りの人にもさ、み、見られて……なっ!解るだろっ?!」

しどろもどろになりつつも、満更ではないのか決して振り解こうとはしない。
その煮え切らない態度だと、少々いたずらをしたくなるものだ。

更に力を込めて腕にしがみつき、胸を密着させる。
84のDカップと言うサイズ的に、その感触も中々の物ではないだろうか。
女性化する前に僕もこういう目にあってみたかった。心底彼が羨ましい。
それにしても演技とは言え、自分で自分の行動に嫉妬する状況と言うのもおかしな話だなと、ひとりごちた。

132 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(西日本)[sage] 投稿日:2011/05/16(月) 02:21:18.41 ID:k+BL2NxMo [2/2]
「ひあッ?!お、おまっ、ちょ、ま、待ってくれっ!」

彼が素っ頓狂な声を上げたせいで、周囲の視線が更に激しさを増した。
初めてならまだ解るのだけど、純情にも程がある。
10回以上同じシチュエーションを経験してその反応は男として駄目だろう。
彼のヘタレさのせいで、校内ではバカップルのレッテルも貼られているらしい。
非常に不名誉な事だ。そして不名誉ついでに計算外だった事をいくつか思い出した。

大体だ、女の子から『初体験』なんて言葉を聞けば
普通色々と……それはもう色々と、エロエロな回答を妄想するのが健全な男子たるものだと僕は思う。
それなのに、彼はとんでもない勘違いをしてくれたばかりか、こちらの話を全く聞いてくれなかったのだ。

『ボクの初体験…3つとも、貰ってくれる?』
『は、はははは、初体験?!』
『うん、初体験。』
『ど、どどど、どどどどど…どんな事なんだ?』
『まだ秘密。一度に全部教えちゃうのも恥ずかしいし、さ。』
『そそ、そそそ、そうだなッ』
『あ、そうだ。それとは関係ないのだけど…
 今日からさ、一緒に帰ってもいいかな?明日からは登校も一緒にしたいな。』

呆けた顔で舞い上がっていたらしいこの時の彼は
"一緒に帰りたい" と "登校も一緒にしたい" だけしか聞き取っていなかったのだろう。

『え?あ、ああ、あああああッ!そ、それが1つ目か、うん。って俺んち知ってる……わけないか。』
『へ?』
『ああ、いや、皆まで言うな。か、帰りに家の場所教えてくれよ。あ、明日から迎えに行くから。』
『え"?そ、それは構わないけど、ボクが迎えに行きたいから、キミの家も教えてほしいな。』
『わ、解った。じゃ、俺昼飯買いに、こここ、購買行くからまた後でなッ!』
『うん、でもね、それは"初体験"とは別のはな────』

回想終了。
訂正する間もなく脱兎の如く逃げられてしまい、今更違うとも言えない雰囲気になってしまったのが2週間前の話だ。
いくら何でも他に家が近い男子が居なさそうだったとしても、彼に告白したのは間違いだったのかもしれない。
とは言え今更相手を変更する意味は無いし、人間関係的な意味でも難しいだろう。

僕の予定では1つ目はデート、2つ目でキス。
そして3つ目で初エッチ辺りを想定していたのに、開幕から予想の斜め下を低空飛行するハメになってしまった。
軌道に乗るのは何時になるのだろう。先が思い遣られる。



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たっぷりと彼の反応と周囲の視線を堪能している内に、校門が見えてきた。

「おはよう、今日も見せ付けてくれるね。
 ………風紀委員が風紀を乱してしまっては本末転倒なのだがね。」
「おはよう、委員長。不純ではないから大丈夫なのですっ。」

校門に入ったところで僕の返答に心底めんどくさそうにため息を付くメガネっ娘と出くわした。

「お…おはようございます。」
「あ、ああ…僕に敬語は使わなくても構わないよ。同級生なんだし、堅苦しいのは嫌いなんだ。」

彼女は僕のクラスメイトの学級委員長だ。
僕の彼氏は申し訳なさそうに会釈をして、僕の方はと言うと腕に絡みついたまま胸を張る。

「全く……君達を見ていると異性化してしまった者の風紀は乱れる事が多い事実を突きつけられるよ。
 まさかここまでとは思わなかったけども。
 大体、僕らのクラスメイトの彼氏持ちが多い事多い事………。
 本人たちはバレていないと思っているのが滑稽だ。」
「そうなの?初耳。」
「知らないのかい……実にクラスの6割以上が彼氏持ちだ。非処女も既に4割を越える。
 尤も、君達ほどあけっぴろげなカップルは類をみないがね。」
「へぇ…。って、どうしてそこまで具体的な数字が出せちゃうのかな?」
「ククク…僕の情報網を甘くみないほうがいい。壁に耳あり、障子に目あり。」

くいっと、ずり落ちたメガネを彼女は中指で押し上げた。
瞬間、きらりと委員長のメガネが光る。
彼女にとってはこれが通常運転なのだが、含みがありすぎて不気味にしか見えない。
その様子を見て、隣に居る彼は乾いた笑いしか出てこないようだ。

「相変わらずだね、委員長。そのデバガメ気質どうにかならない?」
「失礼な。別に覗いているわけではないよ。勝手に情報が集まってくるだけさ。」
「嘘ばっかり……女の子になってから井戸端会議好きに拍車がかかってるんでしょ?」
「それこそ偏見だ。女性となってしまった己が身を最大限利用していると言って欲しい。」
「……ハイハイ。遅刻しそうだからもう行くね?委員長も遅れちゃだめだよ。」
「君は何を言っているんだ。僕も行く教室は同じだろう。」

委員長はそう言って、一足先に教室へ向かおうとする僕らを制止する。

「だって委員長が一緒だとカレが怯えちゃってるんだもん…あとから来てよ。」

引きつった笑顔で否定する彼なのだが、さすがにその表情では不安の色を隠せない。
今日こそ進展させようと思っているのに、これ以上委員長に邪魔されては元も子もない。

「朝っぱらから失敬だな。大丈夫、流石に親友の恋バナを肴にしたりはしないさ。」
「だといいけど。」
「ま、肴に出来るほど隠し事があるかどうかも怪しいもんだがね。
 君の告白はある意味伝説になっていることだし。」
「そんな大層な事じゃないんだけどなぁ…」

隠し事なら山ほどある。
だけどそれについては誰にも話していないし
これからも打ち明けるつもりもないので、彼女の耳に入る事も永遠に無いだろう。

「伝えたい想いを言葉にして、伝えたい相手に声を出して届けるだけでしょ?」
「言うは易し、行うは難し。君は昔から変な所で勇気を見せてくれるよ。」

我ながら、クサい台詞を吐いちゃったものだ。
余りにもクサすぎたせいか、隣の彼はトマトみたいに耳まで真っ赤にしている。
こんな姿を見ると、好きでもないのにちょっとだけ可愛いとか思ってしまう。
……いやいや、可愛いと思った方が僕の思惑も達成されつつある証拠なのだからこれでいいのだ。



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