井上 唯織は『便所姫』、そう呼ばれてる。『公衆便所』とか『ヤリマン』とか、そういう意味の蔑称だ。 彼女はボクの1コ上の2年生。1年生のときに女性化した元男。今ではウチの学校だけでも30人位と寝たって話だ。 …ウチの学校ってそんなにロリコンいたんだ、と思った。だって彼女は凄く小さい…小学生と間違えるくらい見た目が幼い。 校内で何度かすれ違ったけど身長162cmのボクより頭ひとつ分よりもっと背が低く、140もないんじゃないかな、 顔立ちも可愛いんだけど美少女っていうか幼女の様で、栗色のふわふわな猫毛は短めのボブカットにしていて良く似合う。 体つきも凹凸が無く、小さい・薄いって感じ…本当にアレ年上か? あんなのによく皆、欲情できるよな…『大きすぎない程度の巨乳派』のボクには信じられない。 まあ、そんなウルトラビッチというか、にょたロリビッチにはこちらから関わるような事は無いだろうけど… そんなふうに考えていた時期がボクにもありました。 ---- いつもより少し遅い下校時間。雨上がりのアスファルトの路面を雲間から射した夕日が照らしていた。 校門へと続く道に並んだ葉桜を揺らす風は微かに夏の気配をはらんでいた……ちょっとくらい現実逃避させて下さい。 悪漢に絡まれてる幼女の図@駐輪場なう……出来れば無視したいなぁ。 もちろん絡まれてるのは件の井上先輩で、絡んでるのも2年生かな…もう見るからにDQNな感じのDQNだ、うへぇ… やれ「なぁ、ヤらせろよ?ゴルァ!」とか実に品の無い男の声が聞こえる。別に聞きたいわけでもないんだけど 何でああいった輩って無駄に声がデカいんだろ。耳障りだなぁ。井上先輩は明らかにイヤがってる様子で… まぁ、ボクは自転車通学じゃないからこのまま華麗にスルー…井上先輩と目が合ったよ。ハァ… 助けろフラグですね?わかりたくありませんでした……へし折れちまえこんなフラグ。 「あの~…彼女嫌がってますよね?」 「ぉあ"?んだよオメぇ?関係ねぇだろ?ゴルァ!」 うーん、わかってたよこうなるって。出来るだけ穏便に済む様に笑顔は崩さず言ったんだけどなぁ。 出来れば『あ、そうですよね?ではまたの機会に致しますゴルァ!』ってなってほしかったなぁ。 ところでそういうでかいピアスってどうやって穴開けるんだろ? 「みっともないですって先輩?惨めですよ?哀れですよ?」 「ぉあ"?ナメてんのかゴルァ!」 案の定掴みかかってきた。その手首を軽く掴んで相手の力の流れを去なしながら均衡を崩し『ひねる』。 ポンっと宙を回転する相手の体。怪我をされると厄介なので少し力を加えて尻から『落とす』。 尻餅をついてころがるDQ(ry。何をされたかわからないって間抜け顔だ。 「な、なんじゃぁゴルァ!?」と立ち上がりざま勢いで殴り掛かって来るDQ(ry、そんなテレフォンじゃ当んないですって… 避けつつ相手の腕に手を添えて、また同様にひねる。再びポンっと宙を回転する相手の体。今度は背中から落とす。 すかさず耳元で「…次は頭から落とします」と囁いてやる。 「お、覚えとけよゴルァ!」と捨て台詞を残して走り去るDQ(ry…ホントに捨て台詞を言う人初めて見た。 井上先輩の方を見遣るとポカン顔…逃げるなら今かな。 「じゃ、ボクはこれで」と言い残し立ち去ろうと…「待てコラっ!」と捉まった。やっぱ無言で走り去ればよかった。 ---- 「なぁ~、こーゆートコのコーヒーって添加物で水増ししてるらしいぞ」 「今現在進行形でコーヒー飲んでる人に対してよくそういうこと言えますね?」 しかも店内で、営業妨害だと思う…何故かボクは今、井上先輩とファミレスにいる。 「マジマジ、なんかナントカ酸ってヤツで何倍も搾り取って…風味が悪くなったのは香料で誤魔化してるって」 「あー美味しいなぁ、コーヒー超美味しいッ!」 「あ、さっき入れてたコーヒーフレッシュもミルクじゃなくてサラダ油みたいなモンなんだってよ」 「あんたは一体なんなんだッ!?」 …調子が狂う…間近で見る先輩はやっぱり頭に超が付くほどの『美少女』で、好みのタイプではないにしても変に緊張する。 「って先輩もカフェラテ飲んでるじゃないですか」 「紛いモンでも美味いものは美味い」 「……大体、何でボクをこんなトコに引っ張り込んだんです?」 「だから助けてくれたお礼に奢るって言ったじゃねーか」 「お礼ならもっと楽しく食事出来るように創意工夫して下さいよ」 「食事っつってもアンタ、ドリンクバーしか頼んでねーじゃん」 「…別に腹減ってないですし、帰ったら多分晩飯用意されてると思いますから」 なんというか、喋り方とか、表情とか、見た目とのギャップが凄いなこの人。 噂に聞いてたビッチのイメージとはほど遠い、普通に男の先輩みたいな感じだ。面白い人だな。 「しっかしさっきのスゴかったなァ!アンタ見た目可愛いのに強ぇーのな!こう…ポーンって」 いや、先輩に可愛いとか言われたくないですよ?アンタのがよっぽど可愛いだろ。 「アレは母方の祖父に小さい頃から仕込まれて、本当は当身が主なんですけど…でも妹の方がボクより強いんですよね…」 「はぁー…つか妹のが強いて…」 「あ、妹っていっても双子で、先輩と同じで元男なんですけど」 「…オレ元男だって言ったっけ?…アンタ、もしかしてオレの事知ってんの?」 「あ…」 しまった、つい… 「ああ…ふーん、まぁ有名らしいしな…『便所姫』とか?」 「…噂はよく聞きます」 「大体合ってると思うよ、その噂…」 ボクが黙ってると先輩は「勝手に喋るぞ」と語りだした。 「30人…とかだっけ?そこまではいかないけど、かなりの人数とはヤったよ」 「誰でも良いってワケじゃなくて一応選んでるよ?出来るだけ真面目そうなヤツ限定…だからさっきみたいな輩はパスな、病気とか怖ぇし」 「…なんつーか実感が欲しいのかもな、女の…自分がもう女だってゆうのを感じたいんだ」 …そういう人もいるとは聞く。ウチの妹も最初はそうだった。でもすぐに順応してたし… ましてやこの人は女性化してから結構経ってるはずなのに。 「…なぁ、アンタ童貞?」 「ぶッ…!!!?なんですか?急にぃ!?」 「いや、だから童貞かって」 「ど、ど、ど、ど、童貞………です」 「ふぅん…筆おろし…してやろうか?」 ごきゅ…と咽喉が鳴ってしまった。なんだ?急に雰囲気変わったぞこの人。 「け、け、け、け、結構です…」 「こーゆーロリぃのは好みじゃねぇか?でも意外と抱き心地良いらしいぜ?この身体…」 「本当に結構ですッ!!」 「何?アンタ女になりてぇの?」 「いえ…そういうワケじゃ…」 「じゃあ、オレの…でもよくね?アンタの…をオレのココに突っ込んで……」 なにこの人エロい…こんな小っちゃいのに…表情とか、仕草とか、指の動きとか… でも、どこか……いや、それどころじゃない、この雰囲気は耐えられないっ! 「あ、あのッ!ボクもう帰りますッッ!」 「あっ…オイっ!」 店の外に飛び出すと、すっかり日も暮れていた…クソッ… 「……アレ?もう逃げられたかと思ったんだけどな」 「…女性を一人でこんな暗い中、帰らせるわけにはいきませんから」 「ふーん、やっぱ真面目だねー?」 「…ッ、行きますよ」 「腕でも組むか?」 「結構ですッ!!」 先輩の家までの路をひた歩く。ボクは出来るだけ黙って先輩に目を向けないようにしていた。 沈黙に耐えかねたのか、先輩が「なぁ…」と話しかけてきた。 「…悪かったよ、からかう様なマネして」 「やっぱりからかってたんですか?」 「いや、別に本気にしてもいいぜ?オレなんかが相手でよけりゃ…」 …なんでこの人はこんな…それに、なんだよこの胃の奥がザラつくような感じ… 「オレは…嫌です」 「あ、やっぱオレなんかが相手じゃ…」 「そうじゃなくてっ、そんな軽いノリではしたくないって事です!それに…先輩にもそんな風にしてほしくないッ!」 「は?」 何を言ってんだボクは、こんな… 「女性化して色々複雑なんだろうとは思います、今のボクには到底理解出来ないような葛藤とか悩みとかもあるんでしょうけど… それでも、ボクは、先輩に自分をそんな風に扱ってほしくないッ!」 「自分でも変だと思いますよ、今日初めて話したばかりの人にいきなりこんな事言って…本当は先輩とだって関わり合いに なるつもりなんてありませんでした、関わりたくないと思ってました!でも…」 「何か、何故か、わからないけど嫌なんです!そうやって『オレなんか』とか言って自分を軽んじたり、さっきみたく 男を誘っってるクセにどっか悲しそうだったり……そんなの気になるじゃないですか、何でかわからないけど、嫌だって…思うんです」 何でボクはこんな、泣きそうになってんだ?なんでこんな苦しいんだ? 先輩は、やっぱり驚いたって顔で…それから少し困った様な顔をしてボクの方に近付いた。 「アンタさぁ……なぁ、ちょっと屈めよ」 「…はい?」 「イイから屈めよッ!」 「…はい」 言われたとおりに屈むと、襟を掴まれてグイっと引っ張られ…柔らかい感触…って、コレ先輩の唇ッ?!! え?な?…舌が入って…口内を這い回る先輩の小さな舌の感触…息継ぎの度に鼻先を擽る先輩の吐息… 女の子の特有の甘い匂いと微かなカフェラテの香りと味…脳が灼けるみたいだ…もうわけがわからない。 「…ぷはッ…さっきファミレスでアンタ、コーヒーしか飲んでなかったから… オレ、メシも奢るつもりだったからな、コレはそれの代わり」 「な…なぁ…ッ」 「お?そのリアクションだとキスも初めてか?じゃあ、逆にゴチソウサマかな?」 「~…ッ!」 「あ、ゆっとくけどキスしたのはこれでも2人目だからな?」 「…な、え?」 「アンタさぁ…そういや名前聞いてなかったな?なんつーの?」 「え?あ…山根…康臣、です…」 「山根 康臣ね…あ、オレん家すぐソコだから、もうココまででイイぞ?じゃ、またなー山根ッ!」 「あ、ちょ…ッ」 足の力が抜けてその場にヘタリ込んでしまう。 ヤ ら れ た 完全にヤられた。心臓がバクバクと喧しく鳴ってる。 地面についてしまった掌からぬるいアスファルトの温度がジワリと伝わる。 道端で野生化した紫陽花がそれは見事に咲いていた。 「なんなんだよ……畜生」 ----