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連邦の民 -たから- - (2011/07/15 (金) 01:03:06) の1つ前との変更点

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 ほぎゃあああ、と、小さいけれど元気な、力いっぱいの泣き声が、薄暗い部屋に響く。
 
 「ああ、出てきた。出てきた。ああ。」
 
 ミィナおばちゃんが、感嘆の声を上げた。
 気絶するかと思うくらいだったのに、さっきまでの痛みはどこに行ったんだろう。
 酸欠でぼんやりしていた頭が、ゆっくりと、でも今までにないくらい冴え渡っていく。
 気付いたら、一生懸命手を伸ばしていた。
 まるでさっきまで私の中にいた命が磁石になって、引き合っているみたいに。
 
 「ナギちゃん。元気だよ。立派な女の子だ。よく頑張った。偉かったね。」
 
 胎脂と血をタオルでさっと拭って、おばちゃんが私のみぞおちの辺りに、赤い小さな体を乗せてくれた。
 そっと、包み込むように腕をたたんで。ぎこちなく抱きしめる。
 目をきゅっとつむって、口を大きく開けて泣いている。しわくちゃの顔。
 
 「かわいい。よく、頑張ったね。いい子。」
 
 狭い道を一生懸命通り抜けてやってきてくれた、新しい命に語りかける。
 自分からこんなに優しい声が出るなんて知らなかった。
 
 かわいい、私の赤ちゃん。
 涙がこぼれた。
 
 
 /*/
 
 
 
 鍋の国にあるバッジ2、通称ブイヤベース。
 ムラマサの起こしたあのおぞましい事件の時、私は、そこのオペレーターの一人として働く舞踏子だった。
 慣れ親しんだ故郷を離れるのは寂しかったけれど、共和国の空を守る、誰かの役に立つ、それが嬉しくて、自分から志願した仕事。
 でも、それが自分の命運を分けるなんてことは、夢にも思っていなかった。
 あの日、デスクトップで踊っていた電子妖精が一斉に緊急のアラートを鳴らし、故郷に起こった惨劇を伝えた時の衝撃を、忘れることはできないと思う。
 
 本国の機能が低下している時だからこそ、ブイヤベースに残って共和国の守りを維持すべきだったのかもしれない。
 でも、傷ついたこの国からどうしても離れていたくなくて。
 私は、軍を退役して連邦に戻ることに決めた。
 ヨウさんに会ったのは、ちょうど、国に戻る船の中こと。
 舞踏子の姿の私に、ホープの姿のヨウさんが、声をかけた。
 それが、私たちのはじまり。
 
 「あなたもですか」
 「え?」
 「あ、いや、突然すみません。俺、鍋の国で働いてたんですけど。軍辞めて、国に戻るところで。
  見たとこ、大荷物だし、舞踏子だし、もしかして一緒かなと思って。」
 
 舞踏子もホープも全国的にそう珍しい職業ではないけれど、制服には各国の特色が現れている。
 腹部をあらわにした連邦ホープの彼は、見れば、私と同じようにトランクケースの上にたくさんのバッグをくくりつけて、どう見ても短期滞在者のそれではない荷物を抱えていた。
 
 「・・・はい。そう、です。私も。退官してきました。」
 「やっぱり。
  整備部の仲間にはね、こんな時だからこそ自分の仕事をやれ、って散々引き止められたんですけど。
  どうしても、いてもたってもいられないって言うか、あの国に、戻りたくて。
  自分一人戻ったところでどうなるって言うわけでもないんですけど。役に立てなくても、そこにいたいっていうか。」
 「・・・・・・。」
 「あ、あー。すみません。一気にまくしたてちゃって・・・。
  その、自分だけじゃなかったって思ったら、少し、ホッとしてしまって。
  いきなり、馴れ馴れしかったですね。すみません。」
 「いえ。あの。私も・・・同じです。ホッとしました。
  自分なんかが帰っても、って、どこかで、思ってたので・・・。」
 「そうですか・・・。」
 「戻られるのは、今回が初めてですか?」
 「いえ、あの後すぐ一度と、1週間前にも一度。あなたは?」
 「私はまだなんです。あの後は一度も・・・。」
 「そうですか・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 
 同じ境遇の人に出会ってどこか安堵し、なんとなく親近感も沸いてはいたけれど、雑談で盛り上がるには、初対面の私たちの共通点はあまりに重過ぎて。
 しばらくの沈黙を破ったのは、聞いてはいけないかもしれない、でも話がしたい、という欲求に負けた私だった。
 
 「・・・あの。ご家族は、ご無事でしたか。」
 「・・・・・・。」
 「・・・すみません。」
 
 やっぱり、ぶしつけだった。私のばか。
 恥じ入ってうつむくと、彼はオーバーに手を振って答えた。
 
 「あ、いえ。俺、家族、いないんです。身寄りがなくて。
  孤児院で育ったので、そこのみんなが家族と言えば家族ですけど、もうみんな卒院してるんで・・・元気だといいんですが。」
 「そうですか・・・連絡、つくといいですね。」
 「ええ。」
 
 そこまで言って、突然。彼はぼろぼろと泣き出した。
 あんまり急だったのと、男の人がそんな風に泣くのを見たことがなかったので、私はひどくうろたえた。
 
 「あ、あの。大丈夫ですか。」
 「すみません・・・すみません。あなたもきっとつらいのに。」
 「いえ、そんな・・・やっぱり、無遠慮でした。」
 「違うんです。あなたは悪くない。」
 
 差し出したハンカチを受け取って、でも涙を拭かずにぎゅっと握って。
 身を震わせてうつむいたまま、彼は涙と言葉をこぼし続けた。
 
 「戻って。真っ先に、孤児院を見に行ったんです。
  ひどいものでした。何であんなひどいことができるのか。子どもたちも、先生たちも、たくさんいたのに・・・たくさん・・・。」
 「・・・・・・。」
 「院にいた頃、好きだった先生がいたんです。初恋というやつで。
  美人ではないけど、優しくて、長い髪のきれいな、人でした。
  いつも、暖かく、迎えてくれて。年をとっても、変わらず、きれいな髪で・・・でも、でも・・・どうして・・・こんなことに・・・。」
 
 かける言葉は、見つからなかった。
 その時の私は、既に両親の死亡の連絡を受けていて。
 妹の安否は、わかっていなくて。
 あまりに唐突で現実感がないために、まだぼんやりと自分を保っていたけれど、実際に故郷の光景を目の当たりにしたら、私もこのように泣き崩れるしかないのだろう、と、知っていた。
 嗚咽とともに語られる彼の絶望は、私の絶望だった。
 
 初対面の男の人に、とちょっとためらったけれど、私はそっと彼の肩に触れた。
 初対面の女相手に涙をこぼし続ける彼に、そうするほかは何もしてあげられなかったし、そうしたかった。
 
 「・・・すみません・・・。」
 
 誰にあてた、すみません、だったのだろう。もしかしたら彼自身もわかっていなかったかもしれない。
 私たちはそのまま、私たちの故郷に着くまで、ずっとそうしていた。
 
 
  *
 
 
 国に戻った私を迎えてくれたのは、お隣に住んでいたミィナおばちゃんだった。
 家族も、家も、消えてしまっていたけれど、泣きながら抱きしめてくれたおばちゃんのぬくもりが昔のままで。
 ふっくらしていたおばちゃんはすっかり痩せてしまっていて、白髪もびっくりするくらい増えていて。
 何もかもが、何もかもめちゃくちゃで、信じたくはなかったけれど、そこは私の故郷だった。
 おばちゃんに抱きしめられて、一人になってしまった私はおいおいと泣いた。
 
 それから私は、ミィナおばちゃんのお手伝いを始めた。
 「これでも足を悪くする前は、市民病院の婦長だったんだよ」と言うおばちゃんは、事件の後小さな診療所を開き、軽症の人たちの治療や健康相談なんかをやっている。
 軽症者しか見れなくても、あれだけのことがあった後だから、出番はひっきりなしで。
 私はと言えば、元軍人とは言ってもオペレーター一辺倒だったから、体力も人並みだし、整備技術もおぼろげに研修の時の記憶があるくらい。
 なら、痛む足を引きずってあっちへこっちへ歩き回るおばちゃんのサポートをする方が、みんなの役に立てると思ったのだ。
 連絡役とか、物資の調達とか、そのくらいしかできなかったけど、おばちゃんは「助かるねぇ、娘がいたらこんな感じだったのかねぇ」と(おばちゃんは旦那さんを早くに病気で亡くしている)、すごく喜んでくれた。
 治療にまわる先々で、若い女の子がいるとそれだけで希望に見えたんだと思う、時には涙を流して感謝された。
 
 おばちゃんを手伝いながら、私は妹の行方を捜していた。
 訪ねてくる患者さんに、おばちゃんに支援要請に来る行政の人に、頼まれて治療に向かう先々の人に、妹の特徴を伝えて情報を探した。
 ヨウさんに二度目に会ったのは、その頃のこと。
 ミィナおばちゃんを訪ねてくる患者さんたちに混じって、私を訪ねてきたのだ。
 
 「あの、すみません。」
 「はい。あ。あれ?」
 「はい。そうです、あの時の。」
 「やっぱり!ホープ姿じゃないので、一瞬違うかと。猫妖精になられたんですね。」
 「ええ。最初はホープのまま、整備方面から復興の役に立とうと思ってたんですが。
  現場を走り回るには、こっちの方が都合がよくて。
  あんまり、似合ってないかもですが。はは。」
 
 猫耳型の猫語翻訳機を指差しながら、白い歯を見せて、くしゃっと笑う。
 涙の印象が強かったせいだろうか、笑顔がとても新鮮で。
 おそらく私より年上だけど、目尻が垂れて、幼く見えた。なんだかかわいい。
 
 「お住まい、この近くだったんですか?」
 「いえ。西都の方なんですが。」
 「じゃあ、今日は診療所の方に御用で?」
 「いえ、あなたに。
  これ、お返ししなきゃと思って。ありがとうございました。」
 
 そう言って彼は、見覚えのあるハンカチを差し出した。
 
 「アイロンはさすがに無理だったんだけど。一応洗ってあります。」
 「そんな、よかったのに。
  じゃあ、わざわざ訪ねてきてくださったんですね。
  かえってすみません、ええと・・・あの・・・
  すみません、お名前が出てこない・・・。」
 「はは。そうですね、あの時はお互い名乗ってもなかったですから。」
 「ああ、どうりで・・・!
  じゃあ、どうやって私のことを?大変だったでしょう。」
 「いえ、それが実は、そんなに。」
 
 彼は少し、困ったように笑った。
 考えてみれば、軍属していない舞踏子は数が少ないし、若い女性自体も珍しくなってしまっている。
 身体的な特徴を元に聞いてまわれば、見つけるのは案外簡単だったのかもしれない。
 
 「ヨウ、といいます。苗字はありません。」
 「ナギです。私も、ただのナギです。」
 「ナギさん。よろしく。」
 
 よろしく、と差し出された手を取ろうとしたら、慌ててヨウさんは手を引っ込めた。
 照れくさそうにズボンでごしごしと拭いて、再び差し出す。
 
 「すいません、泥だらけの手で握手求めちゃいけないですよね。はは。」
 
 そう言ってまたくしゃっと笑った笑顔が可愛くて、思わず顔がほころぶ。
 握った彼の手は大きくて、ごつごつしていて。
 日々の作業のせいだろうか、厚くなった皮が、実直そうな人柄を表しているように思えた。
 
 「もしまたこちらに来ることがあったら、いつでも寄って下さいね。」
 「はい、ぜひ。こっちにも仕事でよく来るので、また寄らせてもらいます。」
 「・・・お仕事、あちこち行ってらっしゃるんですか?」
 「ええ。今、水道関係の修理と総点検をやってるんですが。
  今回の件を機に、区画の見直しをするかもとかで、連邦中あちこち回ってます。」
 「そうですか・・・あの。すみません、一つお願いしてもいいでしょうか。」
 「もちろん。何でしょうか。」
 「実は、妹を探しているんです。
  両親については、この国に来る前に、知らせを受けてたんですが・・・妹については、まったくわからなくて。
  行政の方にも届けは出してるんですが、同じような状況の人も多いので、なかなか・・・。」
 「そうでしたか・・・。」
 「シラナっていう子なんです。年は18で。
  ショートカットで、あごの右側に、笑いぼくろが二つ並んでて。
  背は中くらいで、細身で、いつも細い金のアームレットを」
 「あ、待って下さい。ちょっとメモします。」
 
 思い出せる限りの妹の情報を、一気にまくしたててしまった気がする。
 彼はそれを真剣に、時には聞き返しながら、一つずつ自分の腕に(紙が見つからなかった)書き取ってくれた。
 それまで、同じように人探しをしてる人は大勢いたから仕方がないのだけれど、ここまで真剣に話を聞いてくれる人はいなかったから、私は喋りながらうっかり泣きそうになった。
 いろんな人に聞いてみますから、と、まっすぐ私の目を見て言ってくれた時のヨウさんの力強さは、今も私の宝物だ。
 
 
  *
 
 
 三度目に会った時、彼は沈痛な面持ちで私の元にやってきた。
 
 「ナギさん。今から時間作れますか。
  ・・・妹さんかもしれない人を弔ったという人が、北都にいます。」
 
 震えながら、ミィナおばちゃんに事情を説明して。
 すぐに、ヨウさんに連れられて北都へ向かい、身元のわからない亡骸をいくつも弔ったという漁師のおじいさんに会った。
 そこで、細い金の輪っかを見せてもらった。
 内側に、埋め込まれた小さなルビーと、「SRN」のぶきっちょな彫り文字。
 覚えている。これは、初めて両親にきちんとしたアクセサリーをもらったシラナが、嬉しすぎて自分で彫ったものだ。
 
 最期の様子を教えてくれと頼む私に、おじいさんは、聞かん方がいい、と言った。
 聞かん方がいい、お嬢さん。きっと、あんたの記憶にあるままの自分でいたいと思っとる。死んだ後もこんな爺に語られて、辱められたくないと、思っとる。
 あの子の魂はこんなことで汚されたりしない、あの子に恥ずかしいことなんか何もない、と、叫ぼうとして、でも涙で言葉にならず、ただ泣き続ける私に、おじいさんは悲しい目をして謝り続けた。
 すまんのう。弔ってやるくらいしかできなかった。すまんのう・・・。
 
 案内してもらった小さな岬には、おじいさんが作ってくれたのだろう、手作りの墓標が立っていた。
 供えられた、たくさんの花。ここに、妹と、何人かの女性が眠っているのだという。
 崩れ落ちて泣く私を、跪いて受け止め、ヨウさんはそのままずっと抱きしめていてくれた。
 私はもう何も考えられずに、彼の胸にすがって泣いた。
 
 
  *
 
 
 本当に苦しい時。つらい時。悲しい時。
 すがって泣ける胸が、抱きしめてくれる腕が、あるいは受け止めてくれる肩が、あるかどうか。
 それは本当に大切なことだ。
 あの時ミィナおばちゃんが、ヨウさんが、いてくれなかったら。
 自分を抱きしめて泣くしか、できなかったら。
 私は、何度も顔をあわせるうちに自然に芽生えたヨウさんへの恋心を、無かったことにしてしまっていたかもしれない。
 あるいは、その気持ちが芽生えることさえ、なかったかもしれない。
 
 絶望から這い出す時、そこには必ず、誰かのぬくもりが、優しさが、必要だ。
 それを話したら、彼は、微笑んでうなずいた。
 
 「俺もね。
  最初に会った船の中で、君が肩に触れてくれたから。
  じっと黙って、傍にいてくれたから、一人じゃないと思うことができた。
  
  思うんだけどさ。
  絶望しか見えなくなってる時、傍にいることで、触れることで、
  この世の中に優しさがあることを、変な言い方だけど、見せつけ続けられると言うか。
  絶望の横で、優しさがここにあるよ、って言い続けるようなものなんじゃないかと思うんだ。
  それがあるかないかで、全然違う。
  初対面だろうとなんだろうと、君が触れていた肩のぬくもりが、
  大げさじゃなく、俺を救ってくれたんだ。」
 
 
 「本当のことを言うとね。
  あの時、ナギさんのハンカチを持って帰ったの、わざとなんだ。
  帰ってきてからしばらくの間、つらくなる度に、君のことを思い出して、ハンカチ握り締めて泣いてた。
  君を訪ねていった時、ハンカチは正直口実で・・・えーと、あー。その。
 
  ナギさん。
  愛しているので、僕と結婚してくれませんか。」
 
 
 /*/
 
 
 
 「ナギさん!」
 「おっとそれ以上入っちゃいけないよ!」
 
 息を切らして飛び込んできた泥だらけの私の旦那様を、ミィナおばちゃんが慌てて入り口付近で制止した。
 急ブレーキを掛けたせいでつんのめる体を、猫妖精の尻尾型バランサーが自動で動いて支え、何とか持ち直す。
 
 「すみません。き、着替えてからですね。それで、あの。」
 「元気だよ。二人とも、ね。」
 
 横になったまま微笑んで小さく手を振ると、ヨウさんもホッとした顔で笑う。
 
 「よかった。お疲れ様。ほんとに、よく頑張ったね、二人とも。」
 「うん。」
 
 笑って垂れる彼の目尻に、涙がにじんでいるように見える。
 伝えたい気持ちは胸の中にいっぱいあふれているのだけれど、なんだか言葉にならなくて、ただ笑顔を返した。
 
 「ミィナさんも、本当にありがとうございました。」
 「いやいや。ナギちゃんも赤ん坊も、とっても上手だったよ。
  もう少しで立ち会えたのにねぇ。惜しかったね。」
 「仕方ないよ。電話も壊れちゃってるし・・・。」
 
 そうさねぇ、とおばちゃんが苦笑いした。
 水道だけは、これまでの教訓から頑強に配置されているのもあって、かろうじて無事だったけど、それ以外はほぼ全滅している。
 この建物自体も半壊してしまっているし、電気もないから、灯はどこかの瓦礫の中から掘り出してきた、古ぼけたLEDランプだ。
 
 「しかし、その割りに早かったね。
  初産でもっとかかると思ってたから、知らせにやった人にもゆっくりでいいって言っちまったのに。」
 「来る途中に会いました。
  でも実は、それより早くこの子が知らせに来てくれて。」
 
 ヨウさんの足元で、一匹の縞猫がにゃーんと鳴いた。
 
 「なるほどねぇ。
  確かに、この瓦礫の中じゃ猫の足の方が速いか。
  最初っからあんたに頼めばよかったねぇ。ありがとね。」
 
 にっこり笑いかけるミィナおばちゃんに、猫が気取った感じで胸をそらす。いかにもフフン、といった面持ち。
 と、そこへ、別の猫に連れられて、猫耳のおじさんたちが走りこんできた。
 
 「ナギちゃん!産まれたって!?」
 「こら親父ども!それ以上入ってきたら承知しないよ!」
 
 さっきのヨウさんと同じようにつんのめって、尻尾でバランスを取って体勢を取り直すおじさんたち。
 みんな近所に住む、ヨウさんの同僚だ。
 
 「ああそうだな、そうだ。赤ん坊に泥がついちゃ大変だ。」
 「おいヨウ、お前何もたもたしてんだ。早く着替えてナギちゃんの傍に行ってやれ。」
 「そうだぞ。早く近くで赤ん坊の顔見てやんな。」
 「あ、はい。すみません。」
 「ははは、別に謝るこたないだろう。
  隣の部屋に術衣があるから、とりあえずそれを着てくるといいよ。
  髪も払って、手だけじゃなく腕も洗うんだよ。爪はブラシ使ってね。」
 
 口々に急かされて、ヨウさんは一旦隣の部屋へ向かった。
 おじさんたちが入り口の縁から身を乗り出しているので、できるだけ体を傾けて、小さな寝顔をそちらに向けてあげる。
 
 「かわいいなあ、おい。」
 「ああ。かわいいなあ。」
 「よく頑張ったなあナギちゃん。」
 「ほんとになあ。たいしたもんだよ。あんなことがあって、さぞかし怖かったろうに。」
 「病院も重傷者の対応にてんてこまいで、結局ミィナばあさんが一人で取り上げたんだもんな。」
 
 ばあさんはおやめ、とミィナおばちゃんが眉を吊り上げるのを見て、くすくすと笑う。
 
 「ううん。みんなのおかげです。ほんとに。
  あの時も、みんなが一生懸命かばってくれて・・・。
  その前に咳がひどかったときも、特効薬をみんなが優先して分けてくれたし。
  確かに、設備とかはあれだけど・・・ISSの医療班に必要なものは分けてもらってたし、何より、ミィナおばちゃんがいてくれたから全然怖くなんかなかった。
  すごく心強かったよ。」
 
 世界が終わるのかと思った、ほんのひと月ほど前のあの戦闘。
 急いでシェルターに身を隠し、大きなおなかをかばってうずくまる私を、さらにかばうようにヨウさんが抱きしめて。
 そのヨウさんを、ミィナおばちゃんが。おばちゃんを、おじちゃんたちが。
 みんなが私とこの子が傷つかないように、必死でかばってくれた。
 
 「それにね。すごいのは私じゃなくて、この子。」
 
 こんな時なのに。無事に、産まれてきてくれた。強い命。
 この子を生かそうと必死だったから、私もみんなも、生きることをあきらめなかった。
 私たちのいた一画が助かったのは、本当に奇跡のようだったけれど、その奇跡を呼び込んでくれたのは、みんなの優しさと、この子のおかげだと思う。
 
 「・・・そうさなぁ。無事に産まれてくれて、本当によかった。」
 「ああ。随分救われる気持ちがするよ。」
 
 おじさんたちの声が、静かに沈んでいく。眉には深いしわ。
 無理もない。今、喜びに包まれているここから一歩外に出れば、そこはかつてないほどの被害を受けた、私たちの街が広がっているのだから。
 
 「俺の娘も、ナギちゃんと同じくらいだった。何事もなければ、俺も今頃じいちゃんだったのかもなあ。」
 「俺だってそうさ。」
 「みんなそうさ・・・。そうさ。こんな風に、何人も赤ん坊が生まれてたはずだ。」
 「なんでこんなことになっちまったのかなあ・・・。」
 「また、たくさん死んじまった・・・。」
 「あんなことさえなければ・・・あいつら・・・くそっ・・・!」
 
 声が、怒気をはらんでいく。
 黒く染まっていく雰囲気を払うように、不意に、ミィナおばちゃんが手を叩いた。
 
 「はいはい、そこまでだよ親父ども!
  生まれたての赤ん坊に何聞かせるんだい。」
 「だってよう、ミィナばあさん。」
 「だってもくそもないよ。
  くさってたって、どうせ生きてるもんは生きてかなきゃいけないんだ。
  来るはずだったかもしれない未来を嘆くなとは言わないけど、そこだけ見続けるのはおやめ。」
 「そんなこと言われたってなあ・・・。」
 「言うのは簡単さ。でも、そんな風に割り切れんよ。」
 「じゃあ何かい。ずっとそうやって、この子達の生きる未来を恨み言で埋め尽くしていくのかい。」
 
 あっけらかんとした響きで放たれたおばちゃんの言葉に、おじさんたちが一瞬ひるむ。
 
 「憎しみはね、憎しみを生むんだよ。
  そしてそれは、私らが死んだ後も、ずっと残っちまうんだ。
  この子らに同じ思いをさせるなんて、あたしゃごめんだね。」
 「ばあさんの言いたいことはわかるよ。できることならそうしたいとも思うさ。
  しかし、」
 
 許せないんだ、どうしても。
 と、おじさんが言いかけた時、それまですやすやと眠っていた赤ちゃんが泣き出した。
 
 「ほら、親父どもがわからんちんでやかましいから、気持ちよく寝てたのに起きちまったじゃないか。」
 「え、えー。そんなこたぁないだろ。いや、ないよな?」
 「お乳じゃねぇか。」
 「いや、おしめなんじゃねぇか。」
 
 なかなか泣き止まない赤ちゃんに、おじさんたちが慌てだす。
 泣いてる原因を口々に言い合ったり、遠くから一生懸命べろべろばあ、とあやしたり。
 さっきまで、あんなに眉間にしわを寄せてたのに。思わず、くすくすと笑ってしまう。
 
 「さぁさ、親父どもは一旦ここまでだ。
  ナギちゃんと赤ん坊をゆっくりさせておあげ。」
 「おっと、そうだな。俺たちがいたんじゃゆっくりお乳もあげられねぇしな。」
 「そうするか。じゃあな、ナギちゃん。またゆっくり顔を見せてくれな。」
 「あ。待って。」
 
 立ち去ろうとする姿勢のまま、なんだい?と顔だけこちらに向けるおじさんたち。
 
 「あのね。さっきの話。
  ・・・許すことは、ずっとできないかもしれないけど。
  でも、憎しみよりも優先して、誰かに優しくはできるよ。
  今、この子が泣き出したら、難しい話そっちのけになっちゃったみたいに。
  憎しみや怒りに負けないもの、みんなの中にあると思うんです。」
 
 我ながら偉そうなことを言っているのはわかっている。でも、素直な気持ちだ。
 自分の中に何のわだかまりもないかと言えば、それは大嘘だけど。
 でも、生まれてきたこの子に見せたいものは、そんなものじゃない。
 あんなつらい思いを、やりきれない気持ちを、この子にも抱えてほしいとは思わない。
 できるならずっと、笑顔と優しさで、包んであげたい。
 だから、この子の誕生を喜び、かわいいと言ってくれるおじさんたちにも、どうしてもわかってほしい。
 あの経験を忘れろなんて口が裂けても言わないけれど、みんなの中にある優しさを、愛をこそ、大切にしてほしいと思う。
 
 唐突に語りかけたのにびっくりしたのか、おじさんたちはしばらくきょとんとした顔をしていたけれど。
 しばらくの沈黙の後、破顔した。
 
 「はは、突然何を言うのかと思えば。」
 「かなわんなナギちゃんには。
  確かに俺たちの恨み言より、この子がまたゆっくりすやすや眠る方が先決だわな。」
 「そうさなぁ。しまったな。泣く子には勝てん。」
 
 ははは、と笑うおじさんたち。
 そこに、着替えを済ませたヨウさんが戻ってきた。
 
 「おう、来たな。」
 「じゃあ、俺たちは行くからよ。」
 「何か欲しいものがあったら言ってくれ。探してみるからさ。」
 「すいません、ありがとうございます。」
 「いいってことよ。」
 「おう。みんなこの子がかわいいんだからよ。」
 
 ぽん、とヨウさんの肩を軽く叩いて、おじさんたちはまた瓦礫だらけの街へ出て行った。
 生き残ったみんなの衣食住を少しでも維持するため、瓦礫をどかして場所を作り、使えるものを掘り起こす作業に戻るのだ。
 その横顔がほんの少し明るくなったように見えたのは、私の贔屓目過ぎるだろうか。
 
 
  *
 
 おじさんたちが帰って、おばちゃんも諸々の片付けのために席を外して、部屋には私とヨウさんと、そして私達の赤ちゃんだけになった。
 
 「ナギさん、少し眠らなくて大丈夫?」
 「うん。全然眠くないの。」
 
 ひどく疲れている自覚はあるのだけれど、高揚感のせいだろうか。まったく眠くない。
 おばちゃんは、出産後はそういうものだと言っていた。
 生まれたばかりの赤ちゃんを守るために、そういう風にできているのだ、と。
 
 「へえ。不思議だね。」
 「ねー。不思議よね。」
 
 何とかお乳を飲んで、またすやすやと眠り始めた娘の頬を、ヨウさんがそっと指でなでる。
 
 「かわいいね。」
 「うん。」
 「俺、赤ちゃんってみんな、何もしなくても上手にお乳飲めるものだと思ってた。」
 「ふふ、赤ちゃんだって初めてだもん。なんでも最初から上手にはできないよねぇ。」
 
 しわくちゃの寝顔に、優しく語りかける。
 かすかに聞こえる寝息すらいとおしい。
 私も生まれたばかりの頃は、こんなにかわいかったのだろうか。
 ヨウさんも、おばちゃんも、おじさんたちも、みんなみんな。
 そう思ったら、涙がこぼれた。
 
 「ナギさん。」
 「ごめんなさい。命がこんなに、いとおしいものなんだなって思ったら。
  みんなみんな同じで、亡くなった人たちもみんなそうなのに、って思ったら。
  どうしても・・・。」
 
 私の肩を、ヨウさんが優しく、強く抱いた。
 赤ちゃんのおでこに、ぽたぽたと涙がかかる。
 
 「・・・ねえヨウさん。」
 「うん?」
 「私、この子に付けたい名前があるんだけど、いいかなあ。」
 「うん。そう言えば、色々ありすぎて、名前は結局考えてあげられてなかったね。
  なんていうの?」
 「タカラ。」
 「たから?」
 「うん。
  自分自身が大事な宝物なんだって、ずっと忘れないでいてくれるように。
  みんながあなたを宝物のように思って産まれてきたんだって、いつでも思い出せるように。」
 
 濡れてしまったおでこを、指で優しく拭う。
 大切な大切な、新しい命。
 あなたがどうか、こんな涙を流さずにすみますように。
 
 「たから。タカラ、か。うん。いいね。」
 「うん。」
 「タカラ。たからー。パパだよー。」
 
 呼びかけながらヨウさんがふにふにと頬をつつくと、タカラの口が、にぃっと笑うように動いた。
 その顔がびっくりするくらいかわいくて、思わずヨウさんを見ると、彼も同じように私を見ている。
 目をあわせて、ふふ、と笑いあう。
 なんて幸せなこと。
 
 
 この先、小さなこの子を抱えて、大変なことはたくさんあると思う。 
 復興はまだまだ長い道のりだし、もしかしたら、悲しいことの方が多いかもしれない。
 でも私は、きっといつまでもこの子を強く守っていこう。
 
 私のこの胸に、ヨウさんの中に、おばちゃんや、みんなの中に、愛があるから。
 
 
 /*/
 
 
 
 許せないと思った。
 許せるはずがないと思った。
 今も、そうだ。
 許せているかといえば、それは違う。
 
 悲しみで、涙が止まらなかった。
 もう会えないことに、絶望した。
 最期を思うたび、何気ない会話や笑顔を思い出すたび、身が焼けるかと思うほどだった。
 失くしたものは、大きすぎた。
 自分自身も消えてしまいたくなるほどに。
 
 でも、みんなが、私が生きていることを喜んでくれた。
 苦しくて、でも、手を差し伸べてくれる人がいた。
 傷に触れないように気をつけながら、そっと抱きしめてくれた。
 時間が過ぎるのを待つ間、同じ痛みを抱えてそばにいてくれた。
 失くした人たちも、私が生きていることを喜んでくれているように思えた。
 愛した人たちが、会えなくなった今も、私を愛していると思えた。
 
 ヨウさんに会った。
 かけがえのない人を手に入れた。
 そして、タカラ、あなたを授かった。
 生きていてよかったと、心から思う。
 愛し愛されることをやめないで、本当によかったと思う。
 そうでなければ、あなたに出会えなかった。
 
 
 あなたはこの国の未来。
 たから。
 あなたがどうかいつまでも、愛と共にありますように。
 
 
 
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