&font(16pt,b,i){付与魔術を覚えよう19} ... 著 / 優有 豚と呼ばれた貴族は一瞬、その笑みを凍らせて不快気な表情を見せた。 だが、それを言った相手を確認して、さらに顔色を変える。 「ぶほほっっ! お久しぶりですねぇ、白熊さん」 「おや、知り合いかね?」 「ぶん殴った」 「お前、マジで貴族をぶん殴ってんのな」 「なんでそんな事に?」 「ダンジョン踏破、おめでとうございますわ」 貴族と冒険者の接点は意外と少ない。 冒険者に会おうとする酔狂な貴族が少ないというのもある。 また、冒険者を使わずとも私兵で用が足りることも接点の少ない理由だ。 権力者でもある貴族を毛嫌いした冒険者が、 機会があれば殴ってやる、と酒の肴にすることもある。 だが実際に殴った者がいれば、猫の獣人のように尋ねるだろう。 その原因とも言える狐娘が話をそらしているのは、後ろめたいからか。 「ぶほほ。奇遇ですねぇ。お二人とこんな所で出逢うとは」 ソファの上で腹を揺らし笑う貴族に、笑顔を返す狐娘と睨み返す白熊娘。 「ちょうど今、ダンジョンを踏破しましてねぇ。非常に気分が良いのですよ」 彼が指を立てると、私兵団の兵士長らしき男が前に出てくる。 「なんでも兵の治療をなさったとか。ささやかですがお礼をしましょう。 受け取りなさい」 貴族から渡された袋を彼らの方に放って、兵士長は笑みを浮かべた。 兜の真庇で顔半分が隠されているが、覗く口元には笑みが浮かんでいる。 地面に打ち付けられた袋からは、小さな金属の擦れる音がした。 中身が相応の量の硬貨であろうことは容易に想像できる。 兵士長の笑みが歪に見えたのは、彼だけだった。 そして彼以外、その言葉の意味が理解出来る者はいなかった。 「【その身をひさげよ】」 狐娘の手が、地に落ちた袋を拾い上げようと伸びた時。 兵士長の発した言葉は、彼女に向けられていた。 「取っちゃダメっ!」 術の対象となった狐娘に叫びつつ、袋を蹴り飛ばす。 袋は重い音を立てて少しだけ飛び、再び地面に打ち付けられた。 「な、何をしてますのっ!?」 「何をするんだっ!」 金を蹴るとは何事かと狐娘が怒鳴るのと同時に、 猫の獣人も兵士長へと怒鳴りつけていた。 「ほう、こんな希少魔術を知っているのか。珍しい奴だ」 魔術というのは技術でもあり、知識でもある。 広く大衆に知られる魔術は、ギルドや協会などで教わることが出来る。 だが冒険者などが独自に開発したものや、ダンジョンなどから得られた魔術の場合は、 秘匿性が高く出回り難い物もある。 【その身をひさげよ】はそうした魔術の一つだが、特に出回らない理由がある。 施術の媒介である対象の年齢以上の枚数の金貨。まずこれが用意できない。 貴族なら用意出来るが、それなら普通に雇うことを考える。 使用条件が満たされ難い上、満たす者は使う理由が少ない魔術のため、廃れた魔術なのだ。 そんな魔術を知らない面々には、猫の獣人が何を憤っているのかわからない。 仕掛けた本人は面白そうに笑っているし、 その金を出した貴族は余興を楽しんでいるようだ。 「お礼と言って、あんなものを使うなんてどういうつもひッ!?」 「お金を蹴るとはなんてことをしますのっ!」 憤って逆立ち膨らんでいた尻尾が掴まれ、後頭部に凄まじい怒気が叩きつけられる。 守ったのに怒られるという理不尽な状況は、側から見ている者には非常に愉快に見えるのだろう。 「ぶほほっ! 頼もしい騎士ですねぇ。実に面白いものを見せて貰いましたよ。 それでは今日は帰るとしましょう。宝の処理も必要ですからね」 「かしこまりました。すまないが、謝礼はこちらにさせて貰う」 貴族の笑いに合わせてソファが移動を始め、兵士長が袋を回収する。 それとは別に数枚の銀貨をその手から溢す。 今度は魔術を使っていないか、猫の獣人は警戒を緩めない。 その耳が後ろを向いているのは、後ろを見たくないからか。 「良い冒険者になったもんだ」 去り際に残された言葉は、彼に向けられていた。 記憶とは大分変わった老いた姿。 それでもその笑みには、あの時の面影が残っている。 笑みから感じた歪さと懐かしさ。 かつて、彼の耳をモフモフしながら冒険者が言った言葉。 「良い探索者になるよ」 冒険者と探索者。 違う言葉に込められた、眩しいものを見守るような感情。 「まさか、あの時の」 その言葉の意味の違い。 目指したものと辿り着いたものの違いがなんなのか。 背を向けて歩き出す兵士長の背を追おうとして、尻尾が引かれる。 それ以上足が進まず、何を言えばいいのかわからずにいるうちに、 兵士長は去ってしまった。 そんな彼の気持ちなど知る由もなく、掴んだ尻尾を離さないままで彼女は笑顔を見せる。 「どこに行きますの?」 背筋に寒気を感じた彼の尻尾は、恐怖と寒気でピンと硬直していた。 今回の付与魔術 【蹴球友誼】 (シュートザ・フレンズボール) 素材:球状または袋状のもの。 効果:素材を蹴った際に飛距離や威力が増す。 熟練すると球状にした布で岩壁にヒビをいれることも出来る。 詠唱:「友達だもん、顔で受けてよ!【蹴球友誼】!」 代価:素材の中身が威力に応じて破壊される。 中身が全て破損するまで素材が破壊出来なくなる。 iPhoneから送信