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. ――ノ月――ノ日  今日という日を記念に、私は手記を綴る事を思いつき行動に至っている。 この歳になるまで何一つ、世間一般で謂うところの女らしい事をしてきた記憶がないので、ちょうど良い機会であるとは考えてはいるが、正直なところ気恥ずかしくある。しかし、考えてみればこの手記に目を通す者は恐らくではあるが、私以外にいないであろうし、何時まで続くか判らぬので好しとしよう。  本日、私は騎士として見習いに就くことを許された。これは大変な名誉である。代々ファルシスの騎士の家系であり、一族ともに騎士団領の守護を担ってきた誉ある責務を、女に生まれた私が継ぐ事を許された喜びは何事にも代えがたく、今思い起こしても身体が奮えてくる。この国に生ける同年代の女性では到底得る事の出来ない感情が私を包み、心を昂ぶらせているのだ。聞けばリューネ騎士団には私と同じ女騎士が多いという。機会があれば、一度逢ってみたいものだ。 ――ノ月――ノ日  父の見習いに就く知らせが届いた。父としても複雑な気持ちであろう。私ですらそうなのだから。 父と母の子として生まれたのは私一人。望まれた男ではなく女。優しかった母がこの世を去り、私は男として育てられた。その事を怨むつもりはない。女として生まれた私の罪に比べれば、父を怨む事などどうして出来ようか……ただ、本音をいえば、綺麗な服を身に纏い、髪飾りや宝石で着飾った街中を歩く友人達の煌びやかな姿を羨望した時期は確かにあった。あの時は父を怨んだ。本来であれば、私が騎士を継ぐ必要はないのだ。普通の女として婿養子をとることも可能だったが、父はそれをしなかった。無論、私に選択権はないし、全てを受け入れる覚悟ではあったのだが……。父は、心の何処かで私を怨んでいるのだろう……もう、この話はよそう。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  少し疎かにしてしまった。反省する。 日々の多忙に追われるなかで、あまりよくない噂を耳にした。アルナス汗国がブレア一帯を狙っていると云う噂だ。 砂漠に住まう者達にすれば、この目と鼻の先にある肥沃な地「ブレア」は喉から手が出るほどに欲しい土地であろう。現に、過去に幾度となく小競り合いを起こし、その都度、我がファルシスの騎士達がこれを防いできた。例え噂が真実だとして軍事衝突が起こったとしても、此度もファルシスの騎士がブレアを防ぎ護る事を私は信じてやまない。そして、その時がくれば、私もその名誉ある一人となれるのだ。 ――ノ月――ノ日  未だ見習いではあるものの、私は騎士である事を自負しているし、誇りに思っている。 今日はこの誇りを汚された。あまりに腹が立ったのでぶん殴ってやった。暴力で解決を図ることは粗暴であり悪い事だとは判っているが、すっきりした。たぶん、後で父からお叱りを受ける事になるだろうけども。頭の固い男を殴ったので書く手が痛む。 ファルシス騎士団では女騎士は珍しいから致し方ないのかもしれないが、やはり、あの言い様は我慢できない。間違った事はしていないと私は考えているし、実際にそうであると思う。 ――ノ月――ノ日  どうやら、あれから私は暴力女と陰口を囁かれているようだ。別に気にはしないが……といえば嘘になる。 確かに同じ年頃の女の友人達と比べて筋肉がついている分、腕や足は太いかもしれない。恐らくだが、胸も私の方が小さいだろう。 だからどうしたと言いたいが、やはり悔しさがある。 騎士である自分の中に、女としての拭えない弱さを見た気がした。書いていて嫌になってきた……もうやめよう。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  今日、久方に筆を執る。 王都のあるルートガルト一帯で大きな反乱が起こったらしい。未だ詳しい知らせは届いていないが……今はただ待つほかない。 時間が経つのが遅く感じる。 ――追記。  事態は最悪な方向に転じているようだ。父が緊急の召集で家を出た。 ――追記。  宵も深くなったが父は一向に戻らず。一体何が起こっているのか。先程から胸の高鳴りが治まらず心苦しい。悪い予感がする。 ――追記。  心を静める事に大変な苦労を要した。今も筆を握る手が震えている。戦争だ。 ――ノ月――ノ日  記録として綴ることにする。 奸臣ムクガイヤの反乱によってトライド王は謀殺され、ゴート王子も国を追われている。ファルシス騎士団は、奸臣ムクガイヤの興したルートガルト国との戦争を決意し、宣戦布告をする事が決定された。  本当に戦争が起こるのだとしても、私の心の中では未だ他人事のように思えて仕方がない。実感がわかないのだ。明日、明後日と日を追うごとに世間は騒がしくなり、実感も出てくるのだろうか。それにしても戦争だなんて……いや、弱気になってどうする。 ――ノ月――ノ日  街中に傭兵然とした人相のあまり良くない男達が増えてきた。事実、彼らは傭兵なのだろう。治安の悪化が懸念される。 その中で、弓を扱う珍しい傭兵の男を見かけた。見た目にもいい加減そうな風体をした優男だったが、ああいう輩にも助力を願わなければならない現状に一抹の不安を覚える。ただ、私が意識しすぎなのかもしれないが。 ――ノ月――ノ日  張り詰めた空気が常に私を取り巻いている。近いのだと思う。 ――ノ月――ノ日  いよいよとなった。明日、陽が昇れば戦地へと赴く。それを思うと、胸の鼓動が速くなり、高鳴る。 不安がないと言えば嘘になる。私は未だ騎士見習いだ。父と同じ部隊に配属された事に少しながら安堵している自分が未熟で情けなくなる。騎士として恥ずかしくない振る舞いがとれるかどうか、正直、今の自分には自信がない。 ――追記。  寝付けない。ただただ、感覚が研ぎ澄まされていく感じだ。長年を過ごした部屋を眺め、ここに戻ってくる事はあるのだろうかと、ふと考えた。 この手記は手元に離さずにおこうかと思う。 ――ノ月――ノ日  未だ興奮が覚めやらぬが、今のうちに記しておこうと思う。 我等が騎士団の壮観とした様は、その行軍は、全ての同志に勇気を与えたであろうと信ず。戦意高揚とはまさにこの事。士気高く、勇ましき我等が騎士団に華々しき栄華がみえた。私は、我等ファルシス騎士団の勝利を確信するに足る何かを感じた。これは私だけではなく、皆が感じた事であると確信している。行軍の先にあるは約束された勝利なり。いざ往かん、我等の勝利を手に。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  先日の興奮が恥ずかしくある。何をもって記したのか。士気というものがなせる業か。今読み返すと、まったくもって恥ずかしさだけが浮かぶ。 オステアを過ぎ行軍も長くなった。私は冷静さを取り戻す事が出来るようになったが、それと同時に不安に駆られる事ともなった。勝利を信ずるが故の敗北に対する怯えだと、私はそう判断している。  明日はルートガルト四区への攻撃が行われる。初めての実戦だ。自分でも驚いたが、思いのほか心は落ち着いている。事前の偵察で、守備隊が僅かである事が判明しているし、父が傍にいる。そして、共に戦う仲間がいる。恐れる事はあっても、それに打ち勝つだけの力を感じた。そろそろ寝よう。明日の為に。 ――ノ月――ノ日  地獄があるとすれば、それは戦場なのだろう。人を斬った事は初めてというわけではないが……あまりにもおぞましい光景だ。 いくら綴ったとしても、そこからは全てを知りうる統べはないのだと思う。私は……騎士にむいていないのではないか……。  これを書く今も、地に斃れた兵士達の声が耳に残り離れない……。吐きそうだ。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  父が死んだ。 ルートガルト三区の戦場は悲惨だった。一面に転がる死体の山に、地面は血で赤く染まっていた。 私はよく生き残れたと、自分でも不思議に思う。父が死んだというのに、涙が出ない。私は父の後を継ぎ、騎士見習いから騎士へと、騎士家の当主へとなった。別に嬉しくもなかった。ただ、もう逃げれない事だけは理解できた。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  頭上に振り上げられた剣は、私を殺すはずだった。なのに、私は生きている。 ――ノ月――ノ日 今日も生きている。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  ……私が生きている理由がわかった。あの傭兵だ。弓を持った、あのいい加減な傭兵だ。私を殺そうとした敵を、あの男が邪魔していたのだ。 自分の生存を左右されている事に、何故か腹立たしさを覚えた。自分勝手といえば、その通りだろう。だが、釈然としない何かが私の身を焦がした。 騎士である自分が…………。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  相変わらず私は生きている。不思議なものだ。そして、あの傭兵も生きている。栄光の行軍から生き残った者は、既に半数もいないというのに。 ファルシス騎士団の本陣営は何やら言い争いの日々を送っているらしい。私は、今の部隊を纏めるのに一苦労でそこまで気が回らない。弓を持った優男の傭兵が言伝を行ってくれている。私を助けてどうする気なのかと甚だ疑問に思う。私が女だからか。男の名前は知らないが、話をする程度の仲ではある。口癖のように「命を粗末にするな」と云う。傭兵家業が騎士の私におかしな意見をするものだ。 ――ノ月――ノ日  ブレアから援軍が着陣した。私より若い少年達だ。この着飾った少年達は、死ぬ事を恐れていないのか……。騎士の名誉の為に、わざわざ死ににきたのか……。傭兵の男が「これで仕舞いだな」と口にした言葉が、やたらと私の脳裏に響いて残る。私は未だ騎士であるのだろうか。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  血で汚れ、埃に塗れ、ぼろぼろになりつつある手記を捲った。アルナスのブレア侵攻が現実となった。私は、そこで名誉ある一人になりたがっていた。今でもそう思うかは、疑問ではあるのだが……。最悪の事態だ。最早、戦線はもちそうにない。本陣営は何を悩んでいるのか。弓を持った傭兵も、気付けば私を捨てて放逐してしまっていた。私は真に愚かな騎士だ。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  長居は出来ない。私は書きながら自分に言い聞かせる。自ら殿を名乗り上げた仲間を見捨てて、私はオステアまできた。私の部隊も数人しか残っていない。途中で行き倒れた者は見捨てるしかなかった。そう自分に言い訳をする。涙もとうに枯れ果てたのか。惨めな自分を鏡に映す勇気もない。 飢えを略奪で凌いだ。これが騎士のすることだろうか……。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  私は今、二度と戻る事はないであろうと思っていた、長年を過ごした屋敷の部屋にいる。おめおめと生き長らえた私に、周囲の者は優しく接してくれた。だが、恐らく本心はそうではないだろう。私はそう考える。この部屋に落ち着くまでに、私は自分をもう一度、見詰め直してみた。誇りを捨てた私は、既に騎士ではなかった。むしろ、私は一度たりとも騎士であった事があったのだろうかと、そう考える。そして、その答えは否であった。 女騎士として、恥じる事なき責務を一度でも真っ当できたのだろうか……。まだ間に合うのなら、私は騎士になろうと思う。いや、ならなくてはならないのだ。 まもなく、この街に敵兵が大挙として侵攻してくるだろう。私はこの手記を残す事にする。 ――ノ月――ノ日 ~ 【以下空白】 ---- #comment(size=60,vsize=3) ----
**&color(blue){手記} ――ノ月――ノ日  今日という日を記念に、私は手記を綴る事を思いつき行動に至っている。 この歳になるまで何一つ、世間一般で謂うところの女らしい事をしてきた記憶がないので、ちょうど良い機会であるとは考えてはいるが、正直なところ気恥ずかしくある。しかし、考えてみればこの手記に目を通す者は恐らくではあるが、私以外にいないであろうし、何時まで続くか判らぬので好しとしよう。  本日、私は騎士として見習いに就くことを許された。これは大変な名誉である。代々ファルシスの騎士の家系であり、一族ともに騎士団領の守護を担ってきた誉ある責務を、女に生まれた私が継ぐ事を許された喜びは何事にも代えがたく、今思い起こしても身体が奮えてくる。この国に生ける同年代の女性では到底得る事の出来ない感情が私を包み、心を昂ぶらせているのだ。聞けばリューネ騎士団には私と同じ女騎士が多いという。機会があれば、一度逢ってみたいものだ。 ――ノ月――ノ日  父の見習いに就く知らせが届いた。父としても複雑な気持ちであろう。私ですらそうなのだから。 父と母の子として生まれたのは私一人。望まれた男ではなく女。優しかった母がこの世を去り、私は男として育てられた。その事を怨むつもりはない。女として生まれた私の罪に比べれば、父を怨む事などどうして出来ようか……ただ、本音をいえば、綺麗な服を身に纏い、髪飾りや宝石で着飾った街中を歩く友人達の煌びやかな姿を羨望した時期は確かにあった。あの時は父を怨んだ。本来であれば、私が騎士を継ぐ必要はないのだ。普通の女として婿養子をとることも可能だったが、父はそれをしなかった。無論、私に選択権はないし、全てを受け入れる覚悟ではあったのだが……。父は、心の何処かで私を怨んでいるのだろう……もう、この話はよそう。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  少し疎かにしてしまった。反省する。 日々の多忙に追われるなかで、あまりよくない噂を耳にした。アルナス汗国がブレア一帯を狙っていると云う噂だ。 砂漠に住まう者達にすれば、この目と鼻の先にある肥沃な地「ブレア」は喉から手が出るほどに欲しい土地であろう。現に、過去に幾度となく小競り合いを起こし、その都度、我がファルシスの騎士達がこれを防いできた。例え噂が真実だとして軍事衝突が起こったとしても、此度もファルシスの騎士がブレアを防ぎ護る事を私は信じてやまない。そして、その時がくれば、私もその名誉ある一人となれるのだ。 ――ノ月――ノ日  未だ見習いではあるものの、私は騎士である事を自負しているし、誇りに思っている。 今日はこの誇りを汚された。あまりに腹が立ったのでぶん殴ってやった。暴力で解決を図ることは粗暴であり悪い事だとは判っているが、すっきりした。たぶん、後で父からお叱りを受ける事になるだろうけども。頭の固い男を殴ったので書く手が痛む。 ファルシス騎士団では女騎士は珍しいから致し方ないのかもしれないが、やはり、あの言い様は我慢できない。間違った事はしていないと私は考えているし、実際にそうであると思う。 ――ノ月――ノ日  どうやら、あれから私は暴力女と陰口を囁かれているようだ。別に気にはしないが……といえば嘘になる。 確かに同じ年頃の女の友人達と比べて筋肉がついている分、腕や足は太いかもしれない。恐らくだが、胸も私の方が小さいだろう。 だからどうしたと言いたいが、やはり悔しさがある。 騎士である自分の中に、女としての拭えない弱さを見た気がした。書いていて嫌になってきた……もうやめよう。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  今日、久方に筆を執る。 王都のあるルートガルト一帯で大きな反乱が起こったらしい。未だ詳しい知らせは届いていないが……今はただ待つほかない。 時間が経つのが遅く感じる。 ――追記。  事態は最悪な方向に転じているようだ。父が緊急の召集で家を出た。 ――追記。  宵も深くなったが父は一向に戻らず。一体何が起こっているのか。先程から胸の高鳴りが治まらず心苦しい。悪い予感がする。 ――追記。  心を静める事に大変な苦労を要した。今も筆を握る手が震えている。戦争だ。 ――ノ月――ノ日  記録として綴ることにする。 奸臣ムクガイヤの反乱によってトライド王は謀殺され、ゴート王子も国を追われている。ファルシス騎士団は、奸臣ムクガイヤの興したルートガルト国との戦争を決意し、宣戦布告をする事が決定された。  本当に戦争が起こるのだとしても、私の心の中では未だ他人事のように思えて仕方がない。実感がわかないのだ。明日、明後日と日を追うごとに世間は騒がしくなり、実感も出てくるのだろうか。それにしても戦争だなんて……いや、弱気になってどうする。 ――ノ月――ノ日  街中に傭兵然とした人相のあまり良くない男達が増えてきた。事実、彼らは傭兵なのだろう。治安の悪化が懸念される。 その中で、弓を扱う珍しい傭兵の男を見かけた。見た目にもいい加減そうな風体をした優男だったが、ああいう輩にも助力を願わなければならない現状に一抹の不安を覚える。ただ、私が意識しすぎなのかもしれないが。 ――ノ月――ノ日  張り詰めた空気が常に私を取り巻いている。近いのだと思う。 ――ノ月――ノ日  いよいよとなった。明日、陽が昇れば戦地へと赴く。それを思うと、胸の鼓動が速くなり、高鳴る。 不安がないと言えば嘘になる。私は未だ騎士見習いだ。父と同じ部隊に配属された事に少しながら安堵している自分が未熟で情けなくなる。騎士として恥ずかしくない振る舞いがとれるかどうか、正直、今の自分には自信がない。 ――追記。  寝付けない。ただただ、感覚が研ぎ澄まされていく感じだ。長年を過ごした部屋を眺め、ここに戻ってくる事はあるのだろうかと、ふと考えた。 この手記は手元に離さずにおこうかと思う。 ――ノ月――ノ日  未だ興奮が覚めやらぬが、今のうちに記しておこうと思う。 我等が騎士団の壮観とした様は、その行軍は、全ての同志に勇気を与えたであろうと信ず。戦意高揚とはまさにこの事。士気高く、勇ましき我等が騎士団に華々しき栄華がみえた。私は、我等ファルシス騎士団の勝利を確信するに足る何かを感じた。これは私だけではなく、皆が感じた事であると確信している。行軍の先にあるは約束された勝利なり。いざ往かん、我等の勝利を手に。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  先日の興奮が恥ずかしくある。何をもって記したのか。士気というものがなせる業か。今読み返すと、まったくもって恥ずかしさだけが浮かぶ。 オステアを過ぎ行軍も長くなった。私は冷静さを取り戻す事が出来るようになったが、それと同時に不安に駆られる事ともなった。勝利を信ずるが故の敗北に対する怯えだと、私はそう判断している。  明日はルートガルト四区への攻撃が行われる。初めての実戦だ。自分でも驚いたが、思いのほか心は落ち着いている。事前の偵察で、守備隊が僅かである事が判明しているし、父が傍にいる。そして、共に戦う仲間がいる。恐れる事はあっても、それに打ち勝つだけの力を感じた。そろそろ寝よう。明日の為に。 ――ノ月――ノ日  地獄があるとすれば、それは戦場なのだろう。人を斬った事は初めてというわけではないが……あまりにもおぞましい光景だ。 いくら綴ったとしても、そこからは全てを知りうる統べはないのだと思う。私は……騎士にむいていないのではないか……。  これを書く今も、地に斃れた兵士達の声が耳に残り離れない……。吐きそうだ。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  父が死んだ。 ルートガルト三区の戦場は悲惨だった。一面に転がる死体の山に、地面は血で赤く染まっていた。 私はよく生き残れたと、自分でも不思議に思う。父が死んだというのに、涙が出ない。私は父の後を継ぎ、騎士見習いから騎士へと、騎士家の当主へとなった。別に嬉しくもなかった。ただ、もう逃げれない事だけは理解できた。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  頭上に振り上げられた剣は、私を殺すはずだった。なのに、私は生きている。 ――ノ月――ノ日 今日も生きている。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  ……私が生きている理由がわかった。あの傭兵だ。弓を持った、あのいい加減な傭兵だ。私を殺そうとした敵を、あの男が邪魔していたのだ。 自分の生存を左右されている事に、何故か腹立たしさを覚えた。自分勝手といえば、その通りだろう。だが、釈然としない何かが私の身を焦がした。 騎士である自分が…………。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  相変わらず私は生きている。不思議なものだ。そして、あの傭兵も生きている。栄光の行軍から生き残った者は、既に半数もいないというのに。 ファルシス騎士団の本陣営は何やら言い争いの日々を送っているらしい。私は、今の部隊を纏めるのに一苦労でそこまで気が回らない。弓を持った優男の傭兵が言伝を行ってくれている。私を助けてどうする気なのかと甚だ疑問に思う。私が女だからか。男の名前は知らないが、話をする程度の仲ではある。口癖のように「命を粗末にするな」と云う。傭兵家業が騎士の私におかしな意見をするものだ。 ――ノ月――ノ日  ブレアから援軍が着陣した。私より若い少年達だ。この着飾った少年達は、死ぬ事を恐れていないのか……。騎士の名誉の為に、わざわざ死ににきたのか……。傭兵の男が「これで仕舞いだな」と口にした言葉が、やたらと私の脳裏に響いて残る。私は未だ騎士であるのだろうか。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  血で汚れ、埃に塗れ、ぼろぼろになりつつある手記を捲った。アルナスのブレア侵攻が現実となった。私は、そこで名誉ある一人になりたがっていた。今でもそう思うかは、疑問ではあるのだが……。最悪の事態だ。最早、戦線はもちそうにない。本陣営は何を悩んでいるのか。弓を持った傭兵も、気付けば私を捨てて放逐してしまっていた。私は真に愚かな騎士だ。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  長居は出来ない。私は書きながら自分に言い聞かせる。自ら殿を名乗り上げた仲間を見捨てて、私はオステアまできた。私の部隊も数人しか残っていない。途中で行き倒れた者は見捨てるしかなかった。そう自分に言い訳をする。涙もとうに枯れ果てたのか。惨めな自分を鏡に映す勇気もない。 飢えを略奪で凌いだ。これが騎士のすることだろうか……。 ――ノ月――ノ日 ~ ――ノ月――ノ日 【空白】 ――ノ月――ノ日  私は今、二度と戻る事はないであろうと思っていた、長年を過ごした屋敷の部屋にいる。おめおめと生き長らえた私に、周囲の者は優しく接してくれた。だが、恐らく本心はそうではないだろう。私はそう考える。この部屋に落ち着くまでに、私は自分をもう一度、見詰め直してみた。誇りを捨てた私は、既に騎士ではなかった。むしろ、私は一度たりとも騎士であった事があったのだろうかと、そう考える。そして、その答えは否であった。 女騎士として、恥じる事なき責務を一度でも真っ当できたのだろうか……。まだ間に合うのなら、私は騎士になろうと思う。いや、ならなくてはならないのだ。 まもなく、この街に敵兵が大挙として侵攻してくるだろう。私はこの手記を残す事にする。 ――ノ月――ノ日 ~ 【以下空白】 ---- #comment(size=60,vsize=3) ----

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