(2) 「……戦闘員が一人で何の用だ」 白煙立ち上る廃ビルの一角、何も無いホール。 地下にある組織の本部へと続く部屋の一つ手前、そこが俺と彼らの決戦の場となった。 対峙する四つの影は、一つの悪と三つの正義。 アポロ様が来るまでこいつらを足止め出来れば俺の勝ち。俺が倒され、アポロ様を倒されてしまった時が俺の負けだ。 「光彩戦隊ビットマンレッド、赤坂浩二」 ぴくり、とレッドの体が震える。 それは普段は情報漏洩の防止の為にイーとしか喋らない戦闘員が喋った驚きよりも、如何して自分の名を知っているのか、という戸惑いから来たものだろう。 正義を貫くことしか頭に無いこいつでは、まさか自分が素顔の時に悪の戦闘員と出会い、友と呼び合う仲になっていたとは夢にも思うまい。 悪も正義も知ったこっちゃ無いなんて思っていた俺ですらついこの間気づいたのだ。あと一月は気づかないで居て貰わないと俺の立つ瀬が無い。 それでもそれが表面に現れるのは一瞬のこと、レッドは一度身を振るわせただけで、あとは何事も無かったように真っ直ぐと大地を踏みしめて俺を睨みつけている。 だがその内心は疑問に満ちているだろう。何故知っている、何故知っていてこちらから攻めてこなかった、一体何の目的があるのか……。 レッドが正義である限り、考えても答えは出まい。そして悪である俺にとっては、その戸惑いは願っても無い隙になる。 「ショッカーの戦闘員ではなく、一人の悪としてお前に要求する。 今この場で、俺と、勝負しろ」 「……はぁ?」 答えたのはレッドではなく右に位置するイエロー。いつものようにヒーローらしからぬ彼は、不満をあらわにした声を張り上げる。 「ふざっけんな戦闘員如きが、俺たちはテメー一人に付き合ってるような暇ァねえんだよ! おいブルー、構うこたぁねえ。テメーの銃で一発ドカンと……」 「待て」 イエローの怒号を手で制し、レッドは一歩前に出る。 「博士の連絡通りならショッカーの本体は既に逃げおおせた後だ。それなら戦闘員の一人や二人で手間取っても、特に問題はあるまい。 それに……俺はこいつに聞きたい事がある」 ゆらりと、レッドの纏う空気が変わった気がした。 「先に聞いておこう。戦闘員、お前の名前は?」 マスク越しの双眸が俺を射抜く。 何処までも真っ直ぐなその視線に気圧されぬように腹に力を込めて、レッドを睨み返す。 「俺の名前?」 姓は庄家で、名は栄一。それが俺の名前だった。だが――― 「今の俺はただの悪だ。 呼び名が欲しいなら、こう呼べ」 バッと、両腕を眼前に突き出して交差させる。 俺がドクから試験的に改造を受けた新機能。 戦隊はおろか同僚にだって、アポロ様すら知らない俺だけの能力。 ―――二段変身。 「シャドウクロス!!」 ぞわりと、得体の知れないモノに飲まれた気がした。 足先から小さな虫が這い上がって来て、地面が無くなる。頭蓋から蛆が湧いて、空が無くなる。鳩尾から闇が広がり――俺が消える。 一瞬の闇の後、正義を纏う英雄達の前に立つのは、悪を纏う影がある。 戦闘員でも、怪人でも無いスーツタイプのこの姿を、ドクはこう呼んでいた。 ……ダークヒーロータイプ。悪のため悪を遂行する、悪のヒーロースーツであると。 これをくれたドクには悪いが、その期待には添えそうも無い。 俺は悪でいい、悪を着て悪になり悪を行えばいい。 だけど、俺の悪は悪のためではない。ただ一人、強くて弱い人のためだから。 だから、アポロ様俺は――― 「……行きます」 「来いッ!!」 俺とレッド、黒と赤とが衝突する。 ぶつかり合った拳から、白い火花が散った。