ある小さな工房にて 『1話』

機工王国ギムリアース。その一角に、その工房はあった。




俺はこの工房の助手を勤めている。助手と言う名の、世話係を。
ここで一人篭っている、偏屈な年寄り博士の、身の回りの世話係。
工房とは言っても、別に宝石細工をするわけでもなければ、
剣や鎧などを作ったりするわけでもない。年寄りの博士が一人、来る日も来る日も役に立ちそうもないものを開発しているだけだ。
例えば、持ち主の魔力を注いでやるだけで、卵を調理する機械。
名前だけは聞こえがいいが、その実態はただ卵を割り、殻ごとかき混ぜて焼くだけのポンコツである。
とても食べれたものではないし、どんなに料理が下手な人でも、これよりはマシなものが作れるだろう。


住居提供・三食付という高待遇でもなければ、俺はさっさとこんな工房から出て行っているだろう。


先日、「NYT新聞」を読みながら朝食をとっていた彼が、突然立ち上がり
「これからは人間が空を飛ぶ時代じゃ!わしはその先駆けとなってやるぞ!」
と叫んで、工房に飛び込んでいった。新聞が投げ捨てられていたので拾って見てみると、「時計塔に方舟が突っ込んだ!!」と書かれた記事が。
さらに読み進めていくと、「翼を持つ船が時計塔に突っ込んだ」と、大体そんなことが書かれていた。
まあ多分、博士はこれに影響されたのだろう。
工房からは作業の音が聞こえてくる。数日後には、使えもしないガラクタが工房に一つ増えるのだろう。




――数日後。
「おい!起きるのじゃ助手!ついに空を飛ぶ機械が完成したぞ!」


普段より興奮した博士の、耳障りな声で、普段起きるより数時間早く、目を覚ますこととなった。


「画期的な、新発明じゃ。これが実用化されれば、人類が空を飛ぶ時代が来るぞ!」


博士に案内され、埃だらけの工房に入ると。
そこに、軽い大きな羽根を持つ、まるで鳥のような機械が。


「ここにな、使用者の魔力を注いでやるとな、自動で推進力に変換され、空を飛べるのじゃよ!」


こんなことがあるのだろうか。
博士が、実用化に値する、『役に立つ機械』を作成する、なんてことが。


「さあ、実際に飛行テストをするぞ。この機械を、ここから引っ張り出すのを手伝ってくれ」


博士は、これから外のスペースを使って、実際に飛行をしてみるらしい。


博士はその機械を自分の身体に取り付け、


「行くぞ助手よ!よく見ておくのじゃ。人類の新たなる技術が、ついに完成したのじゃ!」


そして。


博士は助走をつけ、走り出した。


機械の後部に取り付けられた機関から、おそらく変換された魔力であろう『何か』が、放出されている。
博士の身体は宙に浮き、そしてどんどん高度を増し。


そこで博士は機械の異常に気付いたらしい。
機械から自分の身体を慌てて取り外し、何とか地面に着地する。


なんらかの異常を起こしたらしいその機械は、さらに高く高く上昇して行き、


爆発を起こして、ばらばらになって墜落した。




結局、今回も失敗作だったらしい。
博士は自分の部屋でしょげているし、俺はいつもどおり、食事の準備をしている。
人類の技術革新、とやらは失敗だったようだ。
少し期待した俺が、間違いだったのかもしれない。




機工王国ギムリアースに存在する、小さな工房。
そこから生まれた飛行技術が、もっと、ずっと先の時代に、
何らかの形で日の目を浴びることになるのを、まだ誰も知らない。

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最終更新:2011年08月12日 12:04
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