「ここで一先ずは小休止、ですかね」 そう言って能美は腰を下ろした。 並べられた長椅子に身を預けるとごぉん、と鈍い音がよく響いた。その反響に呼応して鉛のような疲労感が滲んでくる。 頭上に広がるがらんとした天井を見上げ、彼はふうと息を付いた。 精巧に作られた西洋風の装飾は中々どうして荘厳な雰囲気の形成をしていた。 陽光を受け照り輝くステンドグラスや教会を思わせる参列席、その全体を覆うように漂うどこか朽ち果てた空気が垣間見える。 大聖堂、の名の通りどこか神聖な空気が漂っているように思えた。 とはいえこれも所詮はゲームの1オブジェクトに過ぎない。 聖堂だの教会だの、ありがちな舞台である。 中心に座する誰も居ない台座なんて如何にもそれらしい。その神聖さに仇なすような醜い傷も含めて、元あったゲームではそれはそれは大仰な設定があったのだろう。ここで意味はないが。 グラフィックの出来自体は加速世界と比してもそれなりによくできているとは思うが、こんなもの、どこまでいってもハリボテ、還元すればポリゴンやらテクスチャやらの集まり、とどのつまり数値だ。 そう思った彼は来て早々グラフィックに興味を失った。代わりにその機能的な側面について考え始める。 (ここからアメリカエリアまでまっすぐ行けば一時間、といったところでしょうか) 痛みの森での手痛い敗走ののち、次なる目的地の候補として能美は近くのマク・アヌか隣のアメリカエリアを考えていた。 どちらにしようか迷ったが、結局彼は後者――アメリカエリアの方を選んだ。 理由としては、今の自分の状態がある。 能美は虚空に指を走らせる。滑らかな動作でウィンドウが開かれた。 |ステータス| |HP|10%| |MP|10%| |Sゲージ|5%| |付与|幸運低下(大)| |部位ダメージ|胴体| |令呪|三画| (忌々しいですが、あの連中から受けたダメージは予想以上に深いですね) 呼び出した自らのステータス画面を確認し、彼は腹に憎悪と苛立ちが溜まっていくことを自覚した。 HPMPを削られた上に、ゲージも消費させられ、更にバッドステータスまで付与されている。 装備、スキル面は充実しているが、こうもダメージを負ってしまっているのでは戦闘もままならない。 せめて付与されたバッドステータスが消えるまではどこかで回復を行いたかった。 どの道しばらくは戦闘できない。 となれば距離的に近いマク・アヌよりもイベント補正のあるアメリカエリアの方に行くべきだろう。 そう考えた能美は森に潜む形で移動を開始した。敵が残っているであろう森を進むのは危険があったが、見晴らしの良い草原では発見される可能性はそれ以上に高く思えたが故の選択だった。敵が飛行スキルを有しているとなれば尚更だ。 幸いにして誰にも見つからず、休憩できそうな場所として目星をつけていたこの大聖堂までたどり着き今に至る。 どうやらこのゲームの仕様として、じっとしていればある程度の自然回復が見込めるらしい。速度は遅いが、現時点で自分が取れる唯一の回復手段である以上、こうする他にない。 まぁMPがある程度回復すれば自分にコードキャストを掛けられるので、回復にそこまで時間はかかるまい。 「…………」 そう思い、一先ずはゆっくりと休憩を取ることにする。 ゲーム開始からこの方それなりに動いたこともあって疲れも溜まっている。アバターのステータス的な部分だけでなく、プレイヤーである自分の身も考えなくてはならない。 「よっ、ノウミ。暇してんのか? 」 ……だというのに、ライダーはマスターの思惑など知ったことではない、とでもいうように姿を現した。 「……ゲージを無駄にして欲しくないのですがね」 「硬いこと言うなよ。ケチケチしてもしょうがねえだろ? どうせアタシが何か壊せば回復するんだし」 彼女は豪快に笑い、カツカツと音を立てて彼女は聖堂を歩き回る。そして偉そうに腕を組み、座り込む能美を見下ろした。 「んで、どうだい指揮官、復讐の算段は?」 「ええ……まぁ考えてますよ、色々と」 「ほおう、色々と来たかい。精々期待させてもらおうじゃないの。アンタの意趣返しは中々ねちっこそうだ」 そう言って彼女は再度哄笑した。もはや諌める気にもならなかった能美は無視して休憩に専念することにする。 その様子を見たライダーはどこか楽しげに口を開く。 「だが今はちょっとお疲れみたいだねぇ、ノウミ。ま、休息は大切だ。休める時に休むに越したことはない。休み過ぎてそのまま腑抜けちまうようなのもいるがね」 ライダーはニヤリと笑い、 「でもまぁアタシが見たところ指揮官殿は問題ないね――思い出せるかい? さっきの森でコテンパンにやられた時の屈辱をさ」 「そんなこと」 能美の脳裏に今しがたの敗走が蘇る。 痛みの森。略奪したスキルを使って一方的な蹂躙を行う筈だった。 それをあのゲームチャンプが、あの生意気な女が、あの眼鏡のーー 「――愚問ですね。当然、覚えてますよ。僕を侮辱した奴らにはしかるべき報いを食らわせてやります」 能美は言った。その声は少年のそれでありながら、喉の奥から憎悪と共に絞り出されたようなひどく濁った響きを孕んでいた。 ライダーは満足気に頷き、 「いい返事だ、ノウミ。それでこそ我が指揮官、しょうもない小悪党だが筋は悪くない。こと復讐に関してはアタシも一家言あるしねぇ」 疲れが吹っ飛ぶだろう? とライダーは語る。 「アタシもそうだった。むっかし若い頃にてひどくやられたことがあってさ。そんときに感じた屈辱。アレは忘れられないねぇ。スペインを、太陽とか宣う奴らを、どうやって焼き尽くし、奪い尽くし、殺し尽くすか――毎日毎日それだけを考えて生きてきたのさ」 そして死んだ訳だがね、と彼女は付け加え再び笑ってみせた。 その言葉の裏に含まれた影を感じ取り、能美は少し意外な気分になった。 自分と正反対に見える彼女だが、しかし根本にあるものは近しいものであるように思えたのだ。 奪われたのならば、それ以上に奪い返す。そうでなくては気が済まない。 「さて、ノウミ。上機嫌だから、ここで一つアタシの話をしてやろう。ま、暇つぶしだと思いな」 「全く、うるさいですね……」 「そう言うなって。なに、ちょっとした話さ。どうやったら太陽は落とせるかっていうね」 「…………」 「ところでノウミ、アンタ、どれくらいアタシのこと知ってるんだい? フランシス・ドレイクって英雄のことをさ」 しばらく能美は沈黙した。ライダーが返事をじっと待ってるのが分かる。が、彼は言うべき言葉が見つからなかった。 「何だい? 何も知らないのかい。そりゃちょっと不勉強じゃないのかい?」 「う、うるさいですね。僕らの時代は貴方たちとは文明レベルが違うんです。ネットが繋がればそんなこと暗記するまでもないことですから」 語気を荒げて言う能美にライダーはやれやれと頭を振り「シンジはそれなりに知ってたがねぇ」と言った。 その事実が何故だか無性に腹立たしい。 「ま、いいさ。細かいことは確かにどうでもいい。とにかくアタシは……フランシス・ドレイクは英国の海賊でね。奴らに報復する為に色々やってさ。手始めにインド諸島だのペルーだので略奪とかやってた訳だが、今考えればありゃちまちましてた。スペイン海軍は敢えて襲わないようにしてたし、派手さに欠けてた」 「はぁ、そうですか」 能美は気のない返事をする。それでも止めはしないのは、彼としてもこの英霊について興味が出てきたからだろうか。 「そのあと地球を一回りとかやって荒稼ぎしたねぇ、黄金宝石香辛料……ありゃ楽しかった。んでがっぽりお宝持って英国に帰ったらこれがまた笑える話でさ、アタシのが国より金持ちになってたって訳だ。たまげた女王陛下がアタシにナイトなんて大層な称号までくれちまってさ。出世はしたが復讐の機会は中々訪れなかった。柄でもねえのに市長とかやったっけな」 「似合いませんね……」 「だろう? アタシは海のが向いてるよ」 ライダーは己の偉業をまるで世間話のように軽く語った。そこであったであろう様々な冒険譚を誇る訳でもけなす訳でもない。ただ懐かしんでいる、という風に。 能美は思う。海賊から騎士へと登り詰めていく行程は、史実的に偉業ではあるのだろうが、彼女にしてみればただの通過点だったのだろう。 彼女の生き様が語る通りのものであるのならば、その行いは全てある一点へと向いていたはずだ。 その一点とは、すなわちーー復讐。 略奪も世界一周も政治的な要職に就いたのも、全てはしかるべき時にしかるべき地位でいる為の…… 「んでその時は来た」 ライダーはそこで口元を釣り上げた。その白い犬歯がきらりと光る。 「我が祖国英国とスペインの仲がきな臭くなってねえ……そこでアタシが万を辞して担ぎ出された訳さ。英国海軍を率いて奴らとの一大決戦。いやはやあの時は――忘れられないねえ」とライダーはそこで視線を上げ「そん時、アタシが自分の船に何と付けたと思う?」 「……さぁ」 「復讐(リヴェンジ)」 能美は何時だったか世界史でやった話を朧げながらも思い出す。英国とスペインの決戦。人類史のターニングポイント。授業などロクに聞いていないが、それでも流石に少しは聞きかじったような覚えはある。 アルマダ海戦……だっただろうか。名前しか知らないし、それすら正直怪しいが。 「そんでアタシは海軍司令だったチャールズの野郎と顔つつき合わせて奴らの弱点を考えた訳だが、そん時の英国が主に使ってたガレオン船は小さくてね、機動力はあるが火力は心もとない。一方の敵軍は大型の帆船が主力。地図おっ広げてさぁこいつらをどうしようかって訳だ。機動力と火力、それぞれの強みをどう活かすかってのがこの戦のポイントだ」 能美は耳を傾けながらも、少し眠たくなってきた。 緊張が緩み、身体が休息を欲しているのかもしれない。 「おや? お休みかい。こっからが面白いところだってのに、ま、いいさオチを言っちまおうか。アタシがそこで何をやってたか」 「答えは簡単さ、船に火ィ点けて敵のど真ん中に突っ込ませた」 ライダーはそこで声を立てて笑った。反響する豪快な笑い声はどこか遠くに感じられる。 「この話の妙はね、機動力と火力の天秤をぶっ壊してるところにあるのさ。火のついたガレオン船はその一瞬だけ速さと火力、両方を得た。互いの長所短所をつつき合うなんて地味な真似はしてないってね。後のことを無視したがゆえに、その船は最強になった訳だ」 だから気をつけな、と微睡む能美にライダーは言う。 「どんなセオリーにせよ定石にせよ、原則なんざ後先考えず捨て身になっちまえばぶっ壊せちまうもんなのさ。刹那主義も極まれば太陽だって落とせる。アンタがどういう生き方したいのかは知らないけど、ま、精々足元を掬われないようにしな」 [D-6/ファンタジーエリア・大聖堂/1日目・昼] 【ダスク・テイカー@アクセル・ワールド】 [ステータス]:HP15%(回復中)、MP10%、Sゲージ5%、幸運低下(大)、胴体に貫通した穴、令呪三画 [装備]:パイル・ドライバー@アクセル・ワールド、福音のオルゴール@Fate/EXTRA [アイテム]:不明支給品1~2、基本支給品一式 [思考] 基本:他の参加者を殺す。 1:シンジ、ユウキ、カオルに復讐する。特にカオルは惨たらしく殺す。 2:上記の三人に復讐できるスキルを奪う。 3:一先ず休息、しばらくしたらアメリカエリアへ。 [サーヴァント]:ライダー(フランシス・ドレイク) [ステータス]:HP25%、MP30% [備考] ※参戦時期はポイント全損する直前です。 ※サーヴァントを奪いました。現界の為の魔力はデュエルアバターの必殺技ゲージで代用できます。 ただし礼装のMPがある間はそちらが優先して消費されます ※OSS《マザーズ・ロザリオ》を奪いました。使用には刺突が可能な武器を装備している必要があります。 注)《虚無の波動》による剣では、システム的には装備されていないものであるため使用できません。 |079:[[勇気を胸に]]|投下順に読む|081:[[xxxx]]| |079:[[勇気を胸に]]|時系列順に読む|081:[[xxxx]]| |064:[[月蝕の迷い家]]|ダスク・テイカ―|083:[[死者たちのネットゲーム2~ノーゲーム・ノーライフ~]]| ----