倒れていたバイクを立て直すと、がた、と鈍い音がした。 ハンドルバーを握りしめ、ネオは何も言わずじっとバイクを見つめていた。 マシンは艶のない黒い装甲を纏っており、その隙間から剥き出しになった巨大なエンジンは辺りを威嚇するようだ。 無言でそれを抱えながら、ネオはウインドウを操作した。 【拾う】と表示されたコマンドを選択すると、瞬間マシンの姿は消え失せる。 同時にアイテムウインドウには“ナイト・ロッカー”と表示され、それで終わりだった。 あれほど存在を主張していたはずのマシンも、指先一つでデータ状の存在として格納してしまえる。 そういう場所なのだ、ここは。 「……アッシュ」 後ろでガッツマンが悲痛な声を漏らした。 大柄なロボットである彼は、その外見とは裏腹に仲間の死に涙できる優しさを持っていることをネオは知っていた。 彼は近くのビルにその巨大な腕を叩きつけ項垂れている。 今しがた届いた一通のメール。 そこに彼らの知った名前が一つあった。 「…………」 無機質なネオは何も言えなかった。 湿った閉塞感が胸の中を渦巻き、言葉をかき消してしまう。 沼に沈み入るかのような気分だった。柔らかな、しかし強い力で身体が抑え付けられているように思えた。 ――アッシュ・ローラー この異様な空間で出会い、激励された一人の青年の名だった。 彼とガッツマンとの出会いは、ネオにとって一つの転機となった。 ――彼が、死んだ。 遭遇した機械のアバターによって、彼はデリートされた。 ネオの目の前で、彼は一人あの死神のようなアバターに挑み、死んだのだ。 マトリックスにおいて死は、即ち現実での死だ。 コンピュータゲームのようにやり直すことなどできはしない。 まずはその事実を受け止めなくてはならない。 ネオにとって仲間を失うことは今までだってなかった訳ではない。 それはエージェントとの交戦の結果であったり、あるいは仲間からの裏切りであったり、幾つもの死があった。 多くの者を自分は失ってきた。その中には、たった一人人間として愛することができた、トリニティさえもいる。 ――しかしアッシュの死は。 ネオにとってまた別の意味を持つものであった。 ――その責任は、俺にある ……ネオは彼に手が届き得る位置にいた。 にも関わらず何もできなかった。結果として、アッシュはその命を落とした。 救うことができたはずだった。でも、できなかった 「うう……」 悲しむガッツマンは、ふとそこで顔を上げた。 機械の身体であるが、不思議と感情豊かに表情を変える。 そしてその顔には、 「あのネットナビ、絶対に許さないでガス……!」 ……明確な、怒りがあった。 仲間をデリートされ、許せないと怒りを燃やすその姿は、何も間違ってはいない。 「…………」 だが、ネオはガッツマンのその姿を見ても、やはり何も言うことはできなかった。 肯定も、否定も、彼に対しできなかった。 知っているからだ。 何故自分があの時動くことができなかったか。 何故あの機械が自分の言葉に激昂したか。 ――あの機械は、言った。俺を憎め、と。 あの機械は人間への憎悪で戦っている。 だからこそ、ネオの言葉に怒り、軽蔑の言葉をネオに残していった。 その憎悪をネオは理解できる。 機械に対して憎悪を抱く人間は幾らでも見てきた。 皮肉な話だ。だからこそ、逆に機械が人間を憎悪することも理解できるなんて。 ある意味で、あの機械はどこまでも人間的だった。 強い憎悪を持つ機械はここに来るまで見たことがなかった。 ガッツマンの優しさと同じく、機械は誰かを憎むこともしないものだと思っていた。 メロビンジアン、アーキテクト、あまたのエージェント、そしてスミスでさえも、憎悪という感情を見せることは無かった。 そういったものを抱くのは何時だって人間だった。人間が人間を殺す時、そこに憎悪が迸る。 ネオが遭遇した機械の中で、最も“感情豊か”に見えた者はスミスだ。 しかし彼でさえも、ネオに向けた感情は“感謝”だった。彼は自分を憎いと思っていたのではなく、あくまで力を求めていたに過ぎない。 彼はそれを“自由”だと表現していたが、しかしその在りようは本当に彼の意志によるものだったのか。 そういう意味で、あの機械とスミスは一線を画する存在だった。 彼の憎悪は本物だった。機械の激昂は、スミスの語る“自由”などよりもよほど真に迫ったものがあった。 彼は“意志”がある。明確な“意志”があるからこそ、怒りに縛られる。 ――そんな彼に力で対抗することは果たして正しいのか? あの機械に対し救世主の力を振るうべきだ。 今からでも追いかけるべきだ。 そう思いはする。 ――しかしそれでは何も変わらないのではないか。 それがネオの迷いだった。 プログラムされた救世主から脱却することは決めた。 しかし、それは人類と機械の延々と続く戦いを終わらせるためではなかったか。 プログラムから離れても、個人として戦いを選べば――同じではないか。 ――あのアリスたちだってそうだ。 トリニティを殺害した者を排除しようとした自分と、あの機械の何が違う。 誰かの為のプログラムから脱却することは、つまるところ単に私怨に憑かれることを意味してしまうのか。 分からない。故に自分はあの悪意ないアリスたちに打ちのめされた。 だからこそ、あの機械に力を振るうことに迷いがあった。 力を振るえば、力は個としてのものになる。 憎いから、あの機械を倒すことになる。 しかしその先に人類と機械の融和の道が開けるとは、どうしても思えなかった。 アリスも、あの機械も、みな憎み力で排除することが本当の“救世主の力”なのか。 ――選べなかったんだ、俺は、あの時 戦争を終わらせる方法。 この問い掛けに正しい答えなどない 近世以降、人類が何度もこのテーマに挑んだが、しかし答えなど出なかった。 何度も何度も繰り返し提唱されたせいで、陳腐に堕してしまったテーマだった。 答えなどない。それくらいマトリックスから目覚める前から知っていた。 プラグの先にあったアメリカでだって、こんな問いかけは何度も見かけた。 戦争をなくす方法――あるいは続ける方法――そんなもの、あの国ではさんざん議論されてきた。 圧倒的な力による支配は対抗勢力の伸張を招き、結果として戦争を呼んでしまった。 そういった歴史から学んだアメリカは方針を転換した。 戦争を支配するのではなく、どこか遠いところで戦争することにした。遠くに戦争を押しやることで、自国の周りを静かにしようとした。 結果としてそれは成功していた。少なくともあのアメリカは、平和だった。 仮想的な平和を築いたんだ。 それがネオの知る“戦争を終わらせる方法”の一つだった。 正しいかは別として、あの国はそれを選んだ。 マトリックスがあの時代を選んだのも分かる。 人類を飼う籠の日常として、これ以上ないほど的確な時代はないだろう。 “救世主の力”などとファンタジックな言葉で糊塗しているが、結局はそれと同じ次元の話だ。 答えなどない。何が正しいのかなど、人類には決めることはできない。 できるとすれば、それこそ機械だけだ。 プログラムは与えられた法則から明快に答えを出す。 だから機械が設定した“救世主の力”には答えがあった。 人類を力によって導き、滅び、そして再建する。それが定められたプログラムだ。 そこから抜け出し、真の意味で“救世主”になることをネオは選んだ。 だからこそ、選ばなくて張らないのだ。 自らの意志で、トーマス・A・アンダーソンとして、一人の人間としての“救世主”の在り方を選ばなくてはならない。 ――何もかも正しくはない 力によって復讐することも、別の道を探すことも、同列の選択だ。 一人の人間として選択する以上、絶対的な正しさなどない。 ある側面では正しくとも、別の側面では誤っている 選ぶとは、言い換えれば切り捨てるということだ。 ――それでも選ぶと決めた。 プログラムでなく、自らの“意志”を以て“救世主”になると決めた。 その上で、自分はどうするべきだ。 あの機械を排除すべきか、あのアリスに報復すべきか、彼らを憎むべきか。 それとも赦すべきか。全てを忘れ、笑い、同じ道を歩まんと説得するべきか。 別の道を探すのか。どちらも間違っていると切り捨て、第三の道を模索するのか。 あまたの選択肢がネオの胸中を渦巻いていく。 その中心にあるのは“救世主”とラベルの張られた力であり、同時に“ネオ”であり“トーマス・A・アンダーソン”だった。 三つが重なり合い、一体となって答えを求めている。 三つ全て自分だ。トリニティはそのことを教えてくれた。 「うう……アッシュ」 少なくともガッツマンは悲しみと怒りを選んだ。 その想いに乗せ、彼はアッシュの名を追悼している。 だがネオは未だその名を呼べないままだった。 あれだけ颯爽としていた男をどんな声に乗せて呼ぶべきなのか、ネオは掴めなかった。 「…………」 何も選べないまま、がらんどうの空を遠くに思い、彼はただ一人街に沈んでいた。 【F-8/アメリカエリア/1日目・日中】 【ネオ(トーマス・A・アンダーソン)@マトリックスシリーズ】 [ステータス]:健康 [装備]:エリュシデータ@ソードアートオンライン [アイテム]:基本支給品一式、ナイト・ロッカー@アクセル・ワールド、不明支給品0~2個(武器ではない) [思考・状況] 基本:本当の救世主として、この殺し合いを止める。 1:ガッツマンと共に行動する。 2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で…… 3:ウラインターネットをはじめとする気になるエリアには、その後に向かう。 4:モーフィアスに救世主の真実を伝える 5:………… [備考] ※参戦時期はリローデッド終了後 ※エグゼ世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。 ※機械が倒すべき悪だという認識を捨て、共に歩む道もあるのではないかと考えています。 ※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかと推測しています。 ※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。 【ガッツマン@ロックマンエグゼ3】 [ステータス]:健康、ナビ(フォルテ)への怒り [装備]:PGMへカートⅡ(7/7)@ソードアートオンライン [アイテム]:基本支給品一式、転移結晶@ソードアートオンライン、12.7mm弾×100@現実、不明支給品1(本人確認済み) [思考] 基本:殺し合いを止める為、出来る事をする。 1:ネオと共に行動する。 2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で倒す。 3:[[ロックマン]]を探しだして合流する。 4:転移結晶を使うタイミングについては、とりあえず保留。 5:アッシュ…… [備考] ※参戦時期は、WWW本拠地でのデザートマン戦からです。 ※この殺し合いを開いたのはWWWなのか、それとも別の何かなのか、疑問に思っています。 ※マトリックス世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。 ※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかという情報を得ました。 ※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。 |097:[[カルバリン砲がぼくを狙う]]|投下順に読む|099:[[対主催生徒会活動日誌・8ページ目(再会編)]]| |097:[[カルバリン砲がぼくを狙う]]|時系列順に読む|099:[[対主催生徒会活動日誌・8ページ目(再会編)]]| |082:[[空の境界・――遥かに羽撃く]]|ネオ(トーマス・A・アンダーソン)|102:[[異空間より絆をこめて]]| |082:[[空の境界・――遥かに羽撃く]]|ガッツマン|102:[[異空間より絆をこめて]]|