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EXE.Endless, Xanadu, Engaging“胸に抱えたままの――” - (2016/02/16 (火) 07:03:30) のソース

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私の――私の本当の願いは



◇





「――貴方を殺します」

吹き荒れる嵐のような街の中、ラニの胸中は凪のように静かだった。

そう静かだった。
今自分はひどく落ち着いている。
無感動に、平坦に。
ただただ己が敵/さがしびとを見つめている。

空を見上げれば爆炎が広がり、そこかしこで街の崩壊起きていた。
2010年代日本を基調しているこのエリアは、どことなくあのムーンセルの戦いを想起させる。
ラニは、この壊れゆく知らない街を、不思議と懐かしく思っていた。

あの人は、戸惑いの視線を投げかけている。

何故? と優しいあの人らしくラニを見つめていた。
同時に――これもまたあの人らしいのだが――優しさの中にも、決して目をそむけない強さがあった。

――ラニ、どうして……

その眼差しは、そう問いかけているようだった。
どうしても何もないだろう。これは聖杯戦争と同じ殺し合いで、ラニは魔術師/ウィザードだ。
置かれた立場を考えれば、敵対し合うことも十分に考えれただろうに。

それでも、あの人は問いかけてしまうのだろう。
ラニを救おうと、今ある現実を確かな足取りを持ってして進まんとする。
その鋼の意志こそが、あの人の願い/なかみであり、あの人があの人である意味であった。

全くもって――変わらない。
彼は何一つ変わってはいない。
あの時と同じく、何もかもわからないのに戦いに臨み、この戦いにおいても佳境まで生き抜いてきた。

そう考えた時、ラニの胸中に揺らぎが生じた。
その揺らぎは最初は小さなものであったが、けれど徐々に振れ幅を大きくしていく。
確かな熱と――苛立ちに似た重みをもってして。

あの人は変わらず、物語にも大きな変化はない。
それはあの人があの人だから――当然だ。

「バーサーカー」

しかし、今回は――今回は同じようには行かせない。
ラニは、だから、その名を口にする。バーサーカー。ムーンセルより与えられた英霊にして、三回戦で喪ってしまった武人。
「■■■■■■――!」と理性を塗りつぶされた咆哮が街に広がり、あの人へと矛を向ける。
名前も知らない彼は、しかし今回もまた、ラニに付き添ってくれている。

「戦闘準備を。標的は[[岸波白野]]。
 螺旋はなく、暁は未だ遠い。魂の純度は混沌へと堕している。
 けれど――たとえ彼方に月がなくとも、北天の星が私を照らしている。
 さぁ、殺し合いましょう――さながら水辺で睦み会う二頭の一角獣ように」

その彼を頼もしく思いながら、ラニはそう語る。
剣か死か。運命を決する戦いを――あの人に突き付ける。

「ふむ、どうにも相容れぬようだな」

途端、あの人の下に一騎のサーヴァントが降り立った。
炎のように赤く揺らめく男装を身に纏った皇帝――ネロ・クラディウス。
彼女はその金の髪を揺らしながら、手に持った大剣をラニへと向けた。
セイバー――あの時と変わらぬ、あの人のサーヴァント。

「さて人形の繰り言か
 それとも幼さゆえの無垢なのか。
 余の記憶では――こやつは、それなりに面白い学者にもなり得たような気がするのだが」

赤いセイバーの言葉を継ぐように、もう一騎のサーヴァントが現界した。

「まぁ、ルート違いで敵対するのはお約束と言いますか。
 人形のままに未来を辿ったラニさんなのですかねぇ……
 よかったですね。ご主人様――人形なら殺しても良心は痛みませんよ?」

なまめかしい肌を晒す、妖艶なキャスター。
玉藻の前。
彼女は突き放すような口調で、あの人にそう告げた。

「…………」

二騎のサーヴァント。
その情報はオーヴァンから既に手に入れている。
そして――自分自身、あの人に対して不可思議な記憶を有していることもまた、分かっていた。

きっと、あの人はあの人であるが故に、不安定な存在なのだろう。
数多くの“選択”の集積、
在り得たかもしれない結末の総合、
全ての可能性を演算され、刻み込まれたヒト。

ああ、やはり――厭な気分だ。

ラニは胸の中に不快感があふれ出るのを冷静に感じていた。
以前はなかった感覚だった。こんな何もかも――なくなってしまえだなんて感覚。
本当に、本当に厭だ。
これが自分の願い/なかみか。

「人形、ですか」

ラニは、思わずそう口にしていた。
サーヴァントたちは、敵対した自分をそう評した。

人形。別に間違っていない。
ラニ=Ⅷは“勝者”をコンセプトとしてアトラス院にデザインされ、人間以上の力を与えられた。
誕生れ/うまれた時から錬金術師だったこの身は、人類を自滅から回避すべく設計・投入された。

ああ、そうだ。
ラニ=Ⅷは人形だ。そんなこと、何度も言われてきたし、気にしてもいなかった。
謗られていると分かっていても、この胸には空疎な響きしかなく、その意義が理解できなかった。
けれども――

「そうですね。貴方にとってはそうであったのかもしれませんし、そうでなかったのかもしれません。 
 ありとあらゆる可能性を観測した、並行の存在者たる貴方には、何を言う権利もある」

――ラニは静かに語る。
その口調は依然と同じく平坦で、表情もまた無/モノクロームのままだ。

「む、こやつ」
「あら、この方」

あの人のサーヴァントたちが、何かに気づいたかのように異音同義のフレーズを口にする。
だが彼女らの言葉も、もちろんあの人の言葉も無視して、ラニはその手を振るっていた。

「バーサーカー」

ラニがそう呼びかけ、狂戦士が街を疾駆する直前まで、あの人はこちらを見ていた。
本当にいいのか――などと問いかけるように。

――決まっている。

ずっとこの時を待っていた。それが自分の願い(なかみ)だった。
準備できていないとは言わせない。

――私はただ、貴方に……




◇




バーサーカーの名を、彼女は未だ知らなかった。
ただアトラスの秘儀を持ってして英霊と意識にパスをつなげる。
バーサーカーの手は、即ちラニ=Ⅷの手。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!」

――あの人に刃振るうこの手もまた、私の手。

そう思いながら、ラニは二騎のサーヴァントと相対する。
セイバーがまず一歩出て剣を振るい、キャスターが宙を舞う鏡を操る。

「友が相手だ。迷いはあろう。戸惑いもあろう。
 だが今は――剣を取らねばなるまい、奏者よ」

バーサーカーの振るいし矛をセイバーが颯爽と受け止める。
大剣――燃え盛る原初の火が矛とぶつかり、火花が散った。
が、バーサーカーの方が強い。その巨大な体躯と圧倒的な膂力を持って放たれる矛に、セイバーはたまらず態勢を崩す。

「……そうですねぇ。私としては、色々と思うところができたのですが。
 でもまぁ――女の癇癪は一度落ち着けるに限るといいますか」

その隙を埋めるようにして、キャスターの呪術が炸裂した。
渦巻く炎の符。西洋の魔術体系ともラニの知る錬金術とも違う、東洋の技。
今度はこちらの動きが止まる番だった。動きを留めたバーサーカーに機敏なセイバーが刃を走らせる。

「■■■■■■■■■■――!」

バーサーカーの咆哮。痛みに苦しんでいる訳ではあるまい。
ただ猛りくる敵意を声にしているのだ。痛みなど無視できる。ただ敵を屠れないことがじれったい。
がらんどうとしか思えなかった、この狂戦士の心も今ならばある程度理解できる。

その苛立ちを燃やすように、バーサーカーは力を振るう。
フォースを近接用のものに固定。多少のダメージを無視して敵陣へと突進する。
その足取りにアスファルトが罅割れ、振るった斬撃の余波でビルが揺れる。
天下無双の力を存分に振るわせるべく――ラニはバーサーカーを駆った。

「セイバーさん、次はもう少し早く合わせてくださいまし」
「うむ、引き立て役。ご苦労である。いくぞキャス狐よ!」
「だから! もう少し私に合わせないと連携崩れるでしょうが――!」

セイバーとキャスターは互いに言葉を交わしつつ、しかし流れるような連携を見せている。
セイバーが先を駆け翻弄し、キャスターが隙を埋めて、連撃/チェインを繋げる。
相容れぬ可能性の存在たる彼女らだが、その相性は最適に見えた。
互いに背中を預けて戦場を駆ける彼女らを支えるのは、後方にて連携を巧みに指示するあの人だ。
彼ら三人に対し、バーサーカーは有効打を打てないでいる。

――ああ、本当に。

自分は今苛立っている。
普段ならここで一度バーサーカーを下げるなり、別の戦法を考えるなり、できる筈だ。
しかし、今の自分は、そんなことをするつもりになれない。
ただただ――この力を振るいたい。

それを、

――何故?

とあの人は見ている。
声には出さずとも、戦いに迷いはなくとも、しかしその想いを忘れることもない。
ああそれがあの人――岸波白野だ。

「――分かりませんか? 何故、私が貴方を討つのか」

……本当は違ったのに。

あの時、オーヴァンはラニに対して「岸波白野と会った時、どうするのか」と尋ねた。
それはずっと考えていた問いだった。開幕の場で彼/彼女をみかけた時から、あるいは遠坂凛を討った時から。
自分でも――どうすればいいのか分からなかった。

でも、あの時、ラニは自然にこう答えていた。
同じ道を行きます、と。

――あの人はこの場においても一種のイレギュラーにあるようです。ならば協力を装ってでも接触し、私の手によって分析されるべきでしょう。

だなんて、そんな理屈をつけて。
このゲームに乗るのは、魔術として聖杯を求めるため。
真実を求めたのは、アトラスに類するものとして当然の行いだから。
そして――あの人と共に行くことだって、そう、それが必要だから。

そんな風な論理を引っ張り出して、自分を納得させて、ここまで来たのに。

「――貴方には分からないかもしれませんね。
 多くの結末をを知る、貴方では」

どういう訳か、ラニはあの人に刃を振るっている。
用意した論理など吹き飛ばして、胸の熱に後押しされるようにして、その胸に矛を突き立てようとしている。
それにバーサーカーは応えてくれる。ラニの想いに同調するように咆哮を上げ、セイバーとキャスターを絶対なる力で押し返そうとしている。

「貴方はきっと、数多くの結末を演算し体感したのでしょう?
 アトラス院が人類史の“終わり”を演算し続けたように、貴方の身体はありとあらゆる可能性の塊になっていると推測されます。
 そこにはきっと、グロテスクな“終わり”があったでしょう。
 救われない、報われない“終わり”だって数多くあったでしょう。
 どんな“選択”の先にも、最後にはどうしようもない“終わり”が待っている。
 未来を視れば視るほど、識れば識るほどその先にあるものが、それが明瞭になっていく。それを――私たちは誰よりも知っている」

言葉が、溢れてくる。
あの人に向けて、あるいは自分自身に向けて。

「それを全て視た上で――それでも貴方は希望を抱いたのかもしれない。
 “終わり”の先にも、確かな未来があると――思ってくれたのかもしれない。
 過去の人間として、私たちにそれを託したのかもしれない」

でも。

「――でも、あの“終わり”は。
 あの“終わり”を私は――私は希望だなんて思えない」




◇




――ただ、貴方と共に“終わり”を迎えたかった。




◇




岸波白野はその身を散らした。
月の聖杯戦争を勝ち抜き、たどり着いた熾天の玉座にてトワイスを打倒したのち、聖杯を手に入れ――そして分解された。
トワイス同じく過去の存在である彼/彼女は、ムーンセルに不正データとして処理され、消え失せたのだ。

……そして、代わりに彼女は帰ってきた。

消えてしまった岸波白野の代わりに、地上へ帰還することが許された。
師から与えられた存在理由を果たせず、代わりに得た願い/なかみさえも消えたまま……

――それがラニにとっての“終わり”だった。

あの人にしてみれば、それは数ある“終わり”の一つだったのかもしれない。
幾多にも別れた“選択”の道筋。その先に分かれた未来の枝葉末節。

――けれど、この“終わり”が全てなのだ。

少なくとも、今ここにいるラニ=Ⅷにとっては、それだけがあの聖杯戦争の結末だった。

「私に――私にあんなものを送って、どうしろというのですか」

ラニはバーサーカーと共に力を振るう。
何もかもを消してしまえばいい。そんな想いが胸を席巻する中、言葉だけが次から次にこぼれ出してくる。

「岸波白野。過去の人間たる貴方のベースデータ。
 あれを私に託して、それを縁にして生きて行けと――そういうつもりだったのですか? 貴方は。
 それが新たな生きる理由になるとでも。エルトナムの存在理由も、やっと手に入れたなかみさえ私の、希望となるように?」

声が、上ずっていた。
こんなこと生まれてからこの方、一度もなかった。

「――私は、私の願い/なかみは貴方だったのに。
 貴方がたとえ、過去のモノだとしても。
 私が未来を求め続けるアトラスのモノだとしても、
 現在ここにいる私にとって、貴方だけが――私のなかみだった」

未来と過去。
そのすれ違いの狭間で、ラニ=Ⅷは岸波白野に出会ったのだ。
その自分にとって、あの“終わり”は――

「私は、認められない。
 あの“終わり”を私は否定する。
 たとえ貴方に否定されようとも、天に星がなくとも、私は――私は何度でもあの“終わり”に挑んでみせる」

ありとあらゆる“終わり”を内包する彼/彼女がいる限り、ラニの求める未来には決して辿りつけない。
その存在こそが“終わり”の証左である彼/彼女が、このラニに対して「何故?」だなんて問いかけるのだ。
それはつまり、結局この“終わり”を肯定しているということではないか。

ああ、だから――私はあの人を討つしかない。

……分かっている、本当は一緒に行きたかった。
聖杯戦争と同じく、あの人と同じ道を行く“選択”をしたかった。
ラニは、自身の願い/なかみを知っている。自分が本当は、何を求めていたのか分かっている。
聖杯戦争に投入される前のラニ=Ⅷと、今の自分は確かに変わっている。
人間に解答はない。なくとも確かにこの心には――誕生れたものがあった。
分かっている。
分かっているからこそ――これ以外の“選択”はない。

「……やっぱり、そういうことでしたか」

キャスターが不意に口を開いていた。

「全く、稚気染みたことを言いますねぇ……あんまりにも青臭くて、私、どうしたものかと悩んじゃいました。
 本当――人になっていたんですね、貴方」

突き放すような言葉と裏腹に、その口調はどこかさびしげで、優しささえ感じられた。
その様は子どものわがままを聞く、母のようで……
その事実が――また、苛立たしい。

「……“終わり”を受けれいれられぬ少女、か。
 余は――耳が痛いな。あの洛陽の彼方には、きっと今でも“私”になれなかった少女が踊っているのであろう」

対する赤きセイバーもまた、表情を陰らせていた。
どこか儚げに、どこか自嘲的に、セイバーはその瞳に何かを見ている。

「だが――それは結局、過ちなのだ、ばかものよ」

その諧謔を噛みしめるようにして、彼女はラニへと語りかける。

「降りてしまった終幕を拒んでどうする。
 我らは存分に栄え、その末に滅びるもの。
 死は避けられぬし、“終わり”は変えられぬ。
 だからこそ――お前も奏者と謳ったのだろう? 踊ったのだろう?」

薔薇の皇帝は毅然とした口調で“終わり”を謳った。
かつて滅んでしまった者として、既に洛陽を迎えた者として彼女は戦場を駆ける。
バーサーカーの刃を、ラニの刃を優美にも受け止めながら――

「余は確かに過去の存在だ。そこのキャス狐も終わってしまった者だ。
 そして、奏者もまた―― 一つの“終わり”を迎えた者であろう。
 それは事実だ。共にあの華々しい終幕を駆け抜けた者として、余はそれを断言する」

だが、と彼女は告げる。

「だが――お前は違うであろう? かつて人形だった幼気な少女よ。
 お前は過去のモノではなく――確かなイマを生きる者だった筈だ」
「でも――私は」
「何を迷うことがある。
 確かに悲しかったかもしれぬ。認めがたかったかもしれぬ。
 だが、イマを生きるお前は、確かに奏者の“終わり”を見届けたのだぞ。
 であるならば、あの“終わり”を希望と言わずしてなんと呼ぶ」

くっ、とラニは息を漏らす。
並列思考が乱れている。ラニ=Ⅷの意識が正常に作動していない。
それでもラニは腕を振るい続ける。あの人にその手を届かせるべく、彼女は戦い続ける。

だけども――その道を彼女たちが許してくれない。

セイバーとキャスター。
あの人と共に“終わり”を見た者たち。
彼女たちがラニの行く手を阻む。当然のように阻まれる。
この想いも、この叫びも――彼女らは知っている、とでもいうように。

ああ――本当に、なんて馬鹿な話だ。
自分でも、この行いが無意味であることなんて分かっている。
“終わり”を否定したところで、その先に救いがある訳でもない。
師が、アトラス院の賢者たちが、何度も挑んでその度に敗れてきた命題だ。

「分かっています――分かっています」

それでもラニは、そんな風に繰り返す。
意味のない言葉を、どうしようもない八つ当たりを、意味など分かっていなくともやらずにはいられない。

……思えば同じ“終わり”を知っていた遠坂凛を討った時から、全ては始まっていたのかもしれない。
同じ配置を受けたにも関わらず、遠坂凛はあの“終わり”を肯定していたようだった。
その時、この心は決まったのだろうか。
あるいは彼女が、少しでもあの“終わり”を拒んでいれば、こんなにも取り乱すことはなかったのだろうか。
慣れない演技や駆け引きなんてまでして、殺し続けることもなかったのだろうか――

「……あ」

気付けば、がくり、と膝をついていた。
バーサーカーは倒れている。セイバーとキャスターの連携に敗れ、その動きは遂に止まってしまった。
HPを散らした彼は、徐々に泥に包まれていっている。サーヴァントとして、消滅しようとしていた。
ダメージを無視してあれだけ酷使すれば当然だった。寧ろよく付き合ってくれたというべきだろう。

――私の、八つ当たりに。

今なら分かる。
心も何もない。ただの機械であったように見えた彼も、本当は心/なかみがあった。
意識を繋げていれば当然分かる。武人としての荒々しさと、そこに同居する穏やかな想いを。
かつてのラニは、そのことを顧みることができなかった。
なんで気づかなかったのだろうか。彼は――こんなにも私を見てくれていたのに。
ラニはその時初めて、彼の名を知りたいと思った。知って、話してみたいと思っていた。

けれどももう間に合わない。彼の姿は泥にまみれて消えてしまっていて、最後の顔さえ見えなかった。

「――はぁ、そろそろこれで止まってくださいまし。
 いい加減、子どもみたいなことを言わないでください。
 貴方は――私共とは違うのですから」

キャスターが語る。彼女の口調は厳しい。
けれども、その瞳には深い同情が湛えているように見えた。
セイバーもまた、どこか憂いを持ってラニを見つめていた。

あの人は――

「――――」

――あの人は、何も言ってはくれなかった。

言う権利がないと、思っているのかもしれない。
あの人は揺るぎない強さを持っているのに、優しい人だったから。

「……全高速思考、乗速、無制限。北天に舵をモード・オシリス」

ラニは――それを見て、決意した。

セイバーとキャスターが、はっ、と息を呑む。
そうか、彼女たちは知っているのだ。このコードの意味を。
この心臓に埋め込まれた――心臓の意味を。

オパールの心臓。
第五真説要素/エーテライトによって作られた最後の平行変革機/パラダイマイザー。
全てを、ムーンセルすらも吹き飛ばしかねない――最終手段。

「早く……しないと、吹き飛びますよ。
 このゲームも、貴方も、全て――」

コードを刻みながらもラニはそう語りかける。
あの人に。これが最後の“選択”だとでもいうように――

「奏者よ!」
「ご主人様!」

サーヴァントたちの声が響く。
こうして起動を始めたオパールの心臓を止める手段は、心臓の破壊以外にない。
そして、遠坂凛のランサーのように、ピンポイントで心臓を穿つ手段がないのならば――ラニを殺すしかない。
ラニを殺せば、このゲームの[[ルール]]にのっとって消去が始まり、この“終わり”を回避できるだろうが――

「さぁ、選んでください。貴方の“終わり”を――」

ラニは突きつける。
これが最後の抵抗で、最悪の八つ当たりだった。
師より与えられた理由を、こんな風に使うなんて――

「――――」

あの人はそこで口を開いた。
そしてサーヴァントに告げた。己の“選択”を。


――ああ、知っている。貴方は何時だって、選ぶことを恐れなかった。




&color(#FF2400){【ラニ=Ⅷ@Fate/EXTRA Delete】}
&color(#FF2400){【バーサーカー(呂布奉先)@Fate/EXTRA Delete】}



◇




「……結局、彼女は知っていたんでしょうかね?
 ようやく手に入れた感情/なかみが、俗になんて呼ばれていたか」

ラニの身体が消滅する中、キャスターが誰にでもなく語りかける。
淡々と、しかしほんの少しだけ、悲しげに……

「もしかすると、知らなかったのかもしれませんね。
 ――“恋”だなんて。
 誕生れてすぐ知るには、ちょっと早すぎるものですもの」

彼女は結局、岸波白野の“終わり”を認めることができなくて、
岸波白野は、それでも進むことを“選択”して――それで終わった。

本当は、これ以外の“終わり”があったのかもしれない。
別の道を選ぶこともできたのかもしれない。
でも――そうはならなかった。

「恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は、恋の前では無力になる。
 誰の言葉かは忘れましたが、本当――“恋”とか“愛”とか、千年経っても変わらず、まっすぐには――」

キャスターの声が街に響き、そして消えていく。
街では未だ戦いが続いている。生き残った者たちは、それぞれの“終わり”に向かって必死に戦っているのだ。
その一方で、ラニ=Ⅷはここで終わってしまった。

……現実の前に、誕生れたばかりの“恋”が折れてしまったという、あり触れた結末を迎えて……


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