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戦いは続く - (2016/12/16 (金) 22:26:58) のソース

    1◆ 


 ライダーの構える二丁拳銃から放たれる弾丸を、アーチャーは双剣で弾き落す。甲高い衝突音が響いた途端、アーチャーは疾走した。
 風の如く勢いでライダーの懐にまで迫り、刃を振るう。だがライダーは案山子のように突っ立っている訳ではなく、背後に跳躍することで回避。
 ニヤリ、とライダーは愉快気に笑って、豪快に銃声を響かせた。一方のアーチャーは淡々と、それでいて正確に弾丸を避ける。
 一進一退、という言葉が相応しい駆け引きだった。


 しかし今の状況は自分達にとって不利だと、間桐慎二は推測する。
 まず一つ。アーチャー本人の魔力だ。アーチャー本人のスペック自体はライダーに優れているかもしれないが、連戦によって魔力が大きく消耗している。
 一方でライダーの魔力はアーチャーよりも余裕があり、時間の経過で優位に立てるはずだった。その前にアーチャー本人が勝利すればいい話だが、ライダーはそれを易々と許すサーヴァントではない。

「さて、ゲームチャンプ(笑)さん。あなたはこの状況で、どうやって僕からライダーを取り返すつもりです?
 ゲームの腕? チャンプとしてのプライド? それともあなた達が大事にしているお友達ごっこ?
 ハッ、そんなので僕に勝てるのなら、是非ともやってごらんなさいよ?」

 そしてもう一つ。
 目の前で自分達を嘲笑い続けている漆黒のアバター……能美征二/ダスク・テイカーこそが、慎二を追い込む最大の要因だった。
 テイカーは相変わらず余裕に満ちた態度で慎二を見下してくる。たまらなく不愉快だが、彼の優位は事実だった。
 これまで幾度もテイカーと戦って、その度に慎二は生き延びてきた。しかしその生存は慎二の力ではなく、同行者の存在が大きい。
 一度目はヒースクリフがいたから。二度目はアーチャーと、そして今はもういないユウキとカオルがいたから。三度目はキリトがタンク役を引き受けてくれたから。四度目の野球ゲームに至っては、ネオ・デンノーズがいたからこそ。
 この五度目は慎二の助けになる者は誰もいない。唯一の頼りであるアーチャーはライダーと一騎打ちをしていて、他のメンバーに至っては生死すらも不明だった。


 この状況でテイカーからライダーを取り戻す手段は一つだけ。
 慎二自身の力でテイカーを無力化し、そこから令呪を取り戻す。言葉にすると簡単だが、実現するのはほぼ不可能だ。
 ユウキやキリトみたいにテイカーと真正面から戦えるプレイヤーはいない。後方支援が専門の慎二が、たった一人で戦わなければいけなかった。

「…………ああ、やってやるとも。
 君が僕より強いことは認めてやるさ。けれど、僕はその更に上を行ってやるだけ。
 僕を応援してくれている奴らの為にもね!」

 されど慎二は微塵も悲観せず、逆にテイカーを挑発する。 
 その表情に変化を齎すかどうかはわからないけど、このまま黙って無様を晒すよりはマシだった。
 それにたった一つだけ策がある。けれどその策を実現させるには、数分ほどの時間稼ぎが必要だった。

「あなたを応援ですってぇ? そんな人がどこに……」
「いるに決まっているさ! 僕はアジア圏のゲームチャンプとして君臨した男だからね!
 それにこのデスゲームにだって、僕を認めた奴がいる。君に一泡吹かせたユウキや、ユウキが信じたキリトって奴らさ!」
「はぁ!? あいつらが、あなたを認めたですってぇ? 冗談もほどほどに…………」
「現実逃避をするくらいにまで追い込まれたのかい?
 もう一度言おう! 君は実に哀れだと思うよ!
 仮に君がこのデスゲームに勝ち残ったとしても、認めてくれる奴は誰もいない……その後、ゲームでどれだけ勝ち残ったとしてもだ! GMからは認められるかもしれないけど、それだけじゃないか!
 だって君は、借り物の力でふんぞり返ってるだけだからね! 君自身の力だけで、何かに勝ったことなんか一度もないじゃないか!」
「なっ……!? ふ、ふざけるな! 僕は、負けてなんか……!」
「忘れたとは言わせないよ?
 僕を庇ったヒースクリフにまんまと逃げられた! 僕からライダーを奪ったくせにね!
 そしてユウキのスキルを奪って強くなったと思ったら、そのユウキに完膚なきまで負けた! ユウキと、それにカオルのことも狙っていたみたいだけど、もうリベンジなんてできっこない! 永遠に負けたままさ!
 僕とキリトのタッグを相手には生き延びれたけど、もしもライダーがいなかったらどうなっていたかな? 君の力だけで、ユウキが認めたキリトに勝てるとは到底思えないねぇ!
 ここまでスキルを揃えておきながら、誰にも勝ててないなんておかしいじゃないか! やっぱり君はC級……いや、ウルトラF級のダメダメゲーマーじゃないか!」

 思いつく限りの罵声を投げつける。
 テイカーの戦歴を全て知っている訳ではないし、そもそも興味がない。けれど慎二が知る限りでは、テイカー自身の力だけで慎二に打ち勝ったことはなかった。
 それは慎二も同じだけど、慎二にはテイカーが持たないものがある。絆とか友情とか、そんな甘っちょろいものではなく……自分を高めてくれるライバルだ。
 キリトや岸波は気に入らないけど、少なくとも実力自体はテイカーより上だ。そんな彼らに勝つならば、こんなチーターに負ける訳にはいかない。


 そして慎二は知らないが、ダスク・テイカーがこのデスゲームで一度も勝利を納めていないのは真実だった。
 碑文使いのエンデュランスには敗北した。ヒースクリフと慎二の撤退はライダーを奪えたからこそ。その後はブルースとピンクを罠で嵌めようとしたものの、失敗に終わってしまう。
 その後の戦歴は、敗北または逃走の連続だった。ユウキにも、カオルにも、アーチャーにも、キリトにも、デウエスにも…………テイカーは勝利していない。
 無論、ダスク・テイカーその結果を黙って受け入られる訳がなく。


「…………黙れ」
「おっ、図星かな? でも事実じゃないか!
 そんな哀れな君に、僕から素敵なアドバイスをしてあげるよ! 君はチートを使って、他のプレイヤーからスキルを奪ったようだけど、普通のゲームじゃそんなプレイは認められない!
 ゲーム大会でそんなことをしたら、即刻出場停止処分さ! 当然、周りのプレイヤーからの評価だってがた落ち!
 奇跡が起きて君みたいなプレイヤーが優勝できても、誰も憧れたりしない! 一生、負け犬ゲーマーのレッテルを貼られ続けるのさ!」
「黙れええええええええええ!」

 慎二の度重なる挑発に、案の定テイカーは火炎放射器を向けた。
 叫び声と共に灼熱が放たれるも、慎二は紙一重でそれを回避。熱波が突き刺さるも、致命傷を負うことはない。


 間桐慎二は電子ハッカーであり、また一介の魔術師(ウィザード)でしかない。
 聖杯戦争に参加してサーヴァントを使役することは可能だが、彼本人に戦闘力は存在しなかった。使用可能なコードキャストも、サーヴァントやバーストリンカーのような超常的存在にダメージを与えられない。
 モーフィアスが残したあの日の思い出を使いこなす技術も持たず、そもそもアイテムをオブジェクト化する暇などなかった。僅かな時間でも、ダスク・テイカーから意識を逸らしてはその時点で死に繋がる。
 故に彼が取れる方法は一つ。所持している強化スパイクが誇るコードキャスト・(move_speed(); )で、自分自身の移動速度を強化させて回避をするだけ。加えて、アーチャーとライダーの戦いに巻き込まれないように、船の甲板を駆け抜ける必要があった。


(くそっ! 息が苦しい……喉が焼けちゃいそうだ!
 でも、ユウキはこんな炎の中に飛び込んだんだ! カオルが味わった辛さは僕以上だったはずだ! キリトだって、僕のタンクになる為に戦っていた!
 あいつらを超えたいのなら、こんな熱さなんて耐えなきゃいけないんだろ!? 頑張れよ、僕!)

 足を動かしながら、慎二は自分自身を鼓舞する。
 熱い。苦しい。辛い。逃げたい。嫌だ。帰りたい。投げ出したい。諦めたい。楽になりない。
 地獄の業火が全身に突き刺さり、その度に弱音が聞こえてくる。もう君は頑張っただろ。これ以上、戦わなくていいんだよ…………しかし、慎二はそれを真っ向から否定した。
 憧れのプレイヤー達は、この程度の逆境をいとも簡単に乗り越えたのだから。

「ハッ。大口を叩いておきながら、結局は逃げるだけですか!
 ゴキブリ……いや、ネズミみたいですね! こそこそと逃げ回るだけの負けネズミさん! さっさと焼け死んでくださいよ!
 その方が僕としても、大助かりですから!」
「ネズミねぇ!
 ノウミ! 君は知っているかい? 窮鼠猫を噛むって言葉があることを!」
「知っているに決まっているでしょう? 僕はあなたのようなバカではありませんから!
 もしかして、あなたはここから僕に大逆転ができるとでも信じているのですか!? 暑さのあまりに頭が変になったみたいですね!」
「はっはっはっは! やっぱり君は何もわかっちゃいない!
 けれども僕はゲームチャンプ! どんな相手だろうと公平に接する! だから君には特等席で、この僕の超ファインプレーを見せてあげるよ!」

 テイカーの嘲笑と灼熱が襲い掛かるが、慎二は屈しない。
 傍から見れば今の慎二の言動は負け惜しみだろう。慎二が軽蔑しているような、負けを認めない3流ゲーマーと何一つ変わらない。それが分かった上で、慎二はテイカーに立ち向かっていた。
 ユウキとカオルはもっと熱かったはずだった。ヒースクリフやモーフィアスってオッサンは身体を壊されても弱音を吐かなかった。キリトだって、アスナの変貌を目の当たりにしても挫けなかった。岸波はどうなっているかは知らないけど、少なくとも止まろうとしていないのは想像できる。
 だから慎二も、心だけは支えていた。余裕はないし、もしかしたら表情は醜く歪んでいるかもしれない。けれども、最後に自分自身の力で勝てるならば、何度敗北しても構わなかった。



 一分の時間もかからずに、慎二は追い込まれた。
 前方には火炎放射器を突き付けているテイカーが立っており、左右は灼熱に飲み込まれている。そしてあと一歩でも下がれば背中が手すりに当たり、船から振り落とされるだけ。
 絶体絶命という言葉が相応しい状況だった。

「ここまでですね。ゲームチャンプ(笑)さん。
 さて、ここからどんなスーパープレイを見せてくれるのですか? ひょっとして、土下座でもして愉快な命乞いでもするつもりでしょうか?
 それなら是非とも頑張って頂きたいですよ! あなたの演技次第では、命が助かるかもしれませんからねぇ!」
「ハッ。助かるつもりなんてこれっぽっちもないよ!
 僕はただ、お前に勝つつもりでいるのさ! 確かに君には負けたけど、最後に少しでも勝ちさえすればいいからね!」
「……………………ここまでくると、哀れみすら覚えますよ!
 それともまさか、サーヴァントが助けてくれるとでも思っているのですか?」
「いいや、助けはいらないね!
 アーチャーにはライダーを引き受けてもらわないといけないからさ! 僕は、この僕を認めてくれた奴らに敬意を払うだけだ!」
「敬意を払う? 
 やっぱり貴方は本物の馬鹿ですね、うんざりします! もう顔も見たくありません」

 四方から突き刺さる煉獄とは裏腹に、テイカーの声色は凍土の如く冷たい。だが、慎二には関係なかった。 
 距離は数メートルほど離れているし、何よりも時間は稼げている。挑発している間に、テイカーに気付かれないようにウインドウを操作していた。 
 加えて、今は陽炎と硝煙によって視界が歪んでいる。それらは攻撃の回避に一役買っていたし、何よりもこの策に気付かれることはない。
 準備は整った。

「僕の前から……消えろっ!」

 無造作に、テイカーの銃身から炎が迸る。人の命を容易く奪えるであろう高密度の炎が、唸りを上げながら一直線に突き進んだ。
 まともに受けてしまえば、慎二はほんの一瞬で消し炭になるだろう。例え即死しなくとも、地獄の苦しみを味わうだけ。
 だが慎二は歯を食いしばりながら、全神経を張り詰めさせた。炎に耐える為でなく、テイカーに一泡吹かせる為に。

「バトルチップ! ――――――――!」

 慎二の叫びは灼熱の轟きに飲まれてしまう。
 その恐るべき熱量によって甲板の一部は赤く輝いて、ぐつぐつと音を鳴らしながらマグマのように沸騰した。


    2◆◆ 


「なぁ色男。アンタ、どうするんだい?」

 二丁拳銃を唸らせながら、ライダーは問いかけてくる。
 一方のアーチャーは銃弾を弾きながら、ライダーと対峙した。

「どうする、とは何のことだ」
「いや、アンタのこれからさ。
 何があったかは知らないけど、アンタはシンジのマスターになった。けどそのシンジは今、ノウミと戦っている。
 アンタ、シンジがノウミに勝てると思っているのかい?」
「………………手厳しいだろうな。
 彼は魔術師としての才能に溢れているが、直接的な戦闘能力は乏しい。当然ながら、ダスク・テイカーに勝つ可能性は低いだろう」
「だったら、アタシばかりに構っててもいいのかい?
 アタシとしちゃあ構わねえけど、アンタはサーヴァントだ。マスターがいなくなったサーヴァントなんざ、酔える訳ねえだろ」

 さもつまらなそうな表情で、重要な問いかけをしてくる。
 ライダーが言うように、慎二だけの力でダスク・テイカーを倒すなど不可能だ。魔術の才能に優れていても、それが戦闘能力に繋がる訳ではない。
 『野球バラエティ』でデウエスのボールを打てなかった彼に、テイカーのような巧みな戦闘技術を誇る敵を倒せる訳がなかった。
 そして慎二がテイカーに殺害されてしまっては、その分だけアーチャーは不利になる。アーチャーとて負けるつもりはないが、数の優劣に叶う保証はない。

「悪いが、起こり得ないことは考えないことにしているんだ」

 しかしアーチャーは首を振る。
 その否定に、ライダーはへぇと声を漏らす。

「彼の実力自体はダスク・テイカーに劣っているだろう。だが、それは慎二自身も知っているはずだ。
 そんな優劣を埋める為の工夫を、慎二がしないはずはない」
「随分とお高く評価されるようになったもんだねぇ! シンジはただの小悪党だったはずなのによぉ!」
「では逆に聞くが、君は慎二が何もできないまま黙って負けるようなマスターだと思っていたのか?」
「さあな。ただ、これだけは言える。
 あのくそがきはみじめだ。どうしようもなくみじめだ。でも、だからこそ足掻いているんだろ?
 アタシがノウミに奪われた時、シンジはみじめな泣きっ面を晒しやがった! そりゃあもう、見事な顔さ! で、その後は色男を引き連れてアタシを取り戻そうとしてる……そんな気概を持つようになった。
 やっぱり、アイツは鍛え甲斐がありそうだ。尤も、アタシを取り戻したらの話だけどよ」

 そう語るライダーは嗤っていた。
 彼女の笑みには侮蔑もあるだろう。しかし少なくとも失望はなく、それ以上に慎二への大きな期待すらも感じられた。
 最初に契約を結んだ相手だからか。それとも、フランシス・ドレイクという個人として慎二を認めているのか。

「残念ですがライダー。その機会は永遠に訪れませんよ」

 だが、ライダーの感情を否定する声が聞こえる。
 振り向いた先では、あのダスク・テイカーが悠々と立っていた。

「おやノウミ。アンタ、シンジはどうしたんだい」
「見てわかりませんか? あのゲームチャンプ(笑)さんはこの僕が消し炭にしてあげたのですよ!
 綺麗さっぱりね!」

 勝ち誇ったように両腕を掲げる。
 見ると、彼の背後では壁を作るように灼熱が燃え上がっていた。なるほど、この中に放り込まれたら例え魔術師と言えど命はない。
 リカバリーのバトルチップを使ったとしても、回復が間に合わない。


 だが、アーチャーとライダーは冷ややかな目でテイカーを見つめていた。


「おや? どうかしましたかアーチャー。
 貴方のマスターは僕が消したやったのに、どうして何も言わないのですか? もしかして、厄介払いができたと清々しているのですかね?
 だとしたら、貴方もとんだ薄情者ですよ! まぁ、それが当然ですけどね!」
「一つ聞こう。
 貴様は知っているのか? プレイヤーが敗退した後、そこに何が残されているのか」
「所持していたアイテムが残っているのでしょう? 残念ですが、僕の火炎に飲み込まれてしまったから、何一つとして残っていませんよ。
 ああ、もしかしてキルスコアを確認させて、その隙を狙おうとしているのですか? だとしたら、随分と浅知恵ですね! マスターがマスターなら、サーヴァントもサーヴァントですよ!」

 テイカーは余裕綽々だった。恐らく、勝利の美酒に酔っているのだろう。
 その有様に呆れたのか、ライダーは軽く溜息を吐いた。

「何ですか、ライダー?
 貴女、まさかあのゲームチャンプ(笑)の所に帰りたかったとでも言うのですか?」
「いいや、戦場じゃ裏切りなんてのは日常茶飯事だ。また、上官が変わることだって充分にあり得る……シンジが負けたなら、アタシは黙ってそれを受け入れるさ。
 ただ、やっぱりアンタらは似た者同士だなって、思っただけだ」
「……何を言っている?
 僕は勝った。勝ったんだぞ? アイツより僕が上だってことを、この手で証明したはずだ!」
「そうやって勝った気でいるのが、シンジと同じなんだよ。戦いは続いているのによ」
「全くもって同感だ」

 ライダーの言葉にアーチャーは頷く。
 だが肝心のテイカーだけはそれを認められないのか、声を荒げる。

「戦いが続いているのなら、さっさと終わらせればいいだけだ! 僕が加勢してやる! 二対一なら勝てない相手じゃない!」
「いいのかい、ノウミ。こんなことをしていてよ。
 シンジは…………」
「うるさいぞ! お前は黙って、僕の言うことを聞いていればいいんだ!
 アイツはこの僕が殺してやった! ライダーがそんなこともわからない馬鹿だったなんて、心底失望したぞ!
 さあ、早くこのアーチャーを叩きのめしてやれ! それ以外に、何も考えなくていいんだ!」
「…………はいよ」

 テイカーは声色を憤怒に染めて、そしてライダーは気怠そうに二丁拳銃を構えながら、アーチャーの前に立った。
 ライダーは気付いていたが、それを口にする気がないだけだ。何故なら、マスターがそういう風に命令したのだから、サーヴァントは従うしかない。
 どんな結果になろうとも抗うことはできなかった。


「ハッ、叩きのめされるのは一体誰だろうね?」


 例え甲板で、再び慎二の声が聞こえることになっても。


「なっ!? お前は…………どうして、お前が生きている!?」
「それを教えるとでも思ったのかい? これでも喰らいな!」

 そうして放たれるのはコードキャストshock(32); 。
 慎二の登場で驚愕したテイカーに、対抗する暇などない。痛みの森で繰り広げた戦いのように、スタン効果が発生した。

「グッ……!?
 ラ、ライダー……早く、あの、目障りなネズミを……!」
「させるか!」

 テイカーの命令でライダーが動くよりも先に、アーチャーは走る。
 風の如く勢いで刃を振るって、ライダーの二丁拳銃で防御させる。鍔迫り合いの体制に持ち込み、渾身の力でライダーを弾き飛ばした。少しの間だが、これで動きを封じられる。
 あとは慎二だ。彼は今、モーフィアスが生前に扱っていたあの日の思い出を両手で握りしめている。 

「もう油断はしないぞ! 僕は今度こそ、お前に勝ってみせる!」
「何ィ……ッ!?」

 そして慎二は走り出した。
 慎二の構えは拙く、余りにも隙だらけだった。だが、スタン効果で一手分の動きが封じられているテイカーには、止めることなどできない。
 そうして慎二はあの日の思い出を高く掲げて、勢いよく振り下ろした。

「――――ガアアアアアァァァァッ!?」

 漆黒のアバターは容赦なく抉られて、テイカーは激痛のあまりに絶叫する。
 彼ら自身は気付いているか定かではないが、慎二が斬りつけたのは、ユウキがマザーズ・ロザリオの最後の一撃を叩き込んだ個所と近かった。
 既にスタン効果が解けるだろうが、もう遅い。ダスク・テイカーは無様に地面を転がることしかできなかった。



    3◆◆◆ 



 この手に握り締める刀の重さは、金属バットの比ではない。両手で持っているだけでも肩が痛みそうだ。
 けれど、キリトやアーチャー、そしてユウキは何の苦も無く剣を使いこなしている。多くのプレイヤーに認められる領域に辿り着くまで、一体どれほどの修練を重ねたのか。ユウキ達の姿が、より一層輝く見えてしまう。
 彼女達の様な卓越した身体能力を持たない慎二にそんな芸当は不可能。幼稚なチャンバラごっこの様に、力に任せて振るうしかできなかった。
 それでも、ダスク・テイカーに確実なダメージを与えられた。しかも、幸か不幸かリタイアしない程度のHPを残して。

「お、思い知ったかノウミ!
 この僕の華麗なる超ファインプレイを!」

 あの日の思い出を強く握りしめながら、慎二は宣言する。
 目の前では、あのテイカーが呻き声を漏らしながら、慎二を見上げていた。

「な、何故だ……何故、お前が……僕を……!?」
「まだ気付かないのかい? 言っただろう、君と違って僕は認められているってことを。
 認めてくれるファンがいるのなら、それに応えるのがゲームチャンプの使命だからね!」
「……ま、まさか……その剣と、あの男が持っていた……」
「そうさ! ユカシタモグラさ!
 モーフィアスってオッサンは最期まで僕達を助けようとしてた。あのオッサンに、僕は敬意を払ったのさ!
 言っただろう? 僕はアーチャーの力を借りずに、君に一泡吹かせてやるって!」

 震えるテイカーを前に、慎二は堂々と胸を張っている。そんな彼を祝福するかのように、周りの灼熱も豪快に燃え上がった。



 そう。デウエスに抗ったモーフィアスの策を元にして、慎二はテイカーと戦った。
 限界まで挑発してテイカーの怒りを買って、あえてギリギリの所にまで追い込ませる。そうして最大限の火力が放たれたと同時に、ユカシタモグラで地面に潜った。
 長年の経験から、ゲーマーは勝ち誇ったその時こそが最大の隙になると学んでいる。何故なら、慎二自身もそうだから。
 慎二を仕留めたと思わせた時こそがチャンスだった。テイカーがアーチャーに意識を向けさせた瞬間に再び姿を見せて、コードキャストshock(32); で動きを止める。だからこそ、剣術の経験がない慎二でも、テイカーにダメージを与えられたのだ。
 自分自身を加速させている以上、一手分の時間さえあれば充分だった。



「あーあ。だから言ったんだよノウミィ! こんなことをしていいのかって」

 そして慎二自身の策に気付いていたライダーは、アーチャーと対峙しながら叫ぶ。

「なっ……お、お前はまさか気付いていたのか!? だったら、どうしてそれを話さなかったんだ!?」
「アタシは話そうとしたさ。けど、アンタは聞く耳を持たなかった…………
 それにアンタ自身が言ったんだろ? お前は黙って言うことを聞いていればいいんだって。
 だったら、上官の命令に従うしかない。恨むなら、アンタ自身の判断を恨むんだな」
「………………ッ!」

 テイカーは言葉を失った。
 ライダーはただ、テイカーの命令を聞いただけ。サーヴァントはマスターに逆らえないのだから、この結果を引き起こしたのはテイカー自身だ。

「なんだ! ライダーはやっぱり有能なサーヴァントじゃないか!
 マスターの命令を忠実に聞いてくれるんだからね! よかったじゃないか、ノウミ! 君の望み通りになったんだから!」
「うるさい! 黙れ、黙れ、黙れ…………黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!
 黙れえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 だが、それを黙って受け入られるテイカーではない。
 憤怒と憎悪を言葉に滲ませながら、右腕の火炎放射器を掲げた。狙いは勿論、慎二だった。

「ッ!? お前、まだ――――!」
「死ねえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 それはつい先程の焼き増し。しかし今度は、確実に慎二の命を燃やし尽くす炎だった。
 既に強化スパイクの効果は切れていて、ユカシタモグラの再使用まで30分はかかる。またアーチャーはライダーと戦っているので、駆け付けることはできない。
 空間が灼熱に焼かれ、今度こそ慎二の命は奪われてしまう。ここにいる四人は、誰もがそう思っただろう。

「――――そうはさせません! アプドゥ!」

 だが、たった一人だけ例外がいる。
 黄金の鹿号の甲板に乗る"五人目"の乗客。その叫びが耳に響いた途端、ぐい、と慎二の身体が持ち上げられた。突然の圧力で全身が窮屈になり、髪先や制服が熱波に焼かれる。
 慎二は熱いとは感じるも、予想より大幅に温いことに違和感を抱く。まるで誰かに守られているかのようだった。慎二は顔を上げて、この身を抱えている人物を見る。すると驚きで目を見開いた。

「き、君はまさか……!」
「大丈夫ですか、シンジさん!」
「…………ミーナ!?」

 そう。ネオ・デンノーズの一員である武内ミーナだった。
 テイカーの灼熱が放たれるとほぼ同時に、彼女は快速のタリスマンを使って慎二を救ったのだ。互いの主従が、自分自身の戦いに集中していたからこそ……加速したミーナは横合いから乱入することが可能。
 その速度は強化スパイクを使った慎二に迫る程で、結果として灼熱の炎に飲み込まれずに済んだ。

「おやおや、誰かと思ったらジャーナリストさんじゃないですか! そういえば、あなたもいましたね……すっかり存在を忘れていましたよ!
 まさか生きているとは思わなかったなぁ! あなたの悪運を褒めてやるべきでしょうかねぇ?」

 唐突に現れたミーナをテイカーは嘲笑する。
 一方のミーナは強い怒りを込めた目つきでテイカーを睨みながら、ゆっくりと立ち上がる。存在を忘れられたからではなく、誰かを傷付けようとするテイカーが純粋に許せないのだろう。

「何ですかその目は……もしかして、僕と戦う気でいるのですか?」
「はぁ!? ミ、ミーナ……そんなことはやめろ! アイツの攻撃を見ただろ! 認めたくないけど、アイツは強いんだ! 君なんかじゃとても勝てる訳がないだろ!?」
「ほら、このネズミだって言っているんですよ? 立派なゲームチャンプ(笑)のお言葉を聞いてあげましょうよ?
 尤も僕としては、獲物が増えて大助かりなんですけどねぇ!」

 慎二の狼狽に気を良くしたのか、テイカーは余裕を取り戻している。
 事実、その言葉は正しかった。いくら慎二の命を救ってくれたとしても、ミーナ自身はただのジャーナリストでしかない。一応、格闘技を嗜んでいるようだが、それがダスク・テイカーに通用する訳がなかった。
 虚無の波動や灼熱の炎を受けては一溜りもない。それにも関わらず、ミーナは毅然とした態度でテイカーの前に立っていた。

「貴方達の間でどんな因縁があるのかは知りませんし、今更止まるつもりもないでしょう。
 ただ、私はもう、仲間を失いたくない。それだけです」
「…………うわぁ、最悪だ。あらゆる意味で最悪ですよ、ジャーナリストさん。
 友情ごっこもそこまでいくと病気ですよ。あのカオルって女にも言いましたが、僕がその仲間入りとか吐き気がするんですよね。先程の野球ゲームだって、あなた達と共にいるってだけで反吐が出ましたから!
 ですがもう遠慮はいりません。貴方達を殺して、僕は生き残る……それだけですよ」

 テイカーは例の灼熱を放とうとしているのだろう。慎二とミーナの命を奪って、勝者として君臨する為に。
 しかし何を思ったのか、テイカーは慎二に目を向けた。

「そうだ! 冥土の土産にいいことを教えてあげますよ!
 あなたがお友達だと信じているそのゲームチャンプ(笑)さん……優勝をする為に、他者を蹴落とそうとしていたんですよ。ですよね、ゲームチャンプ(笑)さん」
「何!? お、お前は何を言って……」
「忘れたとは言わせませんよ? あなたはこのゲームが始まった当初、ヒースクリフというプレイヤーと戦っていたじゃないですか!
 見た所、あのヒースクリフという男はこのデスゲームを止めようとしてた……僕からすれば到底理解できませんし、もうとっくに死んじゃいましたからどうでもいいのですけどね。
 でも、心のどこかでは喜んだのじゃありませんか? 自分を蹴落とそうとしてくれる奴が死んでくれて、よかったと…………」
「そ、そんなこと……!」
「思っていないのなら、あんな派手に大砲を撃つ訳がないじゃないですか!
 結局の所、ゲームチャンプ(笑)はただのネズミでしかないのですよ! 自分が助かる為なら、どんな卑怯なこともして、いとも簡単に誰かを騙す……もしかしたら、今だってジャーナリストさんを嵌めようとしているかもしれませんよ!?
 けれどそれが当然なのです! 世界の根本は奪い合いであって、お友達ごっこなどする奴から死んでいくのですから!」

 耳障りな語りだが、慎二はそれを遮ることができなかった。
 そして否定もできない。慎二は当初、このデスゲームを聖杯戦争の一種だと思い込んでいた。例えゲームで負けても死にはせず、元の日常に帰れるような遊びだと。
 しかし実際は違った。HPが0になったら、その時点でゲームオーバーだ。ヒースクリフや、そしてモーフィアスとカオルがそうなるのを、慎二はこの目で見ている。


 もしもその真実を知らないままだったら、慎二は一体何をしていたか。
 ヒースクリフに騙し討ちし、そしてあんな凄かったユウキやキリトを傷付けていたのではないか? またユウキが守ろうとしたカオルや、カオルの仲間であるミーナのことだって殺そうとしたはずだ。
 そんな"if"が脳裏に過ぎって、慎二の心に絶望が重く圧し掛かる。憧れだったユウキ達の姿が、慎二にとって呪いとなっていた。

「…………私はシンジさんのことをあまり知りません。
 貴方の言葉の真偽を確かめられませんし、もしかしたら本当のことを言っているでしょう」
「おや? 随分とあっさり信じるのですね!
 こういう場合、普通は否定するかと思っていましたが…………所詮、信頼なんて薄っぺらいものでしかないことを、知っていましたか!」
「いいえ、違います。私が知っているシンジさんは、凄い人でしたから!」

 息が止まりそうになった慎二の耳に、ミーナの言葉が強く響いた。

「……寝言はやめて下さいよ。
 凄い人? 凄い人だって? こんな無様に尻餅をついている奴が、凄い人って……はっはっはっはっは、笑わせるなっ!」
「私は知っています。
 【野球バラエティ】でデウエスに立ち向かった時、ネオ・デンノーズを勝利させる為に身体を張ったことを。そして貴方に勝つ為、どんな不利な状況に追い込まれようとも、必死に知恵を振り絞ったことを。
 その時、シンジさんの目はとても真っ直ぐでした! だから私は、そんなシンジさんを死なせたくありません!」
「笑わせるなと、言っているだろっ!」

 ミーナの言葉が耐えられなかったのか、テイカーは再び激昂した。
 最早、話すことなど何もないのだろう。奴はこのまま、二人纏めて殺すつもりだ。

「ま、待てよノウミ! お前の相手は僕だけだ! ミーナは関係ないだろう!?」
「知らないなっ! もうこれ以上、お前達の顔は見たくない! 声だって聞きたくない!
 二人纏めて、この世界から………………!」
 ――――グアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!


 慎二とテイカーの言葉は、余りにも唐突過ぎる叫びによって掻き消される。
 熱波を震え上がらせるほどの声量に、誰もが振り向く。すると、遥か遠い空からいくつもの小さい影が迫っていた。


 ――――シャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!


 シルエットは徐々に大きくなり、翼を生やした怪物達となって視界に移る。
 RPGゲームでよく出てきそうなモンスターが群れを成しながら、満天の星を埋めるように飛んでいた。

「あれはまさか……メールに書かれていたエネミー達か!?」

 アーチャーの叫びに、慎二の全身に悪寒が走る。
 【急襲! エネミー軍団!】というイベントが18:00より開始されると、3度目の定時メールに書かれていた。この広い会場の中で、一定時間ごとにランダムであるエリアに大量のエネミーが出現するらしい。
 だが、そんなイベントに参加している余裕はない。幾度にも渡る戦いで消耗した上に、黒い死神の襲撃によってチームは分散させられた。そして甲板に残った全員にエネミーの大群と戦う余力はなかった。
 ポイントやアイテムが手に入るようだが、命を賭けてまで手に入れる無茶は選べない。圧倒的な数を前にしては、蹂躙される結末しか想像できなかった。

「……どうやら、ここまでのようだな。ライダー、こんな無茶に付き合うことなどない!
 さっさと逃げますよ!」

 いつの間にか、聞き慣れた慇懃無礼の態度を取り戻したテイカーの元に、ライダーは駆け寄る。アーチャーが視線を外した一瞬の隙が、最大のチャンスとなったのだろう。
 そんな最中でもテイカー達は殺意を向けているが、それを阻むようにアーチャーも走る。

「お、お前達! まさか逃げるつもりか!」
「当たり前じゃないですか。あんな連中を相手に戦っていたら、命がいくつあっても足りませんからね。
 ああ、でも今回はあなた達を連れて行きませんからね? 反吐が出ますから。
 ライダー、飛びますよ!」
「おい! 待て……!」

 慎二は思わず手を伸ばしたが、テイカー達は空に向かって高く跳躍する。
 唐突過ぎる行動に疑問を抱く暇もなく、次の瞬間には、慎二達が立つ地面が"消滅"した。

「うわあっ!」
「きゃあああっ!」

 足元の甲板は既に無く、慎二とミーナは一瞬で、雄大なる地面に向かって投げ出された。
 夜風に全身が叩かれて、冷気を伴った衝撃が襲い掛かる。重力に逆らうことができないまま、夜空を漂うしかない。

「ふっふっふっふっふ! 良い様ですねぇ!
 貴方達の最期を見届けられないのは残念ですが、とっておきのエンターテイメントを用意してくれたことだけは感謝しますよ!
 それでは、永遠にさようなら!」

 そしてテイカー本人は、いつの間にか顕在させた船から自分達を見下ろしながら、そのまま去っていく。
 彼らが行った仕組みは単純だ。黄金の鹿号をわざと消滅させて、慎二達を振り下ろし、その間にライダーと共に船を乗ればいい。ヒースクリフとの戦いに負けた慎二と違って、テイカーは魔力を大幅に回復したのだから、逃走するくらいの余裕はあるのだろう。
 しかしそれが分かった所で、慎二には打つ手がない。ユウキやキリトのように翼を持たない以上、このまま死の運命に向かって落下するかと思われた。

「慎二っ!」

 だが、この腕を掴まれて、そして引き寄せられる。
 アーチャーが慎二の体躯を抱えたのだ。彼の身体能力を持ってすれば、安全に着地することができるだろう。
 しかしそれでは、助からない奴がいた。

「アーチャー!?」
「すまない、慎二。まさか奴らがこんな手段を選ぶとは……私が警戒を怠ったせいだ」
「そんなことはどうだっていいだろ!
 それよりも、ミーナは……ミーナが……!」

 慎二は必死に腕を伸ばす。だがその手は届かず、それどころか暴風が邪魔をしていた。
 「シンジさん!」と呼んでくるミーナも手を伸ばしてくれるが、何も変わらない。それどころか、風によってゆっくりとだが引き離されていった。
 一方で、現れたエネミーの大群は、慎二達を嘲笑うかのようにシルエットを肥大化させる。格好の餌となった今の三人を狙わない理由などない。
 エネミー達をどうすることもできないまま、ミーナの手を取ることもできない。また、ノウミに全てを奪われたまま、こんな結果で終わるのか?
 嫌だ。そんなの嫌だ。こんな所で負けたくない。これじゃあ、ノウミに勝ったなんて言える訳がない。
 悔しくて、それを誤魔化すかのように腕に力を込めるが、エネミー達が徐々に迫って――――

「着装!! <<ゲイルスラスター>>――――!!」

 ――――慎二の絶望を掻き消すかのように、ボイスコマンドが高らかに響き渡り。
 その手を掴もうとしていたミーナの姿が、一陣の風に巻き込まれながら消えてしまった。


     † 


 この身体(アバター)から溢れ出てくる力は、これまでに感じたことがない程に凄まじい。
 足が羽のように軽やかになって、あらゆる物理法則を無視して動き回れそうだ。だからネオは、スーパーマンの様に空を自由に飛べたのか。
 その姿は救世主と呼ぶに相応しいほどに凛々しく、歴史に名を遺せてもおかしくない。

「ネオ…………!」

 そんなネオはもういない。
 揺光を。そして人類の未来を守る為に、黒き死神との戦いで命を散らせた。
 ネオとモーフィアス、そしてカオルは人類と機械が共存できる明日を夢見ていた。彼らの夢は立派で、そして壮大すぎた。揺光が背負うには重すぎる程に。
 けれども、投げ出したりする気は微塵もなかった。

「……みんな、お願いだから無事でいてくれよ!」

 共に戦った仲間達の無事を願いながら、揺光はただひたむきに走る。
 泣くことだったらいくらでもできる。罪悪感に溺れることも簡単だ。けれど揺光が本当にやりたいことは、弱音を吐くことではない。
 ハセヲやネオのように強くなり、戦うことだ。心は弱くなりそうだけど、そこを紅魔宮の宮皇としての骨太な心で支えればいい。

 ――――グアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!

 気が付くと、空の彼方より大量のモンスターが現れていた。
 あれは何だと驚いたが、揺光はすぐに定時メールの存在を思い出す。18:00を過ぎた後、ランダムで大量のエネミーが出現するイベントが始まると書かれていたことを。

「チクショウ……よりにもよってこんな時にかよ……!」

 あまりにも最悪すぎるタイミングだった。
 今は一秒でも惜しい。大量のエネミーと戦っている場合などないし、相手にしたら時間とHPがいくらあっても全然足りなかった。
 だから揺光は目を逸らして、遥か天空を跳ぶ黄金の鹿号に目を向ける。揺光は翼を持たないが、ガッツマンが残したゲイルスラスターとネオから与えられた力があった。
 その二つを駆使して、跳躍しようとした瞬間……黄金の鹿号が消失した。

「何っ!? 何で消えたんだ!?」

 何の前触れもなく消えてしまった巨大な戦艦。
 しかし理由を考える暇もない。甲板に乗っていたであろう慎二とアーチャー、そしてミーナが落下していた。
 慎二はアーチャーが抱えてくれたが、ミーナの隣には誰もいない。そんなミーナを助けようと慎二達は腕を伸ばしたが、届かない。
 このままでは、ミーナだけが転落死してしまう。それを避ける為に、揺光は再びゲイルスラスターを着装した。

「間に合ってくれよ……!
 着装!! <<ゲイルスラスター>>――――!!」

 揺光のボイスコマンドが高らかに響き渡り。大きさ、強さ、そして美しさを兼ね揃えたオブジェクトを生み出した。
 流線型のブースターが背中に乗るのを感じた瞬間、揺光はゆっくりと腰を落とす。ブースターの唸る音が耳に届いたのを合図に、思いっきり地面を蹴った。
 凄まじき衝撃音によって大気が炸裂し、周囲の闇が照らされる。そうして、揺光は猛スピードで空中に向かって飛翔した。誰かと戦う為でなく、大切な仲間を救う為に。
 加速する意識の中、ミーナのシルエットが徐々に近づいてくる。彼女の元に辿り着くまで、瞬き一回の時間も必要だったか。
 風となった揺光はミーナの身体を抱えて、上昇を止める。この腕の中にいるミーナは、当然ながら驚いたように見つめていた。

「よ、揺光さん!?」
「大丈夫かい、ミーナ?」
「え……ええ。おかげ様で」

 ニッ、と笑みを浮かべながら、揺光は胸を撫で下ろす。
 その内心ではネオに対する後ろめたさが強まっていた。彼だったら、もっと素早く彼女を助けられたかもしれないと思って。
 しかしミーナを不安にさせない為にも、罪悪感を表に出したりしない。ミーナが怪我をしないように地面に降り立つ。
 ミーナを降ろすと同時に、いつの間にか着地していた慎二とアーチャーが駆け寄ってきた。見た所、二人に怪我はなさそうだ。

「揺光!? き、君も生きてたのか!」
「ああ。アタシはこの通り生きているよ。ネオのおかげなんだ」
「ネオの?
 …………あれ。そういえば、ネオはどうしたんだ? ガッツマンって奴も見当たらないけど、どうなったんだ?」

 慎二の口から出てくるのは当然の疑問。
 ネオとガッツマンがどうなったのか…………この場で知っているのは揺光だけ。けれど、簡単に話せる訳がない。
 口を噤んだ揺光の姿に察したのだろう。慎二の表情は次第に曇っていく。

「……ま、まさか……モーフィアスってオッサンみたいに……あいつらも…………!」
「…………二人は死神と戦ったんだ。
 しかもあの死神は、アタシのことだけはわざと見逃しやがったんだ。きっと、倒す価値もないって見くびったんだろ。
 みんな、ゴメン……アタシに力が足りなかったせいで、ネオ達が…………」

 言葉にするだけでこの身が張り裂けてしまいそうだった。
 頼りになる仲間を立て続けに失ってしまう。誰にとっても耐え難い事実だ。
 だからこそ揺光にはみんなの元に戻り、こうして伝える義務がある。例えどう思われようとも。

 けれどその前に、揺光には果たさなければいけない使命があった。ネオやガッツマンの分まで戦って、迫り来るエネミー達から慎二達を守ること。
 揺光はエネミーの群れに目を向ける。見覚えのない奴が大半だが、ヒヨーコやレイブンクローのような低レベルのエネミーも混ざっている。
 高レベルと思われる敵はいなさそうだ。

「……なあ、アーチャー。
 シンジとミーナのことを頼むよ。あのエネミーどもは、アタシが片付けるからさ」
「待つんだ揺光。
 いくら君でも、あれだけの数をたった一人で戦うのは無謀すぎる。ここは一旦退くべきだ」
「アーチャーの言いたいことはわかるけど、逃げていたっていつかは追いつかれる。
 それに今のアタシには、ネオから与えられた力があるからさ……大丈夫だよ」
「ネオから?」

 疑問を背中で受け止めながら、揺光はオブジェクト化させたエリュシデータを構える。 
 もしかしたら、エネミーの群れには揺光の知らない強敵が潜んでいるかもしれない。けれどネオから力を託された今の揺光に、敗北や撤退という文字は存在しない。
 いや、勝利以外の結果は許されなかった。


 エネミー達の叫びと殺意を受け流して。
 揺光は荒々しい烈風となるように走りながら、その群れに飛び込んだ。



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