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Last Recode(前編) - (2017/11/12 (日) 00:15:56) のソース

視界が開けた先でハセヲは一言漏らした。

「認知外領域(アウターダンジョン)みたいだな」

生徒会室から電子の世界に降り立ったハセヲはそう口にした。
レオや岸波がアリーナと呼んでいたこのエリアはすべてむき出しのワイヤーフレームで構成されており、不要なテクスチャなども存在しない。
電子的な世界であることを隠そうともしないその様は、The Worldの裏側たるエリアと酷似している。
そしてここまた本来なら使われるはずもなかった裏側――いや違う。

――このゲームの“本当のダンジョン”

レオの言葉を思い起こす。
彼の考察が正しいのだとすれば、このダンジョンを攻略させることこそ、
この世界のシステムの本当の役割だったのだという。

それが何らかの形で歪められた――その結果が、自分たちは殺し合うことになった。

「あのウラインターネットって場所よりは、過ごしやすそうだね」

共にダンジョンに降り立った揺光は辺りを見渡して言った。
このゲーム内で再現されていたウラインターネットはハセヲも足を踏み入れたことがあるが、趣が全く違う。
響き渡る水の音やところどころに見えるサンゴなど、海を思わせる要素がどこか幻想的な印象を与えていた。

『無事到着したみたいですね、ハセヲさん』

と、そこでウィンドウが開かれた。
とこどころノイズが混じってはいるが、そこに映っていたのはこのパーティ――いやギルドといった方が近いか――のリーダーたるレオだ。

「ああ、こっちは普通についたぜ」
『通信機バージョン2も問題なく動作してよかったです。
 これで生徒会室からでもお二方をサポートできます!』

レオはニッコリと笑って言った。
通信機というのはレオが自作したアイテムであり、すでに岸波たちには配られていた。
バージョン2と口にした通り、この短時間でアップデートをかけたらしく、
画質は劣化はしているものの映像がウィンドウを通じて送れるようになっている。

『とりあえずこの階層をちゃっちゃとクリアしちゃいましょう。
 あ、白野さんとブラックローズさんはもう準備運動をしておいてください。ハセヲさんなら秒でクリアしちゃいますから、秒で』
「無駄なプレッシャーかけんじぇねえ」

悪態を吐きつつもハセヲは頷いた。
ダンジョン攻略組として分けられていた人員のうち、今回の作戦で投入されたのは自分と揺光の二名のみだ。
既に上層の踏破は住んでいる。あの大所帯の岸波やドットハッカーズのブラックローズなんかがいるのだから、ただ敵を蹴散らすだけなど簡単なことだった。
理由は一つ、この『第五層/三の月想海・下層』にて提示された“[[ルール]]”にある。

「参加は二人のみで、そして出現するエネミーとの戦闘は禁止ってことなんだけどさ」

揺光が浮かび上がるレオの映像を見ながら言った。
それはこの第三層にてかけられたミッションである。
聞けば第四層では特定プレイヤー名指しでの参加制限があったのだという。
そう考えれば人数制限のダンジョンがあること自体はなんら驚きではない。

問題はもう一つの“エネミーとの戦闘は禁止”という部分である。

ハセヲは視線を映す。
ワイヤーフレームで形成されたゲートの向こう側に、複雑に入り組んだ通路が広がっている。
そしてそこを徘徊しているのは、スーツを着こなした白人たちであった。
サングラスで表情を隠された男たちは黙々とダンジョンを歩いて回っている。

「あれがエネミー、だよな」
『そうみたいですね。この層ではアレと戦闘した時点でゲームオーバー、という訳らしいです』
「失敗した場合のペナルティは?」
『不明です。流石に死亡、ということはないと思いますが、クリアは遠のくでしょうね』

ハセヲは「ふうん」と呟いた顔を上げた。
揺光は「なるほどね」と漏らしていた。

何を持って“戦闘”とするかは不明だが、おそらくこちらから攻撃しても、こちらが攻撃されてもアウトだろう。
そしてランダムで徘徊している敵に近づかれた時点で、こちらは攻撃せざるをえない状況に陥る。

ハセヲと揺光は互いを見合わせた。そして共にこう思っていた。

――つまり鬼ごっこって訳だ

と。



◇



「あー成程、また懐かしいイベントですねえ」

生徒会室エリアにて、ハセヲたちの様子を見ていたキャスターは何かに合点したようにうなずいた。

「何が懐かしいのだ。いや、言うな。齢を喰っているキャス狐のことだ。
 若かりし頃の過ちとかそういうのをしみじみと噛みしめていたのだろう。
 余にもわかる。わかるぞ。たまーに変なことを思い出して頭が痛くなる」
「皇帝様のそれとは一緒にしないでくださいまし!」

あと私は年増とかそんなキャラじゃないです、と付け加えながら、キャスターは頭を振った。
人数制限でとりあえず撤退はしたものの、あのトゲトゲした鎧のハセヲたちが失敗したら次は自分たちの出番である。
となればあまり緊張を解きすぎるのも困り者。皇帝様と関わっていると思わずジャンルがコメディになってしまう。
と、あまりにも己のことを棚に上げたことを考えつつも、キャスターは言葉を続けた。

「順番的にここ、三番目のアリーナですものね。
 そこで鬼ごっことは、また懐かしいと思っただけです」

別にそこに深い意味はないだろう。
システム側が適当に用意したルールと、自分たちの記憶が妙な形で合致したに過ぎない。

ちらり、とキャスターは己の主人を見た。
すると彼(いまは男性の恰好をしている。キャスター的にはどちらでも素敵なので問題ないです)もまた少しだけ感傷的な表情を浮かべている。

――かつてここで、鬼ごっこをせがんだ子どもたちがいた

ただそれだけのことである。
そして今はもういない。それはもう終わってしまった話であり、今ダンジョンを駆け抜けているハセヲたちにはそんなこと何も関係ないだろう。
覚えているのは、きっと自分たちだけだろうから。



◇



ハセヲと揺光は共に準備を整えた。
ゲートを一歩超えれば、エネミーたちがうようよするダンジョンに突入する。
今回は内容的にもとにかく速度と敏捷、AGIが物を言う。
となるとステータスのビルド的にも自分たち以上の適任はいないだろう。

だからこそ自分たちがクリアしなければならない。
そう気合いを入れて、ハセヲと揺光は並び立ち、そして互いを見合わせた。

「――あのさ」

何故か少し緊張しながら声をかけると、揺光に視線を逸らされてしまった。
え? 何か俺やった、と思わずドキリするが、

「よく考えたら、久しぶりだなって」

揺光は頬を少し紅潮させながら、歯切れ悪く言った。

「二人で冒険するのさ――すんごい久しぶりだって、そう思ったんだよ」

その言葉にハセヲは思わず声を喪った。
そうだ、このデスゲームに巻き込まれる前にも、揺光はボルドーにPKされて未帰還者になっている。
それ以来、自分たちは会っていなかった。会えなかった。

「……そう、だな」
「だからさその、ちょっと何ていうか、よかったなって。
 いやこんなゲームに巻き込まれたのは最悪だけど、でもさっ」
「いや、わかる」

ハセヲは言って虚空より武器を取り出した。
光式・忍冬。この武器をハセヲは何度も手渡されてきた。
志乃に、揺光に、レインに、そして[[シノン]]に。

「本当によかった。生き残ってくれていて」

思わず声が震えた。ここまで多くの仲間が自分の前から去っていった。
守りたかったのに、守れなかった。それが悲しくて、つらくて、死の恐怖に戻ろうともした。
ハセヲの様子を見た揺光が少し焦ったように、

「だから辛気臭いのはナシだって、ハセヲ!
 と、とっとと行くんだろう! 急いでこのゲームをクリアするんだって。 
 そしたらその――また二人でThe Worldで冒険しろよなっ」

揺光は頬を紅潮させたまま焦ったように言う。
ハセヲは苦笑しながら「そうだな」と口にした。

気を取り直して二人は並ぶ。
すっと息を吸い――

――いくよ

意識せずとも、二人は全く同じタイミングで駆け出していた。
ダッ、と音がして、ダンジョンを駆け抜けていく。
すぐ角にエネミーが見えた。黒服とサングラスのエネミー。まだ向こうは気づいていない。

「似てるよな。ってか同じカテゴリの敵だよなアレ」

ハセヲは思わず声を漏らしていた。
何と、とまでは言ってなかったが、間髪入れずレオが答えた。

『ええ、あれはどうやらあのスミスと同じ存在のようですね』

スミス。
その名はこのゲームにおいて、ハセヲが相対した最大の敵といってもいい。
このダンジョンのエネミーは、その身体的特徴のほとんどがスミスと酷似している。

『さっきのはジョーンズ、向こうにいるのはブラウン、あの女性型はペース。
 すべて“エージェント”と呼ばれる存在です。
 マトリックスというシステムの代理人として生み出された者たち』

ハセヲは既にマトリックスという“現実”のことも聞いている。

「ネオとか、モーフィアスのおっさんはアイツらと戦ってたんだな」

隣で駆ける揺光が呟いた。
ハセヲはその名を知らない。
だが口ぶりから、彼女がここにいたるまでに知り合い、そして別れた者たちであることがわかった。

「――っと、見つかったぞ」

疾駆していた二人に、徘徊していたエージェントの一人が気付いた。
首だけをぎこちなく回し、サングラス越しにこちらを見た。
きらりと光るサングラス。一瞬の静止。
そして――奴らは次の瞬間には全速力でこちらに迫ってきた。

「最初からトップスピードって、地味なところで物理法則無視する!」

その姿を見た揺光が叫びを上げた。
ハセヲはメールで以前聞いていたが、リアルでの彼女はスポーツ観戦も結構好きらしい。
となるとそういった部分が気になるのだろう。

「とにかく行くぞオラ」
「任せて!」

敵がこちらに気付いた。元より完全にかくれて進んでいけるとは思っていない。
ダンジョン構成上、視界に捉えられる場面に陥ってしまうことは必須だった。
だから二人は慌てず共に自らに加速/アプドゥを付与(バフ)する。

途端、身が軽くなる。
見つかってしまった以上は後は――脚力と判断力が物を言う。
ダダダ、とハセヲはダンジョンを走り抜ける。後ろを伺うと、続々と黒い服のエージェントたちが集まってきていた。

『次の曲がり角を右にいってください。前方からエージェントが2体来ています。注意を」

鬼ごっこのさなかも、レオがナビゲーションしてくれる。
その冷静沈着な口ぶりがこういう状況は頼りになる。

この“鬼ごっこ”において最も気をつけなくてはならないのは、挟み撃ちに合うことだ。
なんといってもこの場には逃げる者より、追う鬼の方が数が多い。
左右から大量のエージェントに襲い掛かれては逃げるにしてもどうしようもない。

「――ちっ、向こうからも来やがるか」

ハセヲが悪態を吐く。後方から三人のエージェントに追われる最中、差しかかった曲がり角でもエージェントがいた。
このままでは接触は必至。こうなるとかなりきつい状態になる。

『解析終了。三ブロック先に隠し通路があります。左に行ってしばらく待機してみてください』

レオのメッセージが表示される。
ハセヲと揺光は駆ける。そして三ブロック先の壁に――思いっきり飛び込んだ。
ふわり、と身が浮く錯覚が起きた。壁を超えた虚空の世界。だがそこには確かに“床”があった。

『アリーナでよく見た奴だな。アレのおかげでマップをコンプするのが面倒だった』

レオの後ろで見ているのか、紅い方のアーチャ―の声が聞こえてきた。経験者は語るということらしい。

そして隠し通路に逃げ込んだハセヲと揺光を――四体のエージェントは無視して進み出した。
しばらくは近くをうろうろしていたが、数十秒後に元の徘徊ルートへと戻っていく。

シンボルエンカウントの雑魚キャラかよ、とハセヲは内心でこぼす。
あのエージェントの動きは、いかにもゲーム的で、言ってしまえばチャチな動きだ。
スミスらの同族とはいえ、彼らは所詮NPCとしてデータを複製された存在に過ぎないのだろう。

「……やり過ごせたのか?」
『ええ、どうやらご丁寧にもこのダンジョン、安全地帯が用意されてるみたいですね。バランス調整という奴でしょうか』
「本当、丁寧なこった。殺し合いの方はバランスもクソもねえ環境だったってのに」

スミスを筆頭に、トンデモないチートPCがゴロゴロいた“表のゲーム”のことを思い出さざるを得ない。
あれに比べればこのダンジョンはよほどゲームとして成立していると言えそうだ。

「ハセヲ、そろそろ大丈夫みたいだよっ!」

壁の向こうではエージェントたちが去っている。
通常の徘徊ルートに戻ったのだろう。この調子でこのダンジョンの奥まで突き進まねばならない。

二人は頷き合い、共に駆け出した。
揺光は紅い髪を揺らしながら、ハセヲは黒い鎧を揺らしながら、共にダンジョンを突き進む。

そうして時に隠し通路での“かくれんぼ”を交えながらも、“鬼ごっこ”は進んでいき――

「――最後の直線って訳だ」

ハセヲは一言そう呟いた。
ダンジョンの最奥、長く続く一本道の向こうに開けたエリアが見える。
ちら、とハセヲは後ろを窺う。こちらに気付いたエージェントたちが追ってきているが、この距離なら撒けるだろう。

「とっととやっちゃおう、ハセヲ!」
「おう」

二人でまっすぐに走り続ける。この先にはボスが待っているはずだ。
それを撃破すれば、このダンジョンはクリアだ。
何だ楽勝じゃねえか、と思っていたところ、

――直線の前方に、突然エージェントが出現(ポップ)した

「はぁ?」

ハセヲは思わず声を漏らした。
ゴールへ続く一本道のど真ん中に複数のエージェントが道をふさぐように現れたのだから。
このまま突っ込む訳にはいかない。そう思い、足を止める。が、既に後ろからエージェントたちが来ている。

『どうやら罠、のようですね。あらかじめあの位置にエージェントが出現するようになっていたようです』
「前言撤回。こっちのゲームもバランス調整放棄してやがるな、クソGM!」

この場を統括しているのが本当にモルガナだとすれば、
The Worldのシステムのくせにというべきか、あるいはThe Worldのシステムだから、というべきか、
そのあたりの能力が致命的に欠けているらしい。
錬装士(マルチウェポン)のジョブとしての貧弱さとか、バランス調整周りで思い当たる節は正直かなりある。

『まぁまぁ落ち着いてください、ハセヲさん。
 どうやらそこに隠し通路があるみたいなので、ひとまずそこに隠れてください』

レオの声に従い、ハセヲと揺光は壁の向こうへと逃げ込んだ。
エージェントたちは通路まで止まった。そう、止まった。
隠し通路になだれこんでくることこそなかったが、しかし今までのようにどこかに消えるということもない。
“よし出てくるのを待ってやるぜ”と言わんばかりに無数のサングラスエネミーが壁の向こうにいた。

「……これも罠か」
『そうみたいですね』
「かくれても待たれるのって、The Worldでもたまにあったよね。
 シンボルエンカウントがあんまり意味ないよねって、アタシ思ってた」

揺光の愚痴に頷きながら、ハセヲはさてどうするかを考えた。
壁の向こうに待つ無数のエージェント。あれらを蹴散らすことはできるが、しかしどうしても“戦闘”になってしまう。

『おそらくここの正攻法は、一人を囮として使うことでしょう』

レオが言った。

「囮?」
『ええ、このゲームの参加条件が一名じゃなく二名ということからもそれが伺えます。
 一人がヘイト稼ぎとしてあのエージェントたちにつかまり、誘導。
 その間にもう一人がゴールを目指す、という行動ですね。
 平たく言えば、ここは俺に任せて先にいけ! をしろという訳ですね』
「そりゃあ……」

ハセヲは戸惑いの声を上げる。
レオの作戦ならば確かにうまくいくかもしれなかった。というよりそれがクリアの道なのだろう。
だがそれは高確率で囮となった者が“鬼”につかまることを意味する。

ハセヲは揺光を見た。じっと見た。

捕まった場合のペナルティは不明だ。
いきなりデリートとまではいかないだろう、とレオは言っていたが、確証は持てない。
そんな危険に彼女を晒すことは絶対にできなかった。

「ハセヲっ! アンタ自分が囮になるって言うんじゃないだろうね」

思考を先回りされるように、揺光が口を荒げた。

「あ、ああでも」
「――アタシだって、もう厭なんだよ、誰かを喪うのは」

揺光はそこでしゅんと弱々しくなった。
その声色には恐れがあった。悲しみがあった。

「特にハセヲ、アンタだけは――絶対に喪いたくないんだ」

ああきっと、これはかつて自分が揺光に対して漏らしたような、そんな声だ。

「……俺だって、そうだ。
 アトリも、シノンも、レインも、みんな俺は守れなかった。
 だから揺光、お前だけは――」

二人はいま同じ想いを共有していた。
互いに感じていたのだ。こうして二人でまた冒険していることが、どれだけ意味のあることなのかを。
そんな二人にとって、どちらかがどちらかを危険に晒す選択など、できる訳もなかった。

『ははは、そう深刻にならないでください』
「なっ、レオお前」
『あ、だからと言ってあんまりイチャイチャもしないでくださいね。
 ただでさえ割と多くの人にモニターされているんですから、今』
「イチャイチャって、そんな訳」

レオの言葉にハセヲは少し過敏な反応を示していると、それを愉しむようにレオは言った。

『さっきの囮作戦はあくまで正攻法ですよ、正攻法。
 我々は人間なんですから、ルールというのは破ってナンボです』
「破るって、そんなことできるのか?」

確かにあのエージェントとの直接戦闘が可能になれば、負ける気はしない。
だがレオは首を振って、

『もちろんそれはできません。だから穴を突くんです。
 敵のルールを馬鹿正直に受け取るなんて、やるもんじゃないですよ』




◇



レオの作戦を聞いた二人は、一瞬戸惑うも所定についた。
どちらがどちらの役割を負うかは少し揉めたものの、結局ハセヲが少し“痛い”方の役目に就くことにした。

「じゃあ、行くよ」
「ああ、何時でも来てくれ、揺光」

そうして揺光は剣を抜く。
モーフィアスが持っていた双剣を使い、アーツ“天下無双飯綱舞い”発動。
その対象は――ハセヲである。

「私は――」

アーツを発動した揺光がハセヲにまず切りかかり、ドン、とその身体を吹き飛ばす。

「一途で――」

そして揺光は己を鼓舞するように声を張り上げなら、ハセヲへと襲い掛かった。

「――しつこいぞっ!」

そして空に舞ったハセヲのPCに揺光が勇ましく飛び上がり、ザクザクザクザク! と派手な効果音を立てながら斬り裂いていく。

――このダンジョンのルールは“エネミーとの戦闘禁止”である。

“戦闘禁止”ではない。
なのでプレイヤー同士の戦闘は普通にできる。
これが何を意味するかというと――

吹き飛ばれたハセヲがダンジョンへと転がっていく。
エージェントが周りを取り囲んでいるが、そこに揺光が間髪入れずにアーツ発動。
再び“天下無双飯綱舞い”。飛び上がるハセヲ、斬りかかる揺光、転がるPC、加えてレンゲキという構図が続く。

それに対してエージェントたちは割り込むことができない。
The World R:2のシステムにおいて、発動されたアーツに割り込むような技は、攻撃を受けているPCによる“反撃”しかない。
なので彼らは手を出すことはできずにいた。できないまま、ハセヲと揺光は飛んでは落ちて、飛んでは落ちてという構図を繰り返しながら進む。
まるでハセヲをバスケットボールのドリブルように運ぶ形で、二人は最後の直線を進むことにしたのである。

「ええと、あのさ、ごめんっハセヲ!
 あとでアタシも、その、思いっきりアーツ叩き込んでいいからさ。いくらでも! 思いっきり!」

謝りながらコンボを叩き込んでくる揺光を他所に、ハセヲにウィンドウから声がかけられる。

『頑張ってください、ハセヲさん。もうすぐですよ、もうすぐ! ゴールは近いです! がんばれがんばれ』
『ループコンボ。むぅ、懐かしい光景だ。あれの入力はなかなかシビアだぞ。流石はチャンピヨンというべきか』
『経験があるような口ぶりだな、アーチャー。余は残念ながらあの手のものに出演したことはないが。だがしかしズバズバ切る無双ーというのならあるぞ!』
『寺(てら)で餡子(あんこ)食うみたいな話はそのあたりにしてくださいまし。
 しかし女が男を何度も何度も斬り裂くサマというのは、何時の時代もありふれてますねぇ。
 大抵は男の二股三股四股がバレてのいざこざなんですが――ねぇ? ご主人様』

楽しんでないかレオ、という言葉を我慢しつつハセヲは進む。
そしてキャスターとかいうのに声をかけられている岸波がどんな顔を浮かべているのか、少し想像がついた気がした。

そうこうしながら二人は最後の直線を抜けた。
揺光はSPを、ハセヲはHPを消耗しつつも二人そろって、“鬼ごっこ”をクリアしたのである。




◇




「ひ、ひでえ目にあった」

ぼやきながら、ハセヲは立ち上がった。
揺光がバツの悪そうな形でこちらで気遣う声を投げかけてくるので、大丈夫だと返す。
実際、どちらかを危険に晒すよりもよほどマシな方法だったのは間違いない。
まさにルールの穴を突くやり方で、HP的にも問題なさそうなのは見えていた。

『いや、ハセヲさん。グッジョブです!
 匠のバスケないしコンボを見せてもらいました!』

爽やかに言ってくるレオには一言言いたくなったが、そこはぐっとこらえた。
これが最良だった最良だった。そう言い聞かせてこの場は我慢しておこう。

「なんでもいいから、次はボス戦だろ。とっとと行くぞ」

首をこきこきならしながらハセヲは先へと進む。
この先に第五層のフロアボスが待ち構えているはずだ。それを倒せば、こんな場所とはおさらばだ。
ちなみに先ほど受けたダメージは、揺光の持っていたアイテムで既に回復済みだ。

「ええと、今度は二人で戦えるんだね」
「ああ、もうバスケはごめんだ。普通に戦いたい」

言いながら二人は次の階層に降りる。
実際、単なる戦闘ならば負ける気はしなかった。
ダンジョン後半戦で徐々にボスのレベルも上がっているだろうが、スミスやフォルテに比べれば危険度は大幅に下がる。

そう思い、闘技場に足を踏み入れたハセヲを待っていたのは――

「来たんだ」

ぼそりと呟く、中性的な声をした呪紋使い(ウェイブマスター)
その傍らには黄金の腕輪を核とする、奇妙なモンスターがいた。

そして、もう一人……

「ソラ?」

漆黒の衣と防具で身を包んだ、重斧使いの少女。
銀髪をはためかせた彼女は、ハセヲを見て――そう呼んだ。


『第五層/三の月想海・闘技場』
フロアボスは二名。
表示された名は、“司”と“カール”だ。



◇


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