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宵闇 - (2020/07/04 (土) 20:37:01) のソース

     1◆


「何なんだよ……この、どす黒い樹は!?」

 天に向かって雄々しくそびえ立つ“それ”を前に、堪らず俺の体が震えてしまう。
 俺が建築物だと思って近づいたそれは、建築物などではなく、巨大な大樹だった。だが、どう考えても普通の……自然に成長した植物ではない。

 大樹はあらゆる樹皮と枝が黒く、高さは暗黒色と濃紫、そして群青をかき混ぜた冥い空のせいで天辺が視認できない。
 空気は光と闇の両方を遮る程に重苦しく、大きく吸えば全身が鉛になりそうで、空の色と合わさって薄気味悪い雰囲気を見事に演出されている。
 そして何よりも、一枚の葉っぱもない大樹の枝には、蓑虫を彷彿とさせる何かが大量に生えていた。

「枝に生えているのは木の実……じゃない。あれは……まさか、人!? 人が枝から吊るされているのか……!?」

 だが目を凝らして見えるのは、蓑虫なんて生易しいものじゃない。鳥かごを彷彿とさせる巣の中に、人間がぶら下がっているというおぞましい光景だ。
 しかも、一人だけじゃない。数えるのも億劫になる程、生身の人間が惨たらしく干されていて、その全てがどす黒く染まっていることもおぞましさに拍車をかける。

「あ、あ、あ、あ、あ…………うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 俺はたまらず、腰を抜かしながら絶叫した。
 これまで、デウエスやオカルトテクノロジーにまつわる超常現象に関わり、そしてこのデスゲームでも困難を乗り越えたから、心が強くなっているつもりだった。
 しかし、目の前の黒い大樹から与えられる生理的嫌悪感は、そんな俺の心を折るには充分だった。

「ひ、ひいっ……何なんだよ……何で、こんなのがあるんだよっ!?」

 仮想世界の住民である今の俺でも、生身の肉体みたいに嘔吐する。
 口から溢れ出た嘔吐物の演出も妙にリアルで、ただ嫌悪感が無意味に溜まる。続くように、瞳からは涙も流れた。
 胸が重くなる苛立ちに、子どものように叫ぶしかない。

『――――ジローさん! 聞こえますか、ジローさん!?』

 そんな俺を助けるように、待ち望んでいた声が聞こえる。
 レオの通信が届いたことに気付いた瞬間、俺の意識は一気に覚醒した。

「……レオ? レオなのか!? 俺だ、ジローだ!」
『ジローさん! よかった、無事だったのですね。急に皆さんの反応がロストしたので、とても心配しました。
 ですが、こうして通信が回復したのなら幸いです。ジローさん、手早く状況を説明してもらえませんか?』
「状況は……俺にもよくわからない。いきなりネットスラムが崩壊して、それで……。
 ユイちゃんがオーヴァンに攫われて、キリトも……死んではいないはずだけど、今どこにいるかは……。
 それに、黒雪姫がオーヴァンに重傷を負わされて、目を覚ましてくれないんだ……! アバターにも酷い傷痕が残ってるし……」

 助け船が来たことで心が軽くなり、俺は必死に話す。
 ここがどんな場所なのかわからないし、上手く説明できる自信もない。せめて、何があったかだけでも伝える必要があった。

『……なるほど、わかりました。キリトさんとユイさんのことは、ひとまず後にしましょう。
 まずは黒雪姫さんです。詳しい理由はわかりませんが、アバターが大規模な損傷を受けたせいで、彼女は行動できなくなっているのかもしれません。
 少し待っていてください。僕の方でなんとかしてみます!』
「何とかするって、どうやって?」

 俺の疑問に対する答えは、突如として黒雪姫のアバターから発せられた謎の光だ。
 漆黒色の鋭利な女性アバターは、ほんの一瞬で変わっていく。蝶を彷彿とさせる漆黒の翼を背負い、おとぎ話に出てくるお姫様みたいなドレスをまとったアバターになった。
 まさに黒雪姫と呼ぶにふさわしい愛嬌溢れる姿だ。その顔立ちも人形のように整っていて、ロングヘアも黒いきらめきを放っていた。

「く、黒雪姫!? レオ、一体何をしたんだ!?」
『僕の方から黒雪姫さんのPCにアクセスして、使用アバターを切り替えさせたんです。以前ニコさんのPCを解析したことがあったので、そのおかげで何とかなりました。
 この学内アバターは戦闘に不向きですが、もし彼女が目を覚まさない理由がアバターの損傷にあるのなら、これで目を覚ましてくれるはずです。
 …………もっとも、彼女の心のケアはジローさんに任せることになりますが』

 レオは冷静に説明してくれるが、その表情は曇っていることが伺える。
 それは当然だった。俺達は一度消息不明になり、しかも心身共に傷付いた状態だ。
 しかもユイちゃんは攫われて、キリトの居場所だって俺達は知らないし、ここがどこかわからない以上は探しようがない。
 何よりも、一番心配なのは黒雪姫だ。レオ達のサポートに期待できず、俺が彼女を支えるしかない。

『ジローさん。今、二人の転送されたエリアの情報を検出しました。
 『黒い森』、『牢獄』、『電子』……途切れ途切れですが、今のところ判明しているキーワードは、この三つです。
 このまま情報の検出と、ジローさん達の元に行くためのルートも調べますので、それまで無茶な行動は控えてくださいね』
「わかったよ、レオ! ここがどんな場所なのかわからないけど……黒雪姫は任せてくれ!」

 レオという希望を前に、俺は全力で叫んだ。
 学園にいるみんなを安心させたいという気持ちが生まれた一方、俺の心が再びどんよりと重くなる。この不気味な景色にマッチする程、暗くなりそうだ。
 頑張りたい気持ちはあるけど、やっぱり怖くてたまらない。

「それにしても、ずいぶんと高い所だな……ここから落ちたらとても助からないぞ……」

 そして、周囲を見渡してみると、俺達は『黒い大樹』の枝に乗っていることが分かった。遥か遠くを見渡すと、地平線にまで黒い大樹の枝や根っ子が伸びており、その先端がとても見えない。

「……樹は一本しかないけど、とんでもなく大きいから『黒い森』なのか? じゃあ、あとの『牢獄』と『電子』って一体……?」
「……うっ……ここは……?」

 謎のエリアについて考えていると、呻き声が聞こえてくる。
 振り向くと、気を失っていた黒雪姫が体を起こしながら瞼を開けてくれた。

「黒雪姫! よかった、気が付いたんだな!」
「ジローさん、なのか……? ここは一体……? それに私はどうして……」
「ここは、『黒い森』って言うらしいけど、詳しいことはわからない。さっきの戦いでネットスラムが壊れて、いつの間にか俺達はここにいたんだ。
 でも、キリトとフォルテは……多分、別の場所に飛ばされたんだと思う。
 ユイちゃんは……オーヴァンに連れていかれた……」

 俺は頭の中を整理して、黒雪姫に今の状況を話す。
 彼女を支えられるのは俺だけだから、できるだけ冷静さを保つ。少しだけだが、こうして話せるほどに落ち着いている。
 ……ユイちゃんの名前を口にした瞬間、俺と黒雪姫の表情は一気に曇ったけど。

「ユイが、オーヴァンに連れていかれた……!?」
「……ごめん。俺に力がなかったせいで、ユイちゃんを守れなくて……」

 それきり、俺は意気消沈する。
 ユイちゃんがオーヴァンに傷付けられていく凄惨な場面を忘れることができない。彼女はきっと助けを求めていたはずなのに、俺は何もできなかった。
 俺に力さえあれば、ユイちゃんだって取り返せたはずだった。

「…………改めて訊くが、ここはずいぶんと、醜悪な場所だな。一体なんなんだ……?
 それになぜ、私のアバターがデュエルアバターから変わってるんだ?」
『それについては、僕の方から説明させていただきますね。
 おはようございます、黒雪姫さん。無事目を覚ませたようで何よりです』

 いつの間にか周りを見渡していた黒雪姫は、嫌悪感を露わにしながら呟く。
 それにレオが通信越しに応え、詳しく説明していく。
 黒雪姫の元のアバターが、酷い損傷を受けていたこと。そのせいか一向に目を覚まさなかったため、遠隔操作で学内アバターへと変更したこと。
 この場所が、ネットスラム崩壊の影響で飛ばされた未知のエリアであること。救助のためにここへ来る方法を調査しているが、やはり時間がかかること。

「……どうやら、二人には手間をかけさせてしまったらしいな。
 すまない。それと、ありがとう」
「そんな! 謝られるようなことでも、ましてやお礼を言われるようなことでもないって!
 結局俺は、オーヴァンとの戦いで、大したことは何もできなかったんだし……」
『そうですよ、黒雪姫さん。どうしても謝礼がしたければ、無事に帰還できたその時に。
 生きて帰ってくることが、僕たちにとって何よりの成果ですので』
「俺も、みんなのところに早く帰りたいよ。ここは空気も淀んでいるみたいだし、周りも不気味すぎるし……」

 本音を言えば、現実世界に帰りたいのだが、それは言っても仕方がないだろう。

「……そうだな。まずはこのエリアを調査して、脱出経路を探そう。後のことは、それからだ」

 黒雪姫はそう言うと、自分の状態を確かめるためにかメニューを開いて、なにかを躊躇うようにそのまま閉じた。
 そうして立ち上がろうとした黒雪姫だけど、すぐにふらついてしまう。
 俺は反射的に彼女の体を支え、そして気づいてしまった。
 黒雪姫の白い肌に、元のアバターに刻まれたものと同じ歪な三角の傷痕が、うっすらと痣のように浮き出ていることに。

「だ、大丈夫か黒雪姫!? 無理をしちゃダメだ! 今はここで休もう!」
「……そんな暇はないだろう!? 私達がこうしている間にも、あの男は……オーヴァンは生きているんだ!
 ユイが連れて行かれたなら、すぐに救出するべきだ! レオ達のことを待っている暇などない!」

 その事に気づいているのかいないのか、俺の言葉を、黒雪姫は怒号で弾き飛ばした。
 黒雪姫の気持ちはわかるし、俺だって今すぐにでもユイちゃんを助けに行きたい。
 でも下手に動くのは危険で、何よりも傷痕が黒雪姫にどんな影響を及ぼすのかすらわからない。
 ……けれど、黒雪姫の言葉もまた事実だ。一刻も早く助け出さないと、ユイちゃんが酷い目に遭わされる可能性は充分にあった。
 そしてそのためには、すぐにでもみんなと合流しないといけない。今の俺たちだけでは、フォルテどころかオーヴァン一人にさえ敵わないのだから。

「……わかったよ、黒雪姫。でも、絶対に無理はしないでくれよ。今は、俺がそばにいるから」
「私なら、大丈夫……と言いたい所だが、その気持ちは受け取っておくよ。ジローさんがいてくれれば、心の支えにもなるから」

 黒雪姫は弱々しく微笑む。
 でも、本当は心が深く傷付いているはずだ。オーヴァンには完膚なきまで叩きのめされて、ユイちゃんは囚われてしまい、泣き面に蜂みたいにこんな薄気味悪いエリアに放り込まれてしまう。
 今のところ、エネミーみたいな危険な奴の気配はないけど、何が起きてもおかしくない。俺はDG-0を構えながら、黒雪姫を先導するように歩いた。

「何かあったら、すぐに言ってくれよな?」
「わかっているよ」

 少しでも気を紛らわすように声をかけるけど、全然心が落ち着かない。
 どす黒い樹にぶら下がる人間はどう見ても死んでいて、呼吸をすると気分が悪くなってしまう。まるで毒ガスの中を歩いているように錯覚し、俺達はいつ倒れてもおかしくなかった。
 一応、治癒の雨は一つだけ残っているけど、それが役に立つのか。そもそも俺達は本当にここから脱出できるのか。
 前を進むたびに、俺の中で不安が湧き上がってきて、折れた心が更に折れそうになる。

(やっぱり本物の人間……だよな? でも、火傷してもこんなに黒くなるのか……?)

 何よりも、ぶら下がっている人間の姿を見せつけられるだけで、また嘔吐しそうだ。
 現実では到底ありえない光景だが、デウエスに関係するハッピースタジアムを経験し、その上でこのデスゲームに巻き込まれたから、絵空事とは切り捨てられない。
 それでも、地獄のような光景がただの夢であってほしい、そんな希望を抱きながら進んでいると――――“彼”の姿を見つけてしまった。

「…………う、渦木さん!?」

 ハッピースタジアムに捕らわれた開田君を救うため、現実と電脳世界の両方で力を合わせた刑事・ウズキが蓑虫のようにぶら下がっていた。
 しかも、呪いのゲームではなく現実の刑事としての姿で。

「渦木さん! 俺です、ジローです! 目を開けてくださいッ!」
『どうしたんですか、ジローさん!? いったい何を見つけたんですか!?』
「渦木さんが! 俺の知り合いが、蓑虫みたいに木に吊るされてて……! くそっ、この!」
『ウズキ? その名前は、確か一回目のメールで……』

 俺はウズキさんを救うため、叫びながらDG-0を取り出し、鳥かごに弾丸を放つ。
 しかし、銃声が空しく響くだけで、弾丸はあっさりと弾き返されてしまった。
 それでも、諦めずに黒く汚されたウズキさんを引っ張り出そうとするけど、びくともしない。

「……どうして!? 渦木さんが、ここに……!?」
「……に、ニコなのか!?」
「えっ!?」

 俺の動揺を煽るような黒雪姫の叫びが聞こえて、反射的に振り向く。
 すると、青ざめた顔で顔を上げている黒雪姫の姿が目に飛び込んできた。彼女の視界を追うように、俺も顔を上げた瞬間、絶句する。
 何故なら、俺や[[カイト]]を守るためにオーヴァンと戦い、そして命を散らせた少女――――ニコが無惨な姿で囚われていたからだ。

「ニコ……っ! ニコッ! ニコォッ! 俺だ、ジローだ! 目を開けてくれよ、ニコッ!」

 ニコを助けたくて、俺は必死に叫ぶ。もちろん、ニコは目を覚ましてくれない。
 ニコも渦木さんも、二人とも死んだはずなのにどうしてこんな所にいるのか? まさか、二人とも実は生きていて、ここに逃げ出していたのか? 
 いいや、ありえない。渦木さんはわからないけど、ニコは死んだということを俺は確かに実感した。だから、実は生きていたという可能性に縋れるわけがないのだ。
 だけど、それならどうして二人がこんな悪趣味な形で囚われているのか? 誰が、何のために二人にこんな仕打ちをしたのか?

「……あ、ああ、あ……!」

 ――――しかし、俺の思考は黒雪姫の震える声によって、またしても遮られた。
 思わず、俺は振り向く。いつの間にか、黒雪姫はへたり込んでいた。
 彼女が見上げている先には、小柄で小太りの少年が囚われていた。

「……は、ハルユキ君…………!?」
「は、ハルユキ!? ハルユキって、まさか……!?」

 黒雪姫は答えてくれないけど、その名前に俺は一瞬で気付く。
 有田春雪(ハルユキ)……黒雪姫が最も信頼したシルバー・クロウのリアルでの名前だ。
 つまり、ここに囚われている少年こそが、黒雪姫にとって一番大切な人だ。

『『牢獄』……『電子』……ま、まさか……!?』

 通信から聞こえてくるレオの声は、明らかな驚愕と動揺が感じられる。

「な、何だよレオ!? 何に、気付いたんだよ!?」
『……まだ、確定ではありませんが……この黒い樹に吊るされた人たちは、デスゲームで敗退したプレイヤー達の……電子化、いえ、霊子化された魂です!
 だから、ジローさん達が見たハルユキさんやレインさんは……敗退後、魂だけがここに、囚われたのでしょう…………。
 きっと、このデスゲームに始まって以来、全てのプレイヤーは……敗退と同時に『黒い森』に魂を囚われるシステムになっているはずです……』

 震えるレオの推測に、俺は絶句した。
 そして、レオから聞いた『牢獄』というワードの意味を、ようやく理解する。
 このデスゲームで命を奪われたプレイヤーは、ただ消えるのではない。オカルトテクノロジーで人間を電脳世界に引きずり込むように、魂だけがデータ化されて囚われる仕組みになっているのだろう。
 俺が巣のようだと思っていた鳥かごは、文字通りの『牢獄』だったのだ。

「何だよ、それ……何が、どうなっているんだよ……!?
 どうして、ニコ達がこんな目に……遭わなきゃいけないんだよっ!?」

 しかし、そんな理屈など納得できない。
 答えの出ない疑問と、ニコ達を愚弄した者への憤りで、俺の心は掻き乱されてしまう。
 俺がどれだけ叫んでも、ニコと渦木さん、そしてハルユキが目を覚ますことはない。どす黒く染まった全身の肌で、一目見ただけでニコ達の死を痛感するが、とても受け入られなかった。

「は、ハルユキ君ッ! 私だ! 黒雪姫だ!
 私はここにいるぞ! キミは私のことをずっと探していたのだろう!? こうしてここに来たから、早く目を覚ましてくれ! ハルユキ君!
 私もキミを探していた! だから、こうしてここまで来たんだ! キミと話がしたい……キミとまた毎日を過ごしたいんだ! ハルユキ君!」

 そして、俺とレオの通信が聞こえていないように、黒雪姫は叫び続けた。
 明らかに正気を欠いている彼女の姿に、俺は何も言えない。レオから黒雪姫のケアを頼まれたが、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
 大好きな人の変わり果てた姿を見せつけられて、落ち着ける人間がどこにいるのか?
 もしここにパカが囚われていたとしたら、とても冷静でいられる自信が、俺にはなかった。だから、今の俺がどんな言葉を投げかけても、黒雪姫の耳に届くわけがないのだ。

「……シルバー・クロウ」

 唐突に、足音と声が聞こえてくる。

「っ!?」

 振り向いて、俺は驚愕した。
 いつからそこにいたのか。一目見ただけで、”赤い”、という印象を与えてしまう少女が、まっすぐに歩いてくる。
 見たところ、年齢はまだ12歳か13歳程度で、ニコと同じか少し上くらい。
 プラチナブロンドのボブヘアには赤いメッシュが入っていて、ワンピースもケープも、陰鬱な世界にはそぐわないほどに赤い。
 一方で肌はすけるように白く、そして何故か、彼女は裸足だった。
 ひたひたと、小さな足音が静止した世界で響き渡る。

「お、女の子……!? なんで、こんなところに……!?」
『ジローさん、彼女はプレイヤーではなくNPCです。
 恐らく、何らかのイベント用に配置されたのかもしれませんが、どうしてこんな場所に……?
 ……いえ、彼女は、まさか……』

 俺とレオは驚愕する中、謎の少女はじっとこちらを見つめている。
 いや、正確には俺の後ろ……黒雪姫とハルユキに視線を向けていそうだった。
 そして、謎の少女が歩を進めることで、その存在にようやく気付いたのか黒雪姫も振り向いてくる。

「…………君は?」
「彼は、《オワリ》を探していたヒト。
 そして、どんな《終わり》でも、僕は受け止めて見せるって言っていた……でも、この《オワリ》は彼がノゾむカタチではなかった」

 黒雪姫の問いかけに反して、謎の少女は意味深な言葉を紡いだ。
 しかし、まるで藁に縋るように、黒雪姫は少女に詰め寄る。

「まさか、ハルユキ君を知っているのか!? 教えてくれ、彼のことを!
 私がいない間、ハルユキ君がこの世界で何をしていたのか!? 少しだけでもいい、ハルユキ君のことを教えてくれっ!」
「お、おい! 黒雪姫!」

 少女の肩を掴みながら叫ぶ黒雪姫を、俺は静止しようとする。
 だけど、黒雪姫は俺の言葉に耳を傾けず、また謎の少女も微塵に動揺しなかった。雪のように白い肌は、今の黒雪姫と対比するように煌いている。

「どうした!? なぜ、教えてくれない!? 私は……私は知りたいだけなんだ! ハルユキ君のことを!」
「待ってくれよ、黒雪姫! そんな乱暴にしてたら、彼女だって答えられないだろ!」

 やがて俺は見ていられなくなり、黒雪姫を少女から無理矢理引き離した。
 黒雪姫は未だに落ち着きを見せず、一歩間違えたら少女を傷付けてもおかしくない。
 未だに息を荒げている黒雪姫の前で、少女は瞬きもせずに俺達を見つめている。

「わたしはリコリス。試されし夢産みの失敗作。
 アナタ達は、彼の遺志を継いでくれた。だから、彼の想いを、アナタ達に――――」

 そんなリコリスの言葉と共に、俺達の視界は眩い閃光に飲み込まれてしまう。



 ――――アナタは終わりを探すヒト?

 白い光の中、何も見えない俺の耳に少女の声が聞こえてくる。
 先程のように、意味深な問いかけだった。

 ――――それがどんな《終わり》でも、僕は受け止めて見せる

 続くように聞こえてくるのは、力強い少年の声。
 その言葉と同時に、銀色の人型アバターが浮かび上がった。エメラルドの如く緑色の輝きを放つバイザーは、力強さを醸し出している。

 ――――アナタのオワリが、アナタに優しいものでありますように

 そして、少年を称えるような少女の声も光の中で響き渡った。



『……ジローさん! ジローさん! 聞こえていますか!?』

 レオの通信により、俺の意識は覚醒した。
 気が付くと、先程の光は収まっており、リコリスと名乗った少女が立っていた。

「ハルユキ君だ……」

 その一方で、黒雪姫は地面にへたり込みながら涙を流していた。

「ハルユキ君は彼女と会っていたんだ……シルバー・クロウとして戦いながら、彼女に自分の意思を示してくれたんだ。
 なのに、私は……何をやっていたんだ!? 私は、ハルユキ君のように戦えていないのに……!」
「黒雪姫……もしかして、あの子はハルユキのことを教えたかったんじゃないかな。
 ハルユキは強くあろうとしたから、黒雪姫にもそうあってほしかった……それを伝えるために、現れたんじゃないのか?」

 それは根拠のない楽観的思考だ。
 でも、先程の幻はリコリスが見せてくれたのだろう。
 だとすれば彼女は、悲しみに沈んだ黒雪姫を助けるため、俺達の前に現れたのかもしれない。

「【noitnetni.cyl】を、わたしにください」

 そして紡がれるのは静かな声。
 リコリスの優しい声を受けて、黒雪姫は顔を上げる。

『黒雪姫さん! 彼女の言葉に従って、【noitnetni.cyl】を渡してあげてください!
 覚えてますか? ネットスラムで行われていた、もう一つのクエストを。きっと、これはネットスラムで行われるはずだったミッションです!
 そのキーキャラクターである彼女もまた、ネットスラムの崩壊により、ジローさん達のようにこのエリアに流れ着いたのでしょう』

 レオの推測に、俺と黒雪姫は目を見開いた。
 また、俺は思い出す。ネットスラムにはプチグソレースの他にも、リコリスという少女の謎が秘められていたことを。
 シルバー・クロウが始めたという、過去を掘り起こすクエストのことを。
 だとすれば、やはり、この少女こそがリコリスなのか?

「【noitnetni.cyl】を探してくれると、彼は言ってくれた」
「【noitnetni.cyl】……これのことか?」

 少女に導かれるまま、黒雪姫はウインドウを操作して三つの拡張子をオブジェクト化した。
 ネットスラムで用意されたクエストで入手したアイテムであり、エリアが崩壊した今となっては用途がなくなったように思える。
 けれど、【noitnetni.cyl】をオブジェクト化させた瞬間、リコリスはようやく表情を動かしてくれた。

「ありがとう」

 【noitnetni.cyl】を見て、少女は笑みを浮かべる。陽の光のような暖かさが込められており、絶望に満ちた世界を照らしてくれそうだ。

「…………これで、いいのか?」

 少女に導かれるまま、黒雪姫はリコリスに3つの拡張子を渡そうとして。

「…………プレイヤーナンバー026、ジロー。
 そしてプレイヤーナンバー040、ブラック・ロータス。
 まさか、お前達がこのエリアに流れ着いていたとは」

 だけど、黒雪姫の善意を踏みにじるように、敵意に満ちた鋭い声が響き渡った。

「誰だ!?」

 俺は反射的に振り返る。
 見ると、金色の甲冑を纏った少女が、俺達のことを睨んでいた。いや、甲冑だけでなく腰にまで届く長髪も金色で、リコリスとは違う意味で、灰色の世界で存在感を放っていた。

『ジローさん! 彼女の名はアリス……GMの一人です!』
「GMだと!? じゃあ、あの榊の仲間か!」

 レオからアリスと呼ばれた少女を前に、俺は反射的に銃を構える。
 当然ながら、アリスは微塵も臆することはないが、露骨に不快感を露わにしていた。

「……確かに、表向きでは同盟を結んでいます。しかし、あの男と同類に見られるのは不本意ですね。
 もっとも、あなた達には関係のない話ですが」

 そう言いながら、アリスは剣を構える。
 殺意を乗せた刃の輝きを前に、俺は身震いする。彼女は俺達をここで殺そうとしていた。
 まともに戦っても勝てる訳がない。だけど、やるべきことは一つあった。

「黒雪姫、ここは俺が引き受ける! 彼女を連れて……」

 振り向きながら叫ぶが、途中で止まる。
 俺の後ろにいるのは黒雪姫だけで、リコリスはいつの間にか姿を消していた。しかも、【noitnetni.cyl】はそのままだ。

「あれ!? 彼女はどこに行ったんだ!?」
「わからない! いつの間にか、消えてしまったんだ……まるで煙のように!」
「なんだって!?」

 黒雪姫の叫びに絶句する。
 せっかくハルユキの遺志を受け継げると思ったのに、これでは台無しだ。ハルユキの無念だって晴らせる訳がない。

「……まさか、彼女までもがこのエリアにいるとは驚きです。
 ですが、今はまず、ジローとブラック・ロータスの二人に対処しなければ」

 そして、何か心当たりでもあるのか、アリスは口を開く。
 彼女の言葉は気になるけど、それどころじゃない。学内アバターの黒雪姫は戦えないし、レオの助けも期待できないからだ。
 でも、俺はここで諦める訳にはいかない。黒雪姫を連れて逃げようとしても、アリスに追いつかれるだけ。

「やれるものなら、やってみやがれ! 俺が、黒雪姫を守ってみせる!」
「威勢だけはいいですね。いいでしょう……あなたが私と戦うなら、やってごらんなさい」

 俺が闘志を燃やす一方、アリスは心底つまらなそうに俺達を睨みつけている。
 まさに、蛇に睨まれた蛙のように不利だけど、俺は一歩も引かない。黒雪姫やニコは命がけで戦ったのだから、ここで逃げる訳がなかった。
 そして、死に満ちた世界の中で、新しい戦いが始まった。


 やる気が 5上がった
 こころが 3上がった
 体力が 4下がった


     2◆◆


&color(#6699ff){ ――――そうしてワタシは、彼等の戦いを俯瞰する。}
&color(#6699ff){ 本来であれば、このエリアの管理はワタシの役割であり、つまり彼らに対応するのはワタシのはずだった。}
&color(#6699ff){ しかし彼らがこのタイミングでこのエリアへと落ちてきたのは、本当にイレギュラーな事態であり、そしてワタシには今、彼等と接触できない理由があった。}
&color(#6699ff){ 故にワタシの代わりに、アリスに彼らの対応を頼んだ。}

&color(#6699ff){ ――――リコリス。}
&color(#6699ff){ 彼女と彼らの接触は、今の状況ではタイミングが悪すぎたのだ。}
&color(#6699ff){ 彼女のイベントをクリアすることで得られるモノを、今、■に知られるわけにはいかなかった。}
&color(#6699ff){ 結果として彼等は窮地に陥ったが、この状況を切り抜けられないようでは、どのみち未来はないだろう。}

&color(#6699ff){ ……いずれにせよ、あの少年王にこの場所が知られた以上、遠からずこのエリアの役割――ひいてはこの『世界』の正体も明かされるだろう。}
&color(#6699ff){ そしてそうなれば、たとえ彼等の命運がどうなろうと、彼等の仲間は、遠からずここに訪れる。}
&color(#6699ff){ であれば、その時こそが、xxxxの始まりとなるだろう。}

&color(#6699ff){ なぜならここは、シークレットカテゴリ・オブジェクトナンバー003、ラベリング“黒牢樹”を擁する外層領域。}
&color(#6699ff){ そのエリア名を、『電脳霊子監獄 黒牢樹の森』。}
&color(#6699ff){ 通称『電子監獄』と呼ばれる、“モルガナ”、“堕天の檻”に続く、この電脳世界第三の中枢なのだから。}


【?-?/電脳霊子監獄 黒牢樹の森/一日目・真夜中】

【Bチーム:ネットスラム攻略組】

【ブラック・ロータス@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP数%/学内アバター 、強い憎しみと悲しみと絶望、零化現象、『三爪痕』が刻まれている
[装備]:{サフラン・ハート、サフラン・ヘルム、サフラン・ガントレット、サフラン・アーマー、サフラン・ブーツ、ゲイル・スラスター}@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3、{エリアワード『選ばれし』、『絶望の』、『虚無』 、noitnetni.cyl_1-2-3 }@.hack//、パイル・ドライバー@アクセル・ワールド、{破邪刀、ヴォーパルの剣}@Fate/EXTRA、{蒸気バイク・狗王、死のタロット}@.hack//G.U.、アンダーシャツ@ロックマンエグゼ3、不明アイテム×1
[ポイント]:358ポイント/0kill(+1)
[思考]
基本:――――――――――――
0:私は……ハルユキ君の遺志を…………
[備考]
※時期は少なくとも9巻より後。
※共有インベントリにより、所有しているアイテムが表記とは異なる可能性があります。 
※デュエルアバターに『三爪痕(サイン)』が刻まれました。『三爪痕』は学内アバターにも痣として浮き出ています。
※自分の無力感に絶望して零化現象が起きました。
※レオによって学内アバターに切り替えられたおかげで、行動自体は可能になりました。
 しかし、もしデュエルアバターになった場合、零化現象の影響で行動不能となります。


【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%、リアルアバター
[装備]:DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)、ピースメーカー@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、インビンシブル(大破)@アクセル・ワールド、非ニ染マル翼@.hack//G.U.、治癒の雨×1@.hack//G.U. 、不明支給品0~1(本人確認済み) 、不明アイテム×1
[ポイント]:0ポイント/1kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
0:アリスから黒雪姫を守る。
1:今は黒雪姫を守りながら、レオ達の元に戻りたい。
2:ユイちゃんの事も、守りたかったけど……。
3:『オレ』の言葉が気になる…………。
4:レンのことを忘れない。
5:みんなの為にも絶対に生きる。
6:黒雪姫のことが心配。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「[[逃げるげるげる!]]」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。
※共有インベントリにより、所有しているアイテムが表記とは異なる可能性があります。 


【アリス@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:健康
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:ゲームの中枢、モルガナの“盾”となる。
1:[[xxxx]]が訪れる前に、自身の“使命”を果たす。
2:榊らを監視し、場合によっては廃棄する。
3:ゲームに生じた問題を処断する。
4:ジローとブラック・ロータスに対処する。


【■■(■■■)@              】
[ステータス]:健康
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:GMユニットとして“役割”を果たす。
0:―――堕天の玉座にて、アナタを待つ。
1:自身の目的を果たすために、モルガナの望みを叶える。
2:もしもの時のために、何かしらの手を打っておく。
3:まだ、彼らにリコリスの真実を知られる訳にはいかない。
[備考]
※■■の役割は『電子監獄』の管理、ひいてはこの■■■■の■■です。
※GMとしての役割とは別に、“表側”での役割も有しています。
※第?相の碑文@.hack//を所有しています。 

|142:[[キミの声が聞こえない]]|投下順に読む|144:|
|~|時系列順に読む||
|~|ブラック・ロータス||
|~|ジロー||
|~|アリス||
|129:[[驕れるあぎと/backyard of eden]]|■■(■■■)||

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