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深淵の檻 - (2007/07/02 (月) 19:49:42) の1つ前との変更点

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もう、既に遅かった。 痛む体を引きずって、彼女をようやく見つけ出したのに。 私は、遅すぎたらしい。 部屋の隅で小さく縮こまった彼女は、闇の中で震えている。 その瞳は恐怖に染まり、痛ましい現実を私に突きつけてくる。 「沙都子……」 私の呟きに、沙都子の体がぴくりと跳ねた。 なるべく足音を立てないように近づく。怖がらせてしまわないように。 「もう、怖がらなくて良いのですよ」 届くかどうかわからない。だけど、それを伝えたかった。 「ボクが側にいるのです。ボクが沙都子を守ってあげるのです」 震えは止まらない。 夕闇に溶けていくように、ひぐらしの声が小さくなっていく。 散らかった部屋。きっと鉄平が一暴れしたに違いない。 そして、沙都子は……壊れてしまった。 鉄平が帰ってきた時点で、こういう世界になってしまうのはわかっていたことなのに。 一分一秒でも早く、沙都子を助けなければ間に合わないって知っていたのに。 ――私は決心するまでに、時間をかけすぎてしまったのだ。 その結果がこれ。私に目を合わせることも出来ず、ただ震えるだけの沙都子。 こんな沙都子を見続けるのが私には辛くて、そっと抱き寄せた。 瞬間、悲鳴が上がる。 「――やっ……嫌、嫌、嫌、嫌ぁぁっっ!!」 沙都子が腕の中で暴れる、でも放したくなかった。放す気なんてなかった。 必死にしがみついていると、沙都子の蹴りや拳が浴びせられた。 それでも放さない、放してなんかやるもんか。 血と汗でべとべとする。それでも。 「沙都子っ、ボクがわからないのですかっ?」 呼びかける。戻ってきて欲しい、と。 「嫌、助けて……嫌、嫌!!」 お腹に沙都子の蹴りをもろに食らった。 もともと痛かった部分に追撃され、一瞬意識が飛びそうになる。 だけど、私の腕はがっちりと沙都子を捕まえていた。 耐え続ける。これくらい、さっきまでよりはマシだ。 沙都子が受けた痛みよりは、ずっとマシなはずなんだから。 耐えることしか、私に出来ることはなかった。 ひぐらしの声が聞こえなくなった頃、ようやく沙都子は暴れなくなった。 私の中で、ただ震えるだけ。 沙都子の頬に手を当てて、こちらを向かせる。 怯えた瞳と目が合った。 「沙都子、ボクがわかりますですか?」 「……あ……ぅ……?」 「ボクなのです、古手梨花なのですよ? わかりますか?」 「……り、か……?」 焦点が定まっていないようだった瞳が、少しずつ私の瞳に視線が集まりはじめる。 まだ、いけるか……? 小さな望みをかけて、私は沙都子を見つめ続ける。 「ボクですよ。沙都子。ボクは沙都子をいじめないのです」 「……梨花」 さっきより、はっきりとした口調。ようやく私を認識してくれたらしい。 震えが少しずつ治まっていくが、でも完全に止まることはなかった。 それはきっと、私の姿を完全に認識したからだろう。 鏡を見てないからはっきりと言えないが、私の今の姿は酷いことになっている。 傷だらけで、血塗れで、そして頬には殴られてできた痣。多分、そんな感じだと思う。 沙都子の目が見開く。震えがまた酷くなりはじめる。 「……どうして、どうしてですの……?梨花……」 膝に冷たい感触。……沙都子の涙だった。 「どうしてもなにもないのですよ、沙都子に笑って欲しかったからではダメなのですか?」 にぱー☆と、こともなげに笑ってみせる。 このくらい、沙都子が受けた痛みより痛くない。 今まで何度も助けられなかったという心の痛みより、痛くなんかない。 「……梨花、うぅぅ……梨花ぁ……うあぁぁぁぁぁぁ!!!!」 縋り付くように、沙都子の腕が回される。 服が更に水分を吸って重くなっていく。でも、全然そんなの気にならなかった。 さらに強く抱きしめて、背中を撫でてやる。嗚咽が酷くなっていく。 「……ごめんなさいなのです、沙都子。……怖い思いさせて」 ぎゅっ、と服が握られる。 「……すぐに助けられなくて、ごめんなさいなのです」 顔がさらに私の胸に押しつけられる。 「……ごめんなさい……私を、許して……」 ――私もいつの間にか泣いていた。 しばらく泣いて落ち着いたのか、気付けば嗚咽は止んでいた。 ただ甘えるように、頭を私の胸に埋めていた。 私も沙都子の頭に顔を埋める。甘くて、優しい匂いがした。 月明かりだけが差し込んだくらい部屋。 沙都子がぽつりと呟く。 「……梨花、どうしてですの?」 「さっき答えたはずなのです。沙都子に笑って欲しいからなのですよ」 「……どうして私に笑って欲しいんですの?」 「沙都子が笑ってくれないとダメなのです。ボクは沙都子の笑顔がないとダメなのですよ」 「……どうして……そこまでしてくださるんですの?」 「ボクは沙都子が大好きだからなのです。……理由がそれだけではダメなのですか?」 嘘なんかついてない。 私は沙都子がいるから生きている。沙都子が笑ってくれるから、生きていける。 100年にもわたる輪廻の旅。終わりがあるのかわからない。 何度も繰り返すのが嫌になった。死ぬのが運命だと思って諦めようとした。 だけど、いつも沙都子の笑顔が私を救ってくれる。私に生きる勇気を与えてくれる。 荒んでボロボロになっていく心に、いつも温もりをくれたのは沙都子だった。 大好きで大好きでたまらない。そう、私は沙都子を愛している。 ……だから、助けてあげたかった。また、笑うことが出来るように。 どうせこの世界ももう終わる。私はもうじき殺されるのだから。 いや、今回はもしかすると殺されるわけではないのかもしれないけれど。 私が死んだ後も、沙都子には笑顔でいて欲しかった。 だから。 「……ボクはもういかなくてはならないのです」 その、優しい手をふりほどく。 「ボクがいなくなっても、圭一やレナが助けてくれるのです。仲間を信じてあげてくださいなのですよ」 寂しがらせないように、精一杯の笑顔を作る。 にぱー☆って、いつもやってることじゃないか。古手梨花。 ほら、いつものように笑ってみせなさいよ。笑顔でさよならするって決めたじゃない。 何、顔引きつらせてるのよ、私…… 「沙都子……さよなら、なの……です……」 駄目、ここで泣いたら沙都子が悲しむでしょ! 耐えなさいよ、お願いだから。今回だけは耐えて、私の体…… 沙都子に背を向ける。足を踏み出す。みし、と畳が鳴った。 その音を合図に走り出す――が、それは小さな力に遮られた。 私の服の裾を、強く握りしめる小さな手。 「……梨花、行かないでくださいまし」 きっ、とその緋色の瞳に睨まれる。 「……止めないで欲しいのです、沙都子」 「嫌ですわ……梨花がいなくなるなんて、そんなの絶対に!」 その口調の力強さに、私は混乱する。 「……どうして、どうして止めるのっ!? 私はもう沙都子の側にはいられないの!」 思わず素のしゃべり方が出てしまうほど、私は焦っていた。 全身の痒さが段々増してきている。もう、長くは保たないと自分でもわかっていた。 酷たらしい自分の姿を、沙都子には絶対に見せたくなかった。 「嫌っ!梨花が、梨花がいなくなるなんて……私、耐えられませんわ!」 振りほどこうとしても、意外な力強さで沙都子は私を捕らえる。 駄目、そんな……私だって、私だってっ! 「私だって沙都子と離れるのは嫌よ!でも、でもっ!」 「なぜですの? どうして……? 梨花は私のこと好きなんでしょう?」 「だからこそよっ! 沙都子、放してっ!」 「嫌ですわ! だって、だって……私も梨花のこと、大好きですもの!!」 『大好き』という言葉に、思わず体が止まってしまう。 その隙に、沙都子に後ろから抱きしめられる。……温かい。 沙都子の『大好き』が、私の『大好き』と質が違うことぐらいわかってる。 でも、確かに『大好き』と言った。『大好き』と言ってくれた。 じわりじわりと、沙都子の温もりが私を溶かしていく。 中から現れるのは、独占欲という醜い闇。 その温もりが、匂いが、私を壊していく。 沙都子を、自分の手の中に閉じこめておきたいと願ってしまう。 悪魔が私の耳元で、甘い誘惑を囁いた。 どうせ、もう戻れないとこまで堕ちてしまったんだ。 どうせ、もう終わる世界なんだ。 ならば、この世界の沙都子を壊してしまっても、私には関係ない。 ――関係、ない。 「沙都子、ボクのことが好きですか?」 首元に感じる首肯。 「なら、ボクは沙都子の側にいるのです。だから、沙都子もボクの側にいてくれますか?」 首肯を確認した後、私は沙都子と向き合う。 「ボクは沙都子のものになりますです。だから、沙都子もボクだけのものになってくれますか?」 じっ、と沙都子の瞳を見つめる。沙都子の心を私に縛り付けられるように。 案の定、沙都子は迷うことなく頷いた。 「じゃあ沙都子はボクのものなのです。ボクだけの、ものなのですよ」 にぱー☆と笑って、沙都子の頬に手を添える。きっと今の私の笑顔は醜く歪んでいる。 それでも沙都子は逃げ出さない。そりゃそうよ。だって私が捕まえた。 檻に鍵を掛けて、逃がさないようにしたんだから。 唇を寄せる。くすぐったそうに沙都子が目を閉じる。 何度も何度も口付ける。沙都子の唇は柔らかくて、温かくて、私の思考がさらに壊れていく。 「ん……ふ、んむ……」 貪るように、ただ喰らい尽くすように。 だんだん濃度を増していくそれは、早くもくちゅりと水音を立て始めていた。 息苦しくなったのか、一瞬沙都子の口が開く。 その隙を逃さず、舌を差し入れた。 「んぅっ!……ふ……んちゅ、んんっ……」 小さな可愛らしい舌を絡め取る。そっと歯茎を撫でる。 沙都子の口腔を舌で犯していく。蹂躙する。 「ふぅ……ぅ、んぅ……」 焦点が合わないぐらいに近くにある沙都子の顔は上気していて、それが一層私の興奮を増していく。 薄紅色に染まった頬や、うっすらと開かれた瞳は潤んでいて艶っぽい。 そして漏れる吐息と、鼻にかかったような甘い声。 熱を上げていく体は、時折ぴくっと跳ねて。 その全てが愛おしい。その全てを、私のものにしてやる。 月が雲に隠れ、部屋の中がさっと暗くなる。 どうせもう、狂ってしまった。 狂った歯車は、戻せない。 だから、もう、いいわよね……? 言い訳じみた思考を闇に捨て、私は暗い欲望に身を任せて堕ちることにした―― 枷をはめたのは誰ですか? 闇に絡め取られたのは、二人とも。 扉を閉じたのは誰ですか? 逃げ出そうとしなかったのは、貴方のほう。 鍵を掛けたのは誰ですか? 貴方に首輪をつけたのは、私です。 「梨花ぁ……あっ、やぁ……もっと……」 濁った瞳で、沙都子は私を見つめる。 もう、何時間こうしているのかもわからない。 今が朝なのか夜なのか、今日が何日なのか、何回沙都子が達したのかも覚えていない。 ただ、互いに貪りあい続けている。 最初こそ痛がって抵抗した沙都子も、今じゃ積極的に求めてくる。 そういう風に私がした。私から逃れられないように。 私だけを求めるように、私だけしかわからないように、沙都子を私は壊した。 ただでさえボロボロで壊れかけていた沙都子を壊すのはとても簡単だった。 打撲痕を舐め、吸ってやる。あの男がつけた傷を、私が上書きしてあげる。 伝う血を舐め上げる。沙都子の血だと思うと、何故か甘く感じた。 火照った体は、今じゃ私の触れていない場所はきっとない。 年の割に発育のいい胸をゆるゆると揉んでやると、しっとりとした吐息が耳をくすぐった。 はむ、と吸い付く。ふくらんだ先端を舌先で嬲ってやる。 「ぁ……んぅっ!……あ、あっ……はぅ……」 艶っぽい声が耳に心地よい。もっと聞かせて欲しい。 その声で、もっと私を呼んで……? 指先でつーっと秘所をなぞると、ひゅっと鋭く息を吸ってぴくんと跳ねる。 「はぁ……はぁ……やっ、やぁっ!あっ!」 焦らすようになぞるだけ。中には入れてあげない。 もっともっと、私という存在を沙都子に刻みつけてやるんだから。 「やぅ……梨花ぁ、あぅ……」 体が疼いて仕方がないのか、そわそわと忙しなく沙都子が動く。 その動きが、精巧に誘っているかのようで艶めかしい。 「どう?沙都子、気持ちいい……?」 「あっ、ふぅん……んっ……梨、花ぁ……」 「なぁに?物足りないって顔してるわね。ちゃんと言わないとわからないわよ?」 「ぅ……くぅん……」 鼻を甘える子犬のように鳴らす。 一瞬の躊躇。わかってる。恥ずかしいのよね? でも、その羞恥心が沙都子の快楽をさらに引き出しているんでしょう? ほら、その証拠に、今にも達しそうな顔してる。 「あ、あ、あっ……お願いです、の……梨花っ、欲し、んっ……ですのっ……」 「どこに何が欲しいの?」 「やっ、んぅっ……ああ、なか……に、指……を……っ!」 「ふふ、もうこんなにぐしょぐしょだしね。我慢できないのね?」 もう答えることも出来ないのか、ただかくかくと頭を縦に振る。 とりあえず最初のお願いはそろそろ聞いてあげようかしら。 でも、その前に…… 近くにあった沙都子のベルトをたぐり寄せる。 そして後ろ手で、沙都子の両手を拘束した。 「……?」 「ほら、ぼーっとしてて良いのかしら?」 宣言して、ぐしゅっと音がしそうなほど濡れたそこに、二本指を差し込んだ。 「ふぁっ!やあっ、あ、あっ!」 すぐさま吸い付くように絡みついて、きゅぅっと指が締め付けられる。 でもまだ攻め立てる気はない。ゆっくりと指を動かし、さらに焦らしていく。 ジリジリと、燻らせるように。甘く、残酷に、焦がしてやる。 内壁をそっと撫でるようにすると、物足りないとでも言うようにきゅっと中が狭まって、私の指から得られる快楽を最大限に感じようとする。 「入れてあげたのにまだ足りないの?くすくす」 「やぅ……あ、そんな……んっ……言わな……ッ!」 「沙都子、気付いてますですか?腰が動いてますのですよ?にぱー☆」 「!?」 恥ずかしがっても体は正直だ。貪欲に快楽だけを求めていく。 沙都子がかくんと腰を動かすたび、蜜壷から愛液が溢れ出す。 指にまとわりついてひたひたと、手首から腕へと伝い落ちる。 無数に出来た傷に染みこんで、私を癒すかのような錯覚すら覚えた。 沙都子が私に染みこむ。血も汗も匂いも全て。 だから私も沙都子に染みこませてあげる。愛も欲望も狂気も全て。 「きゃふぅっ!!」 親指でぷくりと充血した肉芽を軽く潰してやると、予想通りに可愛い声で啼いてくれる。 でも今与える刺激はそれ一回だけ。 知っているかしら? 犬を躾けるときは、まず最初に少しだけご褒美を先にあげておくことを。 そうすれば犬は、ご褒美に味を占めて従順になるのだ。 飴と鞭とはよく言うけれど、人間も所詮褒美を得るためならば、喜んで尻尾を振る。 そんな低俗じみた考えを沙都子に強いていることは、闇に埋もれてしまった良心にほんの少し痛みを走らせた。 でももう遅い。遅すぎる。 熱気がこもり、様々な体液が蒸発する闇の中、正常な思考は無駄以外の何物でもない。
もう、既に遅かった。 痛む体を引きずって、彼女をようやく見つけ出したのに。 私は、遅すぎたらしい。 部屋の隅で小さく縮こまった彼女は、闇の中で震えている。 その瞳は恐怖に染まり、痛ましい現実を私に突きつけてくる。 「沙都子……」 私の呟きに、沙都子の体がぴくりと跳ねた。 なるべく足音を立てないように近づく。怖がらせてしまわないように。 「もう、怖がらなくて良いのですよ」 届くかどうかわからない。だけど、それを伝えたかった。 「ボクが側にいるのです。ボクが沙都子を守ってあげるのです」 震えは止まらない。 夕闇に溶けていくように、ひぐらしの声が小さくなっていく。 散らかった部屋。きっと鉄平が一暴れしたに違いない。 そして、沙都子は……壊れてしまった。 鉄平が帰ってきた時点で、こういう世界になってしまうのはわかっていたことなのに。 一分一秒でも早く、沙都子を助けなければ間に合わないって知っていたのに。 ――私は決心するまでに、時間をかけすぎてしまったのだ。 その結果がこれ。私に目を合わせることも出来ず、ただ震えるだけの沙都子。 こんな沙都子を見続けるのが私には辛くて、そっと抱き寄せた。 瞬間、悲鳴が上がる。 「――やっ……嫌、嫌、嫌、嫌ぁぁっっ!!」 沙都子が腕の中で暴れる、でも放したくなかった。放す気なんてなかった。 必死にしがみついていると、沙都子の蹴りや拳が浴びせられた。 それでも放さない、放してなんかやるもんか。 血と汗でべとべとする。それでも。 「沙都子っ、ボクがわからないのですかっ?」 呼びかける。戻ってきて欲しい、と。 「嫌、助けて……嫌、嫌!!」 お腹に沙都子の蹴りをもろに食らった。 もともと痛かった部分に追撃され、一瞬意識が飛びそうになる。 だけど、私の腕はがっちりと沙都子を捕まえていた。 耐え続ける。これくらい、さっきまでよりはマシだ。 沙都子が受けた痛みよりは、ずっとマシなはずなんだから。 耐えることしか、私に出来ることはなかった。 ひぐらしの声が聞こえなくなった頃、ようやく沙都子は暴れなくなった。 私の中で、ただ震えるだけ。 沙都子の頬に手を当てて、こちらを向かせる。 怯えた瞳と目が合った。 「沙都子、ボクがわかりますですか?」 「……あ……ぅ……?」 「ボクなのです、古手梨花なのですよ? わかりますか?」 「……り、か……?」 焦点が定まっていないようだった瞳が、少しずつ私の瞳に視線が集まりはじめる。 まだ、いけるか……? 小さな望みをかけて、私は沙都子を見つめ続ける。 「ボクですよ。沙都子。ボクは沙都子をいじめないのです」 「……梨花」 さっきより、はっきりとした口調。ようやく私を認識してくれたらしい。 震えが少しずつ治まっていくが、でも完全に止まることはなかった。 それはきっと、私の姿を完全に認識したからだろう。 鏡を見てないからはっきりと言えないが、私の今の姿は酷いことになっている。 傷だらけで、血塗れで、そして頬には殴られてできた痣。多分、そんな感じだと思う。 沙都子の目が見開く。震えがまた酷くなりはじめる。 「……どうして、どうしてですの……?梨花……」 膝に冷たい感触。……沙都子の涙だった。 「どうしてもなにもないのですよ、沙都子に笑って欲しかったからではダメなのですか?」 にぱー☆と、こともなげに笑ってみせる。 このくらい、沙都子が受けた痛みより痛くない。 今まで何度も助けられなかったという心の痛みより、痛くなんかない。 「……梨花、うぅぅ……梨花ぁ……うあぁぁぁぁぁぁ!!!!」 縋り付くように、沙都子の腕が回される。 服が更に水分を吸って重くなっていく。でも、全然そんなの気にならなかった。 さらに強く抱きしめて、背中を撫でてやる。嗚咽が酷くなっていく。 「……ごめんなさいなのです、沙都子。……怖い思いさせて」 ぎゅっ、と服が握られる。 「……すぐに助けられなくて、ごめんなさいなのです」 顔がさらに私の胸に押しつけられる。 「……ごめんなさい……私を、許して……」 ――私もいつの間にか泣いていた。 しばらく泣いて落ち着いたのか、気付けば嗚咽は止んでいた。 ただ甘えるように、頭を私の胸に埋めていた。 私も沙都子の頭に顔を埋める。甘くて、優しい匂いがした。 月明かりだけが差し込んだくらい部屋。 沙都子がぽつりと呟く。 「……梨花、どうしてですの?」 「さっき答えたはずなのです。沙都子に笑って欲しいからなのですよ」 「……どうして私に笑って欲しいんですの?」 「沙都子が笑ってくれないとダメなのです。ボクは沙都子の笑顔がないとダメなのですよ」 「……どうして……そこまでしてくださるんですの?」 「ボクは沙都子が大好きだからなのです。……理由がそれだけではダメなのですか?」 嘘なんかついてない。 私は沙都子がいるから生きている。沙都子が笑ってくれるから、生きていける。 100年にもわたる輪廻の旅。終わりがあるのかわからない。 何度も繰り返すのが嫌になった。死ぬのが運命だと思って諦めようとした。 だけど、いつも沙都子の笑顔が私を救ってくれる。私に生きる勇気を与えてくれる。 荒んでボロボロになっていく心に、いつも温もりをくれたのは沙都子だった。 大好きで大好きでたまらない。そう、私は沙都子を愛している。 ……だから、助けてあげたかった。また、笑うことが出来るように。 どうせこの世界ももう終わる。私はもうじき殺されるのだから。 いや、今回はもしかすると殺されるわけではないのかもしれないけれど。 私が死んだ後も、沙都子には笑顔でいて欲しかった。 だから。 「……ボクはもういかなくてはならないのです」 その、優しい手をふりほどく。 「ボクがいなくなっても、圭一やレナが助けてくれるのです。仲間を信じてあげてくださいなのですよ」 寂しがらせないように、精一杯の笑顔を作る。 にぱー☆って、いつもやってることじゃないか。古手梨花。 ほら、いつものように笑ってみせなさいよ。笑顔でさよならするって決めたじゃない。 何、顔引きつらせてるのよ、私…… 「沙都子……さよなら、なの……です……」 駄目、ここで泣いたら沙都子が悲しむでしょ! 耐えなさいよ、お願いだから。今回だけは耐えて、私の体…… 沙都子に背を向ける。足を踏み出す。みし、と畳が鳴った。 その音を合図に走り出す――が、それは小さな力に遮られた。 私の服の裾を、強く握りしめる小さな手。 「……梨花、行かないでくださいまし」 きっ、とその緋色の瞳に睨まれる。 「……止めないで欲しいのです、沙都子」 「嫌ですわ……梨花がいなくなるなんて、そんなの絶対に!」 その口調の力強さに、私は混乱する。 「……どうして、どうして止めるのっ!? 私はもう沙都子の側にはいられないの!」 思わず素のしゃべり方が出てしまうほど、私は焦っていた。 全身の痒さが段々増してきている。もう、長くは保たないと自分でもわかっていた。 酷たらしい自分の姿を、沙都子には絶対に見せたくなかった。 「嫌っ!梨花が、梨花がいなくなるなんて……私、耐えられませんわ!」 振りほどこうとしても、意外な力強さで沙都子は私を捕らえる。 駄目、そんな……私だって、私だってっ! 「私だって沙都子と離れるのは嫌よ!でも、でもっ!」 「なぜですの? どうして……? 梨花は私のこと好きなんでしょう?」 「だからこそよっ! 沙都子、放してっ!」 「嫌ですわ! だって、だって……私も梨花のこと、大好きですもの!!」 『大好き』という言葉に、思わず体が止まってしまう。 その隙に、沙都子に後ろから抱きしめられる。……温かい。 沙都子の『大好き』が、私の『大好き』と質が違うことぐらいわかってる。 でも、確かに『大好き』と言った。『大好き』と言ってくれた。 じわりじわりと、沙都子の温もりが私を溶かしていく。 中から現れるのは、独占欲という醜い闇。 その温もりが、匂いが、私を壊していく。 沙都子を、自分の手の中に閉じこめておきたいと願ってしまう。 悪魔が私の耳元で、甘い誘惑を囁いた。 どうせ、もう戻れないとこまで堕ちてしまったんだ。 どうせ、もう終わる世界なんだ。 ならば、この世界の沙都子を壊してしまっても、私には関係ない。 ――関係、ない。 「沙都子、ボクのことが好きですか?」 首元に感じる首肯。 「なら、ボクは沙都子の側にいるのです。だから、沙都子もボクの側にいてくれますか?」 首肯を確認した後、私は沙都子と向き合う。 「ボクは沙都子のものになりますです。だから、沙都子もボクだけのものになってくれますか?」 じっ、と沙都子の瞳を見つめる。沙都子の心を私に縛り付けられるように。 案の定、沙都子は迷うことなく頷いた。 「じゃあ沙都子はボクのものなのです。ボクだけの、ものなのですよ」 にぱー☆と笑って、沙都子の頬に手を添える。きっと今の私の笑顔は醜く歪んでいる。 それでも沙都子は逃げ出さない。そりゃそうよ。だって私が捕まえた。 檻に鍵を掛けて、逃がさないようにしたんだから。 唇を寄せる。くすぐったそうに沙都子が目を閉じる。 何度も何度も口付ける。沙都子の唇は柔らかくて、温かくて、私の思考がさらに壊れていく。 「ん……ふ、んむ……」 貪るように、ただ喰らい尽くすように。 だんだん濃度を増していくそれは、早くもくちゅりと水音を立て始めていた。 息苦しくなったのか、一瞬沙都子の口が開く。 その隙を逃さず、舌を差し入れた。 「んぅっ!……ふ……んちゅ、んんっ……」 小さな可愛らしい舌を絡め取る。そっと歯茎を撫でる。 沙都子の口腔を舌で犯していく。蹂躙する。 「ふぅ……ぅ、んぅ……」 焦点が合わないぐらいに近くにある沙都子の顔は上気していて、それが一層私の興奮を増していく。 薄紅色に染まった頬や、うっすらと開かれた瞳は潤んでいて艶っぽい。 そして漏れる吐息と、鼻にかかったような甘い声。 熱を上げていく体は、時折ぴくっと跳ねて。 その全てが愛おしい。その全てを、私のものにしてやる。 月が雲に隠れ、部屋の中がさっと暗くなる。 どうせもう、狂ってしまった。 狂った歯車は、戻せない。 だから、もう、いいわよね……? 言い訳じみた思考を闇に捨て、私は暗い欲望に身を任せて堕ちることにした―― 枷をはめたのは誰ですか? 闇に絡め取られたのは、二人とも。 扉を閉じたのは誰ですか? 逃げ出そうとしなかったのは、貴方のほう。 鍵を掛けたのは誰ですか? 貴方に首輪をつけたのは、私です。 「梨花ぁ……あっ、やぁ……もっと……」 濁った瞳で、沙都子は私を見つめる。 もう、何時間こうしているのかもわからない。 今が朝なのか夜なのか、今日が何日なのか、何回沙都子が達したのかも覚えていない。 ただ、互いに貪りあい続けている。 最初こそ痛がって抵抗した沙都子も、今じゃ積極的に求めてくる。 そういう風に私がした。私から逃れられないように。 私だけを求めるように、私だけしかわからないように、沙都子を私は壊した。 ただでさえボロボロで壊れかけていた沙都子を壊すのはとても簡単だった。 打撲痕を舐め、吸ってやる。あの男がつけた傷を、私が上書きしてあげる。 伝う血を舐め上げる。沙都子の血だと思うと、何故か甘く感じた。 火照った体は、今じゃ私の触れていない場所はきっとない。 年の割に発育のいい胸をゆるゆると揉んでやると、しっとりとした吐息が耳をくすぐった。 はむ、と吸い付く。ふくらんだ先端を舌先で嬲ってやる。 「ぁ……んぅっ!……あ、あっ……はぅ……」 艶っぽい声が耳に心地よい。もっと聞かせて欲しい。 その声で、もっと私を呼んで……? 指先でつーっと秘所をなぞると、ひゅっと鋭く息を吸ってぴくんと跳ねる。 「はぁ……はぁ……やっ、やぁっ!あっ!」 焦らすようになぞるだけ。中には入れてあげない。 もっともっと、私という存在を沙都子に刻みつけてやるんだから。 「やぅ……梨花ぁ、あぅ……」 体が疼いて仕方がないのか、そわそわと忙しなく沙都子が動く。 その動きが、精巧に誘っているかのようで艶めかしい。 「どう?沙都子、気持ちいい……?」 「あっ、ふぅん……んっ……梨、花ぁ……」 「なぁに?物足りないって顔してるわね。ちゃんと言わないとわからないわよ?」 「ぅ……くぅん……」 鼻を甘える子犬のように鳴らす。 一瞬の躊躇。わかってる。恥ずかしいのよね? でも、その羞恥心が沙都子の快楽をさらに引き出しているんでしょう? ほら、その証拠に、今にも達しそうな顔してる。 「あ、あ、あっ……お願いです、の……梨花っ、欲し、んっ……ですのっ……」 「どこに何が欲しいの?」 「やっ、んぅっ……ああ、なか……に、指……を……っ!」 「ふふ、もうこんなにぐしょぐしょだしね。我慢できないのね?」 もう答えることも出来ないのか、ただかくかくと頭を縦に振る。 とりあえず最初のお願いはそろそろ聞いてあげようかしら。 でも、その前に…… 近くにあった沙都子のベルトをたぐり寄せる。 そして後ろ手で、沙都子の両手を拘束した。 「……?」 「ほら、ぼーっとしてて良いのかしら?」 宣言して、ぐしゅっと音がしそうなほど濡れたそこに、二本指を差し込んだ。 「ふぁっ!やあっ、あ、あっ!」 すぐさま吸い付くように絡みついて、きゅぅっと指が締め付けられる。 でもまだ攻め立てる気はない。ゆっくりと指を動かし、さらに焦らしていく。 ジリジリと、燻らせるように。甘く、残酷に、焦がしてやる。 内壁をそっと撫でるようにすると、物足りないとでも言うようにきゅっと中が狭まって、私の指から得られる快楽を最大限に感じようとする。 「入れてあげたのにまだ足りないの?くすくす」 「やぅ……あ、そんな……んっ……言わな……ッ!」 「沙都子、気付いてますですか?腰が動いてますのですよ?にぱー☆」 「!?」 恥ずかしがっても体は正直だ。貪欲に快楽だけを求めていく。 沙都子がかくんと腰を動かすたび、蜜壷から愛液が溢れ出す。 指にまとわりついてひたひたと、手首から腕へと伝い落ちる。 無数に出来た傷に染みこんで、私を癒すかのような錯覚すら覚えた。 沙都子が私に染みこむ。血も汗も匂いも全て。 だから私も沙都子に染みこませてあげる。愛も欲望も狂気も全て。 「きゃふぅっ!!」 親指でぷくりと充血した肉芽を軽く潰してやると、予想通りに可愛い声で啼いてくれる。 でも今与える刺激はそれ一回だけ。 知っているかしら? 犬を躾けるときは、まず最初に少しだけご褒美を先にあげておくことを。 そうすれば犬は、ご褒美に味を占めて従順になるのだ。 飴と鞭とはよく言うけれど、人間も所詮褒美を得るためならば、喜んで尻尾を振る。 そんな低俗じみた考えを沙都子に強いていることは、闇に埋もれてしまった良心にほんの少し痛みを走らせた。 でももう遅い。遅すぎる。 熱気がこもり、様々な体液が蒸発する闇の中、正常な思考は無駄以外の何物でもない。 大口を開けて沙都子の唇にしゃぶりつく。 舌先でこじ開け、口内へと潜り込ませる。 「ふみゅ……んぅ、ふ……ちゅ……」 唾液を流し込み、舌を吸う。頭がくらくらする。 こくこくと喉を鳴らして沙都子が私の唾液を咀嚼する。 飲みきれず溢れた、どちらのものとも言えない唾液が口の端から零れ落ちた。 沙都子も負けじと私の舌を吸い、唾液を流し込んでくる。 舌先が触れる度に、甘い痺れが私を焦がしていく。 沙都子の唾液が甘い。それこそシュークリームとか目じゃないぐらい。 後ろ手で拘束されているにもかかわらず、沙都子は器用に私に絡みつく。 遠くで聞こえるような荒い鼻息は、果たしてどちらのものだろう? 圧倒的に酸素が足りない。でも、どちらもそんな些細なことは気にしてなかった。 舌戯のせいで酸素不足で窒息死してしまうなら、それこそ本望だ。 「んむっ!」 音が鳴るぐらい鋭く強く、沙都子の舌を吸い上げる。 痛みすら麻痺しているのだろう。とろんとした、夢見るような緋色が証明してくれる。 でも、ここでおしまい。 物足りない沙都子が抵抗するが、ちゅぽんと音を立てて無慈悲にも私の舌は離れた。 「はぁっ……はぁっ……ふ、ぅッ……」 ついでに指の動きを止めてやる。意識が朦朧としている沙都子には、何故快楽が消えたのかわからないだろう。 そしてそれを再び得るためなら―― 「ぅ、梨花……やぁ、もっと、お願……ぃ……」 腰を動かして快楽を得ようとするのを、両足でぎっちりとガードする。 焦れる。先程与えておいた鋭い刺激にあてられたのか、疼いて疼いて仕方がないという表情。 潤んだ瞳からは涙がボロボロと零れ、より一層嗜虐心を煽り立てる。 まだまだこのくらいじゃ許してあげない。まだ足りない。全然足りない。 「どうして欲しいの?」 残酷な笑みを向ける。 「もっと……激し、ッ……あぁ、お願いッ……足りなくてッ、おかしく……な……ぁっ!」 「おかしくなりそう?狂っちゃいそう?」 「ええっ、ええっ……だ、から……ふぁっ!意地悪ッ、しない、で……ぇっ!!」 「良いわ、放置プレイってのも趣味じゃないし」 「ひゃ、あああっ!!」 本格的に攻め立てはじめる。強く深く、時には抉るように鋭く。 肉を掻き分け、愛液をかき混ぜ、内壁を擦る。 そのたびにビクビクと体が跳ね、きゅぅぅっときつく指が締め付けられる。 眉根を寄せ、切なそうに声を上げる沙都子。 真っ赤に染まった頬も、微睡むようにとろんとした瞳も、八重歯が見えるほど大きく開いた口も、可愛くて仕方がない。 ゾクゾクと愉悦にも似た感覚が、私の中を蹂躙する。 声を出してしまうのが恥ずかしいのか、口を塞ぎたくてしょうがない手が、拘束に遮られてがちゃがちゃと鳴っている。 「んーーっっっ!!は、あ、あっ、あっ、やあぁぁぁっっっっ!!!!」 沙都子の全身がぶるっと震える。ぞわぞわと毛が逆立つように鳥肌が立つ。 そんな達しそうなサインを感じる度に、私は白々しく刺激を緩める。 まだイかせるつもりなんて更々ない。焦らして、焦らして、焦らして…… カレーやシチューと同じ。じっくり煮込んだ方が、おいしくなる。 ――もっと、楽しめる。 思わず舌なめずりをしてしまう自分が、ほんの少し可愛かった。 そう、これは宴。 私は鬼で、沙都子をじっくりと食す。 沙都子は私を鎮めるための贄で、鬼隠しと称せられて私に閉じこめられている。 獲物は既に食い散らかした。ああ、立派な祟りじゃないか。 オヤシロ様の生まれ変わりの私が、鬼の伝統をちゃんと反復しているのだから。 狂え、そして堕ちてしまおう。 宴はまだまだ終わらない。 肉朽ちようとも、終わらせてたまるものか。 今更ながらに、全身にべっとりとこびりついた『それ』が気になった。 汗や愛液に混ざり、染みついて拭えない『それ』。 私自身のものもあれば、沙都子のものもある。そしてそれ以外のものも…… 「いやっ、あ、あぅっ!梨花ぁ、私、もう、我慢できな……ッ!!」 「……ぜぇっ……じゃ、どうして……欲しいのかしらッ?」 「イかせてぇッ、イかせて下さいましっ……お願……ひゃうっ!……あっ、あっぁ……!」 「ふふふ……かふっ……沙都子はエッチね……そんなに我慢できない?」 「ええっ、だから、だからッ……ああっ、んっ、私……を、壊してッ!壊してぇッ!!」 「いいわ、壊してあげる……」 後ろ手に縛ったベルトを外してやる。自由になった両腕が、今度は私を拘束する。 少しでも隙間が無くなるように、一つに溶け合えるように。きつくきつく。 わかってた。もう、前から気付いてた。 もうじき宴も終焉が来ることに。 ぐちゃぐちゃと蜜壷を掻き回す音に重なる、がりがりという音。 気付けば、周りに飛び散った『それ』。赤い、赤い液体。 剥がれた爪や、皮、肉片までもが飛び散っている。 これはどっちのもの?私、それとも沙都子? どうせどっちだって構わない。私と沙都子は既に一つなのだから。 普通の機械ならば、歯車が一つ狂った時点で止まってしまう。 だけど、もし、歯車が狂った状態で噛み合ったならば、どうなる? 全てが狂った状態で、噛み合ったならどうなるの? その答えがこれ。狂ったままでも動き出す。狂ったこと自体に気付かずに。 そして破滅が来るまで、ただひたすらに動き続けるのだ。 「んんんぁっ!!やっ!……かふっ、ごふっ……ああ、いいッ、イ、イ……ですのッ!」 「……ああ、げほっ……沙都子、沙都子ッ!」 どこから狂ったんだろう? 沙都子に引き留められたとき? 傷だらけの沙都子を見つけたとき? 返り血を浴びたとき? 殴り飛ばされたとき? ――鉄平を※したとき……? ああ、考えても仕方がない。隣の部屋には血塗れの死体が一つ転がってる。 この世界には鉄平が現れた。 日々壊れていく沙都子が痛々しくて、私には耐えられなかった。 鉄平を※したとしても、事態は悪くなるってわかっていたのに! だけど、だけどっ、助けたかった。 私自身、過ちを犯してまででも、助け出したかったのだ。 でも、やっぱり遅くて。 沙都子を見つけたときには、既に遅くって。 いくつかの打撲痕と、無数の引っ掻き傷。 私の体も同じだった。 鉄平を※すときに随分と殴られた。それでも武器を持っていたのが幸いしたのか、打ち勝った。 返り血でべっとりだった。いや、きっと自分の血もあった。 遅かったと気付いたとき、私は無意識に全身を引っ掻いていたのだから。 L5。わかってる。あの時既に、どちらも助かる状態じゃなかった。 でも、沙都子は私を認識できるほど回復したのだから、もしかすると助かるかもしれなかった。 なのに、沙都子は一目で狂ったとわかる姿の私から逃げなかった。 それでも、私には選択の余地があったのだから、罪は私にあるだろう。 一緒に死んで欲しくて沙都子を閉じこめたのは、私なのだから。 互いに互いの血に濡れてでも、離したくなかった。 沙都子が私を狂わせた、私が沙都子を壊した。 ああ、駄目。もうわからない。何もわからない。 「んぁっ!……がほっ、梨花ぁ、梨花ぁあっ!……やだっ、だめぇ……んあっ!!」 ただひたすら抉る。掻き回す。 技巧も何もない。乱暴なまでの愛撫。 それでも暴力的なぐらいの愛しさは、溢れ出して止まらない。 血と汗と愛液と、何か大事な全てが熱気に包まれ蒸発していく。 肉芽を親指で転がし、中の指はぐりぐりと撫で上げるように轟かせる。 びくんっ!と大きく沙都子が跳ねる。血が飛び散る。 ぎゅうぎゅうと中は窄まり、私を捕らえて離さない。 最後まで顔を見つめていたくて、もうぼやけつつある瞳の焦点を必死に沙都子に合わせる。 沙都子も同じことを考えていたのか、緋色の瞳が必死に私の瞳を見つめていた。 「んんんっ……!くぁっ……げほっげほっ、やぁっいい、ッ……!あ、っ梨花ぁ、梨花……ッ!!」 「沙都子っ……ごほごほっ、好き、好き……ッ!大好き!愛してるわッ!」 「ふぁ、あっ……わ、わたくし……も、愛してます……ッ!」 しっかりとした言葉。沙都子のやけにはっきりとした視線が私を射抜く。 「沙都子……ごめんなさい……げぼッ!!ごめんな……さ……」 「やぁっ!ふぁぁぁぁあっっ!!ああっ、ダメッ、や……梨花ぁ……ク……るッ!!」 「ごめん……さ……がほっ!ぐぇぇっ……ごめ……――んふッ!?」 沙都子にぐいと引き寄せられ、唇を奪われる。 でも、さっきまでしてたような荒々しいキスじゃない。ただ、子供をあやすような優しいキスだった。 「ぁあっ……梨花ぁ、あやまら……ない……がほっ……でくださ、んぅぅっ!!」 頬をそっと舌で撫でられる。そこで初めて、自分が泣いていたことに気がついた。 「梨花ぁ……泣かない、で……はぁっ、んっ、わ、私も……望んだ、こと……ですのよ……?」 「……沙都子?」 「私、も、一緒に……一緒にぃ、連れてっ、てぇっ!ああっ!一人にしないでくださいましっ!!」 沙都子の目から溢れる涙。黒と赤に染まった世界で、透明なそれがやけに美しかった。 沙都子はわかってた。私が死ぬこと。自分自身も死ぬこと。 そりゃそうよね、あれだけ狂ったようにがりがりやってたら、死ぬってわかるわよね。 そして沙都子も願ってくれた。私と一緒に死ぬことを。 なら逝きましょう。一緒に。遠くまで。 「沙都子、側にいるわ。約束する……がはっ……だから、だからっ!」 私は輪廻を繰り返してしまうから、『この』沙都子とはきっと離ればなれになってしまう。 でも沙都子、私は忘れない。貴方のことを忘れない。ずっと側にいる。 輪廻の旅の果てで、もし私が生き残れる世界があったとしたら。 私はそこで貴方を見つけてみせる。今度こそ助けてみせる。 輪廻の中の、たくさんの沙都子の中から、きっと貴方を助けてみせるから……! 「あっ!梨花、そこッ――んぅっ!あああっ!!クるっ――!!んぁっ!!ああぁぁぁっっっ!!!」 沙都子の中が今までで一番狭まる。がくがくと震え、私にギュッと強くしがみつく。 それでも私は沙都子から視線を外さない。沙都子も私から視線を外さない。 互いに互いを見つめ合う。絶対に見失わないように。 ――ふと。 沙都子が、ふわりと笑った。 春の木漏れ日のような、小さな花が咲くような、そんな控えめだけど可憐で、可愛らしい笑顔。 それはとても眩しくて、温かくて…… ああ、と一人納得する。 ――私は、ずっとこれが見たかったんだ、と。 沙都子を助けたかったのも、閉じこめたかったのも、これが見たかったからなんだ。 死ぬ間際に…… 見れて…… よかっ…… 昭和58年6月××日。 鹿骨市雛見沢×丁目の民家にて、3名の惨殺死体が発見された。 1名は家主である北条鉄平(XX)。 刃物で襲撃されたような痕から、何者かに寄り殺害された疑い有り。警察が調べている。 もう1名は北条氏の姪である、北条沙都子(X)。 そして重なり合うように、友人である古手梨花(X)が発見された。 両者とも全身に裂傷と打撲痕が目立ち、何者かによって暴行を受けたと推測。 また、強姦の跡も見て取れるため、強制わいせつの疑いもある。 検死の結果、両者とも死因は咽喉部刺傷による出血性ショック死。 しかし、自身の爪で引っ掻いたと推測されていて、警察では両者とも極度の錯乱状態にあったのではないかと推測されている。 また6月19日に起こった富竹ジロウ殺害事件と酷似しているため、警察では関連を調べている。

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